四章 二人の思い出



「はぁ? 再婚?」

 ついこの前離婚したばかりだというのに、父親が再婚するという。しかも、相手の女は子連れ。冗談じゃない。

 ──さては不倫でもしてたのか?

 涼はつい半年前に出ていった実母を思い出した。

 もともと独立心の強いタイプで、親に甘えたりすることは幼少期からなかったが、そこまで仲が悪くもなかったのに、離婚するなんてなにかあったのだろう。

 引っ越しなどしたくなかったから、そのまま父親と住むことにした。

 が、再婚相手は子持ちだという。しかもまだ幼児だ。

 あと数年したら親元なぞ離れるし、親も好きにしたらいいと思ってはいたが、家の中に他人が入るとなると面倒だ。

 しかも幼児なんてきっとうるさくて汚くて、生意気だろうし、高校を卒業したらさっさと家を出た方がよさそうだ──そう思った。

 1ヶ月もしないうちに、再婚相手の女とその娘が家に転がり込んできた。

 いわゆるバリキャリで、父親の部下らしい。詳しい事情は知らないが、いけすかない女であることだけは確かだった。

「この人がお兄ちゃんになるのよ」

 母親の後ろで遠慮がちにこちらを見つめる幼児は、目がでかくて小さくておどおどして、捨てられた子猫のようだった。

 この子にも父親がいたろうに、親父が略奪でもしたのだろう。

 何事にも頓着しない涼のような性格ならまだしも、事情を知らない幼児には、いきなり知らない人間が家族になるのは、きついだろう。

「よろしくお願いしますでしょ? まゆちゃん」

「別にいいよ、いきなり兄妹になるなんて言って、へっちゃらなほうがおかしいだろ」

 そう言い捨てて、部屋に戻る。

 なるべく継母には関わらずにいたが、同居しているので、全く目に入らないわけではない。

 両親は毎晩夜中まで働いていた。

 まゆは、放置子だった。

 保育園にベビーシッターが迎えにいって、帰宅後は用意された冷凍食品を食べていた。

 おとなしい性格で、少しどんくさい。

 さみしいとも、構ってほしいとも言わず、その生活を許容していた。

 涼は一人で自分のことができるが、小さい子には酷に見えた。

「これ食べる?」

 冷蔵庫にあるものをちゃちゃっと料理して出してやると、

「お母さんが、お義父さんやお兄ちゃんに迷惑かけちゃ駄目って」

「ご飯食べるのが迷惑なの?」

 訊くと、困った顔をした。

「ついでだからいいんだよ」

 促すとおずおずと食べ出した。

 捨てられた猫に餌付けでもしている気分になる。一人っ子の涼には、突然できた義妹は、未知の生き物だ。

 高校生男子に幼児の世話なんて、できるはずがない。

 が、遠慮がちにもぐもぐご飯を食べている姿はかわいい。

 子供なんて別に好きでもなんでもないが、小さくてかわいいものは人間誰しも守りたくなるものかもしれない。

 要領も悪いし、人の顔色を窺ってばかりで、自己主張さえしないまゆを見ていると自然と世話を焼いてしまうようになった。

 継母は忙しいのはともかく、休みの日もあまりまゆに愛情を注いでいるようには見えない。

 ある日、まゆが学校帰りに近所にいる犬を塀の外からじっと見ている姿を見かけた。

「犬好きなの?」

「うん」

「飼いたい?」

「お母さんが、まゆに手がかかるから駄目だって」

「手がかかる?」

 手なんかかけてねぇじゃねーかと思ったけれど、そんなこと言ったら傷つくだろうと思ってやめた。

 他から見ておかしくても、まゆにとっては、あの母親以外いないのだ。

 なんだか不憫に思えてきて、他に慰める方法も知らず、寂しそうな横顔のまゆの手を引いて、駄菓子屋に連れていくことにした。

 女子供の元気を出させるには、甘い物を与えるのがよい。

「好きなだけ買っていいよ」

「えっ?! お兄ちゃんお金持ちなの?」

「うん。バイトしてるから、お金持ちだよ」

 小さなかごに、二百円分のお菓子を選ぶと、少しまゆの顔がほころんだ。

「もっと買えばよかったのに」

「お金、大事だし。あ、当たり出た!」

「んじゃ、明日また来よう」

 二人でいると、前から同級生の女子グループが来た。

「涼! 誰その子。隠し子?」

「そりゃーないでしょー、さすがに! あはは」

 甲高い笑い声と遠慮のない言葉に、相手をするのが面倒くさくなる。

「最近付き合い悪いじゃん! ベビーシッターのバイトでもしてるわけ?」

「これ、妹」

「うっそー! かわいいー! 全然似てなーい! 涼みたいにワルい顔してないじゃん」

「まあね。まだちっこいから、親が帰るまで見てないといけないんだわ、じゃあ」

 まゆが来てから、自分が世話をすべきペットがいるようで、遊びを控えるようになった。

 まゆは臆病で、雷や嵐でも怖くて眠れなくなるし、どんくさいので、色々世話してやらないといけなかった。

 頼まれたわけではないが、自然とそうした。

 自分にそんな一面があるとは思わなかったが、いつのまにか保護者みたいな気持ちになっていた。

 無責任な大人がいると、誰かが責任をもたざるをえなくなるものだ。

 どうせ今年は受験だし、アホな同級生たちと遊ぶより、自宅で勉強しなければいけないと思っていたから、ちょうどいい。

「あれ、お兄ちゃんの彼女?」

「いや、違うけど」

「ならいい」

 なにがいいのか知らんが、そう言うとまゆは嬉しそうだった。

 小さな手できゅっと服の裾を掴む。

「まゆ、おっきくなったら、お兄ちゃんと離れるんだよね」

「家族だからそんなことないでしょ」

「そうなの?」

「そうだよ。まゆちゃんが将来結婚しても、ずっと家族だし」

 そう言ってやると、なぜか悲しそうな顔をした。義理でもブラコンは結構かわいいかもしれない。

 まゆは嫌と言えない性格と自己肯定感の低さから、一方的なトラブルによく巻き込まれていた。

 文房具が壊されたり、教科書をぐちゃぐちゃにされるなど陰湿ないじめを受けたことがある。

 いずれも様子がおかしいから、涼は気づいたが、まゆはお母さんには言わないでといつも言う。

「なんで我慢するの?」

「黙ってれば済む話だから」

 やられたことは、十倍返しがモットーの涼には、このアホみたいに弱い義妹のことが信じられない。

「殴られたら殴っていいんだよ? 右の頬を叩かれたら、助走して左の頬に飛び蹴りするくらいがちょうどいい」

「やだ。だって、お母さんに迷惑かけたら困る」

 どうやら、まゆの母親はまゆを妊娠したせいで、前の夫と結婚せざるをえなくなったらしい。

 その結婚生活がうまくいかなかったせいで、まゆを煙たがっているようだった。身勝手極まりない女だと思う。

 そのせいでまゆは、子供らしいわがまま一つ言えない子になったようだ。

 母親と似ても似つかないところは良かったと思う。

 三つ子の魂百までもというが、まゆは優しい子だから、大人になってもそのままでいてほしい。

「わかったけど、僕には言うんだよ、一人で悩んだら危ないからね」

 秘密裡に、親父の名前でいじめっ子と担任、教師当てに文書を作成し、帰りは迎えに行ったりして威嚇した。

 年の離れた二人の奇妙な絆は、確かに存在していた。気ままに生きていた涼も、守るべき存在ができたせいで、少し変わった。