僕はエピク。

 ただのしがない冒険者。

 ……であった。

 世の中ちょっとわからないもので、今はそうではない。

 等級がね。

 S級になりました。

 A、B、C、D……と下っていくならSなんてどんだけ下なんだよ、と思うが。

 実はS級はAの上。

 最上等級なのです!?

 ついこの間まで最下級のFだった僕が何故なぜ!?

 急激な変化すぎて僕自身が戸惑う。

 それでもまあ、ちゃんと試験を受けて合格した結果ではあるんですが……。

 その試験を終えて、それゆえに向かった王都から帰ってまいりました。

 我が故郷、エフィリトの街へ。

 街へ入るなりすさまじい歓迎を受けた。

「S級冒険者のがいせんだぁああああああッッ!?

「我が街の誇りッ!」

「キャーッ! こっち向いてーッ!!

 一体何事か!?

 城門をくぐった途端に黒山の人だかりが!?

 なんかのお祭りかと思うほどに結集しておる!?

 めっちゃたくさん!?

「皆、新しいS級冒険者を一目見ようとしているんですよ」

 その人だかりの中から抜け出し、代表するように言うのはヘリシナさん?

 我が街の冒険者ギルドに勤める受付嬢さん。

「ギルド理事会からの先触れは届いています。S級昇格、おめでとうございます」

「ありがとうございます……?」

 それでこんな大歓迎?

 ちとおおすぎやしませんかね?

「何言ってるんです! S級冒険者の輩出は都市にとって非常な名誉!! 歴史に残るだけでなく、うわさのS級を一目見ようと周辺都市からも人がやってきてもうけにもなるんです! 街中湧き起こるのも当然の話ですよ!」

 僕、観光資源となっていた。

 待って。もしやこの人だかり、街の外からも!?

「私のこともギルドマスターに推薦していただいて……。お陰でエピクくんのS級昇格と共に、私への正式な辞令も届きました。晴れて私は正式に、エフィリト街の冒険者ギルドマスターです」

「おお! それはおめでとうございます!!

「エピクくんのおかげでしょう」

 ヘリシナさんは、前ギルドマスター時代からギルドを支えてきた功労者。

 かつて腐りきっていた冒険者ギルドにおける唯一の良識として、崖っぷちでギルドを支え続けてきた。

 そんなヘリシナさんだからこそ新しいギルドの担い手に相応ふさわしい。

 と思ってギルド理事さんたちにお願いしておいたんだが、承ったからには直ちに実行してくれたらしいな。

 偉い人たちに良識があって実行力がある、組織が健全なあかしだった。

 この街の冒険者ギルドも、これからそうなってくれればいいんだが。

「前ギルドマスター、ギズドーンのおかげで崩壊寸前だったギルドですが、今は着々と立て直しが進んでいます。一番頑張ってくれているのはリザベータさんですね。彼女が教官役となって残留した冒険者たちをビシバシと鍛えています」

「あの人まだいたんだ……」

 A級冒険者のリザベータさん。

 元々は前ギルドマスターがはく付けのために呼んだ上級冒険者。しかしながらヤツの思惑にはまったく乗らず、到着したその日から僕たちの味方に立ってくれた奇特な人だ。

 本来よそ者であるはずの彼女がもっともギルド再建に役立ってくれているというのも、なんだか心苦しい。

「ギズドーン体制下でぬるま湯に浸りきっていた冒険者たちも地獄シゴキのおかげでなんとかD級程度まで平均戦力を上げています。それに加えてA級の客分一人にS級一人……。王都から遠く離れた地方ギルドとしてはなかなかの過剰戦力ですねぇ」

 そこまで言ってヘリシナさん、フッと乾いたため息をついて……?

「かつて前マスターのギズドーンは、ウチのギルドを『最強にする』などとほざいては自分勝手に所属冒険者を追放したり、クエストを一方的に破棄したりとてんやわんやでしたが……。そんなクソ野郎の求めてやまなかった状況が、彼が失墜してまるきり方針転換した末に実現している。何とも皮肉ですね」

 彼女も忍耐の時間が相当長かったので、心の奥底にめ込んできたものがあるんだろうな。

「過ぎ去った過去のことはどうでもいいでしょう。とにかくギズドーンの呪縛から解き放たれて我らがギルドは本格的に新生するんです! エピクさんもこれからはギルドの支柱としての活躍を期待しますね!!

「まかせてください!!

 僕だってにS級冒険者になったわけではないからな!

 こうして僕が昇格したのも、すべてはこの街にいる人々の期待に応えて……いままでもらった恩をお返しするため。

 晴れてS級となったからには、今こそ街に最大限の貢献を!

 そのためにも……。

「薬草採取を頑張ります!!

「エピクさん!? それはF級相当のクエストですよ!?

 だって僕は薬草採取のクエストしかしたことないし……。

 初心を忘れないことが大事だって誰かも言っていたよね!!


     ◆


 さて、そんな感じで街への帰還を果たした僕なのだが……。

 まだ最高最大のイベントを残していた。

 スェルと共に薬師協会へと帰還を報告。

 主な報告相手は、スェルの父親でもある薬師協会長さんだった。

「ほう、スェルと結婚を、ね……」

「事後報告になって申し訳ありませんですますが……!!

 ヤベェ、めちゃくちゃくちゃくちゃ緊張する……!?

 僕と一緒に王都へと上京したスェル。

 そこでとある事情から、僕たちは即日結婚し、将来を誓い合う仲となった。

 そのことを薬師協会長さんにお知らせしないわけにはいかない。

 それに伴う僕の緊張を推し量ることはできるだろうか!?

 ただでさえ結婚相手の父親というのはげにも恐ろしき相手。

 加えて僕にとって薬師協会長さんは、世間の荒波の乗り越え方をじかにたたき込んでくれた師とも親ともいえる御方……!

 そんな恩人のまなむすめを、本人の許可なく貰ってしまったんだから、僕のうしろめたさたるや想像にかたくないのではないか!?

 心なしか、協会長さんの視線がうすら冷たい!?

「もうッ! お父さん意地悪しないでよ! こうなることがわかってて私たちを送り出したんでしょう!?

 僕の隣に座るスェル、ここにきて発言す。

「薬師協会長のお父さんが結社のシステムに不案内なわけないもの! 家族以外が儀式に参加できないことも知ってて、それにエピクさんがどう対応するかまで計算ずくなのよ! だからお父さんに怒る資格なんてないわ!!

 そこまで色めき立つと、薬師協会長さんも苦笑交じりに……。

「そうだね、エピクくんならウチのスェルをちゃんともらってくれると信じて張ったわなだ。事前の通告もなくエピクくんには悪いことをした」

「いえいえ、そんな!」

「エピクくんも正式に冒険者ギルドへ戻り、ウチへの接点も少なくなる。スェルなどは会う機会もぜん少なくなるだろう。娘が寂しい思いをするのを親としては放っておけなくてね」

 そう言うとスェルが脇から『お父さん!?』と弾かれたような悲鳴が?

「ともかくエピクくんはウチの専属ではなくなったが、これからはれっきとした家族だ。よろしくお願いしたい」

「はい!」

 人と人の新しいつながりができる。

 それもまた喜ばしいことだと思った。

 僕が冒険者ギルドに復帰して残念だと思えることは、この優しくて温かい薬師協会の人たちと離れてしまうこと。

 しかし僕が切りひらいた新しい道のおかげでこれからも一緒に行くことができる。

 それがまずうれしかった。

「こちらからも報告することがあるんじゃないの、アナタ?」

「ヒィ!? メドゥーサ様!?

 さらに現れたのは、メドゥーサ様。

 山の主として人々に畏怖畏敬される超常の存在!

 それが今スェルのお母さん兼、薬師協会長夫人として街に住んでおられるという珍事。

 王都滞在中もギルド理事さんたちが呪われたり、王様が呪い殺されたり……。

 ヤベー意味でのこの御方の存在感がひしひし伝わってくるんだよ!

「う、うむ……、そうだな……!? スェル、実はなんだが……!?

「はい?」

 唐突に歯切れの悪い薬師協会長さん。

 いつもの彼らしからぬ態度に……どうした?

「おめでとうスェルちゃん、お姉ちゃんになるのよ」

「は!?

 もしや……。

 自分のおなかでさするメドゥーサ様に、気まずそうにはにかむ薬師協会長さん。

 まさか!?

 やったのか!?

 二人ともやったんですか!?

 ご懐妊おめでとう!

 僕のS級昇格より大事件じゃないですか!?

 祝、ご懐妊。

 薬師協会長のご夫婦は、娘の不在中にせっせと励んでいたご様子。

 慶事に慶事が重なってエフィリトの街はますますにぎわう。

 そんな中、薬師協会長さんが僕へと意味深な助言をしてくれた、またしても。

 ──『エピクくん、キミは今まさに冒険者として絶頂の時期にいる』

 ──『そういう時にこそってくる危険もあるものだ。キミはこれから、今まで体験してきたものとはまったく別種の厄介事にさらされることになるかもしれない』

 ──『そういうものにもきっちり対処できてこそのS級冒険者でもあるんだろうがね』

 とのことで。

 一体どういうことなんだろう?

 ……と思い巡る暇もなく、その厄介事は早速向こうから訪れてきた。


     ◆


 S級となった僕。

 それで何か変わったかと言うと特に変わることもなく、今日もクエストにいそしみます。

「というわけでヘリシナさん、薬草採取のクエストください」

「何言ってるんですか!? S級冒険者にそんな初級クエストあてがえるわけないじゃないですか!!

 きょうがくするヘリシナさん。

 しかしこの辺で受けられるクエストといったらそんなものだし、初心を忘れないためにも常にクエストは受け続けていたい。

 S級だからといってふんぞり返って何もしないような冒険者にはなりたくないんだ。

「最上位になってどうなるものかと思ったけれど、やっぱりエピクくんは真面目そのものねえ」

「あッ、リザベータさん」

 A級冒険者のリザベータさんも、まだまだこのギルドから去る気配がない。

 元々前マスターの要請でふらりとやってきたA級冒険者だが、元々この街の所属でもないし、呼び主の前マスターもいなくなった今ここにいる理由皆無のはずなんだが。

「いや……まぁ、私が残っているのはエピクくんが面白そうだからって前から言ってるでしょう? それに今は中央に戻りたくないのよね。なんかゴタゴタしてて」

「ゴタゴタ?」

「王が死んだじゃない。そっちの話は王都から帰ってきたばかりのエピクくんの方が詳しいんじゃない?」

 ああ、まぁ……。

 そういえばそんな話を聞いたな?

 S級昇格の判断を貰うために上った王都で、僕はこの国の王様に会った。

 結論から言って、とても人の上に立つ人格とは言い難かった、問題のある王様だったが、その直後に『死んだ』と聞いて驚かされたものだ。

「聞くに異様な死に方だったんでしょう? ヒトに邪魔だと思われるにも一定の優秀さがいるから暗殺じゃないんだろうけど、それでも国主の急死は大混乱をもたらすのにふさわしい出来事だからね」

「あの王様のダメっぷり有名なんですか?」

「そりゃそうよ。今この国は宰相の有能さでもってるってもっぱらの評判よ?」

 宰相。

 僕が王様への謁見の際ワンセットで出会ったブランセイウス様のことか。

 たしかにあの人は一目会っただけで人格の優秀さが伝わってきた。

 普通のパターンだと宰相は無能か悪者になってしまうんだが、この国ではパターンに当てはまらないらしいな。

 それはさておき……。

「急な崩御で、ギルド理事会も相当混乱してると思うのよね。そんな最中に王都周りに戻ってみなさい。混乱収束のためにコキ使われるのが目に見えてるわよ。エピクくんもいいタイミングで戻ってこれたわ。もう少し帰るのが遅れてたら、ヘタすりゃ数ヶ月単位で足止めを食らっていたかもね」

「えぇ……!?

 王様の訃報を聞いたのは、僕たちがエフィリト街へ帰るために王都を発って数日後のことだった。

 実のところあの王様は呪いによって殺された。

 恐れ多くもあの王様はメドゥーサ様を害すると宣言し、実際に兵を動員しようとした。

 さすがに明確な殺意をもって、それを実行に移そうとまでしたら報復を受けるのは仕方のないことだ。

 僕たちが王都を離れてから呪いが始まったのも、僕やスェルに累を及ぼさないようにしたメドゥーサ様の心遣いなのかも。

「でもよく考えたら王様が亡くなるって一大事ですよね。この国どうなっていくんでしょう?」

「国家存続自体は大して問題じゃないわよ。なんやかんやいって無能王がいなくなったところで大した損失にはならないからね。王子があとを継げばすべてはつつがなく元通りよ」

「王子いたんですか?」

 子どもがいたんだ、あの王様。

「そりゃいるわよ。……でもまあ、その王子様って言うのがまた随分といわくつきでねえ」

「えぇ……!?

 父親の王様ですらあんなだったのに?

 ここの王家は呪われてるんですか?

「まあ特殊さのベクトルは父親とは正反対なのよ。……優秀すぎて?」

「ほう」

 優秀とな。

 思ってもみなかった単語に戸惑いが起こる。

「この国の第一王子……目下王位継承候補筆頭のタングセンクス殿下は眉目秀麗頭脳明晰。幼少の頃から様々な功績を打ち立てているわ」

「王子の噂なら私も耳にしたことがあります」

 おおう、ヘリシナさんまで乗ってきた?

 人気なのその王子様?

「国民からの人気も高く、即位すれば賢王となること確実とか。しかしタングセンクス様の勇名がとどろくのは、ただ優秀な王子様であるからだけではない。さらなる名声の礎がある。それが……」

「「……勇者」」

 リザベータさんとヘリシナさんの声がハモッた。

 なんなん?

「タングセンクス王子は選ばれし勇者なのよ。魔をはらい悪を討ち、地上に平和をもたらすために戦う正義の戦士!」

「それは……冒険者とどう違うんです?」

「全然違うわよ! 勇者は、神から選ばれし最強の英雄! 人類と世界のために戦い、悪を倒すのよ! 冒険者なんてその日稼ぎの職業戦闘人でしょう!」

 A級冒険者がなんてことを言うんだ。

 A級S級になったら社交もしないといけないって、アナタ自身の口から出た言葉を思い出して。

「勇者は、一部の層には大変な人気を誇りますからね。熱狂するのも致し方ありません」

「ヘリシナさんまで!?

「勇者様は人類のために戦い、常に世界中を駆け回って邪悪と対決している。そのため城に戻られることはあまりないとのことです」

 だから僕が登城した時は会わなかったってこと?

「しかしだからこそ上げた功績は数知れず! へきに潜む悪魔を倒したり、陰謀を巡らせる邪教徒を討伐したり!」

「一番有名なのは天空高い山の頂に住む邪竜との戦いですよね! 激闘の果てに勝利して、邪竜が隠し持っていた宝剣を戦利品に持ち帰ったとか!!

 リザベータさんとヘリシナさんがきゃあきゃあとはしゃいでいる。

 そこはかとないミーハーの匂いがした。

「そんなタングセンクス王子様が次の王様で間違いないでしょう。あの御方が国を治めれば安泰は間違いありません」

「そうね、混乱も一時的なことよ。すぐに収まるわ」

 王子にして勇者……。

 どちらにしても選ばれし存在というわけだが、その選ばれし者の称号が一人に二つも重なっちゃったというわけか。

 ぜいたくな話よなぁ。

 普通どちらか一方でよかろうに。

 まあ、世の中には僕のような凡人の想像もつかないような恵まれた人間がいるんだなってことは理解した。

 僕に言えることは、そんな輝かしい存在はずっと遠くにいるもので、一般人の僕などとは終生関わり合うことなどない。

 それぞれの居場所を守って堅実に生きていこうと思うばかりだった。

 しかし。

 そんな僕ののん気な考えは、ほんの数日後に完膚なきまでに打ち砕かれる。


     ◆


 その日、エフィリトの街は騒然となった。

 突如として接近してくる軍勢。

 モンスターではなく人の軍だ。

 いかめしく武装しているのが物見台からでもうかがえたので、街は騒然となった。

『すわ敵襲か!?』と。

 当然ながら街の人々は軍隊の襲撃などまったく想定していない。

 王国は長らく平和で、外国とのあつれきもなければ内乱もない。

 人に害をなすモノといえば、それこそ異形の理屈から生まれてくるモンスターだけ。

 そんなモンスターへの備えは万全にしてあったが、人同士の……それも一定規模以上の集団戦など想定したこともなく、急報の駆け巡った街中は上へ下への大混乱だった。

「守備兵からの救援要請が出ています」

 ギルドマスターとしてヘリシナさんが、全冒険者を集めて言う。

 僕もその一団の中に加わっていた。

「本来街の警備は兵士たちの仕事であり、盗賊山賊などの制圧や治安維持などは彼らの職分に当たります。しかし今街に迫りつつある一団は山賊などとはわけが違う。守備兵たちにとっても経験したことのない戦いになる恐れがあり、万全を期して冒険者の手も借りたいと……」

「人間同士の争いには、基本冒険者はノータッチなのよねえ……」

 難しそうな顔をするリザベータさん。

「冒険者は、そもそも無頼だからヘタに人間社会に関わるとこっちが悪者にされかねない。そもそもその軍隊ってのはどこから来たの? もう少し慎重に調べてからの方が……!?

「悠長にしている場合じゃありませんよ」

 僕が語気を鋭くして言う。

「正体不明の武装集団が、明らかにこの街を目指して進んでいる。最悪の事態に備えるのは当然です。この街は、僕らが育って暮らす街です。守ることに兵士も冒険者も関係ない。……ですよね皆さん?」

「「「「おおッ!!」」」」

 僕の呼びかけに、居合わせた他の冒険者も肯定する。

 かつてはぬるま湯を極めていたギルドも、前ギルドマスター失脚をきっかけにして本当に腐りきった者は脱落し、その上で残留した人たちはリザベータさんのスパルタ指導で、意識も実力も向上している。

 今ならば、他の街にある冒険者ギルドと競っても負けない。

 そして街に危機が迫っているというのに何もしないのは、冒険者としてでなくこの街に住んでこの街を愛する者として許してはならないことだった。

「……既に動き出している状況に対して慎重もクソもないか。たしかにここでまごつくことこそ冒険者にあるまじきよね」

 最終的にリザベータさんも同意し、守備兵さんと冒険者たちが共同で街を守ることが決定した。

 それでもさっきリザベータさんの言ったように、相手の正体もわからないまま戦闘に突入するわけにはいかない。

 まずは使者を送り、向こうの所属身分、それに目的を問いただすことになった。

 その使者に選ばれたのが僕。

「どうしてッ!?

「S級冒険者でしょう? アンタの肩書きには都市議員やギルドマスター級の重みがあるのよ。アンタも既に街の代表の一人だって、そろそろ気づきなさい!」

 そんなバカな。

 僕、もう既に街の代表だった。

 相手側への失礼にならない……言い換えれば『められない』だけの権力を持ちつつ、最悪荒事になっても生還できそうな僕が行け……とのこと。

 安全を期して非戦闘員のヘリシナさんや都市議員の方々も同行できない。

 薬師協会長さんも来れない。

 完全に僕一人。

 全権を担わせられたと考えたら、信頼されたことを喜ぶべきか? 荷が重いと泣くべきか?

 とにかく我が街を守るため、僕は単身街の外へと出る。

 すると問題の軍隊はもうすぐそこまで迫っていた。

「もうこんなところまで……!?

 これ以上の接近を許したら、最悪の展開になった時街への被害が免れない。

 僕は意を決して声を張り上げた。

「……止まれ! それ以上の接近は待ってほしい! 僕はS級冒険者エピク! この先にあるエフィリトの街に住む者!」

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。

 軍隊の行進は止まらない。

 くっそぉ……と思いながら諦めず勧告を続ける。

「街への危害は僕が絶対に許さない! 敵対の意志がなければここに止まり、会談の場を設けよ! これ以上の無断接近は敵対とすぞ!!

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……!

 それでも軍隊は行進をやめない。

 これはもういよいよやり合うしかないか? と『消滅』スキルの準備をしようとした刹那……。

「全体! 行進やめ!」

 やっと止まってくれた……!?

 止まるつもりがあるからもっと早くしてくれよコンチクショウ。

「はっはっはっはっは! 出迎えご苦労!! オレの忠実なる家臣よ!!

 そして軍隊の奥から一人の若者が出てきた。

 やたら小奇麗な身なりをした青年だ。

 全身によろいをつけて武装はしているものの、その鎧はまぶしく銀色に輝いてピッカピカに磨かれている。陽光が反射してきて眩しいぐらいだ。

 彼に同行している数百人ぐらいの兵士たちは、一般的な量産鎧をまとっているので彼だけが特別製。……とにかく異彩を放っている。

 さらに鎧の上からマントまで羽織りやがって、どう見ても彼がこの一団における特別な存在……指揮官であることは明らかだ。

 そんなキラキラピカピカ……さらには爽やかスマイルまで叩きつけてくる清涼感で胸焼けしそうな青年は言ってきた。

「このオレの顔を見て、すぐに誰だかわかっただろう? 名乗る必要はないと思うがそれでも名乗りは礼儀だ! 全力で名乗らせてもらおう!!

「あの……!?

「オレは勇者! 世界を救い人を守る! 空前絶後唯一無二の超英雄! 勇者にしてこの国の第一王子タングセンクスとはオレのことだ!!

 話聞かんなこの人!?

 いきなり現れといて一方的にしゃべり倒すとかどういう了見かッ!?

 いやそれ以前に……今なんて言ったこの人?

 タングセンクス?

 その名前つい最近どこかで聞いたような気がするし……、名前にかかっていた称号も……勇者? 王子?

「もしや噂の……この国の王子様にして勇者?」

「はっはっは! 称賛はけっこうだよ、オレにとってはとうに聞き飽きたことばだからな! オレが最強であることも、オレが神聖であることも、オレが有能であることも、オレがイケメンであることも、すべて当たり前のことだから!!

 うるさい。

 一の問いかけに百の返答が返ってくる上に、その返答が意味をなしていない。

 ほぼ独りよがりの自慢の言葉。

 かつて一度だけ謁見した王様との血縁が強烈に感じられた。

 王子だから王様の子どもでいいんだよな?

「キミはS級冒険者といったかな? まあ凡人としては最上級の位でなかなか大したものじゃないか! 勇者にして第一王子であるオレが褒めてやろう。この国に住む者すべては我が家来! 主君たるオレの役に立てるよう日々懸命に過ごすがいい!」

「えーと、あの……? それでご来訪の目的は?」

「なんだオレに直に仕えたいって? 悪いがオレはせいの下民は近くに置かないことにしているのだ。まあS級のお前がどうしてもと土下座して頼むというなら考えてやってもいいが?」

「仕えませんから、それより来訪の目的を……!」

「はっはっは、照れているのか? それともせんな自分に恥じて遠慮しているのかな! その謙虚さは気に入ったぞ! 直臣ポイント一を配布してやろう!! 貴族ならば十、平民ならば百ポイントで我が側仕えに取り立ててやるのだ! 嬉しかろう!!

 うぜえ。

 父親の国王とは別種ではあるが、強烈さだけは共有するウザさだ。

 このまま会話も成立しないのかとへきえきしていると……。

「いけませんよ勇者様」

 やった、他に会話のできる人が出てきた!?

 と思ったら、そこに現れたのはまたいかにも雰囲気のある清らかな女性だった。

 いや見るからに清らかなんだもん。

 着ている服は一点の曇りもない純白で、ゆったりとしたローブ。

 その白衣に包まれた素肌も艶々しく、浮かべた微笑は聖母のようだった。

「下賤の方たちは勇者様のお言葉など容易に理解できません。もっとくだいてお話になりませんと」

「おお! そうだったな聖女ヒサリーヌ殿!」

 そしてコイツも同様失礼だった。

 一体何なんだコイツらそろいも揃って!?

「わたくしはヒサリーヌ。大聖教会から派遣されし聖女です」

 女性は、またにこやかな微笑ほほえみを浮かべて言った。

「勇者タングセンクス様の所業は、人類全体のためとなる聖業。だからこそ聖なる神をあがめ、世界の清浄をつかさどる我ら大聖教会も勇者様に協力し、この聖女ヒサリーヌが代表して補佐を務めているのです」

「はあ……!?

「勇者様と共に世界にはびこる邪悪一切を討滅し、神の清らかなる教えをあまねく行き渡らせる。それが聖女としてのわたくしの務め。どうかアナタも最上級の冒険者として、我らが聖務の補佐をよしなにお願いいたします」

「はい?」

 いかん、どいつもこいつもまともな会話が成立しないぞ?

 これではまともな会談なんてできるわけがない。

 やっぱり僕には街の代表なんて大役は早すぎたんだ!

 とりあえず自国の王子様なら敵ではなかろうというので、改めて街へとご案内する。

 そして街の正当な代表者たる都市議会へと引き継ぐ。

 問題を丸投げしたともいう。

 僕なんぞよりも年上で人生経験豊かな都市議員さんたちは、突如として押しかけてきた勇者にして王子一行から根気強く話を聞き出して、ようやく何とかその目的を明らかにすることができた。

「山の主様を討滅するですと!?

 まず議長のおじいさんが驚愕に目を見張った。

 他の議員さんたちも似たり寄ったりの渋面で、告げられた事実を全く受け入れられないのがわかる。

 一気に険悪ムードとなるが、そんな喋りにくさなどものともせずに聖女ヒサリーヌさんとやらが言った。

 そりゃもう涼やかに。

「我らが勇者様は人類の害となる邪悪を滅ぼすことを責務としております。そのサポートが我ら大聖教会の役目。この街より幾分離れししゅんけんに住む邪悪なる魔物メドゥーサ。人が住むべき豊かな土地にばんきょし、生活領域を奪う怪物を、今こそ勇者様が祓い除いてくださるでしょう」

「大きなお世話だッ!!

 一瞬議長さん、声を荒らげたが……。

「……ああッ、いやッ……!?

 すぐにマズいことに気づいて声のトーンを抑える。

 実際のところこの用件まで辿たどりつくのに何十倍と関係ない話を聞かされて、普段温厚な議長さんの忍耐も擦り切れかけてきた。

「勇者にして第一王子殿下、それに大聖教会の聖女殿。……我らエフィリトの住民は、山の主様から許されてこの地に住まい、同じ御方からの恩恵を受けて生きておる。あの御方を害するなど思いもよらぬこと、この地にいらぬ騒乱を持ち込むのはやめていただきたい……!」

「メドゥーサは邪悪な怪物です。その存在を打ち砕き、らいえいごうの無へとかえすことこそ神の意にかなう正義。どうして反対なさいます?」

 聖女は微笑みながら、勇者は快活に高笑いしながら主張を押し通す。

「そうだぞ下民の皆! 長年魔物の支配下に置かれ、さぞかし辛い思いをしてきただろう! しかしこの勇者にして第一王子タングセンクスが来たからには、お前たちを苦しみから解放し、幸せに導くと約束しよう!!

 こっちの主張など聞きゃしねえ。

 いついかなる時も自分の正当性を恩着せがましい調子でわめき散らす勇者に、議員の皆さんも弱り切った表情をしている。

「皆様、勇者とは一体何だとお思いです?」

 急に観念的な質問をしだした。

「勇者とは聖なる戦士。邪悪なる存在から世界を守る救世主です。そして邪悪なる存在とは、神のおんちょうから外れて世界を破滅へと導かんとする怪物たちのこと。ヤツらは無数にうごめき、世界のそこかしこに隠れ住んでいます。そのうちの一匹が、メドゥーサのことです」

「山の主様をそこまで愚弄するか……!?

「勇者タングセンクス様は、これまでも各地に赴き、邪悪なるモノたちを討伐してきました。その活躍は全世界に轟き渡るほど。特に北の峻険の頂に住まう大邪竜との戦いは有名で、皆さんもお聞き及びかと思いますが?」

 いいえ、知りません。

「見るがいい!」

 なんか勇者が唐突にいきりたった!?

 腰から下げた剣を引き抜き、高く掲げる!?

 黄金色に輝く刀身は、磨き研がれてピカピカであるはずなのに、どこか血塗られているようなまがまがしさを発する。

「この聖剣こそ、大邪竜を倒したあと手に入れた! 銘をフィングラム! 我が邪竜討伐の功績の証にして、それ以降の百戦を共にくぐけた相棒だ!!

「議会での抜刀はおやめいただけませんか……!?

 さすがに公の場で武器なんか持ち出したら一発でつまみ出されるレベルだが、相手の身分からそうそう気軽にはブッ叩けない。

 勇者とかいう謎称号を差し引いたとしても……、この国の王子という、より実質的な肩書きは残るんだから。

「……アナタ方は、あの御方の恐ろしさをわかっていない」

 話の通じない客人に、議長さんは辛抱強く呼びかけ続ける。

 とりあえず切り口を変えるようだ。

「山の主様は万能にして最恐。あの御方の怒りを買って生き残れる者はおりません。だから忠告いたします。無理なことはおやめなさい」

「わたくしたちがメドゥーサごときにおくれを取ると? 正義が悪に敗れるというのですか?」

 しかし、聖女は少しも表情を崩さない。

「国王陛下は、世にも奇妙なお最期を遂げられたそうですな。公の場で語るのがはばかられるほどの凄惨で、謎に満ちた死を……」

 僕が謁見したこの国の王様は、王様という割にはこつなたちで、言うことも大袈裟な人だった。

 そんな王様がポロリと『メドゥーサを討伐する』などと口にした。

 本気だったかどうかはわからない。

 しかし彼の異形なる突然死のきっかけは、その言葉以外にないと僕らは思っている。

「タングセンクス殿下の御前でお父上の死を語るのは心苦しいことながら……! あるいは殿下、アナタ様があの御方を標的に定めたのはお父上のあだちということも……!?

「父上も可哀かわいそうな人だよなあ、オレのような有能すぎる子どもに恵まれてしまって……」

 議長さんの気まずげな視線も、王子様にはまったく関係ない。

「あの人自身はすこぶる無能なのにさ。子どもが有能なら自分も有能なんて勘違いしちゃった。それがあの人の最大の不幸だね。オレとしてはあわれまずにはいられない」

「それは、なんと……!?

「まあ、あの人が死んでもオレが王位を継げば万事解決。むしろあの人より何十倍もく治められるんだから死んでくれた方がよかったまである! 安心しろよ下民の皆! これからはこのタングセンクスが、勇者であり国王……つまり勇者王としてお前たちを治めてやるからさッ!!

 すがすがしいまでに実父への哀悼の意はない。

「そしてオレが治める王国に邪悪の輩は不要! というか、いてはならない! だからメドゥーサはオレが倒す勇者として! 以上だぜ!!

「そして議長殿の発言は、このままではメドゥーサ討滅を公言するわたくしや勇者様にも邪悪なる呪いが及ぼうというお気遣いと存じます。しかしご心配には及びません」

 今度は聖女が大仰に言う。

「魔物風情の邪悪な呪いにむしばまれるようなわたくしたちではない……ということです。わたくしも勇者様も、大いなる神の聖なる加護に包まれています。それによって暗黒の影はわたくしたちに触れることすらできません」

「それは……、本当に……!?

「さもなくば、わたくしも勇者様もとっくに呪い殺されているのではありませんか? 少なくともわたくしたちは、こうして出兵した時点でメドゥーサへの敵意は明確です。その間こちらへ到達するまで何十回でも呪い殺す機会はあったでしょう」

 それなのに無事でいるということは……。

「魔物の呪いなど、神の大いなる加護の前では何の意味もないということです。皆さまも恐れる必要はありません。共に力を合わせ、神の御名のもとに邪悪の化身を打ち倒すのです!」

「その通りだ! お前たちにはこの勇者がついているぞ! さあ、S級冒険者のキミ!!

 えッ!? もしや僕ですか!?

 いきなり名指しされて普通にビビる。

「キミには我が勇者パーティに参加する栄誉を与えよう! 一緒に魔の山とやらへ向かい、醜いバケモノを倒して功名を立てようではないか!」

「嫌です!」

「ッ?」

 僕の即答を聞いて、王子兼勇者は戸惑いを見せたようだ。

「し、しかし冒険者というのは手柄をとって、金や名声をガッポガッポと稼ぐのが好きではないのか!? 邪悪殺しは、その絶好のチャンスだぞ!?

「他の人はどうか知りませんが、僕が冒険者として働くのは故郷のため、僕のことを慕ってくれる人に恩返しするためです。富とか権力とかは……別にどうでもいい」

 そもそもS級にまでなったら、もうその時点で富も名声も充分あるってことだしな。

 王子様なら人が何を求めてシャカリキに働くか、考えを巡らせるべきじゃないですかね。

「メドゥーサ様は、この地に恵みをもたらしてくれる女神様であり、同時に敵対する相手は容赦なく滅ぼす魔女でもある。でもそれは人間だって同じでしょう? 仲よくしてくれる人とは友だちになって、危害を加えてくるヤツには反撃する」

 僕たちは、そんな真っ当な人間と同じ感覚を持った超越存在と何百年と共存してきた。

 それを今さらまわされたくないんだよ。

「アナタたちにとって何が正しいのかはアナタたちの自由です。でもその『正しい』に僕たちを巻き込まないでください。僕だけじゃない。ここにいる皆も同じ気持ちです」

「そうだそうだ!」「山の主様は大いなる我らが母!」「勇者だろうと聖女だろうと我々は協力せんぞ!!

 僕の宣言に呼応して、都市議会の人々も口々に拒否の言葉をなげうつ。

 まさか反対されるとも思わなかったようで、王子兼勇者様は目に見えて狼狽うろたえだした。

 それに引き換え聖女様の方は……。

「お黙りなさいッ!!

 一喝で、騒然とした議会を沈黙させてしまった。

 都市議会のメンバーは、彼女の二倍や三倍の年齢をした年配者もいるというのに、なかなかの胆力?

「アナタ方が邪悪にたぶらかされているのはわかりました。間違った信念といえど従いたくいなる気持ちも察しましょう。……ですがお忘れにならないで。アナタたちの住むこの土地も、大いなる王国の一部だと。アナタたちもまた国民だと」

 いきなり何の話?

「先日、民であれば誰もが敬うべき国王陛下が唐突にまかりました。憎むべき邪悪の呪いによって。その呪いを発したのは誰なのか、ついさっきアナタたちが指摘しましたよね?」

「ぐぅ……ッ!?

 息詰まる議長さん。

「国主が殺されて黙っているようでは国家は崩壊してしまいます。我らは亡くなった先王の無念を晴らし、邪悪の横暴には決して屈しないとぜんとした態度を示さねばなりません。アナタ方もこの国に住む一員であるなら、亡君を悼む気持ちを報復という形で示されませ」

 さっきの王子様がまったく悼む気持ちを感じさせませんでしたが?

 聖女様とのべん合戦はまだまだ続く。

 僕たちの住んでる国は、比較的安定してるんですよね。

 法も整備されて経済も潤っていて。国王を頂点とし、数多くの貴族様たちがみずからの裁量で領地を運営し、僕たちの住むエフィリトのような自治を任された都市も存在する。

 そういう風に仕組みの整った国家だからこそ、非常時に対しては特別な対応がいる。

 王様を殺されて『ふ~ん、そう』では済まされないのだ。

「国王陛下を呪い殺したのは、魔の山の主メドゥーサで間違いありません。国王の死の直前、かの邪悪を罵る言葉を多くの人たちが聞いています。そちらのS級冒険者もその一人ですわよね?」

『違う』と言っても通らなそうな雰囲気。

 たしかに王様がメドゥーサ様について言及したのは僕が謁見した時のことであったし、その場面には宰相のブランセイウス様、アンパョーネン理事、それにお城に仕える兵士さんやおつきの人などたくさん居合わせていた。

 そういった人たちから聞き取りをして、もはや動かしがたい事実になっているに違いない。

「我が国は、敬愛すべき国王陛下を無惨に呪い殺したメドゥーサを罰すべきです。国家でもっとも尊いお人が殺された、それは人間の種族そのものに対する敵対。人類は総出でこの理不尽に立ち向かっていかなければなりません。アナタたちも含めて」

「うぅ……!?

「そうでなければアナタ方はこの国の民ではありませんわね?」

 なんと悪辣。

 王様を殺された件を持ち出して脅してくるとは。

 そう言われたら国の味方をするか、メドゥーサ様の味方をするか、究極の二択を迫られるようなものじゃないか。

「こ、これは……!?」「一体どうすれば……!?

 議員さんたちも、突きつけられた選択に苦しまずにはいられない。

 一応僕たちの街は議会による自治が認められていても、国家の一部に他ならない。

 国を敵に回せば流通は断ち切られるし、冒険者ギルドからも脱退になるし、運営が立ち行かなくなってしまう。

 かといってメドゥーサ様を裏切るわけには……。

「侮るでないぞ小娘」

「はい?」

「我らは勝手にあの御方を崇めたてまつっているわけではない。優しくも厳しいあの御方のお気を損じさせぬため、過去の王族もこの土地に細心の注意を払った。それゆえの準備も怠りない」

「どういう意味です?」

「我が街と王族の間ではすでに密約が交わされているということよ。今より数百年の昔、当時の国王から『我が子孫がいかなる理屈を強いろうとも、エフィリト街は山の主との敵対に合力せず、反対に回ることができる』と」

「そのような出まかせを!?

「国史に賢君とうたわれたサディトーレ二世がくだした密命ぞ。ウソだと思うなら王宮の資料をあさってみるがいい。あちらにも控えがあるはずじゃ」

 議長さんカッコいい……!

 必殺の脅し文句を上手くかわされ、聖女はどう動く?

「冗談ですよ」

 ニッコリ笑った。

「アナタ方が地方の因習にどれだけ執着しているのか、試してみたくてカマをかけただけです。思った以上の過剰な反応で面白うございましたわ」

「ウソくせぇ」

「勇者様、ここは我々が引き下がりましょう。遠い田舎いなかの文明未開な方々に、我々の高尚な理念はわかっていただけないようです」

 メチャクチャ引っかかる言い方ではあったが、とりあえず引き下がるようだ。

 とりあえずよかった。

 人類とメドゥーサ様との全面戦争なんかに巻き込まれたらたまったものじゃないものな。

「それで代わりと言っては何ですが……」

「代わり!?

『代わり』って何!?

 なんでここでそのようなワードが出てくる!?

「勇者様は、無数にある邪悪の化身と常に戦っておいでです。この地にはびこるメドゥーサだけが邪悪ではない。こちらはアナタたちが非協力なので後回し、別の邪悪を討伐した方が効率的だと思うのですが、いかがでしょう?」

「いかがでしょう? って言われても……!?

「特にそちらのS級冒険者さん。アナタの能力は世のため人のためにかすべきもの。はびこる邪悪を打ち払うために今度こそ快い協力をいただきたいのですが?」

 世の中には、まずは絶対受け入れ不可能な無理難題を突き付けることで、それよりも難易度を下げた要求を通りやすくする交渉法があると聞いた。

 それを今まさに思い出した……!


     ◆


 すべての話し合いが終わったあと、僕は一旦薬師協会本部へと行き、婚約者のスェルと話し合う。

 今日あったことは報告すべきだからな。

 色んな意味で彼女にも無関係ではない内容だ。

「それで、協力することになったんですか?」

「都市議会もそういう方針で固まってしまったから。メドゥーサ様のことで一旦あっちが譲歩したって形になっちゃったから余計に断りづらいんだよ」

 しかし今考えると、本当に連中にはメドゥーサ様と戦う意思はあったのだろうか?

 次に出してきた案件こそが本命で、その前座となったメドゥーサ様の件は、こっちに言うことを聞かせる前準備だったのでは。

「どっちにしろギルドに依頼として出されちゃったから、僕は受けざるを得ない。ご丁寧に王家によるお墨付きのついた指名依頼だからね。僕に拒否権はないよ」

 いや、本気でガチれば拒否できるんだろうけれども。

 そうできるだけの勇気が僕にないだけ。

 NOと言えない男、僕。

 あのあとの話し合いで、聖女や勇者がどんな相手を標的にしているかが説明された。

 ここエフィリトの街からさらに西へ、徒歩で五日かけて向かう先に集落があり、そのどこかに潜む悪魔を討滅したいのだという。

 勇者と聖女の名において。

 僕に依頼されたのはその補佐。勇者が気兼ねなく全力奮って悪魔と戦えるよう環境を整えろ、とのこと。

 ちなみにクエスト報酬はたんまりな額を提示されたためますます断りようがない。

「もう、ママが王様を殺さなければ、こんな面倒なことにならなかったのに。もしくはその勇者って人たちを呪いで蹴散らせればそれはそれで解決するのに呪いが効かないなんて、便利じゃないのね!」

「そりゃあママだって何でもできるわけじゃないのよ。世の中本当に何でも思う通りになったら、それはそれでつまらないでしょう?」

 と言うのは、このお家の女主人ことメドゥーサ様。

 問題の山の主にして、数千年を生きる超越者としての気紛れか人間である薬師協会長さんの妻として人の社会で暮らしている。

 僕たちが王都へ行ってる間、存分に新婚気分を満喫されたようで今はレモンを皮ごとムシャムシャかじっておられる。

 酸っぱいものがしい時期なようだ。

「今この街では、アナタを殺したいってヤツがウヨウヨしてるのに……全然余裕ですね」

 勇者さんたちは、このまま捨て置くわけにもいかないので街側できっちり宿を用意した。

 特別なお客様用の迎賓館で素敵な夜を過ごされているはずだ。

「彼らには呪いが効かないって話、本当なんですか?」

 王都では、メドゥーサ様の呪いが猛威を振るうさまを身の毛もよだつほどに見てきた。

 一見全能と思えたメドゥーサ様の力も、及ばないところがあると知れば驚かざるを得ない。

「大聖教会のヤツらでしょう? ソイツらとは相性が悪いというかねえ。信徒同士の争いに神々は相互不可侵て約束なのよ。まあ、私を直接害そうとするなら話は別なんだけどね。まだ『ぶっ殺してやる』と息巻いている程度じゃあ天罰は下せないわ」

「色々複雑なんですねえ」

 ともかく、その点彼らの主張は正しいという裏付けができてしまった。

 人間レベルでのごとはあくまで人間が解決しなさいということか。

 でもその割にはメドゥーサ様、王様のことは容赦なく殺したよな?

 あの人はただ『討伐する』と息巻いただけで、今回の勇者&聖女のように軍隊を編成することすらしなかったのに。

「そのことなんだけど……」

「何です?」

「当世のこの国の王……死んだってのは聞いているわ。呪いで死んだんだって?」

 ええ、そうですよ。

 そうとしか思えない異様な死に方で……アナタがそうしたんでしょう?

 なんでそんな確認口調?

「私、ソイツ呪い殺した覚えないのよねー」

 え?

「さすがの私だって、ただの暴言で呪ったりなんかしないわよ? その程度で殺したらさすがに恨みを買いすぎるわ」

 まさに今回起きた出来事が、そういう恨みを買いすぎた結果だからなあ。

「いつぞやのギルドマスター? とか言うヤツは私の預けたシルシまで使って刺客を送り込んだんだからさすがにおとがめなしとはいかないし。ソイツに権力を与えたギルド理事? とかいう連中も呪いはしたけど、ただ単に熱の出るタイプだったでしょう? 主犯でもないし命まで取るつもりはなかったわよ。テキトーに苦しめて反省を促せればそれでよかったわ」

「メドゥーサ様が手を下した相手は、それだけ……?」

「そうよ、こう見えてけっこう分別あるでしょう?」

 それでは、あの歴史にまれに見るような死に方をした国王様の死因は……。

 一体何?

 なんやかやで駆り出されることとなった僕。

 勇者たちに同行してどこぞへ向かうという。

 その先で何に巻き込まれるかは知らないが、ヤツらの思惑に取り込まれないよう注意が必要だな。

「というわけであとはよろしくお願いします」

 出発前に冒険者ギルドに寄って留守を頼む。

「わかっています。エピクさんの不在中は私たちがしっかりと守りますから安心してくださいね」

「大船に乗ったつもりでいなよー」

 ギルドマスターのヘリシナさんと、A級冒険者のリザベータさんが請け合ってくれる。

『いつになったら帰ってくれるんだろう?』と常日頃から思っているリザベータさんだが、こういう時頼りになるのが悔しい。

「充分に気を付けてくださいねエピクさん。警戒すべきは目の前の敵ではなく、むしろ味方の方ですよ」

「勇者と聖女……ね……」

 たしかにあんな怪しげな連中と肩を並べて戦うというのは僕にとっても初めての経験。

 正面だけでなく背中にも気を付けながら戦っていかなきゃならないというのは想像するだけでメンタルガリガリ削られそう。

「ところでエピクさん……今回はお一人ですか?」

「いつも一緒のスェルちゃんは一緒じゃないの?」

 二人から一斉に疑問を呈されたが、そんなにスェルがいないのが違和感?

「彼女には今回残ってもらうことになってます」

 まず彼女が同行する理由がないからな。

 スェルはあくまで薬師であって冒険者じゃない。だからクエストに同行する義務も資格もないわけで、クエストで動く僕に合わせる理由もないわけだ。

 同時にさっき言ったように、今回のクエスト依頼者は信用ならない。

 四六時中どこから狙ってくるかわからない危険な状況に、スェルまで巻き込むわけにはいかないってことだ。

「婚約者を危険にさらしたくないってわけだ。やさしー」

ちゃさないでください」

 本人はそれでも行くとゴネたが、メドゥーサ様がほぼ抑え込んで諦めさせた。

 これを機に、彼女がもつ魔女の薬術を本格的に叩き込むらしい。

 スェルのパワーアップイベントだ。

「それまでに厄介事は全部片づけておきますよ。あの勇者とかいう連中に僕らの生活を乱させたりしません」

「エピクくんも立派になりましたね。そんな風に自分の意思をしっかり言えるなんて……!」

 なんかヘリシナさんに感動された。

 親戚のお姉さんか何かみたいだ。

「出発する前に、ギルドからの支援物資を支給します。困難に立ち向かう冒険者のためにせめてものバックアップです」

「回復薬に携帯食料。あれば必ず役に立つ消耗品のたぐいね。かさばるのがたまきずだけど、持って行って間違いはないわよ」

 もちろん厚意は素直に受け取っておきます。

 それにかさばるのも心配ない。

 僕も努力を怠らず、自分のスキルを研究しつくしているところだ。

 そこで新たに発見した『消滅』スキルの使い方。

 空間そのものを『消滅』させると次元の断層ができて、異空間への入り口が現れる。

 その中に預かった物資を放り込んで……。

 異空間の入り口は、時間がてば自然に塞がる。

 あとは物資が必要になった時、次元断層を再び開いて取り出せばいいんだ。

「そ、それはまた便利ですね……!?

「エピクくんがますます何でもありになっていく……!?

 ヘリシナさんたちにドン引きされるのだった。

 あれこれの準備が終わって僕はクエストに発つ。

 これまでの薬草採取と違って、甚だ不本意なクエストだ。

 想定外のトラブルもなく無事終わってくれたらいいんだが……。


     ◆


 僕は進む。

 慣れ親しんだ街を出て、いまだ知らぬ場所へ。

 同行の人数はかなり多いけれどまったくそんな気分にはなれない。

 むしろ孤独な気分だ。

 周囲にいる誰にも気を許せないのならば。

「はっはっは、どうしたS級冒険者くん!? 浮かない表情だなあッ!?

 れ馴れしい表情で笑いかけるのは勇者。

 全身キラキラしくてかえってさんくさい。

「この勇者の一行に加わって暗い表情は違反だぞ! 勇者とその部下たちは! 常に輝かしくきらめいていなければ! そうしてこそ世界を照らし平和に導くことができるんだからなあッ!!

 煩い。

 そもそも僕は、アンタの部下になった覚えはないんだが。クエスト受注した現状はあくまで依頼主とのビジネスライクな関係よ。

 それで依頼内容とは結局どんなものでしたっけ?

 改めて説明を聞いておきたい。

「化外の地に蟠踞する悪魔の討伐ですわ」

 共に進行する聖女が言う。

 もっとも彼女は馬車に乗っていて移動も優雅だ、僕は徒歩。

「勇者様が討伐すべき邪悪は世界中のそこかしこにあふれかえっています。アナタたちが妄信するメドゥーサもその一匹。アナタたちの我がままに免じて保留にしてある分、他の一匹を共に討伐いただきたいのです」

「他の一匹……!?

「悪魔デメテール」

 デメテール。

 その名前の響きから不思議と禍々しさは感じ取られなかった。

「ここからさらに西の最果ての地は、国の支配域にも入りません。そこに住む少数部族は悪魔を崇拝し、正しき神を信仰することのできない悲しい方々です」

 その悪魔と言うのが、デメテールと……?

「私たちには、悪魔に魅入られた人たちを覚醒させ、正しい信仰に導く義務があります。そのためにも勇者様に悪魔デメテールを討伐いただき、おぞましき魔の支配を打ち払っていただきたい。S級冒険者さん。アナタにしてもらうのは、その手伝いです」

 手伝いって言われても……?

「彼の地には悪魔デメテールに魅入られて道を踏み外した人間たちが多くいます。その者たちは正しさを理解できず抵抗をしてくるでしょう。清らかなる勇者様を人の返り血で汚させるわけにはいきません。その時はアナタが代わって露払いを務めるのです」

「冒険者は人間同士のトラブルに関知しないって言わなかった?」

 それ思いっきり僕が憎まれ役をかぶせられるってことでは!?

 油断したらすべてのしわ寄せを一身に食らいそうで非常に危うかった。

「たとえクエストでも人倫にもとるようなことは拒否しますからね?」

「あら、S級冒険者ともあろう御方が一旦引き受けたクエストを無下になさるというのかしら?」

 何気ない一言で外堀を埋めに来やがる。

 この一団でもっとも厄介なのが、勇者よりもこの聖女だと思えるほどだ。

 しかし、この聖女は一体どういう理屈で勇者にくっついているんだろう?

 勇者と聖女がワンセットになっている意味は?

「勇者とは、そもそも大聖教会が選抜するものなのです」

 僕の心の中の疑問を見透かすように聖女が言った。

「大聖教会は、この国の信仰を司る機関。人々と神との間をつなぐ代理人の役割を果たしています。神は、人々が安心安全に暮らしていけるように加護を施しくだされます」

 それこそが勇者だという。

「人々に害をもたらし、悪の道へといざなう邪悪を打ち滅ぼす使命を勇者は背負っているのです。そのために勇者は、現存する戦士たちの中からもっとも強く、正しい心の持ち主が選ばれます。それがこの時代の場合タングセンクス王子様だったということです」

「はっはっはっは! 選ばれたからには全力で使命を果たさねばな!!

 自慢げに笑う王子兼勇者。

「そして大聖教会側としても選び出した勇者様への支援は惜しみません。その代表として大聖教会で修行をしたこの聖女ヒサリーヌが、勇者様の補佐として同行しているのです」

「ヒサリーヌ殿は素晴らしい補佐役だぞ!! アドバイスは的確だし、彼女のサポートでこういった邪悪討伐の遠征も快適そのものだ! その上美人だしな! はははははははははッ!」

「勇者様にお褒めいただけたなら、心を砕いた甲斐かいがありましたわ」

 そしてその勇者や聖女を囲んでいる兵士たちも、大聖教会から派遣された『聖兵』なのだという。

 大聖教会に所属し、神の教えの下に邪悪と戦うために訓練された兵士。

 しかし邪悪とは一体何を指すのか?

 そこのところがハッキリしてないと非常に何やら気持ちが悪い。

 説明を受けてもまだまだモヤモヤが晴れないところへ、それでも事態はいやおうなく進行する。

「聖女様……!」

 僕たちの進む隊列中央へ、聖兵の一人が駆け込んでくる。

 報告のようだ。

「前方に敵影発見! 規模多数! 我々の行く手を阻む模様です!」

「早速来ましたわね。まあ思った通りのタイミングですが……」

 聖女はそう言って薄笑いを浮かべ……。

「さあS級冒険者さんの出番ですわよ。アナタの力で神の御意志を遮る不心得者を成敗なさってくださいまし。そのあとの道を勇者様が難なく通り抜けられるようにね」

 なんかまた不穏な感じになってきた。

 勇者一行が進む先に、壁となるかのように大きな集団が立ち塞がっている。

 何者?

「悪魔デメテールに惑わされた蛮族の軍でしょう。まったく目障りなのだから」

 聖女が忌々しげに言う。

 敵軍(?)が待ちかまえるのは平原で、集団戦にとても適した地形だ。

 人数も相手側が倍近く多いし、一人一人の精強さも遠目に見るだけであっちの方がすごそう。

 だってあっち側、全員が馬に乗ってるんだよ?

 こっちの馬は聖女の馬車を引かせている一頭のみ。

 歩兵と騎兵の勝負なんて戦う前から決まっているようなものじゃないか。

「ではS級冒険者さん、お任せしましたわよ」

「丸投げッ!?

「当然です。勇者様の聖なる剣は悪魔を打ち滅ぼすためにあります。前座の異端どもの返り血などで汚してはなりません」

 などと偉そうに言うが要するにまともにぶつかり合ったら勝ち目がないってことなんだろう。

 周囲の聖兵たちからも、言葉にこそ出さないがおびえの感情が、身振りなり顔つきからひしひし伝わってくる。

『すわ開戦!』となったら一挙に総崩れになってしまいそうだ。

 そうこうやっているうちに相手側から、つんざく怒号が。

「愚かなる侵略者どもよ! 性懲りもなく我らが母神の地を踏み荒らしに来たか!」

 相手集団の中から一人、勇猛に進み出る。

 女性だった。

 ただ者ではないと一目でわかる強者オーラを放っていた。

 相手側の多くの戦士と同様に騎乗していたが、乗っている馬からして特別っぽくて隙がない。

 鍛え抜かれた肉体、鋭い眼光。

 彼女が出てきただけで戦場の中心になってしまうかのような、そんな凄まじい存在感があった。

「何度不当な侵略を繰り返そうと結果は変わらんぞ! このオレ……豪士イザルデがいる限り、母神の恵みをひと欠片かけらたりとも奪わせはしない! 再び愚かな攻撃を仕掛けてくるがいい! 即座にはじき返し、今度こそ愚かな考えも浮かばぬほど徹底的に蹴散らしてくれよう!!

 怒号がビリビリと空気を震わせ、向かい合う側の数百人それぞれの背骨までガタガタに震わせる。

 女ながらも英雄が備えるという覇気とはこういうものなのかと納得してしまうほどだった。

「異教徒め! 図に乗って……!」

 聖女さんがいらちを抑えきれないのか、みずからの爪をガリガリ噛む。

「しかし今日こそヤツの慢心もここまでです! 悪の栄えたためしなし! さあ行きなさいS級冒険者さん! 今こそ聖教の使徒となって正義の万能を示すのです!!

「報酬分働くだけですよ?」

 しかしクエストを受けた身の悲しさで、クライアントには逆らえず渋々前へと進み出る。

 敵側のリーダーさんと対面、一騎打ちみたいな構図になる。

「何だ貴様は、いつもの威勢のいい勇者とかいう輩はどうした? 負けが込みすぎてついに恐れをなしたか?」

「えーと、いや今日は僕が戦うことになる? というか別に戦いたいわけじゃないんですけど!?

 自分の立ち位置……属性をどう説明していいかわからず口ごもる。

 本当になんて言えばいいんだ?

「とりあえずすぐさま殺し合いとはいかずに話し合いません? 話し合いでケリが付くならそれが一番いいと思うんですけども……?」

「ほう? 随分と弱気な口ぶりだな? あの高圧で居丈高な勇者の仲間とは思えぬが……!?

 さっきからの彼女の口調から違和感だったんだが、何かしらの経験を土台にしたような言葉の数々。

「もしかして、あっちの勇者たちに何度も会ったことがあります?」

「何をわかりきったことを。当然ではないか」

 当然なんだ……!?

「あの無礼者どもは、ある時突然我らの地に土足で踏み入り、我らの信仰を踏みにじりおった」

「信仰?」

「我らに恵みをもたらす大地母神デメテールを悪魔と罵ったのだ」

 勇者や聖女たちは口々に言った。

 真なる神とは彼ら大聖教会の神だけ、それ以外の神とは神の名をかたるニセモノ……悪魔である。

 お前たちは早々に改心し、デメテールと言う悪魔を捨て、真なる神を信仰せよ。

 そしてお前たちの土地から実る作物と、お前たちが保有する宝を献上せよと。

「言いがかりじゃん」

「ほう、お前もそう思うか!! まったくその通り! ヤツらの主張など野盗の恐喝と変わりない! それを『正しい』とか『真なる』とかいう言葉で覆い、耳触りをよくしている分、余計にタチが悪い!」

 そんな詭弁に乗る彼女らでもなければ、交渉はすぐさま決裂したという。

「脅しが通じなければすぐに実力行使。本当に野盗のような連中だ。しかしヤツらのもくが甘かったのは、我々エレシス戦士団がいたこと。我らの地で制圧強奪せんとした凶賊どもは、我らの力ですぐさま撃退された。そしてことあるごとに攻め寄せては撃退されるの繰り返しだ」

 それは……。

「そして今回、また性懲りもなくヤツらは攻め寄せてきた! 我らの誇りと大地母神デメテール様への信仰にかけて、我らの故郷に傷一つ付けさせはしない! 今までと同じように返り討ちにしてくれる!!

「あーあーあーあーあー……」

 聞いててなんだか気が遠くなってきた。

 クエスト内容からは『悪魔を倒せ』などと具体性も何もない薄ぼんやりした依頼だったのに。

 その実は地域紛争の片棒担ぎじゃないか!?

 タチが悪い!!

「何と言いますか……! 申し訳ないというか、ご迷惑をおかけしてというか……!?

「なんだ? 貴様あの勇者どもの仲間のくせにえらく神妙ではないか?」

 仲間ではありませんよ!!

 そんなこと勘違いでも言われたくねえ!

「僕はただ雇われて来ただけです! でもこんな戦争の片棒担ぎだとわかってたら断りましたよ!」

「フン、今までの連中よりは良識があるとでも言うか? まあいい、それで結局どうするのだ?」

 え?

 どうする、とは?

「オレはまだ貴様の名も聞いてないぞ? 堂々と仕合うのに名乗りは必須であろう。オレは既に名乗った。戦士イザルデに立ちはだかる貴様は一体何者だ?」

「はッ!? 申し遅れまして! エピクと申します!」

「そうかエピクか。……では互いの名も語ったところで、戦うとしようか」

 そう言って女戦士は馬上から、手に持つ武器を突きつけてきた。

 彼女が持つのは大鎌。

 本来は実りきった作物を刈り取る農具だが、それゆえに寿命を尽くした命にしゅうえんを与える象徴としても用いられる。

 あんなのを騎馬の突進力を上乗せして振り降ろされたら、防御も回避もできずに首がスポーンってなるだろうな。

 恐ろしすぎる。

「この大鎌の銘はアダマンサイズ。太古より伝わる神器。大地母神より授かった一族の宝よ」

「そんな物騒なものを持ち出して、一体……?」

「貴様とてこの場に駆り出されてきたからには戦士の端くれだろう? 戦場に立ったからには事情などせせこましいことは言わず、黙って拳を振るうのが戦士の習い。ならばもうごたくは切り上げ、殺し合いで語り合おうではないか」

「僕は戦士じゃなくて、冒険者なんですけども?」

「ぼうけんしゃ、とは何だ? どちらにしろ男の仕事ならば命を懸けて戦う以外のことはしないはずだ」

 えぇ?

 この人思ったより血の気が多い。

「オレが進み出て、お前も進み出た。それならばまずはオレとお前の一騎打ちが緒戦の幕開けとなるのは当然の流れだ」

 いや、それ以前に僕はクエストの詳細がわかってきて早くもやる気を失いかけているんですがねえ。

 とはとても言えない雰囲気。

 戦いを経ずして何事も進められないといった状況だ。

「さあ、この秘宝アダマンサイズに斬り裂かれ鮮血を散らすがいい。人の生き血も、大地にバラけばよい肥料となる。母神デメテールの祝福も手伝ってたわわな作物を実らせてくれることだろう」

 そう言って大鎌を振りかざす戦士さん。

 これはやらないとやられる流れ。

 聖女たちも最初からこのために僕を呼んだんだろう。この豪傑戦士を僕に始末させるために……。

「仕方ないな……」

 ヤツらにまんまと利用されるのは業腹だが、抵抗しなければ殺される身の上ならば抵抗する以外にやるべきことはない。

 僕にも、帰りを待ってくれる人たちがいるんだから。

「力を示さねば話も聞いてくれないというんなら、まずは力を示しましょう」

「いい答えだ! 所詮勇者どもの仲間なら揃ってけかと思ったが、違うようで嬉しいぞ! 人と生まれたならば戦うことこそ生きる意味! 身を斬り合い、血を絞り出し合うことで互いの意味を高め合おうではないか!!

 これが、生まれながらの戦士ムーブ。

 女戦士イザルデ。彼女の戦闘能力は言うまでもなく屈強で、具体的にはA級冒険者、あるいはS級にも匹敵するだろう。

 猛スピードで駿しゅんめを駆り、その突進力でもって巨大な鎌を振り下ろす。

 その凄まじい攻勢に大抵の人はあらがいもできないだろう。

 まして馬上からの攻撃だけあって僕から見ればはるか頭上からくる。

 それではますます対処も難しい。多くの人間にとって上方こそどうしようもない死角なんだから。

「S級冒険者よ!! その肩書きに相応ふさわし能力をお持ちなら、必ずやその悪魔の使徒を倒しなさい! アナタの働きを神は見守っておられます!」

「そうだぞS級冒険者! 頑張れ!」

 ずっと後ろから聖女や勇者がやんやの喝さいを送ってくる。

 煩い!

 僕は好きで死闘を繰り広げているわけじゃないんだよ。

 そして勇者&聖女を取り巻く聖兵どもや、それにたいするイザルデ側の騎兵たちも、行儀よく動かずに僕たちの戦いを見守っている。

 それが一騎打ちの作法なのだろう。

 この戦いで相手の首を取った方が、のちの集団戦の主導権をとって有利に運ぶことができる。

 恐らく、あのイザルデさんとやらは相手側の中で最強の戦士なのだろう。戦闘能力だけでなく皆を引っ張るカリスマ性があるのも、ここまでの短いやりとりで充分窺える。

 だからこそ油断して戦える相手ではないことがわかる。

「おのれちょこまかと! オレの攻撃がまったく当たらんだと!?

 そして一騎打ちは一方的な攻撃と回避のこうちゃく状態。

 僕が片っ端から相手の攻撃をかわしまくるのだ。そして僕から攻撃しないのであれば、状況はまったく動かず一定のまま。

 冒険者ギルドに復帰してから僕もリザベータさんからの訓練を受けた。

 彼女曰く、強力すぎるスキルに対比して、冒険者としての基本的な体術や戦闘技術はほぼ我流。

 そのため手を加える部分が非常に多かったそうだ。

 最強スキルに頼るばかりでは真の上級冒険者とは言えない。

 徹底的にシゴかれて、A級冒険者リザベータさんが誇る基礎体術を叩き込まれた。

 それゆえに今の僕が回避に徹すれば、それこそふくろだたきにでもされない限り永遠に無傷でいられる。

「ふざけるな貴様! 何故さっきからよけるばかりで反撃してこない!? 戦士の決闘をないがしろにする気か!?

「僕はどんな相手にも敬意を払うことにしています」

 少なくとも向こうから敬意を払ってくれる相手に対しては。

「ムムッ、よく見たら貴様、武器さえ持たず丸腰ではないか!? 何故戦いに武器を用いない?」

「今気づきました?」

「オレとしたことが丸腰の相手を一方的に攻め立てていたとは! 失礼した。待っていてやるからお前の武器を出すがいい」

 そう言ってイザルデさん、手綱を引いて騎乗している馬を四、五歩ほど後退させる。

 正々堂々……、という彼女の決闘ポリシーの表れかもしれないが。

「大丈夫です。武器は元から持ってないんで、このまま続けてください」

「何だとッ!? 空手でノコノコ戦場にやってきたというのか? どういう意識なのだ? 戦士としての自覚がないのか!?

「だから僕は戦士じゃなくて冒険者なんですが」

「先ほどからたわごとを……!? 男は生まれついて皆戦士だ! 男であって戦士でない者などいない! たしかに数多くいる男の中には臆病惰弱で戦士に値しない者もいる! しかし貴様は、このイザルデに真正面から向かい合っても臆することのない勇気の持ち主だ! それが戦士でないなど戯言極まる!」

 め言葉と受け取っていいのかどうか……!?

 ここは国の外、場所が変われば文化も変わるし、彼女らの生きる土地では男性は皆戦士でないと生き残ることはできないし、冒険者というシステムもないんだろう。

 会話だ。

 会話なくして相互の理解は得られない。

「冒険者とは、僕の生まれた土地にある職業の一つです。『危険に立ち向かう者』という意味です」

「危険に、立ち向かう……!?

「世の中、戦う以外にもたくさんの危険に溢れています。自然の危険だったり、モンスターだったり、人間より上の存在たちの怒りだったり……」

 そういうものに立ち向かっていくことが冒険者の専業だ。

 人同士の争いは別のところでやってほしい。って言いつつしっかり今争いに巻き込まれているんですけれど。

「ほう、異邦にはそのような者どもがいるのか。自然やモンスター、それに神……いずれも人より遥かに厄介なモノたちだ。そういうモノに立ち向かっていく冒険者とやらは戦士に比類する強者たちと見た……!」

「だから独自の戦い方も発展してるんですよ。丸腰だからって気遣いする必要はありません」

 そう言うと、馬上のイザルデさんの表情が変わった。

 大型肉食獣を思わせるどうもうな表情に。

「いいだろう、これより貴様を一流の戦士に対する作法で討ち取る……! 冒険者とやらの実力、余すことなく暴き立ててやろうではないか!」

 イザルデさん、馬上のまま明らかに戦いのかまえを変えた。

 手綱からけっして放そうとしなかった左手で、大鎌の柄を握った。

 右手左手での両手持ち。

 騎馬の操作を捨てて、武具の操作に全力を注ぐというかまえ……?

 しかし、僕と彼女との間合いは大分離れている。あそこから馬も駆らずに移動せず、大鎌の刃が届く距離ではないぞ?

「何をボサッとしているのです! 注意なさい!」

 背後からトゲ交じりの注意喚起が飛んでくる。

「秘宝アダマンサイズの神力を最大放出するつもりです! ボサッとしていたら跡形も残さず消え去りますよ! まったくもうドン臭い!」

 その声は聖女様か。

 助言してくれてるのか罵ってるのかわからない口調だ。

 しかし目の前のイザルデさんがただならぬことをしようとしているのはわかる。

 こっちだって危険に対する感覚は研ぎ澄まされているんだ。

 なんだかよくわからなくても危険の察知は五段階振り分けの精度で判別可能。

 ちなみに今のイザルデさんから感じられる危険度は最大値の五だ。

「受けてみろ冒険者! 必殺の『タナトス・アフロス』ッ!」

 イザルデさんと僕との距離は、いまだにかなり離れている。

 歩数にして五十歩分はあるだろうか。

 そんな遠距離からは弓矢でも使わないかぎりどんな攻撃だって届かないと思うじゃないか。

 しかし届いた。

 あの不可思議な大鎌から放たれる、まばゆせんこうによって!?

「はぁあ!?

 出た!?

 ビーム出たッ!?

 何やら大層なものらしい気配がプンプン漂っていた大鎌だが、あんなギミック搭載とは。

 放たれた閃光は、僕の頭上を駆け抜けていき、遥か大空に漂う雲を一つ吹き飛ばした。

「そこまでの距離に届く……!?

 閃光は遠く上空を駆け抜けていったから、僕自身に命中することはなかったけれど……。

 ……直撃したら一体どういうことになってたんだ!?

「もちろん今のはわざと外した。アダマンサイズの威力を知らぬままに吹き飛ばしては戦士の誇りにもとるのでな。今、貴様の後ろにいる連中は、この閃光を見せつけただけで恐れをなし、一目散に逃げていったぞ?」

 そう語るイザルデさんの表情に侮蔑の色が浮かぶ。

 彼女の視線は、僕のさらに後ろでブルブル震えている聖女や勇者……そして聖兵たちへと注がれる。

「臆病者に戦士を名乗る資格はない、臆病者を一方的に虐殺するのは戦士の誉れにはならない。今から尻尾を撒いて逃げるのなら、臆病者となる代わりに命は助かるぞ?」

 警告のつもりなのだろう。

 戦いを放棄する者に命までは取らないと。

「臆病者でなければ冒険者は務まらないよ。恐怖こそが危険を見極めるセンサーだ」

「臆病であることを誇るとは、冒険者とは不思議な生き物だな」

「僕の冒険者の勘が言ってるよ。ここは恐怖すべきところじゃない。命の危険など存在しないからだ」

 その言葉を挑発と受け取ったのか、イザルデさんは額に青筋を浮かべ……。

「よく言った……! ならばその身で受けてみろ、我が秘宝アダマンサイズによる『タナトス・アフロス』ッ!!

 大鎌の刀身から輝き出す光。

 振り下ろす動作と共に、解き放たれた閃光が僕に向かって駆け上る。

 狙いは完璧、僕に向かっている。

 今度は外す気がないらしい。

 天空に浮かぶ雲すら吹き飛ばす閃光だ。

 軽めに見積もっても個人レベルの防御でしのぎ切れる代物じゃあるまい。

 かといって光の速さで飛んでくるものを反応してよけるのは不可能。

 ここでもう僕の命運は決しただろう。

 死という終幕で。普通なら。

 しかし僕には、普通ならざるものがある。

「『消滅』!」

 前方に生み出した『消滅空間』。

 壁のように張り巡らされたソレは、閃光の進行方向を遮る位置にあるために当然のようにぶつかり合う。

 そして『消滅空間』に激突した閃光は、すべもなく飲み込まれ、消えていくのだった。

 あとに残るものは何もない。

 ただ閃光の影響を何ら受けていない僕自身が立つのみ。

「バカなッ!? そんなバカな……ッ!?

 あるがままを見て、イザルデさんは驚愕に目をく。

 絶対の自信のあった最強攻撃の無意味は、彼女に想像を絶する衝撃を与えたのだろう。

 どんなものだろうと理屈も何もなく消し去ってしまう『消滅』スキル。

 その絶対の方が一枚上手だったな。

「一族に伝わるアダマンサイズの極限放出が……!? バカな、バカな……!?

 みずからの最強攻撃が完全に無効化されて、その衝撃が余りに大きかったのだろう。

 イザルデさん。

 ぼうぜんと立ちすくみ、何の注意も払っていない状態。

 戦士としてはあまりにも無防備だ。

 その隙を見逃せるほど僕も不注意にはなれなかった。

「よッ!」

 一気に駆け寄って両者の距離を詰める。

 向こうは馬上にあるため、僕も馬体を蹴って飛び登らなければならなかった。

 それが完了するまでイザルデさんは微動だにできなかった。

「ぐおッ!?

 手首をつかみ、上手く関節をキメながら投げ落とす。馬上からの高さもあって普通に投げるよりも痛いはずだ。

 まあ地面が平原だからクッションにもなるが。

「これで終わりだ、抵抗するなら腕をへし折る」

「ぐがあああああああッッ!?

 組み伏せながら利き腕の関節を逆方向に押し込み、痛みを与える。

 これらの飛びつき投げ技サブミッションの流れるような動作もリザベータさんが仕込んでくれたもの。

 訓練の成果は抜群だ。

 今はまだ痛みで動きを封じる程度だが、もっと本気で力を込めればすぐさまボキリといくだろう。

 しかし、どれほどきつくキメても、手から大鎌を放すことはない。

 大型武器の悲しさで、ここまで密着してしまったら却って使えなくなってしまうが、それでも手放さないあたり、この武器が彼女にとってただの武器でないことが感じ取れた。

「……勝負ありだな。僕の勝ちだ」

「何を言う! 勝負はまだ終わってない! この命が尽きない限りオレは負けていない!!

 そんなこと言う。

 そしたら本当に腕を折るしかなくなるんだが、本当にいいのか!?

 僕は嫌です、ハイ。

「負けて生きながらえるなど戦士の恥! 情けがあるなら殺せ! 貴様のような強者に殺されるなら戦士の誉れだ!」

「イザルデ様!」

 控えていた他の戦士たちが色めき立つ。

 やはりこういう人柄だけあってイザルデさんは慕われているらしい。そのピンチに部下だか仲間だかは、今にも決闘の約束事を無視して飛び出してきそうだった。

「やめろ貴様ら! 手を出すな!」

 それに対して大ピンチの張本人であるイザルデさんが止める。

「戦士の一騎打ちを汚す気かッ!? この男……エピクは正々堂々の戦いでオレを破った!! オレ自身満足のいく戦いだった! それを貴様らが汚すというのかッ!?

「しかし、イザルデ様……!?

「貴様らが手を出せば、オレが命惜しさに部下に助けを求めたひきょうものになる! オレを卑怯者として死なせたいか!?

 皆イザルデさんを助けたい一心であろうのに、そんなに厳しく言わなくてもいいじゃん。

 僕は、手を放し、彼女を関節技から解放した。

「貴様、何を……ッ!?

「ルールを決めるのは勝った側のはずだ」

 この一騎打ちの勝者は僕、だからすべては僕に従ってもらう。

「僕たち冒険者は活用できない命は奪わない。モンスターも、草木も、組織の一粒に至るまで有効利用してこそ奪う命の意義がある」

 ここでアナタを殺しても僕はおろか誰の得にもならない。

 そんな殺しをすることは、僕の冒険者の誇りにもとる行為だ。

「勝った側の僕の誇りが傷つけられるなどあってはならないでしょう? だからアナタが我慢してください、誇りに傷がつく痛みにね。負けたんだから、それぐらい当然でしょ」

「ぐ……! うぅ……ッ!?

 僕の言葉に正論を感じたのか、口ごもり何も言い返せないイザルデさん。

「いいえ! 殺しなさい!!

 そこへ余計な物言いがついた。

「その者を殺しなさい! そやつは神に逆らいし重罪人! その罪は死して清められねばなりませんッ!!

 聖女ヒサリーヌ。

 ここに来て大声を出してきやがって。

「殺してそやつの持つ秘宝を持ってきなさい! その大鎌です! それは我らが大聖教会にあってこそ価値があるもの! 野蛮な異教徒に持つ資格はありません!」

 何言ってんだ、あの人?

 唐突に。

「あの女狐……! やはりこのアダマンサイズが狙いか……!」

 思うところがあったのか、聖女を忌々しげににらみつつも驚きの様子はないイザルデさん。

「どうする冒険者よ? 貴様の言うクエストを達成するためには、あの女の命令を聞かねばならぬのだろう? オレを殺して大鎌を奪うか?」

「何をグズグズしているのです!? アナタもS級冒険者ならクエストを遂行し、依頼人の命令を果たしなさい! それが冒険者の責務ではないのですか!?

 どいつもこいつも好き勝手なことを……!?

「聖女は何故、その大鎌を?」

「知らんのか? まあオレも似たようなものだ。ただヤツらの言動から、この秘宝への異様な執着を感じ取ったというだけでな」

 イザルデさんは、関節をキメられてなお放さない大鎌を今も握りしめて……。

「先祖から受け継いできた大切な秘宝……。この命が奪われてもこれだけは奪われるわけにはいかん。どうしてもと言うなら最後の抵抗をさせてもらうぞ……!」

「さあ! 早く大鎌を持ってきなさい! さすればS級冒険者もやるものだと、この聖女が褒めてあげますよ!!

 ヤツらの大鎌への執着は、たしかに尋常じゃない。

 もしや、ここへ攻め込んできた目的も……。

 僕は一計を案じた。

「わかった、そういうことなら仕方ない……」

 僕は手をかざし『消滅』スキルを発動させる。

『ボシュンッ』と空気のくぼむ音がなって、僕の目の前にあったものすべてがちりも残さず消滅した。

 イザルデさんも、彼女が持っていた大鎌も。

「イザルデ様ッ!?」「イザルデ様ぁ!?

「きゃああああああああああッッ!?

 イザルデさんを案じる彼の部下も驚きの声が大きかったが、それ以上に聖女の上げた悲鳴が大きかった。

「何というッ! なんということをッ!! アナタはバカなのですか、この大バカッ!? 大鎌を持ってこいと命令したではないですかッ!!

「僕が受けたクエスト内容は、アンタたちの敵を露払いすること、だっただろう? アンタの命令を何でも聞くことじゃない」

 だからクエストに従って敵を消し去ったのみだ。

 オプションサブクエなど受け付けない。

「よくも……、よくもイザルデ様を……!」

「仇討ちだ! あの小僧を生かして帰すな!!

 敵側の戦士たちが、おさを殺された恨みで激発し、一斉に襲い掛かってくる。

 狙いは僕だ。

 僕は『消滅』スキルを発動して……、彼らの武器を消した。

 剣ややり、当たれば即座に致命傷になるだろう鋭利なものを。

「なッ!? オレたちの武器がッ!?

「バカめ、武器がなくなれば戦えないと思ったか!? 素手で殴りつければいいだけだ!!

 案の定戦士たちは肉弾戦に切り替え、僕のことを袋叩きにする。

 殴る蹴る、四方八方から衝撃を受けて僕は即座に畳みかけられる。

「およ? アレはいいのか? S級冒険者を助けなくていいのか?」

「知りませんあんな役立たず! 後退です! 退いて体勢を立て直しますよ!!

 ヤツらに仲間意識というものはない。

 勇者一行は僕のことなど即座に見捨てて逃げ去ってしまった。

 僕はしばらく戦士たちに殴られ続けてまんしんそう

 体中ズキズキ痛むし、顔もボッコボコに張れ上がっている。口の中一杯に血の味が広がっている。

「仲間は全部逃げたか弱虫どもめ……! コイツどうする?」

「もちろん殺せ! イザルデ様の弔いのために飛び切り残忍なやり方で殺してやる!」

 戦士たちはこの上なく殺気立っている。

 それほどまでイザルデさんを殺されたのがショックだったのだろう。彼らとイザルデさんの関係は何だったのか。

 主君と家臣? リーダーと部下? 何にしろ、僕と勇者たちとは比べ物にならないきずなの深さを感じた。

 ……と感心している場合じゃない。

 このままだと本当に殺されかねない。

 急いで作戦を最終段階に移さねば……。

「しょ……『消滅』……ッ!

 我がスキルが発動し、空間そのものが『消滅』させられる。

 それに伴い次元断層ができ、その裂け目から亜空間に閉じ込められていたものが転がり出てくる。

 ドシャッと。

「ぐほぇッ!?

「イザルデ様ッ!?

 彼女は死んでいなかった。

『消滅』スキルで消し去ったように見せたのはフェイクで、かつて荷物収納の時に見せた亜空間へ一時的に放り込んでおいたのだ。

 彼女の持つ大鎌も当然無事。

 しかし危ないところだった……! 僕が死んだら一度閉じた次元断層は再び開ける手段なく、彼女も死んでしまうところだっただろう。

 イザルデさんを慕う戦士たちの怒りが思った以上に強かったのが誤算だな。

 危うく殺されるところだった。

「エピク! エピクよ……!」

 亜空間からお帰りなさいしたイザルデさんは、ボッコボコの僕へ駆け寄る。

「貴様、オレを助けてくれたのか? そのように傷だらけになって。勝者のはずの貴様が、敗れたオレのために……!?

「人死には嫌ですからね」

 袋叩きにされる芝居も、別の意味で必要なことだった。

 お陰で、ごく自然な流れで勇者たちと別れ、彼らと合流することができたからね。

 彼らの視点から詳しい事情を伺ってみよう。

 僕、S級冒険者エピク。

 このたび無事捕虜となりました。

「敗者であるこのオレに、これほどの恩情をかけるとは……! なんと凄まじい男だ……!」

 その一方で、僕を捕えたイザルデさんが感涙しておる。

「全身ボロボロになるまで傷を負って……!? オレの部下の仕業か? 勝った側のお前が何故そこまで身を切るようなマネを……!?

 もちろん僕とて痛いのは嫌だけど、今回はそこまでやる必要があった。

 理由はいくつかある。

 一つはやっぱりイザルデさんを死なせたくなかったということ。

 彼女の人柄のよさは会って間もなく充分に伝わってきたのでな。無益な殺生自体したくないのに好ましい人格者をどうして手にかけたいと思うのか。

 しかしそれでも冒険者としての節は曲げたくない。

 クエスト達成してこその冒険者。たとえ依頼人がクズであったとしても、それがクエスト放棄の理由にはならない。

 だからヤツらから受けた依頼内容を順守すればイザルデさんを殺すしかなかったんだが、その矛盾を解決するために一芝居が必要だったんである。

「しかし、だからと言ってここまで部下からの恨みを一身に受けて、袋叩きにされるなど……!?

 現在僕は、彼らの集落に担ぎ込まれて、その一角で治療を受けています。

 捕虜らしくろうになどぶち込まれなくて大変よかったが、むしろ用意された部屋が賓客でも泊めるのかというぐらい豪華で、逆に恐縮する。

「当然だ。貴殿には命を救われた恩がある上に、部下が極限までの非礼を行った。ここまでズタボロに殴り倒すとは……!?

「それだけイザルデさんが慕われてるってことでしょう」

 なんとしても仇を討ちたくなる上役というのは、いる時もあればいなかったりもするものだ。

 そして僕自身、そんな彼らの気持ちを利用した一面もある。

 対する敵が好ましく、味方すべき連中がクズでどうにも思い通りにさせたくない場合。

 やはりしち面倒くさい策略が必要になる。

「ヤツらは、アナタの持っている秘宝を求めているようでした。むしろそれを手に入れるためにアナタたちを脅かしているのではないかと」

「……」

 イザルデさんの無言は、雄弁な肯定ととれる。

「だからいっそ、それがなくなったことにしてしまえばヤツらもアナタたちに干渉する理由がなくなるんじゃないかなと。一緒にアナタも消し去ったように見せかければ、僕も一応クエストを遂行した形はとれますし」

「そのためにあんな芝居を? しかしそのお陰で貴殿は我が配下から……!?

 はい、ボコボコにされました。

 しかしそのお陰でごく自然にヤツらから離れられて、アナタたちに接近することができた。

 そんなこと普通にやったら裏切りになってしまうが、ボコられて捕らえられたというていにしてしまえば少なくともすぐさまヤバいことにはならない。

 むしろ勇者&聖女の連中は、僕を見捨てて逃げやがったわけで。いくらアイツらがクズだとしても後ろめたさがあって報告は慎重になるだろう。

 その間僕は、イザルデさんたちから充分に事情を聞くことができる。

「アナタたちと彼らとのイザコザを、僕は彼ら側の事情からしか聞いていません。でもそれがすべてじゃないことは容易に想像できる」

『一方聞いて沙汰するな』という言葉もありますし。

「アナタたちと、あの勇者一行との事情を、アナタたちの視点から聞いてみたかったんですよ。だからこそ、ヤツらに悟られないよう自然にこっち側に来なければならなかった」

「そこまでの考えを、あの瞬間に……!? さらにその遂行のためなら肉体の痛みもいとわぬ心の強さ……! 心から感服いたしましたぞ!」

 いや、痛いのは普通に嫌なんですがね。

 手当てはしてもらったものの、全身はまだズキズキ痛む。

 スェルの薬だったら一瞬で治るんだろうが。

「アナタたちの集落は……豊かなんですね」

 僕が収監(?)された一室には大きな窓まであり。そこから集落の風景が一望できる。

 いやもうこれは集落というか、街というべき規模と文化水準ではないか。

 木造ながらも大きな家屋が立ち並び、街並みは整備されて清潔。

 さらにその向こうには広大な農地が広がっている。

 路からは人々の賑わいが聞こえてきて、栄えている感じがひしひし伝わってくる。

 僕の故郷のエフィリトの街はおろか、王都に迫るほどの栄えようではないか?

 ここは一体……?

「我々が住むエレシスの街……。女神デメテール様に守護されたほうじょうの地だ」

 イザルデさんが言う。

 その口調にはほのかに自慢げなところがあり、彼女が故郷を誇っているのが窺えた。

「我々はデメテール様のの下で世代を重ね、ここまで繁栄してきた。日々の健やかなることをデメテール様に感謝し、祈りをささげ、人として恥ずかしくない生き方を心掛ける。そうやって今日まで過ごしてきた」

 この世界には、僕たちが生まれた国以外にも多くの別の文明圏があって、民族がいる。

 ここもそうした一派生なのだろう。

 ただ、人々が生き生きと暮らしている点は変わらない。

 豊かだし、明るい。

「勇者や聖女たちは、アナタたちのことを『悪魔の手先』と呼んでいる」

「その通りだ。……本当にふざけたことだ! それはつまり我らがデメテール様を悪魔呼ばわりしているということではないか!!

 イザルデさんが一気に声を荒らげ、怒りの感情をあらわにした。

 元々感情の起伏が激しい人だからな。それはさっき出会った瞬間にすぐさまわかるぐらい。

「デメテール様は、生命の繁栄と豊穣を司る偉大な女神! デメテール様の加護あればこそ我々はここまで繁栄できた。それをあやつらは、突然断りもなく押しかけてきたと思ったら『お前たちが崇めているのは悪魔だ』『間違った信仰を捨て、真なる神に忠誠を捧げよ』などと……! 挨拶もなしにいきなりだぞ!!

「どうどう」

 それでどうしたの?

「もちろん、有無を言わさず追い返した。殺さずにおいた分優しいぐらいだがな。しかし程なくして再びヤツらが現れた時は、兵を伴ってきた。悪魔に魅入られた愚民は、力ずくで改宗させよと。……無論、我ら屈強のエレシス戦士団が撃退してやったがな」

 しかし大聖教会の聖兵たちは諦めることをせず二度三度と兵力を送り込んできた。

 ついには聖なる英雄……勇者までも投入して。

「しかし勇者などは一番よい敵だったぞ。貴殿とは別の意味でな」

「よい敵」

「弱すぎて楽ということだ。一喝するだけで腰を抜かして逃げていきおった。臆病者の首など刈っても自慢にもならぬから、向こうから逃げ去ってくれるのは労力が少なくていい」

 ええ?

 あの彼、一応僕らの業界ではリーサルウェポン的な扱いなんですけども?

 ドラゴンを倒したとかいう噂は何だったんだ?

 まぐれや偶然で倒せるような相手でもないだろうドラゴン?

「そういうことが何度か繰り返されて、貴殿が現れたというわけだ。貴殿があのおごり者たちの言う通りに動く男なら、オレはもうこの世にいなかった。そして戦士団も突破され、美しいこの地はヤツらのじゅうりんに遭っていたかもしれん」

「そんな非道は僕が許しません」

「その言葉にウソがないことを貴殿は既に行動で証明した。運命は好ましき男を遣わしてくれた」

 聖女たちの言葉と、イザルデさんの言葉。

 真っ向から対立するこの二者の主張の、どちらがより真実に近いのか?

 まあ誠実さだったらいちいち比べるべくもないんだが。

「イザルデさん。実は僕の故郷にも、古い世代から付き合い続ける偉大なる御方がいます。聖女や勇者は、その御方のことも邪悪と言って討伐しようとしています」

「なんと?」

「勇者たちは、あちこちで同じようなことをしているみたいです。自分たちの受け入れられない大いなる存在を邪悪、悪魔と呼んで滅ぼそうとする」

 メドゥーサ様と共に生きる僕たちのことも。

 デメテールを女神として信仰するイザルデさんたちも。

 勇者や聖女たちにとっては教育し直すべき愚か者たちなんだろう。

「ヤツらは、僕たちへの攻撃を一旦止める代わりに、自分たちへの協力を求めてきました。そしてアナタたちと戦う羽目になった。あんなヤツらのために僕たちが潰し合うなどあってはダメです」

「そうだな! まったくそうだ! 我々は手を取り合える。貴殿の魂の気高さは戦場で既に証明された!」

 そして言葉の通り僕の手を取り、固く握りしめるイザルデさん。

 ……全力すぎて強く握りしめすぎている。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!

 でも感動的なシーンなので口にも出さなければ表情にも出さない!

「貴殿のおかげで、あの侵略者どもは今回も尻尾を撒いて逃げ去った。これでまたひとまずこの地に安泰が訪れる」

「でももう永続的に大丈夫じゃないんですか? ヤツらはその大鎌がもうなくなったと思っていますよ?」

 秘宝アダマンサイズだっけ?

 その大鎌は今でもイザルデさんの背に背負われていて片時も肌身から離さない。

 本当に大事なものなんだなということがわかったし、聖女たちもその秘宝に執着しているのが感じ取れた。

 だから僕は聖女らの目の前で大鎌を『消して』みせた。

 実際は一時的に亜空間に放り込んで消滅したように見せかけただけだったんだけど……。

「目当てのものがなくなればヤツらは、もうこの土地を襲う理由をなくすんでは?」

「貴殿の見立ては正しい。しかし、ヤツらの狙いはこれがすべてではないのだ」

 大鎌の柄を握りしめてイザルデさんは言う。

 何となくそうかとは思っていたが、そう色々甘くはないよな。

「エピクよ……貴殿に会ってほしい御方がいる」

「え?」

「貴殿になら会わせて問題ないと思っている。あの方の憂いをお聞きになり、かかる問題の打開を考えてはくれないか? その前にまず、この秘宝の話をしておこう」

 誰かに僕のことを引き合わせたいらしいイザルデさんだが、モノには順序がある系の話?

「アダマンサイズという銘のこの大鎌。その起源は我らが大地母神様が与えくださったものだという。かつて邪神を斬り裂き葬り去ったと伝えられる刃には神力がこもり、選ばれた戦士が力の限り振るえば……、その威力は既に貴殿も目にしたはずだ」

「凄いごん太ビーム飛びましたよね」

「貴殿にはあまり意味がなかったがな……」

 あッ、なんかイザルデさんがわびしい笑いを浮かべた!?

 まったく効かなくて申し訳ありません!?

「その威力を差し引いても、神の祝福を受けた秘宝としての価値がアダマンサイズにはある。ヤツら大聖教会は、自分以外に聖なる息吹いぶきのこもった何者かが存在することを許せないのかもしれない」

「だから奪おうと?」

「あるいは……」

 自分たちが唯一の聖であるために、他の聖なる存在を壊して消し去る。

 しかしそれだったら僕が『消滅』させた(フリだったけど)時、喜んだはずだ。

 過程はどうあれ目的を遂げられたんだから。

 しかしアダマンサイズが消え去った瞬間の聖女の表情は、怒り狂った悪鬼のようだった。

 思い通りになった者があんな表情をするわけがない。

「地母神デメテールが我らに与えたもうたもの。このほうじょうなる大地、それを守るための武威アダマンサイズ。……そしてもう一つ」

「もう一つ?」

「ヤツらはそれをも狙っている。エピク殿を見込んで、あの方に会っていただきたい……!」

 イザルデさんに案内されるまま、僕が連れていかれた先は神殿だった。

 いや、いかにも神殿と思えるほどにれいで荘厳な建物。

 壁も柱も白亜で輝き、まがものではない神聖さが漂っている。

 そして、その神殿の奥に鎮座して僕を迎えた存在は……。

 馬。

「なんで?」

 なんで神殿の奥に馬が陣取ってるの?

 座りながらめっちゃこっち見とる。

 馬?

 何故、馬?

「無礼者! そんなぶしつけにアリオン様を見るでない!!

 なんかイザルデさんから怒られた。

 アリオンとは……この馬?

「アリオン様こそ、大地母神デメテール様がその手で生み出され、地上に遣わした名馬。地母神の代理として我らを見守ってくださる御方だ!」

「神のみょうだい!?

 神に従い、神の代理として地上に現れる獣。

 それはつまり……。

「聖獣!?

『そうです。私は大地母神の子どもにして従者。海と大地の属性を併せ持った千里を駆けし名馬アリオン』

 喋った!?

 しかもけっこう上品な口調!?

『別に驚くことではないでしょう? アナタには既に聖獣の知り合いがいるのですから』

「は、はいぃ!?

 たしかに僕は以前、森の中でペガサスに出会った。

 ペガサスもまた聖獣にカテゴライズされる生き物で、アイツを巡るすったもんだには僕も苦労させられたものだ。

 その時の記憶が、今よみがえる。

「聖獣は、ペガサス一体だけじゃなかったんですね?」

『もちろんです、この世界に数多あまたの神が存在するように、その神に従う聖獣も同じ数だけ……あるいはそれ以上に存在する。私はデメテール様の指示を帯びてこの地に下り、人々の生活を見守るモノ』

 人々の生活を見守るモノ?

 では神自身は?

『すべての神がメドゥーサ様のように現界におわすわけではないのです。我が母にして主人デメテール様は、強すぎる神力が不測の影響をもたらさぬよう、あえて人から遠ざかり、神界へと身をお隠しになりました。私はそうしたデメテール様の代行者を務めています』

 神の代わりに神の目となって人々を見守り、時に神の手足となって人々に影響を与える。

 それが聖獣の役割。

『神々の中には、人のためをおもいあえて身を引いたモノ、あるいは意思に反して現世から去るしかなかったモノなど様々にいます。しかしながら大抵の神々が互いの領域を守り、争いのないように振る舞ってきました』

 その口調。

『本来であれば』という但し書きがいかにもつきそうだな。

『そう神々の中にもよこしまな心の持ち主がおり、自分にないものを他の神から奪い去ろうとしています。そのせんぺいたちが近頃この辺りで蠢いているようですね』

 聖女と勇者。

 アイツらの存在がすぐに浮かんだ。自分たちだけが正しいと当たり前のように信じて疑わない憎らしげな顔が。

『この私、聖獣アリオンと邪神殺しの神器アダマンサイズ。デメテール様が授けし宝はこの二つ。手先どもはこれらを何としても持ち帰り、自分の神に捧げようと必死なようですね』

「聖なる名馬よ。そのうちの一方アダマンサイズは、こちらエピクの名案によって消失したように偽装され、ヤツらは信じきった様子です」

『では残る私のことを何としてでも捕らえんとするでしょう。それだけに飽き足らず、この豊かな土地を蹂躙して実りのすべてを奪い去り、その上でデメテール様への信仰すべてを排除して自分たちの教えに塗り替えようという所存でしょう』

「それは、我々からすべてを奪いとるということではありませんか! あまりにも強欲すぎる! どれだけ人間性が腐れば、それほどの非道を働くことができるのか!?

 イザルデさんが本気で憤慨されている。

「もしエピクに出会うことがなければ、外の人間は皆そのような恥知らずかと失望するところでした! それでも勇者や聖女を名乗るあの輩ども到底許せません! 今度こそ二度と我らが土地に踏み入れぬように一人残らず殺してやりましょうぞ」

『何度も言うように、それはなりません』

 馬が、聖なる存在らしい理性の深さで言う。

『アナタ自身も言ったように、ここに来て我らに危害を加えんとする者は、外の世界のごく一部。すべての人々が我々に敵対的な邪悪の者ではありません。しかしヘタに戦端を開けば憎悪は際限なく広がり、外の者すべてを敵に回すやもしれぬのです。本来ならば友になれた者すべてを』

「外から来たこのエピクとは、心通じることができました」

『それは彼自身が賢明で、広い器の持ち主であったからです。私はこの神殿の奥にこもっていても大抵のことを見通しています。アナタたちが新たに通じたよしみは、大半が彼自身の努力あっての成果です』

「ぐぬぬ……ッ!?

 正論を言われて押し黙るイザルデさん。

『そして大抵のことを見通せる私だからこそ、危機はいまだに去っていないと知ることができます』

「まだ何かが?」

 聖馬アリオンの物憂げな言葉に反応する僕。

『アナタを見捨てた者たちはまだ本格的に去らず、ここから多少離れた地点に留まっています。まだ何かしかけてくる心づもりのようです』

 まだ諦めていないってことか!?

 聖女たちめ、未練たらしさだけは一級品だな!?

『彼らが何をたくらみ実行してくるか、そこまで詳しいことは私にもわかりません。ですがエピクさん。女神メドゥーサ様が認めたアナタならば上手くことを収めてくれるのではないかと期待しています』

 期待がプレッシャーすぎんだが?

 しかし、ここで逃げてはS級冒険失格だし、多くの人たちからの信頼を裏切ることになる。

「僕にできることがあるのなら、全力でお役に立とうと思います」

「さすがエピク! 貴殿こそ戦士の中の戦士だ!!

 だから冒険者なんですって。

 自信はあまりないがな。

 所詮『消滅』スキルしかもたない僕にできることは、いつでもどこでも『消し去る』のみ。

 それは状況によっては天下無敵の最強能力だが、応用の幅が狭いという欠点もある。

 特にアリオンが教えてくれたような現在の微妙な状況で、この能力がどこまで役に立つかわからない。

 当初敵として出会ったイザルデさん……エレシスの街の人々と理解し合い、それと相まってますます勇者と聖女は障害としての認識が強くなった。

 もはや向こうの都合など一欠片も考える気はないが、それでもアイツら全員『消滅』させてやろうぜってことにはならない。

『聖馬アリオンの名において、今しばらくの間エレシスの街への滞在を許しましょう。戦士イザルデ。彼を丁重にもてなしなさい。新婿を迎え入れるかのような気配りで』

「はい! いくさから戻ってきた夫を、妻がいたわるかのように尽くします!!

 言い方。

 こうしてしばらくエレシスの街に留まることになった僕だった。

 本当は聖女たちをだまくらかした段階ですべてに決着がつくと思っていたので、そのまますぐに帰るつもりだったんだよな。

『捕虜になりましたが何とか隙をついて脱出しました』『命からがら逃げてきました』と言っとけば後々勇者や聖女らに生存がバレたとしても、そこまで角が立つまいと。

 S級冒険者としての経歴に傷はつくだろうが、そこまでかまってられん。

 しかし問題は長引き、まだまだエフィリトの街へは帰れない模様。

 こんな面倒な事態に巻き込みやがって。

 勇者も聖女も、絶対に許さないからな!!


     ◆


 そうこうやっているうちに先手を取られた。

 勇者と聖女たちは、エレシスの街に毒を流し込んだのだ。

 許されざる者との戦いが本格的に始まる。

 それは数日もしないうちに起こった。

 こっちから何か反撃をしようと思うより前に先手を打たれた。意外に迅速な行動だ。

 しかもやり口は巧妙。

 最初の異変に気付いた時、ヤツらの仕業かどうか判断がつきかねたほどだ。

「子どもたちの具合がおかしい」

 忙しげにしているイザルデさんが気になったので尋ねてみたら、そんなことを言う。

「急に吐いたり熱を出したり……。しかも同じような症状が複数同時に起こっている。大人たちも対応にてんやわんやだ」

「僕も協力します」

 これでも冒険者としてもっとも得意なクエストは薬草採取なのでこういう時こそお役に立てるぞ。

 薬師協会にお世話になっていた時期で薬草にも詳しくなったし、場所が変わっても適切な薬草を探し出すのは得意だぜ。

 そう思って街を出てその辺の森を彷徨さまよって、薬草を束で抱えて帰ってきた頃には現状がさらに悪化していた。

 さらに体調を崩す子どもが増え、大人たちまで病状を訴える始末。

 ついにはもっとも頑健なはずの戦士団すらも寝込み始め、街の活動が滞り始めていた。

 実際、街の住民の半数近くが体調不良で動けなくなれば、街は確実に機能不全だ。

「一体なんだ!? これはどういうことなんだ!?

 イザルデさんは幸いと言うべきか、まだ健康体で住民を率い、病人の対応に奔走していた。

 しかしそんな彼女の頑張りもむなしく、体調不良者は倍々で増え続け、彼女もいつ倒れるかわからない状態だった。

りゅうこうびょう? 食中毒? イザルデさん、何か心当たりはないんですか?」

「わからん、完全に初めて見る状況だ。エレシスの街では数百年、このような災いに見舞われたことはないはずだ……!」

 何しろ地母神デメテールの加護を与えられた土地なれば。

 伝染病などの脅威も神気が払いのけ、人々に健やかさを与えるのではないのか?

 それが何故、このような災乱に見舞われる。

 よりにもよってこんなタイミングで。

「イザルデ様……、大変です……!」

 報告に来た戦士団の人も何やら調子が悪そう。

 顔色が病的に悪い。

「使者です。使者がやって来ました……!」

「使者? どこからだ!?

「聖女からの使いだと。今この街に見舞われる神罰から救われるための方法を教えてやると……!」

 聖女。

 まだ街近辺に留まってこちらを様子見している聖女が、何かやっていたというのか?

 一応捕虜としてとらわれているていの僕も、『消滅』スキルで消え去ったことになっているイザルデさんも表立って出ていけず、物陰に隠れて様子を窺った。

 代わりに対応した戦士団の一人に、使者は勝ち誇ったように言うのだ。

 使者は、聖女たちが連れてきた聖兵の一人だった。

「今、お前たちを襲う災いは神の怒りによる天罰だ。悪魔を神と間違って崇め、正しい信仰を蔑ろにしていることに因果応報が下された。お前たちが許されたいと願うなら直ちに聖女様のもとに赴き、これまでの罪をざんするがいい」

 と。

「間違った信仰を捨て去り正しい道に目覚めるのなら、聖女様は蛮族のお前たちにも慈悲をお与えくださるだろう。過去を悔いて正義に目覚めるか、悪として滅びるか、好きな方を選ぶがよい」

 今、エレシス街を襲う謎の病害は、聖女の仕業だっていうのか?

 しかも天罰?

 物陰から僕らが聞いているのにも気づかず、使者の聖兵はさらに勝ち誇ったように告げてくる。

「しかしこれまで散々神の摂理に逆らってきたお前たちだ。言葉ばかりの改心など信用ならん。そこで言葉よりもたしかな恭順として貢ぎ物をするがよかろう。この街には一頭、それは大層な名馬があるという。聖女様の馬車を引かせるに相応しいであろう。新たな神に仕える喜びと共に献上せよ」

 ……それは間違いなく聖馬アリオンのことではないか。

 ヤツらが秘宝アダマンサイズだけでなくアリオンまで……。

 大地母神デメテールが授けた神秘を根こそぎ奪い取ろうというのは間違いなかったか。

「とはいえお前たちにも考える時間が必要だろう。じっくりと結論を出すがいい。それまでに何百人が天罰に耐えきれず死んでいくかわからんがな。クックククク……!」

 いやらしい高笑いと共に去っていく使者。

 時間を置いたのは、むしろ病魔に追いつめられるエレシス街の人々をなぶろうという意図に思えた。

「おのれ……! 女狐どもが……!! こんな卑劣な脅迫行為を……!!

 僕同様、物陰に隠れて成り行きを聞いていたイザルデさんは怒り心頭、むしろよく自制したものだと感心するぐらいだ。

 途中でキレて飛び出して使者を八つ裂きにするかと思った。

 まあもちろん僕が羽交い絞めして止めてたんだけれども。

「兵を集めろ! まだ発症していない者もしくは発症していても程度が軽い者をありったけ呼び集めるのだ!!

「どうするつもりだイザルデさん!?

 いや、今さら聞かなくてもわかるか。

 聖女たちへ向かって打って出るつもりなんだ。

 エレシスの街を襲う病害が天罰だというが、その天罰はすべての街の住民をまだ覆い尽くしてはいない。

 まだ動ける者がいるうちにいっせいで攻め込もうという決意なのだろう。

「これまではアリオン様の指示で手心を加えていたが、こうなったらもう許さん! アダマンサイズの連続最大放出で一人残らず吹き飛ばしてやるッ!!

「待って待って待ってッ!! あまりにも無謀だろう落ち着くんだ!」

 たしかに聖女たちは、イザルデさんが秘宝の大鎌諸共消え去っているつもりでいるから、それ抜きの戦士団が捨て鉢で来ようと逃げるだけなら余裕ぅ~……とか思っているのかもしれない。

 それゆえさっきの余裕ブチかましまくりの降伏勧告だったのだろう。

 そこへ実は生きてるイザルデさんがアダマンサイズの閃光をぶっ放しまくりで追ってきたらヤツらの全滅は確実。

『ざまぁ』で終わるかもしれないが、終わるのはそれだけじゃないかもしれない。

「もし本当に、街の人々がどんどん病気にかかっているのが天罰によるものなら、それを改善できるのはヤツらだけってことになる。それを皆殺しにしてしまったら、今倒れている人たちは助からなくなるってことだぞ!!

「ではどうすればいいのだ!? 勧告通りヤツらに降伏し、許しを請いながらアリオン様を差し出せというのか!? そんなことはオレの戦士の誇りが許さない!」

 イザルデさんは戦士として、やはり何もしないままの降伏は耐えられないようだ。

 だが僕は、最後まで考えることをやめられない。

 生きることに集中しきってこその冒険者だからだ。

 あの使者が言っていたことに違和感があった。

 思い起こすのはこのエレシスの街へとくる直前、メドゥーサ様が言った言葉……。

 ──『信徒同士の争いに神々は相互不可侵て約束なのよ』

 だからメドゥーサ様でも大聖教会の連中に呪いをかけることはできないという。

 じゃあなんでヤツらは呪い(=天罰)をかけられる?

 ここエレシスの街の人々だってデメテールの加護を受けた神の信徒だろうに?

「……」

「どうしたエピク? とにかくこれから一大攻勢だ。街の損耗を考えると反撃のチャンスは一度のみ。確実に皆殺しにできるようエピクにも協力してほしいんだが……」

「僕も今朝から、何となく熱っぽい」

「え?」

「もしかしたら僕も、もう既に天罰とやらに侵されているのかもしれない」

「ええぇッ!?

 唐突の告白にイザルデさん、困惑しかるのちに動揺。

「何を言ってるんだ? 何故このタイミングでそんな? しかも軽症なんだろう? まさかそれを理由に戦わないというのかッ!?

「ちょうどいいってことだ。これで確かめることができる」

 僕は精神を集中する、自分の体の内側に向かって。

 そして体内を流れる悪いものへ向かって……。

「……『消滅』」

 消えた。

 僕の中にある悪いものが。

 そして同時に自分を蝕んでいたものの正体がわかった。

「イザルデさん、天罰の正体は毒ですよ」

「毒ッ!?

 以前、僕のことを利用して犯罪の片棒を担がせようとした犯罪者がいて、ソイツに睡眠薬を盛られたことがあった。

 僕の『消滅』スキルは、自分の体の内側にあるものならば精密に探知して消し去ることができる。

 微細な毒成分であっても。

「僕のスキルで消せたってことは、この街を襲う健康被害の正体は『毒』です。天罰でも呪いでもない。大いなる神の仕業に見せかけてタネも仕掛けもあったってことですよ」

 しかし、ここで重要なことは、神の名をかたるペテン師を暴き立ててやったことじゃない。

 街の人々が毒でおかしくなったなら、それを改善させる方法もわかるってことだ。

 毒には解毒。

 誰もがみんな知っている。

「破れかぶれの報復よりもそっちの方が皆助かる可能性が高いですよイザルデさん。それに報復なら助けたあとでもできる」

「そ、それはそうかもしれんが……!?

 口ごもるイザルデさん。

「しかし、それは本当に可能なのか? 解毒とは、盛られた毒の種類がわかっていなければ、ではないか? この街にも医者はいるが、もし解毒できるようならとっくに彼らが毒であることを見破り、解毒薬を処方してるんじゃないのか!?

 クズでも聖女。

 この街を陥れるのに、普通ではない特別な毒薬でも使っているのかもしれない。

 通常の医者や薬師では手に負えないような悪毒を。

「そ、そうだ! エピクが今やったようにエピクの力で毒を除いてもらえば……!」

「すまないが、僕のスキルはそこまで都合よくできていないんだ」

 自分の体内だからこそ微細な成分を見分けて『消滅』させることができる。

 他人の身体だとそこまではいかない。やろうと思ったら、その人のお腹ごと消し去ることになるだろう。

「そんな……ッ!?

 八方塞がり……かに見えた。

 しかしまだ手段はある。

 僕には、もっとも頼りになる味方が、仲間がいるんだから。