エピローグ



「……ふざけんなっつーの」

 ゆめさきよういかっていた。

 んなの前で、自分の意志に反した行動を取らされたのが何より不快だった。

 建前上、応えざるを得なかった。

 しかし夢咲陽子には、裏で暗躍できるくらいの卑劣さが備わっている。

 つまり、真田勇紀の見立ては甘かったということだ。

「物騒だなぁ」

 夢咲陽子の後ろで、落ち着いた声が発せられた。

 勢いよく夢咲が振り返ると、そこには有栖川たたずんでいる。

「……有栖川さん」

 三大派閥筆頭が一角でありながら、唯一どのグループにも属さない彼女は、うたうように言葉を紡ぐ。

「今のゆうくんは、私を一番に愛してる。だって、私が一番を認めてるから」

「はぁ? 何の話……?」

「今なら一番になれそうなんだぁ。この状況が続けばさ」

 ありがわゆめさきように近付きながら、ほおを緩める。

 長いリボンが窓から入る風にあおられ、バタバタとなびく。

「──だから急に全部が好転するのも、これ以上つらい状況になるのも、あんまり好ましくないんだよね。前者なら勇紀くんのことをおもって……泣く泣く見逃すけどね?」

 あくまで胸中の見えないもんごんだった。

 夢咲陽子は、言葉の裏に何かが覆い隠されているのを感じて顔をしかめる。

「でも夢咲さんは、後者に導く人だよね」

「……何の話をしてるのかサッパリ分からないけど。……でもそうね、私ならおとしいれられるかな。こういうので親の力に頼るのはかなり嫌なんだけど」

「うん。だからあなた、邪魔かな」

 カシャッ。

 有栖川紗季のスマホの画面に、驚いた様子の夢咲陽子が表示される。

 有栖川はそれを夢咲に向けてフリフリと見せて、口を開いた。

「これ、人質ね」

「はぁ? なにを──」

 言い切る前に、有栖川紗季はスマホから音声を流す。

 スマホは無機質に、夢咲陽子の声を再生した。

『アンタが私を、有栖川さんに勝たせてくれるなら。そしてモデルにするために動いてくれるなら。この二つの約束を果たしてくれたら、私はひなに手を出さないわ』

 夢咲陽子は目を見開く。

「録音なんか、なんでアンタが──」

「私が拡散したらどうなるかな」

 有栖川紗季の知名度を思い出したのか、夢咲陽子は歯を食いしばる。

「夢咲さんの人生、私が握ったよ。社長令嬢じゃなかったら、こんなデータどうでも良かったのにね?」

 有栖川紗季がうたうように告げる。

 実際この録音データがどう転ぶかは予測不能だ。

 しかし有栖川紗季がそのデータを持つというリスクは、夢咲陽子の思い描くどんな行動とも釣り合っていない。

 ──もう動けない。

 夢咲陽子は観念したように笑った。

「……はいはい。これでほんとに手は出せないって訳ね」

「ふふ。もろつるぎは気を付けて扱わなきゃ」

「……それはありがわさんにも同じことを言えると思うけど」

「そうだねぇ」

 有栖川は背を向けて、扉に手を掛ける。

きたいことが一つあるの」

「なぁに?」

「アンタ、なんでいきなりさなと仲良くなったのよ」

 ゆめさきようは派閥の筆頭。

 けんていを大事にする彼女は、ある意味みなとよりも学年の人物相関図を把握していた。

 その夢咲陽子が、有栖川紗季に向かって〝いきなり〟と告げる。

「……いきなりに見える?」

「少なくとも私は、高一の秋頃までアンタらが一緒にいる姿は見たことなかったわ」

 夢咲陽子は自身の記憶と照らし合わせた上で、有栖川紗季に問いを投げる。

「……私を蹴落とす理由に、それが関係してるのかだけ教えてよ」

 有栖川紗季は笑う。

 自身が人生を握った対象からの問い。

 有栖川紗季の中で、夢咲陽子は死んでいた。

 それはすなわち、彼女にとってはいないのと同じということだ。

 だから有栖川紗季は、少しの迷いもなく告げてみせる。

「私は、ゆうくんと一緒になりたい。その上で夢咲さんが邪魔だっただけだよ」

「……私を敵に回すほどの気持ちってことね」

 社長令嬢を敵に回すリスクを考慮して、夢咲陽子は息を吐く。

 有栖川紗季は視線を上げて、口元を緩めた。

「約束したからね」

「……なにを?」

「……勇紀くんを悪く言う人は、私が殺してあげるって」

 有栖川紗季はそのままニコリと笑う。

 太陽のきらめきが強まり、有栖川の表情を覆い隠す。

 夢咲陽子は視認できなかったが──

 それはあくまで純情そのものの笑みだった。