なんてことのないたった一言に、
その場に居合わせた使用人一同は、
「わたくちはマグノリアと申ちましゅ。初めまちて、おじいしゃま。
そう言い終わるや
「マグノリアァァァァアアッ!!!!」
「ぐえっっ!?」
カエルを
(い、息が……ぐ、ぐるぢぃぃぃ……っっ!!)
タップタップ!!
「セルヴェス様、お嬢が潰れちまいやすよぉ?」
「父上!! 幼児をそんなに抱きしめたら複雑骨折しますよ!」
のんびりしたガイの声と、焦ったクロードの声がして、べりっと引き
(し、死ぬところだった……!)
複雑骨折。遠くなりそうな意識の
「……
マグノリアはよれよれと
「あい。クロード……
彼は
それを見て何故か騒めくような自分の感情に、マグノリアは内心首を傾げた。
「一応叔父だが、まあ呼びやすい方で構わん。
そう言って右手を差し出す。マグノリアは小さな手で握り返した。が、温かい大き過ぎる手に、まるで握り込まれるように包み込まれた。
(……知ってる……)
何だろう、この感覚。
知らない筈の人間を、知っている感覚。
はっきりと、何を、というのではないのに……肖像画を見たから、というのとはちょっと
(モヤモヤするんだよなぁ……)
そんな気持ちを
すんごいイケメンだ。前世も今世も見たことないクラスの
眼福というやつなんだろうが、美しすぎて
「マグノリアでしゅ。よちなにお願い致ちまちゅ。……
「ん?」
マグノリアの思わず小さく漏れた心の声を聞くと、眉を片方上げた。
何とも絵になる様である。
肖像画で見た彼の姿は、線の細い、氷の
子どもらしく切り揃えられていた黒髪は、今は無造作に伸びて肩と背中に散っている。切れ長ではあるが子ども特有に丸みを帯びていた
絵より細くなった頬も、高い鼻も、引き締まった口元も。綺麗と言った方がしっくりくるものの、男らしい
ただ十九
何より祖父
「肖像画でしゅ。女の子みたいに
「女の子……可愛い?」
言われたクロードは、ボソリと
「おや、お嬢はイケメンはお嫌いで?」
「うーん。イケメンは色々大変しょうでしゅからねぇ」
しばらくして落ち着くと、セルヴェスとクロードは部屋の中を見回す。
白い家具で取り揃えられた部屋は美しいが、子どもの、それも幼女の部屋には
「……子ども用の家具が一つもないのか……」
子ども用家具を揃えることを渋ったウィステリアによって、物置に置かれていたものを
何度も家具を替えるのが
クロードは
「マグノリア、誕生日なのに
当然のようにクロードが確認すると、マグノリアはきょとんとした。
「……誕生日? 誰のでしゅか?」
セルヴェスとクロードは、息を
「自分の誕生日を知らないのか……?」
「今日はわたちの誕生日なのでしゅか?」
クロードを仰ぎ見て、次にセルヴェスに視線を移す。
「……えーと。どんな服ならいいのでしょう? 同じようなものちかないでしゅけど」
そう言って固まったままのふたりをクローゼットのある部屋にいざなった。
開け放たれたクローゼットを見てふたりは絶句する。
「他に服は……?」
「ごじゃいましぇんよ。もっと古いのが一着、
大きさの合わないだろう令嬢らしいドレスが二着と、くたびれた
それがスカスカのクローゼットにぶら下がっている。
「「…………」」
ガイは絶句する主人達をじっと見ていた。
セルヴェスもクロードも良家の子息として育っている。
彼等は常に尊重され大切に
それはとても
だが
そしてそれらは常に充分な数があり、そしてその時々に必要な品質のものが複数
高位貴族として体面を保つための
彼等は決して
しかし
物も心も。それはここには居ないジェラルドも同じこと。
戦地で常に危険と
ガイは
聞いて、令嬢なのに不憫だと思っただろう。
そしてふたりの想像で、よもやここまでの待遇の悪さだとは思っていなかった筈だ。
実際に見てもらって、感じてもらった方がよい。低位貴族でさえ、お下がりであったとしても出来る限りの心配りで、その子の成長に合わせた
ドレスを除けば貴族どころか
マグノリアは舌ったらずの例の口調で『みんなが丁寧に洗濯してくれるから、いつも綺麗に着ることができて有難い』と
下女は、他の三人にそんなことは言われたことどころか、声掛けされたことがないと静かに
マグノリアは
「お
そう言っていた。調理場でも、清掃係にも。暑い日に外に立つ守衛にも。会えば挨拶をし丁寧に頭を下げ、労をねぎらっていたという。
(まあ、お嬢にとっては情報収集で相手の
使用人だって平民だって、人間だ。マグノリアは未だ幼いが、それを知っている人間らしい。元々の人間性なのか。未だ貴族らしい教育をされていないからなのか。それとも、
世界は、人生は理不尽だ。
戦争で
小さい頃から領政に
――さあ。それが他人事でなく、自分の身内に起こったらどうされやすか?
自分が引き起こしたら、どう決着つけやすかと、ガイは心の中で問う。
「そうか。……マグノリア、これを」
苦い何かを噛み締めるように
「お誕生日おめでとう、マグノリア」
厳つさについつい目が行ってしまうが、よくよく見れば意外に整った顔をしている祖父。
彼は優しい瞳で笑うと、マグノリアの誕生を祝った。
ポカンとしていたマグノリアは、
じんわりと、心に言葉と感情とが
「あいがとうごじゃいましゅ」
丁寧にカーテシーをする。そしてずっしりとした包みを見て何度も
「……開けてもいいでしゅか?」
「
ガイはニコニコとしており、
「開けて
「?」
包みを開けると。何やら無数の黒い塊が。
(これ何? ……
くんくんと鼻を動かしているマグノリアに、クロードはため息とともに短く伝えた。
「干し肉だ」
「良かったっすね、お
ガイはいい
というわけで。
ピロリ~ン! マグノリアは食料(干し肉)を手に入れた!
――誕生日に干し肉って……そう思いながら干し肉の塊を見る。
いや。あったな、前世でも。確か……今では名前が思い出せないかつての友人に、高い酒とビーフジャーキーを貰った筈だ。
(つーか、幼女にジャーキーの塊って……)
マグノリアは心の中で
「……あいがとうごじゃいましゅ!」
家出するときに、ガイの言う通り保存食として持って行こう。そうしよう。
きっとお
******
そんな頃、城の廊下を伝令を受けたジェラルドが走っていた。
(この前家に入り込んでいた『ネズミ』はもしやガイか……周辺国を調べていると聞いたが。それにしても随分動きが早いな。今、父上は領地に居る筈……王都に来ていたのか?)
まさか六十を超え、二日間ほぼぶっ通しで馬を走らせて来たとは思うまい。
――体力的に不可能ではないのは充分知っているが。よもや顔も知らぬ孫娘の為にそこまでするとは思ってもいない。
今日はギルモア家では普通の一日の筈だった。
ジェラルドは城に。ウィステリアは友人宅のお茶会へ。ブライアンは最近出入りが許可された王宮
慣れた様子でひらり飛び乗ると、軽快にわき腹を
******
お茶の用意がサロンに運ばれ、祖父と叔父と幼女が
内容はあまり
花の国の名前通り一年中花で
「マグノリアは普段何をしているのだ?」
「しょうでしゅね……、
「「軟禁……」」
平然と
「確かにお嬢の部屋の扉だけ、べらぼうに重いっすもんねぇ」
「多分、一人で自由に出りぇないようにでしゅよ。事実確認はちてないけど、他の部屋は開けりぇましゅもん。わざわざ手間とお金が込んでましゅ」
「…………」
セルヴェスとクロードの後ろに
「……刺繍、好きなのか?」
「いえ、じぇんじぇん。先々にょ為の訓練(収入源)でしゅね~」
「それは
セルヴェスは見た目はともかく
「後、ライラ……
「その、鎚鉾っ、すよね……? ぐふぅ……」
腰に括られた鎚鉾を指さすと、
「ライラ……?」
何か引っかかったのかクロードが確認すると、こっくり頷き壁際に控えるライラを見遣る。アゼンダの三人組も視線を
視線の先には
「……ああ。やはり『切り
クロードの発した
『切り裂きライラ』
(何それ、コワい呼び名なんですけど!!)
セルヴェスは思い出したように呟く。
「バーナード
ライラは自分の名が挙がり、一歩前へ出て礼を取る。
「……侍女の身故、ご挨拶が遅れ失礼いたしました。バーナード子爵が娘、ライラでございます。マグノリア様のお世話のお手伝いをさせていただいております。以後お見知りおきを」
「ライラは
「はい。学院時代はペルヴォンシュ侯爵様の下へ参ずる予定でおりましたが、父が
「そうか。
「ありがとうございます」
ライラは穏やかに笑うと、頭を下げ再び壁に控えた。ガイが小声で教えてくれる。
「ライラさんは学院時代に街で悪人を
(ズタズタ……)
……
服で良かったというべきなのか。
軍部で有名人なんすよ、と付け加えられ、役人の前で引き裂けば、そりゃそうでしょうねとしか思えなかった。
……そんな雑念を
「……帰って来おったな」
セルヴェスの声に、クロードとガイが小さく頷き返す。
(さっき人が出て行ったのは親父さんに知らせる為か……)
何だろう。これはもしかしなくても
(……私か?)
自分の
なんだかムズムズする気持ちに
目の前の彼等の人間性も目的も、解らないことだらけだ。仮にガイに聞いたとして、
それに、実際面と向かってジェラルドに
(……考えたって解んないよねぇ。そんなときは出たとこ勝負っしょ!)
臨機応変に、女は度胸だと気合を入れる。
冷めたお茶をぐいーーっと一気に飲み干すと、むん!と鼻息を吐いた。
ジェラルドが屋敷のアプローチを
「父上はどちらに?」
「サロンに……クロード様とガイ、マグノリア様とご
頷くと家令へ
(さて、どう出るのか)
……出来れば知られる前に全てを片づけておきたかったが、仕方ないと切り
ジェラルドがサロンの扉を開くと、意外にも和やかな雰囲気で小さなお茶会が開かれていた。その様子に、ほっと息を吐く。
久々に見るマグノリアの腕には、何故か干し肉がたんまりと載せられていたが。
「よう、ジェラルド。
大きなセルヴェスが小さく見えるカップでお茶を飲む姿は、
「お久し振りです、父上。……いらっしゃるなら
言いながら弟であるクロードを観察する。この場は口出しする気はないらしく、いつものように静かに成り行きを見守るに
「いや、何」
言ったと思いきや。
「……ほう。腕は
「……お人が悪いですね。通常、
ニヤリと笑うセルヴェスが
(……何、この親子? じい様も
全くふたりの動きが見えなかったマグノリアは、心の中、すっかり前世の口調で独り言ちた。
ジェラルドが
若い使用人は息を詰めて固まっている。そりゃあそうだろう。偉い人ともっと偉い人がいきなりの
張り詰めた空気の中、セルヴェスは剣を
「……本気で話し合いを……謝罪をしなければと思ってな」
「
「いやぁ、普通、死んじゃいやすよね!」
ガイが空気を読まずに割って入ると、ジェラルドとクロードが渋い顔で奴を見る。
そして全員が……あいつは少し
セルヴェスは何てことない様子でさっきまでマグノリアが座っていた場所に座ると、孫娘を手招きする。マグノリアは
「……謝罪とは?」
セルヴェスの正面の席に着くと、ため息交じりに父に問うた。
(おおぅ。個人の部屋でなく、ここで始めるのですね?)
「
「
「今更でもだ」
「お前にギルモアを
深く頭を下げる。ここまで素直に、そして頭を垂れる父の姿に内心ぎょっとしつつ、ジェラルドは誰にも気づかれないように小さく息を
「言葉が足りなかったのは儂の
「……謝れば許されると?」
ジェラルドの言葉に壁に控えている使用人全員が驚いて目を見開いた。
当然のように受け入れると思ったのだろうが――声を誰も漏らさなかったのは
この世界で家長の言葉は重い。
今は同じ領主同士ではあるものの、彼らは親子である。何処か当然のように、セルヴェスが頭を下げたなら許されるべしと思っていたのだろうことが
しかし、この程度で受け入れるくらいならここまで事態は深刻化していなかっただろうと、セルヴェスだけでなく、クロードもマグノリアも、そしてガイも思う。
それに、人の気持ちというのは謝られたからといって、それが正しいと思ったとして、はいそうですかと
「いいや。許して
「…………」
真意を測りかねるように、ジェラルドは注意深く自分の父をみつめた。セルヴェスは、
親としてしてやれることはそう多くない。ましてやもう大人、しっかり者の息子に手を貸すようなことも殆ど無いであろう。
かと言って何か小細工をするつもりはない。きちんと全てを広げ見せる必要がある。
「領地を統合しなかったのは、アゼンダをアゼンダのまま
「返す?」
セルヴェスはどう説明すれば理解されやすいかを考える。いや、理解されなかったとしても、理由をきちんと伝えなければ。……
「……確かに
ジェラルドは
「アゼンダ公国の歴史は知っての通り、昔より周辺国の
「国境を接する
歴史書をなぞるようにジェラルドが
「うむ。
「――お
「そうだ」
ジェラルドは
新しい領地に線引きを変えてしまえば、元に
「……なぜ当時それを
「……言ってもそんなこと、普通は理解されまい? それに当時周囲から不要な
「詮索……?」
セルヴェスは当時を思い出すかのように遠くを見る。
「アゼンダを得、
ジェラルドは当時を振り返る。陞爵を言い出したのは先王であり、
「……大公家の方々は
「人間、大きな力は
「…………」
マグノリアは、
ジェラルドについては理由が不当であれ正統であれ、
――
セルヴェスがジェラルドをギルモア家の当主に指名したのは、能力も資質も問題ないからがひとつ。力不足どころか、彼こそが当主と決めていたようだ。
公爵家に陞爵されたくない為、領地を分けたのがひとつ。
小国とはいえ一国と、広大なギルモア領と同じ規模の領地が
国の中でギルモア家の権力集中を
もうひとつはアゼンダ領をいつか元の公国に戻したいが為。
長い間
領地や家門を盛り立てることを考えるのが領主の仕事だ。
元に戻したいからと説明しても理解されないばかりか、ヘタをするとふたごころを
それ以外に言えないことがあるのか、全てなのかは解らないけど。セルヴェスなりに
「儂がしてしまったこと、足りなかったことについてはこれからも謝るつもりだ。だが」
続く言葉に、ジェラルドは
「マグノリアにお前がしていることは許容出来ん」
「結局お説教ですか?」
ジェラルドは鼻で笑うように言い捨てる。
「そうではない。お前なりに何か理由があり考えて行ったことなのだろうが、理解の
「子の
「そうだが、子に何をしてもよいというわけではない。その子を守り、幸せになるような道筋を整えるのが親の役目ではないのか?」
「マグノリアが不幸だと?」
「
静かに応戦は続く。
「勝手に
「王家に使い捨てられるよりいいでしょう。それどころか……」
何かを言いかけて、ジェラルドは口を
セルヴェスは問いかけるようにジェラルドを見たが、
「……お前が王家に何を思おうと構わん。だが、
「言えた義理なのですか?」
ふたりの視線は厳しいものだ。声を
「間違えたからこそだ。そして家族が間違った
セルヴェスは小さく息を
「お前は、
色も匂いもしない筈の張り詰めたそれは、重々しくピリピリと部屋の全員を
(おおぅ……。今度は私のことでおっ始める気か……詰め込み過ぎなんじゃないのよ?)
……良いのだろうか。
(……それにしても、ふたりとも、めっちゃぶっちゃけてるね?)
(うーむ、
ちらりとクロードを
整い過ぎている為に一見冷たそうに見えるが、
そんな様子を見て内心ひとり
ここは
思った
「おじい様!
ブライアンが
「マグノリア、そこを退け!」
入室の許可を取るでもなく
「ブライアン、まず挨拶をしなさい」
父に注意を受けると、何故か兄はマグノリアを
(うっわ、
そして、ドレスの
今日も決まってますね! と言わんばかりなキメキメだ。貴婦人は大変である。
白い
昼の
何故かセルヴェスとマグノリアの後ろで、ガイがプルプル
……どうせロクでもないことを考えているに
「
愛らしい声で、やんわり
秋晴れの
苦い顔の
そしてプルプル震えるオッサンと干し肉の山を持つ幼女。
何これ。
遠い目をしてマグノリアが
シュバッ!! 音をたて総レースの黒い
「何故お前がいるの? そのような格好で、みっともない。部屋に戻りなさい!」
堂々とした、人に命令をしなれた人間の声だった。
――しんと静まり返るサロン。
(……おおぅ。誕生日なんだったら、とんだバースデーだね? 一生の
マグノリアは小首を
(それよりも
兄を見る。
(
母を見る。
(義親の前でも通常運転か。なかなか強心臓だなぁ)
そして隣のお
……なんか、ヤバいオーラが
ちらり、見上げると。
……
――――――――――――。
よし。今だ。チャンス
パチン、と小さな手のひらを合わせて立ち上がる。
「
言いながら干し肉をガイに
「持っててくりぇりゅ?」
「はい」
ガイは素直に
マグノリアの表情を見遣って安心すると、
(コイツは。高みの見物かましていやがるな……)
「まじゅ、お父しゃまとおじいしゃまの件はご自分
これを見てくだしゃい、と言いながら数枚の紙をテーブルに広げる。
「これは……?」
ジェラルドが帰宅して以降、ようやく何処か
「ギルモア家の家政費用の一部を
家政費用。マグノリアの言葉を聞いて、執事長が青ざめる。
自室からサロンへ来るときに、万一に備えて持って来た例の写しである。
「原本は図書室にありましゅ。必要でちたら後ほど数字に誤りがないかお確かめくだちゃい。……執事長しゃん、
いたいけな幼女の
「これは……酷いな」
「
クロードとセルヴェスが記載された金額に
「……この、『プリマヴェーラ』というのは誰だ?」
「
「猫?」
怪訝そうにクロードが繰り返す。
「お母しゃまの猫ちゃんでしゅ」
「「…………」」
アゼンダのふたりは閉口して、まじまじと写しをみつめた。
「自分の産んだ娘が、猫の十分の一なのか……」
セルヴェスの声が哀し
そう、猫も大切な家族だ。飼い主にとっては。
そして飼い主にとってはそこまで外れた感覚ではないだろう。
(でもまあ、猫ちゃんと面識ないお爺さんからしたらそう思うよねぇ)
「アチュカルド王国では女児は
「愛玩……変質者……」
写しを見ながら、クロードが低い声で
「要ちゅるに、不要にゃ者。しょういう場合、どうしゅるか。一般的に売りゅか捨てるかでしゅ」
――――不要な者は、売るか捨てるか――――
話している内容と子どものたどたどしい口調とがちぐはぐ過ぎて、口が回る筈のジェラルドまで呆気に取られている。
(……よしよし)
「
部屋にいた全員が息を呑む。
「申し訳ないのでしゅが、小銀貨を三枚貸ちていただけましゅか? お金が出来
クロードに穢れなきまなこビームでお願いすると、
(恩にきます、とっても若い叔父さん)
そのままジェラルドの前へ進み出ると、大きな手を取り、銀貨を載せる。
シャリン、と。
「あい。こりぇが『あなたの子どもだった者』の価値でしゅ」
「…………」
食い入るように三枚の銀貨をみつめるジェラルドを、
「これで、わたくちは買われ、居なくなりまちた。もう
わなわなと震えるウィステリアはきっ! とマグノリアを睨みつける。
「何て生意気な子どもなんでしょう!
ドレスを
(あーあ。謝まるどころかキレて、
痛い目みなきゃ解らんなら、おばちゃんがゲンコツかましたるまでよ。
マグノリアはにっこり微笑む。後ろ姿の母へ。
「侯爵夫人」
呼びかけられ、反射的に足を止めた。しかし振り返らない。
マグノリアは姿勢を正し、
「産んでいただき、大変お疲りぇ様でございまちた。次のご
黙ったまま、ウィステリアは手に持った扇を勢いよく
(くれぐれも、次の子どもに同じことしてくれてんじゃねーぞ!!)
「しゃようなら『お母しゃま』」
セルヴェスは貴婦人さながらに美しい礼を取る小さな
(何という
彼のふたりの息子はどちらも大変
(身内に、それも孫娘に喰われるならそれも
見事自身で自由をもぎ取ったとはいえ、まだ幼い。
クロードは自分を
本当の両親を幼くして
義理の家族はとても良くしてくれ、自分は養子だなんて
(なのに実の親に見捨てられて、
四
ふくふくとした頬が目立つ愛らしい顔には、未練は
(何故なんだ?)
……目の前の子どもは、自分が知る子どもとは全く違う得体の知れない存在に思えた。
親は子に
それならば、血とは? 家族とは? 連綿と今へ至る筈の繋がりとは何であるのかと。
ジェラルドは変わってしまった
(
決して過去の見立てが見誤りだとは思わない。――が、何故か事態は知らぬ間に急激に変化していたのだ。このところ感じていた
別人になった娘は、自分で自分をその小さな手に取り戻した。
……若干反則めいた手であり実際穴もあるが、そこを
もう
だがそれで
……たとえ無責任と
(さようなら。かつての『小さなマグノリア』)
手のひらの銀貨は軽くて重い。
銀貨に移った子どもの高い体温と、
ガイはギルモア一族をみつめながら、過去と未来を思う。
新しい明日は、果たして
――形が定まらないなら、好きに作ればいいと。
マグノリアは思案する。
必要な結果を最上級に取りに行く。
「おじいしゃま、お願いがありゅのでしゅ」
「なんだ?」
「
「侍女?」
壁際に立つ侍女たちも息を詰めるように立ち尽くしていたが、自分達のことが口にのぼり姿勢を正す。
「あい。今回にょことや書類にょことで、侍女しゃんは何も関わっておりましぇん。
「マグノリア様……」
「私たちは
「…………」
デイジーは
ロサは空をみつめたまま動かない。
「
セルヴェスは頷く。孫娘の今回の願いは、可能な限りすべて
「それと、ギルモア侯爵。今迄のわたくちの生活費をどうしゅるかお話ち致ちましょう」
「そのようなものまで……必要なかろう?
ジェラルドではなく、クロードが力なくマグノリアに言う。
「しょうではないのでしゅ。……一般的にはしょうであっても、場合によって対応は変わりゅのでしゅ。きちんと話し合っておくことはお
家政費用の写しの一枚を裏返すと、なにやら計算したものが書かれている。
まるで、こうなるのを
「食費。食事の量はブライアンちゃまより小しゃいので
ジェラルドはゆっくりと写しから瞳を外すと、マグノリアに向き合う。
「……それらの受け取りの
「…………。お金で解決出来りゅものは、利用ちた方が明確で後腐りぇにゃいと思いまちゅが」
「……放棄は可能かい?」
マグノリアは小さくため息をつく。
「人間は、何か不都合なことがあったとき、思いも寄らにゃい行動を取りゅことがあいまちゅ。今はしょんなこと、と思うでしょうが。この先何かしらがあって、わたくちを引き戻しょうとなしゃる事態に
幼女が領主の仕事を熟す父親に、言い
自分が戻ることは全く
しかし静かな瞳でみつめるジェラルドに、彼も引く気がないことを悟ると、マグノリアは再び小さく息を吐いた。
「では、互いが納得出来りゅ
契約書。
クロードはどう口を
確かに
そしていつかお互いのわだかまりが無くなったら、元の形に戻れるように……
ところが子ども――それも幼児が
いつもは感情豊かなセルヴェスが、自分と同じように静かに見守る様子も違和感を覚える。
父は人との繋がりを大切にする人間だ。
命の
「承知した」
兄も、本来ならもっと上手く
クロードは酷く痛む心のまま、小さな姪っ子をみつめてはきつく拳を握った。
「……お前、本当、生意気だ!!」
忘れ去られたかのように所在なく立ち尽くしていたブライアンだ。
「ブライアンしゃま。短い間ではごじゃいまちたが、お相手いただきあいがとうごじゃいまちた」
悪びれる様子もなくマグノリアは礼を取る。
「お前なんか出ていけ!」
今迄の話の内容がいまいち
「はい、出て参りましゅ。
両手をぐっと握り締め唇を噛むと、もう一度マグノリアを睨み、勢いよく
ブライアンを黙って見送ると、セルヴェスが満を持して口を開く。
「マグノリア。この後、一体どうするつもりなんだ?」
「しょうでしゅね。基本的には孤児院に入りゅ予定でちゅが?」
「「「…………」」」
「国内の孤児院が色々……まあ、難ちいようでしたりゃ、誰か外国の孤児院に
本当は、家を出るなり輸送中に
せっかく国内有力貴族が
うーん、とセルヴェスが
「……孤児院は難しいと思うぞ」
「
「いや、違う。その色だ」
「いりょ?」
小首を傾げる。
(またこのファンシーピンクか……イラっとするな、本当)
「北の国特有の色なんでしゅよね? 目立たないように、北の国があった周辺の孤児院は駄目でしゅか?」
同じ色味が沢山いますよね? きっと。そう心の声が聞こえた。
あ~……、と言わんばかりに、セルヴェス・ジェラルド・クロード・ガイが残念な者を見る目でマグノリアを見遣る。
「……いや、それな。北の国の『王族』特有の色だぞ。我々は亡き国の王家の血が入っておる。小国とはいえちょっと変わった国だったから、孤児なんぞになったらあっという間に多分どっかの国に取り込まれて、
「ええぇぇぇ~~~……」
(そんなん、聞いてないよぉぉ……!)
面倒とは……一難去ってまた一難とは、このこと……?
やっと子どもらしくガックリと頭垂れる姿を見て、クロードは
「借金を返すまで館に来ればいい。……
「……しょれは反則になりゅので嫌にゃのでしゅけど。しょれに、お金が出来たりゃ返すと約束ちまちたのに!」