僕はエピク。

 無事作戦を終了しました。

 僕が『消滅』スキルで作った断崖絶壁へ、まんまと追い込まれた聖女と勇者とその軍勢。

 これ以上進めば奈落の底へ落ちるとなれば停止するしかない。

 たとえ後方から羅刹のごときエレシス戦士団が追いすがってくるとしても。

 そして愛する土地や人を守るために鍛え上げられた戦士団は腕っぷしも強ければ足も速い。

 すぐさま獲物に追いつき、三方を巡って包囲網を完成させてしまった。

 残りの一方は崖。

 まあ僕が人為的に掘ったものだから空堀と称した方がいいか?

 とにかく聖女や勇者たちに逃げ道は完全になくなった。

 こうなったらもう全方向からなぶごろしになる未来しかない。

 既に絶望の未来が見えているのか、完全包囲された聖兵たちは泣きぬれてブルブルと震え、恐怖のあまり失禁する者さえいた。

「大聖神の信徒へ対して何たる無礼……! 何たる暴虐!」

 しかしその中でも気丈に振る舞えるのはさすが聖女か。

「アナタたちのしていることは悪魔の行い! 残虐なるさつりく行為です! 今すぐ悔い改め、武器を捨て投降しなさい! さすれば神もアナタたちの過ちをお許しくださるでしょう!!

「過ちか……!」

 戦士の軍勢をけ、進み出るイザルデさん。

 その手には当然のように破軍の秘宝アダマンサイズが握られていた。

「アナタ! やはり生きていたのね!?

「我々のしたことが過ちだというなら、貴様の行いは何だ? 我らの豊かな土地に毒を流し込み、女子供の区別もなく殺さんとしたその行いは残虐ではないというのか?」

「うぐッ!?

 聖女が見せたゆがみの表情は、絶対にバレることはないとタカをくくっていた悪事が露見したことへの驚きか。

「みずからの手を汚さず、毒に頼るなど残虐なだけでなく卑劣! 貴様らの神とは、そのような劣悪を許す邪神のことか!」

「控えなさい! 神を愚弄するなど許しませんよ!!

 一番神を愚弄しているのは彼女自身だ。

 そんなこともわからず聖女はわめきたてる。

「無道な武力行使を働く自分たちを棚に上げて、我々に罪をなすりつけようなどいい度胸です! そもそもわたくしが毒を使ったなどという証拠はどこにあるのです!? 言いがかりも大概にしないと……!」

「我々が全員症状を改善し、健康を取り戻した。それが何よりの証拠ではないか」

!?

 そこで聖女はやっと気づき始める。

 自分の思惑からはあり得ないことが起こっていることに。

「貴様らは天罰などと呼んでいたか?……くだらん。こんなタネも仕掛けもある天罰など、我らが土地ではわらぐさだ」

「バカな……ッ!? アナタたちは回復したというのですか? 毒……いや天罰から? そんなことあり得ません!!

 また随分と断定的に言うが、それほど自信あってのことなのだろう。

 彼女がエレシスの街の人々に盛った毒は、巧妙でかつ凶猛。

 まともな手段ではまず解毒できなかった。

 毒を盛った当人だからこそ持てる確信は、聖女への疑惑をますます深いものにする。

 やはりコイツの仕業だと。

 聖兵の誰かが暴走してトップの制御を離れたとかではなく、完全に彼女が主犯なのだ。

「聖女殿……ッ!? 一体ヤツらは何を言っているんだ? 毒? 天罰は神が下された正義の奇跡なんだろう? なあ!?

 そして狼狽うろたえるばかりの勇者。

 ヤツはとりあえず無関係……と。

「貴様にとってはまことに残念なことだろうが、街の毒は完全に無害化されて人々は健康を取り戻したぞ。貴様のもくは完全に破綻した」

「バカなッ!? 浸透毒は対策どころか気づくことすら難しいという最強の毒だと……ッ、はッ!?

「語るに落ちたな」

 そしてそんな毒を躊躇ためらいなく盛ってくるところが、あの女性の邪悪さを端的に表していて恐ろしい。

「一体……、どうやって解毒を……ッ!?

「貴様は災いを運び込む魔女だ。これまでも数えきれない災厄をこの地へもたらした。しかしながらたった一つだけ、貴様はよいものを連れてきたな。エピクという救世主を」

「はッ?」

 聖女がこっちを振り向く。

 その眼光が聖女なんて生優しいものじゃなく鬼女そのもので怖っ。

「そしてエピク殿は、さらなる救い手をこの地にいざなってくれた。あの方こそすべてにあまねく救いをもたらす本物の聖女だ。ニセモノのお前なんかと違ってな」

「何ですって!?

 その時。

 満を持して天空に光がともった。

 太陽とは違う別の光。

 純白の輝きを伴って現れたのは……。

「あれは!?

「聖女?」

「天馬にまたがりし聖女だ!?

 そう言われるのも仕方ないこと。

 天馬ペガサスに乗って上空から飛来せし乙女。

 それは僕もよく知るっていうか一番よく知る最愛の女性スェルだった!

「うーん実に凝った演出」

「相手をペースに乗せるにはハッタリも必要だってお母さんから教わりましたから」

 大地に降り、ペガサスから降りるスェルは言った。

 そう、僕らの故郷エフィリトの街に君臨するメドゥーサ様は彼女の母。

 メドゥーサ様が山から下りてきて、スェルは母親から料理を教わるように、女神にして魔女の極意を余すことなくたたき込まれている。

 もはや通常の薬師の域にはない腕前で、今回聖女が流した毒も『ちょちょいのぱ』であっという間に消し去っていった。

「毒で人を脅かすなんて薬師がする中でもっとも邪悪な行為です。同じ薬師として絶対に見逃せない。だから簡単に解毒させていただきました」

「簡単にやらないでよ!」

 しかしスェルは今回僕には同行せず、エフィリトの街で留守番しているはず。

 それが何故なぜご都合主義的に居合わせているのか?

 僕と彼女は現在婚約者。

 だからこそ念じるだけで互いの意思が通じあったりする。どんなに離れていようとも。

 毒のまんえんという僕のスキルじゃどうにもならない事態に彼女の助けが必要になり、呼べばペガサスに跨って一日もかからずに駆けつけてくれた。

 さすがのペガサス。

 に翼はついていない。

「お母さん仕込みの薬術をもってすれば、この程度の毒を消し去るなんてわけないです。エピクさんからの頼みならなおさらグズグズしません」

「彼女が訪れてから、病床の者たちは次々処置され見る見る回復していった。もはや快方に向かっているばかりで不安は何もない。故に貴様らの脅迫に屈する必要もまったくないということだッ!!

 イザルデさんからの鋭い語調で告げられる事実。

「そして、ここまでの悪意にさらされておきながら何の報復もなさないのであれば、我らエレシス戦士団の面目にも関わる。これまではなあなあで済ませてきたが、もはやなんぴとの抑えも我々は怒りを収めぬ! よろしいですなアリオン様!!

 カポ、カポ……。

 そのいかにもといったひづめの音を鳴らしてやってくる、一頭の聖馬。

 聖獣の一角であるアリオンが、神殿から出てこの平原までやってきた。

 その神々しい毛並みと清らかな気配は、どんなに他に多くの馬がいようと、その一頭だけは特別であることを如実に示している。

 事実、ここに集ったエレシス戦士団は敵を追い詰めるために皆等しく騎乗していたが、その騎馬たちの中にアリオンが溶け込むことはまったくなかった。

「あれが聖馬……アリオン……ッ!

 きっと初めて目にしたのだろう、聖女の目の色は憑りつかれたようになり、今や喉元にやいばを突きつけられるような状況であるにもかかわらず、猛然と駆け寄る。

「聖馬アリオン! 地母神が生んだという世界最高の名馬! そのたくましい体つき、美しい毛並み! これほど美しい名馬は世界中探したとしても見つかりません!」

『私は?』

 ペガサスさん。

 キミまで出てきたらややこしい事態になるから今は黙っていて。

「こうして私の前に出てきたということは、わたくしの愛馬になると決めてきたのですね! 正しい選択です! アナタのような聖馬は、こんな化外の地にいるよりも王都で大聖教会に管理される方がずっと正しい! それがアナタの正しいあるべき姿ッ!!

 聖女の、アリオンへの執着は激しく、見ているこちらが引くほどだった。

 そして一方の、聖女を見下ろす聖馬の目は冷ややか。

「アナタたち聖獣は、清らかなる処女を好み背に乗せると聞きます。私など誰よりもピッタリでしょう? さあ、わたくしを背に乗せ、駆け抜けることを許可します! 私と共に王都へがいせんするのです」

『触るな、汚らわしいあばずれめ』

 アリオンから、手ひどい言葉が飛ぶ。

 普段からそういう悪口は言いそうにない馬だったので、僕らの方がビックリしてしまった。

『私たち聖獣が、ウソを見抜ける存在だということを知らないのですか? 清らかな処女などとあからさまなウソを。お前の身体は隅々に至るまで男のあかまみれている』

「は? いや、何を……!?

『放埓の果てであればまだ明るさも保てましょう。しかしお前は保身や成り上がりのため、体を使ってまで男に取り入ろうとした。ここまで汚れた女は他にいません』

「やめて! 出まかせを言わないで! ウソよ皆デタラメだわ! 根拠もなく適当なことを言わないで、この駄馬!!

『私を聖獣と認めたのはアナタでしょう。聖獣のウソを見通す力を否定するのですか?』

 抱え込んでいた秘密を暴かれ、半狂乱になる聖女。

 それもそうだろう、この場には自分の子飼いの聖兵たち、間抜け面を晒す勇者、攻め寄せて包囲を完璧にしているエレシス戦士団など多くの人が居合わせている。

 そんな中で取り澄ました自分の醜さを暴かれたら、そりゃ平静さも失うだろうよ。

「どういうことだ聖女殿! アナタは清らかだと言っていたではないか!? 清らかなままオレに嫁ぎ、処女をささげてくれると……ッ!?

「違うのです勇者様! 違うの違うの違うのッ! すべてはあの駄馬のデタラメ! うわああああああああッッ!?

 しかしそんな彼女の弁明など誰も信じることもなく、むなしい視線の充満する中に金切り声だけが響き渡るのだった。

 聖女へのお仕置き、これにて完遂!