プロローグ



 意識が飛んだ。

 それを自覚できたのは、いつもの夢を見たからだ。

 暗闇に支配される海の中で、水面にきらめく光を求めて上へ泳ぎ続ける、そんな夢。

 あの光をつかまなければ、きっと自分は自分でなくなる。

 根源的な恐怖にとらわれながら、必死に両手で重たい海水をける。

 いつもの夢ならここで覚める。

 だがどうも今回の夢は違うらしい。

 まず、身体からだが動かない。

 静止した身体はどんどん深く沈んでいき、それに伴い水面から反射する光は薄く、淡くなっていく。

 水面が遠くなる。

 視界が暗くなる。

 そしてついに光が消える。

 ──瞬間、頭にはじける感覚があった。

 トラックの顔が迫り来る光景が、やけにリアルな映像となって頭に流れ始める。

 頭を貫くような痛みを思い出し、ようやく状況を理解した。

 ……ああ、死ぬんだな。

 意識が飛んでどれ程の時間がったかわからない。

 自分は一体何をしようとしていたのか。

 自分は一体誰に会おうとしていたのか。

 それらを想起しようとして、すぐに思考を放棄した。

 これから消えゆく思考に一体何の意味がある。

 ひねくれた自らの思考を自覚して、一つだけ確信した。

 自分は〝自分〟が消えることを、大してかなしく思っていない。

 良かった。

 それなら安心して消えられる。

 もう黒々とした周りが海中なのかまぶたの裏かさえも判らない。

 暗い。

 冷たい。

 だけどちょっとは暖かい。

 沈み続けた自分は、やがてゆっくり霧散した。