マグノリアが叔父の助け船に口をとがらせて反論すると、クロードが言い捨てる。

「嫌なら今すぐ返せ。耳を揃えて」

「…………」

 ぼうの叔父さんは、取り立てがキツい。

 マグノリアは、よわい四つにしてやみきん(精神的な)に手を出してしまったらしいと悟った。


「あの……っ!」

 扉近くの壁から、リリーが意を決して声けする。

 ウィステリアの帰宅の際他の侍女といつしよむかえに出たが、さわぎに乗じてウィステリアと一緒に(こっそり)入室し、ずっと柱のかげから一連のやり取りを見ていたのだった。

 屋敷の主人と、悪魔将軍と、黒と、陽気な暗殺者(リリー視点)にいつせいに見られ、ちょっとガクブルしながらちんじようする。

「私を、マグノリア様と一緒にお連れくださいませ! きっとお役に立てるようがんります!」

 マグノリアはぎょっとする。

「リリー……! ご家族はどうしゅるの!?

 家族のために働くリリーの事情を知っている。そんなかのじよを不安定な立場に追いやるのはマグノリアの本意でない。

「大丈夫です! 家族には、マグノリア様がしゆつぽんする際はついて行くむねりようしよう済みです!!

 リリーは決めたのだ。この小さなおじようさまに何が何でもついて行くのだと。

 ぐぐぐ、と拳を握る。

「出奔、バレてたっすね?」

 ガイはマグノリアを揶揄からかうように笑う。

「給金はマグノリアにつけておこう」

 クロードも当たり前のように言うと、ぽん、とマグノリアの頭に大きな手を置いた。

「さあ、たくをしておいで。何、誰もタダで置いてやるとは言ってない。こき使ってやるから安心しろ」

 全く安心出来ない言葉だが、不思議と安心する、やさしい響きを持った声だった。

 悪魔将軍と黒獅子とアブナイおんみつわきを固められては、移動中に行方不明にはなれないだろう……きっと。


******


「おしかりにならないのですか?」

 ジェラルドのしつしつへ移動した一行は、それぞれ腰をおろすとさっきまで一緒にいた小さい女の子に想いをせた。

「そんなくたびれてしおれてる奴に、今更塩をり込んでもなぁ」

 セルヴェスは苦笑いをしてれ直された茶をすすった。

「まあ、精々後悔するといい」

「……後悔はしませんよ。する資格がないことをしていたのです……なげくのは、嘆く資格のある者だけが出来るのですよ」

 淡々と持論を語るジェラルドに、セルヴェスはため息をつく。さらさらと契約書を書く手元を見ながら、揶揄い交じりに確認する。

「お前は相変わらずがんだなぁ……経費、はらうか? その方がマグノリアも安心するだろう」

「……要りませんよ。別に、あのが心配しているような事をするつもりもありませんしね。それよりもクロードの借金を返済しましょうか?」

 兄のちようめいた軽口を受けて、今度はクロードが苦笑いをする。

「まさか借金なんて。あの娘を手助けするための方便ですよ。……多分、『あげる』と言ったら受け取らなかったでしょうからね。それよりも……」

 クロードは言いよどんだ。

「どうした」

「その、変質者というのは……」

 クロードが言わんとすることを察すると、ジェラルドがじっとりとした目で見遣る。

「それこそ、そんなわけあるまい。あの娘の勝手な想像だ……地方の口のかたい誠実な低位貴族に持参金を上乗せして送り出す予定だった」

「……そうですか」

 ちょっとホッとしながらも、このままで良いのかと確認すべきか迷った。が。……たとえジェラルドが態度を改めたところで、先ほど見た義姉とおいっ子の様子からも、とうてい家族として上手うまく行くとは思えず口をつぐんだ。

 暫し、時間ときよを置いた方が良いのは誰の目にも明らかだから。

「……結果的にはになってしまうものの、はなれた場所の修道院に隠し、地方の低位貴族へとつがせればそうそう王都へ来ることもないかと思っておりましたが……」

「言ってることはわからんでもないが、嫌なやり方だなぁ」

 セルヴェスは自分の赤毛を引っ張ってはねじり、引っ張ってはねじってつぶやいた。

 断ったところで存在が知れれば王家に聞き入れられないと思ったからこそ、ジェラルドの判断だったのだろう。

「……お前の眼から視て、王家はそんなにか」

「…………。先王がお亡くなりになり残念です。取りえず領政に力を入れるつもりです」

「そうか」

 セルヴェスは静かに返事をした。

 おのおの、これからのことを考える。そして。ジェラルドはひとみせると、心の中でマグノリアのこれからの幸運を祈った。

(決して口に出してはならない。そんな資格は自分にはないのだから。それどころか自分には本来、祈ることすら許されないだろう)

 それだけの事をしたのだ、娘をまもる為とはいえ。

 そんな苦い思いを何度も噛み締めるようにくり返しながら、それでもジェラルドは願わずにはいられなかった。


 同じ頃、リリーとガイによってマグノリアがアゼンダ辺境はくりようへ移動することが、多くの使用人達に知らされていた。

 春のそよ風というよりは春一番と例えた方がよいようなお嬢様の移領の話は、さびしさをもたらしながらもその身が自由になったことを喜びを持って迎え入れられた。


 そしてマグノリアの部屋では、じよたちとマグノリアが別れをしんでいた。

 デイジーは声をあげて泣き始め、ライラは心底心配だと言わんばかりな様子だった。

 ロサは静かにそんな様子を瞳に映していた。

「マグノリア様、借金とか駄目、駄目ですよ。私たちが立てえますから、今すぐお返しいたしましょう!」

「こんなにお小さいのに大丈夫なのでしょうか……」

 デイジーは『それはきたないから、ぺっしなさい!』みたいなノリで言っていて面白い。

 しんけんに言ってくれているのに、ついつい笑ってしまいそうになる。

「大丈夫よ。多分だけど、話を合わしぇる為にああ言ってくりぇただけだよ。お金の用意が出来たりゃちゃんと返しゅし」

「そうでしょうか……」

 なつとくがいかなそうな様子に、苦笑いがれる。

 クロードにとって小銀貨三枚など、子どもにおづかいとして渡しても痛くもかゆくもない金額だろう。

「そりぇよりも。ふたりを送り出しゅつもりが、わたちが先に出て行くことになってごめんにぇ」

 はい、と言ってデイジーとライラに、各々のしゆうが入った乙女おとめ可愛かわいきんちやくを渡す。

「今までお世話してくりぇて、あいがとうごじゃいましゅ。幸しぇになって」

 ぶわぁっと、一気に涙がデイジーの瞳のふちに盛り上がった。

「うわぁぁぁぁん、マグノリア様~!! あいがどうごじゃいまじゅぅぅ!!

 ……おおぅ。だいこうずいだ。デイジーの瞳がけてしまう。苦笑いしてしゆきんを渡す。

 目をうるませながらなだめるライラにデイジーを任せ、ロサの前に立つ。

「ロサも、今までたくさんあいがとうごじゃいまちた。こりぇ、ロサに教えてもりゃった刺繍よ。どうじょ」

 ローズ。ラテン語でロサ。

 バラの刺繍がされたハンカチを渡すと、ハンカチをぎゅっときしめて深く頭を垂れた。小さくふるえるかたをマグノリアはみつめた。

「こちらこそ……色々……至らず、申し訳、ございま……んでした……」

「お父しゃまとお母しゃまと、色々せつしようちてくれたのでちょう? お世話を掛けまちた」

 こうかいさいなむような、打ちひしがれるようなロサを見て、マグノリアは苦く笑う。

 最低限とはいえつつがなく暮らすことが出来たのは、ロサのじんりよくによるところが大きい筈だ。

「この後おじいしゃまが細かい手配をしゃれるはずでしゅが、づらい場合は王都のアゼンダ辺境伯家のタウンハウスでがらを預かってもらえるしょうでしゅ。流石さすがにお父しゃまも配慮しゃれると思いましゅが、目が行き届かないところで何かあった場合、覚えておいてくだしゃい」

 大切なことなので、三人にしっかりと伝える。


 マグノリアの荷物はびっくりするほど少なかった。

 クローゼットにあった数着の洋服とネグリジェ、数組の下着とくつした。ダフニー夫人からの木札。お針箱と製作物、余ったぎれ。そしてしのんで写した抜粋書はねんの為の証拠として保管しておくつもりだ。更にはジェラルドとわした契約書。

 何処へも出かけることがなかったマグノリアにはかばんすらなく、大きな布に包んで背中に回してくくりつける。

 高価そうなドレスは置いて行く。沢山練習した借り物の石板も。

 ギルモア家に残すべきものは全て置いて行くのだ。


 誕生日とはいえパーティーどころかばんさんかいの用意ももちろんない。通常通りの食事であるのを見越して、セルヴェスが知り気分を害さないよう、夕食前にしきを出発することにした。多少無理をすれば数人分の食事を用意するくらい可能だろうが、楽しいばんさんになろう筈もない。

 それでもクロードは家族の別れの時間を取るべきだと思い、マグノリアに言ってみたものの、一緒に食事をったことはないうえ、あんなにいかり心頭な様子では一緒のテーブルにつかないであろうと言われ、引かざるを得なかった。


 夕方に差しせまったギルモア家のげんかんまえには、沢山の使用人が並んでいた。

 オレンジ色とこんいろが交じり合う中、多くのひとかげが長い影を落とす。

 使用人と言っても下女下男が多く、通常主人達の目にはれない使用人たちが多かった。

「お嬢様、これ、ポテトいもとチーズのカリカリきのレシピです」

「わぁ! いいのでしゅか!?

「はい。あちらでもおし上がりください」

 マグノリアの好物だ。料理人として大切な筈のレシピをゆずり受け、はわわ~と花を飛ばしながらほくほくするマグノリアを見て、一同は小さく笑う。

「こりぇはなべきとなべつかみでしゅ。調理場のみなしゃんで使ってくだちゃい」

「……ありがとうございます。大切にいたします」

 淋し気な顔で料理長と料理人たちは頭を下げる。

「お嬢様、行っちゃうんだねぇ」

「遠い場所なんだよね……?」

 せんたくがかりのおばちゃんは、グスグスと鼻を鳴らしながらしんみりした。通いの彼女たちは、りちにも帰宅時間を過ぎているのにもかかわらず、見送りの為に待っていてくれたのだった。

「うん。色々教えてくりぇてあいがとうね。お茶の時間も楽ちかった」

「あたし達もだよ!」

 おいおい泣き出す人も居て、マグノリアは困ったように笑う。

「こりぇ、お茶の時間に使うシートよ。こりぇいてお茶会したら楽ちいよ!」

 カラフルにあまり布をつなげてパッチワークにしたレジャーシートもどきだ。

「お嬢様が作ったのかい!? 相変わらずすごい子だねぇ……」

「とってもうれしいよ。ありがとう、お嬢様」

「ワシからはこれを」

 庭師のおじいさんは、ゆっくりと歩み寄って来ては小さな包みをわたしてくれた。

 ……包みをると、カシャカシャと音がする。

「こりぇは?」

「植物の種でさぁ。機会があれば、お世話してください」

「あいがとう。わたちからはこりぇを」

 これから寒くなるので、ロサから貰った毛糸で編んだぼうだ。

 庭師のお爺さんはゆっくりと膝立ちになる。

「ありがとうございます。じようさま、どうぞお達者で」

 深いしわがれた声に、マグノリアは笑ってうなずいた。


 中央にはジェラルドが見送りに出ていた。他に、母の姿も兄の姿もない。

 代わりに家令としつ長、侍女頭が揃って並んでいた。

 マグノリアは姿勢を正し、父の前に立った。

「侯爵ちゃま……いえ、お父しゃま。今まで、生きりゅためのご手配をいただき、誠にあいがとうごじゃいまちた」