九話 ゆめさきの思惑



 とうの週が明け、月曜日になった。

 四時間目の科目は家庭科、んな大好きな調理実習だ。

 家庭科室に漂う暖気がこうくすぐり、教室にはない空気を実感させる。

 入院中に読破した漫画では、調理実習は生徒たちの距離がグッと縮まるイベントとして描かれていた。

 皆んなの浮き立つ表情から察するに、現実世界でも気分の高揚する時間のようだ。

 実際、家庭科室へ入ってから俺も胸がひそかに高鳴っている。

 調理実習のたのしさは、感覚として覚えているらしい。

「近くの席の人たちで四人一組になってくださいー!」

 先生から指示が飛んできた途端、たかが「お、きたな!」と勢いよく俺の腕をつかんだ。

「うお!?

 高尾の勢いに戸惑いながらもうれしくもある俺は、隣に座るありがわ、夢咲を順に見る。

 夢咲は俺を見たが、すぐに視線を流した。

「豪華な面々だな~」

 高尾はふざけ半分といった口調で言葉を紡ぐ。

 だけど、はたから見れば高尾の言葉は的を射ているのだろうなと思う。

 何せ三大派閥筆頭が二人もいるのだ。

 唯我独尊、トンデモ美人で有名モデルの有栖川

 赤茶髪がサマになる、社長令嬢の夢咲よう

 元気はつらつ、爽やかな雰囲気をまとう高尾大和やまと

 そしてなにより、記憶喪失のさなゆう

 あれ、肩書きだけなら俺のレアリティが一番高いような。

 それを大々的に口にできないのが残念なところではあるけれど。

 そんなことより、今は大事な用がある。

 に言った時と同様、有事の際は彼女にも協力を仰げるようにしなければいけない。

 俺は有栖川の元に近付いて、小声で話しかけた。

「有栖川」

「なぁに? 結婚したいの?」

「違うわ!」

「否定に勢いがあってかなしい~」

 全く憂いを感じさせない言葉に、俺は頭をく。

 ゆめさきは丁度たかに絡まれているようで、内容を聞かれる心配はなさそうだ。

 念のために二人で長テーブルから少し離れて、俺はいた。

「……その、ありがわってひなと仲良かったりするか?」

「ひな……」

 有栖川は目を泳がせた後、思い付いたように人差し指を立てた。

「あ、ひなちゃん? んー、全然かなぁ」

「……お前今忘れてた?」

「さすがにそんなことないよぉ」

 有栖川はコロコロと笑う。

 ……一瞬名前と顔が一致しないような表情を見せたが、さすがに思い過ごしか。

 俺は安心して、心の中で胸をろした。

 ひなの存在を覚えてくれていないと、さすがに頼めないことだ。

 思わずあんの息も出る。

「なぁに、ためいきなんて。私がそばにいるのにさぁ、席に戻っちゃうよ? あー戻っちゃおうかなぁ」

 ほおを膨らませる有栖川に、俺は慌てて小声で返した。

「ちょっ、タンマ。夢咲の話なんだけどさ……こっち来て」

「ん? なになに」

 有栖川が耳に髪をかけて、スイッと俺の口元に接近する。

 柔らかそうで小さな耳には、ピアス穴が視認できた。

 あらわになった薄いもみあげから、髪の毛が数本垂れている。

「どうしたの?」

「いや、うん。まず先に質問したいんだけどさ、夢咲がひなとめてる理由とかって知らないよな……?」

「知ってるよ?」

「だよな。有栖川に知られるほど大っぴらな話じゃ……」


 ──今なんて言った。


「待て。今知ってるって言ったか?」

「うん。まぁ私が関係してるみたいだし」

 有栖川は口元から離れて、あっさりうなずいた。

「ど、どういうことだよ……!」

 くと、ありがわが視線を遠くに移す。

 そこではゆめさきたかが先んじて肉じゃがを作ってくれている。

 高尾が四苦八苦してじゃがいもの皮を包丁でいているのを、夢咲は腕を組んで眺めていた。

 夢咲らしい──

 そう思ったけど、そういえば食堂でこの思考回路は否定されてしまっていた。

「答えなくて大丈夫そう?」

「いや、ごめん。絶対答えてくれ」

 思考を中断して、俺は意識を有栖川に戻す。

 有栖川は「意識飛ばしてたなぁ」と人差し指で俺の額をピンとはじいて、口角を上げた。

「続きね? 夢咲さん、モデルになりたいみたいなんだよね」

「へえ……? そうだったんだ」

「一回そんな話を私にされたんだけどさ」

「うん」

「多分なれないと思うって返事しちゃった」

「お、お前…………デリカシーゼロかよ」

 思わずドン引きしたような声が出る。

 いくら記憶のない俺だって、もっとマシな回答ができるレベルだ。

「えー、そうかな。素直な感想なんだけど」

「いやあ、なんていうか……それを伝えるか伝えないかくらいは取捨選択しろよ。もし夢咲がSNSとかでその件さらしたら、有栖川にだってダメージあるだろ? もっと慎重に──」

「ないよぉ。私そんなにヤワじゃないもん。炎上も味方につけたことあるし」

 有栖川はぐな視線を俺に返す。

 あまりにも迷いのない瞳に、俺は納得せざるを得なかった。

「じゃあそこは分かったとして。なんでモデルになりたいことが、ひながしいたげられることにつながるんだ?」

「えー。あれじゃない? 私に言われる前から、夢咲さんモデルになりたくて頑張ってたみたいなんだけど……丁度ひなちゃんがモデルデビューしたんだよね。夢咲さん、そこをポロッと愚痴ってた。虐げてることは知らなかったなぁ」

「え、ひなもモデルなの?」

 驚きの事実に、俺は目を丸くする。

「うーん、モデルかって言われたら……電子版しかない雑誌にちょっと載っただけ、みたいな?」

 ありがわは制服から垂れ下がるリボンをくるくるいじる。

「ひなちゃんはマイナー雑誌、地域枠の選考出身だからねぇ。もしかしたらゆめさきさん、ひなちゃんの枠から狙ってるのかも。一番倍率低いし、どうしてもモデルになりたいのかなぁ」

 本当に周りにさして興味がないのだろう。有栖川は初めて思い至ったように顎へ人差し指を当てた。

「……そういや、有栖川ってを誘ってたよな。あれも夢咲を刺激してる説ないか?」

「うーん……あるかもねぇ」

「あんのかよ!」

「だって、明日香さんをライバルにしたいもん。私にない強さが、明日香さんにはあるし」

「……分かった、まあそれは今置いとくか」

 自分がらしてしまった話題の軌道を戻し、俺はさい問い掛ける。

「そんでさ。もし今後やばそうになったら、有栖川に手助けしてもらいたいんだけど。内容、話していいか?」

 有栖川は数秒黙った後、小さくうなずいた。

 そして髪をかき上げ、白い耳たぶをあらわにして、「ん」と続きを促す。

 どうやら返事はオッケーで、耳打ちをしてほしいようだ。

 正直ドギマギするが、今はそんな場合じゃない。俺は平常心を装って近付き、小声で話す。

 ……有栖川にとってはリスクがある内容かもしれない。

 しかし悪いようにはしないということだけ明言しておく。

 話を聞き終えた有栖川は、小首をかしげた。

「ねぇ、それをどうして私が?」

 ……明日香と似たような反応だな。

 やっぱり彼女同士、思うところはあるのだろう。

「どうしてって……俺たち付き合ってるし」

「ほんとは?」

 グレーの瞳が、思慮深くこちらをうかがっている。胸中の最深部にあるものまですくげるような、何でも見透かしそうな瞳。

 だからだろうか。

 俺から紡がれた言葉は、思考から出たものではなく、胸中から湧き出るものだった。

「──今の俺が越えなきゃいけない壁なような気がするんだ。……初めての壁。本当は一人で乗り越えたいけど、俺だけじゃ足りないから」

 ありがわはクスリと笑った。

 そして、おもむろに口を開く。

 いつの間にか俺のターンは有栖川に奪われていた。

「それも、前の君のざんかな。それとも、ほんとに今の君の思考かな」

 いつになく静かな声色に、俺の脳裏に情景がよぎった。

 思い浮かんだのは、二冊の本。

 記憶喪失後の在り方が正反対の二冊。

 有栖川があの本を選定した意味が、分かった気がした。

 彼女は俺に、「君はどっち?」と暗にいていたのかもしれない。

 だとすると、今の質問は真剣に答える必要がある。

 その上で──


今の俺の思考だよ」


 静かに答える。

 有栖川は目をまばたかせた。

 家庭科室はいつもの授業よりはるかにうるさいはずなのに、有栖川の前に立つと意識が目の前から動かないのが不思議だった。

 見つめ合って数秒、有栖川はやがてほおを緩める。


「……じゃあ、その壁を越えたら君がさなゆうだ」


 理由は分からないが。

 ──有栖川の声色は、とてもうれしそうだった。

「いいよ。じゃあ君の彼女として、一肌脱いであげる。付いてきて?」

 有栖川について思考を巡らせようとしたが、途中でやめた。

 今は、目の前の事に集中するべきだ。



 ゆめさきは俺たちの接近に気が付くと、目を細めてためいきいた。

「アンタら何やってたのよ。ほんとにいつもニコイチね」

 夢咲は面白くなさそうにつぶやいた後、たかを視線だけで隣に呼んだ。

 高尾はすぐさま隣にさんじて、仲がいのか主従関係なのか分からない。

「夢咲さぁん。勝負しようよ、勝負っ」

 ありがわたのしげな口調で持ちかける。

 ゆめさきはピクリと反応して、顔を上げた。

「私が有栖川さんと? 何の勝負なの、それ」

「うーん。せっかくの実習だし、お料理とか? ペアで肉じゃが作って、先生をうならせた方が勝ちとかどうかな」

「なにそれ。もっと熱くなる勝負ないの」

「ないねぇ。だって今考えたからねぇ」

「アンタのそのマイペースさは何な訳よ……」

 さすが有栖川、夢咲をも戸惑わせる唯我独尊さ。

 そしてプライドの高そうな夢咲も、有栖川には直接的な文句は言えない関係性のようだ。

「ペア戦か……」

 夢咲はためいきく。

 ペア戦ということは、つまり俺と有栖川ペアvs.たかと夢咲ペア。

 それを耳にしたのか、横から高尾が口を挟んだ。

「燃えるなーそれ! 負けたら罰ゲームとかありにする?」

 高尾の提案に、夢咲は無言でにらみを利かせる。

 すぐに高尾は「ジョーク、ジョーク……」と尻すぼみになる。

 しかし、有栖川が陽気にうなずいた。

「もちろん! 負けた方の代表は、常識の範囲内で何でもすることとかは?」

 現場は一転した。

 鶴の一声で、諦め半分だった高尾の表情が明るくなる。

 対照的に困惑したのは夢咲だ。

 夢咲の意見が却下されるのは、このクラスでは多分有栖川が何か言った時だけに違いない。

「はー、まじでアリにするの!? 私に対する何でもって、ちょっと範囲が広すぎると思うんだけど!」

 社長令嬢だから、お金関係を気にしているのだろうか。

 夢咲の抗議に、有栖川は口角を上げる。

「そんなの私もじゃん? せっかくだし勝負しようよ」

「えー……ほんとに? なんでも言う事聞かせる権利、私容赦なく有栖川さんに使うけど。モデル事務所に口利きとかもいけるわけ?」

 ──モデルになりたいのは本当ってことか。

 しかも、高尾の前でものたまうほどの。

「いけるよぉ」

 ありがわが二つ返事で了承すると、ゆめさきの目の色が変わった。

 家庭科室に似合わない冷たい空気が、俺たちのテーブル上に漂い始める。

「……本気?」

「うん。実際私、ゆう君に一枚渡してるんだ。何でもじゃなくて、誰かをモデルに口利きする権利なんだけど」

 夢咲は目を見開いた。そして俺も初耳だ。作り話か、それとも。

「それはみなとさん?」

 当然、夢咲の目線からだとその考えに至るだろう。

 有栖川は小首をかしげた。

「さぁ……どうだろね。約束なので言えません。私、意外と最後まで約束守るので」

「口は固いって訳ね……余計魅力的じゃないの。ノるわ、その話」

「いや、あの口挟んでいい? そんなガチになるなって」

 たかが制止すると、夢咲はフンッと彼の足を踏み付けた。ガツン!と鈍い音。

 高尾が「ぐわぁぁ!」と激しくうめきながら、隣の班へ避難しに行く。

「なるわよ」

 夢咲は自身の胸に手を当てて、俺をぐ見据える。

「アンタを越える。高校生のうちにモデルになれるなら、私は何だってやる」

 ゆめさきはそう言って、自身の髪を一つに束ねた。

 ありがわも「だよねぇ」とニコッと笑って、ヘアゴムで髪を後ろに束ねる。

 うなじの跳ね方まで計算し尽くされたような見栄え。

 勝負をする前から、結果が分かった気がした。


 ◇◆


「なんっでこうなるのよ!」

 即落ち二コマ。

 悪態つく夢咲が、家庭科室を後にする。

 圧勝だった。

 家庭科の先生は有栖川の作った肉じゃがのを一口飲むや否や、こちらの勝利を宣言したのだ。

 食材や調理器具の条件は同じだったのに、どうも出汁からレベルが違っていたらしい。

 てっきり有栖川は料理なんてしないものだと思っていたから、本当に何でもできるやつだと感心してしまった。

 いずれにしても無事『何でも言う事聞かせる券』を手に入れた訳だが──

「夢咲、不機嫌すぎてしやべりかけるの怖いな……」

「今のは第一関門ってやつだよね? 夢咲さんとお昼ご飯、普通に言えばクリアできると思ったからこれにしてあげた」

「嫌われてるっぽいし、協力は必要だったと思うけど……」

「うーん、どうかな。まぁどっちにしても、何でも券の方が便利じゃん? だって何でもだよ? 常識の範囲内だけど、きっと夢咲さんは断れない」

 意外にも夢咲の性格を把握しているのか、有栖川は面白そうに笑った。

「それに、君のバックには私がいるもん。夢咲さんもなことはできないよ」

「なんだよその自信は」

「君に何かしたら、それこそ私怒っちゃうし? 事務所に口利きの可能性がパーになるでしょ。だからわざと可能性があることだけチラつかせたの」

 有栖川、俺のために怒ってくれるのか。

 ……っていやいや、そうじゃなくて。

「……口に出すと、俺ら腹黒いな!」

「あーっ。今私も巻き込んだ。女子に言っちゃいけないことだよそれっ」

 有栖川が怒って「とていっ」と俺の胸に猫パンチする。

 袖で半分ほど隠れたきやしやな手は、男子の体に傷をつけることは難しそうだ。

 俺は冗談で痛がりながら、二人で家庭科室を後にする。


 ガラリと扉を開けると、視界に入ったのはバラバラの教科書だった。

「おお、大惨事──って、あれ」

「あ、先輩──と、ありがわ先輩」

「やっほーひなちゃん。教科書落としちゃった?」

「はい、ちょっと人に当たっちゃって」

 その答えに、俺は眉をひそめる。

 嫌な予感がした。

 その時女子トイレから笑い声とともに、派手な数人が出て来た。

 ゆめさきと、食堂にもいた取り巻き二人もいる。

 そのまま教室にまで戻ると思っていたら、三人はその場で談笑し始めた。

 ひなは教科書を拾い終わると、スックと立ち上がる。

「ではでは先輩。私はあの先で授業があるため、行ってまいります」

「お、おお……気を付けてな」

 やっぱり──意外と元気だ。

 本当にいじめがあるのなら、あえてあの場に突っ込もうとはしないだろう。

 俺は今までの思考はなんだったんだと思いながら、有栖川と廊下の角を曲がる。

 ひなの表情が目に焼き付いていた。


 ──ゆうな訳あるか。


 俺がきびすを返して角から顔を出すと、ひなの手元から教科書やノートが数冊滑り落ちるところだった。

 またバラバラになった教科書たち。

 夢咲がそれを踏みつけてこちらへ歩いてくる。

 右足で踏みつけられた教科書は半回転し、左足でページがいびつに折れていく。

「なっ──」

 俺が声を出そうとすると、有栖川は「しやべっていいの?」と小声で制する。

 俺がみしていると、前方からかすかな声が聞こえた。

「あ、ゴメン」

 夢咲はこともなげに謝罪している。

 まるで偶然であるかのように。

 だけど偶然じゃない。

 故意であるからこそ、ゆめさきは軸足をひねって教科書を破ろうとしたのだ。

 ひなの横顔がチラリと見えた。

 目を伏せながら、教科書を拾っている。

 幸いダメージを受けた教科書は一冊で、ひなはせっせと教科書を拾う。

 その際、緊張からかまた筆箱が落下した。

 以前、登校前にも見たキーホルダーが付いていた。

 お気に入りのキャラであろうキーホルダーが外れ、夢咲の足元に転がってしまう。

「……ほんと鈍臭いわね」

「す……すみません」

 夢咲はキーホルダーを拾う。

「アンタ、あいつのこと好きなの?」

「え? その、あの……」

 しどろもどろになったひなにいらったように、夢咲は眉をひそめる。

「あー、もういい、もういい」

 夢咲はひなにキーホルダーを手渡し、こちらに近付いてくる。

 ありがわはさして興味のなさそうな声色で、俺に忠告した。

「見てたこと、今はバレない方がいいんじゃない? ひなちゃんに気遣わせちゃうかも」

「……そうだな」

 二年三組の教室に戻るためには、俺たちの後ろにある階段を下らなければいけない。

 俺たち二人は上りの階段へ駆け登り、しゃがんで息を潜めて嵐が通り過ぎるのを待つ。

「ドキドキするね」

「……そのノリ笑えねえよ、今は」

「怒られちゃった」

 有栖川はクスリと笑って、視線を廊下の方向に流す。

 丁度夢咲グループの三人の声が同じ踊り場に響くところだった。

「ゆめってあの子にアタリキツいね~。当然だけどサ」

 甲高い声色は、取り巻きの茶髪ロングの声だ。

「別に、ほんとに偶然だし」

 夢咲の声が答える。

 偶然な訳ないだろ、と俺は拳を握りしめる。

「あんなのでけんていを落としたくないしね。私は完璧になりたいし」

 ……世間体を大事にしたいやつの行動じゃないんだよ。

 胸にフツフツ沸き上がる思いを抑えて、俺は腰を上げた。

 声が遠くなっている。この距離なら、もう夢咲たちに見られる心配はない。

 俺は急いでひなの下に駆け寄って、うずくまっている彼女に声を掛けた。

「大丈夫だったか?」

「えっ」

 ひなは俺の姿を視認すると、目を大きく見開いた。

「せ、先輩いたんですか!? その、全然大丈夫ですよ! ちょっと怖かったですけど……じゃないっ、あのあのあの!」

 言葉をまくてるひなの手元に、視線が吸い寄せられる。

 キーホルダーは、きっとひなの好きなキャラだろう。

 ガチャガチャで出てくるようなイケメンのミニフィギュア。

 ──腕が折れていた。

「それ、元々か?」

「えっ……あっ」

 ひなは声を漏らす。

 しかし、すぐに口角を上げた。

「これは元々ですよ、外すの忘れてました。前からポッキリ折れてたし、丁度外さなきゃって思ってたんですよね」

「……そうか」

 俺はいつになく真剣な面持ちに押されて、首を縦に振った。

「先輩」

 ひなは静かに口元を緩める。

「……気にしないでくださいね」

 もう無理だろ。

 そう思ったけど、に言葉にするときっとひなを苦しめる。

「後で連絡するから、内容見ててくれ」

 ひなは何のことか分からない様子だったが、一旦うなずく。そして口角を上げて、背を向けた。

 ひなの姿が廊下から見えなくなってから、俺はありがわいた。

「……今の見て、お前どう思った?」

「……そうだねぇ。なんで怒らないんだろって思ったかな」

「……強いやつは、やっぱそうなんだな」

「君も強かったかもよ? 今は分からないけどね」

 そう、分からない。

 強いかどうかは、今からの行動で決まるから。

 有栖川の言葉に、俺は衝動的に駆け出した。

 道行く生徒をけて、俺は二年三組の教室を目指す。

 途中での姿が視界に入った。

 雑然とした廊下でも、ライトゴールドの髪をなびかせる明日香の姿は際立っている。

 明日香も俺に気付いたようで、すぐに異常を察したようだ。

「ちょっ!? あんたまさか──」

「どいてくれ!」

 俺は明日香の制止をかわして、三組の教室に入る。

 赤い髪。

 目立つ姿にズンズン近付き、彼女の机に両手を突いた。

ゆめさき

「うわ。え、なに?」

「何でも券だ。早速で悪いけど、行使する」

「……」

 夢咲は肩をギュッと握って、フウっと息を吐く。

「……早めに済ませてね」

「そんな気分じゃねーんだよ」

 本当に、そんな気分じゃない。

 俺は見逃さなかったのだ。

 夢咲の机に、フィギュアの片腕があったことを。


 ◇◆


 ゆうざき高校の中庭は二つある。

 中でも樹齢二百年の大木がまつられる付近に広がる中庭は全校生徒の人気スポットのようで、学年問わず生徒たちが食事の時間を仲むつまじくたのしんでいた。

 昼休みに時間を設けた都合上、ひとまず弁当を食べなければいけない。

 ……夢咲と一緒に食べないといけないなんて。

 さっきは頭に血が上っていち早く話し掛けてしまったが、少し冷静になれば良かった。

 放課後の方が人目はないし、後ろの時間も気にしなくてよかったのに。

「早く座ろ」

「あ、ああ」

 夢咲の声に、俺は渋々返事をする。

 夢咲の声色は、先程ひなに掛けたそれとは全く異なる。

 ……どうして使い分けたりなんかするんだ。

 そう思いながらゆめさきについていき、空いていたベンチに腰を下ろす。

 早速弁当の蓋を開けた。

 一人で頑張って作った弁当だ。

 どうやら俺は料理が得意ではないらしく、冷凍食品がほとんどのラインナップであるにもかかわらず弁当箱に詰め込む作業には時間を取られた。

 そしてその割にないびつなバランス。

 焼売しゆうまいからあふれた肉汁はコロッケに染み付いており、そのコロッケはとりにくに押しつぶされている。

「うげ、茶色っ」

 弁当をのぞた夢咲は、軽く引いたような口調でそう言った。

 真紅の髪が鼻に掛かって、俺は少し身を引いた。

 女子特有の香りがしたが、今はそんなことを思いたくない。

 俺はそれ以上思考を掘り下げずに、今しがたの発言へ端的に言葉を返した。

「まあ、おとこの料理だな」

「なにそれ。身体からだに悪いじゃん?」

 夢咲はそう言って、自身の弁当箱を開けた。

 木でできた弁当箱。その時点でも違和感を覚えたが、中に入っているメニューを見て驚いた。色味の鮮やかなローストビーフ。明らかに高価な、立派な。その隣には黒豆にしては小さな──フォアグラらしきもの。

「夢咲……やっぱものすごいお金持ちなんだな」

 夢咲は目をまばたかせて、小さく息を吐く。

「はあ。さなは知ってんでしょ? 親社長だもん。年収だけはあるって」

「年収ね……」

 入院中に読んでいたエッセイの作者がしつこくそのワードを記していたが、高校生でもその話題になるのか。

 俺が知ってる青春漫画ではお小遣いくらいしかお金関係の話は出てこなかった。

 しかし夢咲は俺の反応に苦笑いした。

「年収だけだけどね。まあアンタにこれをあげられるくらいには余裕あるから」

 そう言って、夢咲は俺の弁当に海老を丸ごと乗せた。

 それだけでは飽き足らずローストビーフを数枚、「野菜もりな」とシーザーサラダを半分。そして満足したように、夢咲は視線を後ろにらした。

 瞬間、風に吹かれた木の葉がザワザワと音を打ち鳴らす。

 俺は一言も欲しいなんて言っていなかったから、驚いてされるがままになってしまった。

 お礼を告げるか死ぬほど迷った末、それとこれとは話が別だと結論付ける。

「……さんきゅー」

「いいえ」

 ゆめさきがニッコリ笑って、ローストビーフをそしやくし始めた。

 特に雑談する訳でもなく、数十秒の時間が過ぎる。

 今後のために、少しでも情報を引き出しておきたいところだが。

 そう思考を巡らせていると、夢咲がポツリとつぶやいた。

「お金は人の価値ってね」

 ──ここを切り口にするか。

「人の価値ってなんだよ。そんなに比べるものかな」

「あは、アンタれいごと言うタイプなの?」

 夢咲は口角を上げた。

「人の価値には明確に差がある。もはや使い古されてるくらい当たり前のこと、わざわざ言わせないでくれる」

「……そりゃ、そうだけど」

 俺にとって、ありがわ、そしてひなは特別な存在だ。

 周りの人と違う感情を抱いている時点で、俺自身も人に価値をつけている。

 だけど、値踏みしている訳じゃない。

 夢咲の発した価値は、俺のそれとは毛色が異なる。

「そうじゃなきゃ、人の集合体である会社に差なんてつかないし」

 夢咲が続けた言葉に、俺は唇をんだ。

 きっと子供の頃から大人おとなに囲まれていた夢咲だからこその価値観なんだろう。

 その価値観で育ってきたからこそ、ままならない現状に人よりいらちを覚えやすいのだろう。まして自分の気に入らない人に先を越されるなんて、耐えられないのだろう。

 だからってひなにあんな──

 しかしこのまま言葉をぶつけたって、俺のりゆういんが僅かに下がるだけで何の解決にもならない。夢咲のことを知るには、話題を転換しなければ。

「お金持ちだとさ、欲しいものとかあるのか? たいていのものは手に入りそうだけど」

「またいきなりね。そんなのあるに決まってんじゃん」

 夢咲はシーザーサラダをお弁当箱に戻して、口元に弧を描く。

「お金でほとんどのものは買えるけど、買えないものもある。その買えないものが欲しいんだ。俗なものは欲しくない」

「例えば?」

「名声とか」

「めっちゃ俗だな。しかも頑張ったら金で買えそうだし」

 俺の反応にゆめさきは肩を揺らして笑う。

「まあね、でもなるべくは自分で得たいじゃん? ありがわさんはそうしてきたし」

「やっぱ有栖川のこと、ライバル視してるんだな」

「まあ、三大派閥なんてされちゃ……どうしてもね。周囲の意見なんて、嫌でも耳に入ってくるし」

 夢咲は目を伏せた。俺は食堂でひなから教えてもらった評判を想起する。

 あれがひなの主観ではなく学校の総意なら、確かに夢咲の性格上満足のいかないものになるだろう。

さなってさ、なんで有栖川さんと仲いの?」

「えー……」

 この場でそのまま告げるのははばかられる内容だ。今はすのが得策だろう。

「なんでって言われてもな。でも、仲良いのは不思議だよな? 俺なんてほんと普通だし」

 ……記憶がないことや、その他を除けば。その他に色々含まれる訳だけど。

「……それ有栖川さんとかみなとさんとかとつるんでるアンタが言っちゃ、聞く人によれば馬鹿にされてるって思うレベルの発言だわ。私らみたいな人はすぐねたまれるよ、気を付けな」

「お……おう」

 夢咲は今、〝私ら〟と言った。

 やっぱり少なからず仲間意識は持ってくれているみたいだ。

 それはきっと友達としてではなく、周囲から目立つ存在とされる人間として。

 前の俺はどうやらその部類だったらしいし、今は好都合に働くかもしれない。

「まぁ、そういうやからは放っておいていいけどね。有栖川さんや湊さんと絡むアンタにとっちゃ、所詮モブのたわごとよ」

 夢咲はりんとした声でそう言った。俺は目をまばたかせて、夢咲に目を向ける。

 ……今、いてやろうか。

 目が合った。すぐに夢咲の表情から柔らかさは消え去って、彼女は豪勢なお弁当箱に残っていた最後の大学芋を口に運ぶ。

 蓋を閉める音が、前置きがこれで終わりであることを告げていた。

「──で、何の用?」

 夢咲の目が冷たく細まる。

 中庭に流れる五月の風が、一気に寒気を増した気がした。

「……フィギュアの腕、なんで持ってた」

 訊くと、夢咲はジッと俺を見つめた。

 そして、表情から色が消える。

「あー……やっぱバレてた?」

 そう言ったゆめさきは肩をすくめた。

「やっぱそうか。だからお昼に誘ったりしたんだ」

「……モデルになりたいなら、別の方法があるだろ。何もひなを蹴落とす必要は」

「はは、私の名前は知らなかったくせにそこまで察しがついてんだ」

 俺がくちごもると、夢咲は続けた。

「まあアンタの言う通り、ひなは気に入らないわ。私がで寝込んで不参加だったオーディションで、空いた枠に転がり込んだだけなんだから」

 夢咲は弁当箱を脇に置くと、言葉を並べていく。

「それか大人おとな身体からだでも売ったのかもだけど。ひきようするわ」

「……そんな醜悪な思考回路になってまで、モデルになりたいのか」

「醜悪で結構よ。私、こんな高校でかなわない人なんて作りたくないの。三大派閥なんてクソらえ。ありがわさんに勝つためには、まず現役でモデルになること。私が一番だって、学校中に知らしめてやるの」

「学校中って……」

「小さい目標に思えるでしょ? でも学校は社会の縮図だし。ましてやモデル業界に強い学校よ。んなにここで一番って認められなきゃ、私はこの先やっていけない」

 ……人は誰かに認めてもらうために、ここまでのことをするものなのだろうか。

 でも、一つだけ分かることがある。

「それじゃ有栖川には勝てないだろ」

「……それはどうして?」

「強い人から逃げてるじゃねーか。ひなをしいたげて、に何もしない理由はなんなんだよ。あいつも有栖川からスカウト受けてる立場なのに、なんであいつを蹴落とそうとしない」

 明日香が夢咲とめてる様子はない。

 有栖川も明日香には常にアンテナを張っているようだし、これは間違いないと思う。

 図星だったようで、夢咲は眉をひそめるだけだった。

「……明日香にはそういうの言わないくせに、ひなにだけ。卑怯だとは思わないのかよ」

「……みなとさんって元ヤンってうわさだし、何されるか分かんないじゃん? ひなのことだって裏でいじめてるかも。最近二人でいるところを見たって、ゆうはるが言ってたし」

 夢咲はせせら笑うように言葉を続けた。

「人間高校デビューしたからって、そう性根は変わらないっつーの」

 明日香の笑顔が脳裏によぎる。

 そろそろ限界だった。

「……夢咲。お前いい加減にしろよ」

「は?」

 ゆめさきは気の抜けた声を出す。

 今までのやり取りは、まるで相手にされていなかった。

 しかし俺の表情を見て、自分が真っ向から反抗されている事実をようやく認識したらしい。

 やがてゆっくりけんしわが寄り、口から息が漏れた。

「……で?」

 冷たい声色で、端的に続きを促される。

 本当なら少しおびえるところかもしれない。

 しかし、それ以上に言いたいことがある。

「ひなのうわさとか、の噂とか。全部自分で確かめたのかよ? お前があの二人の何を知ってんだよ」

 言いながら、言葉が自分の胸に返ってくる。

 俺だって、彼女たちのことを知らない。

 積み上げた時間は僅か。知り得た情報はきんしように過ぎない。

 ……だけど。

 ほんの僅かな時間でも、俺は確かにあいつらと過ごしてきた。

 実際にこの目で確かめたのだ。

 目の前にいる人間は自分の目で確かめようともせず、転がっている情報に踊らされ、誰かの発信した情報を根拠に行動する。それも、悪意のある行動に。

 許せなかった。少しは自分で考えろ。

 自分で考えられるだけの経験があるのに、なんでそうしない。


 俺には、何にもないのに。


「……アンタこそ、つけ上がってんじゃないわよ」

 それはまっていたものが湧き出るような、煮えたぎるような声だった。

「え?」

 夢咲から漏れ出た言葉に、俺は追撃を緩める。

 反論されるとは予想していた。

 だけど、彼女の口から〝つけ上がるな〟という単語が出てくるとは思わなかったのだ。

 一体俺が、いつ──

 夢咲は激しく舌打ちして、えんする表情を浮かべる。

 瞬間、俺は目を見開いた。

「二人きりになっても、それ続けるのね。どういうつもりなの? 忘れたとは言わせないわよ──」

 以前の俺が、ゆめさきを知っていたとしたら。

 忘れちゃいけない存在だったとしたら。

「──アンタ、私を振ったくせに」

 夢咲は震える声で言葉を紡いだ。

 頭が真っ白になる。

 想定していなかった事態に、脳がついていかない。

 硬直している俺を見て、怒りに拍車がかかったのか。夢咲は歯を食いしばった。

「二人きりの時の話だから、ほとんどの人間はそれを知らない。元々面識あったかさえ、知ってる人は少ないし……私に告られたことを隠すために忘れたフリをしてたなら、まだ許せる」

 だから教室で微妙な反応だったのか。だから初対面のていを続けていたのか。

「でも今度はひなになんか引っ掛かって……ふざけんじゃないわよッ」

 夢咲のげきこうに、俺はたじろいだ。

 この怒りは本物だ。

 つまり、夢咲がひなを目のかたきにするのは俺が理由。

 俺のせいか?

 ……でも。

「そんなこと──」

 ──俺に、言われても。

 脳に浮かんだ続きの言葉は出なかった。

 俺に記憶がないだけで、きっと夢咲の言葉は事実だ。

 俺が夢咲を傷付けたことは、きっと間違いない。

 記憶喪失であることを言わなければ。とりあえず場を収めるためには、それだ。

 診断書なんてものは手元にないが、まずは口頭だけでも──

 ……だけど、それは俺に対する怒りを抑えるためのものにしかならない。

 ひなを助けるためには役に立たないなら、まだその選択は避けるべきだ。

「じゃあ、ひなにつらくあたるのは──俺のせいか」

「あくまできっかけよ、それは。ひなに対しても別に、ムカつくだけで蹴落とそうとはしてない。アンタにもちゃんとムカついてるけど、それもあくまできっかけ。私が行動するために、背中を押した出来事ってだけ。……一番になるための行動をね」

「一番になるための行動?」

 夢咲は顔をゆがめるように笑った。

「目の前でひなを苦しめたら、あんたが助けようとすることは分かってた。ひなを助ける目的になったアンタなら、私の依頼は聞かなくちゃいけない」

 つまり──教科書の散らばった光景は、隠れていた俺にあえて見せつけたのか。

おつしやる通り、私はアンタやみなとさんみたいな人には手を出せないわ。敵を増やすばかりだし、学校ではくやっていきたいもの。んなから認められるには、何よりけんていが大事だし。だからで、あんたの協力が必要なのよ。分かる?」

 ゆめさきはひなへの恨みで動いているのかと思っていた。

 しかし実際は〝自身が学校中で認められる存在になる〟という幼稚で原始的な動機。

 俺が夢咲を忘れたことが引き金となり、結果的にひなを苦しめることに至ったのだ。

 ひなは俺を頼らない。迷惑が掛かるからと、巻き込まないようにする。

 ひなへの憎しみを一度俺に集約させ、その上で事態を収束させるのが必須事項。

 難しい事柄だと思っていたが。

 ──俺がげんきようで、夢咲自身の動機がこれほど明瞭になったら話が早い。

 行動は決した。

「依頼ってなんだよ」

 夢咲は小さく笑う。赤い髪をなびかせて、強気に向き直った。

「もう一度言うわ。アンタ、私と付き合いなさいよ」

 ……今の俺にも、分かることがある。

 言葉に感情が乗っているか、乗っていないかだ。

「……念のためにくぞ。お前、俺のこと好きだから告白してるのか?」

「いいえ? アンタには利用価値がある。だから付き合ってほしいのよ」

「なら、必ずしも付き合う必要性はないだろ」

「そうかしら。アンタの彼女ってだけで、ありがわさんにとって私のはくは大いに付くと思うけど」

「有栖川の中で、俺の存在ってそんなに大きくないぞ」

 そう言うと、夢咲は笑みをこぼした。

うそつけ。湊さんがスカウトされてるのは、アンタと湊さんがおさななじみだからでしょうが。有栖川さんも認めてたわよ? そうかもって」

 絶対適当に答えた。有栖川、絶対に適当だ。

 だけど家庭科の時間でも有栖川本人の口から事務所への口利きという事を明言してしまっている時点で、俺が何を言おうと無駄だろう。

「有栖川さんがアンタに恋愛感情があっても、約束は守ってくれるんでしょ? フラれてもアンタのために動く情が残る関係性なら、それが一番都合がいい。だからね……」

 夢咲はパンッと両手を打ち鳴らす。

「アンタが私を、有栖川さんに勝たせてくれるなら。そしてモデルにするために動いてくれるなら。この二つの約束を果たしてくれたら、私はひなに手を出さないわ」

「元々ひなをしいたげたのも、全部そんな幼稚な理由のためか」

「私が私であるための行動なら、幼稚な理由だってなんだっていい。自分勝手でも、誰かを蹴落としてでもかなえたいものがあるんだもの」

 俺は目を見開いた。……ゆめさきの口から聞きたくない言葉だった。

 俺の反応をどう捉えたのか、夢咲は口角を上げて言葉を続ける。

「アンタなら私の周りも納得してくれるし。アンタの得は──そうね。〝何でも券〟はその時にかしたら?」

「……あれはもうこの時間に使ったぞ」

「じゃあもう一枚あげるわ。私、この学校くらいで一番になれないならもう終わりなの。それくらいしてやるわよ」

 夢咲はゆがんだ笑みを浮かべながら、言葉を紡ぐ。

「私も、アンタに対価をあげる。どう?」

 ……もう、充分だ。

 ひとまず、約束とやらの二つは果たしてやろう。

 俺はコクリとうなずくと、夢咲はほおを緩めた。

 教室で見たよりも何倍も本心から湧き出ていそうな笑みだった。

「そうこなくちゃ。じゃあまず最初に、何をしてほしいかというとね──」

 夢咲は俺に接近し、静かに言った。

「──アンタの価値をじかに確かめたいから、ありがわさんの前で私に告白してほしいの。んなにとっても、そっちの方がインパクトあるでしょ?」

「俺の価値、か。……分かった。今日の放課後、空いてる教室で」

「いいわね。楽しみにしてるから」

 夢咲は口角を上げた。

 頭の中がズキンと痛む。

 の価値──