エピローグ
「……ふざけんなっつーの」
建前上、応えざるを得なかった。
しかし夢咲陽子には、裏で暗躍できるくらいの卑劣さが備わっている。
つまり、真田勇紀の見立ては甘かったということだ。
「物騒だなぁ」
夢咲陽子の後ろで、落ち着いた声が発せられた。
勢いよく夢咲が振り返ると、そこには有栖川
「……有栖川さん」
三大派閥筆頭が一角でありながら、唯一どのグループにも属さない彼女は、
「今の
「はぁ? 何の話……?」
「今なら一番になれそうなんだぁ。この状況が続けばさ」
長いリボンが窓から入る風に
「──だから急に全部が好転するのも、これ以上
あくまで胸中の見えない
夢咲陽子は、言葉の裏に何かが覆い隠されているのを感じて顔を
「でも夢咲さんは、後者に導く人だよね」
「……何の話をしてるのかサッパリ分からないけど。……でもそうね、私なら
「うん。だからあなた、邪魔かな」
カシャッ。
有栖川紗季のスマホの画面に、驚いた様子の夢咲陽子が表示される。
有栖川はそれを夢咲に向けてフリフリと見せて、口を開いた。
「これ、人質ね」
「はぁ? なにを──」
言い切る前に、有栖川紗季はスマホから音声を流す。
スマホは無機質に、夢咲陽子の声を再生した。
『アンタが私を、有栖川さんに勝たせてくれるなら。そしてモデルにするために動いてくれるなら。この二つの約束を果たしてくれたら、私はひなに手を出さないわ』
夢咲陽子は目を見開く。
「録音なんか、なんでアンタが──」
「私が拡散したらどうなるかな」
有栖川紗季の知名度を思い出したのか、夢咲陽子は歯を食いしばる。
「夢咲さんの人生、私が握ったよ。社長令嬢じゃなかったら、こんなデータどうでも良かったのにね?」
有栖川紗季が
実際この録音データがどう転ぶかは予測不能だ。
しかし有栖川紗季がそのデータを持つというリスクは、夢咲陽子の思い描くどんな行動とも釣り合っていない。
──もう動けない。
夢咲陽子は観念したように笑った。
「……はいはい。これでほんとに手は出せないって訳ね」
「ふふ。
「……それは
「そうだねぇ」
有栖川
「
「なぁに?」
「アンタ、なんでいきなり
その夢咲陽子が、有栖川紗季に向かって〝いきなり〟と告げる。
「……いきなりに見える?」
「少なくとも私は、高一の秋頃までアンタらが一緒にいる姿は見たことなかったわ」
夢咲陽子は自身の記憶と照らし合わせた上で、有栖川紗季に問いを投げる。
「……私を蹴落とす理由に、それが関係してるのかだけ教えてよ」
有栖川紗季は笑う。
自身が人生を握った対象からの問い。
有栖川紗季の中で、夢咲陽子は死んでいた。
それは
だから有栖川紗季は、少しの迷いもなく告げてみせる。
「私は、
「……私を敵に回すほどの気持ちってことね」
社長令嬢を敵に回すリスクを考慮して、夢咲陽子は息を吐く。
有栖川紗季は視線を上げて、口元を緩めた。
「約束したからね」
「……なにを?」
「……勇紀くんを悪く言う人は、私が殺してあげるって」
有栖川紗季はそのままニコリと笑う。
太陽の
夢咲陽子は視認できなかったが──
それはあくまで純情そのものの笑みだった。