後ろには困った顔をしながらティーセットを持ったデイジーが。

「いや何。ちょっとばかり人攫いか爺さんのかたきに間違われていたところだ」

 男が肩を寄せておどけると、お爺ちゃんは片眉を上げ、ニヤリと笑った。

「無理もねぇ」

(ああ、本当にようつうなんだ……)

 良かった。ホッとして大きく息を吐きだすと身体から力が抜ける。

「……お客様にゃら、今日は帰りゅね」

 マグノリアが庭師のお爺ちゃんに向かって暇を告げると、

「いや、このガイなら嬢様が知りたいことを色々知っていると思いまさぁよ。なかなか話す機会もないだろうから、話すといい」

「でも……」

「なぁに、嬢様がお部屋に帰りなさった後、食事にでも行きまさぁよ」

 腰をかばうようにゆっくり部屋の奥へ移動しながら、かかかと笑う。

「デイジーはここで休んで居るといい。ガイはセルヴェス様のふところがたなだ。だいじよう

 思ってもみなかったが、目の前の男が『あく将軍』の身内と知り、マグノリアはぜん興味がいた。

(おじようさま、と言うことはジェラルドぼつちゃまとクジャ……ウィステリア様の子ども……? 聞いたことがないな……)

 ガイは難しい顔をしてお爺さんに向き直る。いつの間にか自分のとなりに移動したお爺さんに、小さな声で、彼にだけ聞こえるようにささやく。

「爺さん、この『お嬢様』は……」

「ああ。ギルモア家の『かくされたお嬢様』だ」

「何故」

「さあなぁ」

 静かに肯定すると、小さくお爺さんはうなずく。

「何人もの使用人が旦那様に聞いたが。嬢様とお家の為ということ以外、口をつぐんでいらっしゃる」

「……そうっすか」

(これは、思わぬ土産みやげばなしが出来そうだなぁ……)

 ガイは主の母親によく似た女の子を見て、心の中でひとちた。


 オランジェリーの中にある小さな四阿あずまやにお茶の用意をしてもらうと、ふたりはいよいよ向き合って話をすることとなった。

「さっきはごめんなしゃい。お爺しゃんは居ないち、貴方あなたのタダ者でにゃい感がすご過ぎて、ちゅいけいかいちちゃって」

「いやいや。そのくらい警戒心が強い方がいいですよ」

 放っておいたら問答無用で切り掛かられそうな勢いだったが。ガイはマグノリアの言葉に苦笑いをしながら頷く。

「あっしはガイと申しやす。アゼンダ辺境はく・セルヴェス様の下で働いていやす」

「わたちはマグノリア・ギルモアでしゅ。父はジェラルド、母はウィステリアでしゅ」

「ありがとうございます。で、あっしに聞きたいというのは何でしょうか?」

(オッサンの言葉遣いが変化したな……何とも掴みどころがない感じだね……)

 ガイと名乗る男はさんくさい顔でニコニコしている。

 発言をうながされると、マグノリアはうーんと小さく唸って、どう聞いたものか思案した。

 なるべく的確に、しかしマイルドに行きたい。

「……えっと、まじゅ、領地間の人の流れって、どの程度あく出来りゅのかちら?」

「ん?」

 見た目幼女から放たれる質問に、ガイは一瞬固まった。

 ……予想していた『幼女の質問』とはずいぶんちがうものだったからだ。

「例えば。他領の修道院やいんみつに入ったとちて、しょのまま入れましゅか? 貴族の子が行方ゆくえ不明ににゃった場合、やっぱち足が付くのかちら」

 ガイはこんわくする。細い眼でまじまじと幼女を見遣った。

「う~ん……まあ、低位貴族と高位貴族じゃ全然違うと思いやすよ。それに普通、領主のお子様が行方不明になった時点でおおさわぎでしょうからねぇ。何処どこの修道院でも孤児院でも、小さい子どもが入れてくれって独りで来ても、何の調査も無しでは入れないと思いやすし」

 やっぱりそうだよな、とマグノリアはしぶしぶと言ったテイで頷く。

「この世界では、子どもは親にとってさくしゆ出来る資源でしゅものね」

「いや……そういうのじゃあねぇと思いやすがね……?」

 搾取に資源……何と言ったものか。ガイは明後日の方向から飛んで来る言葉に閉口した。

「じゃあ、他国だったりゃ? 他の国に行くにょ、手形とか許可証とか身分証明書とか必要? 密入国……森を抜けて他の国に入れりゅ? 領地とか国とかを出るのは難ちい?」

「…………」

 ガイはいよいよ頭を抱え首を振った。絶句だ、絶句。

(何をする気なんすか! 頼むから、変なことはしねえで下さいよ……!)

 マグノリアはマグノリアで、目の前のオッサンの様子に、いつもの質問する勢いはおさえたものの、話の内容が大人にとっては少々過激だったらしいと反省した。

 せいを名乗らないことから身バレしたくない――多分おんみつとか、裏のお仕事をけ負う人かと思うのだが。流石さすがに子どもに密入国などの説明をするのは気が引けるのだろうか。

「おほほほ。友人にょ疑問を代理で聞いただけでしゅ!」

「……………………」

 あるあるな言い訳を口走りながら取ってつけたように笑うと、ものすごいジト目で見られた。元々細い目が、チベットスナギツネのようになっている。

 むむむ。信用されていないっぽい。

「最後にひとちゅだけ。孤児院の子どもは、養子とちて引き取られる以外に買わりぇる事はありましゅか?」

「はい」

 今度は躊躇ためらいもせずそくとうされた。そうか。二十一世紀の地球では表向き考えられないけど……やはりそういうものか。

(そうよねぇ、この世界)

 渋い顔をしたガイをながめると、マグノリアはうすく笑った。

「では、金額はいくりゃくらいか知ってりゅ?」

「……年や性別で違いやすが。幼児でしたら、小銀貨二、三枚程かと思いやす」

「しょう。あいがとう、答えてくりぇて」

 丁度むかえに来た侍女と手を振って帰って行く小さい背中を、しばらく目が離せずにずっと見ていた。ため息も出ない。

 ……口調は身体に比べて幼過ぎるものだったが、内容はびっくりするぐらいスムーズに理解出来た。いや、話した言葉は理解出来るが、内容はとても理解し難く、閉口した。

 かなり知能が高く色々理解しているらしい幼女。三さいと言っていたが、とても信じられない会話。そうかといって、大人をからかっていたずらに聞いた雰囲気でもなかった。


 隠されたご令嬢。

 アゼリア様そっくりの女児。

 最近王宮から、王家からきよを取っているギルモアこうしやく家。

 セルヴェス様の覚えたかん。クロード坊ちゃまのねん


「つーか……ジェラルド坊ちゃまらしくないじゃねぇですか。何やってんすか?」

 大人なのだからある程度放っておくのが本来だし、領を分ける今、場合によってはないせいかんしようにもなるかもだけれど。ぎゅっとこぶしにぎりしめる。

っすよ……小さい子どもにあんなかくした目ぇさせるなら、流石にだまって見ちゃあいられねぇ)

 ガイは大きく息を吐くと、必要な情報をさぐりに行く。

 情報収集は彼の得意とするところだ。何処へだって入りんで、必要な情報を手に入れるのだ。


******


 最近、ロサに部屋からあまり出ないようにと直接的に言われるようになった。

 多分両親のどちらか、もしくは両方かは分からないけど指示を出しているのだろう。

 季節の変わり目だから風邪かぜをひかないようにとか、取ってつけたことを言ってるけれど。絶対うそだ。わかり易すぎだろうというもの。

 庭に調理場に、下働きの区画にとチョロチョロしているのがざわりだったのか、それとも誰かに見られたくないのか。

「子どもを部屋に閉じ込めりゅなんて、身体に悪いのに」

 秋晴れの空を見てため息をつく。

「こんにちは、マグノリア様」

 リリーが今日は私服でやって来た。小花がらのモスリン地のワンピースがとてもかわいい。

 ぼくな見目に二つ結び。まるでアメリカかいたく時代から飛び出て来たみたいな姿だ。

「ごきげんよう、リリー」

 席を降りて挨拶をする。

 ……何故なぜかブライアンのげんそこねた為、兄妹のお茶会は無くなったので練習相手にという言い訳をして、時折部屋に遊びに来てくれる。

 本当は見て見ぬふりをした方が彼女の為だろうに。正義感が強く、幼き者(物理は。中身じゃない)に優しい女の子なのだ。

 今日はライラがお世話係なので、会話の内容もねなく楽しめそうだ。

ひんぱんに来て、お母しゃまにしかりゃれない?」

おくさまにはお気に入りのじよたちがいますからね。こんな下っ侍女の休みの予定まで気にされていませんよ~」

 そう言ってあっけらかんと笑った。

 美味おいしいお茶と料理長特製のおしたつづみを打って、彼女の兄弟のおもしろい話を聞く。マグノリアは最近読んだしきたりの本の話をした。

 本来のお茶会では芸術の話や社交界の話、経済や対立ばつへの対応の話なんかをするそうだが。リリーは三歳とは思えぬマグノリアの話に感心する。

「マグノリア様は色々なことにお詳しいですねぇ」

「しょんなことないよ。本だけだと解らにゃいこともありゅ。例えば『お』ってどんなことを用意しゅればいいにょ?」

 急に下の子の支度をしなきゃいけなくなったときの為――ないとは思うが――学べる時に学んでおくのだ。意地悪で、教わってもいないのにやれとか言われることがあるかもしれないから。例えば弟が生まれたときに、支度のいつさいがつさい、裏方でさいはいを振ることになる、とか。でもって、出来なかったりしくじったらネチネチいじめられるとか。

 聞かれたリリーとお茶のきゆういていたライラの身体が、いつしゆんこわった。

 ……どうもれてはいけないことだったらしい。

「……そうですね。お披露目は一歳のお誕生日までに行うことがほとんどですので、赤ちゃんにお祝い用のごうなお洋服を用意します。呼ぶのは近親者とお付き合いをするであろう近しい家門の方々でしょうか。高位貴族になるとお付き合いも多いので、招待客が多くなるけいこうがありますねぇ」

「へぇ。やっぱりばんさんかい型式?」

「いえ、赤ちゃんが中心ですので、さんかいになりますね。遠方から来られたり当日お帰りになれない方を夜に招いて、晩餐会もいたしますが」

「にゃるほどねぇ」

 そりゃあ、何故マグノリアがしてないのかが丸解りだ。

 ……先日写したブライアンのお披露目会の費用もさることながら、手間も暇もはんない。

 じ込めておきたい&ケチりたい子どもにする行事とは思えない。日本でいうところの七五三の感覚でいたけれど、全然重要度が違うものらしい。

「もち、ちない場合は?」

「……貴族ならお披露目の重要性が解っていますから、『しない』ということがまず有り得ないです。ですから、出来ない原因がお子様にある、と思われると思います」

 リリーは暗い顔で答えた。つうなら親がしない筈はないので、子どもにがあるということになるのだ。

「ふぅん。出来にゃい子どもたちってどうなりゅの?」

「例えば、弱かったお身体がじようになって、大きくなってからお披露目される方もいらっしゃいます。その……無理そうな方は、領地で静かに過ごされたり、修道院にてご教育されて、女性でしたら遠い場所にとつがれる場合もあります」

 ほうほう。

「確か、『修道院から嫁ぐ』って瑕疵になりゅって聞いたことがありゅんだけど」

「はい。修道院にて教育されても、本来ならよめり前に家に戻されるのが普通ですから。戻らずそのまま嫁がれるというのは、戻れないからだと思われるかと……」

 へぇ。

「なりゅほど~。お披露目ひとちゅにちても、色々大変なんだにぇ」

「そうですね……大切なことだと思います」

 リリーは少し考えてから、小さな声でたずねた。

「マグノリア様は……ご教育は何も受けていらっしゃらないのですよね?」

「ロサにおさいほうの手習いを受けてりゅくらいかちらね。マナーも教えて欲ちいとお願いちて、しょれも少ち」

 聞きながら、リリーは小さく何度も頷いた。

「アスカルドでは七歳くらいから教育がほどこされるので、いまだ三歳のマグノリア様が教育されていないのは、そうおかしなことではないのです……一般的には」

「しょうなの?」

「はい。ですが、やはり建前と言いますか。高位貴族……はくしやく以上ですね。高いいえがらになればなる程、お城に上がる機会も増えますし求められる教養が高くなりますから。ダンスや音楽、外国語やマナーなど、早くから取り組まれるものが多いのが現状なんです」

 マグノリアは先を促すように頷いた。

「まして、王子殿でんが五年前にまれになってから、高位貴族の家門はきそうように教育に力を入れている筈です」

(うわぁ。もしかしなくても王子と同年代なのか……)

 新たなめんどう事の予感に、思わずけんしわを寄せた。

「ブライアン様も通常通りのご教育のご様子ですし、お仕事のことといい……だんさまに何かお考えがあるのかもしれませんね……」

「お仕事?」

「はい。旦那様は行政部への配属が有力視されていたのですが、領政があるからとおつしやって、その……かんしよくへの配属希望を出されて。元々軍部方面での出仕が多く、要職を務めるのがギルモア家でした。ギルモアの当主が文官をせんたくするだけでもおどろきだったそうですが、とてもゆうしゆうであることも知られていましたので、将来はさいしようになられるのだろうとみんな思っていたようなのです」

(おおぅ、おやさんが思ってるよりずっと大物だったっぽい)

 そしてリリーが想像より情報通だ。

「まぁ、出仕と家をがれたのがほぼ同時でしたので、お若くていらしたので確かに大変だろうと受理されたそうなのですが。王宮は調整で大騒ぎだったみたいですし、正直意外だったみたいですね……」

「リリー、詳ちいね」

「親の世代ではかなりしようげきてきな出来事だったみたいです。それと……うちの父が人事部の下級かんなんです」

「ああ……お母しゃまだけじゃなく、お父しゃまにもめいわくかけちゃったのにぇ……」

 察した。リリーが苦笑いする。

「何というか……そういうおつもりはないのかもしれないのですが」

「何? 大丈夫よ」

 言いにくそうにリリーが言葉をにごす。

「旦那様は、王家と距離を置こうと思っていらっしゃるのではないかと思えるのです」

「距離……?」

 はい。と小さく頷いた。

(ふむ……)

「……こうしやく家で、王子とけつこん出来りゅ年回りのごれいじようって、いりゅ?」

「今のところ、公爵家のお子様はこんの方は男性のみですね。あとは外国の有力家門へお輿こしれされた方、国内の侯爵家にお輿入れされている方ばかりです。まあ、これからお産まれになる可能性もありますが」

「じゃあ、今、王子のおきさきこうで有力にゃのは?」

 リリーが息を詰めて答える。

いえがら的にはマグノリア様かと思います……ですが」

「隠しゃれてりゅ」

「はい」

「次は?」

「筆頭侯爵家・シュタイゼン家のガーディニア様かと。お年はマグノリア様の一つ上。……すでに先をえてご実家ではおきさき教育を行っているそうです」


 マグノリアは今まで聞いた内容と、じようきようを、ひとつひとつぎんし組み立てて行く。

「家柄……ギルモア家は侯爵家の序列四位じゃ?」

「ああ、それはそうなんですが。実質アゼンダ辺境伯領も『ギルモア家』ですから……事実上ギルモア家は公爵家と同列あつかいなのです」

 なんと。同じしやくにも面倒なことに序列があるらしく、アスカルド王国内でギルモア家は侯爵家の中で四番目に配されるとあった。貴族のめい簿みたいな『貴族めいかん』にも侯爵家のらんの四番目にってる。

 ……書面上ではしようしやくまぬがれたものの、現実的にはのがれられなかったということか。

 辺境伯は実ははくしやくではなく、侯爵と同等以上と言われている。

 どちらも有力侯爵家(と同等以上)……のうしだてを持つ筈のむすめを、ワザとおかいさせてるって解ったら世論もだけれど、ばつそくとか有ったりしないのだろうかと不安になる。

 これは。思った以上にやつかいな状況に巻き込まれているクサいと確信を持つ。

(なんだか私ってば、みつかったらちょっとヤバい存在になっちゃってないか?)

 ジェラルドは流石に解っていんとくしているのだろうと考える。ウィステリアは気に入らないからお披露目しないくらいの感覚なんだろうか。ちがうと言ってしい。ちゃんと解って選択してるんだよね。そうだと言って欲しい。そう切に願う。

(……親父さん、おくさんが解ってなさそうなら、まさかちゃんと説明しているよね?)

 まかりちがって見つかってしまい両親が痛い目見ちゃったときに、めっちゃうらまれる(ウィステリアとブライアンに)予感がビンビンである。

 それらをかいするつもりでいるジェラルド氏は、何か絶対マグノリアに対してやらかす気でいる筈だ。


「…………」

「マグノリア様?」

「あ、うん。わたち、今後の方針と対策を練り直ちちないと」

「「…………」」

 今までかべてつしていたライラも、流石にマグノリアの言葉に反応せずにいられなかったようで。ふたりとも絶句してしばし固まっていた。

(ていうか、もうなんきん確定だよね、父)

 命をうばうならとっくに奪ってるだろうから、生かしておくつもりではあるのだろう。

 ――問、面倒なのにそうする訳は?

 ――答、面倒事より利点があるリターンがあるからだ。

 宰相になれる道筋をり、娘が王太子妃になれる可能性があるのにつぶす理由は、リリーの言う通り王家と距離を取りたいのだろう。ほぼ確定だ。

(……まぁ、私がぼーっとしててアホそうだから、王太子妃とか無理って思った可能性もあるよね)

 でも、とすぐに続く。家のめんぼくまるつぶれになるリスクを負ってまで貴族の常識であるお披露目をしない理由はあるだろうか……そこまでして王家をけたい理由があるのか。もしくは有力な何かを得る為のエサ?

(……クソ親父めぇぇぇ~~~(怒)!!!!)

 取りましたあの顔面に、めっちゃパンチち込みたい! そう心の中でさけぶ。

「「マグノリア様……お顔が、トンデモナイコトになってますよ……?」」

(つーか、だれに相談すればいいのよ! 居ないんですけど、誰も)

 ぜんなんちゆうりつえんめん!!

 神様はその人にえられない苦難はあたえないって、誰か言ってなかったか。

 この難題、どーやって解決せよというのか。

(三歳児に対応出来るはんえまくりなんですけど……)


 そう来るならこっちだってやってやろうじゃない!?

 ――そう、たんを切れたらどれだけ良かったことでしょう。

 ……え? そこはお嬢様らしく泣きれる場面だって?

 ――そりゃ、必ずヒーローが助けに来てくれる人がやることであって、残念ながら何もない予定の人間がするこっちゃない。

 うかうかしてると、あっという間に取り返しがつかないことになる。『まだ大丈夫』『もう少し』……が、『あのとき早くやっておけば!』になるのだ(前世経験則)。

 準備は早いにしたことはない。準備しておいて実行する時期をきわめればいい。


******


 王家についてわかる範囲で調べてみたものの、特にこれといった情報は無かった。数年前現国王がそくされ、今が落ち着いた治世であるということしか見受けられない。おう様がおっとりされた方だとか、王子殿下がやんちゃ……お元気だといったくらいだ。

 だが、何処かに見落としがあるか、外に漏れ出て来ない何かがあるか。実際に接してみないと解らない理由があるはずだ。

 適当に合わせて上手うまかわした方が楽なわけで。その方が良い家門の筈が、えてそれをしないというのは必ず原因がある。

 まずは。家を出て安全な場所に行くことだ。

 マグノリアが貴族の娘として世間にしなければならない務めがあると言うならば、立場上しなければならないだろう。豊かに暮らすことを許された身ならば、その身はそれを施してくれた人々に対して有効に使わないといけない義務があるのは承知している。

 けれど親の勝手で貴族としない為、もしくは損なうためのもろもろが行われており――もしかしたらめぐり巡っては領民の為になる計画なのかもしれないが――その内容が解らないまま自身が必要以上におびやかされるなら、回避だ回避。

 だって領民の役に立つっていう保証がないのだから。

 しかし、三歳という時点でひとり安全な場所に辿たどり着くのは困難だ。

 平民として暮らすとしても。このまませいに飛び出たとして、三歳では野垂れ死にするかゆうかいされるか、丸く収まってもストリートチルドレンになるかのどれかでしかないと思う。商売をするのにも元手がないし、就職ないしフリーターになるにしても、まともに三歳児をやとってはくれなそうだ。

 それにこの見た目が、どのくらいギルモア家と関係しているか解るものなのか……

 平民かいわいでも知られてるものなのだろうか。疑問はきない。


(うーーーむ)

 マグノリアは図書室で借りた地図を広げる。

 アスカルド王国は大陸のやや西側にある国だ。北側を大きな森をはさみモンテリオーナ聖国と、東側は小さな国々と。西から南にかけ、マリナーゼていこくと小さな国々が面している。

 西の一部はゆいいつアスカルドが海に面している土地で、そこがアゼンダ辺境伯領である。

(森……。森で暮らすことって可能なんだろうか?)

 畑仕事をしたり、薬草を売ったり、裁縫をしまくって暮らす。お使いだと言って作ったものを売りに行って。大きくなったら街へ出て何か見習いになるでもいい。

 気分は年末スペシャルの無人島生活である。ちょっとの期待に胸おどらせて、北の森についての書物を読む。


『――――モンテリオーナ聖国はほうの国。かの地にはあらゆるものにりよくが宿り、森も例外ではありません。森には大小さまざまなじゆうむしがおり、土地や木々に魔力が無いアスカルド王国にそのがいおよぶことは殆どありませんが、時折そうぐうしてしまうことがあり、大規模なとうばつ隊が編成されることがあります』


 ……魔獣。そして魔虫。

(魔虫って何? ラノベで魔獣は聞いたことあるけど、虫まで居るの……?)

 無理。背筋にかんが走る。

 大規模な討伐隊が出るような生物に、ひ弱な三歳児がかなう筈がない。そっと本を閉じる。

(北の森ではなく、アスカルド王国内のどこかの領地の、小さい森の中ならイケるかな?)

 取り敢えず森に住む案は置いておいて。

 多分、ジェラルドはマグノリアを『修道院から嫁入り』コースに乗せるつもりだろう。

 目障りなら領地へ閉じ込めて置けばいいのに、そうしないのはマグノリアを知る人間をこれ以上増やしたくないからだろうと思うのだ。そして万一何かがたんしたとき、自分で直にリカバー出来るよう、自分でかんして置きたいからだ。

 家で教育をしないのも、教師達に存在を知られたくないことに加え、はっきりと『修道院で教育された』という瑕疵が欲しいからだと予測する。

 多分、そう遠くない時期に修道院行きになる。

 修道院自体には、別に感などはない。

 如何いかんせん実情が解らないし、多分貴族として行くならば(札付きのワルとして行くのか、ヤバい人として行くのかは解らないが)最低限、ていねいな扱いをされる筈だ。

 ただ、ずっと監視が付く生活になるだろう。

 どの程度の自由があるのか想像がつかないばかりか、団体によって違いそうだし、もしかしたら世話人と言う名のかんにんによっても違いそうだ。

 こんいんもヘタしたら、ないと思っていた一けたが決行されかねない。

 修道院生活で掛かる金額を少なくするのと、きっちり回収する為、変わったごしゆじんに、お金や事業、その他の利権と引きえに差し出される可能性がある。

 普通の人との婚姻より、変な人との婚姻の方が利益(父にとって)が得やすいだろう。

 だって貴重なほど高値が付くのはいつの世も同じ筈。

 win‐winの関係(あくまで親父さんと変態が)。


(……多分、王家に知られたくないなら遠い場所に住む人間が相手だろう。そして王家と接点がないような低位貴族……いや、平民の可能性もあるなぁ。ただお金回りがいいか、親父さんか『ギルモア家』に何かしらの利をわたすことが出来る人物だよね。……そして必要とあればサックリ切り捨てられる人間だ)

 そう考えると、修道院に行く前か移動の最中に行方不明になるのが一番良いだろう。

 もしくは準備が出来だい、部屋をらしてそうして、近々にしきから夜中に家出をするか。どっちとも、死んだと見せかけられれば多分殆ど捜さないだろう。

 Nシステムや監視カメラがある世界じゃない。上手く逃げ通せればしようは幾らでもある筈だ。

 なんにしても、じよたちや関わる従者などに出来るだけ迷惑が掛からないようにしたい。

(移動中の場合、はぐれておそわれたように取りつくろって……しばらくせんぷくして。ほとぼりが冷めたらの振りでもして、どこかの孤児院に収容されるしか生きて行く方法がなさそうだなぁ)

 人間、どの道なんだかんだで生きて行かなくてはならないのだ。泣いても笑っても、最終的に選択し決めるのは自分自身だ。

 それなら。マグノリアは小さな声で、だけれども力強くつぶやく。

「わたちは、自由に生きりゅ!」

 自分の力で。

 なるべく周りに迷惑を掛けずに。誠実には誠実を、やさしさには優しさを返しながら。

 自分の生きる道と場所を探すのだ。ないのならば、作るまで。

 ずは自分で生きて行くためりよくをつけなくてはならない。


 よって、

 ・森や川などで取れる食べ物を覚えること

 ・潜伏しながら生きられるように、ないしよでお金をかせぐこと

 ・武器の使い方を覚えること

 ・体力をつけること

 取り敢えずの近々の課題が決まった。

(よっし!)

 マグノリアは気合を入れてっぺたを両手で張ると、大きく頷いた。


 ロサといつしよにいるときは今までが比じゃないくらい、延々としゆうをする。本当にずっと。ハンカチを丁寧に丁寧にって、花の刺繍をする。

 名前代わりに花のしゆう入りの小物を使うのは調査済みだ。

 実入りの良さそうなレアものを作りたいが、如何せん目立つ。

 それに同じものを作った方が手際も良くなれば効率もいいし、第一幾つ作ったか解らないので数を誤魔化し易い。しやすく、メジャーな名前の花を色とりどりに刺していく。ふち周りにかざり刺繍を入れたり、飾りレースをつける。

(目はしぱしぱするけど、ばっちこい!)

「……お嬢様、少しお休みになられては如何いかがですか?」

 ロサが流石に違和感を覚えたのか、きゆうけいをちっとも取らないマグノリアをいぶかしんでお茶をすすめた。

「大丈夫。もう少ちちたら休むね。ロサ、よかったりゃ休憩ちてて」

 にっこり笑うマグノリアを見て、ロサは心配気にまゆを寄せた。……そういうことが数日間続いている。ロサは心の中でため息をついてマグノリアをる。

 はじめは外へ出てはいけないと言ったことへのしゆ返しかと思ったが、すぐに考えを改めた。集中度合いとしんけん度合いがおそろしい程なのだ。

 ロサだって好きでマグノリアを外へ出さないわけではない。ギルモア侯爵にくぎを刺されたのだ。マグノリアが生まれてから事あるごとにおかしな選択をする侯爵夫妻に、過去、改善するよう一番にうつたえて来たのはロサだった。

 他の人が自分の態度をどう思っているかは解らないが。

 自分がお世話するお嬢様だ。幸せになって欲しいし、いつだって笑っていて欲しい。

 そんなの当たり前だ。

 マグノリアが希望することなんて、ほんのさいなことなのだ。すべてかなえてあげたい。

 ……ウィステリアはともかく、侯爵はなにがしかの考えがある筈だと思っている。

 常識的な人間だった筈のジェラルドが、それをはずしてのマグノリアへの対応は、同じようにかれを小さいころから見て来たロサにはとうてい信じられなかった。

 ブライアンについては至ってごくつうの対応である為、マグノリアには敢えてそうしているのだと解る。しかし、主人であるジェラルドに強く、『理由があるので構うな』『娘と家の為だ』と言われてしまえば、じよの身でしかない自分にはどうしようもない。

 なるべく侯爵夫妻の目に触れないように。りんにも悪意にも触れないように。

 万一関わってしまう場合には、敵意をなるだけ持たれないようあい良くふるえるように。

 そう育てる以外に、ロサには守り方が解らないのだった。


 リリーが部屋にやって来たときに、こっそりとハンカチが幾らくらいで売れるのか聞いた。

「ものや状態によると思いますが、布代にプラス三~六小銅貨ぐらいでしょうか……」

 小銅貨。マグノリアは道のりの険しさに気が遠くなる。


 大陸では、各国同じ共通通貨が使われている。

 銅貨が小・中・大の三種類。銀貨が小、大の二種類。金貨も小、大の二種類。国家間で取り扱うような大規模な金額の白金貨の計八種類だ。

 価値は、一小銅貨は日本の十円ほど。一中銅貨は百円と言ったところか。

 そして十進法だから、十小銅貨は一中銅貨になる。

 各銅貨が一枚で十円、百円、千円。銀貨が一万と十万円。金貨が百万と一千万円。白金貨は一億円だ。

 ――ちなみに一小銅貨以下のお金に関しては、各国で独自に流通して使用している国もあるらしい。


 ハンカチ一枚が三~六小銅貨、つまり三十円~六十円だ。がらい。

 売るのに利益も出さなきゃいけないし、原価と考えるとそんなものなのだろう……

 現実に、ちょっとしょんぼりする。

「リリーには申し訳にゃいんだけど、もし可能にゃら、何処どこかでハンカチを買い取ってもらって来て欲ちいの」

「……わかりました。お値段の下限はございますか?」

 何か思うところもあったんだろうに、黙ってみ込んで必要なことをかくにんする。

「特には。幾りゃがとうか、解りゃないち」

「ではお急ぎでないのでしたら、お休みのときに行って参りますね」

 十枚程ハンカチを渡すと、手すきのときにアイロンをかけてくれると言ってくれた。

 みんな細かいところにまで気が回って、本当にありがたい。


 数日後、マグノリアの手には五枚の中銅貨が載せられた。五百円。

 がんって、一枚五小銅貨で売って来てくれたらしい。リリーは満面のみではずむようだ。

「とてもれいに縫えているって、洋品店の方がめていましたよ!」

 この世界に来て初めてマグノリアが稼いだお金。

 金額の小ささに笑ってしまいそうになるけど、同時にとてもかけがえのないものに感じられた。リリーにお礼を言って、強く銅貨を握りめる。

 あせるときほど確実に。一見遠回りは、最短だったりするのだから。


 デイジーと一緒のときにはひたすら本を読む。

 動植物に関する本、武器の扱いかたの本。

 特に食べられるものと食べられないものの選別は大切だ。無事生きながらえられるかどうかの大きな柱の一つである。

 平民の中でのギルモアの識別は、貴族ほどくわしくはないとのことだった。

あく将軍』とその親(先代と先々代)のイメージが強く、どちらかと言えば赤毛=ギルモアというにんしきの方が強いだろうと言っていた。しかし、やはりこの色合いがめずらしいのは確かなので、外へ出ればとても目立つのは確かなようだ。

 それと、心配そうな顔をしながら、国内外の人の流れについても教えてくれた。

 国内は領地によって多少の違いがあるものの、そこまで厳密に取りまられてはいないらしい。地球の関所のように門番のいるとびらから出入りし、ほど目につかない限りは調べられることは少ないようだ。

 国外に出る為に高位貴族は王の許可証が必要となる。しんせきがいる者や長期きゆうで使われることが殆どで、そんなに頻繁に出入りをする感じではないそうで。

 平民は商業目的での出入りはある程度フリーだそうで、商業ギルド発行の身分証があればだいじようらしい。買い付けであちこち行くからなのだろう。同じようにぼうけんしやギルドでも身分証(ギルドカードというらしい)を発行しており、C級とにんていされればどの国にも出入り出来るのだそうだ。

 商業ギルドに冒険者ギルド。異世界感たっぷりだ。

 出来れば登録したいところだが、三歳児はどちらも無理だろう。


 ライラと一緒のときは武器の練習をしている。

 マグノリア自身も考えてもいなかったのだが、たまたまライラに貴族女性の護身術について聞いたら、意外にもかのじよは武術の心得があったのだ。聞けばご実家は家系であるそうで、女子も小さい頃から自分の適性に合った武具や武術を習うそうだ。

「わたちもやってみたいのだけど……駄目だよね?」

「…………。マグノリア様はお美しいですからね。将来に備え簡単ではありますが、よろしければお教え致しますわ」

 少し考えてしようだくしてくれた。多分あんなに外に出てワイワイしていたのに、閉じこもって――軟禁されてるんだけど――ばかりで可哀かわいそうと思ったのだろう。

 そんなことを思ってたら。

 次の日にたんけんちようけん、サーベル、ファルシオン、やりくさりがまおおかま、フレイル、つちほこ、ウォーハンマー、バトルアックス(せん)、ハルバード(そう)、むちが目の前に置かれた。

(((……鞭……)))

 マグノリアと、休日なので見学に来ていたリリーとデイジーが思わずふるえる。


「体術も加えた方がいいとは思うのですが、未だお小さいですから……お身体を痛めると不味まずいので、この辺りがメジャーかと思い一部お持ちしました」

(……うん。身体を痛めてまで習おうとは思っていない。つーか、ライラさんガチやね……)

 よく屋敷の中を歩けたな(視線的な意味でも、防犯的な意味でも)と思う。そしてどうやってこの大量の武器を運んで来たのだろう……まさか、かかえて……?

 三人は思わず顔を見合わせた。

「取り敢えず、こちらでためしてみましょう」

「……オネガイチマシュ」


 短い棒を手に持ち、ライラに向かっていく。躱されたり、ライラが持つ棒と軽く打ち合ったり。

 次に長い棒を持って、同じように。

「てい、てい。とぉう。てい!」

 マグノリアの気のけた――本人としてはごく気合の入った掛け声が続く。

 まったく表情を変えず、軽い動きで躱すライラ。対比がひどい。

 ……何というか、じゃれつく小型犬とクールな飼い主のようだ。

 しばらくり回していると、大丈夫です、と言われ止める。そしてライラはひとみせ長考に入った。マグノリアはかたで大きく息をしている。

「……だ、大丈夫ですか? マグノリア様……」

 デイジーがタオルを持ってやって来て、マグノリアのあせぬぐう。

「……あいがと、う……」

 ヨロヨロとすわるマグノリアに、リリーが冷ましたお茶を勧める。ペコリうなずくと、ゴクゴク音を立てながら勢いよくお茶をながむ。

「ぷはぁ~! 生き返っちゃ!」

「「…………」」

 静かに考え続けるライラを見て、三人は『ライラには逆らわんとこう』と決心した。

 しばらくしてライラが口を開く。

「マグノリア様は元の身体能力は悪くないと思いますが、ずっとお部屋の中にいらっしゃるので、体力があまりないと思われます」

(そうでしょうね。苦情はギルモアこうしやくまでお願いいたします)

 顔では頷いておき、文句は心の中で言う。

「大きくおなりになれば、どちらでもたんれんによって使えるようになると思いますが、今はお小さいので相手からきよを取って戦えるものが良いと思うのです」

「じゃあ、ハルバードとかですかね……?」

 鍛錬……と同時に呟きながら、デイジーがきようきようと武器を見る。

「しかし。お小さすぎて、上手く使えないと思うのです」

「「「確かに」」」

「暗器の方が良いかもしれませんねぇ」

「「「アンキ」」」

 おっとり言われた言葉がぶつそう過ぎて、三人は目をしばたたかせる。

 取り敢えずこちらを、と言ってかくてき小さな鎚鉾を渡された。

「練習用なのでを潰してありますが。ここをすと、つかせんたんから小刃が出ますので」

 言いながらボタンを押すと、シャリン! と高い音を立てながら柄から大変物騒なものが飛び出て来た。逆に三人の言葉はのどの奥に引っ込んで行く。

 ……ピカピカに光ったそれは、切れ味満点とでも言いたそうに冷たい光を放ったままだ。

「鎚鉾でなぐって、動きがにぶくなったらこれで」

(((こ、これで……)))

「まあ、色々出来ます(にっこり)」

 ついでとばかりに、ドサっという音と共に、ベルトの付いたおもりがいくつか落とされる。

 三人の視線が、おもりに引き寄せられた。

「「「…………(汗)」」」

「当面こちらをつけて準備運動と軽い鍛錬を致しましょう」

 室内で出来るものですからねぇとおっとり言われるが、こっちは全然おっとりしない。こうしてライラによるブートキャンプが幕を開けたのだった。