
冒険者ギルドが再スタートを切って早や数日。
その日も僕エピクは、いつも通りの薬草採取に
クエスト達成。
「摘んできた薬草の査定をお願いします」
「はいはい~」
ギルドマスター代理ヘリシナさんの一存でD級まで上げてもらった僕。
しかしながら今もやってることは相変わらず薬草採取であった。
別にこだわりとかじゃないが、等級が上がっても初心を忘れないように……との思いで続行している。
そうでなくても
あとガツィーブみたいなのを
「エピクくんは今日も仕事が早くて正確ですねえ。査定する方も気合いが入りますよ」
それは今受付しているヘリシナさんも一緒だが。
ギルドマスター代理という立場にありながら、一日の間に必ず時間を見つけてギルドの受付に立っている。
彼女も前任という最悪例を間近に見てきて思うところがあるのかもしれない。
「はい、いつも通り摘み方から保存法まで完璧ですね。モノはいつも通り、エピクさんが直接薬師協会へ届けに行きます?」
「もちろん!」
ギルド復帰前後で違うところがあるとしたら、そこだった。
追放時散々お世話になった薬師協会さんと縁を途切れさせないためにも、クエストの終わりに毎日顔を出すようにしている僕です。
「それから、ついでに狩ってきたモンスターの素材なんですが……」
「わかっていますよ。そちらはギルドで解体して、獲得できた素材は優先的に薬師協会へ回しておきますね」
「よろしくお願いします」
ちょうどギルドの入り口前では、大量のモンスター死骸が荷車に積まれてひしめき合っている。
僕が
『消滅』スキルの応用を覚えた成果だな。
獲ってきたモンスターはマジョロウグモを始め、森の奥にいる強豪ばかり。
ぬるま湯組の再教育のため、乱獲は控えるように言われているので奥めのモノどもを適度に狩るようにはしていた。
それでもギルド前には人だかりができて……!
「これ皆、A級相当の怪物モンスターばかりだぜ……!?」
「オレたちがコイツらと遭遇したら余裕で死ねる……!?」
「これを本当に、底辺F級のエピクが狩ってきたのかよ……!?」
集まってくるのは大抵ギルドに所属する冒険者たち。かつて僕のことを蔑んできた人たちだ。
「だから言ってるでしょう。エピクくんの実力はアンタらとは比べ物にならないのよ」
と口を出すのはA級冒険者のリザベータさん。
休暇中と言いつつも乞われてギルドの指導役に就いた、案外面倒見のいい人。
「相手の実力を読み切れないのもアンタらの未熟さよ。死線の三つもくぐれば手を出しちゃいけない相手ぐらいすぐさま見分けられるのに。アンタらが今日までピクニック同然の簡単クエストしかこなさなくて危機本能をまったく磨いてこなかったってのが、よくわかるわ」
「お、
「エピクくんはもってるスキルが強力すぎて倒したモンスターの破片も残らなかった。だから討伐証明も素材持ち込みもできなかった。その意味をよく考えてみることね」
リザベータさんからバシバシ言われて、返事もできない冒険者たち。
一応これでも、やらかしすぎたガツィーブなどとは一定の距離を置いていたためギルド残留を許された人たちだ。
しかしそれでもぬるま湯に浸りきっていたのは間違いないわけで……。
「オレたち嫌ってほどわかりました、自分がどんなに
「適当に狩りに行って、モンスター倒して。それでも一応やれてるからいっぱしの冒険者のつもりだったのに……!?」
「あんなガツィーブみたいになるのは嫌だ! 今からでもちゃんとしねえと冒険者としてだけでなく人間としてダメになる!!」
「お願いです
冒険者たちが克己心に燃えている。
もっとも思い上がってどん底まで
しかし彼らがやる気をもって、現役A級であるリザベータさんの指導を受ければきっと熟練の冒険者として大成できることだろう。
この街のギルドも安泰だ。
「よーし、じゃあ早速訓練の一環で魔の森の奥に入るわよー!」
「「「「どえぇえええええッッ!?」」」」
「より上のレベルを知っておけば、下層浅層で後れを取ることなんてまずなくなるわよ。経験値もたくさん入るしねー」
そりゃあより厳しい環境に身を置けば成長の機会にはなるだろうが。
ハイリターンに見合ったハイリスクが伴わない?
「リザベータさんにお任せしていれば彼らは大丈夫ですね。ですが、彼らにばかり負担をかけるわけにもいきませんよエピクくん?」
なんで僕のこと名指しなんですかヘリシナさん!?
「いえいえ、実力に関してはもはやエピクくんはまったく問題ないと認識しています。他に問題があるとすれば、その実力に見合っていない肩書きでしょうね」
え?
しかし僕はついこの間大躍進してD級に登ったばかりですが?
「A級相当モンスターをこともなげに狩ってきて何を言うんですか? A級冒険者が頑張って倒せる程度の強さだからA級相当って言われるんですよ」
つまりソイツらを余裕で狩ってきている時点で……。
「エピクさんはA級になる資格が充分あるってことです。いいえ、A級相当モンスターを余裕で狩ってくるぐらいですからS級でもいいぐらいです。ですがS級に認定されるには理事会の許可をはじめ様々な条件をクリアしないといけない。つまりは非常に面倒くさいので……」
まずはA級冒険者に昇格しようと!?
「いやいやいやいやいやッ!? 無理無理無理無理無理無理ッ!? 僕なんかがA級冒険者なんて夢のまた夢ですよ!」
「そういう無闇に自分を卑下するところなかなか直りませんね。でも大丈夫、エピクさんなら必ず昇格できますよ」
とはいえ、今の段階ですぐに僕をA級にすることは不可能だという。
冒険者ギルドでは昇格に厳しい規定があって、各等級に上がるにはどんな条件を満たし誰の認可がいるかなど細かく決まっているそうな。
僕の現等級Dまでなら所属ギルドマスターの一存で承認可能。
それより上に行くには他のギルドマスターや、ギルド理事会など複数からの承認が必要なんだとか。
「エピクくんにはここ数日A級B級のモンスターを納入しまくってもらってギルドにしっかり記録させてもらいましたからね。この成果で昇進はまず可能ですし、都市議会の方からも推薦してもらえることになりますので……」
「あ、じゃあ私からも推薦しとこうかー?」
とリザベータさんも話に乗ってきた。
これから指導する冒険者たちを充分に泣かせてから。
「身内だけの推薦だと『共謀しているかも?』って思われかねないから、私の証言が加わればかなり有利よ。ほら私一応部外者だし」
「よろしくお願いします。我がギルドとしても、エースのエピクくんを速やかに押し上げたいので」
ちょっと、ちょっと、ちょっと!?
待ってくださいよ、そんなに
「別にいいですよ僕は等級なんかに
「ダメですよエピクくん、アナタはもっと正当な評価を受けないと」
だから正当な評価を受けていると思うんですが?
「同じことを繰り返しますがA級相当モンスターを楽々狩ってこれる冒険者はA級でないといけません。エピクくんはA級になるべきなんです。それに満たなければBでもDでもFでも不適格という意味で同じです」
「僕は満足していますが……」
「前任ギルドマスターは……いいえこれまで当ギルドは、エピクくんを不当に扱ってきました。実力に見合わぬ最低等級で。これ以上ない貢献をしているのに皆でアナタを見下してきた。それを改善しない限りギルドが立ち直ることはありません」
だからそれを改善すると?
全力で完璧に、僕の待遇改善に取り組むと?
「エピクくんが少なくともA級に足る実力を持つ以上、実際にA級になれるよう支援しなければギルドの役割は果たせません。
「強さには責任が伴うものなのよ」
リザベータさんまでもが畳みかけに来る。
「アナタが実際にA級で、ギルドの連中もしっかり認識していればアイツらも現状をしっかり認識できたろうし、あんなぬるま湯に浸りきった腑抜け冒険者にならずに済んだわ」
「それは……!?」
そ、そうだな……!?
薬師協会長さんからの指導でも、そんなことを言われた気がする。
僕自身いまだに自信が伴わないが皆が勧めてくれるなら勇気をもってチャレンジしようじゃないか。
僕は、A級冒険者になってみる!!
「よく言った! やっぱり男は思い切りがよくないと!」
「ではさっそく理事会に申請しておきます。前ギルマスの不祥事で借りができていますから、向こうも無下にはできないでしょう」
決まればズンズン進んでいく。
「それではエピクくん、旅の支度をしておいてくださいね」
「旅!?」
「A級の認可を受けるには理事会の直接審査を受けなければいけませんので。ギルド理事会のある王都までいかなければなりません」
急に僕、遠出をすることになった。
なんか急に王都へと旅立つことになってしまった僕。
王都ってどこにあるの?
まずそこからよくわからない。
物心ついてからずっとこの街を起点に暮らしていて、隣街にすら行ったことがない。
そんな僕がいきなり大都会、王都へ。
僕は一応ここまでの流れを報告しに薬師協会へと訪れた。
お世話になっている協会長一家の皆さんに話を通しておかないと。
「だからママ! 人前でイチャつかないでよ!!」
「いいわね、この家族感! 山じゃ味わえないわ!」
最近よくスェルとメドゥーサ様が
今になって急に家族としてまとまり出したんだから
揉める原因はひとえにメドゥーサ様が、夫である薬師協会長さんと所かまわずイチャつこうとするからだ。
街では怪物の本性を隠して一平凡なマダム然としているが、元が絶世の美女なだけに凡人ぶっていても全然凡人にならない。
さらには街有数の名士でもある薬師協会長さんが、これまで
身分も実力もある年経た男性が、小悪魔に魅入られて道を踏み外したなんてことまで言われている。
あるいはご令嬢であるスェルと継子継母関係で一波乱あるか? という周囲からの視線もあったが、どうやら実の母娘らしいという続報が伝わりさらに興味が過熱。
『どういうこと!?』と注目が集まり、今では僕の活躍もそっちのけで街の話題を総ざらいと言ったところだった。
「というかせめて! せめてイチャつくのは夜だけにして!! いや、夜もできれば遠慮してほしい! 親の
「こっちとしては
「なんで泣くのよ!?」
「そりゃあ好物件は男女問わず皆から狙われるものだからねえ。ずっと一緒にいるからって油断してると、行動力のあるヤツにパッとさらわれて泣くことになるのよ。ただの時間経過で関係が深まるなんて夢にも思わないことね」
「ぐぬぅ!?」
なんか言い負かされた感になってしまったスェルが一瞬こっちを向いた気がするが……。
なんだ?
「まあまあ、エピクくんもやってきたことだしケンカはそこまでにしようじゃないか。ウチの家族もすっかり
「薬師協会長さん、痩せましたね」
それから僕は、今日の用向きを手短に告げた。
ギルドからA級への昇格を勧められたこと。
僕はその話を受けたので、審査を受けるためにギルド理事会へと行くことになる。
「ギルド理事会はどこにあるんですか?」
「王都だって」
「王都!? じゃあそこまで行って帰ってくるには……!?」
その話にまず大きく反応したのはスェルだった。
慌てているような、
「まず王都までの移動に二十日ほど、帰りにも同じだけの時間がかかる。さらにはA級の審査がどれだけの時間がかかるかは正直見当がつかんな。B級C級と違って決まった試験があるわけでもないから」
薬師協会長さんが説明してくれる。
この人もかつてA級まで登り詰めた冒険者なので教えを乞うには打ってつけだった。
「実際に私がA級になった時は全部ひっくるめて半年は街に戻れなかったよ。たしか理事会の招集に時間がかかるとか言われた。お役所仕事がトロトロなのはどこでも同じらしいね」
「っていうかイモーロまで行くのに二十日で済んじゃうのね。人間の技術も随分進歩したじゃない」
「今の王都はイモーロじゃないんだよ。百年ほど前に遷都してね。……キミと会話すると時代の流れを感じさせられるね。無闇に大きな……!?」
半年か……!?
僕自身、経験者の情報から予想以上の期間に動揺させられる。
そんなにも長く街を離れることになるのか。
「あの、僕がいない間の薬草採取ですが、リザベータさんが代わりを務めてくれるそうなんで心配しないでください。他の冒険者も彼女がガンガン鍛え直していますし……」
「ギズドーンさえいなければ冒険者ギルドは大丈夫だろうから心配してないよ。それよりも心配なのは……」
薬師協会長さんの視線が不意に横を向く。
つられてその視線を追うと行き着いた先はスェルだった。
何か彼女の様子が妙だった。
僕がA級昇格の審査を受けに行く……と言った時点から一言も話さないし。
何やら怯え戸惑っている様子は普段の彼女らしくない。
「……アナタ」
「うむ」
そしてもう一言二言で通じ合っている夫婦。
「頼みがあるんだがエピクくん、ウチのスェルも一緒に連れていってやってくれないか?」
「えッ!?」
「ちょうどこの子も薬師結社に加入させなければいけない時期だからね」
結社!?
何ですいきなり!? 不穏当な単語が出てきたけれども。
「勘違いしないでくれ。薬師結社は危ない組織ではない。しかし薬師という職業の性質上、その職に就く者は協会と結社両方に加入しておいた方が望ましいんだ」
「というと?」
「薬師は薬を作る職業だ。そして薬は人の社会に大きな影響を与える。いい意味でも悪い意味でも」
疫病を治す特効薬があれば、数千数万という人の命を救うことができる。
その逆に薬は使いようによっては毒にもなる。薬の間違った使い方が横行すれば毒殺によって社会は大混乱に陥るだろう。
「そのため薬師は、自分の修めた薬の知識をみだりに広めず、正しいことに使うと誓わねばならない。その誓いを統括するのが薬師結社だ。薬の売買を
「本来薬の調合法は、薬師結社だけが管理している秘密の法なの。秘密の厳守を誓い、薬師結社に加入した者だけが師について、教わることができるのよ」
メドゥーサさんも説明を継ぎ足してくれる。
「下界のことにお詳しいですね……!?」
「そりゃあ、この秘密を守る仕組みは私が考えたことだもん。もっと言えば薬の知識は、私が人間たちに与えたのよ」
スケールが違った。
「簡単な消毒薬や風邪薬程度……なら一般的に広まっていて少し学べば誰でも作れる。だがもっと効果のある薬となったら薬師結社に所属して専門知識を得なければならない。スェルもそろそろそういった段階に進まなければと思っていたところだ」
つまり薬師とは、薬師協会に所属するだけでは一人前とは言えない。
より深い知識を秘蔵した薬師結社にも所属することで、真の第一級の薬師となる。
スェルにもその段階を進ませようと……?
「しかし薬師結社への入門は王都へ行かなければ。スェルもいつかは……と思っていたが、若い娘一人あんな大都会へ送り出すのは心配で
A級冒険者の資格を取るため、王都を目指す僕。
行くべきところは同じ。
「キミと一緒なら他の誰よりも安心できる。それぞれの目的を果たすために一緒に王都へ行ってやってはくれないか」
「僕でよければ喜んで」
僕、即答。
これまで散々世話になってきたスェルたち一家なので、僕でお役に立てることがあれば率先して行いたい。
「行きましょう王都、スェルと一緒に!」
それがきっかけとなったのかどうか、スェルの表情がまた一気に激変した。
何やらキラキラとときめいて……!?
「うふふふ……スェルちゃん、さっき言ったこと忘れないようにね」
そんなスェルの肩にメドゥーサ様の手が置かれた。
「一緒に過ごした時間の長さは、関係の深さとあまり関わりがないのよ。成功するのは常に行動を起こした者だけ。それに男も女も違いはないのよ」
「ま、ママ……!?」
「白馬の王子は、迎えに来るものじゃなくて捕まえに行くもの。肝に銘じておきなさい」
こうして王都へ向かう旅路は、僕とスェルの二人で行くことになった。
一人だと何かと寂しく不安だったが彼女が一緒にいてくれるなら全然安心、百人力だ。
◆
そして少しの準備期間を経たのち、僕らは王都へ向かって街を
スェルと共に馬車に揺られ、途中の街や村で宿泊しつつ、幾日もかけて進む。
しかし、それでも王都に着くのはいつのことになるやら。
馬車に揺られて旅の空。
王都へはまだ着かない。
「先に聞いていたこととはいえ、王都は遠いなあ」
「エピクさん、リンゴ
「食ーべーるー」
同行するスェルともすっかり旅慣れて、なんだか前より打ち解けたような気がする。
途中宿泊する時は一緒の部屋を取るんだよ。
節約にもなるしね。
「しかし、あと何日で王都に着くんだろうねー?」
「お父さんの話が本当なら、あと八日はかかるんじゃないですかねー?」
ウソォマジでー?
いい加減、馬車に揺られすぎて尻がカチコチになってるんですが。
長時間乗り物にただ乗っているだけというのも案外苦痛で、僕もスェルも表情が消えて受け答えもテキトーになっている主な原因もそれだった。
帰りも同じ距離だけ揺られていくと考えるだけでますます表情が消える。
「なあ、キミらも王都に行くの?」
「は?」
唐突に声をかけられて、乾きかけた心で反応が雑になった。
馬車内の向かいの席に、まだ表情の
僕らが乗車しているのは決まったルートを往復する乗合馬車で、複数の乗客が乗り合わせている。
僕らに話しかけてきた男女ペアは、今朝から乗り合わせていて、そのせいかまだ精神が疲弊してないようだ。
馬車での移動生活連続十二日目の僕たちとは違う。
「ああいや、急に話しかけられて警戒したかい? 見たところ目的が同じようなんでね?」
「アナタたちも王都に?」
「そうさ、世界最高と
言われてみれば、彼らの身なりは見るからに冒険者のそれだ。
帯剣もしており多少の荒事になら即時対応できそうな気配はある。
あくまで気配だけだが。
「地元のギルドには所属しないんですか?」
「ダメだよあんな
若い冒険者の、死にたいくらいに王都に憧れている感じが如実に出ていた。
そんな都会への幻想著しい若者に寄り添うような、やはり冒険者風の少女が言う。
「すみませんお騒がせしてしまって。彼、王都に行くと決まってからずっとこんな調子なんです」
「やる気なんですね」
「そうなんですよ。私は故郷の街でじっくりレベル上げしてもいいと思ってたんですが、彼は一日も早く上級冒険者になりたいそうで……。ウチのような田舎じゃ精々B級ぐらいが最高ランクなんです」
最高位がDだった僕のところのギルドより断然いいじゃないですか。
「Bなんて二流の最高点さ! やっぱりA級、冒険者の一流はA級からだよ! 王都のギルドに所属すれば、A級に推薦されるだけの大きなクエストだって受けられるはずだ! 実力もつくしな!」
「そう言って、王都の冒険者ギルドに所属するって聞かないんですよ彼。一応才能はあるって皆から言われて地元ギルドからは残留を望まれたんですがねえ……」
「地元には世話になったが、恩義に
夢の大きい人だなあ……。
普段ならもうちょっと
同じ状況のスェルなどはこの期に及んでも一言も発していない。
「というかキミらだって同じような目的で王都を目指してるんじゃないのか? その身なりや
「ええ、まあ……!?」
少なくと僕の方はね?
しかしスェルは違うし、職業自体冒険者などではない。
「たしかに僕は冒険者ですけれど、王都のギルドに移籍するつもりはないんですよ。王都へは……、そう
A級冒険者への昇格認可を取るという野暮用に。
「それは残念だなあ。せっかく同志に巡り合えたと思ったのに」
「同志ですか……!?」
「そうだよ! 王都で一旗揚げようとする新人同士、パーティを組むにはいい相性だと思うんだけどな。隣の彼女はサポート系職業だろう!?」
スェルのことか。
たしかに彼女は薬師なので、彼の推察はあながち大間違いでもない。割と言い当てているところが恐ろしい。
「うちのエリーは魔導士で、後衛からのロングレンジ攻撃を得意としている。オレとキミとで前衛を張って、後衛の女性二人で鉄壁のサポート! いいパーティだと思わないか!?」
「『思わないか』って言われても……!?」
なんで僕たちが一緒に冒険する流れになっているんですかね。
たしかにスェルは薬師だから、素材さえ確保できれば回復から強化、クエスト中の体調管理までこなしてくれる後方支援オールラウンダーだ。
それに遠距離攻撃ができる魔導士が加わり、二人の前衛で固めれば安定性も増してより堅実なパーティに……。
って何シミュレーションしているんだ僕は!?
「いやですから、僕らは王都では冒険者活動しないでですね……!?」
「ダメだぜ冒険者がそんな守りに入っちゃ。冒険してこそ冒険者だろ、もっと夢を見ようぜ!」
「上手いことを言ったつもりかもですが……」
「それに、そんな弱腰じゃそっちの彼女に嫌われちまうんじゃないか?」
と言われた途端ズコバタッと大きな音が馬車内に響き渡った。
スェルが座席から転がり落ちた音だった。
「スェル!? そんな大きなリアクションして……!?」
「そんな!? なななななな……!? 彼女なんて……!?」
「あれ違うの? オレたちと似たような感じだからてっきり……!?」
「ダメよアレオ、何でも自分たちと同じように思っちゃ」
たしなめる同行の女魔導士さん。
一体何?
「すみません実は私、田舎を出る時に彼からプロポーズされて……!」
「プロポーズッッ!?」
吹くように反応するスェル。
「おうよ!『A級冒険者に上がったら結婚しよう!』『昇進次第すぐに挙式できるように、常に

「私を田舎から連れ出す方便としても殺し文句すぎて……!」
顔を真っ赤にしてうつむく向かい席の女魔導士さん。
そりゃそこまで力いっぱいに言われたらついていかざるをえないよな……!?
「これが行動力……!?」
その隣で
「だからキミも、もっと冒険も恋愛も情熱的にならないとダメだぜ。都会には誘惑が多いんだから、ボサッとしてるとその子も他の男に取られてしまうかもだぜ」
「ぴうッ!?」
何故かスェルが鳴いた。
あまりに過剰な反応だったので相手側もドン引きし……。
「あれ? もしかして本気にしちゃった? ゴメンね怖がらせて?」
「もうアレオってば押しが強すぎてデリカシーに欠けちゃうのよ」
隣の恋人さんもご立腹だ。
しかしまあ……若い男女で二人旅していたらやはり恋人同様に見られてしまうものなのだろうか?
少なくとも向かいのカップルのように濃密なほどのイチャイチャ感を出しているのは問題外に思えるが……。
そういえば宿に泊まる時も僕とスェル相部屋でって言ったら宿屋の主人から妙な目で見られたしなあ。
翌朝『ゆうべはお楽しみでしたね』って言われた真の意図が今さらながらに理解できて、顔から火が出そうになる。
そうか……、そういう風に見えていたのか……!?
「お、彼氏の方も意識してきたかい? だったら彼女にいいところを見せるためにも是非とも一緒に王都で困難クエストを……!」
「だから強火で押さないの」
畳みかける彼氏とたしなめる彼女。
この押しの強いカップルと同乗して馬車に揺られるのも案外疲れるな、今日の宿泊地に着くまでスタミナが持つだろうか……と考えていると救いの神というべきか、前の方から声がかけられた。
「お兄ちゃんら冒険者なのかい?」
それは馬車を操る御者さんからの声だった。
しまった
「ああそうだぜ! オッチャンもオレの語る夢を聞きたいか!?」
そして同乗者くんの強気がいまだに止まらない。
「そんなの聞かされたらとっくに夢を忘れた中年なんか
「緊急クエスト!? 何それ、面白そう!?」
いきなり何を言い出すんだこの御者さんは?
話がよく見えてこないんだが。
「進行方向に不審な影がチラホラあってなあ。御者歴二十年のワシにはわかる。あれモンスターだ。馬でも食われたらワシは破産だしアンタらも野っぱらで立ち往生だから、退治するか追っ払うかしちゃくれねえ?」
話が明瞭によく見えた。
さて、冒険者活動開始だ。乗合馬車の御者さんが指し示す先、たしかに何やらモゾモゾしている影がある。
ただし極小。
見晴らしのいい野原で、ほぼ地平線から出たり隠れたりしている遠さで、よくまああんなのに気づいたなと感心する。
並の冒険者なら見過ごしているレベルだ。
「長く馬車転がしてるとわかってくるもんなのさ。まあ白状すれば真っ先に気づくのは馬だ。そしてワシらは馬の怯えに気づいているだけなんだがね」
なるほど。
「街から街へと渡る馬車を転がしてたら一番怖いのはモンスターや野盗どもだからなあ。というわけで兄ちゃんたち、無事に目的地に
「任せろ! ちょうど退屈してたところだからな!」
同乗の若き冒険者に『避ける』という選択肢は最初からなかった。
まだ
ならば目当てはまず馬、それから人間の僕たち。食料としての『肉』だろう。
道を急ぎ、次の街に飛び込めば連中も諦めるかもしれない。
しかし影は我々の進行方向にあって、前進するのはヤツらに接近するのと同義になってしまう。
だから進みながら逃げるのは実質的に不可能だろう。
ならば一番安全確実なのはこの場でUターンして、今朝発った前の街に戻る。
後退はしてしまうものの安全を取るのであれば、これが最善策だと思える。
しかし、この場にはそういう安全策を拒否する者もいた。
「冗談じゃないぜ! 一日も早く王都へ行きたいのにこんなところで後戻りなんかできねえよ! 危険を冒してこそ冒険者! 目の前の障害は蹴散らしてオレの武勇伝に加えてやるぜ!」
そうなるよね。
これまでの話しぶりから考えたら。
同行者がこんな勇ましさでは僕が撤退を提案しても、意見衝突で
その間にもモンスターは着々と迫っている。
僕が臨機応変に対応を変える方が賢明だろう。
「ズンズン迫ってくるな……。ほぼ直進。向こうもこっちに気づいて……獲物と認識してるってことか」
「上等だぜ!!」
だからなんでそんなに勇ましいのか。
ええい、こうなったら迎え撃つしかない。
「スェルは馬車の中で動かないでくれ、何があっても出てこないように」
「はいッ! 傷薬をたっぷり用意しておきますね!!」
馬車や同行者の安全を考えたらできるだけ近づけさせず、こちらから迎え撃ちに行った方がいいかなとも思ったが、万が一伏兵がいたとすれば却って危ない。
馬車を徹底的に死守するためにも、相手の戦力を見極めるためにも可能な限り引き付けるべきだなと思った。
「なあキミ、まだ名前を聞いてなかったよな?」
「えッ? ああ、はいエピクです……!?」
「オレの名はアレオ!!」
同行の男冒険者が言う。
「向こうが来るのを待ってるってのは性に合わねえ! オレはひとっ走りいってモンスターどもに先制攻撃を加えてやるぜ!! エピクは万が一のために馬車を守ってくれ! それで完璧だ!!」
いやあんまり完璧じゃないと思いますがね!?
しかし僕が止める間もなくアレオなる若手冒険者は駆け出して行った。
いくら見晴らしのいい草原だからと言って、切り
モンスターでも種類によっては身を隠すことも
追いかけようと思ったが馬車には戦闘能力を持たないスェルや御者さん、それと馬。
あの無鉄砲くんの道連れである女魔導士の実力も未知数で、リスクを冒せなかった。
そうしているうちに無鉄砲アレオくんとモンスター影の間合いはドンドン縮まっていく。
ヤツらも獲物を追い込もうとしているので距離は縮まる。
それで輪郭もだんだんはっきりしてきて、何のモンスターか識別できてきた。
「でもなんだあれは!?」
獣……と
一見してオオカミか何かのように思われたが、体格というか体つきが完全に人体のそれ。
つまりオオカミみたいな人。
走ってアレオに接近する時は四本足で、充分に距離を詰めて戦闘態勢を取ったら立ち上がって二本足になった。
状況で使い分けている。
「あれはライカンプだ……!」
僕の隣で御者さんが言った。
「この辺に出没するモンスターの定番で、オオカミみたいに人や家畜を襲う凶悪なヤツだ。その上見た目通りに半分人が交じっているせいかオオカミよりずっと
説明を聞いただけでとても厄介なヤツだということがわかった。
「兄ちゃん初めて見るかい?」
「僕のいた街では見かけませんでしたね……!?」
ところ変われば品変わるとはこのことか。
確認のため、馬車に残った女魔導士さんを振り返ると無言で首を振られた。
彼女のところでもあのモンスターは
だとすると必然あの無鉄砲アレオくんも、あのライカンプなる人狼モンスターは初見ということになる。
何の予備知識もなくひたすら突っ込んで大丈夫?
「一刀両断に突き進んでやるぜ! スキル『切断強化+2』!!」
おお。
なんか
あれで振り下ろせば敵もやすやす斬り刻めそうだが……。現実は非情、なかなかそうはならない。
「そんなッ!? オレのスキルで斬れない!?」
いや、正確には斬ることは斬れた。
しかしそれは群れる人狼の一体の腕に食い込み、切断できぬまま途中で止まっている状態か?
それを遠目で確認し……。
「骨を断てなかったか」
「『切断強化』って剣の斬れ味を上げるスキルだからなあ。結局切断力は持ってる武器の性能に依存するからスキル頼みで武器をちゃんとしないと案外あっさり限界が来るんだ」
案外的確な解説をしてくる御者さん。
一体何者?
いや、そんな落ち着いて見守っている場合じゃない。
振り切ることができず武器が埋まってしまった無鉄砲アレオくんは、いまや身動きができない状態。
ライカンプは群れで襲ってきているので、この硬直を他の獣が見過ごすはずがない。
一斉に襲い掛かる。
「うわあああッ!? 来るなあああああッッ!?」
アレオは剣の
そのタイミングが紙一重で冒険者としての才能を感じさせたが、しかし完璧にはよけきれなかったようだ。
人狼の爪の一振りが足をかすったようだ。この距離では確認しがたいが、足を引きずっているので深手かもしれない。
どの道、足に傷を負ってはあの人狼集団から逃げ切ることもできないし、剣も手放したから丸腰だ。
つまり攻めるも
「アレオッ!」
女魔導士さんが慌てて馬車から飛び出してくる。
恋人のピンチなんだから当然だろうが。
「魔法で援護を……ダメだわ、距離が遠すぎて今の私のレベルじゃ射程に入らない! もっと近づかないと……!」
「待ちなさい」
何よりもまず駆け寄ろうとする女魔導士の肩を持って止める。
恋人を助けたい気持ちもわかるが無策で突っ込んでも、二の舞になる可能性が高い。
相手は群れで行動する上に、俊敏なモンスター
「でもあのままじゃアレオが殺されちゃう! まさか見殺しにするつもり!?」
「そんなわけないでしょう」
この距離なら……行ける。
『消滅』スキルを発動。僕は丸く球状に整えた『消滅空間』を数個。狙い定めて投げ放った。
それだけで彼に飛びかかろうとした人狼数体、その頭が音もなく消え去った。
「うえええッ!?」
よし、今日も狙いが正確だぞ『消滅弾』。
飲み込んだものを何でも消し去る『消滅空間』を飛ばす遠距離攻撃だが、毎日魔の森で訓練した
「どうして!? モンスターが皆死んで……助かった!?」
遠い前方でアレオくんは、目まぐるしい状況変化についていけず
しかし状況はさらに激変する。
「エピクさん!!」
つんざくスェルからの声に緩みかけた警戒心が引き締まる。
馬車の周囲の草むらから、突如突出する複数の影。
またライカンプか!?
やはり草むらに隠れて忍び寄っているヤツがいた。
「これ見よがしに姿を
獣のくせに周到な。
普通ならここまで接近を許してしまった時点で詰みだった。飛び出してきた人狼は五~六匹。これだけの数に大きな馬車を守りながら戦うのは現実的ではない。
しかし。
「『消滅』!!」
僕の放ったスキルですべての人狼が一瞬のうちに消え去った。
その様子を女魔導士さんは間近で、無鉄砲くんは遠方から目撃して目を丸くしていた。