ジェラルドは優雅に礼を取る娘をしばし瞳に焼き付けた。

「…………。侍女達のことは心配しなくていい。身体に気をつけなさい」

「あい。お父しゃまもどうぞご健勝で」

 母の部屋と兄の部屋に一度目を向けると、目の前の全員を瞳に映し、最後にデイジーとライラ、そしてロサを見て微笑ほほえむ。

 マグノリアは深々と礼を取った。

「今まであいがとうごじゃいまちた。皆しゃま、どうぞお元気で有いましゅよう」

 使用人一同はそれぞれ礼を取り、深く深く、頭を下げた。


******


 祖父と叔父おじに連れられて、妹が馬車へ乗り込む。

 その様子をブライアンは自室の窓から食い入るように、こぶしにぎりしめながらみつめている。

(あいつばっかり気に食わない! 一体何処へける気だ!?

 ゆうやみの中、四人を乗せた馬車は門へ向かい、カラカラと軽快な音をたて始めた。

「……なんでマグノリアがおじい様たちと出掛けるんだ!? とまりに出かけるのか? ぼくだってお話ししたかったのに!!

 サロンから出て来てから絶賛げん中のブライアンが、近くの侍女に問いただした。

ちがいます。マグノリア様は孤児となられ、ご自分でご自分を買い上げられ、辺境伯領へお住まいを移すことになったのです」

「えっ、孤児? あいつは父上と母上の子どもじゃなかったのか!?

 侍女は困ったように ブライアンを見た。

「……お嬢様は、勿論ご両親様のでございますよ。ですが親が亡くなってしまったり、生きていても不要とされれば、特に平民などはいんに預けられることがあるのです。ですから、それと同じように……お嬢様はご自分から孤児となり、誰にもその身をそこなわれないようお金でご自分で買い上げて自由を得られました。ですがそうなればこちらでは暮らせないので、辺境伯領へお出になったのです」

「…………」

(え……、出て行った? 自分で買った? どういうことだ……勝手にそんなこと出来るのか……?)

 かなな侍女達の瞳に気づかないまま、ブライアンはぼうぜんと窓の外を見る。

 外は、高い木々の影が暗さを増し、もうじき夜がやって来ることを物語っていた。


 小さな車輪の音は消え去り、遠くに、小さな馬車の影が見えるばかりとなっていた。


******


 晩秋の夜は意外に早い。

 さっきまであかねいろをしていた空はだいぶ暗くなり、小さく星が瞬き始めた。

 いつの間にか遠駆けのはんえてこき使われた馬の代わりに、アゼンダ辺境伯家の馬車が王都にあるタウンハウスより届けられ、それに祖父と叔父と一緒に乗り込み、護送……いや、王都をゆっくりと走っているところだった。

「えっと、このままアジェンダへ行くのでしゅか?」

 クロードのとなりでマグノリアは小首をかしげる。背中に背負っていたしきづつみを膝の上に置き、ちんまりとすわっていた。

「いや、ガイを休ませてやらないと。四日間みんきゆうなんだ」

 隣からクロードの低い声が降って来る。

 不眠不休が、四日間。三てつなのか四徹なのか。

「うわぁ……」

(何それ、労働基準法(無いだろうけど)どこ行ったのよ!? ブラック過ぎる労働かんきようじゃん!!

 馬車を走らせているガイに、無言で手を合わせておく。

 ひとりきようの職場環境におののくマグノリアを見下ろして、クロードはいやそうにまゆを寄せた。

「誰のせいだと思っているんだ。おれたちも二日間てない。タウンハウスで一ぱくして帰る」

「わたちのちぇいなのでしゅか??

 今いちりようけんが飲み込めないマグノリアは、せいだいに首を傾げた。

「マグノリアの為なら一週間でも一か月でも休まんぞ!」

 すっかりじいバカになりそうなセルヴェスが、くねくねしそうな勢いでマグノリアを見ている。

(……コワい。そして馬車が狭くない筈なのにきゆうくつ!!

 四人乗りの筈の優美な馬車は、筋肉もりもりのセルヴェスと長身のクロードが一緒に乗っている為、広い筈なのにみようあつぱく感があった。

「父上はお年を考えて下さい」

「ああ! 女の子は可愛いのう」

「「…………」」

 どうにも気持ち悪いことになっているセルヴェスに、クロードとマグノリアはジト目を向ける。

 なるほど。

 今までがややデカい息子むすことデカい息子、やはり平均よりもデカい孫息子とに囲まれているため、小さい女の子がハムスターか何かに見えてる病というヤツか。

「ええと。お時間は取りゃしぇないので、キャンベル商会に寄ってもらえまちゅか?」

「何か買うのか?」

「いえ、ちょっとごあいさつに」

「挨拶?」

 保護者ふたりは不思議そうにマグノリアを見た。


 キャンベル商会は王都でそこそこ人気の洋品店だ。

 平民がちょっと奮発してこうにゆうできるものから、貴族のしようまで取りあつかう。

 本来、平民向けと貴族向けとでてんを分けることが多いが、キャンベル商会ではそうせず、お互いが節度と良識を持って共存出来る事をモットーにしているそうだ。

 いざキャンベル商会の前に馬車をつけてもらったものの、果たしてこの服装で入店して良いものかマグノリアは自問自答する。

「どうしたんだ、マグノリア?」

 祖父と叔父が不思議そうに振り返った。

(……うーむ。あつ感と威圧感もダブルで入店して大丈夫だろうか?)

 店舗……というより、海外のオシャレなメゾンといった外観。

 ピカピカにみがき上げられたウィンドウに、思わず朱鷺とき色の瞳を向けた。

(まあ、ちょっと挨拶するだけだし。デカいふたりの陰にかくれていれば見えないか)

 保護者はかべか柱扱いである。

 少しの間ちゆうちよしていると、中から責任者らしい、落ち着いたふんの女性がとびらを開けて出て来た。

「これは、アゼンダ辺境伯様。……おひさりでございます、マグノリア様」

 目線を合わせ優しい笑顔えがおで呼びかけられ、取り敢えずしやくする。こちらをご存じらしい様子におく辿たどるが……会ったとすれば採寸をしたときだろう。

「当店にご用命でしょうか?」

「会頭のサイモンしゃまにお会いちたいのでしゅが。お約束はちていにゃいのでしゅ。お忙ちいようなら伝言だけでも……」

 とつぜんの訪問に嫌な顔せずにこり、笑うと、

かしこまりました。ただいまかくにんしてまいります。応接室にご案内いたします」

 そう言っておくの応接室に通して貰った。

 VIPたいぐうに慣れているであろうふたりは、すっかりくつろいで部屋の中をぐるりわたしている。


 出されたお茶が飲みごろになった頃、あわてた様子でサイモンがやって来た。

「お待たせいたしまして申し訳ございません。会頭のサイモン・キャンベルです」

「こんばんは。急な来訪で失礼ちまちた」

 サイモンはセルヴェスとクロードにも挨拶をすると、マグノリアに向き直った。

「……私めにご用事とか。如何いかがなさいましたか?」

「長期でアジェンダ辺境伯領に行くことになりまちて。先日にょお洋服が出来たりゃ、そちらへ送って欲ちいのでしゅ」

 せっかく作ってくれるのに、屋敷でそのまま放置……もしくはゴミ箱行きでは悲し過ぎるではないか。マグノリアの心情を察してか、サイモンは快く頷いてくれた。

「承知いたしました」

「あと、お店で手作りの商品を買い取りちていましゅか?」

「はい、いたしております。勿論商品の出来にもるのですが……」

 サイモンの返事を聞いて、持っていた包みから数枚の巾着を取り出してテーブルの上に並べる。

 カラフルなピンクや水色、黄色など若いむすめが好みそうな色味だ。

 そんなドレスに合いそうなで巾着を作り、その上にオーガンジーを、あるいはシフォンを合わせ、下側を縫わずに、上側だけい付けてふんわりとスカートのようにしてある。巾着のひもをきゅっとめると、まるで小さなドレスのような見た目になるのだ。

 紐はサテンのリボンにしてある。ウエストでちようちよう結びをするような形にも出来て、本当のドレスのように可愛かわいらしい。

!!

「ドレスの余り布で作りぇばお揃いになりましゅ。また、憧りぇのドレスをちぇめて巾着で、という声にも応えることが出来るでしゅ」


 にっこり笑うと、マグノリアは追加の巾着を出す。

 小花がら、ストライプ、水玉。無地だがよく見ると織地に模様がかんでいるもの……等。


「こっちはぐっとおごろなワンピースの生地でしゅ。エプロンのように小しゃい白い布を中央上部だけを挟んで縫ってましゅ」

 同じようにきゅっと縮めると、エプロンをかけたように見える。

 平民が着るワンピースのようだ。エプロンも四角いもの、すそ側が丸みを帯びているもの、長いもの、フリルがついているものとある。

「これは、らしいですね……お売りいただけるのですか?」

「あい。いくりゃになりましゅか?」

「こちらの四枚が合わせて五大銅貨。六枚が一小銀貨と五大銅貨で如何でしょうか?」

 ハンカチに比べて凄い金額だ。

(ドレス仕様は倍か……大銅貨が五と五。それと一小銀貨、合わせて二小銀貨……)

 結構頑張った値段設定だろう。ありがたい。しかし、あと一小銀貨足りないのだ。

「そりぇでお願いちましゅ。あと、こちりゃを見てくだしゃい」

 えんのベルベットに似た布で巾着が作られ、その上にたくさんのオーガンジーが本物のペチコートのようにいくにも重ねられている。その上に再び臙脂の布が重ねられていた。

 よく見れば実に細やかな刺繍でかざられており、ずいしよにまるで宝石のようにビーズがちりばめられている。

 同じ商品でありながら、観賞用とも言えるような美しい品となっていた。

 サイモンは深いかんたんのため息をつく。

 デザインが可愛らしいので、若い娘たちによく売れるだろう。布やデザインを変えれば価格帯も変えられる。こちらの高級版は大人にも売れる筈だ。

 そして、この前手習いを始めると言っていたのに、この手わざ。製品はきちんと縫われており、じゆうぶん売りものとして通用する。

 じよだれかが考え、作ったと言った方がしっくり来るが。

「……これはマグノリア様が?」

「そうでしゅよ?」

 不思議そうにマグノリアが返事をする。

 サイモンは食い入るように使われている生地をじっくりとかくにんし、次に刺繍やビーズを見た。

 手芸の練習を始めた頃、スカートをリメイクしたのを見た侍女達から次を作るときにと、余っている布を色々と貰ったのだった。この上等なドレスの生地はデイジーから。ビーズはライラに。

 オーガンジーとリボンははんな安いものを何種か、リリーに買ってきて貰ったものだ。

 ハンカチを何度か売って、ほんのちょっと元手が出来た。

 なのでハンカチ製作の合間を縫って、とうそう資金用の試作品を作っていたのだ。前世にタオルで出来た『ドレスタオル』というのがあったと思い出し、巾着の形もスカートに似ているので、何か作れないかとためしたのだった。

 それが、予想を大きく上回ってこうかんしよくである。

 ……今までにない品物というのは、想像以上に使えるのだとさいにんしきした。


「こちらは、一小銀貨で如何でしょうか」

 サイモンは全て合わせた分の小銀貨三枚をマグノリアの前に出す。

「あい、お願いしましゅ」

 おたがいにっこり商談成立だ。……一小銀貨って、一体巾着を幾らで売るつもりなのかとマグノリアの頭を過ったが、余計なことは言わないでおく。

「またつくりになられますか?」

「しょうでしゅね、そのつもりでしゅ」

「では、次出来ましたら当店へお声がけくださいませ」

「……そうちたいのでしゅが。アジェンダで遠いのでしゅ」

 サイモンはいつもの微笑みをたたえながら、

「あちらにがありましてよく行き来するのです。差しつかえなければ時折、お屋敷にご挨拶にうかがわせていただきます」


 ていねいに見送られ、三人で店を後にする。

 再び馬車に乗り込むと、さつそくマグノリアはクロードに向き直った。

「あい。お借りした小銀貨三枚と、利ちでしゅ」

「利子……」

 さきほどキャンベル商会の会頭から受け取った分に合わせて、むなもとから小さいかわぶくろを出すと小銅貨三枚をき取り、合わせて六枚、大きな手のひらに載せた。

「あい。こりぇで借金はチャラでしゅよ?」

 クロードはまじまじと手のひらのこうとマグノリアを見比べた。

 ……めいのことだから、いつかは返してくるのだろうとは思っていたが。なんと当日に返って来たらしい。たるものだが利子までつけて。

「いいのか、大切なお小遣いだろう」

 セルヴェスが、ゴシゴシと目をこするまごむすめに聞く。つかれたところに馬車にられ、ねむいのだろう。今日は彼女にとって、張りめた一日だったに違いない。

「いいのでしゅ……借金返しゃいはお早めに、でしゅ……そりぇに、しばらく……森では、暮らしゃない……で、資金は……ない、で、しゅよ」

 疲れたのだろう。こっくりこっくり船をぐ姪っ子の背中を優しくたたく。

「森? 暮らす……?」

「……せんぷく、先、でしゅよ……」

 とんでもない話にセルヴェスとクロードは顔を見合わせながら、苦笑いをした。

「しばらく眠りなさい……」

「……あ、い……」

 優しい揺れと温かさに、マグノリアはいつの間にか瞳を閉じていた。

 ちょっとかたいけどたくましいうでにそっと守るように包み込まれ、優しい指が乱れたかみで耳に掛ける。

 ほどなくして、規則正しいいきが聞こえ出す。

「……本当に出奔するつもりでいたのか」

「まさかと思いますが、本当にりかねないのが何とも」

 クロードは小さなため息とともに、こしに紐で巻き付けたつちほこを指で軽くはじく。

 セルヴェスは目の前で眠る孫娘をいとおしそうにみつめた。

おそろしくかしこい子だな。腹もわっておる」

「……ねこかく対象に並べてくるあたり、イイ性格もしていますね」

「その辺はジェラルドに似たのかもしれん」


 馬車の中に小さく低い笑い声がひびいた。

 目の前にはかれらが帰るタウンハウスが見えて来た。