閑話 隠されたお嬢様(ガイ視点)



 一週間ほど前に出会ったお嬢様は、小さい身体でありながら大人の男に歯向かって来ようとするねっ返りのおひめさまだった。

 しかしぼうていこうしようとしたわけでなく、冷静に状況を判断した上でげられない――こちらは襲うつもりなんてなかったけど――そうさとった上での行動であり、年老いた庭師のじいさんを心配しての行動でもあった。

 普通ならこわくて震えるか泣くかするであろうに。多分、将来は国一番のべつぴんさんであるだろう顔をこれでもかというくらいにしかめて、武器(農具)のありを確認していたっけ。

 ちゆうちよなくこちらの急所に打ち込んでやるという瞳だった。せつまった顔でにらんで来たので敢えてどんなもんか、殺気を出してちようはつしていた自分が悪いのだが。


「くくっ、ボロは着てても心根は『ギルモア』なんすねぇ」

 未婚の王女も公女も居ない今、国で一番の高貴な未婚女性である筈のご令嬢はマグノリア様というおんだった。おんとしさい

 今はもう消え去った、北の小国のとくちようてきなピンクのかみ朱鷺とき色の瞳。セルヴェス様のははうえであるアゼリア様と同じお色だ。お顔も良く似ていらした。


 ギルモア侯爵家とアゼンダ辺境はく家は、みような関係だ。

 商業的な関係はすこぶる良好だが、心理的な部分とでも言えばよいか。

 十年ほど前、うっかり陞爵されそうになり焦ったセルヴェス様がやらかしたからだ。

 見た目やさおとこな長男のジェラルドぼつちゃまは、まがまがしい笑顔えがおでダンマリをめ込んでいたが、あれはすんごくおこっていた顔だ。

 ……セルヴェス様も、きちんと説明すれば良かったのに。

 息子むすこのあまりのおくさまからのしつせき、未だ幼い義息子からの進言。ついでに建領と移領にともなうあれやこれやで、てんやわんやだったのもあっただろう。

 そして一番なのが、息子の優秀さにあまえて、『わかるよな?』とばかりにちゆうはんな説明でうやむやにしてしまったことだ。名将も、家族にはしがないオジサン。家では結構な割合でめいそうしているのだなと思う一件だった。


 お小さい頃からひたすらに頑張って頑張って、努力されていたのに……せめてもっともっと褒めて差し上げれば良かったのにと思うし、事情や本心をお話しすれば良かったのだ。

 頑張り過ぎたジェラルド坊ちゃまには、けんめいこなすばかりに視野がせまくなり、父親の不器用なしんらいだけでは足りなかったし、心には届かなくなっていたのだろう。

 そこは子どもなのだから仕方ない。本来子どもにそこまでいる親の方が悪いのだ。

 まあ、言い訳と言われてしまえば仕方ないが、時はせんの時代。親は親で役割を熟すのにいっぱいいっぱいなこともあるし、いつの時代も親業自体はさぐりだったりと、上手くやれないことは多々あるものだと、主を長年見て来た人間としては思う。

 ジェラルド坊ちゃまは……優秀でありながらもどこかで自信が無く、悪い方悪い方に考えてしまったのだろう。それだけ傷ついていたとも言えるし、愛情にえていたのだろうし、張りめていたのだろう。

 出来過ぎるというのも案外良くないものなのだなとガイは思う。

 ただ、だからこそ、自分や周りを必要以上に傷つけるような行動をしないでも良かったのに、とも思う。


 まず、怒れる坊ちゃまはだんをアゼンダ辺境伯領にぶん投げて来た。

 これは私設の騎士団を同じ家門が複数持つのはじよう戦力になるだろうと、貴族間や王家との力関係をねんしていろんなあれこれがけんせいし合い……領地を分けるに当たって(外野が)めていた。物理的にも距離がはなれているので、国家を守る戦力としては侯爵家と辺境伯家両方に騎士団があった方が良いと思うのだが。結果、

「痛くない腹をさぐるおつもりか? 今迄のギルモアの王家へのけんしんをお疑いになると? そのように思われるのは不本意ですので。当方いりません故」

 と。笑顔で『げんすいが引き取って国境を警備されよ』とあっさりぶん投げて来たのだ。

 そしてさらにそれを証明するように、彼はギルモア初の文官になった。

 王宮も期待の新人(予定)を失った軍部も、セルヴェス様もびっくりだ。

 ――泣いた。全軍部の役人(特に事務方)が泣いた。


 それなら国政のちゆうすうへ! そう言われたのにもかかわらず(ジェラルド坊ちゃまは頭もすこぶる良かった)、何処から見つけて来たのか聞いたこともないかんしよくを希望したのだった。

「急なしゆうで、ましてや成人したばかりのじやくはいもの。不慣れですので身に余る役職は残念ながらいたしかねます。お聞き届け頂けねば残念ながら出仕は取りやめ、直ちに帰領し領政に専念致します」

 確かに……ギルモア侯爵領はなかなかに広大だ。だが実際のところ、長年子どもながらに領政をになって来たジェラルド坊ちゃまなので、実務なんぞ手慣れてすらいるのだが。完全な当てこすりである。

 言っている顔は全然残念そうじゃないし。

 しかし実情も事情も知らない貴族たちは、もっともだと頷いた。急な世襲も、長きにわたる当主不在状態であったにもかかわらず、領政を教授する時間もろくに取らず移領させることになった事実をかんがみれば……諸先輩方は若者の負担を減らそうと頷くしかなかったのである。


 王宮も行政部(軍部に行くと思ったのにラッキー!! と思っていたらしい)も、当てが外れてんやわんやだったそうだ。

 勝手にそちらが画策してたんでしょ、と内心で呟きながらすずしい顔はジェラルド坊ちゃまだけである。……ま、それをしたいやがらせないし対応なのだろうと思うわけだが。


 そして、きわめつきはじやくみたいな見た目のよめさんを貰ったことだろう。

 あてつけ以外の何ものでもないのだろうが、一生を左右するけつこんまでせいにする必要なかったのに……本格的に周囲の気持ちを折りに行きたかったのだろう。

 奥様がたしなめたが、全く聞く耳をお持ちにならなかった。

 まず、奥様とじやくよめあいしようが最悪だった。孔雀嫁は説明しても説明しても、家政を全く理解しなかった(その辺は坊ちゃまの計画通りだったのだが)。

 ゆうしゆうていであるクロード坊ちゃまは信じられないという目であきれ果て。脳筋っぽいけど意外に書類仕事も熟すセルヴェス様も、嫁の出来なさ加減とキンキラキンさに呆気に取られていた。

 ……移領の準備の為、奥様もちゆうさじを投げることとなる。

 更に、美しさを鼻にかけ(そこそこ美しい。けどケバい)、ごうまんろう

 ギルモア侯爵家は代々しつじつごうけんがモットーの家門。

 いつも許され周りに甘えて来た孔雀嫁にとっては、なんやかんや厳しいしゆうとめも、うるさいしゆうとも、冷めた目で相手にしない義弟もきらいになるのに時間は掛からなかった。家を分けてからほとんど会うこともせず、どうしても会わなくてはいけない場合(ブライアン様のお等)はジェラルド坊ちゃま以外はごこの悪い針のむしろの上状態だった。

 なので、当然のように用事やあいさつうかがいは王城のセルヴェス様の部屋か、アゼンダ辺境伯家の王都のタウンハウスかで。当たり前のようにジェラルド坊ちゃまが来て済ませて行く。

 クロード坊ちゃまが何度も取り成したが、駄目だった。

 ギルモアこうしやくていに行くと言えばにごされ、躱され、断られる。特にここ数年はてつていしていた。流石さすがに何かおかしいのでは? とクロード坊ちゃまが声を上げた。


 彼はジェラルド坊ちゃま以上に冷静な坊ちゃまだ。

 兄を尊敬しており、小さな頃からしたってもいたのでこの関係悪化を一番りよしたじんだろう。小さい子どもに責任なんてあるような内容じゃなかったのだが、家族がバラバラになったのは自分の責任だと気にんでもいらした。

 セルヴェス様も、年々かたくなになるジェラルド坊ちゃまの対応にかんを覚えていた。

 ……しかし元はと言えば自分のせいでどんどんドツボにはまって行った為、行動を起こせば起こすたび、説明しては悪化して行く関係にいまさらと踏み込めないでいたのだ。

 そうしてガイが周辺国ときなくさい国内貴族などのていさつからもどされ、数年ぶりにギルモア家へと出向きみつていを任されたという流れだった。


 まずあの後庭師のじいさまくわしくたずねたが、ジェラルド坊ちゃまは具体的なことを口にしなかったそうだ。

 庭師の爺様はその昔、せつこうを専門にする騎士だった。

 騎士団をめた後もギルモア家の『お庭番』だった人物。

 屋敷の使用人の話をまぎれてさらって行く。問題のお嬢様のきようぐうとご様子。するととても信じられない、聞くにえない内容が語られた。

 お嬢様の存在隠しだ。

 ジェラルド坊ちゃまは情報統制にかなり気を付けていたらしく、お嬢様の存在は外へ殆どれていない様子だ。使用人にもけいやくしよを書かせ、強く口止めしている。

 セルヴェス様への複雑な感情以前に、王家に対しての不信感があるのだろう。確かに、現王はあやういところがある。更に次代はかなりヤバいともつぱらの評判だ。

 王宮に勤め、うわさだけでない何かをぎ取ったのだろうか。

 もしくは何かをつかんでいるのかもしれない。八つ当たりだけでするにはリスクが大きい。


 そして、おどろくべきことにギルモア付きのおんみつの存在が無くなっていた。国のまもりを担うギルモア家にちようほうは欠かせない筈なのに。

 詳しくてんまつを聞こうとしたら、屋根裏にもものかげにも、何処どこにもいなかった。仕方なく裏ギルドで確認を取る。顔なじみの人間に聞けば、坊ちゃまは必要な情報は都度金で買うことにしたらしい。戦争も無ければ、軍事にも国の中枢にも関わっていないので、以前ほど後ろ暗いことがないのだろう。かげの存在など必要になることも少ないのだろうと言う。

 ――余程のことがない限り、家門のあれこれを探らないというスタンスが発見をおくらせたのだ。ましてやセルヴェス様がいろいろやらかしているので、下手に探って余計に怒らせたくないという心理が働いていたのだ……文官をしているとはいえ、本来は騎士団をぐ立場だった方だ。気配にさとしんにゆうしやにすぐ気づいてしまうだろう。並みのお庭番では歯が立たないので『さわらぬ神にたたりなし』というヤツだったのだ――

 そのうえ領政は至って明朗会計。真っ白・真っ当以外の何ものでもなく。王宮でも国でも地位を得ようなんて思っていないことから、策略もしない・されないらしい。ある意味、全く非の打ちどころがない。

 自分と家門の問題があったときにあとくされなく情報を買取り、流したり操作したりすればいいという合理主義で過ごしているそうだ。

 主に忠誠心を持つ危ない人間を飼い慣らすのは有益なことも多いが、深く家の内情を知る存在になるともいえる。まして忠誠心は、目に見えることもあるが見えないこともあるのだ。

 そういう存在と距離を取り、必要なときだけ自らだけがおもむき、家という巣箱にがんじようかぎをかけたのだ。

 お嬢様はとらわれている。その存在をないものとしてあつかわれる為に。

 せめてセルヴェス様にきんきようをお伝えしようと、孫ひめさまの部屋をのぞき込んだ。

 もちろん窓から。

 ……偵察しやすいような木が無く、足場を確保するのにかなり苦労した。

「……相変わらず徹底してやすねぇ……」

 目の前にはいないいんけんなジェラルド坊ちゃまに向かって思わずこぼす。


「ふっ! はっ!! とう! やぁ!! えいっ! やぁ!! さっ!」

「?」

 お嬢様はてるかと思いきや、小さい鎚鉾を両手に片足を上げたり飛び跳ねたり、走ったりしている。

 …………。暗い中何をしていなさるんだ?

 今度は何やら険しい顔で両手をこうき出し、せいけんきのような真似まねをしている。

 ガイはいつしゆんあっけに取られたあと、身体を小刻みに震わせるとたまらずき出した。

「ぶっふぉ!!

 マグノリアが見たらふんがいである。

(つーか、今度は一体何をしようってんすかね?)

 ヒーヒー声が出るのを必死でおさえ、腹筋と表情筋がプルプルしている。

「だ……駄目だ……反則っすよ……ぐふぅっ!」

 鼻をふくらませながら変なおどりを踊っている(?)小さなお嬢様を見て、図太いな、と思う。

(いいっすね、おじよう。気に入りやしたよ)

「ていやあぁ~!!(ビシィッッ!)」


 ポーズが決まったところで、ガイはくずれ落ちた。不覚である。

 ふくろうは大きな目をぐるりと回し、夜カラスが小さく「アホ~」と鳴いた。