今、再びのおでかけへ
ある日、魔王がヒヨコに聞いてきた。
「ヒヨコ、おでかけしたくはないか?」
「いきたい!」
私は反射的に右翼を上げて答えていた。
「おでかけってどこいくの? ダンジョン?」
「どうしてそうバトル脳なんだ……。普通にお買い物だ。デュセルバート様と一緒に元気な姿を民に見せておいで」
「まおーはいかないの?」
「我は仕事がたまってるから行けない。代わりというわけではないがシュヴァルツを連れて行ってやれ」
「は~い」
我ながらいいお返事だ。
「あと、ひよこの姿だと色々と不便だから人型になって行くんだぞ。デュセルバート様もだ」
「え~、こっちの方が楽なのに」
私を背中に乗せた父様がぶつくさ言う。父様は今日も今日とてニワトリの姿だ。随分気に入ったらしい。
「街に出るならそっちの姿の方が不便だろう」
「それもそうだ。にしても、やっとヒヨコのための服が役に立つ時が来たね」
父様の言葉で思い出した。そういえばいつの間にかヒヨコ用クローゼットができててかわいいお洋服が溜まってたね。
魔法を使わなくても人型になれるようになったヒヨコだけど、基本的にはひよこの姿でいるから洋服を使う機会ないんだよね。
せっかくの機会だし、おめかししていこうかな。
ヒヨコだって女の子だから、かわいい格好をするのは好きだ。
「ヒヨコ、おめかしする!」
「おお! じゃあさっそくお洋服を選びに行こう!」
「我も行く」
父様の言葉にぬっと魔王が立ち上がった。
「え、お前忙しいんじゃないの?」
「それとこれとは別だ」
「親バカかよ」
そして、私達は私のお洋服が仕舞ってある部屋に移動した。
「……」
部屋に入った瞬間、私はぽかんと口を開ける。
「なんかふえてる!!」
前に見た時はクローゼットの中だけだったのに、いつの間にか部屋全体にみっちりと洋服がハンガーにかけて並べられていた。お洋服屋さんみたい。
びっくりして魔王を見上げると、魔王がさらりと言い放つ。
「カタログを見てたらヒヨコに似合いそうな服がたくさんあってな。気付いたら注文してた」
「「おやばかぁ……」」
私と父様の声が被る。
「普通だろ。ヒヨコの衣装用にもう一部屋使ってもいいくらいだ」
あ、そうだ、魔王は普通に上流階級の人だった。上流階級どころか魔界の王様だったね。
うっかり忘れてたよ。
「ヒヨコはどんな服がいいんだ?」
「う~んとねぇ、かわいいのがいい! フリフリついてるやつ!」
人界では聖女らしいシンプルな服しか支給されなかったから、実は子どもらしいかわいい服とか憧れてたのだ。普通に歩いてる子とかの服を見て羨ましいと思ってたのをよく覚えてる。
「そうだな、ヒヨコにはかわいらしい服がよく似合いそうだ」
ポンポンと頭を撫でられる。
暫くして魔王が持ってきたのは、薄ピンクのワンピースだった。要望通りにフリルもリボンもいっぱいついてる。
「かわいい!」
テンション爆上がりだ。
「着てみたら?」
「うん!」
人型になり、魔法でパパっとワンピースに袖を通す。フリフリで袖口が広がっているのがかわいい。
両手を広げて魔王と人型になった父様を見上げた。
「ど?」
「「かわいい!!」」
二人にむぎゅっと抱きしめられる。
「えへへ」
かわいい洋服を着たり、親に抱き締められたり、魔界に来てから小さい頃に憧れたことが全部叶っちゃってる。なんか、夢みたい。
ちょぴり滲んだ涙をバレないように魔王の肩口で拭い、私は顔を上げて二人に笑いかけた。
出かける前、魔王にちょいちょいっと手招きされたので、ぴぴぴっと近寄っていく。
「ヒヨコ、小遣いをやろう」
「やった~!」
「ほら、なくさないように首にかけていけ」
そう言って魔王が何かを私の首に掛ける。
見下ろすと、ひよこの形をしたがま口財布だった。まるまると太って、今にもお金を吐き出しそう。
「なんか……ちょっとかわいそうなくらいふとってるね」
ひよこの形をしてるせいか、なんだか他人事とは思えない。
「ああ、お金を使って痩せさせてやってくれ」
「うん、まかせて!」
ヒヨコがこのがま口ひよこをダイエットさせてやんよ!
すると、人型の父様がこちらに歩いてきた。
「ヒヨコよかったね~。魔王、我のは?」
「貴方は既にいっぱい持ってるだろう」
「ぶ~」
ブーイングをしつつも、本気で言ってるわけじゃなかったのか父様は大人しく引き下がってた。
「シュヴァルツ~、じゅんびできてる~?」
「はい! 準備できてます!」
声を掛けると、こちらも普通の青年みたいな服を着たシュヴァルツが駆け寄って来る。
「もう行けますか?」
「いける!」
は~いと右手を挙げてシュヴァルツに答える。
そして、私は振り返って魔王の方を見た。
「じゃあまおー、いってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい。二人とはぐれるんじゃないぞ」
「は~い」
父様と手を繋ぎ、後ろの魔王に手を振りながら歩き始める。
「──ヒヨコはお目当てのお店はあるの?」
「ひよこグッズかいたい!」
「あはは、自分モチーフのグッズを自分で買うの?」
「うん!」
楽しみ。父様と魔王とセットになってるグッズは絶対に買わないと。お部屋に飾るのだ。
できればヒヨコの神殿に飾るものも買いたいな。でも、あの小っちゃい家に入るもの売ってるかな……。
右手で父様の手、左手でシュヴァルツの手を繋ぎ、ブンブン両腕を振りながら歩く。
両手を振ってテコテコと歩く。
歩く。
歩く……。
「……あきた」
口を尖らせて呟くと、父様が私の顔を覗き込んできた。
「どうしたのヒヨコ」
「あるくのあきた」
「あらら、飽きちゃったの。父様が抱っこする?」
「だっこする」
父様に両手を向けると、よいしょっと子ども抱きにしてくれた。
父様の左腕に座り、首に両腕を回して抱き着く。すると、父様の笑い声が耳元でダイレクトに聞こえてきた。
「ふふ、ヒヨコは甘えんぼさんだねぇ」
「うん、ヒヨコあまえんぼさんなの」
体力的に見れば街まで歩くのなんかわけない。前にはフェニックスの火山まで一人で行ったくらいだし。
だけど、甘えられる存在が身近にいるからか、ヒヨコは早々に歩くのに飽きてしまった。
人間時代は散々一人でがんばったんだから、これくらいのちょっとした我儘は許してほしい。
「ふんふん♪」
「なあに? ヒヨコご機嫌だね。おでかけ楽しみなの?」
「うん。あと、とうさまにあまえられるのがうれしい」
「何このかわいい子。シュヴァルツ聞いた? うちの子天使すぎない?」
「聞きました。ヒヨコ様は天使です」
違うよ。
そんな話をしつつ、途中で歩くのに飽きた私は父様に抱っこされたまま街に到着した。
「お~、にぎわってるねぇ」
街は魔族で溢れかえっていた。イモ洗い状態とまではいかないけど、早歩きはできなさそうなレベル。はぐれたらもう二度とこの場では合流できなさそう。
父様に抱っこされててよかった。こんなに人が多いんだもん、街歩きに慣れていない私はすぐにはぐれそうだ。
でも、この辺にそんなに家あるかな? そこそこおっきな住宅街でもないとこの人数は収容できなさそうだけど……。
首を傾げていると、シュヴァルツが私の疑問に答えてくれた。
「お二方の復活と誕生祝いで各地から人が集まっているんですよ」
「あ~、なるほど」
式典でも信じられないくらいの魔族が集まってたもんねぇ。ついでに観光とかしてるのかな。
「とうさま、ふつうにあるいてたら、ひとあつまっちゃわない?」
この人数が一斉に集まってきたらお買い物どころじゃないと思うんだけど。
「ん? ちゃんと認識阻害の魔法をかけてるから大丈夫だよ」
「おお、とうさますごい」
「ふふ、そうでしょそうでしょ」
ヒヨコに褒められると、父様は一気に上機嫌になった。
人波に揉まれながらシュヴァルツが言う。
「とりあえず、一旦どこかのお店に入りましょう」
「さんせ~!!」
「じゃあ、すぐそこの角にある店に入ろうか。そこでぬいぐるみとかも売ってたはずだよ」
父様の提案で、割とメルヘンな店構えのお土産屋さんに入った。
「──あ! とうさま、シュヴァルツ! あった!」
お店の一番目立つ特設コーナーにひよことニワトリがセットになったぬいぐるみが置かれていた。大分デフォルメされていてとってもかわいい。
手に取ってみると、ふわふわのサラサラで触り心地もとってもよかった。
お値段はかわいくなかったけど、お目当ての品だったので早速購入。マジックバッグを持ってきたから最初っからかさばるものも買えちゃうよ。
ぬいぐるみを買っても、ひよこのがま口財布はまだ丸々と太っていた。
それから、近場のお店を何軒か回り、気になったものを購入する。
魔王とヒヨコ、そして父様が一緒にプリントされたクッションを買った後、ふと周りを見たらシュヴァルツがいなかった。
「とうさま、シュヴァルツどこ?」
「ん? すぐそこに……いないね……」
もう一度キョロキョロと周りを見渡すけど、シュヴァルツの姿は見えない。
──もしかしてシュヴァルツ、迷子……?
「シュヴァルツ~! シュヴァルツどこ~!!」
大声で呼んでみてもシュヴァルツからの返事はない。
依然として姿が見当たらない。
「シュヴァルツ、まいご……?」
「……そうみたいだねぇ」
まさか、ヒヨコを差し置いてシュヴァルツが迷子になるなんて。予想外だ。
私は父様の手をギュッと握り直した。自分まで迷子になるわけにはいかないからね。すると父様も同じ危機を感じたのか、つないだ手を離してスッと私を抱き上げた。
離れないぞっという意思を込めて父様の首元の服をギュッと掴む。
「さて、じゃあシュヴァルツを探してあげようか」
「うん。あ、ヒヨコさっきいいとこみつけたよ」
「いいとこ?」
「うん」
首を傾げる父様を誘導し、私達は目的の場所に移動した。
その建物の看板には『迷子預かり所』と書いてある。
「よびだしもしてますってかいてたから、シュヴァルツをよびだしてもらおう!」
「おお、ヒヨコは天才だね」
「ふふふん」
そして父様は私を抱っこしたまま人混みをかき分け、迷子預かり所へと向かった。
迷子預かり所は広くはないけど、中は子どもの気がまぎれるようにか明るい色の家具や壁紙が多く、おもちゃもたくさん置かれている。
中には子ども用の小さな椅子がいくつか置かれていて、迷子になったのか何人かの子どもなどが座っていた。などというのは、子どもじゃない人も混ざっていたからだ。
小さな椅子に似つかわしくない、すらりとした背の高い男と目が合う。
「ヒヨコ様!」
「シュヴァルツ~!!」
「ちょっとちょっと、我もいるんだけど」
シュヴァルツがパァッと嬉しそうな顔になり、こちらに駆け寄ってきた。若干涙目になってる気がするのは指摘しないであげた方がいいよね……?
シュヴァルツが父様ごと私にひしと抱き着いてくる。不安だったんだね。そういえばシュヴァルツも魔界に来てからほとんど出歩いてなかったし、街慣れしてないもんね。
手を伸ばしてシュヴァルツの頭をよしよし撫でてあげる。
「お~、よしよし、まいごこわかったね~」
「いえ別に。冷静にここまできました」
「……」
後ろにいる係の人達の生暖かい目を見る限り、ウロウロしてるのを連行されたんだろう。だけど、ヒヨコは気遣いのできるひよこだから触れないであげる。
シュヴァルツが落ち着いた後、父様が口を開いた。
「さて、無事に合流できたけど二人ともどうする? もう帰る? それともせっかくだからごはん食べる?」
「ごはんたべる!」
「ごはん食べます!」
「お、元気だね。じゃあ行こうか」
そうして、父様に連れてこられたのは屋台が出ている一角だった。やっぱりとても混んでるけど、いい匂いがそこかしこから漂ってきて食欲をそそる。
「高級料理は城でも食べられるからね、たまにはこういうとこの方がいいでしょ。二人ともなに食べたい? せっかくだし並んで買おう」
父様レベルだと並ばなくてもみんなが通してくれるのかもしれないけど、今日はお忍びだし、ちゃんと並ぶようだ。並ぶのも屋台の醍醐味ってことだよね。
幸い、魔法を駆使して料理をしてるからかそれほど待たずに品物を買うことができた。
私達が買ったのはポテトと唐揚げだ。
唐揚げをつまみ、一口食べる。
「ん! おいひい!!」
あつあつで、味付けもしっかりしてておいしい。それに、こういう賑わった場所で食べるからより一層おいしく感じるのかもしれない。
シュヴァルツも瞳を輝かせてポテトを齧っていた。
「とうさま! つぎはあれたべたい!!」
「じゃあ並びながら食べようか」
屋台飯はすごく楽しくて、いつもの倍くらい食べちゃった。ぺろりだ。
案外食べれちゃうもんだね。
「ふふ、ヒヨコいっぱい食べられて偉いね」
「うん!」
屋台飯、楽しい!
◇◆◇
我は出かけて行ったヒヨコ達を見送った。
──今は人が多いからヒヨコが迷子にならないといいんだが……。
そう心配する我は、ヒヨコではなく、シュヴァルツが迷子になることをまだ知らない。
三人の姿が見えなくなると我は踵を返した。
本当は我もヒヨコと一緒に出掛けたかった。だが、やらなくてはならないことがあるのだ。それもヒヨコがいない時に。
「──オルビス、三つ子」
「「「「ハッ」」」」
我が呼ぶと、一瞬で四人が現れる。
四人は、普段ヒヨコに向ける柔和な表情とは打って変わって真面目な面持ちをしている。そんな四人に我は語り掛けた。
「準備はできているか?」
「もちろんです。いつでも行けますよ」
オルビスが答える。
「そうか、じゃあ行こう。──人界に」
そして、我ら五人は人界に向かった。
今回、ヒヨコのお出かけに我が同行しなかったのにはきちんと理由がある。むしろ、そのためにヒヨコを外出させたと言っても過言ではない。
ヒヨコを出かけさせたのは、人界の後始末をつけるためだ。
「ヒヨコには全部内緒にするんですか?」
「ああ、ヒヨコはもう一生分苦しんだ。それこそ、一度死ぬ苦しみも味わったのだ。あの子を直接傷付けた下種のために、これ以上あの子の時間を割く必要などない」
「……愛ですねぇ」
オルビスがしみじみと呟く。
オルビスとしても、ヒヨコにはゼビスとの仲を修復してもらったという恩がある。恩がなくても、あのかわいいひよこが苦しむところは見たくないと思うのは当然だろう。
オルビスは人界の青い空を見上げた。
(今頃、ヒヨコはお出かけを楽しんでるんだろうな。待ってろよヒヨコ、兄ちゃん達がお前を苦しめたもの全部に
そして、我ら一行は人界の神殿に足を踏み入れた。
聖神のいなくなったそこには最早神々しい雰囲気など感じられない。ただの建物と化している。
神殿の大広間には人間の王とその周辺の高位貴族、教皇を含めた神殿の上層部、そして勇者パーティーが集まっていた。
といっても、集められたのは強制的にだが。我が来る前にと、気を利かせた魔族が集めておいたのだろう。優秀な部下を持つと楽だな。
「さて、お主らにはうちのヒヨコを散々利用し、傷つけてきた報いを受けてもらおう」
務めて鷹揚に、圧を感じさせるように言い放つ。
その場にいた人間は気圧され、跪かされたまま顔を上げることもできなかったが、その中でただ一人、恐れを知らないバカが声を上げた。
「あいつは神殿に拾われた、神殿の備品だろ! 有効に使ってなにがわりぃ! 出しゃばらず俺の言うことを大人しく聞いてりゃあよかったんだ!!」
バカ──勇者がそう
その考えの足りなさに思わず舌打ちが漏れる。
「チッ──
「カハッ──!!!」
勇者が一瞬にして地にめり込んだ。