僕エピクは、引きずられていくギズドロビィーを眺めていた。

 泣きわめき、助けを乞いながら誰からも聞き入れられず、無様に引きずられていく。

 そんな彼がドアの向こうへ消え、完全に姿が見えなくなったところで、何か不思議な感覚にとらわれた。

 これで終わったんだ、と。

 僕が冒険者ギルドで味わった苦難の時代。

『無能』『役立たず』と嘲られ、自分自身でもそう思って疑うこともなかった。

 本当はそれではダメだった。

 常に疑い、自分を見つめ直すことで現実をしっかり把握しなければいけなかったのに。

 その自発性まで奪い取っていたのがギズドロビィーの洗脳だったのだろう。

『お前はダメだ』『お前は役立たずだ』と散々耳元でささやかれ、僕は可能性を奪われていた。

 ヤツこそがすべての元凶。

 その元凶のけじめがついたことでやっと、自分からは何も言えない弱い過去の自分と決別できた気がする。

「エピクくんよ、本当に申し訳なかった」

 そう遠慮がちに言ってくるのはギルド理事のアンパョーネンさんだった。

「一冒険者の自信を奪い、手駒として使おうなどギルド職員としてあるまじきことだ。……いや、何も知らぬ子どもに都合のいい事実を植え付け、自由を奪うなど人としてあってはならん……!」

「理事さん……!?

「その外道の振る舞いを我がギルドが許し、あまつさえ高い地位に就けてしまった。キミたちの住むエフィリト街に多大な迷惑をかけたことも、そもそもこの元凶に対処できていれば未然に防ぐことができたろうに……」

 そして理事さんは深く頭を下げた。

「我らの不徳の致すところだ。本当にすまなかった」

「事実関係を正確に調べ、しかるべき処分をしてください。我が故郷エフィリトの街を代表し、冒険者ギルドの良心に期待します」

「必ずや」

 他の理事さんたちも次々と頭を下げて、謝罪の意を表した。

 冒険者ギルドの中枢が、けっして悪意だけで固まっていないということを確認できて一安心だ。

「ギズドーン及びギズドロビィーの悪行は、街全体に影響を及ぼし一時は壊滅の危機にまで追い込んだと聞く。ギルドを統括する立場として大変遺憾じゃ。何らかの形で償おうと思うが、何か望むことはあるか?」

「望みですか?」

 ここで僕が勝手に言っちゃっていいのかな?

 しかし一旦帰って話し合って……としても両者の距離からかなり面倒になるし……。

 どうしようかと悩んだところでいい考えが浮かんだ。

「では、ヘリシナさんを正式なギルドマスターにしてください」

「ヘリシナ……とは?」

「今エフィリトの街でギルドマスター代行を務めている受付嬢の人です。ギズドーンがいたころからヤツの勝手に不満を持ち、不正を暴くために動いてくれました」

 そしてギズドーン亡きあとはギルド立て直しにまいしんしている。

 彼女に仮のものではなくしっかりとした権限を与えてギルドマスターとして認めてほしい。

 そうすればきっと彼女が、ちゃんとした冒険者ギルドを築き直してくれるだろうから。

「そのヘリシナ嬢とは、地元の出身者ですかな?」

「はい、だからこそ街のためギルドのために尽くしてくれると思います」

 しかし、理事たちは難しそうな表情をした。

「どう思われます?」

「原則としては地元出身者をギルド要職に就けるのは推奨されません」

 あまり前向きではない態度。

「エピクくん、我々も適当に人事を行っているわけではない。地元人をギルドマスターなどの上役に就けたらどうしても地元の利益を優先し、ギルド全体との衝突が起こりかねん」

「そういうことでギルドマスターは、他からの出向者に任せることが原則になっている……」

 申し訳なさそうに言う理事たち。

「しかし、そうした配慮の上に出向させたギズドーンやギズドロビィーのお陰で、彼らのギルドはメチャクチャにされてしもうたのじゃ」

 そう厳しく言うのはアンパョーネン理事。

「原則だの配慮だの言うても結果が伴わなければ意味はあるまい。いや、その配慮のせいで迷惑をかけたのであれば、ワシらはむしろ償わねばならん。……ヘリシナなる女性がギルドを背負うに足る人材ならば、たとえギルドの原則から外れるとしても特例をもって認めようではないか」

「ありがとうございます」

 彼女に任せることができれば、これほど安心なことはない。

 必ずや僕らの街のギルドは復活を遂げることだろう。

 こうして僕の昇格を巡るあれやそれやは無事終息した。

 勢い余ってS級にまで昇格してしまったのはビックリだが大は小を兼ねると言うし、きっと最上位の方がよかったに違いない。

 とにかく王都にやってきた目的は果たしたのであとは帰るだけなんだが……。

「いや、もう一つ目的があった」

 何のためにスェルが同伴してきたのか。

 理事さんたちの薬を作るためじゃないぞ。

 彼女は、薬師結社に入会するために王都まで来たんだ。

 部外者の僕はよく知らないが薬師の人たちは表の薬師協会、裏の薬師結社にそれぞれ所属しないといかんらしい。

 念のためにも繰り返し言うが、裏といってもイリーガルな存在ではなく薬師という職業柄、秘密を守るために存在しているのが薬師結社なんだそうな。

 薬も使い方によっては毒となる。

 悪用すれば多くの人生が狂わされたり死人が出たりするということで、コンプライアンスには相当神経質となっているとのこと。

 表側で顧客と向き合う薬師協会。

 裏側で重要な薬の調合法などを管理保持する薬師結社。

 この二つが互いを補い合って薬師という職業は成立している。

 スェルも幼い頃から薬師の道を進み、そろそろ一人前の年齢。

 ということで僕が昇格を受けに行くついでに同行しようという話になった。

 それがここまでの話!

「あらゆることの後回しになって悪かったけれど、満を持して行こうか!」

「私としてはいつでもよかったんで気を回さなくてもいいですよー」

 とスェルと二人連れ立って歩く。

 王都の道を。

「エピクさん付き添わなくても大丈夫ですよ? 薬師の話にエピクさんは無関係ですし……!」

「言うてもスェルだって関係ないはずの冒険者のゴタゴタに付き合ってくれたじゃないか」

 僕だって頑張ってくれたスェルにお返しがしたい。

 腕っぷししか能のない僕だが、彼女の目的を果たす途上にもそんな僕が役立てる機会があるかもしれぬ。

 どっちにしろ僕自身王都での用をすべて果たしているので、ここでスェルに同行しなければ宿屋で寝ることぐらいしかすることがない。

 だったら一緒にいる方が断然いいじゃないか。

「この旅は、僕らの街に帰るまで常に離れることなく一緒だ。それでいいじゃないか?」

「は、はい!?

 スェル、顔を真っ赤にしてうつむく。

 そんな仕草が妙に可愛かわいらしく思えてしまった。

「で、僕たちはどこに向かっているのかな?」

「王都の薬師協会本部です。この大通りをぐ進めば着くって……あれ? 大通り終わった?」

 どうやら知らない間に通り過ぎていたらしい。

 Uターンしてやっと王都の薬師協会本部へと到着。

「僕らの街の薬師協会本部より大きいな……!?

「やっぱり王都ですから」

 王都だもんね。

 様々な感慨を織り交ぜつつ中へ入る。

 建物内には、薬を求めて訪れる人々や、それらの応対に忙しく立ち回る薬師たちでごった返している。

 この空気は、僕らの慣れた故郷の薬師協会本部と変わらない。

「ちょっと待っててくださいねエピクさん」

 そう言って駆け出すスェル。

 ギルド理事会での出来事でも感じたが、彼女は常に行動がテキパキとしている。

 気風がいいというか……。

 それを言うなら出会った時からそうか。

 薬草の供給が断たれたからって、冒険者じゃなければ無事に出入りできない魔の森に一人飛び込むようなお嬢さんだからな。

 あの頃から少しは大人しくなったかと言えばそうでもなく、あの頃と同じように突撃していくスェル。

 その先は王都薬師協会の受付であった。

「すみません、私も薬師なんですが、これを見てもらえますか?」

 と言って差し出される書類。

 何が書いてあるかは僕の眼からはわからないが……受付の方はそれに一目落としただけでさっと表情を変え……。

「かしこまりました担当の者まで案内いたします。また一人の薬師が、知恵の門をくぐることを歓迎いたします」

「連れの人がいますんで同行を許可してください。一人です」

 かくして、冒険者ギルドと別の緊張感で先へと進んでいく。

 王都の薬師協会本部で、なんか責任者らしき人と引き合わされる。

「私が王都の薬師協会長アニムスです」

 と言ったのは、やたらピッシリした服装の妙齢のお姉さん。

 かけた眼鏡をクイッと上げて、ちょうめんそうな印象がいかにも都会風の女性だった。

「アナタがスェルさんですね? 紹介者は……エフィリトの街の薬師協会長バーデングさん」

「はひッ! そうでっしゅ!!

「緊張しなくても大丈夫ですよ」

 スェルは、都会の重役を前にカッチコチになってしまっている。

 ドラゴンの前ですら普通に話せていたのに!?

「バーデングさんとは面識があります。彼が結社の方に入られた時、対応したのが私でしたから」

「そうなんですか?」

「あの時小さな女の子を抱えていましたが、それがアナタですよね? こんなに大きくなって、みずから一人前の薬師となるために訪れるなんて……、月日のつのは早いものです」

 なんか遠い目をして言われた。

 彼女の見詰める先には何が映っているのだろうか。

「さてスェルさん、アナタ自身はここへ訪問した用件をちゃんとわかっていますね?」

「も、もちろんです」

 王都薬師協会の奥へ通されて、応接室のような場所。

 そこで僕とスェル、そして応対してくれるアニムスさんの三人きりで話は進む。

「薬師結社に正式に加入することです。一人前の薬師になるには薬師協会と薬師結社、両方に所属しないとダメだって……!!

「そうですね。薬師の保有する知識は、モノによっては簡単に人を殺して社会に混乱をもたらすものもあります。我々はそうした知識の暴走を許さぬために、表側の協会から独立した薬師結社を設立しました。ここまでの経緯はご存じですか?」

「はい、お父さんから聞きました……!」

 歴史の授業みたくなっている……!?

「薬師結社に加入すれば、より深い調合の知識に触れられ、アナタの薬師としての実力は飛躍するでしょう。ですがだからこそ、これから手に入れる知識の取り扱いに多大な責任が発生します。一歩間違えば大量の死人が出るほどの危険。それを薬師から発生させるわけにはいきません」

「わかりまっしゅ!!

 またんだ。

「なので薬師結社への加入には、『絶対に秘密を守る』という誓いを立ててもらい、さらには誓いを守れるだけの意志、そして薬師としての適性を計るための試験を受けていただきます。それにパスして初めて正式な薬師結社への加入が認められます」

「が、頑張ります!!

「それでは儀式は今夜、結社のマスタークラスを集めて行われます。秘密を守るための結社の行動も秘密裏に行われなければいけないので了承してください」

「わかりますたー!!

 秘密だからな、秘密。

「差し当たってその前に、聞いておきたいことが……。旦那様も儀式には参加されるので?」

「はい旦那様も……旦那様?」

 はて?

 一体誰のことやら?

 しかしながら王都の薬師アニムスさんの視線は真っ直ぐこちらを向いている。

 ……。

 僕?

「こちらの男性は、スェルさんの配偶者ではないのですかな?」

「なんでそうなるんですかッッ!?

 さすがに僕がたまらず絶叫した。

 秘密はなるべく小声で話さなければいけないが、さすがに声を荒らげずにはいられない。

「違うのですか?」

「いや、僕はただの付き添いというか、ボディガードといいますか……!?

 都会は色々と危ないので。

 スェルのようなか弱い少女一人では危険がデンジャラスだろうと僕を同行させた。

 そういう配慮をしたお父さんの愛ですよ!!

「そういうことであれば、アナタの同伴は許可できません」

「なんでさッ!?

「ここまでの話を聞いてわかりませんか? 薬師結社にまつわる活動のすべては秘密。そこに部外者の介入を許可できるわけがないではないですか」

「ああぁッ!?

 言われてみればそうだ。

 なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだい僕!?

「薬師結社は秘密の存在なのですから、当然無関係のやからが関わることは厳禁です。例外があるとすれば関係者の親族、親類縁者である場合。年頃から見てスェルさんとの関係を推測すると夫婦とするのがもっとも自然……」

「ナチュラル!?

「スェルさんの身を案ずる気持ちはわかりますが、薬師結社の存在理念と照らし合わせてもまったく無関係の人間を儀式に参加させるわけにはいきません。本番では席を外していただきますがよろしいですね?」

「よろしくありません!!

 ここまで来て肝心な時にスェルと離れ離れになるとは許容できぬ!

 スェルのお父さんである薬師協会長さんから頼まれたんだ。僕は必ず片時も離れずスェルを守る。

「ですが、何度も言うように薬師結社の活動に部外者は接触禁止です。秘密を守るために必要なことです」

「そこを何とかなりませんかッ!?

「なりませんね、親族参加ですらこちらにとっては最大限の譲歩ですから」

 たしかにそうだ!

 本音なら薬師以外は完全シャットアウトしたいだろうからね、それが秘密!!

「大丈夫ですよエピクさん。儀式の間ぐらい私一人でも」

 スェル。

 僕を困らせまいとけななことを言ってくれる。

 しかしダメだ。

 それでは僕の気が収まらない。

 薬師協会長さんに頼まれたということもあるが、僕にとってスェルは最大の恩人、そんな彼女の大切な時に立ち会えずしてどうする?

 力になってやれずにどうする!?

 かつての、状況に流されるばかりで何の意思も持たなかった僕。

 主張もせずあらがおうともせず、ギズドーンやギズドロビィーにいいように利用されるだけだった僕が変わったきっかけは、森で彼女と出会ってからだ。

 スェルと出会ったからこそ僕の本当の人生が始まった。

 つい先日、ギズドロビィーの破滅を目の当たりにし、すべてに決着がついたと安心できたのも、スェルが一緒にいてくれたからではないのか。

 そういうことを色々考えていたら、腹が据わった。

「よし、じゃあこうしよう」

 僕はスェルの手を握り……。

「スェル、結婚してほしい」

「ほるぇええええええええええええッッ!?

 スェルきょうがくの絶叫。

「今ここで夫婦になれば僕も儀式に参加可能ですよね?」

「理論的にはそうでしょうが、結婚の目的としてはいささか不純ではないですか?」

「いいえ、僕は気づいたんです。スェルが僕の人生にどれほど重要な存在かを。これを機会に気づかされました!」

 僕はきっとこの先一生スェルを大事にしなければ、この人生報われないような気がする。

 僕の人生の転機は、スェルが運んできてくれたようなものだから。

 それに気づいたからには今ここで、彼女との関係にキッチリとした形をつけたいのだ。

「スェル、僕と結婚してください」

「はい……!」

 即答だった。

 そばで第三者のアニムスさんがヒュウと口笛を吹いた。

「私だって、森で初めて助けてもらってからエピクさんが大好きでした! 運命の人みたいでした! だから、エピクさんと結婚します!!

「スェル!!

 抱き合う僕たち。

 その横でアニムスさんがパチパチ拍手していた。

 この瞬間まで気づかなかったが、僕たちがこうなることは出会った時から既に決まっていたのではないだろうか。

 薬師協会長さんが僕らを一緒に王都へ行かせたのも、僕らがこの気持ちに気づいて覚悟を固めるように促したかったからなのか。

「わかりました。ではそちらの方は加入希望者スェルさんの親族として特別に儀式に参列することを許可しましょう。はー、しかし独身には目の毒な光景ですねえ」

 アニムスさんにあきれられてしまった。

 すみません互いの好意が感極まった直後なので。

「ですが、一応安全確認のために素性を聞いておきたいのですが。エピクさんと言いましたか。職業は何をされていますか?」

「はい、S級冒険者です!!

「はいはいS級……えッ? Sッ!?

 ビックリして二度見してくるアニムスさんであった。

 将来を誓い合ったからには挙式とか指輪の交換とか色々することはあろうが、まずはスェルの薬師としてのランクアップのため、薬師結社の加入儀式に挑もうではないか。

 頑張れスェル!

 僕も夫として、すぐ傍で応援するぞ!!

 そして夜になった。

 薬師結社の加入儀式を受けるために僕とスェルは改めて王都の薬師協会本部へ訪問する。

 秘密裏に。

 薬師結社は秘密の組織であるため、その存在も秘密でなくてはならない。

 よって泊まっている宿にも外出の目的は明かしてはならないため適当にしておいたが、そのために『夜のデート』とでも誤解されたのかもしれない。

 互いの好意が通じ合ってからイチャつき度が段違いに増した僕たちなので。

 また『昨夜はお楽しみでしたね』とか言われそうだった。

 そういう懸念もなんのそので、僕らはいざ薬師協会本部へとやってきました。再び。

「夜だと大分雰囲気変わるなあ……」

「表向き閉まっていますしね」

 薬師協会としてはとっくに営業時間外。

 なのに入ろうとする僕らは、なんだか泥棒の気分になってしまった。

 悪いことをしてないはずなのに後ろめたい。

「裏口から入るように指示を受けてます」

「秘密だもんね」

 ますます後ろめたい。

 そうしていざ訪問したところ……。

「ようこそ、新たに知の門をたたく者よ」

「うわぁ怪しい」

 出迎えてくれたアニムスさんは黒いマントを羽織っていた。

 怪しい。

「それが薬師結社の制服なんですか?」

「ただの雰囲気作りですよ」

「怪しいからやめましょうよ」

 そのうち本当にテロ組織として認識されかねん。

 たとえ秘密でも平和的な活動をしているとアピールした方がいいんでは?

「さて、本格的に儀式へ入る前に、薬師結社の活動とその意義について改めて説明しておきましょう」

「もう充分なんでは?」

「薬師の調合する薬の中には危険なものもある。その取扱いを万全とするためにもできる限り秘密にしておかなくてはならない。その秘密を管理するための組織が薬師結社です」

「知ってます」

 知ってます。

「薬師結社の構成員は、必然薬師協会の所属者と重なります。薬師協会も、薬の売買のために必要な組織であって、単なる薬師結社のかくみのなどではありません。ただ薬師結社の上位構成員……グランドマスターは、引退した薬師協会長によって構成され、協会に準ずる以上に薬師結社への帰属心を求められます」

「ずっと言うまい言うまいとしてきたんだけど……」

 ……やっぱりカルトじゃない?

「カルトじゃないです」

「そうかなあ?」

「今夜スェルさんの儀式に参加して加入の是非を問うのも、歴代王都で薬師協会長を務めた長老方です。職業としての薬師をこよなく愛する方々ですので、けっして失礼のないように」

「うす……!」

 聞くからになんか気難しそうな人々なんだろうなとわかる。

 対人だと途端に気の小さくなるスェルが、そんな古老らに囲まれてちゃんとやっていけるだろうか。

 新婚夫婦としては心配で仕方がない。

「大丈夫! 僕がついているからね!!

「エピクさん!!

 抱き合う二人。

 互いの好意を自覚し合ってから、遠慮が『消滅』スキルで消滅してしまった。

「挙式前からイチャつき合うのやめてくれませんかねえ?」

「何言ってるんです! 今が一番楽しい時期じゃないですか!!

「そうですか……!!

 アニムスさんのちょっとイラッとした感情が伝わってきた。

「本当に冒険者というのはその時の感情で生きていますね!? まあ長老たちを待たせてはいけないのでちゃっちゃと進みましょう」

 そうしてアニムスさんに案内されて進んだ先、そこは広くて開けた大部屋だった。

 何やら特別めいた祭壇が築かれていて、その周りをやはり黒マントを羽織った数人が取り囲んでいる。

よい、新たに知の門を叩く者が現れた」

「「「「今宵、新たに知の門を叩く者が現れた」」」」

「試すべし、大いなる知の守り手として」

「「「「試すべし、大いなる知の守り手として」」」」

「幼子よ、女神に愛される資格ありしや」

「「「「幼子よ、女神に愛される資格ありしや」」」」

「人類の至宝を受け継ぎつなぐ担い手なりしや」

「「「「人類の至宝を受け継ぎ繋ぐ担い手なりしや」」」」

 怪しい。

「やっぱり衛兵さんに通報するべきなのでは?」

「心配ないですよ。儀式を始める際の決まり文句みたいなものなので」

 まあ、形を大事にするのは必要かもね。

 そうして怪しさ大爆発の黒マントたちが一斉にこちらへ向く。

 中央に位置する一人が、とりわけ老いているけれども存在感の濃厚な男性だった。

「よくぞまいった新たなるえいの担い手よ。先々々々々々代王都薬師協会長にして現、薬師結社の最長老エニシダツタが歓迎しよう!!

 えらい昔の人がまだご存命なんだなあ……!?

「こういうシステム柄か、表の薬師協会はポストの入れ替わりが早いんですよ。薬師協会長も大体三~四年で交代してしまうので」

 いかにもまだ三十代前半っぽいアニムスさんが王都薬師協会長なのもそういう気風のせい?

 組織のフレッシュさが保たれるにはいいかもしれんが……。

「生粋の薬師なら面倒な組織管理より、調合に打ち込める方がいいからのう」

「そうじゃそうじゃ、協会長なんて三年も務めれば充分じゃわい!」

「それに比べて結社のグランドマスターは、たまにこうしたイベントでお祭り感があるからいいのう」

「よい気分転換じゃ!」

 この歴代協会長のジジイども……!

「さてエフィリト薬師協会長バーデングの娘スェルよ! おぬしの希望により、薬師結社への加入儀式を執り行う! 薬師のさらなる叡知へと踏み入るために避けて通れぬ道、乗り越える覚悟はあるか!!

「ひゃひッ!」

 また緊張して噛んでいる。

 大丈夫かなスェル? 緊張がきわまって肝心なところで大ポカやらかしたりしないだろうか?

「その意気やよし! しかしながら儀式が行われてもまだおぬしの結社加入が確定したわけではないぞ!」

「おぬしが薬師として必要なだけの知識を……心意気をちゃんと持ち合わせているか、それを示さねばならん」

「薬師歴平均四十年以上のワシらの眼をもって納得させてみよ!!

「さすればおぬしは、正式な薬師結社の一員と認められ、さらなる叡知へと踏み出すきざはしを得られるであろう」

「さあ、おぬしに儀式を受ける覚悟はあるかな!?

 口々に唱え合う薬師結社の長老たち。

 前もって練習していたのかな?

「覚悟はありまぁす!!

 そして元気に答えるスェル。

 その意気だ頑張れ。

「ではやる気にあふれた若人わこうどに早速試練を与えようではないか」

「我ら薬師結社からの試練、それは……!!

 一体!?

 この怪しい雰囲気、まさかカルト的なエログロチックな試験が……!?

「ペーパーテストじゃッッ!!

 実に普通だった。

 おどろおどろしい祭壇セットの横に、何とも簡素な机椅子セットに筆記具が並んでいる。

「テストの内容は、薬師なら大体知っていて当然の調合知識ばかり! おぬしが薬師として日頃真面目に励んでいるなら簡単にわかる問題ばかりじゃ! さあ、果たして百点満点を弾き出せるかな!?

「わかりました、私やります!!

 迷わず即座に椅子に座るスェル。

 問題用紙と向かい合う。

「きっちりS級冒険者に昇格したエピクさんと故郷に錦を飾るためにも、必ず合格してみせます! エピクさんがS級で、私が結社に加入、そして二人の結婚と祝い事をコンプリートしてみせます!!

「おめでとうがやたら多めじゃのう」

 盆と正月がいっぺんに来てもまだ足りない感じ。

 彼女も、王都くんだりまで来たからには成果を上げて帰りたいよね。

 頑張れスェル! 難しい問題でもキミならきっと解けると信じているぞ!!

「エリクサーの作り方……、大丈夫だわかるわ!」

 おお、調子よさそうだ!

 そのまま全問正解する勢いでひた走れスェル!!


     ◆


 そしてスェルはどうやらすべての回答欄を埋め終えたようで……。

「採点の結果が出ました」

「スェル嬢は百点満点中……!」

「……九十七点!」

 おおッ!? これは高得点!!

 合格ラインが何点かは聞いていないが、これはもう確実に試験をパスしたんじゃないのか!?

「見事じゃ、ここまでの高得点を弾き出せた者は、過去の受験者の中でもそうそうおらん」

「だからこそスェル、キミは……!」

「「「「「不合格ぢゃッッ!!」」」」」

 なんだって!?

 まったく予想外の展開に僕もスェルも表情が凍った。

 僕らの前途に暗雲立ち込める……!?

「どうしてなんです!?

 我慢しきれなくなって、僕が物申した。

 スェル本人は、まだ突き付けられた事実のショックにぼうぜんとしている。

「スェルは九十七点だったんでしょう!? 百点満点中の! 充分な高得点じゃないですか、これで不合格なんて一体何点以上で合格なんですか!?

「四十点以上じゃ」

「思った以上に相当低いッ!?

 じゃあスェルの点数はそれこそ合格点ぶっちぎりじゃないですか!?

 九十七ですよ、きゅうじゅうなな!!

 これは納得できませんよ、関係者配偶者として断固抗議する!!

「まあ落ち着いて聞きなさい若人よ。ここ薬師結社の存在理念を今一度聞かせてしんぜようか?」

「何度も聞いて耳タコですよ!!

「しかし、その中にこそ答えがあるんじゃぞ?」

 世に流布すると危険な薬師の知識。

 それを管理し、闇雲に世間に出ないよう管理するのが薬師結社の務め。

「調合知識の深い部分は、我ら薬師結社がしっかり管理して外に漏れぬようにしておる。しかしそれでも完璧ではない」

「そこで我らは機会があれば、調合技術の秘密がろうえいしていないかチェックしておるのじゃ」

「このような新団員の加入もまた機会の一つ……」

 それは……どういうこと?

「今、スェル嬢に解いてもらったテストは、実は三割が専門知識から出題されておる。正式に薬師結社に加入していなければ知りうることのできない知識じゃ」

「まだ薬師結社に所属する前の加入希望者が、絶対に知っているはずがない。だからそれらの問題を解けるわけがないのじゃ」

「もし解けるとしたら……、その者は我ら薬師結社が必死に守っている知識を何らかの方法で盗み取った者」

「そういう者が結社へ潜入するのを警戒し、あえて盛り込んでいるひっかけ問題というわけよ」

 つまり、このテストはどう頑張っても解けないはずの問題が一定数あるということか?

 つまりどう頑張っても一定の点数しか取れない。

「このテストは七十点以上取れてはいかんのじゃ。もし取れたのなら、それは薬師結社が必死に守ってきた秘密を何らかの方法で盗み取ったということ」

「我らはそれを断固許さぬ」

 このテストの合格点数は、四十点以上七十点未満。

 もちろん一人前の薬師を名乗るに実力不足ではいけないし、加えて薬師結社の秘密を侵すようでもいけない。

 しかしスェルは、薬師結社に入らなければ絶対にわかるはずのない問題に正解してしまった。

 一体どうして!?

「考えられるのは、既に薬師結社に加入した誰かしらから教授されたか……」

「彼女の育った街にも一等の薬師はおるであろう。たとえば彼女の父親などがな」

「エフィリトの薬師協会長バーデングは気骨あるよい薬師だが。……娘可愛さに禁を犯したか」

「薬師結社から伝わった調合知識は、たとえ肉親であっても教えてはならん。相手が資格を得るまでは。だというのに……」

 これはスェルのお父さんである薬師協会長さんにまで累が及ぶ流れ?

「あの、もし薬師協会長さんがスェルに教えちゃいけないことをしていたら……!?

「残念ながら、彼の薬師結社の籍を抹消せざるをえぬ」

「そのあとでアサシンギルドから暗殺者を派遣してもらわねばならんのう。我らの守る薬の調合法は、それだけ重大なものなのじゃ」

 予想通りのマズい流れになってきた。

 彼らの秘密を守ろうとする意志は、思った以上に強烈で固い。

 アサシンギルドってそんなヤベーところと付き合いがあるの? という気持ちもあるが……。

「ちょっと待ってください!!

 さすがにスェルが大慌てで弁明した。

「お父さんは何もしていません! ちゃんと薬師結社の約束を守って、一般に広まっているレベルの調合知識しか私に伝えませんでした!!

「ならばおぬしは、どこでより深い調合技術を会得した?」

「ママから教わりました!!

「ママ? 母親か、ならばそちらが我らの誓いを破ったのか?」

 スェルのママ。

 それはあの魔女にして女神メドゥーサ様のこと。

 彼女は、せいの人間たちをはるかに超えた知と能力の保持者で、現在伝わっている薬の知識も彼女が与えたものだという。

 それを自分の娘に直接伝えたところで何の不思議もない。

「ママは別に薬師協会にも結社にも所属していなくて……、あッ、そうだ」

 スェルは何を思いついたのかいきなり駆け出した。

 駆けて向かう先は……、あのおどろおどろしい祭壇?

「あッ、ちょっと待て?」

「まさかあの小娘、ご神体に触れるつもりか!?

「バカ者やめなさい! それは我ら薬師たちの祖が残したというしんじょうであるぞ!」

「とってもありがたいんじゃぞ!!

 老人たちが騒ぐ。

 たしかのあの祭壇のてっぺんには、つえおぼしき細長いものが恭しく収められていた。

 装飾いっぱいのゴテゴテしい杖だが、素材は青銅かはたまた鉄か。とにかくにぶい色合いでそこまで価値のあるものとは思えない。

 しかしその杖を、駆け寄ったスェルが握った途端……。

 黄金か白銀かとばかりにまばゆく輝き出した。

「「「「「うわはぁあああッッ!?」」」」」

 これにはマスターの老人たちも一斉に驚愕。

「こ、これは……!? ケリュケイオンの杖が光り輝くとは!?

「見よ! 杖に巻き付いていた蛇の飾りが踊っておる!? まるで本物の生きた蛇のようじゃああ!?

「薬祖様の物と伝えられるあの杖は、本来の持ち主である薬祖様が握った時、本来の能力を発揮するという……!?

「それが何故なぜ、あの娘が握ってああなってるんじゃあッ!?

 杖は、本体となる棒状の部分に、蛇が巻き付いてせんじょうになっているというデザインだった。

 無論蛇は本物ではなく青銅もしくは鉄で再現されたものであったが、今では本物の生きた蛇であるかのようにうねり、鎌首をもたげ、シャーとうなって周囲を威嚇している。

 それは杖を持っているスェルを主人として、その主人を危険から守らんとしているようだった。

「あの杖が、生命を持つという伝説は本当であったか……!? しかしそうなるには、神杖の所有者たる薬祖様が握った時のみと聞く……! ではあの娘が。我らがあがたてまつるべき薬の始祖様であらせられるか!?

「いいえ、違います」

 スェルはすぐさま否定する。

「それは私のママです」

 そしてまたすぐ言った。

「ママは薬師協会や結社ができる前から存在しているんで、決まりとか気にせず色々教えてくれたんだと思います。私も気にせずに学んでしまって……、すみません!」

 杖を握ったまま頭を下げるスェル。

 そしてその杖をしろとする蛇はなおも喉を鳴らし、正面にいる者たちを威嚇する。

『ウチのご主人様に何ガンくれとんねん、噛み殺すぞコラ?』とでも言っているかのよう。

 まあ、たしかに人間に薬の知識を与え、それ以上の理力を駆使するメドゥーサ様に、人のルールが当てはまるわけないもんなあ。

「なので……、あの少なくともお父さんは悪くないです! 私は不合格でもかまいませんので、私のお父さんのことは責めないでください!!

 誠心誠意をもって願い出るスェルに、結社の老人たちのリアクションは……?

 一秒……二秒……五秒……十秒……!?

 どんだけ沈黙を保っとんねん? 老いてボケたか? とれてやっと向こうの反応が返ってきたら……。

「「「「「様ぁああああああああッッ!!」」」」」

 一斉に平伏しだした。

 ただ頭を下げるんじゃない、額を地面に叩きつける勢いでの土下座だ。

 膝も手の平も地面にへばりつけ、カエルのような体勢になっている。

「アナタ様は……! アナタ様は薬師の伝説において語られる、神子様!?

「数百年に一度、薬祖様によって遣わされるという、その血統を受け継ぎし神子! いずれも現れるのは乙女であると伝えられているが……!?

「まさしく伝説の通り! 麗しき乙女ではないか!!

 態度がまったく変わって、スェルのことを崇拝するかのようではないか。

 あまりなひょうへんぶりに、正面から向かい合うスェルも、はたで見守る僕も、口をあんぐり開けて呆然とするばかりだった。

 ただ杖から生命を帯びた蛇だけが『あ? 今さらびても遅いぞ?』とばかりに威嚇を続けている。

「あの……、それで私は不合格なんでしょうか?」

「滅相もない! 数百年に一度現れる神子様は、新たなる薬の知識を我々にもたらしてくれると聞きます! そのような方を追い出すなど恐れ多いことはできませぬ! もしそんなことをしたら我々はたいの愚か者として薬師の歴史に名を残すことでしょう!!

「じゃあ、合格なんですね、よかった……!」

 あんのため息を漏らすスェル。

 結局気にするところはそこだった。

 いやまったくメドゥーサ様が余計な知識を余計なタイミングで吹き込んでくれたおかげで話がややこしくなったではないか。

 いや待て?

 スェルが既にメドゥーサ様から充分な薬の調合知識を教えられていたんなら、わざわざ薬師結社なんぞに加入する必要性はなかったんじゃないか?

 これはもう本格的に、僕とスェルを二人きりで旅させるため。

 そして結婚という決断に踏み切らせるためだけに仕向けられたことだったんではないかな?


     ◆


 さて、これでもうすべてが終わった。

 僕は昇格審査を終えてS級冒険者になったし、スェルも無事薬師結社に加入できた。

 さらには結婚もした。

 僕の当初の予定A級は一足飛び越えちゃったし、スェルに至ってはなんか崇め奉られていたし。

 そもそも結婚する予定はなかったんだが……。

 などといささかオーバーラン気味のところはあるが、とにかく王都で済ませるべき用のすべてを済ませた僕ら。

 ならばもう王都には一秒だってとどまる必要はない。

 とっととって我が街エフィリトへ戻ろうじゃないか!!

 薬師協会長さんやメドゥーサ様に結婚の報告をしないとだしな。

 しかし短い間ながら王都でもお世話になった人ができたので、そういう人たちに挨拶を欠かしてはならないな。

 そう言うことでまず会ったのが、新人冒険者のアレオくん。

 恋人と一緒にクエストに出かけようとしているのをく捕まえることができた。

「ええッ!? エピクたち帰っちゃうの!?

 用件を告げると心底意外そうな反応をされた。

 意外と思われたことが意外。

「だってエピク! お前S級に上がったんだろう!? だったら王都でこれから大活躍していくものだと!?

「それは僕の予定には入っていないねえ」

「なんでだよ! S級の活躍する場として王都以上に相応ふさわしいとこはないだろ!?

 アレオくんは、僕がS級冒険者として邁進することにこだわっているようだが、僕の冒険者人生はあくまで地元に貢献することを主題としている。

 等級がその助けになればと思い昇格にチャレンジしたので、けっして昇格はメインではないのだ。

「くっそー、エピクらと一緒に大冒険が待ってると思ったのになー」

「仕方ないわよ、ヒトにはヒトの人生プランがあるんでしょう? 私たちも焦らずに私たちなりのペースでいきましょうよ」

 彼の恋人に当たる魔導士エリーさんが言う。

 突っ走り気味で不安なところのあるアレオくんだが、彼女が手綱を引いているなら安心だろう。

 彼女も彼女で、同性であるスェルと別れを惜しみあっていたが……。

「さて、それじゃあ王都でお世話になった人との挨拶も済んだし、出発するか」

「えッ、もう? 他にも挨拶すべき人はいるんじゃ?」

 エリーさんが心配げに言うが、そんなこともないはず。

 僕たちの挨拶ミッションはフルコンプだ。

「そんなわけないじゃろう?」

 そう言って僕の肩をガッシリつかんできた老人がいた。

 さすがに唐突なのでビビったが、その老人をよく確認して一安心。

 見知った顔だったので。

「アンパョーネン理事……」

「我ら理事会全体、キミに多大な恩義があるというのに何も言わず去ろうというのは、ちと薄情ではないか? ん?」

 まさか一般冒険者の行き交うこんなところにお出ましになろうとは。

 いや違いますよ?

 ちゃんと挨拶はしようと思いましたけど、ほら偉い人って忙しそうじゃないですか。

「危ないところであったわ。S級冒険者の昇格手続きがすべて終わらぬまま本人にどこかへ行かれてはギルドのメンツが丸潰れ……。まあ、実際はよくあることなんじゃがのう」

「え? 手続きってもう全部終わったんじゃないです?」

 ギルドに認可されて、新しいバッジをもらえば終わりでしょう?

「S級を他の等級と一緒にしてはならん。何せ世界に数人しかおらぬ最上等級ゆえにな。一旦任命されればお祭り騒ぎは避けられぬのじゃ」

「そういうものですか!?

「なので新たにS級冒険者が輩出されれば他等級では行われないような催しも開かれる。おとかな。S級冒険者は国王に拝謁する権利を賜る、義務ともいえるが」

 ふーん。

 王様に。

「国王陛下にッ!?

「はい! えッ!?

 しかし周囲の方が過剰に反応した。

 アレオくんとかエリーさんとか、目を真ん丸に見開いて驚愕している。

「冒険者って、王様に謁見できるんですか!?

「S級ならばな。世界最高レベルの冒険者はダンジョンを踏破し、ドラゴンをも打ち倒し、影響の大きさは計り知れん。その存在は王家とて無視することはいかんのじゃ」

 アンパョーネン理事は説明する。

「それゆえS級冒険者は国王への謁見が慣例となっておる。顔合わせして繋がりを深めようとな」

 それで王様に挨拶しに行かねばならんと?

 っていうか王様って、あの王様ですよね?

 国で一番偉い人!?

 王様が治める国だから王国という!

「で、どうするエピクくん? 国王に会ってくるかね?」

「そんな気軽に!? っていうか聞くんですかそれを? YESかNOか答えていいんですか!?

 仮に『断る』って言った場合通っちゃうものなんですかね!?

「断ってもいいよ。冒険者は自由が本質じゃからのう。たとえ国家の主人とて、冒険者の自由を奪うことはできん」

「あッ、そうですか」

「S級冒険者に登り詰める者ほど変わり者が多いでの。謁見などブッチぎって飛び回るような連中ばかりじゃ。エピクくんがそれに倣おうと全然問題にはならん」

 意外と、僕の方に裁量が任されていた。

「とはいえ、S級冒険者に無視された王家のいらちは大抵ギルドに矛先が向かうがの。そうしたしわ寄せを受け止めるのもギルド理事の務めよ」

「それマズくないです?」

「まあ、現職ギルド理事の何人かが首を差し出せば済むことよ」

 それって辞職って意味ですか?

 まさか比喩表現なしでの正真正銘の打ち首ですか!?

 僕としては会うのか会わないのかどちらが正解なのかはわからなかったが、結局会うことに決めた。

 理事さんに遠回しに脅迫されたこともあるが、王様って言わずもがなで一番偉い人だし、そんな人を無視して後々問題になったら嫌だ。

 僕の中にいつまでも残り続ける小心者の心が、無難な方へとかじを切らせることとなった。


     ◆


 で、会うとなったらその日のうちに王城へ連れてこられた。

「これが王様の住むところ……!?

「メチャクチャ豪華ですぅ~!?

 隣にはスェルも並んでいる。

 既に結婚の申し込みをして、承諾もされてるんだから僕らは一心同体、どこに行くにも一緒。

 さらには冒険者ギルドのアンパョーネン理事も同行。

 この人に一緒にいてもらわないと困る。

 初めて訪れる王城という別世界に、案内人が誰もいないというのは心細すぎる。

 僕がこの王城から生きて脱出するまでアンパョーネン理事には手を引き続けてもらわねば。

「そんな心配せずとも、取って食われたりなどせぬさ。キミたちが日夜潜り続けているダンジョンの方がよっぽど危険であるぞ?」

「僕はダンジョンにはあんまり潜ってないので……」

「そうであった。キミの故郷にある魔の森はダンジョンよりも危険だがな」

 ハッハッハ、と何故か冗談めかして笑う理事。

 そのまま王城の豪勢な廊下を進んでいくと、これまた豪勢な人物へと行き当たった。

 見るからに感じさせる存在が豪勢なのだ。

 僕が今まで出会ってきた人の中でも、薬師協会長さんのような質実剛健さとも、メドゥーサ様のような深遠さとも種類の違う人格のすごみがあった。

「あ、この人が王様か!」

 と一目見てわかった。

 ここでヘマをするわけにはいかず、すぐさま膝を屈して平伏する。

「お初にお目にかかります国王陛下、このたび新たにS級の称号を得たエピクと申します」

「いや……ッ!?

 自分なりにあらかじめ練習しておいた挨拶がちゃんとできたと思ったんだが……。

 しかし国王陛下から返ってきたリアクションは微妙だ。

 それどころか隣に控えるアンパョーネン理事までいたたまれない表情でいる。

「あのなエピクくん、こちらの御方は宰相のブランセイウスきょうじゃ」

「は?」

「王様ではないんじゃ。まあ勘違いしてしまうのも無理はないかもな」

 いやぁ間違えた!?

 一つのミスも許されないと言ったそばから!?

「まあ勘違いするのもわからんではないがな。宰相殿は賢明にして優秀、今この国が平穏なのも宰相あってのことだと評判じゃ」

「やめてくださいギルド理事。誰が聞いているかわかりません」

 冷静にたしなめる宰相様の態度は、なるほど理知的なものを感じた。

「こちらも予定にない場所で待ち伏せして悪かった。この国に新たに現れた俊英を一目見ておきたくてな。冒険者などという勇ましい肩書きの割には優しげな顔つきをしている」

「ははは……」

 僕は苦笑した。

 他の冒険者が聞けば侮辱されたと受け取りげきこうしたかもしれない。彼らにとって『優しい』とは『弱い』ということだ。

 しかし僕自身性格も弱腰だから事実を突かれたというだけのことで、やっぱり苦笑するしかないということだ。

「優しい英雄は民にとっては有り難いものだ。強く勇ましいだけの英雄は、ただ周囲に破壊をくだけの場合もある。国政をあずかる宰相としては、新たなる英雄がどのような気性かは重要だ」

「は、はあ……!?

ぶしつけであったことに変わりないゆえびよう。私などよりも国王陛下との謁見がメインであることだしな。さあ、ここからは私が案内しようではないか」

 そう言って王城の奥へと案内される。

 王様の待つ謁見の間へと。

 宰相様は、高い身分の割に気さくな人だなというのが伝わってきた。

 こういう人が上層部にいるなら、この国も安泰かな? と一たみぐさの視線からごととして思う。

 しかし、その考えを撤回しなければならない出来事がすぐさま起こるのだった。

 それは謁見の間でのこと……。

「これが新しいS級冒険者か? 何とも小さくて頼りなさそうではないか、みすぼらしい」

 と言ったのは、椅子に座った何とも態度の偉そうな小男であった。

 この場にいる誰よりも豪華な服装をして、頭にキンキラの冠をかぶり、尊大な態度ではあった。

「とはいえ、これがS級というのであれば余が使ってやるのもやぶさかではない。おい、余が現国王フリュードゲルンゴズワルド二世である。ひざまずくがいい」

 えー、これが?

 身に着けているものの豪華さに反して、本人に明らかな覇気がないためまったく偉そうに見えない。

 直前に出会った宰相様とまったく印象が正反対だ。

 正直どうしようか迷ったが、一応王様には礼儀を通さないといけないだろうので言われた通り跪く。

「フン、我が国のS級冒険者であるからには何よりも余に忠節を尽くすのだぞ! それがお前の役目と心得るがいい! 何の価値もない平民風情、王たる余が価値を与えてやらねば誰もがクズにすぎぬのだからな!」

 しかし口が悪い。

 宰相様の態度が晴れやかだったものだからすっかり油断したところでこれだよ。

 なので余計にガッカリ感が強い。

「余は王だ! お前ら民は、王である余に仕えることが役目なのだからな! それをゆめゆめ忘れるな! 余の役に立たん民など何の価値もない、即刻処刑してやるから、そのつもりでおれ!」

「国王陛下」

 たまらず……とばかりに口を挟んだのはさっき出会ったばかりの宰相様。

 この謁見の間の脇に控え、その動向を見守っているかのようだ。

「そのようにお気を荒らげてはいけません。陛下の評判に傷がつきますぞ」

「評判だと!?

「お城に上がる貴族はもちろん、市井の民とて陛下の一挙手一投足を見ております。陛下の振る舞いが好ましくなければ、人の心は瞬く間に陛下から離れていきましょう」

「余から離反すると申すか!? そんなヤツはすぐに捕らえて首をねるがいい!!

「そのようなことをすればますます人心は陛下から離れていきます。その末に誰からも支えられなくなった陛下は玉座から転がり落ちていくのみ。もっと他者を気遣いませ」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……!?

 反論できないのか、国王は顔を真っ赤にして唸る。

 その仕草はまるで子どものようだった。そして宰相様は、聞き分けのない子どもに辛抱強く言い聞かせる教師のよう。

「ふん! 民心など、偉大なる余の政略が成ればたちどころに集まってくるわ! そのためのS級冒険者よ!!

「陛下それは……!?

「おい! 貴様らはダンジョンの奥底で竜に会ったそうだな!! しかも伝説に名高い古代竜エンシェントドラゴンに!」

 どうやら僕らに言っているようだ。

 ギルド理事さんたちを救うためにダンジョンに潜った時のことか。

 何故そのことが王様に漏れているかはわからないが、まあ事実なのでうなずいておく。

「よし! では国王が命ずる! その古代竜を討伐するゆえ、我が騎士団に加わりダンジョンに入れ!!

「はあ!?

 何故そういうことに!?

 いきなり古代竜を討伐しろなんて言われて『はいそうですか』となるか!?

「わからんのか!? 鈍いなこのバカめ! そんなことでは余の手足として動くことなどままならんぞ! 精進せよ!!

「はあ!?

「いいか!? 古代竜といえば伝説に登場する存在、その力は神にも匹敵するといわれる! その古代竜を余の勅命のもとに討伐すれば、それはすなわち余の功績! 貴族も民草も、余を崇め奉るであろう!!

「……」

 絶句。

 そんなことのためにエンシェントドラゴンを殺そうと。

 そもそも王様はエンシェントドラゴンの恐ろしさをわかっているのか、地上を飛び回る普通の竜ですら、討伐するにはA級以上の冒険者が必要だ。

 伝説にうたわれるエンシェントドラゴンの能力は、通常ドラゴンより遥か上。

 それを倒そうとなったら、少なくともこの国が抱えるすべての騎士を投入して、そのほとんどを失う覚悟がいるだろう。

 それでも必ず倒せる保証はない。

 そしてそれ以前に、特に理由もなく倒されるドラゴンが可哀かわいそうだ。

「余のダンジョンに竜が住み着いているとは意外であるが、ソイツを殺せば余の勇名も他国までとどろくであろうよ! 殺したドラゴンは標本にして城に飾るとしよう! そして我が国に訪れる他国の使者どもを恐れさせてやるのだワハハハハハハ!!

「やめてください!!

 思わず声が荒くなった。

 国王は、一瞬にして尊大な態度を引っ込めてビクリと震える。

「そんなことをして何の意味があります!? 古代竜は、人間に対し何の迷惑もかけていません! そんな竜を殺すなど人間の方が悪者ではないですか!!

「な、それは……!?

 意見されるとは夢にも思わなかったのか、国王は反論も出ず押し黙る。

「それに……」

 と僕の言葉を継いだのはスェルだった。

 いつも可愛い彼女とはまた違う、そうめいな神子の面影を浮かべて言う。

「アンダーグラウンドドラゴンは、この街にあるダンジョンの主です。彼が死んでしまったら、ダンジョンも消え去ることでしょう」

「なんだとッ!?

 これには国王も顔色を変えた。

 ダンジョンは、様々な素材を産出する宝の源泉だ。

「この王都は、ダンジョンを求めて百年前に移されたものなんですよね。それなのにダンジョンが消え去れば、この都は完全に価値を失いますよ」

「そうなれば無能な国王の名が歴史に刻まれることでしょうな」

 便乗してアンパョーネン理事まで言う。

「なにッ!? それはダメだ! 余は歴代一優秀な王として名をのこさねばならんのだ!!

「では余計なことなど企てずに大人しくしていなされ。ブランセイウス卿は稀代の名宰相であらせられる。卿に支えられていれば陛下はつつがなく治世を過ごされることでしょう」

 そう言われた国王は、何故か表情をゆがめた。

 屈辱と怒りと、そして我がままな子どもが噴出するかんしゃくを詰め込んだような表情だった。

「宰相なんぞに頼って名君になれるか!! 『つつがなく』では足りん! 余は過去未来のいかなる王よりも勝る大名君になりたいのじゃ!! ……おお、そうじゃ!」

 また何か思いついたのか。絶対ロクでもないことを思いついたんだと確信しているが、国王の視線が再び僕らへ向く。

「聞いたぞ! たしか貴様らの住む地には誰も入れぬ魔の山があり、そこには恐ろしい怪物が住んでいると!」

「ぬなッ!?

「その怪物を討伐しよう! そうして我が名声は高まるのだ! ウワハハハハハハ!!

 さらにヤバいことを言い出した!?

 このバカ王、よりにもよってメドゥーサ様にケンカ売るつもりか!? むしろエンシェントドラゴンより数倍ヤバい相手だぞ!?

「そこのS級冒険者! この国王が命じる! 即刻魔の山の怪物を殺し、その首を持ち帰れ! 褒美はいくらでも取らすぞ!」

「嫌です」

「うむうむ! 余の期待を裏切るでな……、何ぃ!?

『わかりました』とでも言うと思ったのか。

 断られるなどじんも思っていなかったのか見事なノリツッコミがさくれつしたが、それもまた見苦しいばかりだ。

「貴様ッ! このものがぁ! 国王たる余の勅命に逆らうか!?

「王だろうと誰だろうと、間違った命令なんか聞きませんよ。僕らの土地に住む山の主には決して敵対してはいけないんです」

 あらゆるほうじょうを与えてくれる女神であると同時に、あらゆる災厄をもたらす魔女でもあるからな。

 メドゥーサ様の支配域に住む人間は皆大きな恵みを頂いて恩があるし、敵対したら確実に殺されるのはギズドーンの一件で証明済みだ。

「人には決して踏み込んではいけない領域があります。魔の山に住む主がまさにそれです」

 今は住んでいないけど。

「王たる余が命じているのだぞ! そちらの方が優先されるに決まっているだろうが!!

「そんなわきゃーない」

「この無礼者がぁああああああッッ!!

 ついに国王、ブチギレる。

 頭に載っていた豪勢な冠を外すと、激情のままに床に叩きつけて粉々にした。

「S級冒険者というから命令してやろうというのに、あれもダメこれもダメと我がままばかり言いおって何の役にも立たんではないか!! こんなヤツに大層な肩書きなどいらん! 等級などはくだつしてしまえ! いや処刑じゃ! 王に逆らった大罪で公開処刑にしてしまえ!!

「お言葉ながら陛下」

 僕の隣から、底冷えするような凄味のある声がした。

 ギルド理事アンパョーネンさんからだ。こんな恐ろしい声を出せるのか。

「冒険者等級の昇格は、我らギルド理事の判断によって行われるもの。それに介入する権利も、まして剥奪する権利も国王にはありませぬ」

「余は国王だぞ! 余にできぬことはない!」

「であれば我ら冒険者ギルドは王家とたもとを分かち、独自に活動していくまで。独立こそがそもそも冒険者の気風ですからの」

「ひげッ!?

 理事さんからの強烈な反抗に国王はされた。

「エピクくんも、このような無理強いに付き合う必要はないぞ。S級冒険者の名声は、部外者が考えているより遥かに大きい。他国に移っても大歓迎を受けることであろう」

「げへぇッ!?

 それを聞いて狼狽うろたえる国王。

「バカなことを言うな!? せっかくのS級冒険者が他国へ逃げたら、余の評判がガタ落ちではないか!!

「冒険者は本来根のない浮草、ゆえにこそ暗君の下から離れ、名君の下に集まるのでございます」

「ウソをつくな! 余は名君じゃ! ならばS級冒険者どもも百人は余の下へ集うべきじゃろうが!!

 S級冒険者はそんなにたくさんいねーよ。

 このあからさまな暗君との対面は、もはやどういう方向へ流れていくか見当もつかないままに暴走していく。

「ええい! なんでもいいから殺してこい! ドラゴンでも、山の主でも! そして余の名声を高めるのじゃ!!

「それは依頼ですかな? 冒険者を走らせるのであれば、ギルドを通したクエスト発注となりますが?」

「そんなこと知るか! お前らでよきようにはからえ!!

「であればお断りいたします」

 きっぱり決然と断固拒否。

「我ら冒険者ギルドは、冒険者の安全と倫理を考えてクエスト受注の可否を決する職務があります。陛下からの依頼は、あまりに危険が大きく冒険者の生命を脅かす上、仮にクエストが遂行されても特に利益はありません」

 労多くして功少なし。

 ハイリスクノーリターン。

「そんなクエストを冒険者たちに負わせるわけにはいきません」

「何を言う! 巨大な竜や怪物を殺せば余の名声が上がるではないか! これ以上の利益はない! 冒険者など所詮定職にもつかん宿無しの集まりであろう! 余のために死ねるなら本望ではないか!!

 冒険者全員に対する、あまりにもな侮辱である。

 これには黙っているわけにはいかない。最悪『消滅』スキルを使ってでも発言を撤回させようとしたが……。

「陛下、今の発言は撤回なさってください」

 先に切り出した人がいた。

 宰相のブランセイウス様だ。

「冒険者も立派な陛下の臣民。我が国の民に死んでもかまわぬ者など一人としておりません。まして冒険者は危険に飛び込んで貴重な素材を持ち帰ってくる、社会にいなくてはならないもの。彼らを敵に回せば国は立ち行きませんぞ」

「ぐな、なななななな……!?

 国王はしどろもどろになりながら……。

「何をバカな! 民はすべて王である余のしもべ! しもべが敵になるなどあるわけがない!!

「法ではそう決まっています。すべての民は王に従うのだと。しかし人には意思があるのです。その意思が反すれば、法を破ることをもいとわぬのが人なのです」

 淡々と言い含める宰相様。

「だからこそ人がおのずから法に従うようにすることが為政者の務めなのです。法で決めれば誰もが無条件に従う。そう思うのは権力者のおごりです。そのような驕りに惑わされた王侯が、謀反なり革命なりで滅びた例も陛下は家庭教師から習ったはずではありませんか?」

「煩い! 勉強の話など聞きとうないわ!!

 見た目通りに勉強が嫌いそうな国王。

 やはり王者のかんろくというのはあの宰相様の方から漂ってくる。

「とにかくS級冒険者が出てきたんなら余のために働かんか!! ドラゴンを倒せばダンジョンが消えてしまうんなら仕方ない、特別に生かしておいてやるわ! 代わりに山の主とやらを殺してこい!!

「だーかーらー」

 何回同じやりとりをすることになるのか。

「そっちもそっちでヤバいんですよ。山の主と敵対したら片っ端から呪いをかけられるんですよ?」

 そうでなくとも大事なスェルのお母さんを倒すなんて真っ平ごめんだ。

「はっはっは! 何を言う大バカ者が!!

 国王は取り合わない。

「この神聖なる国王として生まれた余が、呪いなど受け付けるわけがなかろう! 下々の者と一緒にするな! バケモノの呪いなどたちどころにはね返し、王の偉大さを知らしめてやるわ!! わっはっは!!

 結局話にならず、話題に決着を見ないまま国王から下がった。

 僕とスェル、そしてアンパョーネン理事は並んで王城の廊下を歩いていた。出口へと向かって。

「本当にすまんかったのうエピクくん。恩人であるキミたちに、また不快な思いをさせてしもうた」

「気にしないでください」

 理事さんに悪気はないのはわかっているので。

「現国王はあのように聞き分けがなくていかん。謁見も早めに切り上げるつもりがあのように無理難題をふっかけてくるとはのう」

「あの……大丈夫なんでしょうか? 本当にママへの討伐が……!?

 スェルは、実の母親のことなので心配しないわけにもいかない。

「気に病むことはない。見ての通りいい加減なお方ゆえな。こちらがのらりくらりとかわしておればそのうち忘れてしまうよ」

「一国の主がそんなんでいいんですか?」

「いいともいいとも。実質今この国を支えておるのは、この御方じゃ。お飾りの王がどれほど愚鈍でもかまわんというのが、この国の幸なのか不幸なのか……!」

 一緒になって廊下を歩くもう一人、宰相のブランセイウス様がいる。

「今日のことは本当に申し訳がない。私が宰相の権限をもって、ムチャクチャな命令が執行されないように取り計ろう」

「ブランセイウス卿に任せておけば何の心配もない。今日もな、本当にキミたちに引き合わせたかったのは国王ではなく彼だ。もしこの国に何かしらの災いが起こった時、エピクくんとブランセイウス卿が顔見知りであることが有利に働くと思ってのう」

 そう言われて宰相様が苦笑を浮かべる。

 偉い人って大抵おじいさんなのだがこの人は若々しく、舞踏会で女性の人気を独占しそうな美貌を備えていた。

「……我が王は、自分が凡庸であることに耐えられないのです。だからこそ何かしらの成果を上げて、歴代の王に劣らぬ名声を刻もうとする」

「民草としては迷惑千万じゃがのう。この時代、慢性的なモンスターの脅威はあれども他国間の戦争はない。平地に乱を起こそうとする為政者ほど迷惑なものはない」

 アンパョーネン理事の言葉は心底からにじみ出てくるようだった。

「特に政務については宰相殿が一手に引き受けてしまうゆえに、余計自尊心が逆なでされるのであろう。そんなに褒められたいならご自身も真面目に政務に打ち込めば……、と思うが、あのような御方に世をまわされてものう……」

 そう言ってため息をつくアンパョーネン理事が、いつもよりずっと老け込んでいるかのようだった。

「陛下がいかように振る舞われようと私が全力でお支えしよう。民にもとばっちりが当たらぬようにな。……エピク殿」

「はいッ!?

 宰相様に呼ばれて、背筋が伸びる。

 あの国王になんか言われるより数倍プレッシャーだ。

「陛下との受け答えは見事だった。優しげな印象ではあったが、必要な時にはしかと我を通せるのだな。さすがはギルドが認めたS級冒険者だ」

「有り難き幸せ!」

「キミの力が必要な時は、ギルドを通して依頼させてもらう。その時は是非とも前向きに検討してほしい。キミのような逸材がいることを、この国の安心材料にしたいのだ」

 宰相様は真摯な視線で向き合ってきた。

 かつてギルドでは役立たずと罵られてきた僕が、こんな立派な人から頼りにされるなんて……。

「僕は、自分の生まれ育ったエフィリトの街を愛しています。あの街が一部に入るのであれば、この国の危機にも駆けつけます」

「頼もしい」

 宰相様に顔と名前を覚えてもらった。

 そのことを今日の成果に、僕たちは王城をあとにした。


     ◆


 ここからは、話の本筋と関係ない後日談だ。

 今語っておかねば永遠に語る機会もないだろうので記しておく。

 メドゥーサ様を殺せなどと騒ぎ立てていた国王。

 たとえ相手が誰であろうと敵対する者に容赦のない女神は、当然報復の牙をいた。

 呪いなんぞ意味がないなどと笑っていた国王が、ある日突然壮絶な不審死を遂げた。

 それは大勢の王侯貴族が集まる式典の日。国王はその中心でその場にいる全員からたたえられるはずだった。

 そこでいきなり国王は失禁した。

 漏れ出た小水に、高価な衣装がれ染みる。しかし衣装は真っ赤に染まった。

 国王が下半身から漏らし出したのは小水ではなく鮮血だった。

 わけのわからないまま式典の参列者も、国王本人も混乱し、現場は騒然とした。

 苦痛も伴ったのだろう、国王は叫びのたうち回りながらそれでも血を漏らし続け、衣装の下半分を真っ赤に染めながら、床までも赤い液体を広げた。

 慌てた医師らが駆け付けはしたが、それよりも早くにすべての血液を下から漏らし、干からびるようになって国王は死んだ。

 死因は失血死とも、体中の水分を失っての渇死とも言われた。

 このあまりにも奇怪な不審死は、歴代のどの王よりも不可思議で印象に残り、歴史書には彼のことを指して『血尿王』と記されることになった。

 彼は望み通り、歴史に二つとない名を刻んだのである。