無事モンスターを退治したあと、馬車は再び進み出す。

 無鉄砲冒険者アレオくんが負った足のは案外と深かったが、スェルが傷薬を塗っただけですぐさま回復した。

 あとが残らぬほどに。

「すげえッ! もしかしてエリクサーか!?

「ただの傷薬ですよ」

 こともなげに答えるスェル。

 そのあと付け足すように小声で『……ママに教わった成分が入っていますけど』と言うのを耳に捉えたのは多分僕だけ。

 いや案外パックリした深手だったはずなのに、完全に塞がっている。

 副作用が心配になってくるレベルの覿てきめんの効き目。

「すげぇやキミたち! エピクはモンスターを一発で消せるちゃちゃなスキルを持ってるし、そっちの彼女は一流の調合師か!? 王都でも絶対通用するレベルじゃないか!?

「喜んでないでお礼言いなさい! アナタもう少しで命がなかったのよ!」

 恋人の女魔導士さんが叱りつけるが本人あんまりこたえていないご様子。

 危機感の欠如と取るべきか大物と感嘆すべきか……!?

「なあやっぱりオレたちと一緒に組まないか!? そして一緒に冒険者の頂点まで駆け上がろうぜ!!

 すっかり興奮してしまった同乗者に熱烈勧誘を受けながら、王都までの道のりを進まなければいけないのかと少しげんなりしてしまったが、その日の昼過ぎには王都に到着した。

 なんで?

「お父さんの話では、王都まで行くのに二十日はかかるんでは……!?

「まだ十日そこそこしかってないのに……!?

 予想外の出来事にぼうぜんとしていると、一仕事終えた馬車馬をきゅうしゃへ入れようとしていた御者さんが……。

「アンタたちアレだろ? 一日も休憩挟まずに来たんだろ?」

「どういうことです?」

「馬車に一日中揺られてたら腰がガタガタになるぜ。だから大抵一日ずつ休憩して回復させるもんなんだよ。連日乗り続けるなんてよっぽど急ぎの用事でもあるんじゃないかと思ってたぜ?」

「マジで!?

 くっそ……! それで休憩抜いた分早く着けたってわけか?

 しかし予定が早まったところで全然うれしくない、この腰の痛みが。

 スェルだってここ数日ずっとお尻を押さえて、椅子に座る時なんかひな鳥に触るように慎重な動きだった。

 あの苦痛の意味は何だったんだ!?

「……帰りはゆっくり移動しましょうね」

「一移動につき二日の休養を取ろう」

 スェルと心が一つになって、まあ気を取り直してさっそく王都にやって来た目的を果たそうと思ったが、やっぱりその前に休みたい。

 早めに宿を取って二日三日は寝たきりになってガタガタの腰を回復させる。

 そう思ったのに……。

「ようし! すぐに王都ギルドで移籍届をするぞ! エピクも行こうぜ! 助けてくれたお礼に案内してやるよ!」

 めっちゃ押せ押せ気味のアレオくんに引っ張られる僕だった。

 待って! やめて!

 だから僕たちは先に休みたいの!!


     ◆


 抵抗むなしく、引きずられて着いた先は王都にある冒険者ギルド前。

 どうしてこんなにトントン拍子に進む?

 僕らそんなに生き急いでいるわけでもないのに。

「うわあああああッッ!! でっけえええええええッッ!?

 くたびれてる僕らの横で、無鉄砲アレオくんがただひたすら感嘆の声を上げた。

「王都になるとギルドの建物も豪華になるんだなあ! まるでお城じゃないか!?

「ホントに。ここまで大きくしてちゃんと使えてるのかしらねえ?」

 同行(?)のカップル冒険者がまさしく観光客そのものな感想を述べている。

 それを一歩引いたところから観察し……。

「王都のギルドは理事会の運営本部も兼ねているらしいから、それゆえのこの大きさじゃないのかな? 僕らの街の総督府より大きい……!」

「じゃあ、まずはエピクさんの用事の方から済ませる感じですね。エピクさんならきっと合格できますよ!!

 明るく励ましてくれるスェルだが、うむまあどうだろうなあ?

 A級でしょう?

 全世界数千数万といる冒険者のうちでたった数十人といわれる最上階級に、僕が果たしてなれるのかなあ?

「なれなくてもガッカリなんかしませんよ。街の皆はエピクさんが大好きなんだから受け入れてくれます」

「ありがとう……!」

 人情の温かみを再認識した上で、僕たちはギルドに入った。

 何故なぜかって言うと、あのアレオくんとその彼女がガンガン先に進んでしまうから。

 急いで追わないと引き離される!!

 王都の冒険者ギルドに入り、早速移籍申請を届け出るアレオくんとその恋人。

 しかし非情な現実が彼らに襲い掛かった。

「当ギルドでは現在移籍を受け付けていません。速やかにお帰りください」

 受付のお姉さんから告げられる事実。

 それにアレオは持ち前の豊かな感情でオーバーリアクションを取る。

「どどど、どうしてっすか!? 元の所属ギルドからの移籍許可証はあるっすよ!? これがあるなら移籍OKじゃないんすか!?

「……はあ、これだからモノがわからない田舎いなかものって嫌よねえ」

 王都のギルド受付嬢は、いかにも悪い感じで……。

「田舎で勘違いしちゃった? 狭い世界で最強になって自分の実力が中央で通用するとでも? そういう可哀かわいそうな子に教えてあげる。ここは王都の冒険者ギルド。世界中の強者が集まる最高峰のギルドなのよ。へきの腕自慢程度が生きていけるぬるい世界じゃないの」

 受付嬢からの歯に衣着せぬ言葉にアレオはひるんだ。

 僕はその背後から成り行きを見守る。今は言いたいだけ言わせるターンだ。

「実際アンタらみたいな田舎者は毎日のようにやってくるのよ。『オレはどこそこの村で最強だったんだ』『王都でもすぐにトップに立ってやる』ってね。でもそういうヤツらのほとんどが中央のハイレベルにぶち当たって、乗り越えられずに脱落していくの。所詮田舎のレベルなんてその程度なのよ」

 完全に相手を見下す口調。

 そのめきった口ぶりに、かつて僕たちの街でギルドマスターだった男が思い出される。

「移籍手続きやら案内やらで無駄な手間をかけさせられる私たちの苦労も考えなさいよ。ってわけで、現在王都の冒険者ギルドでは田舎街からの冒険者移籍は一切受け付けをお断りしていまーす。どうぞお引き取りくださーい」

 アレオが提出した移籍許可証と思われる紙をビリビリと破る。

 それを目の前で見せられる彼は、けっこうなショックだろう。

「そんな……、そんな……!?

「ここは選ばれた者だけが所属できる王都冒険者ギルド。アンタらみたいなイモ臭い田舎者はいちゃダメなのよ。……そっちのアンタもわかったらさっさと帰りなさい」

 と言うのは僕に対してかな?

 どうやらそのようだ。王都受付嬢の侮りきった視線がこちらを向いている。

 アレオは涙目でうつむくばかり。それを恋人のエリーさんが気づかわしげに寄り添っている。

「エピクさん……!」

「わかっている」

 僕はアレオに代わり、この傲慢受付嬢の前に進み出た。

「申請を行いたいんですが、この様子じゃ受け付けてもらえなさそうですね」

「わかってるじゃない。田舎者が現実を思い知るお手伝いなんてやってるほど王都のギルド職員は暇じゃないの。わかったらとっととお帰りくださる? アンタたちのいるべき臭い田舎にね」

「わかりました」

 僕は、一枚の書類を突きつけた。

 ヘリシナさんや都市議会の皆さんから預かったものだ。

「エフィリト街の冒険者エピク。同街のギルドマスター代行および都市議会の承認を受けてA級冒険者の承認審査を受けに来ましたが、受付嬢から不受理されたので帰ります」

「え?」

 途端、王都傲慢受付嬢の顔色が変わった。

「A級冒険者? 都市議会からの承認? え? え?」

「単なる移籍申請と違い、A級への承認審査は理事会にしっかり話が通っているものと聞きました。つまりアナタは理事会が決めたことを、アナタの一存で却下したってことですよね。よくわかりました」

 よくわかりました。

「このことは街に帰ってシッカリと報告しておきます。それでは、さようなら」

 僕は、うなれるアレオの肩を抱きかかえて出口へと向かう。

 その恋人のエリーさんはスェルの方が引っ張っていく。

「スェル、あの受付嬢の名前覚えた?」

「バッチリ、名前だけでなく顔つきも服装も、受付時間帯もメモっておきました。今日のてんまつと一緒に都市議会に報告しておきましょう」

 そんだけ情報あれば本人特定はバッチリだね。

 まあ、今日のことが伝わったら僕らの街の議員さんたちはどれだけ怒り狂うやら。

 自分たちのメンツに泥を塗られたようなものだからね。

 前任ギルドマスターの件も合わせれば充分ブチギレ案件となるだろうし、いっちょ田舎街の意地を見せつけてもらおうじゃないか。

「待って……、ちょっと待ってよ!! A級冒険者の審査資格持ちを門前払いにしたなんて、そんなこと知られたらギルド職員をクビになっちゃう!? 待ってください! 今担当者に引き継ぎますんで!!

「いいえ僕は受付拒否されたんで諦めて帰りまーす」

「待ってってばああああッッ!! せっかくの高給職がなくなるうううッ! 上級冒険者と結婚して悠々自適に暮らすアタシの人生プランがああああああッッ!?

 カウンターを乗り越えて追いすがってくる受付嬢だがまったく取り合わない。

 薬師協会長さんからの教えだ。

 対人関係、信用を築くことも大事だが、それと同じくらいに舐められるのを絶対に許してはいけない。

 舐めてくるヤツは、いとも簡単に他人の持ち物を奪い、無駄にして、それでいて悪びれることはない。

 もし自分のことを舐めてくるヤツがいたら徹底的にやり返さなければいけない。

 一番調子に乗っているところでドン底までたたとし、他人を舐めることの危険さを教えてやらねばならない、と。

 僕はその教えを忠実に守るので、もう以前のように理不尽なことがあっても黙り込んではいない。

 自分一人我慢していればすべて丸く収まる。

 そんな考えは間違いだということを、僕は学んだ。関係ない人々へ被害が広がる前に、トラブルの元となりそうな人は根性を叩き直させてもらう。

 とりあえずその日は宿屋に泊まり、馬車のガタガタでいわしてしまった腰をいたわる。

 スェルも隣のベッドで充分に尻をいたわっていた。

 しき偶然で同道した冒険者アレオも宿の隣の部屋に泊まっている。

 あの傲慢無礼なギルド受付嬢のお陰で『王都で一旗揚げる』という夢を早くも断たれた。

 それは当然ながらショックだったようだ。

 彼の恋人エリーさんに傷心を慰めてもらう声が、夜通し壁越しに聞こえてきた。

 そんで翌朝。

 早くも冒険者ギルド側に動きがあった。

 僕のことを訪ねてきたのは、よさげな身なりのオジサンだった。

「ギルド理事アンパョーネンが秘書レッパルスと申します」

 やけに整った口ひげが印象的な男性が、恭しく頭を下げる。

「エフィリト街の冒険者エピク様ですね? そしてそちらはかつてのA級冒険者『赤烈』のバーデング様のご令嬢スェル様と伺っております」

「はひッ」

 スェルがおびえて変な声になった。

 この人まあ、こっちの個人情報をスラスラと……。

「僕らがこの宿に泊まっていることもよく突き止めましたね」

「エフィリト街の方々は重要なお客様です。我々が派遣したギズドーンの醜態。何よりまずはそのことをおびいたしたく……!」

 ギズドーンはたしか失踪した前ギルドマスターの名前だったはず。

 お偉い中央様はあれくらいの失態何事にも感じていないのかと思ったが、一応負い目にはなっているみたいだな。

「その件にて謝罪も済まないまま、当方でまた失礼な対応があったと伺いました。重ねてお詫び申し上げます」

「お偉いギルド理事会の人たちが簡単に頭を下げるんですね?」

「理事会は偉くなどありません。全世界に散らばる冒険者ギルド、それらをつなぎ連携を密にする。それだけが役割の組織にすぎません。まして私自身は理事ではなく、その下につく者、ますます偉ぶる理由などありません」

「ご立派な態度ですが、そうは思っていない人も王都のギルドにはいるようだ」

「先日アナタ様たちに対応した受付嬢のことですね? その件は大変失礼いたしました」

 正確には失礼ぶっこかれたのは僕じゃないけれど。

 被害者は、そっちのアレオくんたちだ。

 早朝、一緒に朝食をとる彼らは図らずもこの場面に居合わせ、ギルド理事関係者が頭を下げるというな事態に驚いて、呆然としている。

「その件についてご説明させていただければ現在、王都の冒険者ギルドにおいて移籍希望者を拒否する規則はありません。申請を吟味し、要件を満たしていなかった場合お断りする事例もありますが、何の検討もなく拒否することはギルドの就業規則と照らし合わせても絶対にありえないことです」

「しかしここにいるアレオくんは実際に拒否されました。彼が所属していたギルドから渡された移籍許可証を目の前で破られましたよ」

「それは対応した受付嬢の独断です」

 淡々と質疑応答がなされる。

「ここ王都は国の中心であり、自然他のギルドよりも多くの移籍希望者が来訪します。移籍申請の受付作業も多く、彼女はどうやら同じ作業の繰り返しに飽き飽きしていたようです。それで自分の判断で即時却下を」

「そんな判断が許されるんですか?」

「当然許されません。我々は今回の事例を深く受け止め、再発防止に全力で取り組むつもりでいます」

「先のことは知りません。僕らは今現在のことにすぐ動いてくれることを希望します」

「と言いますと?」

「ここにいるアレオくんとエリーさんの移籍をすぐに承認してください」

 そう言うと隣で見守っていたアレオくんが、目を丸くする。

 元々驚きで見開かれていたが、さらに驚いて大きく見開く。

「彼らは情熱を持った冒険者です。彼らは王都のギルドでやっていけるかどうかチャンスだけでも与えてほしい。お願いします」

「エピク殿からの希望となれば、我々は最優先で取り組みましょう」

 なんか僕からの要求がズバズバ取り入れられる?

 ここまで言いなりだとかえって怖いよ。

 A級冒険者の候補ってだけで、ここまで下手に出てもらえるものなの?

「それからもう一つ、先日エピク様に無礼を働いたギルド受付嬢ですが……」

「あの問題の」

「今日付けで解雇いたしました」

 そこまで!?

 たしかに本人が『クビになる』とか言って泣きわめいていたが、まさか本当に解雇されようとは。

「これで彼女がエピク様を不快にさせることは金輪際ないとお約束いたします。つきましては……」

「はい?」

「我々の招待に是非とも応じていただきたい。我があるじがアナタ様の来訪を心待ちにしております」

 なんだか怖くなったが、ここまで向こうに折れてもらって無下にはできない。

 この招待には応じるべきだろう。

「わかりました、できればスェルも……」

「スェル様にも是非ご同行いただければと思います。我が主はアナタ方二人にお目にかかることを心より待ち望んでおります」

 ここまでお膳立てがしっかりしているの!?

 本当にどういうことか。

 相手の思惑が読めなくて怖くなってきた。

 とにかくこうなったらもう会うしかない。

 スェルにも一応目配せして意思の確認を取るが……。

「行きましょう。エピクさんのA級昇格は、街の皆が望んでいることです。やっぱりちゃんと会って正式に認定してもらわなきゃ」

 それもそうだな。

 僕自身あまりA級になろうというモチベがなかったので、昨日は相手を揺さぶる材料に審査を使ってしまったが。

 僕がA級冒険者になることに街の皆の期待がかかっているんだ。

 そういう意味でも招待に応じないわけにはいかない。

「アレオくん」

「はいッ!?

 これから別行動となりそうなので声をかけておく。

「と言うわけで僕らはギルド理事に会いに行ってくるけれど、キミらは移籍試験頑張ってね」

「ギルドには話を通しておきますので、今日からクエストを受けることができると思われます。アナタの王都でのご活躍を期待しております」

 秘書さんまで付け加えて、これはもう完璧にアレオくん頑張らなきゃいけない雰囲気。

「エピク……! お前、本当にすごいヤツだったんだなあ……!?

「そんなことないよ、ただのD級冒険者さ」

 今の時点では。

 それがA級冒険者にチェンジできるか否かは、これからの判断と行動にかかっている。

 まずはこれから会うギルド理事がどんな人か……!?


     ◆


 僕たちが案内されたのは、意外にもギルドの建物じゃなかった。

 昨日訪れた場所と違うのですぐにわかった。

「こちらはギルド理事アンパョーネンの私邸になります」

「私的な邸宅!?

 それって、いきなり仕事スペースじゃなくてプライベートな空間に呼ばれたってこと!?

 なんですかその油断ならないもてなし方!?

「こちらも失礼は充分承知しております。ですが現在、我が主は公共の場に出ることのできない状態にあるのです」

「どういうこと!?

「一目見ていただければ……」

 秘書の人はそれ以上何も言わずに、僕らを屋敷の奥へといざなうのみ。

 そして充分に奥まったところまで引き込まれたと思ったら。

「こちらが我が主人の寝室になります」

「寝るところ!?

 ますます何なの。

 僕らの戸惑いも介さず秘書さんはドアをノックし……。

「旦那様、レッパルスにございます。入室いたします」

 開かれたドアから室内の様子をうかがってすぐに納得することができた。

 ベッドに男性の老人が横たわっている。

 体調が悪いことが一目でわかった。顔色が悪く顔中に脂汗が浮かんでいて、呼吸も乱れている。

 かたわらで看護するメイドさんがいるが不安なのか、彼女まで病人に負けず劣らず顔色が悪い。

「病気?」

ひどくなる一方です。今朝ほんの少し口にされたかゆも、すぐ吐き戻されてしまわれて……!」

 状況からこの病んだ老人がギルド理事であるのは間違いない。

 理事が職場であるギルドに来られない理由も、体も動かせないほど衰弱しているからだったのだ!?

「ちょっとすみません」

 すぐさまスェルが動いて、おじいさんの容態を診る。

 こういう時こそ薬師スェル頼りになる。

「……」

「どうスェル、何の病気かわかる?」

「これは病気じゃありません」

 え?

 病気じゃないのに、こんなに苦しそうに寝込んでいるのは……!?

「これは呪いです。魔力を超えた神力によって体をむしばまれているんです」

 ギルド理事さんは、呪いにかかっていた!?

「呪いによる身体の不調は、病気とはまったくの別物です。他者からの悪意に体を蝕まれ、ゆっくりと衰弱していく。その侵食力は術者の力量によりますが、強ければじゅ対象を死に至らしめることも可能です」

 解説しながらスェルが、苦しむギルド理事さんをさらに注意深く観察する。

「……この人が受けた呪いは、この人を死なせるパワーが充分にあります」

「まさしくその通りです」

 理事の秘書さんが答えた。

 病床の理事本人にもはや会話する力もなかろうだから。

「王都中の医師や回復術師に見立てさせましたが、スェル様の診断と同様でした。主が助かるには、呪いを行っている犯人を見つけ出すか、強力な解呪術で呪詛返ししなければならないと」

「しかし、いずれも不可能だった?」

「左様です」

 なんだかよくわからないうちに話が深刻化していった。

 僕らはA級への昇格のことを話し合いに来たつもりだったのに、どこへ向かおうとしてるんだ?

「冒険者ギルドの総力を結集して呪術者を見つけ出そうとしましたが、王都中を探してなお見つかりませんでした。聖術による解呪も試みましたが、聖女の力をもってしても呪いの進行を遅らせることすらできない始末……」

「……」

「我らももはやどうにもならないと諦めかけておりました。しかし今やっと、いちの光がのぞいたのです……」

 どういうこと?

「スェル様、エピク様。アナタ方なら我が主の呪いを解いてくれると伺い、わらにもすがる思いで……!!

「ちょっと待ってください?」

 誰から吹き込まれた、そんな話?

 呪いとかそんな話、僕らはこれまで関わったどころか聞いたことすらない。

 完璧に今回が初見。

 そんな右も左もわからぬ門外漢の僕らにどうやって呪いを解けと?

 そもそも誰が言った?

「……ワシ、じゃ……」

 吐息とも聞き違えそうなか細い声。

 その声はたしかにベッドに横たわる老人から発せられた。

「……旦那様!? しゃべってはなりません、お体に障ります!!

「客人を迎えながら主人のワシがもてなさずしてどうする……? ただこの干からびた体を見せるために彼らを呼んだのか? ワシを使って見世物屋でも開こうてか?」

「そんなことは……!?

 もはや限界近くまで衰弱しながらも、精神力に限りはないようだ。

 この時初めてギルド理事という存在に感心させられた。

「……さて客人よ。寝台からの挨拶で失礼ながら……冒険者ギルド三十一人の理事が一人、アンパョーネンと申す」

「エピクです」「スェルですッ」

 互いに自己紹介が終わり、さらに話が進む。

「キミたちを呼ぶように指示したのは他でもないこのワシじゃ。ワシは、自分が置かれた状況をよく理解している……」

「というと……」

「自分が呪われていること。その呪いによって遠くないうちに死に至ること。……誰がワシを呪ったか。その者がワシを呪った理由。……そしてどうすれば死と呪いを回避できるか。……そのすべてを」

 おお。

 さすがギルド理事、すべて手の平の上ということか?

「自慢するようなことでもない。すべては向こうから教えてくれたのじゃ」

「向こう?」

「このワシに呪いをくださった偉大なる御方のことじゃ」

 ……なんですか、その大仰な言い回しは?

 アナタに危害を加えて死にまで追いやろうとする憎いあんちきしょうではないんですか?

「キミらも知っているであろう? キミたちの街で、ギルドマスターを務めていた男……ギズドーンのことを?」

「それはもう……」

 さすがに知らなかったことにはできないし、これから先もなかなか忘れられそうにはない。

 もう二度と会うことがないにしても。

 でもいきなり何の話題転換?

 呪いに関する話なのでは?

「安心なさい、あの大バカ者がキミたちの前に現れることはもう二度とない」

「やっぱりです?」

「ここより遠く離れた都市ビルヴォにおいて、ヤツの死体が発見された。体中に無数の刺し傷があり、その数五十箇所以上に上ったそうじゃ。あまりにもしつようかつ残忍な手口ということで、物取りよりは怨恨の線で官吏は捜査しておる。……しかし、我々にとってそんなことはどうでもよい」

 前ギルドマスターは死んでいた。

 衝撃の事実であるはずだったが何故か驚きはなかった。

 彼の死は、既に都市議長さんによって予言されていたから。

『あの方に死を決せられて、それでも生き延びる自信があるのか?』だっけ? あの人のけいがんが正しかったという結果があるだけだった。

 ……あ。

 もしかして……。

「そうギズドーンが賜った死も、我らを侵す呪いも、根源は同じ御方なのじゃ。その理由もな、あの御方より直接宣告された」

 メドゥーサ様か……!?

 山の主にして女神にして魔女というべきあの御方なら、はるか遠くにいる誰かを呪うなんて朝飯前に思える。

「ギズドーンをギルドマスターに任命したのは他ならぬ我らギルド理事会。ギズドーンは主だった功績はないものの、王家に近い大貴族の端に連なる者。ここらで経歴にはくをつけさせねば王侯との付き合いに支障が出るやもとおもねった人事であった……」

「それで僕たちの街は大迷惑をこうむったんですが」

 ここ王都のような栄えた土地にいる人たちは、何か問題のあるヤツはすぐにでも地方に送ってしまえばいいと考えているようだ。

 地方は人材のゴミ捨て場じゃないんだぞ!!

「キミらの怒りももっともだ。ワシらが今、その安易な判断の報いを受けている事実を思えば……!」

「アナタに呪いをかけたのは、僕らの街の近くに住まう魔の山の主ですね?」

 メドゥーサ様の名を直接挙げるのは避けた。

 なんか恐れ多くて。

「……いかにも。ギズドーンのバカめは保身からあの御方へ刺客を送ったそうな。あの御方の怒りを誘発し、街を滅ぼさんと。何と愚かな……!」

 はい、愚かです。

「ヤツは神の意思を侮りすぎた。ヤツの浅知恵など通用せず神罰は、それを受けるべき者へと的確に下された。もっとも罪が重いのは悪を計画し実行した者。その張本人であるギズドーンは、既にもうこの世にない」

「次は、ギズドーンの横暴を許した者に罰が下ると?」

「その通り、ワシらのことじゃ」

 ギズドーンをあの街のギルドマスターに推し、並々ならぬ権力を与えた……ギルド理事会。

 それがメドゥーサ様の神罰の標的となった。

 かつて僕たちは、命を賭してメドゥーサ様にじかだんぱんし、何とかギズドーンの罪が街全体に適用されることを防いだ。

 アイツの身勝手を許し、暴走を防げなかった僕たち全員が裁かれるところだったんだ。

 僕たちは神の怒りの範囲から外してもらえることがかなったが、そうでない者もいたってこと。

 それほどに人間を超えたモノを怒らせるのはげにも恐ろしきことだった。

 ……でも僕が出発する時なんも言ってなかったよな、あの人!?

 一言あってもよかったんじゃね!?

「それでギルド理事さんはこんな状態に……?」

「もうかれこれ半月、この地獄の苦しみにもがいておる。こんなに苦しいのならいっそ殺してくれと思ったぐらいじゃ。しかし、希望もあった」

 希望?

「キミたちのことじゃ。あの御方は我らに呪いをもたらすのと同時に、天啓も告げられた……!」

 以下、ギルド理事さんの語ったことの要約。

 メドゥーサ様はかく語りき。

 もうすぐ騒動の中心となった街から二人の若者が来るんで、全力でもって縋りなさい。

 きっとその子らがアンタたちを助けてくれるでしょうよ。

 ……と。

くだんのエフィリト街からA級昇格の審査を受けるために若い冒険者がやってくると聞き、すべてが符合した。キミたちこそが我らの救世主であると……我々をこの苦しみと死から救い出してくれると……!」

「えー?」

「そちらの若い娘さんが付き添っていることも聞いて確信したものじゃ。あの御方は二人の若者と告げられた。神託はまさしくさいにわたって間違いがない……!」

 ここに来てやっとわかった。

 一度はギルド受付嬢とトラブルを起こして席を蹴った僕たち。そんな若者に対してギルド全体がこうまで下手に出る理由が。

 彼らは、メドゥーサ様にかけられた呪いを僕たちなら解けると期待している。

 それで縋る思いなんだ。

 そんな相手を門前払いにした受付嬢をブチギレてクビにもするわな。

 しかし、実際のところどうなんだ?

 彼らの望みは、僕らの手で呪いを解いてもらうことに違いない。

 しかし僕は呪いの解き方なんて全然わからないぞ?

 そういう時は……?

「スェル!?

「はい、この呪いの解き方はママから教えてもらっています」

 やった!

 さすが女神にして魔女の娘!

 こういう時は誰より頼りになる!!

「解呪剤を飲めばすぐによくなると思います。ママも宣告したんなら、今の私の手に負えないほど重い呪いは科さないでしょうし」

「なるほど」

 でもそれって逆に言えば、スェルにもどうにもできないぐらい強力な呪いも、やろうと思えばかけられるってことかな?

 今こうして、生かさず殺さずみたいな感じで苦しめているのは、ギズドーンを罰した時と違い、直接的な損害に関わっていない理事さんには命までは奪わない道を残しているからではあるまいか?

「げに遠大なるは神のおぼしよ。不敬の罪には関わりある者まで徹底して裁きながら。その奥に許しの道を残しておられる……!」

 正直、ギルド理事さんがこんなにも責め苦しめられているのはギズドーンのとばっちりでしかない。

 しかしアイツをギルドマスターに任命したのはギルド理事会だし、責任がまったくないかといえばそうでもない。

 神に逆らうとはそういうことなんだろう。

 メドゥーサ様だって身を守るためにも、自分に牙く者に徹底してやり返すのは当然のことだ。

 改めてギズドーンの仕出かしたことがとても軽はずみなことだったと思い知らされる。

「スェル、色々やんなきゃいけないこともあるけれど、ここは……!」

「わかっています。解呪剤の調合を最優先しましょう。薬で助かる人を苦しんだまま放っておく人に薬師の資格はありませんから」

 さすがスェル。

 お父さんから薬師の心構えを叩き込まれている……!

「おお、なんと慈悲深い……!!

 病床で感涙するギルド理事さん。

 呪いに何日も苦しめられ続けて精神も参ってるんだろうけれど。

「このたびの災いは、我らがキミたちの街へと送り込んだようなもの。恨まれていても仕方ないのに、そんな我らに救いの手を差し伸べてくださるとは……!?

「病や怪我で苦しむ人に薬を処方するのが薬師の仕事です。アナタは病気でも怪我でもありませんが……」

 ギルド理事さんのスェルへのまなしが、天使でもあがめるみたいになっていた。

 スェルが天使。

 あながち間違っていないかもしれないが……!?

「だからこそ解呪剤の調合には、普段使われない特殊な材料が必要です。それが都合よく手に入ればいいんですが……!」

「それこそ我々にお任せください!」

 成り行きを見守っていた秘書さんが言う。

「入手困難な素材の確保こそ冒険者の仕事。特にここ王都の冒険者ギルドならば常時貴重なモンスター素材や薬草鉱石を所蔵していますし、なければクエストを出して取ってこさせればいい。理事会の壊滅はギルドの存続を左右します。A級冒険者とて動員する理由になりましょう!」

「そんなおおな……!?

 それにギルド理事さんって一人じゃないでしょう大勢いるんでしょう?

 こういう言い方はアレですが、こちらのお一人が何とかなったとしても他の理事さんが無事なら理事会も立ちいくんじゃ……!?

「全員です」

「はい?」

「ギルド理事会を構成する理事三十一人全員が呪いにさいなまれています。我が主人だけではないのです。皆さま一人の例外もなく寝台から出られぬほどに衰弱し、現在ギルド理事会は機能不全に陥っています」

「なんてこったい」

 さすがメドゥーサ様、いざ報復するとなったら一切の手抜きがない。

 関係者皆殺しにする気概でおられる。

 怖い。

「だったら解呪剤も量がないといけませんねえ。すると素材だって必要量が増す……」

「左様ですね、しかしご安心ください! ここ王都の冒険者ギルドにかかれば手に入らない素材など……!!

「エンシェントドラゴンの生き血」

「は?」

「『古代竜』とも称されるエンシェントドラゴンから生きたまま採取した血が欲しいんですけどあります? ママの呪いをはね返すには数百年を生き延びて神格を備えた竜の力が必要不可欠なんですけど?」

 そう告げられた途端、秘書さんの顔がそうはくになった。

 理事さん本人も表情に絶望が浮かんでいる。

「ままま! ちょっと待ってくださいッ!!

 そして慌て出す。

「エンシェントドラゴンですって!? そんな超大物の素材が必要なんですか!?

「手に入らないんですか? 何でもそろうって言ったのに?」

「何でもとは言っても限度があるでしょう!? この地上に君臨する、神にもっとも近い超越者それがエンシェントドラゴンですよ!? かつに触れば国が滅びかねません!!

「ウチのママもそうですけど……?」

 そうそう。

 アナタたちは既に触っちゃいけない神に触ってるんですよ。

「しかしエンシェントドラゴンが相手となれば討伐を条件に入れなくても余裕でS級案件です……! ということはS級冒険者を動かさなければ。しかし基本的に理事と同格の権限を持つ上に、気まぐれで気難しいアイツらを動かすには……!?

 秘書さんが頭を抱えてしまった。

 どうやら『ギルド理事を呪いから救え!』ミッションは早速暗礁に乗り上げた模様。

「あの、だったら……!」

 そこへさらにスェルが言う。

「エンシェントドラゴンの生き血は私たちで用意しましょうか? ちょうど手っ取り早く手に入れる方法がありますんで」

「古代竜の素材を!? そんな方法があってたまりますか!!

 あからさまに動揺して困惑していた。

「ここへ向かう直前にママから教えてもらったんです。最初は『何だろう?』と思ったんですけど。今になってやっと意味がわかりました。ママはこうなることを完全に予測していたんですね」

 何しろ呪いをかけた本人が彼女だからな。

 メドゥーサ様は、自分を害そうとしたギルドの一族郎党消し去るつもりで、その救済方法も実の娘に授けていた。

 こうなるとわかってであることは疑いない。

 罰することをちゅうちょせず、それでいて悔い改めれば助かる道をちゃんと残してあるのが神の所業か……。

「……お願いしたい。偉そうなことを言っておきながらざんに堪えません。我々ではエンシェントドラゴンの生き血を手に入れるなどは一朝一夕ではとても無理です……!!

「ただ、私一人では不可能です。相手は昔から生きている竜なので、薬師の私なんかがとてもかなう相手じゃありません」

 荒事を担当する人材が必要ってことか。

 ならば、それは僕に任せてもらおう。

 僕の能力が、その古代竜とやらにどこまで通じるかはわからないが、消し去るだけしか能のない僕がここで役に立たずしていかがする。

 そりゃ、ここでならもっと経験豊富な現役A級冒険者などを護衛につけてもらえるのかもしれないが……。

 ずっとポジションを守ってきたスェルの隣を、今さら誰かに譲るつもりはない!!

「僕も行きます。エンシェントドラゴンの生き血は僕とスェルで採ってきましょう」

「エピクさん!!

 なんか感極まったスェルに抱き着かれた。

 そこまで感動するようなことを言ったつもりもないんだが、スェルもここ数日行動を一緒にしたアレオくんたちカップルの影響を受けたのか?

「しかし……エピク様が実力者だという話は聞き及んではいますが……!?

 それでも不安そうな秘書さん。

 そりゃあそうだろうよ、初めて会うよく知らない相手に命運を託すのは。

「よいではないか、彼らを信じよう」

 それに比べて肝の据わったギルド理事さん。

 病床にあってもその精神の落ち着きは、秘書さんより強い。

「古代竜が相手では、いかにA級冒険者であっても太刀打ちはできまい。そんな者どもを護衛につけても無駄な人死にが出るだけじゃ。それならば彼らにすべてを懸けた方が賢明であろう」

「左様で……!?

「聞けば二人は、古代竜より遥かに偉大なこの呪いの主とたいし生還したという。であれば望みはある。改めて二人にお願いしよう。サポートにも全力を尽くす。必要なものがあれば何でも秘書に申し付けてくれ」

 それは有り難いですけれども。

 でも僕から必要なものってあるかな?『消滅』スキルがあるから、武器とか元々いらないし。

 まあスェルの方に色々あるかもしれないからすべて彼女に一任しよう。

「ときにエピクくん」

「はいッ?」

 まったく予期せぬタイミングでギルド理事さんから話しかけられた。

「キミはA級の認可を受けるために上京してきたのだったな、それなのにキミの都合もかまわず、こちらの用件ばかりで申し訳ない……!」

「こちらが緊急なのはわかっていますから」

 アナタの今にも死にそうな様子を見て『それはさておき』とか言えないよ。

 言えたら鬼だ。

「キミが地元の狩り場にてA級相当モンスターを日常的に狩っている旨、報告は受けておる。本来なら真偽を確認するためにこちらでも何かA級相当のクエストを受けてもらい、無事クリアすることで正式に昇格認定するのが一般的な流れじゃ」

「そんな感じですか……?」

「しかしキミがこれから挑もうとするエンシェントドラゴンは、A級相当モンスターがになってしまうほどの大難敵。無事目的を果たせたなら、キミの実力はA級など軽くりょうがしていると認識してよい」

 結局何が言いたいのだろうか、この人?

「そこでじゃ、この一件キミの昇格を判断するテストクエストとして扱おうと思う。そして無事クリアした暁にはA級ではなく、S級冒険者に昇格してもらおうと思う」

「はい?」

 いやいやいやいやいやいやいやいや!?

 僕A級になるためにわざわざ王都まで来たんですけども。それがS級じゃ話が違うじゃないですか?

 え? SはAより上?

 じゃあいいのか大は小を兼ねるのか?

「こちらから無茶ばかりを言っておるので、せめてもの詫びじゃ。無論、助けてもらう礼をそれだけで済ませるつもりはない。クエストクリアの報酬はワシの私財からできる限り上乗せしよう。それゆえよろしく頼む」

「そんなおかまいなく」

 僕としては、この行動が昇格するという目的に兼ねられて助かっていますよ。


     ◆


 それではいっちょ行ってみるかな。

 古代竜退治に!

 ……え? 退治しない?

 血液だけ取ってくればいい?

「それでスェル、何か必要なものある?」

「はい! 色々ありますので準備が整うまで待っていてもらえますか!?

 と言ってスェル、今朝からあちこち駆け回っている。

 古代竜攻略のプランは完全にスェル持ちなので、僕は彼女のすることを黙って見守るしかない。

 これじゃどっちが本業の冒険者かわからねえ。

 補給や手続きなどはギルドで行った方がいいとして、ギルドに移動してきた。

 そこで手持ち無沙汰にしていると……。

「おい」

 声を掛けられた。

 誰かな? と思って見やると見知らぬ男性が立っていた。

 まったく見覚えがない。

 確実に初対面。

 そんな人にいきなりケンカ売られる覚えはないんですが。

 だってこの険しい表情、明らかにこっちへ好ましからざる感情を持っている。

「オレの名はビリリュート。『とうてつ』の二つ名を持つA級冒険者だ」

「はあ、どうも」

「単刀直入に言う。お前のクエストを譲れ」

 本当に単刀直入な人だなあ。

 A級冒険者か。たしかに着ているよろいは高級そうで、にもかかわらず使い込まれている。

 顔つきも整っていて端正なイケメンの部類。

 こんなに美形でかつそれなりの強者オーラをまとっているのだから、よくいる新人いびりのたぐいでは断じてなかろう。

 しかし、その割に言っていることが……!?

「聞こえなかったのか? ならばもう一度言ってやろう、お前が受注したクエストをそっくりそのままオレに譲れと言っている。お前たちごときには責任重大すぎる役割だ。このオレが代わってやるということだ」

「嫌ですが?」

 深く考えないでとりあえず拒否。

 それを予測していたのか相手も特に取り乱さず……しかし凄い不快そうな表情はしたけど。

「お前たちのことは既にギルド内でうわさになっている。訪問した初日に早速受付嬢を一人退職に追い込んだこととかな」

「もしかしてお気に障りました?」

 冒険者と受付嬢じゃ仲間意識があってもおかしくないし、よそ者にシマを荒らされたという印象もありえない話じゃなかろうしな。

「いいや、あの受付嬢は態度は悪いわ仕事は遅いわでオレたち冒険者側からも評判は悪かった。むしろ追い出してくれて助かったと思うぐらいだ」

「そうですか……!?

 こちらとしては波風が立っていないようで何よりです。

「しかしそれとは関係なしにオレはお前のことが気に入らない。お前が受けたクエストは本来オレが受けるべきものだった。A級冒険者であるこのオレがな」

「はあ?」

「等級をかさに着て圧力をかけているわけではないぞ。冒険者等級は飾りじゃない。本人の実力に応じてクエストを割り振るための大事な目安だ。それを無視することは冒険者の死亡率をいたずらに上げるだけでなく、冒険者ギルドの根本を揺るがすことになりかねない」

 はい。

「お前が今回、A級昇格の審査に上っていることもひとづてに聞いた。そうなるだけの実力があることも一目見てわかる。しかしだ、A級昇格の予定がある者よりも、実際に今A級にある者が優先して危険に挑むべき、ではないのか?」

 どうしよう、主張がちゃんと理屈で通っていて反論の余地がない。

 今まで一方的に絡んでくる人って、大体自分勝手な理屈にもなっていないオレルールを振りかざして会話も成り立たないレベルだった。

 それはそれで対応に困るんだが、まったく逆にキッチリと正当性を主張してくる人も扱いづらいんだなってことを今知る。

 僕は少しだけ思案して……。

「えーと、そんなこと言われても僕たちはギルド理事さんから直接依頼を受けたので、文句は向こうに言ってもらえませんかね?」

 こんな抗弁が精いっぱいだった。

「そのギルド理事殿が体調不良で面会不可となっているからお前に言うしかないのだろう? お前からの進言があればクエスト挑戦権はつつがなく移譲されるはずだ。オレとしてはこれが唯一の手段なのだ、わかったか?」

「う、うす!?

 ヤバい。

 僕ごときの言論力ではまだまだ彼には対抗できない。これでは言われるままにクエストをかすめ取られてしまいそうだが。

「クエストを譲ってもアナタじゃ絶対クリアできませんよ」

「何ぃ!?

 そこへ現れたのが、クエストの準備で忙しそうだったスェル!?

 救いの女神!

「まず目標まで行くには私がいないとダメです。エンシェントドラゴンへの辿たどりつき方は私だけが知っているので」

「そ、そうなのか!?

「そして私はエピクさんと一緒でなければ一切動きませんから、アナタたちの独力じゃ目標を見つけることすら無理ってことです。はい論破」

「んなぁ!? だ、だったらキミ、我がパーティに加わってくれないか!? 充分な報酬と安全を保証しよう!」

「YESと言うと思いますか?」

 スェル強い。

 あんな堂々と正論かましてくる人を、別の正論で正面粉砕してくるなんて。

 父親である薬師協会長さんの指導もあるんだろうが、日々薬師として厄介な患者さんとやりあっている成果か?

「そもそもギルド理事さんから御指名で受けた依頼を横取りしようなんて仁義破り以外の何物でもないじゃないですか。A級であることをひけらかすんなら、ちゃんと模範になってくださいよ」

「ひ、ひけらかしてなんかないやい!!

 スェルが現れた途端、劣勢に追い込まれるA級の人。

「し、しかしアンパョーネン理事は、オレがB級に上がった頃からお世話になってきた人なんだ! あの人の危機にジッとしているわけにはいかない!!

「今度は感情に訴えてきた」

 手を替え品を変えてくる人だなあ……!?

 しかしギルド、情報が簡単に漏れまくってない?

「理事を必ず救い出すためにも、お前らのような子どもだけに任せるのは不安で仕方がない! ここは実力も実績もあるこのA級冒険者ビリリュートに任せるべきだ! アンパョーネン理事のためにも!!

「本当に理事さんのためですか?」

 スェルからの鋭い問いかけに相手のA級さんが固まった。

「ど、どういう意図での質問かな?」

「ギルド理事の命を救うクエストです。それを達成したら大手柄、報酬もたんまりもらえるでしょうしギルドからの評価もうなぎ上りでしょう?」

「そ、そうだとして何が?」

「そうした実利を狙った行動ではないと天地神明に誓えますか? まったくじんも下心はないと? 恩返しのためならクエスト報酬も必要ないと言えますか?」

「ば、バカな! 冒険者はクエストの報酬で身を立てているのだ! それを『いらない』などと抜かすのは冒険者失格だ!!

「やっぱり下心あるんじゃないですか」

「ぐぁあああああああああッッ!?

 スェル強い。

 こんなに頼もしいと思える彼女は初めてだ。

「なんでだよ!? そんなに純粋な一つだけの目的で動くことなんてないだろうよ! いいじゃないか無償の人助けで自分が少しは得をしても! 何だ!? ほんのひと欠片かけらでも私情が交じれば偽善とでも言うのか!?

「そんな極端な話してません。とにかくクエストに臨む私たちの邪魔しないでほしいんですが」

「いいや、それでも出しゃばらせてもらう! とにかくお前たちのような子どもだけで困難なクエストをクリアできるとは到底思えない! 理事殿の命がかかった絶対失敗できないクエストだからこそ、もっとも成功率の高い道を選択すべきだ!!

 実力云々の話になったら僕らも強く言い返せないよなあ。

 所詮は正式にはA級にもなっていない、海のものとも山のものともわからないよそ者だから。能力に疑問を持たれるのも仕方がない。

「目標は、伝説上の生き物エンシェントドラゴンだと聞いた。仮にもソイツを倒すことができればA級を飛び越えてS級に昇格できるとも! だったら現A級のオレだって倒せば昇格のチャンスだよな!?

「やっぱり下心マシマシだった」

「お前らだってたった二人で古代竜に挑むのはいかにも戦力不足だろう!? このオレがパーティに加わってもいいぞ? 力を合わせてクエストを乗り越えようじゃないか!!

 たしかにそう言われればたった二人は心もとない気がしないでもない。

 故郷の街ではずっとこの二人で行動していたから当たり前に思っていたんだが、ここは土地勘もない王都。

 せめて道案内でもできる人に同行してもらわねば、クエストの本筋でもないところで余計な時間を取られかねない。

 それを目の前にいるA級に頼むか?

 それは目上に対してかなり失礼な気がする。

 その時、ギルドへ入ってきた男女の姿があった。

 今朝一旦分かれたアレオくんとエリーさんの新人冒険者カップルだ。

「王都での初クエスト終了~、思ったよりずっとしんどかった~」

「でも無事クリアできたじゃない。この意気で頑張っていきましょうよ」

 どうやら無事移籍手続きを完了し、王都でのクエストをこなしてきたらしい。

 って言うことは、もう経験者。少なくとも僕らよりは王都について知識があるはず。

「お願いだッ! 一緒に僕らのクエストに参加してくれない!?

「ええッ!? いきなり何!?

 僕らよりは王都での冒険者活動経験豊富のアレオたちを加えて、僕らのパーティに死角はなくなった!

「いや待て! そんな新人よりオレの方が頼りになるだろう間違いなく! オレを選べ! その方が絶対いい! なんでオレを選ばないんだぁあああッ!!

 そしてついにはすべてを解決するために僕らは出発した。

 ギルド理事会にかけられた呪いを解くため、そして僕自身の実力を王都で示し冒険者等級昇格の是非を決めるために。

 それで具体的にやって来たのが……。

 ダンジョン。

 しかも王都の中にあるダンジョンだった。

「お前たちはダンジョンに入ったのは初めてか? ならば説明してやろう」

 なんか勝手に説明してくれる。

「ダンジョンは地下へと広がる迷宮空間だ。モンスターがはびこり、屈強な冒険者でもないと足を踏み入れて生還するのは難しい」

 それだけならば、ただの危険極まりないシロモノとして人間社会から排除すればよかろう。

 しかしながらダンジョンには害だけではない大きな益も存在した。

 ダンジョン内には濃厚なしょうきまり、それが凝り固まってか貴重な鉱石が多く出土する。

 金銀鉄鋼どころか魔力を帯びたミスリルに魔水晶。

 そうした貴重な鉱材だけでなく、ダンジョン内で生まれるモンスターの素材も高値で取引されるそうだ。

「だからこそ国家はダンジョンを手の内に置きたがる。かつて王都は別の場所にあったが、ダンジョンが発見されたのでわざわざこっちに遷都してきた。ダンジョンを自分のお膝元で管理できるように」

「だから都市の中にダンジョンがあるのかー」

 そしてそのダンジョンの内部を進む僕たち。

 スェルがギルドで忙しく準備していたけど、その中にはこのダンジョンに入る許可を得ることも入っていたようだ。

 ということはこのダンジョンにエンシェントドラゴンがいるのか?

「さすが王都のダンジョンはドラゴンまでいるんだ、凄いなあ」

「そんなわけあるか! さすがに古代竜が住み着くダンジョンなんか危なすぎて国も手出しできないぞ!」

 え? そうなの?

 だったらどうして僕たちはこのダンジョンの中を進んでいるの?

「そんなのオレが聞きたいわ! せっかく全冒険者が恐れ憧れるエンシェントドラゴンと対面できると思ったのに! このオレが実家よりも通い慣れた地元のダンジョンなんてガッカリだわ!!

 そんなことを言うのは誰か?

 というかさっきから僕は誰と喋っている?

 駆け出しの少年少女冒険者たちに交じってやたら豪華な鎧をまとったベテランぽいイケメン。

 A級冒険者のビリリュートさんであった。

 結局押しかけで古代竜追求パーティに加わってきた。

 別にこちらからは少しも望んでいないのに。

「エンシェントドラゴンを討伐してS級昇格できるチャンスだと思ったのに期待外れが!!

「お世話になったギルド理事さんへの恩返しは?」

 やっぱり下心が主な動機じゃないか。

 パーティを組んで同行するアレオくんやエリーさんも、この強制介入者をさんくさい目つきで見詰めていた。

 とはいえ僕も何故このダンジョンへやって来たのかよくわからない。

 すべてはスェルが主導しているのだが、彼女の思惑は一体どこにあるのか。

「ねえスェル、こっちの人の話だとこのダンジョンにエンシェントドラゴンいないらしいんだけど?」

「エピクさんはその人と私と、どっちを信用します?」

「スェル」

 ならば黙って進むのみか。

 ダンジョン内部では、当然のようにモンスターが襲い掛かってきたが難なく撃退できた。

 勢いのままに組まれた臨時パーティだが、けっこう強くて安定性があるのかもしれない。

 そしてそのまま無事到着した。

 最下層。

「王都直営ダンジョンは全十五階層で、ここが終点だ。オレは何度もここまで来ているが、やっぱりエンシェントドラゴンなどいなかったな。いつも通りのフィールドワークだ」

 ビリリュートさんが不満げに語り、新人のアレオくんたちは『ここが最下層』と目を輝かせていた。

 これがんだベテランと初々しいルーキーの違いか。

 で、ここからどうなるの?

「これ以上先へは進めないことは間違いないけど、ここでスェル、何か考えがあるの?」

「進めないことはないです」

 はい?

「進めないことはありません。それは人間の勝手な思い込みです」

「何なの?」

 なんでそんな喋り方になってるの?

「ママから教わったんです。このダンジョンの最下層は地下十五階じゃないって……」

 そう言いながらスェルは、ダンジョンの床をでさすり……。

 何かを探している?

「……あった」

 床にはめ込まれるようになっている水晶。

 スェルは、それに手を触れて何事かむにゃむにゃつぶやく。

 すると……。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

「おおおッ!?

 階層全体を揺るがすような音を立てて、いや実際に階層が揺れていた。

 そして奥の壁が横にズレていき……。

「隠し部屋ッ!? いや隠し通路だ!!

 開いた壁の向こうには、さらに奥へと続く通路が延びていた。

 それを目の前にビリリュートさんも、アレオくんエリーさんも口をあんぐり開けて驚く。

「こんな隠しエリアがあったなんて!? 今までこのダンジョンを攻略してきた冒険者は何百人といただろうに……今まで気づかれなかった!?

「それは仕方ないです。ママの血を受け継いだ私が、家族権限で開放しましたから。普通の人間にこの封印を解くことは不可能です」

 やっぱりメドゥーサさんからの入れ知恵だったのか?

 スェルは一体母親からどれだけのことを教えられたのだろう? ちょっと怖くなってきた。

「私の王都行きが決まった時に、この通路の秘密を教えてもらいました」

 たった今明るみになった隠し通路をズンズン進んでくスェル。

 僕らはその後ろに続く。

「思えばあの時に察するべきでした。ママはすべてをわかった上で、私に必要なことすべてを教えたんでしょうね」

 ギルド理事たちに呪いがかけられていること。

 解呪法。

 呪いを解くためにエンシェントドラゴンの生き血が必要だということ。

 そのエンシェントドラゴンまで辿りつく方法。

 そもそも理事さんたちに呪いをかけたのはメドゥーサ様なんだから、深く考えるとマッチポンプということが段々わかってきそうだから深く考えないことにした。

 それよりも、僕たちは解呪の方法を求めてエンシェントドラゴンのもとに向かっているわけじゃない?

 するとこの先には……。

「はい、エンシェントドラゴンがいます」

 いともあっさり言うスェル。

 そりゃ、そもそもそういうつもりで来たけどさ……。

「ママの話によれば、このダンジョンはそもそもドラゴンのとして作り出されたそうなんです。主は一番奥深くに住み、侵入者に煩わされることのないように最深部へと続く道をママに頼んで封じてもらった……」

 その封印を娘であるスェルが解いた。

 開いた先に待っているのは……!

「古代竜エンシェントドラゴンのうちの一角。土中にこもり地下世界を支配する竜です。その名はアンダーグラウンドドラゴン」

 通路を進むうちに階段を降り、あるいは坂を下ってさらに地下深くへと行く。

 そして今度こそ真の終点、最下層で待っていたのは……。

 地下とはとても思えない広大な空間に鎮座する巨大な竜だった。

「本当にいた……ドラゴン……!?

 僕たち人間の五十倍ぐらいはあるだろうか?

 ここまで大きな生物は僕も見たことがない。

 メドゥーサ様とは別の意味で圧倒される究極的存在。それが超生物ドラゴンだった。

 ドラゴンは、挨拶もなく訪れた僕たちを目ざとく見つけると、見下ろしながら……。

『我が不可侵の領域に足を踏み入れたのは何者ぞ? 我が平穏をかき乱すか、ならば我は貴様らの存在すべてを打ち砕いてくれようぞ』

 竜が喋った!?

 竜、恐ろしい。

 初めて対峙してわかった、ドラゴンという存在があらゆる生命を超えて究極だということが。

 地上にも何種類かのドラゴンがばっし、時に人と領域を争って冒険者に討伐されたりもする。

 しかしそれは自然界に繁殖する、あくまで種族の一つとしての竜であって、古代竜エンシェントドラゴンはそれらと一線を画する存在。

 それ一個の存在が神にも匹敵する。

 巨大にして豪壮。

 それを目の前にしてわいしょうな人間が平静でいられるはずがない。

 まず新人のアレオくんとエリーさんカップルが衝撃のあまりに腰を抜かした。

「あわわわわわわわわわわわ……ッ!?

「逃げなきゃ、逃げなきゃ、でも足が動かない!?

 恐怖で腰砕けとなった彼らは、戦闘になったら役立つまい。

 だからできる限りは穏便に済ませたい。

『ただの人間風情が、どうやってここまで辿りついた?』

 対して巨大なるドラゴンは、不法侵入にいらちながらも僕らのことを注意深く見つめる。

『女神に施させた封印すら突破してくるとは……。これまでも調子に乗った人間が幾人も深層まで踏み入ってきたが、誰もがアレを突破できずにスゴスゴ引き下がったというのに……』

「封印の解きかたはママから教わりました。偉大なる地下世界の支配者アンダーグラウンドドラゴンよ、アナタにお願いがあります」

 あの巨大すぎる超生物に、ものじすることなく向かい合う。

 スェルのここ最近の肝っ玉の太さに感嘆する。女神の娘としてのかんろくが出てきてないか。

「アナタの血を分けてください。死にひんした人々を治すためにどうしても必要なのです」

『偉大なる我に血を流せというか? しかも小バエのごとくいくらでも湧いてくる人間の、その一匹二匹を救わんがために? 不遜極まる、それこそ道理をわきまえぬというものよ』

 グワッという擬音が聞こえてくるかのような勢いだった。

 竜が、殺気をむき出しにして威嚇してきた。

 とはいえほうこうも上げずただ一睨みしただけ。それだけでも人間には許容量を超えた気迫の強さで、僕らの隣でアレオくんとエリーさんが泡を吹いて失神した。

 ゴメンね、こんな可哀想な目に遭うなら連れてくるんじゃなかった。

「アンダーグラウンドドラゴンは、こちらの望みを聞き入れてはくれなさそうです」

「平和的に解決できればよかったんだけどなあ」

 となればあとはどうしたものか?

 やはり戦って奪い取るしかないのか?

「それならむしろ好都合だ!!

「あッ?」

 僕らを横切り、飛び出していく人影。

 A級冒険者のビリリュートさんではないか。

 アレオくんたちが耐えられなかった殺気の中でも、しっかり意識を保っているのはさすがA級というべきか。

 しかしやろうとしていることは……!?

「新人のお前たちは、そこで身を守ることだけに集中していろ! 古代竜を倒す功績は、このA級冒険者ビリリュートが貰った!!

「また手柄に執着してッ!?

 彼にとってはまさに計画通りなんだろうが……。

 なんか釈然としないなッ。

『愚かな人間を久々に見たな』

 みずからに立ちはだかるビリリュートさんを前に、地下の帝竜は鼻で笑った。

『百年ほど前にはそうした愚か者が掃いて捨てるほどにいたがな。何度焼き払っても次々やってくるので、あまりにも煩わしくて女神に頼み、最下層への道を封じてもらった』

 僕らを前に目を細める竜。

『あのけんそうを懐かしいとも思ったが、やはり煩わしいのは嫌だな。封印が解かれたのなら是非もなし。一度地上へと上がり、人どもを根こそぎ消し去ってくれようか』

「そんなことはさせん! お前はここで倒されるんだ!!

 果敢にもドラゴンへ一直線に突進するビリリュートさん!?

 正気か? あんな正面から突っ込んで、返り討ちに遭うのがオチだぞ?

『突貫しか能がないのも百年前と変わらんな。人間とはそんなに学ばぬ生き物であったか』

 竜、明らかに攻撃の予備動作と思われる、息の一吸いをし……。

『ならば百年前と同様の結末を与えてやろう。燃え尽きろ!!

 吐気と一緒に放たれる火炎。

 これがドラゴンのもつという地上最強の攻撃能力ブレスか。

 呼吸と一緒に吹き出される火炎や氷雪。

 口からそんなもの吐ける生物なんてドラゴン以外にいない。

 その火炎のすさまじさは、人間の数十人すっぽりと飲み込んで消し炭にできそうだった。

 そんなのをまともに浴びたらA級冒険者だって一巻の終わり。

 と思われた時……。

「そんなものでオレを倒せるか! 見るがいい! オレをA級にまでのし上げたユニークスキル『貪呑どんとん!!

 おおッ?

 ビリリュートさんが炎に向かって手をかざす。

 すると、あの大火事にも似た猛炎が、その手に吸い込まれていくではないか!?

 まるで水でも飲むかのように、すべての炎が吸い込まれて消えてしまった。

 それだけでも驚くべき現象なのに、変化はそれだけにとどまらず、炎を吸い込んだビリリュートさんの腕は真っ赤に輝き……。

「ここまで大量の力を取り込んだのも初めてだ! 今すぐ放出してやるぞ! 吸収からの解放パンチ!!

『ぬぅッ?』

 ドラゴンの腹へと叩き込まれる拳。

 驚くべきことに、それでもって竜はよろけ二、三歩後退した。

 人のパンチが竜に効いたってこと?

『なるほど、我は我が力によって脅かされたか。人の持つスキルは面白い効果を発揮する』

「さすが古代竜よくぞ見抜いた! オレのスキル『貪呑』はあらゆるものを体内に吸収し、エネルギーに変える究極技だ! 今は防御も兼ねて炎を吸い取ったが、吸収できるのは無形物だけじゃないぞ! モノも、生き物だって飲み込んで消化できる! 我がスキルは悪食だからな!!

『貴様ら矮小な人間に、この竜を脅かす力などとても備えようがない。故に人間に竜を倒すことなどできない。その問題を、敵の力を利用することによって解決するとはな!』

 一局面ながらしてやられたことに、竜は却って感心を覚えたようだ。

 嬉しそうに目が細くなり……。

『百年ぶりの無礼者は、それなりに楽しませてくれるようだな。その褒美だ、自慢のスキルを正面から叩き潰してやろう!!

「ほざけ! オレのスキルは無敵だ! なんてったってユニークなんだからな!!

 ユニークスキル。

 クラス適性で得られる通常のスキルとは違い、完全に生まれもった才能によって授かるスキルだという。

 非常に希少で、それだけに効果も強い。

 ユニークスキルを生まれ持ったら、上位冒険者になることはほぼ確実。

 最上位のS級となるにはユニークスキル持ちが条件だとか、ホントかウソかわからない話もあるし。

 だとしたらビリリュートさんも今はA級ながら、S級へと登る筋道はしっかり見えているんだろうし、野心もあろう。

 こうしてなかば無理矢理同伴してきたことも、彼なりの決意あってのゆえもあろうが。

 相手も狙い通りになるほど甘くはなかった。

『ほれ、今一度炎のブレスを食らうがいい』

「バカめ、同じ手を繰り返すとは!!

 案の定ビリリュートさんは、再びすべてを飲み込む彼のユニークスキルで炎を貪る。

「一度効かなかった手段を再び用いるとは、所詮竜も愚かな動物にすぎんということだな! 人間にはこういう言葉があるぞ!『同じことを繰り返して異なる結果を期待することを狂気という』とな!」

『ならば狂気の末を見届けてみようではないか』

 言いながら竜はさらに炎のブレスを放出する。

 放出する。

 放出する……。

 ……あれ?

 ずっと放出し続けてない?

「ぐぬッ?」

『グファハハハ、もうキツくなってきたか? 我はまだまだ吹き続けられるぞ?』

 十秒経っても二十秒経ってもドラゴンのブレスはやむ気配がない。ずっと放出され続けている。

 もう一分は経過するぞ。

「ぐッ!? ごぁ……ッ!?

『吸収し続けた炎の熱で、体が焼け付き始めているな? そういうことだ。貴様のスキルはあくまでらい尽くすこと。喰らったものは己のうちに溜まり続けていくが道理。そして内包量には必然限りと言うものがある』

 ブレスを吹き出し続けながらドラゴンは語る。

 器用なことができるな。

『貴様ら人間は矮小であるだけに、飲み込める限界量も少なかろう。我らドラゴンの強大さと比べればなおさら。つまり貴様が耐えられる限界まで我が放出が続くかといえば……』

 当然YES。

 長く生きるドラゴンは、一瞬にしてその道理を見抜き、人と竜の許容量差を生かして持久戦に持ち込んだ。

 効果は覿面だった。

 ビリリュートさんの飲み込みスキルは、彼自身の身体が耐えられるまでという制限がある。

 キャパオーバーを避けてスキルを使い続けるには、一旦飲み込んだものを放出してカラにするのがいいんだろうが、今はそれができない状況にある。

 ドラゴンが炎を吹き続けるからだ。

 一瞬も途切れず。

 その熱量は一瞬でもあれば人間ぐらい焼き尽くせるし、だからこそビリリュートさんは一瞬だって吸収をやめることはできない。

 あの吸収行為は、即死攻撃からの防御の役割も果たしているんだから。

 だから一瞬でも吸収をやめて放出を行う余裕もないし、そうできなければ体内にエネルギーは溜まり続ける。

 そして限界を超えたら……。

 これをジリ貧って言うんだろうな。

 もはや勝負は見えていた。

 持久力、許容量で人が竜に勝てる道理がない。絶対的に劣った分野での勝負を強いられた時点でビリリュートさんの敗北は決定していたのだ。

『そろそろ限界か? 飲み込んだ炎がスキルの許容量を超えて、貴様の肉を焼き始めたぞ?』

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……!?

 ドラゴンの言う通りで、ビリリュートさんの肌は真っ赤にで上がり、無数の汗の玉が浮かんでいる。

「……お前たち、逃げろ……!」

 ついに彼の口からそんな言葉が出た。

「今はまだ、ヤツの炎を飲み続けていられる。そのうちにダンジョンを脱出するんだ。この均衡が続いているうちはヤツも動けないはずだ」

「いや、でもそうなったら!?

「オレはもう助からない」

 自分の終わりという衝撃的な事実を、あっさり受け入れている。

「オレの『貪呑』スキルは間もなく限界を迎えるが、あの竜はまだまだ炎を吐き続けていられる。次の日まで吐いていられるんじゃないか? とにかくこれ以上は吸収し続けられないし、かといって放出する余裕はない。八方塞がりだ」

 引くも進むもできない。

 自分の破滅という最悪の事実を、実に冷静に受け止めている。

「だがオレ自身滅ぶとしても、お前たちは必ず生きて地上に戻す。後輩を守り通さずしてA級冒険者の最後の誇りは守れないからな! さあ行け、オレの気力がまだ続くうちに!!

 手柄に貪欲な野心家の面もあるが、ビリリュートさんはA級という立場に見合うだけの責任感も同時に持っていた。

 自分の命と引き換えにしても弱者を守り通そうという気概に満ちている。

 っていうかさっきから何を傍観しているんだ僕。

 ここで動かなきゃ恥ずかしすぎるだろう。

「『消滅』」

「うおおおおおッ!?

 目の前を覆い尽くすようなれんが一瞬にして消え去って、ビリリュートさんきょうがくする。

 僕の『消滅』スキルによってドラゴンの放つ火炎を消し去ったのだ。

「これは一体!? お前の仕業なのか!?

「今です、さっさと溜め込んだモノを放出してください」

「そ、そうだなッ!? 倍返しパンチ!」

『いてえッ!?

 放出のついでにしっかりドラゴンを殴りつける。

 これで一旦スキルの吸収量をカラにして人心地ついたかに見えるが、既に彼の身体は限界を迎えていた。

 一度スキルからあふれかけた炎の熱で全身がレアもしくはミディアムレアぐらいまで焼き上がっている。

 この体で再びドラゴンの火炎ブレスを受け止めることは不可能だろう。

 A級冒険者ですらここまで痛めつけられるドラゴンを恐れるべきか。

 ドラゴンにここまで食い下がったA級冒険者をたたえるべきか。

「とにかくこれからは僕がやります。ビリリュートさんは休んでいてください」

「待てッ、お前のような新人が……!?

「スェル治療をお願い」

 戦闘中に負った怪我の処置なら薬師であるスェル以上の打ってつけはない。

 すぐさま何らかの薬品をビリリュートさんの頭からぶっかけていた。

 それで彼の肌の赤みがみるみる引いていくのだから凄い。

 そして僕は代わりに竜の前に立ち……。

 竜は、僕のことをいぶかしげに見下ろしていた。

『我が炎を苦も無く消し去るとは。前のヤツと同じスキルの持ち主か?』

 たしかに『消滅』と『吸収』は似ている。

 対象を、理屈もなしに瞬時に消し去ってしまえる点は。

「希少なユニークスキル、それをまったく同じものを持つ者が二人揃っている。そんなことがあると思いますか?」

『正論よな。つまりはよく似た効果の別種のスキルということか……!?

 さすが数百年を生き続けた古代竜。

 理解が早い。

『しかしながら我らドラゴンからしてみれば、貴様ら人間どもの差異など些細なものでしかない! 貴様がいかなるスキルをもっていようが、ドラゴンの強大な力に屈する以外にないのだ!!

 そう言って再び口から吹き出される炎。

 それを前に僕も再び……。

「『消滅』」

 スキルを使用した。

『消滅空間』に飲み込まれて消える大炎。

『やはりこうなる。前の愚か者と同じだ。そうして力尽きるまで、けっしてやむことのない我が炎を受け止め続けるがいい!』

「僕の方はそれでもいいけど」

 僕の消滅『消滅』スキルに力の強弱は関係ない。

 ただ消し去るだけなんだから、対象が何であろうと違いはないんだ。

 たとえ消し去るものが綿毛であっても、鋼鉄であっても、同じスキルの力加減で消せる。

 その消費量は常に最小限。

 持久戦になってもそれほど問題はないということだった。

 僕自身このスキルは子どもの頃から使い続けているからペース配分には慣れている。

 不眠はつらいかもしれないが、それでも翌日まででもこの状況を維持し続ける自信はあった。

「しかし、その気はないがね」

 僕がどんなにくペースを保ったところで相手は竜。

 ビリリュートさんよりは長くもたせられるというだけで、僕もいずれはドラゴンの無限の体力の前に屈するだろう。

 僕がこのドラゴンに勝つには、守りに回って均衡を保つのではなく、みずから攻めて押し切るしかない。

 そう思って僕は発生させている『消滅空間』を大きくした。

『なにこれはッ!? うおおおおおおおッッ!?

 最初は、ドラゴンの炎に僕が飲み込まれないよう必死に踏ん張る構図だったのが、瞬時のうちに逆転され、大炎こそが飲み込まれる構図となる。

 そして我が『消滅空間』は、ビリリュートさんの『貪呑』と違って飲み込んでいるわけではない。

 消しているんだ。

 だから許容量もあるわけがないし、さっきも言ったように撫でる程度の最小限の力でいくらでも消し去ることができる。

 目の前の竜すらも。

『おおおおおおおおッッ!? これはぁああああああッッ!?

 既に『消滅空間』はドラゴンの体格以上に膨張し、ドラゴン自体に迫りつつあった。

 ここが地底深くだということもヤツに災いした。

 ドラゴンは翼で飛べるとも聞くから、ここが野外なら一目散にひしょうし、『消滅空間』から逃れることもできるだろう。

 しかし地底の、壁や天井に閉ざされたこの空間内では逃げ場がない。

 ゆっくりと広がっていく『消滅空間』に追いつめられるのみだった。

『この力はもしや……! わかった! 降参だ、降参する! いかに古代竜たる私といえども「神威」にはあらがいようがない!』

…………

『だから降参だと言っている!!

 僕は相手にかまわず『消滅空間』を膨張させ続けた。

 相手が降参してもかまわず二、三発は殴り続けろ……というのは薬師協会長さんの教えだった。

 戦いを始めて、不利になった途端に降参を言い出すぐらいなら最初から戦わない方がいい。

 それを理解できずに戦いを始めてしまうのは相手を……そして闘争という行為そのものを舐めているからだと。

 ……って薬師協会長さんは言ってた。

「『降参』という言葉は小声で言っては意味がない。大声で言っても意味がない。喉が破れて血が出るほど必死に叫んで初めて意味を持つ。……って誰かが言ってた」

 ドラゴンは壁際まで追い詰められたが肥大する『消滅空間』はまだまだ広がる。

 もう少しで相手のつま先を消し始めるだろう。

『わかった! わかった済まぬ! お前たちの話を聞き入れず一方的に襲ってしまい悪かった! お前たちの望みはできる限り聞き届けよう! だから降参を受け入れてくれッッ!! 頼むッッッッ!!

「わかりました」

 僕の意思一つで『消滅空間』はすぐさま消滅。

 ぽっかり空いた空間に凄まじい勢いで空気が流れ込む。

 危機を逃れたと理解したドラゴンは一気にしょうすいし……。

『とんだ災難であったわ。百年ぶりの侵入者がよりにもよって「神威」の持ち主とは』

「なんかすみません」

 彼からしてみたら、安穏として暮らしているところに勝手に踏み入ったのが僕たちだからな。

 ある意味僕らの方が極悪じゃん、と思って申し訳なくなった。

『まあ、むしろ女神の封印を破ってくるぐらいだから、「神威」持ちである方が納得ではあるが。普通の人間が来る方がよほどありえん』

「そんなに珍しいんですか? 僕の力って……?」

『「神威」が現れた時、必ず世は乱れる。そういえば前の担い手が暴れ回ってからそろそろ百年、次代が現れるにいい頃合いか』

 ドラゴンは自分だけ納得したようにこちらを眺めて……。

『よく見れば、そっちの娘は女神殿の落とし子か。結局時代は変われど顔ぶれはそう変わらんな』

「あの、僕らお願いがあってここに来たんですが?」

 しみじみされているところ申し訳ありませんが。

『いやすまなんだ。よう考えれば女神の封印を突破してきた者。それ相応の資格ある者であるのは当然であるのに有無も言わさず排除しようとしたのが短慮であった。追いつめられて当然だ』

 ドラゴンは一転殊勝な態度となり……。

『詫びのためにもお前たちの望みはできる限り叶えよう。さて何を望む? このダンジョンに眠るすべての財宝を与えようか? それとも古代竜の権限をもってお前を王者に任じようか?』

「いや、そういう大袈裟なのは欲しくなくて……!?

 竜の血が欲しいだけなんですけども。

 最初にそう言ったでしょう?

『なんだ、その程度でよいのか? 我が生き血だけでよいとは。「心臓をよこせ」というなら少しは困るところだったのだがな。あれは再生に手間がかかる』

「はあ!?

 手間はかかっても再生できるんですかい。

 改めて古代竜の超絶さを思い知らされた。

 でも生き血だって取られるのは嫌ではないのか?

『人づれが我が血を使うというのであれば、どうせ霊薬作りであろう? 仮に無敵の肉体を得るために頭から浴びようとて、それに必要な量といえば我にとっては一滴程度。なんの不都合もない』

「まあ」

 ですよね。

 アナタのその巨体からしてみれば……。

 ドラゴンはそのあとすぐに、右手(右前足?)の鋭く伸びた爪で、反対側の手を傷つけた。

 竜の巨体から見たらとても小さな傷で、毛ほどの大きさもなかったであろう。

 そこから搾り出された血も精々一滴程度であったがそれも竜から見れば。僕ら人間から見たらおけをひっくり返したような量になる。

「うわぁ!?

 一瞬で目の前が血の池地獄となった惨状。

 スェルはすぐさま革袋を出して、その中に貴重な竜血をすくいとる。

 恐らく解呪薬を作るのにあれで充分なのだろうが、大部分の出血が残ったまま地面にわだかまっている。

『別によいさ。放っておけば固まって土にかえるであろう』

 貴重なものであろうにこともなげに言う。

 人と竜の感覚の差異ってそんなもんだろうな。

「材料も手に入りましたので早速戻って調合に入りましょう!」

『おや、もう帰るのか? お前たちほどの者であれば他に何でも助けとなろうに。まあ気が向いたらまた来るがよい。いつでも歓迎しようぞ』

 打って変わって打ち解けたムードのドラゴンだった。

『おお、出る時は封印を戻してもらいたい。お前たちならばそうかまわぬが、道理もわからん木っ端が押し寄せてくるのも面倒で敵わぬゆえ』

「はいはーい」

 長居は無用とばかりにきびすを返す僕たち。

 アレオたちはまだ失神したままなので、僕と、ビリリュートさんがそれぞれ背負っていくことにする。

「本当に凄いヤツだったんだな、お前は!?

 一応意識があって、戦いの一部始終を見守っていたビリリュートさんが言った。

「オレと同じユニークスキル持ちだったとは!! いやスキル性能自体はオレの『貪呑』よりもずっと上。A級候補に挙げられるだけのことはあるな」

 なんか急にしおらしくなった。

「このクエストの詳細は、オレからもギルドに報告を上げておく。そしてお前たちの昇格に賛成の立場を表明しておこう。現役A級冒険者からの進言だ。少なくともマイナス要素にはなるまい」

「お気遣い痛み入ります」

 ここに来て急に親身な態度になったのが、戸惑いながらも有り難かった。

 思い通りにならないことであっても目の前の現実は素直に受け入れる。

 それが冒険者が生き延びるのに必要不可欠な能力なんだろう。

 かつて、現実を受け入れられずにどんどんドツボにハマっていったガツィーブという冒険者を思い出して、やっぱり上位に食い込むようなだれは意識からして違うんだなあと思った。


     ◆


 ダンジョン生還。

 そして休む間もなく早速作業に取り掛かるスェル。

「エピクさんが頑張ってくれたんだから、今度は私が頑張る番です!!

 いや、ここまででもスェルは立派に役立ってくれたと思うけど?

 特にダンジョンの隠し通路を見つけたり。

 特に僕こそ、主だって役に立ったことといえば古代竜をわからせてやったことぐらいで、活躍の場面が少なく心苦しいのだが。

「数種類の薬草を調合した清浄薬に、エンシェントドラゴンの血を一滴。混ぜ合わせながらまじないを注入。呪いの呪いの飛んでいけ~♪」

 そして完成。

 これがメドゥーサ様の呪いすら跳ねのけられるという解呪薬。

 呪いをかけた本人から作り方を教わったんだから効き目は保証付き。

 早速移動し、病床にせったギルド理事さんに飲ませると……。

「効くZENAァアアアアアアアッッ!!

 メチャクチャ効いた。

 効きすぎて恐ろしくなるぐらいだった。

 でもおかげでギルド理事さんはまったくもって元気になり、呪いも消え去ったみたいだった。

「体が軽い! 節々の痛みも消え去り、むしろ呪いがかかる前よりも調子がいい!」

「ドラゴンの血には身体強化の効能もありますからねー。全身にかぶれば鋼の硬さを得て老いることもなくなるとか言いますから、一滴でも摂取したら相当な効き目です」

「ありがとう! キミらが動いてくれなかったらワシはあのまま衰弱して死するしかなかった! 本当にありがとう!!

 いや、それを言うならアナタに呪いをかけた実行犯は我々の関係者なので、マッチポンプな気分が重々にするから感謝された分だけ心苦しい。

「さあ元気になったからには今度は我々がキミたちに報いる番じゃ!! 他の理事どもにも解呪薬を飲ませ、すぐに緊急理事会議を開く! そこでエピクくんの昇格を決めようではないか!!

「話し合うではなく?」

「エンシェントドラゴンを討伐したという成果に今さら何の検討が必要であろうか。あるべきは認証の確認だけよ! 待っているがいい! 結論は今日中に出るであろうからな!!

 そう言って寝室から駆け出す理事さん。

 急ぐのはいいですけど、寝間着から着替えたらどうですか?

 そしてあれよと言う間にギルド理事さんらによる会議が始まった。

 僕たちが直接面識を持ったアンパョーネンさんの他にも多くのギルド理事が呪いを受けて寝たきりの生活を余儀なくされていた。

 それが全快を受け、理事全体からの心証も最高だと聞いた。

 この分なら昇格は堅いが、何が起こるかわからないのが世の中で。

 僕とスェルはギルドの一室で待たされ、いまだもたらされぬ結論に心底震えていた。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。エピクさんならきっと昇格できますって」

 スェルは励ましてくれるものの本当にどうなることやら。

 そもそも僕自身に昇格のモチベーションはないんだが、街の皆の期待を思うとどうか昇格しますように、と祈らざるをえない。

 街の受付嬢のヘリシナさんも都市議会の皆さんも薬師協会長さんも、他多くの街の仲間たちも僕が立派な冒険者となることを願っている。

 皆の思いに応えたいし、あとここまで来て落ちてしまったら、今度はどんな報復をメドゥーサ様がやらかすか、これも不安で仕方がない。

『できる限り円満に済みますように!』と心の中で祈ること、早数日……ウソ、まあ一時間弱と言ったところであろうか。

 僕たちのところへやって来た人影、アンパョーネン理事さんだった。

「待たせたのう。すぐに決まるとばかり思っていたのじゃが、思ったより決めることが多くて長引いてしもうた」

「で、あの、結果は……!?

「結論から言えば、まあ心配するまでもないことよ。キミのS級昇格は満場一致で採択された。今日からキミは正式なS級冒険者じゃ」

 S級!?

 A級を飛び越えてS級!?

 そんな話は事前にされてた気はするものの、本当に実現してしまうとは!?

 S級って最高の等級だったんでは!?

 その上には何もないし、世界中でもS級冒険者は数人しかいないとも聞くのに。

 そんな大層な人たちの一人に僕が含まれちゃっていいの!?

「当然であろう。キミがエンシェントドラゴンを圧倒したことはビリリュートからの報告でも確定じゃ。現役A級の証言はダメ押しの決め手となったぞ」

 なんか勝手についてきたあの人が、回り回って有利に作用している!?

「やりましたねエピクさん!! S級ですって! 想像を超えて凄いですよ!!

「そのあとのエピクくんの二つ名を決める議題で難航してのう。色々候補が上がったが、最終的に『無空』と言うのが残ったのだがどうじゃな?」

 S級冒険者『無空』のエピク。

「なかなか決まった呼び名であろう?」

「いいです! 凄くカッコいいです! 言い触らしたいです!!

 スェルまでもが興奮に浮かれまくっていた。

 彼女一人でこのテンションなのだから、故郷の街に帰ったら一体どうなることやら。

「さあ、ここで幸福を実感するのもいいが一旦置いておいて新生S級のおを行おうではないか。他の理事たちもキミを一目見たがっておる。顔を出してやってくれんか」

 そうしてアンパョーネン理事に手を引かれ、ギルド理事さん全員が待っている議事堂へと入った。

 そこには数十人の年経た男女が列席していて、皆好意的な表情で僕らを迎えてくれた。

 彼らもメドゥーサさんの呪いに苛まれていたというなら、救い手である僕らに好意的なのもわかるが。

 その中で、僕は見知った顔を見つけた。

 こんなところであの人を再び見つけるなんて思ってもみなかった。

 その人の名はギズドロビィー。

 僕の生まれ育ったエフィリトの街でギルドマスターだった人。

 かつて大問題を起こして逃走の果てに死亡した前ギルドマスター、ギズドーン。

 そのさらに先代に当たる人だった。

「エピクさん、どうしたんです?」

 僕の様子が変わったことに、もっとも早く気づいたのはスェルだった。

 気づかわしげに僕の肩を触る。

 さらには周囲の、アンパョーネン理事以外の多くの同じ立場の人々が僕のことを取り囲んでくる。

「おお、新たなる英雄の登場じゃ!」

「S級昇格おめでとう! 前任命から十八年ぶりの快挙じゃぞ!」

「冒険者の世界に新風が吹き込まれるの!!

 とお祭り騒ぎだった。

 しかしそんな喧騒は僕の耳には入らず、一点に引き寄せられるのはギズドロビィーの顔。

 ギルドマスターといえば、つい先日に散々問題を引き起こした挙句に逃走したギズドーンが記憶に新しい。

 ギズドロビィーはその前にギルドマスターをしていた。

 何かの理由でマスターを辞し、街を去っていったが……。

 彼がここにいるということは、ギルド理事になるための栄転だったということか。

「お久しぶりですねギズドロビィーさん」

「うく……!?

 相手は、居心地悪げに目をらした。

 ギルド理事のご多分に漏れず大分年配で、頭に白髪が混ざり始めている。

 しかしその脂ぎった顔つきは昔と変わらなかった。

 忘れようはずもない。

 僕が冒険者ギルドに入った時の初めてのギルドマスターだったんだから。

 冒険者としての登録申請をして、そこに彼が出てきた。

 適性試験ということで彼に自分のスキルを披露した。

『消滅』スキルだ。

 あの当時の僕は、自分の能力にそれなりの自信を持っていた。

 何しろ何でもかんでも消せる能力なんだから、これさえあれば無敵で、きっと冒険者になってもやっていけると思った。

 しかし現実は非常だった。

 ──『こんなクソみたいな能力何の役にも立たん』

 ──『お前は冒険者の仕事がわかっておるのか? モンスターの素材を持ち帰る、ただの討伐にしても証明のために体の一部が必要になるんじゃぞ?』

 ──『なのにすべて丸ごと消し去るなんて。何の意味もないゴミスキルではないか』

 そう言われた瞬間、この能力は僕の中でゴミと化した。

 強すぎるだけで冒険者の仕事に何の意味もなさないゴミスキル。

 それでもう不合格かと思ったが、予想に反して僕は冒険者になれた。

 ギルドマスターが僕のことをあわれんで手心を加えてくれたという。

 それを聞いた時は『なんていい人なんだ』と感動したものだが、実際に冒険者の活動を始めてから耳元でささやかれる言葉があった。

 ──『お前のスキルはな、役立たずのクズじゃ』

 ──『お前の能力ではランクを上げるなんてとてもできん。ギルドだってすぐに追い出されてしまうぞ』

 ──『だからな、ワシの言うことをよくよく聞くんじゃぞ。そうすればギルドに在籍することは許してやるからな』

 当時の僕は、その言葉をみにした。

 自分はどうしようもない無能で、優しいギルドマスターの慈悲があって冒険者でいられるのだと。

 僕の能力ではモンスターを倒しても功績にはならないので、スキルを使わずともできる薬草採取をするように勧めてきたのも彼だ。

 もっともその当時の僕は、消し去ることしか能のない自分でもできるクエストを勧めてくれる、優しくて気の回るギルドマスターだとしか思っていなかった。

 時が過ぎ、彼がギルドマスターを辞すと聞いた時目の前が真っ暗になったものだ。

 僕にこんなに親身になってくれる人がいなくなったら、これ以上冒険者ギルドに居続けられないと。

 しかし去り際に『安心せい、後任のギルドマスターにはよく言っておく。お前がギルドに残れるようにな』と言われてますます感動したものだった。

 しかし彼の宣言は守られることなく……。

 後任のギルドマスターとなったギズドーンからギルドを追い出されたのは皆が知る通り。

 それ以降スェルと出会い、薬師協会長さんと出会い、都市議会の人たちやメドゥーサ様、様々な人たちとの出会いを経て僕の視野が広がった。

 その上で得た結論は……。


     ◆


「アンタは、僕を利用していましたね?」

 ビクリッ、と相手の体が震えた。

 今やギルド理事となり、ギルドマスター以上の権限を持っているはずのこの人がやけに小さく見える。

「アンタは僕のことを役立たずだと言った。僕のスキルも冒険者には向かないゴミスキルだと。当時の僕は完全に信じ切った、それなりに傷つきましたよ」

「何のことかな? というかどこかで会ったかな?」

 この男、ここに来て見苦しい言い逃れを……!?

とぼけないでください、アンタはギズドロビィーでしょう。かつてエフィリトの街でギルドマスターをしていた」

「たしかにギズドロビィー理事の経歴は覚えている」

 アンパョーネン理事さんが割って入る。

 しかし僕の糾弾の邪魔をするためではない。むしろアシストをしてくれるようだ。

「ギズドロビィー理事はたしかにエフィリト街ギルドに出向していた時期があったのう。そしてエピクくんもエフィリト街の出身、面識があっても不思議ではないのう」

「ジジイ、余計なことを……!?

 ギズドロビィーは小声ながらたしかに言った。

 そしてしきれないと悟ったのか、今度は身の毛もよだつような猫なで声で……!

「え、エピクくん!! たしかにそうじゃキミはエピクくんだったな!! 懐かしいのう! 元気でいたか!?

「ええ、一度は冒険者ギルドをクビになりましたが、何とか復帰してここまで来られましたよ」

「なんとキミをクビに!? 誰じゃそんな酷いことをしたのは!? キミのように優秀な冒険者を追い出すなどありえん! その者には徹底した指導が必要じゃな!?

「そうですか? アナタはいつも僕のことを『無能』『役立たず』と言っていたじゃないですか?」

「グヒッ!?

 ギズドロビィーの顔中から大量の脂汗が噴き出す。

 周囲のギルド理事たちも……。

「あのエピク殿を無能……?」

「なんと血迷ったことを? 本当なのか?」

「しかし本人が言っていることだぞ?」

 と戸惑いが広がっている。

「ななななな!? 何を言っているのかな!? たしかにワシはかつてエフィリト街のギルドマスターとしてエピクくんが新人の頃から知っておったよ! まあさいかんぱつの若者でなあ! いずれはS級にもなれると思っておったよ!!

 ギズドロビィーから『話を合わせろ! 合わせろ!』とアイサインが飛んでくる。

 しかしそれに応じてやる理由が僕にはない。

 かつての押し切られるまま従っていた僕ではないのだ。

「ギズドロビィーさんは、僕が冒険者ギルドに初めて訪れた時のギルドマスターでした。彼は僕のスキルを見て『まったく役に立たない』と断言した。僕はその言葉を信じて自分がダメな役立たずだと、随分長く思っていました」

「おいコラァ!!

 ギズドロビィーが声を荒らげる。

 それもそうだろう、かつて自分が酷評した冒険者が、今や一躍最上等級へとのし上がっている。

 そんな現実は、彼の見る目のなさを証明するもの。

 ギルド理事としてハッキリとした痛手に違いない。

 かつて彼が言ったことはデタラメだった。

 真実とはまるで違う大ウソを信じ僕は、自分の能力、自分自身を『役立たず』として卑下しながら生きてきた。

 僕の無力感に苛まれた前半生はコイツによって始まった。

 しかし僕は、前任ギルドマスター……かつての恩師のこの狼狽うろたえぶりに、さらなる裏があるのでは? と思い始めた。

 そう疑った根拠は……。

「アナタの後任だったギズドーンは最悪でした。そのことは聞いていましたか?」

「け、けしからん話じゃのう!? ギルドマスターの立場を利用し、好き放題のやりたい放題。ギルド理事会としては、そのような不正を厳重に取り締まり……!!

「ヤツの行った不正の一つに、報酬の中抜きがありました。酷く悪質な……!」

 具体的には僕が行っていた薬草採取。

 薬草採取自体は簡単なF級クエストなれども、薬草と一言でくくっても多くの種類があり、中には薬効著しく貴重であるため、とんでもない値がつくものもあった。

 そうなどがそうだ。

 僕は毎日、何の気なしに森の奥まで分け入って紫霧草を採取していたが、あれが金貨数枚分の価値があると知ったのはスェルたちと出会ってからだ。

 それまでは薬草の詳しい価値など知らずに提出し、F級クエストの最低賃金しか受け取っていなかった。

 そして依頼主である薬師協会さんからは最大限の報酬をせしめる。

 その差額は、一体どこへ消えていたのか。

「全部ギズドーンの懐に入っていたそうです。アイツの失踪後、ギルドマスター代理になったヘリシナさんの調査で分かりました。しかしどうもに落ちない」

「な、何がじゃ、ギルド理事会で関係ない話は……!?

「アイツの支配から解放されるほどに思うんです。ギズドーンはバカで、もうけの仕組みを考えられるような知恵があったとは思えない」

 こう考えればどうだろうか?

 あの不正はギズドーン自身が考え出したものではなく、それ以前からもう既にあって、ヤツはそれに乗っかっただけではないのか?

 ギズドーン以前にもっとずるがしこいヤツがいて、ソイツがぼろ儲けのための悪巧みを考え出した。

 才能豊かではあるが幼く世間知らずな少年をだまし、自分のいいように操れるようにして最低賃金で働かせる。

 それで得た利益を最高値で売りさばき、その差額をそっくりそのまま懐に入れる。

「僕は何も知らないガキだった。ギズドーンに追い出されてギルドの外の世界を知り、それでやっと自分が騙されていたという事実に気づいた」

 僕は大バカだったんだろう。

 狡賢いヤツらから見れば、利用しやすくて利用するだけ大きく得するしいバカだ。

 騙されているのにそれに気づかないのん気さは責められるべきだろう。

 しかしそれでも。

 騙す方の罪が許されることにはならない。