◆【ギズドロビィー視点】◆


 現役ギルド理事の一人ギズドロビィーは、野心家であった。

 その点かつてのエフィリト冒険者ギルドマスターであったギズドーンも同様だったろう。

 彼らの決定的な違いは、その野心を成し遂げうるに相応ふさわしい知恵を持ち合わせているかどうか。

 ギズドロビィーにはそれがあり、ギズドーンにはなかった。

 それゆえにギズドーンは、しき知者の先代が残したもうけの仕組みをまったく理解せず、瞬く間にムチャクチャにして崩壊させてしまった。

 そもそもマスター時代のギズドロビィーは、自分ののし上がりの筋道を立て、順序良く進もうとしていた。

 そんな彼にとって新人エピクとの出会いは、まさに神の賜物だったであろう。

 高い能力を持ちながら、その価値にまったく気づいていない世間知らずな少年。

 彼をく使えば自分自身の栄達にもなると、抜け目ないギズドロビィーが考えないわけがない。

 それでも最初は真っ当な考えで、若いエピクに目を掛けてA級冒険者にまで育て上げて、その功績でもってギルド理事にのし上がろうという計画も組んだ。

 しかしすぐに却下した。

 上級冒険者への昇格はあくまで冒険者当人の手柄であり、ギルドマスターの功績とはされにくい。

 同一マスター指揮下にあるギルドから数多く昇格すれば話も違うだろうが、エピク一人を大事に育て上げたところでマスターに帰する利は薄い。

 そう考えて別のプランに切り替えた。

 むしろエピクの才能を使って使い潰して、そうして巨万の利益を生もうと。

 そう考えたギズドロビィーはまず、エピクの能力にケチをつけ徹底的にこき下ろし、彼の自尊心をへし折った。

 そうして扱いやすい奴隷にしてから、危険なクエストを薄給でこなさせる。

 たちまち大金が流れ込み、エピクに入るはずの取り分をすべて自身が独占し、懐へとい込んだ。

 その金は、彼の猟官運動資金とされる。

 中央へ盛んに働きかけ、味方を増やし、ギルド職員が登りつめる頂点ギルド理事へとなるために。

 大願成就し、ギズドロビィーはついに中央から呼び戻され、晴れてギルド理事を名乗れるようになる。

 そうなればエピクは用済みだった。

 古巣ともども捨て置かれる。権謀術数渦巻くギルド理事会においては、逆に命取りとなりえる不正の証拠とは完全に切り離されるべきであった。

 彼に誤算があるとすれば、自分の後任となったギズドーン。

 彼のギルドマスター就任にもギズドロビィーは多少関わっていた。

 みずからがギルド理事に就くにあたり、その協力者となった一派に様々な見返りをしなければならなかった。

 そのうちの一つとして協力者一族にいながらうだつの上がらなかったギズドーンの出世の世話をした。

 彼が古巣に残した不正システムは、明るみになれば確実にダメージとなるが、同類にあとを任せれば露見の心配もなく、憂いもない。

 むしろ彼が残したシステムを利用すれば、どんな無能でもすぐさま出世できるだろうし、貸しを作って将来自分のために働かせることもできるだろうと期待もした。

 しかし彼でも見抜けないことはあった。

 知者にも善悪の別はあったが、ギズドロビィーのような悪しき知者にも、愚者がどれほど想像を絶する愚かなことをするかなど見抜きようがなかった。

 ギルドマスターの立場から見ればすぐにわかるであろうエピクの価値に気づかず、役立たずとして追放。

 さらには報酬着服のシステムまでも気づかずに崩壊させた。

 ギズドロビィーにとっては『言わなくても気づくだろう』と思いあえて触れなかったことが完全にあだとなる。

 彼の旧悪は無様に露見し、かつて自分がいいように利用した無知なる子どもが今、たくましきS級冒険者となって目の前にいるのだから。


     ◆


 そして今。

「今の話は本当かなギズドロビィー理事」

 彼に迫るのは、ギルド理事会の中でも古株のアンパョーネン。

 ギルドの良識派などという呼び名を持つ、ギズドロビィーからみればおじつような偽善者であった。

 ちなみにギズドロビィーにとっては自分の悪事を邪魔する者は皆等しく偽善者である。

「もしエピクくんの言うことが本当なら、キミは許されざる不正を行ったことになる。報酬の着服も、冒険者への不当な評価も、ギルドに命を預けてくれる冒険者からの信頼を損なうことじゃ」

「な、何を言うのかな? 根も葉もない推測でヒトを批判するではないぞ?」

 ギズドロビィーはとぼけた。ここはシラを切って逃げ通すしかないと判断した。

 どんなに見苦しかろうとこの場さえ乗り切れば、あとは裏から手を回して証拠隠滅できる。

「不正とも言うが、その根拠はそこの小僧の証言のみであろう? そんなあやふやな根拠でギルド理事が動くなど聞いたことがない! もっと慎重に動かねば王都中の笑いものになりますぞぉ!!

「忘れたかギズドロビィー。エピクくんはたった今S級冒険者となった。そしてS級冒険者の発言力は我らギルド理事と同等だ!」

 他の理事も非難めいた口調で言う。

 今の自分の置かれた状況が、想像以上に悪くなっていることにギズドロビィーは気づいた。

「そのエピクくんが問題提起するからには我々も誠実に対応せねばならん。何より彼は我々全員の命の恩人なのだからな」

「くッ……!?

 ギズドロビィー自身、ギルド理事として呪いにさいなまれていた一人であった。

 人一倍自分の痛みだけに敏感な彼は一日中のたうち回り、アンパョーネンのように鋼の意志で状況報告を受けるなど土台無理であった。

 回された解呪薬でなんとか回復したものの病み上がりのまま参加した理事会ではいつものように聞き流すばかりだった。

 ここで少しでも真面目さを発揮していたら、彼の困難は避けられたかもしれない。

 しかしずるがしこさをもっていくら報いから逃れようとしても、結局いつかは追いつめられるものだった。

「もちろん充分な調査は必要でしょう。それは僕らの街の方で進められています」

 エピクが言った。

 ギズドロビィーにとっては利用する奴隷でしかなかったはずの子どもが。

「ギズドーンは、山の主にまで触れようとしました。だから街全体が怒っています。ギズドーン本人にも、ヤツの勝手を許したギルド理事会にも」

「ふへ……ッ!? まさか理事会を襲った原因不明の病は……!?

 気づいた時にはもう遅い。

 ギズドロビィーは心の底で自分の後任を罵った。『この無能害悪が!!』と。

 悪徳ではあっても愚かではないギズドロビィーは、エフィリトの街全体が恐れる山の主の危険さも本能的に察知して、けっして安易には扱わなかった。

 だからこそ無事勤め上げることができた。

 しかしながら彼のあとを継いだ後任ギルドマスターは、そうした用心とはまったく無縁。

 悪事は、自分一人がしっかり気を付けていればバレるものではないと、そう思い込んだ彼もまた浅はかだったろう。

「違う! ワシは……ワシは関係ない! ギズドーンのアホがすべて一人でやったことじゃ!!

 ギズドロビィーにできる最後の手段は、せめて責任のすべてを死んだギズドーンにかぶせる以外になかった。

「前任として、我が古巣で起こったトラブルの数々には遺憾に思う! ワシも原因究明に全面協力しよう!! それをもってワシは前ギルドマスターとしての責任を……!?

「そうしてギズドーンが全部悪かったように工作するんですか?」

 鋭く遮ってくるのはエピク。

 先ほどからカミソリのように切り込んでくる少年に、ギズドロビィーはおののいた。

 彼の記憶にあるエピクと、目の前のエピクが一致しない。

 洗脳により徹底して自己を潰し、マスターに依存するように仕立て上げた最高の手駒。

 それが台無しであった。

 一体誰がエピクの利用価値を無惨に潰してくれたのか、余計なマネをといらつギズドロビィー。

「仮にすべての罪をギズドーンに被せたとしても、僕に向けられた不当な評価は、間違いなくアンタがしたことだ。その責任をS級冒険者として追及させてもらいます」

「バカなッ!!

「受けた恩も仇もうやむやにするなと僕に教えてくれた人がいます」

 だからそれは誰だとはらわたが煮えくり返るギズドロビィーだった。

「エピクくんは満場一致でS級に採択されるほどの逸材。その才を見抜けなかったというのはギルド理事として致命的ですなギズドロビィー殿?」

「アンパョーネン!? 待ってくれワシは……!?

「いや、満場一致ということはアナタもエピクくんの昇格に賛成したのですかな? これはおかしい心変わりですのう? アナタから見てエピクくんは役立たずだったのでは?」

「それは……、あの……!?

 追いつめられるほどに上手い言い逃れもできずしどろもどろとなる。

 エフィリト街では誰にも見咎められず悪事を遂行できた彼も、一旦後手に回ると踏みとどまりきれない。

 所詮はその程度の悪党でしかなかった。

「この心境の変化に説明がつけられないなら、貴公からはもっと詳しい事情を聞く必要がありそうですな。……衛兵」

 アンパョーネン理事が呼ぶとドアを開け、数人のいかめしい男たちがれ込んできた。

 ギルドが雇う警備兵たちであった。

「ギズドロビィー理事をギルドの査問に掛ける。身柄を拘束し、終日の監視下に置きなさい。事実確認の取れ次第しかるべき罰を受けてもらう」

「ま、待て! 何を根拠に!? 横暴だ陰謀だ!! 悪いのはすべてギズドーンだ!! ワシは何もしていない! ワシは無実だ! ワシはギルド理事だぞ! ワシを助けろ! 助けろぉおおおおおッッ!!

 見苦しく泣きわめきながら引きずられていくギズドロビィー。

 彼は狡賢く、自分の悪事を上手く消してきたが、結局最後まで報いから逃げ切ることはかなわなかった。