第二話 母は敵認定中につき、手習いを学ぶ。そして帳簿をみつけました。
父と図書室で遭遇した数日後のこと。
なんだかエラい高圧的な侍女が、小広間まで来るようにといきなりやって来た。仕方なくついて行ったら、女王然としたウィステリア・ギルモア侯爵夫人が優雅に長椅子にふんぞり返っていらっしゃった。
豊かな波打つ茶色の髪を美しく結い上げ。もの言いたげに潤んだ紺碧色の瞳。二児の母とは思えない一見庇護欲をそそる儚げな雰囲気。その割になかなかご立派なお胸。
the・女子である。絵に描いた女子の中の女子。キング of the 女子である。
女子力が瓦解していた(?)日本の元マグノリアに分け与えたいくらいだ。
(いらんけどね!)
色味自体は珍しくない平凡なそれだが、一つ一つのパーツが美しく整っている。母も記憶通り結構な美人だ。両親揃って美男美女カップルというやつ。
季節毎に作られるという豪奢なドレスの数を目の前にいる侍女達の会話から耳に挟んで、領地経営の本を幾らか読んだ身からすると地味に引いたが……まぁ、お金はあるそうだし。
そう。ギルモア侯爵家はかなりのお金持ちだったのだ!
マグノリアの粗末、もとい質素で絞りに絞られた数少ない衣装を見て、『家は傾いているんやろか……』と心配したのはただの杞憂で。ただ単に不要な人間に掛ける金はないということだったわけで。名家のお嬢様の筈が、現実は世知辛い。
経済を回すという意味においては多少の散財も必要なのだろうと思う。領民や使用人に迷惑が掛からない範囲で、お金持ちが沢山お金を落として商業や産業を活性化させるのだ。あの優男な親父さんの甲斐性ということで、本人達が納得しているなら構わない。
「お嬢様も大きくなられましたから、お召し物をお仕立て致しましょう」
ロサが微笑みながらお針子達に合図する。
「お色は如何なさいますか?」
居心地が悪いのであろう。取り繕うようなロサの笑顔を見ながら、うーん、と唸る。
(……自分が要らない認定されるのは良い気分ではないけれど。要らんお金を掛けられてネチネチ言われたり、後で返せと言われたりするのはもっと嫌なんだよねぇ。特に服を欲してもいないし。わざわざオーダーメイドせんでも、既製品で構わないんだけどなぁ)
……とは言えない雰囲気だ。第一、今迄仕立てた記憶が全く、これっぽっちも一切ない。
(今までの服ってどうしてたんだろう?)
取り敢えず。幾ら親がお金持ちでも自身の稼ぎではないわけで、それならば質素・倹約・節約だろう。
「黒か紺、無理なら茶色や深緑などでお願いちましゅ」
「「「「えっ」」」」
まるでお仕着せのような色合いに、ロサも、サイズを測ったり書き留めたりしていたお針子さん達も、びっくりしたようにマグノリアを見る。
「丈の長しゃに何か決まりはありましゅか? 季節とか年齢とか」
「いえ、特には……」
「じゃあ、長く。出来れぇばくるぶしくらいで。お腹と肩周りに余裕を持たしぇて、首や胸元にタックをいりぇて留め、きちゅくなったりゃ外して大きく出来るように。お腹には共布でリボンを縫いちゅけて、もちくは紐通ちみたいにゃのを付けて貰って、縛って調節出来るようにちてくだしゃい。布は今着ている物と同じくらいの物で構いましぇん。形はシンプルなAラインで」
一気に捲し立てると、記録係のお針子さんは目を白黒させながら手持ちの木札に記録している。
そう。幼児が良く着るAラインの、後ろや前でリボン結びするワンピースである。……あっちこっちに余分な布を紛れ込ませて、ながーく着られる仕様ではあるけど。
「成程……成長しても長く着られるようにですね」
責任者なのか店主なのか。採寸が終わってマグノリアが衝立から出ると、母と話し終えたらしい黒髪の男性が話しかけてくる。切れ長の瞳は穏やかそうに笑みを湛え、『出来る執事感』が漂う見た目だ。
「折角職人しゃん達が作ってくだしゃるのに、直ぐに大きくなってちまうので、大切に着たいのでしゅ」
いえ、本当はなるべく自分に掛かる養育費(と言う名の負債)をケチりたいのです……なので、大切に着たいのは本当です。そう心の中で本音を呟いてはにっこり笑う。
「…………。何着か御作り致しましょうね? 他の明るいお色も御作りしましょう?」
ロサが取り繕って確認する。
うーん、と再び唸り、自室のワンピースを思い浮かべた。洗い替えも含めて、何枚くらい必要なもんだろうかと首を捻った。
「では二枚程。後、既製品で構いましぇんので、木綿のブラウシュを二枚」
クローゼットに掛かっている服を思い浮かべながら、まだまだ着られるなと再認識する。本当に最低限でよいのだ。
「明るい色は要りましぇん。子どもにゃのでシミにちてちまいましゅから」
はっきりとした指示出しとその内容に、ロサもウィステリアの侍女達も絶句して動きを止める。
「まあ。まるで使用人みたいな色ね?」
笑いながらこちらに一瞥をくれると、まるで興味がないとばかりに女主人は優雅にお茶を口に含む。
上の息子に作った服の枚数や素材の差に、また圧倒的な母親のそれとの差に、黒髪の男性とマグノリア以外の人物はあっけに取られ、瞳をしばたたかせたり気まずげに視線を動かしたり、口をぽかーんと開いていたりする。
男性は先ほど入れ違いで出て行った惣領息子と、目の前の娘への応対の明らかな差と母親の冷淡な様子に……目の前の小さな子どもは、望まれない子なのだと静かに状況を悟り、ゆっくりと膝をつき目線を合わせると、マグノリアに微笑みながら頷いた。
「畏まりました、お嬢様。大切に着てくださるとのこと、ありがとうございます。職人一同、心を込めて作らせていただきます」
後ろに控えるお針子さん達もコクコクと頷く。
ウィステリアは気にいらないとでもいうように、小さく鼻を鳴らした。
「あいがとうごじゃいましゅ。……あと、半端な布で構いましぇんので、ハンカチや巾着などに出来る布を数枚と糸を何色か、一緒に届けて貰えましゅか?」
周りの様子を見るにだいぶ予算は削減出来たのであろうから、手習いと小遣い稼ぎの材料を調達しようと目論む。
「お裁縫の手習いをされるのですか?」
男性は目の前の幼女が存外にしっかりした対応をするのを感じ、周りの様子や母親の反応をすっかり無視して丁寧に対応している。
刺繍は貴族女性のたしなみの一つである(らしい)。幾つからかは家々によるが、幼少期から始める手習いである(らしい)。
「わたくちのお世話をちてくれてりゅ侍女しゃん達が、近々お嫁入りしゅるので、お礼とお祝いに何か作って渡ちたいのでしゅ」
デイジーとライラは四か月後と半年後に、それぞれ結婚の為に退職が決まっている。
どうせ練習するなら、目的があった方がやる気も出るし集中出来るだろうというもの。
そしてある程度上達すれば、小間物屋や洋服店などで作品を買い取ってもらい、小遣い稼ぎをする平民や低位貴族もいるとのことなのだ。ミシンがない時代、裁縫技術は仕事になる能力の一つなのである。
(……え、そっちが目的かって?)
いやいや、お礼したいのもお祝いしたいのも至極本当である。本当本当。
「なんてお優しい……」
ウィステリア付きの若い侍女がぽつりと呟く。おめめウルウルである。ロサもにっこりにこにこである。
(……うぅっ。少し、罪悪感あるね……)
「畏まりました。上質ですが端の方などの半端な布を幾つかお持ち致しましょう。お嬢様手ずから作られた小物でしたら、きっとお喜びになりますよ」
男性は微笑む。こんな小さな子どもにもキチンと対応してくれて、意図もある程度理解してくれたようでステキ紳士である。みんながほっこりしているところに、ウィステリアがため息をついて口を挟む。
「お礼やお祝いなら、きちんとしたものを買えばいいのに! 子どもの作ったものだなんて恥ずかしいわ」
「…………」
再び男性とマグノリア以外が、何とも微妙な表情になる。
ま、確かに。ある意味は正論だろう。ぐしゃぐしゃの刺繍とか、正式なお祝いとしてあげちゃイカン。
(……しかし、きちんとしたお祝いは雇い主である両親か正式な所属部署の上司、もしくは家令とか執事とか侍女頭とかの誰か大人が、退職金やらお祝い金なんかと一緒に購入した物を渡すんだよね……?)
子どもの手作りは、そう、幼稚園や保育園でお世話になった先生に渡す園児の絵やお手紙と同じ類だ。なるだけちゃんと丁寧に作るつもりであるが。
練習&素材GETのチャンスは逃したくない。
……なんかこの様子だと一応ロサに聞いて、ちゃんとお餞別品が渡されるのか、購入品も渡した方がよいかは確認した方がベターっぽいなと心に留める。マグノリアが微妙な手作り品を渡したから無しで、という状況は避けたいと思いながら横目で母親を見る。……あくまで余禄の範囲なのだ……
「……取り敢えず練習されてみて、納得できる出来になられたらお渡しされては如何ですか? ご自分がお世話されていたお嬢様が心を込め手ずから作られたお品物は、侍女の方々にとって大切な宝になりましょう」
デキる男は優しい笑顔で頷きながら、それとなく纏めてくれて大助かりである。
彼は断って前をしばし辞すると、鞄の中から小箱を出して来る。そしてマグノリアの両の手にそっと載せてくれた。
「こりぇは?」
小鳥と蔦の描かれた小箱。優しい色合いと丁寧な手跡。とても可愛らしいそれ。
「当店をご利用いただいているお嬢様がお裁縫の手習いを始めると伺った際、ささやかな贈り物としてお渡ししております、お針箱です」
そっと開けると、小さな針山に刺さった数本の針と、小さな糸切鋏。かぎ針、糸通しに指ぬきとまち針が納められていた。そして畳んだ数枚の小布が。運針の練習用だろうか。
「針やハサミを使われたら、必ずこの中へお戻しください。特に針は気を付けて、終わりには初めと同数あるか数えて下さいませね? そして危険ですので、くれぐれも教えて下さる先生の言うことをよくお守りくださいませ」
安全のための注意を述べると、礼を取り優しく微笑む。
「ご挨拶が遅れまして大変失礼いたしました。私はキャンベル商会の会頭をしておりますサイモン・キャンベルと申します。以後お見知りおきを」
(会頭……社長みたいなものか)
道理で肝が据わっている筈だと納得した。
まるで日本人のような色味。黒髪と茶色の瞳という懐かしい色味は郷愁を誘うと共に、人となりを知らない筈なのに、何故か安心する。
キャンベル商会。口の中で名を繰り返す。
穏やかな表情に向かって、マグノリアもよろしくお願いしますと笑みを向けた。
その向こうで、綺麗な顔をした母親は面白くなさそうな様子でマグノリアを見ていた。
表情が抜け落ちた顔なのに、激しい感情の揺らぎが感じられる瞳。
睨み付けられるよりヤバい感じがするのは何故なのだろう。
……父親に比べて、ドン引きなくらいに嫌悪感丸出し加減が半端ないんですけどと焦る。
(つーか、なんなの!? こんないたいけな幼女に、完璧にガチの敵認定して来てんじゃん!)
マグノリアは一体何をやったのか。……全然身に覚えがない。
もしや鬼母という奴かと思い、思わず眉を寄せた。
ロサと部屋を辞するまで、ねめつける様な瞳と引き結ばれた口元に、マグノリアは戸惑いを飲み込むしかなかった。