ジェラルドは優雅に礼を取る娘をしばし瞳に焼き付けた。
「…………。侍女達のことは心配しなくていい。身体に気をつけなさい」
「あい。お父しゃまもどうぞご健勝で」
母の部屋と兄の部屋に一度目を向けると、目の前の全員を瞳に映し、最後にデイジーとライラ、そしてロサを見て
マグノリアは深々と礼を取った。
「今まであいがとうごじゃいまちた。皆しゃま、どうぞお元気で有いましゅよう」
使用人一同はそれぞれ礼を取り、深く深く、頭を下げた。
******
祖父と
その様子をブライアンは自室の窓から食い入るように、
(あいつばっかり気に食わない! 一体何処へ
「……なんでマグノリアがおじい様たちと出掛けるんだ!?
サロンから出て来てから絶賛
「
「えっ、孤児? あいつは父上と母上の子どもじゃなかったのか!?」
侍女は困ったように ブライアンを見た。
「……お嬢様は、勿論ご両親様の
「…………」
(え……、出て行った? 自分で買った? どういうことだ……勝手にそんなこと出来るのか……?)
外は、高い木々の影が暗さを増し、もうじき夜がやって来ることを物語っていた。
小さな車輪の音は消え去り、遠くに、小さな馬車の影が見えるばかりとなっていた。
******
晩秋の夜は意外に早い。
さっきまで
いつの間にか遠駆けの
「えっと、このままアジェンダへ行くのでしゅか?」
クロードの
「いや、ガイを休ませてやらないと。四日間
隣からクロードの低い声が降って来る。
不眠不休が、四日間。三
「うわぁ……」
(何それ、労働基準法(無いだろうけど)どこ行ったのよ!? ブラック過ぎる労働
馬車を走らせているガイに、無言で手を合わせておく。
ひとり
「誰のせいだと思っているんだ。
「わたちのちぇいなのでしゅか??」
今いち
「マグノリアの為なら一週間でも一か月でも休まんぞ!」
すっかり
(……コワい。そして馬車が狭くない筈なのに
四人乗りの筈の優美な馬車は、筋肉もりもりのセルヴェスと長身のクロードが一緒に乗っている為、広い筈なのに
「父上はお年を考えて下さい」
「ああ! 女の子は可愛いのう」
「「…………」」
どうにも気持ち悪いことになっているセルヴェスに、クロードとマグノリアはジト目を向ける。
なるほど。
今までがややデカい
「ええと。お時間は取りゃしぇないので、キャンベル商会に寄ってもらえまちゅか?」
「何か買うのか?」
「いえ、ちょっとご
「挨拶?」
保護者ふたりは不思議そうにマグノリアを見た。
キャンベル商会は王都でそこそこ人気の洋品店だ。
平民がちょっと奮発して
本来、平民向けと貴族向けとで
いざキャンベル商会の前に馬車をつけてもらったものの、果たしてこの服装で入店して良いものかマグノリアは自問自答する。
「どうしたんだ、マグノリア?」
祖父と叔父が不思議そうに振り返った。
(……うーむ。
店舗……というより、海外のオシャレなメゾンといった外観。
ピカピカに
(まあ、ちょっと挨拶するだけだし。デカいふたりの陰に
保護者は
少しの間
「これは、アゼンダ辺境伯様。……お
目線を合わせ優しい
「当店にご用命でしょうか?」
「会頭のサイモンしゃまにお会いちたいのでしゅが。お約束はちていにゃいのでしゅ。お忙ちいようなら伝言だけでも……」
「
そう言って
VIP
出されたお茶が飲み
「お待たせいたしまして申し訳ございません。会頭のサイモン・キャンベルです」
「こんばんは。急な来訪で失礼ちまちた」
サイモンはセルヴェスとクロードにも挨拶をすると、マグノリアに向き直った。
「……私めにご用事とか。
「長期でアジェンダ辺境伯領に行くことになりまちて。先日にょお洋服が出来たりゃ、そちらへ送って欲ちいのでしゅ」
せっかく作ってくれるのに、屋敷でそのまま放置……もしくはゴミ箱行きでは悲し過ぎるではないか。マグノリアの心情を察してか、サイモンは快く頷いてくれた。
「承知いたしました」
「あと、お店で手作りの商品を買い取りちていましゅか?」
「はい、
サイモンの返事を聞いて、持っていた包みから数枚の巾着を取り出してテーブルの上に並べる。
カラフルなピンクや水色、黄色など若い
そんなドレスに合いそうな
紐はサテンのリボンにしてある。ウエストで
「!!」
「ドレスの余り布で作りぇばお揃いになりましゅ。また、憧りぇのドレスをちぇめて巾着で、という声にも応えることが出来るでしゅ」
にっこり笑うと、マグノリアは追加の巾着を出す。
小花
「こっちはぐっとお
同じようにきゅっと縮めると、エプロンをかけたように見える。
平民が着るワンピースのようだ。エプロンも四角いもの、
「これは、
「あい。
「こちらの四枚が合わせて五大銅貨。六枚が一小銀貨と五大銅貨で如何でしょうか?」
ハンカチに比べて凄い金額だ。
(ドレス仕様は倍か……大銅貨が五と五。それと一小銀貨、合わせて二小銀貨……)
結構頑張った値段設定だろう。
「そりぇでお願いちましゅ。あと、こちりゃを見てくだしゃい」
よく見れば実に細やかな刺繍で
同じ商品でありながら、観賞用とも言えるような美しい品となっていた。
サイモンは深い
デザインが可愛らしいので、若い娘たちによく売れるだろう。布やデザインを変えれば価格帯も変えられる。こちらの高級版は大人にも売れる筈だ。
そして、この前手習いを始めると言っていたのに、この手わざ。製品はきちんと縫われており、
「……これはマグノリア様が?」
「そうでしゅよ?」
不思議そうにマグノリアが返事をする。
サイモンは食い入るように使われている生地をじっくりと
手芸の練習を始めた頃、スカートをリメイクしたのを見た侍女達から次を作るときにと、余っている布を色々と貰ったのだった。この上等なドレスの生地はデイジーから。ビーズはライラに。
オーガンジーとリボンは
ハンカチを何度か売って、ほんのちょっと元手が出来た。
なのでハンカチ製作の合間を縫って、
それが、予想を大きく上回って
……今までにない品物というのは、想像以上に使えるのだと
「こちらは、一小銀貨で如何でしょうか」
サイモンは全て合わせた分の小銀貨三枚をマグノリアの前に出す。
「あい、お願いしましゅ」
お
「また
「しょうでしゅね、そのつもりでしゅ」
「では、次出来ましたら
「……そうちたいのでしゅが。アジェンダで遠いのでしゅ」
サイモンはいつもの微笑みを
「あちらに
再び馬車に乗り込むと、
「あい。お借りした小銀貨三枚と、利ちでしゅ」
「利子……」
「あい。こりぇで借金はチャラでしゅよ?」
クロードはまじまじと手のひらの
……
「いいのか、大切なお小遣いだろう」
セルヴェスが、ゴシゴシと目をこする
「いいのでしゅ……借金返しゃいはお早めに、でしゅ……そりぇに、
疲れたのだろう。こっくりこっくり船を
「森? 暮らす……?」
「……
とんでもない話にセルヴェスとクロードは顔を見合わせながら、苦笑いをした。
「しばらく眠りなさい……」
「……あ、い……」
優しい揺れと温かさに、マグノリアはいつの間にか瞳を閉じていた。
ちょっと
「……本当に出奔するつもりでいたのか」
「まさかと思いますが、本当に
クロードは小さなため息とともに、
セルヴェスは目の前で眠る孫娘を
「
「……
「その辺はジェラルドに似たのかもしれん」
馬車の中に小さく低い笑い声が
目の前には