魔界の神である我の愛娘は、ひよこだ。

いや、もう人型はとれるし、厳密に言えばひよこではないんだけど、どうやら本人はひよこの姿が気に入っているらしい。

はじめはミスって我が子をひよこの姿にした魔王に思うところもあったわけだけど、今となってはこれでよかったとすら思っている。

ひよこの姿でいることで本人も甘えやすくなっただろうし、魔族のみんなも受け入れやすかっただろう。

それに、こ~んなにかわいいんだもん!!

「ぴ?」

ヒヨコがクリクリのお目目で我のことを見上げる。

もう話せるようになったのに反射的に鳴き声が出てしまうのが最高にキュートだ。

「ヒヨコ、そろそろお昼寝の時間じゃないの? まだ起きてるの?」

「うん」

「そっか~」

どうやら我のかわいい小鳥ちゃんは、まだ寝る気分ではないらしい。

「じゃあ父様が絵本でも読んであげようかな。ヒヨコ、おいで」

「ぴ」

手招きをしてヒヨコを呼ぶと、ヒヨコは素直に我の膝の上に乗ってきた。小さすぎて全く重さを感じないので、ヒヨコがいることをうっかり忘れないようにしなければならない。

「まだヒヨコが読んだことのない話がいいかな」

ヒヨコのために買い揃えた絵本の中から、まだ読み聞かせをしていないものを選ぶ。

人間として生きていた経験もあるヒヨコに絵本は退屈かな? と思ったこともあったけれど、ヒヨコは思いのほか絵本の読み聞かせを喜んでくれた。どうやら、人界にいたころは読み聞かせをされた経験がほとんどなかったらしい。それどころか、絵本にもほぼ触れたことがないと。

こんなにかわいいうちの子をないがしろにした人間達には怒りが募るけど、今はそれよりもヒヨコをかわいがることが先決だ。

う~ん、でもヒヨコが小さすぎてちょっと位置取りが難しいな。

「ヒヨコ、人型になれる?」

「なれる」

ポンッとかわいらしい音を立て、ヒヨコが人型になる。

すると、我の脚にも重みが加わった。

「とうさま、はやくはやく」

ヒヨコの小さな手が我の膝をペチペチ叩く。催促までかわいいなんて我の子は天才なんじゃないだろうか。

「はいはい」

ヒヨコは自分の顔に掛かる黄色い髪の毛を無造作に払うと、我の胸元に体重をかけてくつろぎ態勢に入った。

まあるい頬をツンツンと触っていると、娘から再び催促をもらった。ほっぺたツンツンは完全に無意識だったよ。

「じゃあ読むね。『昔々、あるところに小鳥が生まれました。小鳥は生まれつき羽が燃えていましたが、不思議とそれは周囲を燃やすものではありませんでした。自分が他の鳥たちと違うことに気付いた小鳥は──』」

あ、これってばフェニックスの話じゃん。

四天王の子達は長寿だし、その功績がこうしておとぎ話的に語られることもある。本屋の絵本コーナーの一帯を買い占めたから、フェニックスの話も混ざってたんだね。

ヒヨコはフェニックスの加護ももらっているようだし、ちょうどいいかな?

これがフェニックスの話だと気付いたのか、はたまた同じ鳥型魔族の話だからなのか、読み進めるごとにヒヨコはどんどん物語にのめり込んでいった。

「ふおぉ……」

「ちょいちょいヒヨコさん、そこまで前のめりになっちゃうと父様が文字を読めないな」

「あら」

絵本のページを覆い隠さんばかりに前のめりになっていたヒヨコを一旦落ち着かせる。

……思ったよりもヒヨコが興奮してるんだけど、大丈夫かなこれ……。知恵熱とか出したりしない?

ヒヨコのおでこを撫でてみるけど、子ども体温のヒヨコは普段から割と熱めだから分からない。

「とうさま、はやくはやく」

「はいはい」

ヒヨコにねだられるまま、我はページを捲る。

「『そしてフェニックスは、相性の悪い相手にもかかわらず、海の大将に勝ったのです』」

「ふぉぉぉぉ」

「『海の大将はフェニックスに負けたことで心を改め、それからは真面目に働くようになりました。おしまい』」

「ふわぁぁぁ」

……どうしよう、娘がかわいい。

絵本を見る目がキラッキラだ。

我にもこんな頃あったっけな? 昔すぎて覚えてないや。

にしても、本当はお昼寝の時間なのに随分興奮させちゃったなぁ。魔王には小言を言われそうだから黙っておこう。

我は絵本をこっそりと本棚に戻した。

「……デュセルバート様」

「……あ」

噂をすれば何とやら。我の背後には、眉間にしわを寄せた魔王が立っていた。

「あ、まおーだ! まおーきいて、とうさまがえほんをよんでくれたの!」

魔王の存在に気付いたヒヨコが我の膝の上から立ち上がり、魔王に抱き着く。

「まおー、とうさまがフェニックスのはなしをよんでくれたの」

「そうか、それはよかったな」

魔王がヒヨコを抱き上げる。

「だが、ヒヨコは今お昼寝の時間ではないのか?」

「ねむくないから、とうさまにえほんよんでもらってた」

「そうか。面白かったか?」

「うん。ヒヨコもフェニックスみたいにつよくなる。だから、いまからきし騎士さんたちのあいてしてくるね」

ダメだ、ヒヨコがやる気になっちゃった。

というか、フェニックスみたいに強くなるって言ってるけど、前にフェニックス倒して帰ってきたんじゃないの?

どうやら、まだ子どもヒヨコを理解した気になるのは早かったらしい。

「そうかそうか。だが、今騎士達は休憩の時間だ。だから魔法の練習をしたいならデュセルバート様に相手をしてもらいなさい」

「わかった」

魔王の腕の中でヒヨコがコクリと頷く。

あー、魔王の言いたいことが読めたぞ。ヒヨコをやる気にさせたのは自分なんだから、自分で責任をとれってことね。

はいはい、分かりましたよ。娘と戯れるのは全然嫌じゃないしね。

「ヒヨコ~、じゃあお外に行こっか」

「は~い。まおーは?」

「我はまだ仕事が残っているから、終わったら合流する」

「わかった」

うちの子ってば、なんて聞き分けがいいんでしょう。

魔王からヒヨコを受け取り、いい子いい子してあげる。


そして、我とヒヨコは外に出た。騎士達は休憩中らしいから、訓練場はガラ空きだ。

「貸し切りだね」

「やったぁ」

やる気満々のヒヨコを地面に下ろす。

「よし、じゃあ父様はここから動かないから、魔法で父様をこの場所から動かしてごらん」

そう言うと、ヒヨコの瞳がキランと輝く。

「がんばる!」

我から少し距離をとり、魔力を練り上げていくヒヨコ。

うん、やっぱり我の子だけあってセンスも魔力も抜群だね。

練り上げられている魔力によって風が生まれ、服や髪の毛がパタパタとなびく。ちょっとした台風の日みたいだ。

「『水渦』」

ヒヨコの魔力によって練り上げられた巨大な水の渦が我を襲う。

うん、涼しげでいい魔法だね。無抵抗ならば数百メートルは軽く吹っ飛ばされるだろう。

ただ、我はここから動かないとは言ったけれど、魔法を使わないとは言っていない。もちろん、抵抗はさせてもらう。

ヒヨコの出した水の渦に向けて手を伸ばす。

「『水渦』」

!?

ブワッ!!!

ヒヨコが使ったのと全く同じ魔法を使って生み出した水の渦を、ヒヨコのそれにぶつける。

すると、バッシャアアアアアンッ!! と派手な音がして二つの魔法が相殺された。そのために、渦を作り上げていた大量の水が周囲に飛び散り、我らの上にも降ってくる。

今日は晴れていたこともあり、結構綺麗な光景だ。

ヒヨコも降ってくる水にキャッキャと笑っている。うん、楽しそうで何よりだ。


そこからは、水魔法の応酬だった。

ヒヨコも我を動かすという本来の目的を忘れ、我に相殺されて自分に降りかかってくる水を楽しみにしているようだった。もはや魔法の練習というよりは水遊びだね。

そうやってヒヨコと遊んでいると、城から鬼──もとい、魔王が出てきた。

「うわ、なんだこれ、水浸しじゃないか」

「まおー、おしごとおわったの?」

「終わってないが、騎士達から訓練場が使えないとの報告を受けて飛んできたんだ」

おっと、もう訓練を再開する時間だったか。よく見たら、騎士達が遠巻きにこちらを窺っていた。悪いことをしたね。

魔王は我とヒヨコを叱るつもりだったんだろうけど、直前まで楽しそうにしていたヒヨコを見て毒気を抜かれたらしい。

はぁ、と息を吐いてびしょ濡れのヒヨコを抱きあげる。

「水遊びは楽しかったか?」

「たのしかった~!」

「そうか、それはよかった。……ヒヨコ、上を見てみろ」

「ん?」

ヒヨコが魔王の腕の中から空を見上げる。すると、そのまあるい目が見開かれた。

「にじだ!」

「ふっ、虹が出るなんて、どれだけ水を出したんだ」

珍しい光景に、魔王も思わず笑っている。虹を見上げるヒヨコの目もキラキラだ。

ヒヨコの視線が虹に釘付けになっている間に、魔王はヒヨコの服を乾かしてやっていた。我のは乾かしてくれないの? あ、自分でやれって? はい。

魔法を使い、一瞬で自分の服を乾かす。ついでにびちゃびちゃのぐちょぐちょになってしまった訓練場も乾かしておいた。あのままにしておいたらさすがに騎士達が可哀想だしね。あと魔王に叱られる。

魔王ってば、結構いい父親してるんだよね。最近はヒヨコと一緒に我も躾けられてるんじゃないかと思うくらいだ。

負けてられないね。


運動をしたヒヨコは小腹が空いたらしく、料理長のところにおやつをねだりに行った。

我と魔王もヒヨコについて厨房に向かう。

「おじちゃん! おやつをください!」

「お、来たなヒヨコ。デュセルバート様と陛下もいらっしゃい」

料理長が我らを快く迎えてくれる。

「ヒヨコ、こばらがすきました」

「おう、ちょっと待ってな」

かわいくおねだりをするヒヨコの丸い頭を撫でると、料理長は冷蔵庫へと向かった。

そして、小箱を手に戻ってくる。

「はい、今日のおやつはトリュフだ」

「おお!」

チョコレート菓子にヒヨコのテンションが上がる。

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

丸いそれを手に取り、自分の口に運ぶヒヨコ。

ヒヨコの口には少々大きかったらしく。ほっぺたが片方ふくれているのがかわいい。

「あまい。とろける。うまうま」

ヒヨコはトリュフを口の中でコロコロと転がしながら、断片的に感想を口にする。

「デュセルバート様と陛下もいかがです?」

「じゃあもらおうかな」

「いただこう」

うん、おいしい。

我と魔王が食べ始めて少しすると、ヒヨコがおかわりをしていた。トリュフが気に入ったのだろう。

二つ目も食べ終えると、ヒヨコは三つ目を口にした。

「ヒヨコ、それで終わりにしような」

「ん~、あともういっこ」

「ではあともう一個で終わりだ」

ヒヨコの食べ過ぎを心配した魔王ストップが入る。

そしてヒヨコは四つ目を口にする前に、チラリと魔王を見上げた。

「まおー、もういっこは、だめ?」

「ダメだ。さっき約束しただろう」

「……ぱぱ、おねがい」

「ぐっ……! ……仕方ない、もう一つだけだ」

魔王ちょろっ!! 娘には甘い自覚のある我も驚くほどのちょろさだよ。

まあ、魔王はたまにしか『パパ』って呼ばれないから、その呼び方に弱いんだよね。ヒヨコはずっと『魔王』って呼んでいたから、その呼び方が定着してしまっているのだ。

そして、おねだりをしたり甘えたい時には魔王を『パパ』と呼んでいる。魔王もその呼び方には滅法弱いから、案の定おねだりを聞いちゃってるし。

魔王の気が変わらないうちに食べちゃおうと考えたのか、ヒヨコはトリュフを二つ一気に口の中に放り込んだ。すると、両頬がぷっくりとトリュフの形に膨れる。

「ブッ……! ふふっ」

「か、かわいすぎる……!」

トリュフを二つ一気に頬張ったヒヨコは、リスのようでそれはもう、めちゃくちゃにかわいい。

我らが何に対して笑っているのか分からず、キョトンとしているのもかわいいポイントだ。


それから、小腹が満たされたヒヨコは遅めのお昼寝タイムに入った。水遊びもしたし、いい感じに疲れたのだろう。

でも、これ夕飯までに起きるかな……。大丈夫かな……。

こんな小さなヒヨコがごはんを食べ損ねたらと思うとヒヤヒヤする。実際は一食くらい抜いても大丈夫なんだろうけど、そこは娘には健やかに育ってもらいたいと願う親心ってやつだ。

まさか、自分が親心なんてものを理解する日がくるなんてねぇ。感慨深いものだ。

それは、我の隣にいるこの魔王も同じ気持ちだろうけど。

我よりも少しだけ父親歴の長いこの男は、ヒヨコを寝かせる姿も堂に入っている。さてはめちゃくちゃ勉強したな?

我の目下の目標は、魔王にも負けないくらいの父親力を身に付けることだ。

差し当たっては、魔王の本棚にある育児書。あれをこっそり拝借して読もうかな。うん、そうしよう。

向上心なんてものが芽生えるのはいつぶりだろう。少なくともここ千年はなかった気がする。

やっぱり、長生きしていると色んなことがあるもんだなぁ。しみじみ感じるよ。


──ちなみに、ヒヨコはやっぱり昼寝が遅かったせいで夕飯を食べ損ねそうになり、我と魔王を慌てさせた。

いや~、このまま朝までいっちゃうんじゃないかと思ったよ。結果的には起きてごはんを食べてくれたけど。

以前よりも慌ただしい日々だけど、うん、やっぱり我は、ヒヨコの父親になれてよかったと、心の底から思うよ──