「実力差も分からぬごみの介護をしてやっていた我が子のなんと心優しいことよ」

我は今、凍えるような瞳で勇者を見下ろしていることだろう。なぜなら、我は間違いなく激怒しているからだ。

こんな燃えるような感情は久しぶりだな。

「この塵のようなプライドの高い者には強制労働が有効かと思ったが、それでは生ぬるいな」

めり込んだ勇者のもとに歩み寄り、その後頭部に、トンッ、と人差し指を当てる。

「意識あるまま凍れ。動けず、眠れず、意識も失うことのできない氷の中で己の行動を悔いるがいい」

一瞬ののち、勇者が巨大な氷に包まれる。

「もしそなたが心の底から自分の行動を悔い改めることが出来たのなら、その氷は溶けるだろう」

──まあ、そんな日は一生こないかもしれぬが。

そして我は他の人間の方へと向き直る。

「「ヒィッ……!」」

勇者の末路を見た他の者達の瞳には、先程まで宿っていた反抗の色はきれいさっぱりなくなっていた。あるのは純粋な恐怖心だけだ。

「ふむ、そなた達は凍らせる必要まではないようだな」

と言っても、無罪放免にする気もないのだが。

それから、これまで散々聖女──もといヒヨコを苦しめた神殿上層部は採掘場で強制労働となった。そして、同じくヒヨコの状況を知っていたにもかかわらず利用した王とその周辺の者達は、これから魔族の傀儡かいらいとなって政治を行うことになる。

純粋な力でも魔王に敵わない上に、国民に知られてはいけない弱みをかなり握られた王たちが我に逆らうことは、今後一切ないだろう。

「──魔王様、もうこちらは大分片付きましたし、魔界に帰られては? そろそろヒヨコも帰宅する頃でしょう。魔王様に話したいこともいっぱいあるでしょうし、お出迎えしてあげてください」

「……そうだな。すまないが後は頼んだ」

「お任せください!」

ニカッと笑ってオルビスは我を送り出してくれた。なので、オルビスの言葉に甘え、我はヒヨコを出迎えるために一足早く魔界に帰ることにした。

ふむ、保育園に子どもを迎えに行く親のようだな。

子どもの出迎えなど自分には縁のないものだと思っていたが、長く生きていると何があるか分からぬな。

ヒヨコはお出かけを楽しめただろうか……。

そんなことを当たり前のように考えている自分にフッと笑いが漏れる。

──我ながら、父親業が随分と板に付いてきたものだな。

◇◆◇

魔王城に帰って来ると、玄関の前で魔王が待っていてくれた。

「まおーただいま~!」

てってこてってこと駆け寄り、両腕を広げて出迎えてくれた魔王の懐にダイブする。すると魔王がぎゅぅぅと私を抱きしめてくれた。

あったかい魔王の体温が私を包む。

「おかえり。おでかけは楽しかったか?」

「たのしかった! まおーにもおみやげかってきたよ」

「それは嬉しいな。部屋に行ってから見せてくれるか?」

「うん!」

魔王はそのまま私を抱き上げて自分の腕に座らせる。

……ん? なんか変なにおい。

嗅いだことはある気がするけど思い出せない。でも、なんかあんまりいい思い出のある匂いじゃない気がする……。

魔王の肩口に顔を埋めてスンスンと匂いを嗅ぐ。

「ど、どうした……?」

魔王がちょっと狼狽えてる。なんか、あれみたい。浮気を問い詰められる人みたい。

私のいたずら心がにゅっと顔を出した。

「どこのおんなとあそんでたのよ」

「……」

魔王がスッと真顔になった。

「コラ。全く、どこでそんな知識を得たんだ。場合によってはヒヨコにいらんことを吹き込んだ者にお灸を据えねばならないな」

せいじょじだい聖女時代しゅらば修羅場みたことある」

「まさかの実地だったか」

コクコクと頷く。

しんかん神官がどっかのおんなのひとともめてた」

「「よりによって神官」」

魔王と父様の声が被った。

父様の後ろにいるシュヴァルツは苦い顔をしてる。上層部だけじゃなくて神官も割と腐ってる人いたもんね。シュヴァルツは真面目だから、そういう人達のことは当時も苦々しく思ってたのかもしれない。

魔王が私に向き直る。

「教育に悪いからそういうことはあんまり言わないようにしような」

「は~い」

ヒヨコ、別に赤ちゃんじゃないし教育も何もない気がするけど、素直に返事をしておいた。

「……」

私があんまり納得してないのが伝わったのか魔王が無言で見詰めてくる。

こういう時は逃げるに限るよね。

私は魔王の視線から逃げるように。その腕からぴょこんと下りた。

「ヒヨコ、先にお部屋行ってるね!」

シュヴァルツの腕を引き、ぴよぴよと小走りでその場から逃げる。

ささっと逃げた私は、魔王と父様がその後した会話の内容など知る由もなかった。

◇◆◇

ヒヨコの足音が聞こえなくなると、デュセルバート様が口を開いた。

「ちゃんと全部片付いた?」

「ああ、勢い余って勇者は氷漬けになったが後は予定通りだ」

「それはよかった。うちの子を一度殺してくれちゃった勇者だし、それでも甘い罰だと思うけどね」

そう言ってどこか遠くを見つめるデュセルバート様の瞳は、氷のように冷え切っている。

「人間が力を持っても碌なことがないって分かったし、暫くは神の恩恵なしで苦しめばいい」

自分を信仰する者達には優しいデュセルバート様だが、それ以外の者、しかも自分の娘を苦しめた者達に対する慈愛の心は持ち合わせていないだろう。

「それにしても、うちの子は鋭いね。まさか人間界の匂いを嗅ぎ分けるなんて」

魔界と人界を構成する要素には大なり小なり違いがある。大気の匂いにも違いがあるのだろう。それをヒヨコは嗅ぎ分けたというわけだ。

「ヒヨコには人間界のことはもう思い出させたくないし、着替えて人間界の匂いを消してからおいで」

それだけ言い残すとデュセルバート様は一足先にヒヨコの後を追っていった。

「……何も悪いことはしていないのだが……」

──決してやましいことはしていない。なのに、なんだか悪いことをしたような気分になるのはなぜだろうか……。

◇◆◇

「あれ? まおーきがえた?」

なんかさっきと洋服が違う気がする。

「ヒヨコに臭いって言われちゃったから魔王ってば傷付いて着替えてきたんだよ。父親心は繊細なんだから」

「え、まおーごめんね」

あれ? でもヒヨコ臭いとは言ってない気がする。

でも父様がこう言ってるし、もしかしたら言っちゃってたのかな。

思い出そうとして首をコテンコテンと左右に傾げるけど、いまいち思い出せない。でも、魔王が傷付いちゃったなら謝らないとだよね。

魔王の腰辺りにギュッと抱き着き魔王を見上げる。

「まおーごめんね?」

「……別に傷付いていないから気にするな。それより、お土産を見せてくれるのだろう? ヒヨコの楽しかった話を聞かせてくれ」

「うん!」

魔王が私を抱っこしてくれたから、魔王の首にギュッと抱き着いてほっぺをスリスリしておいた。

私の背後で父様が申し訳なさそうにしていたことなんて、全く気付かなかった。

ソファーに座った魔王の膝の上に座り、戦利品を次々と取り出す。

「これがとうさまとひよこのぬいぐるみ。これはひよこくっきー、これはひよこだいふく。まおーには、ひよこがかたにのったまおーのぬいぐるみをかってきたよ!!

大分かわいらしくなった魔王とヒヨコのぬいぐるみをズイッと差し出す。値段はあんまりかわいくなかったけど、その分いい素材が使われているのか触り心地はふわっふわだ。思わず頬ずりしちゃうくらい。

う~ん、もちふわ。

ぬいぐるみを魔王に手渡す。

「ありがとうヒヨコ。これは部屋に飾ろう」

「うん。ほかのぬいぐるみもいっしょにかざる」

「ん? そうだな、そうしよう」

うんうん、ぬいぐるみ一個だけじゃ可哀想だもんね。

「あはは、それじゃあ自分用のお土産でも魔王へのお土産でも変わらないじゃない。どうせ同じところに飾るんだから」

「あ、たしかに」

父様に指摘されて初めて気付いた。ヒヨコとしたことが。

「まあヒヨコに貰ったことには変わりないしな。食べ物系は一緒に食べさせてくれるんだろう?」

「もちろん!」

いそいそとひよこモチーフのお菓子を取り出す。

「──あ、そうだまおー、あまったおかねかえすね」

「いや、それは返さなくていい。小遣いとしてもっておけ」

「いいの?」

「ああ。元々使い切ってもいいと思って渡したものだ。好きに使え」

「……」

使い切ってもいいって……。ヒヨコ、結構思い切って色々買ったけど全然使いきれなかったよ……? もしかして魔王、金銭感覚おかしいのかな……。

父様を見てみたけど、父様はなんのことか分からないように首を傾げた。

あ、ダメだ。父様も魔王側の人だ。

父様に同意を求めるのを諦め、シュヴァルツの方を見ると、「分かります」というように力強く頷かれた。うんうん、やっぱり魔王の金銭感覚は普通じゃないよね。

ヒヨコの感覚は間違ってなかった。

買ってきたお菓子をおやつにお茶をした後、魔王と父様と一緒にぬいぐるみを並べた。

結構いっぱい買ってきたから魔王の部屋の一角にぬいぐるみの山ができる。

うんうん、かわいいね。

ぬいぐるみの山の前で腕を組み、うんうんと頷く。ヒヨコは満足である。

……あ、でも魔王の部屋にこんなファンシーなコーナー作って大丈夫だったかな、威厳とか……。まあいっか。本人がいいって言ってたし。

さて、ぬいぐるみの山ができたらやることは一つだよね。


「──ねえ魔王、ヒヨコ知らない?」

「我もさっきから探してるんだが見当たらないな」

「どこ行ったんだろう……」

「お二人とも……」

シュヴァルツが小声で二人を手招きする。

「「?」」

シュヴァルツのところに寄って行く二人。

そして、シュヴァルツは無言でぬいぐるみの山の一角を指さした。魔王とデュセルバートは指さされた先を視線で追う。

「「!」」

そこには、ぬいぐるみに埋もれるようにして寝ている、人型のヒヨコがいた。その両手は、買ってきたにわとりのぬいぐるみをしっかりと抱き込んでいる。

「……ん」

ヒヨコが身動ぎしたかと思えば、ポンッと音を立ててひよこの姿に変わる。無意識に変化へんげしたのだろう。

小さな黄色い毛玉はもぞもぞと動いて居心地のいい場所に納まると、再び穏やかな寝息を立て始めた。

『『かわいい!!』』

ヒヨコが起きないように小声で、二人はそう叫んだ。