「……かわいいな」

「ぴぴっ」

魔王にうりうりと頭を撫でられる。

ごくらくごくらく。

少し寂しそうな顔をした父様が私を見下ろす。

「ヒヨコが卵だった頃に目覚められていればこうして温めてやれたのかもしれないな……」

「とうさま、しんみりしてるとこわるいけど、ヒヨコ、たまごのじだい時代ないよ」

「……」

黙る父様。

ヒヨコはなんてったって、人間からひよこに進化を遂げた神様見習いだからね!

「──まあ細かいことは気にするな。よい子はもう寝る時間だぞ」

「ぴっ」

もふんと父様の腹毛に全身を埋めようとしたところで、父様の腹毛の下から魔王にズルリと摘まみ出される。

「な、なに? まおー」

「もう寝ようと言いたいところだが、その前に確認すべきことがあるな、ヒヨコ?」

魔王に真っ直ぐ見据えられ、ヒヨコは縮こまる。

「え、え~っと、なにかな。ヒヨコ、こころあたりない」

そろりと視線を逸らすけど、話は逸らされてくれなかった。

「ヒヨコが負っていた傷の説明をしてもらおうか」

そう言って魔王は、獲物を追い詰める捕食者のような笑みを浮かべた。

「……ぴぃ」

魔王の圧に負け、ぴーちくぱーちく全てを吐いたヒヨコです。

最後まで話を聞き終えると、魔王ははぁ~~~と深く息を吐いた。

怒られるかな? と魔王を見上げると、思いの外優しい瞳が私を見下ろしていた。

「もう済んだことだからうるさいことは言わぬ。ただ、ヒヨコは傷付いたことを隠すのは止めてくれ。……フェニックスには感謝しないとな」

「うん」

かなり即効性の毒だったから、自力で解毒しようとしても魔法の発動が間に合ったかどうかも分からないし、フェニックスの加護があってよかった。

魔王からほんの少しの小言をもらい、私達は今度こそ寝ることにした。

「魔王、お前も我のふわ毛に触ってもいいぞ」

「……では遠慮なく」

もふんと魔王が父様の胸毛に顔を埋める。

急にきたからびっくりしたのか、父様の体がビクリとする。

「……魔王、お前ほんとうに動物が好きなのだな」

「ああ」

そう答えた魔王の声音は、どこか満足そうな響きを帯びていた。

「あれだけ我と寝るのを嫌がっていたのに、調子のいい奴め……」

しばらくすると、父様の胸毛に顔を埋めたままの魔王から規則正しい寝息が聞こえてきた。

ヒヨコよりも先に魔王が寝ちゃうなんて! 父様の胸毛おそろしい!

珍しい魔王の寝息を聞いてたらヒヨコも眠くなってきちゃった……。

そして私も、あっという間にすぴょすぴょと寝息を立て始めた。

ヒヨコが寝た後、一人と一羽にくっつかれたニワトリがポツリと呟く。

「我の子は一人のはずなのだがな……。まあ、魔族も我の子どものようなものか……」

そして、ニワトリの姿をした神も、どこか満足そうに瞳を閉じた──


翌朝、目を開けると、目の前にニワトリの顔があった。

ヒヨコ、普通に混乱する。

「おはようヒヨコ。よく眠っていたな」

「あ、とうさま」

そうだそうだ、このニワトリは父様だった。ヒヨコってばついにどこかのニワトリに連れ去られちゃったのかと思ったよ。魔王が隣で寝てるんだからそんなこと起こるはずないのに。

すると、父様がまだ若干寝ぼけてる私を見詰めてくる。

「ふむ、中々かわいい寝ぐせだな」

「でしょ」

ひよこといっても私は元人間、無意識に人間の寝方になって寝返りも打っちゃう。よって、普通に寝ぐせができるのだ。黄色くてふわふわの毛がぽさっとなっている。ボサひよこだ。

「かわいいぞ。どれ、父が毛繕いをしてやろうか? よく分からんが出来る気がする」

「父様無理しないで」

父様、ほんとはニワトリじゃないんだから毛繕いのやり方なんて分かんないでしょう。

「ヒヨコ、まおーになおしてもらう」

「うむ、おいで」

既に起きて準備を済ませていた魔王は、ちびブラシを持って私を待ち構えていた。

テコテコ歩いて行き、魔王に頭を差し出す。

「おねがいします」

「うむ」

すると、極上の力加減でふわふわブラシが頭に当てられる。

起きたばっかなのにまたねむくなっちゃう……。

ヒヨコってば猫じゃないけどゴロゴロ喉が鳴っちゃいそうだ。

うっとりしていると、父様が真顔で近付いて来た。

「なんだ。言っておくがデュセルバート様にこの役目を渡すつもりはないぞ」

「いや、その役目はいらぬ。いらぬから、我もブラッシングしてくれ」

真面目な顔で父様が言い放った。

父様、もう気分はニワトリなのかな……。

父様の意外なお願いに魔王が少し狼狽うろたえる。

「あ、ああ、ヒヨコの後でよければ」

「うん、頼んだぞ」

待てるニワトリの父様は、その場でもっちりと座った。急かしもせずに待つようだ。

そして、魔王は私のブラッシングをし終えると父様のブラッシングに取り掛かった。

魔王の極上のブラシ捌きが父様を襲う。

「あ~、そこそこ、きもち~」

「……デュセルバート様、口調が素に戻ってるぞ」

「ハッ!」

父様がバッとこちらを見た。

ヒヨコ、ばっちり見てますよ。聞いてますよ。

「とうさま、むりしなくていいよ?」

「む、無理などしておらぬ。ほら魔王、続きを頼む」

「はぁ」

魔王は溜息を吐きつつ、父様のブラッシングをしてあげてた。


「ヒヨコ、ついてる」

「あ、まおーありがとう」

魔王が私のほっぺについたケチャップを拭いてくれる。ちなみに、今日の朝食はオムライス。むしゃむしゃオムライスを食べてると、父様がギョッとして二度見してきた。

ヒヨコは本物のひよこじゃないんだから共食いじゃないのに。

ヒヨコ、オムライス大好き。

父様はなぜか気が引けたのか、「我は卵料理はいい……」と避けてた、その代わりに照り焼きチキンサンドを料理長に頼んでたけど。

あんまりにもスムーズに注文するもんだからこれには魔王がギョッとしてた。

「──ヒヨコ、おはようございます」

「ゼビスさんおはよ~。ここ来るのめずらしいね」

「デュセルバート様に用がありましたので」

食堂で朝ご飯を食べていると、ゼビスさんがやってきた。ゼビスさんがここまで来るなんて珍しい。

「デュセルバート様、民を安心させるために一度大々的に姿を見せてほしいのですが……」

「うむ、いいぞ。この姿でいいか?」

父様が白い翼を広げる。

……意外とニワトリの姿気に入ったんだね。

「いいわけないでしょう。近々デュセルバート様復活の式典を開きますが、その時は必ず人型をとってもらいます」

「……まあいいだろう。仕方がないな」

父様は渋々そう答え、サンドイッチの最後の一口を食べた。

「それでは、今から衣装の採寸とデザインを選んでもらいますよ」

「え」

ゼビスさんが父様をガシッと掴むと、父様を連れ去っていった。

そしてゼビスさんと父様が部屋を出て、食堂の扉が閉まる直前──

「え~、我もっと娘といたいんですけど~。ゼビスは相変わらず鬼だな~」

かなり気の抜けた声が聞こえてきたのは、気のせいかな……?

「ねぇまおー、とうさまはやっぱりあれが?」

「……」

魔王は黙秘だ。やさしいね。私に本来の話し方を隠したがってる父様の意思を尊重してあげてるんだ。

「ヒヨコ、とうさまにいげん威厳なんてもとめてないのに……」

自分のお父さんなんてもういないと思ってたし、会うことなんて絶対にできないと思ってたからいてくれるだけで嬉しいのに。

というか、ニワトリになってる時点で威厳もなにもないと思うんだけど、父様的にそれとこれは別なのかな。

そんなことを考えながらデザートのミニミニプリンに嘴を伸ばす。

「おいしいか?」

「ん~、おいひ~」

ヒヨコ、クリームくらい柔らかいプリンが好きなんだよね。

料理長力作のプリンを味わいながら食べている私を、魔王が慈愛の眼差しで見守っていた。

そんな穏やかな時間を、扉を乱暴に開ける音が切り裂いた。

バンッ!!!

「ヒヨコ! ヒヨコも式典に出るぞ!!

「ぴぴっ!?

びっくりして毛が逆立つ。体もちょっと浮いた。

何事かとおめめをまんまるにして固まっていると、魔王が両手で私を包み、逆立った毛を直してくれた。ありがとね。

扉から入ってきたのは人型の父様だった。

テンション高めに入ってきた父様は、びっくりして固まる私を見ると途端に狼狽え始める。

「ああ、すまないヒヨコ、父様が驚かせてしまったな」

魔王の手の上にちょこんと座る私を父様の指が撫でる。

……なんか、こっちの父様にまだ慣れてないからまじまじと見ちゃう。イケメンさん過ぎて周りが輝いて見えちゃったりなんかするもんね。

私が黙っていると、父様がかがんで私の顔を覗き込んできた。

「すまないヒヨコ。怒ったか?」

「ぴ? ううん! ぜんぜんおこってないよ!!

「よかった」

ホッとしたのか、父様がふわりと微笑んだ。

おぉ……人知を超えた美貌の微笑みは攻撃力が高いね。ヒヨコ、ときめきを超えてびっくりしちゃった。

「……相変わらず無駄に整った顔だな」

「いやお前には言われたくないが」

ボソリと呟いた魔王に父様がツッコむ。まあ、どっちもどっちだよね。

そこで、魔王が話題の軌道修正をはかった。

「──それで、ヒヨコも式典に出るとはどういうことだ?」

「あ、そうだそうだ、ヒヨコも一緒に式典に出ないかと誘いに来たんだ」

父様が再び私に目線を向けた。

「しきてん?」

「ああ、どうせならヒヨコが我の娘ということも一緒に周知してしまおうと思ってな。それならばヒヨコ用の衣装も仕立てた方がいいと思って急いで戻ってきたのだ」

父様はいいことを思いついただろう、と言わんばかりのドヤ顔だ。

「したてる……? ヒヨコなのに?」

そう言うと、父様はフッと笑って私を魔王の手から取り上げた。

「ヒヨコ、お前は気付いていないかもしれぬが、お前はもう魔法で擬態せずとも人型を取れるぞ」

「え?」

「勇者を吹っ飛ばしてヒヨコの中の何かも吹っ切れたのかもしれんな。どれ、父が手伝ってやろう」

トンッ、と父様が人差し指で私の背中を触った。

瞬間──

「ぴっ?」

ぽんっと音を立て、私の姿が変わった。

自分の手を見れば、黄色い毛の代わりに五本の指が生えている。

父様を見れば、満足そうに私を見下ろしてうんうん頷いていた。

「やはりできたな。かわいいぞヒヨコ」

父様がひょいっと私を抱き上げて自分の片腕に座らせた。

胸にかかった自分の髪が目に入る。

やっぱり黄色なんだね……。まごうことなきひよこカラーだ。

あ、そうだ、せっかく人型になれたんだから魔王にも褒めてもらおう。そう思って振り向くと、魔王が手で目元を覆っていた。

「……まおーどしたの」

「いや、ヒヨコが人型になれるようになって感極まっただけだ。問題ない」

あんまり表には出さなかったけど、魔王も実は気にしてくれてたのかな。

父様の肩をぺちぺち叩く。

「とうさまおろして」

「うむ」

父様から下り、私はてててっと魔王の許に向かった。そして魔王に向けて両手を突き出す。

「まおーだっこ」

「ん」

魔王が私の脇に手を回し、抱き上げてくれた。私も魔王の首に両腕を回してぎゅ~っと抱きつく。

「まおー、ありがとう」

いろんなありがとうを込めて魔王に抱きつく。すると。魔王はぽんぽんと私の背中を撫でてくれた。

「ああ」

「うむうむ、美しい光景だ。なぁ、ゼビス」

「ええ」

父様が目元をハンカチで拭っているゼビスさんに同意を求める。

……ゼビスさん、いつの間に来てたんだろう。全然気付かなかった。


感動の人化を終えた私は、再び父様の腕の中にいた。

「さて、話を元に戻そう。ヒヨコ、一緒に式典に出ないか?」

父様が聞いてきた。

「いいけど、そのかわりとうさまはヒヨコのまえでものはなしかたしてね」

「へ?」

ヒヨコ、別に式典に出るの嫌じゃないけど交換条件を出してみる。

だって、父様普通に言っても話し方直してくれなそうなんだもん。父親にずっと取り繕った話し方されるのもなんか寂しいし。

そう思って交換条件を切り出すと、父様は呆けた声を出し、こちらをまじまじと見つめてきた。

「う~む、この際素の話し方と違うのがバレてるのはいいとしよう。だがヒヨコ、素の父様がどんなのでも幻滅しないか?」

「しないよ!」

「本当だな?」

「ほんと!」

父様、意外と疑り深い……。でも、私に幻滅されるのをそれだけ嫌がってるからだと思うと、ちょっと嬉しい。そんだけ愛されてるってことだもんね。

「ん~」

父様がまだ悩んでる。いまいち踏み切れないみたいだ。

「とうさまおねが~い」

父様を見上げつつ、ギュッと抱き着いておねだりする。

そのままお願いお願いすると、父様の顔がデレっと崩れた。

「も~、うちの子は仕方ないな~。この甘えんぼさんめ」

「おお」

一気に口調が崩れた父様にうりうりと頬同士を擦り合わせられる。あまりの変わりようにちょっとびっくりしちゃった。

クール系イケメンさんから優男に変身だ。威厳はゼロになったけど、ヒヨコはこっちの方が好きだな。

私が引かなかったことに、魔王達もどこかホッとした顔をしてる。

「ああ、やっぱりデュセルバート様はこっちの方がしっくりくるな」

「そうですね」

「いや~、みんながせっかく黙っててくれたのにごめんね~。娘のおねだりには敵わなかったよ」

あっけらかんと謝る父様。ゆるいね。さっきまでとの温度差がすごすぎてヒヨコ風邪ひいちゃいそう。

父様が私を持ち上げ、目線を合わせてくる。

「父様口調戻したよ? ヒヨコも式典一緒に出てくれる?」

「うん! もちろん!」

断る理由ないもんね。

「それじゃあさっそく式典用のドレスを仕立てよう! 今日はサイズ測ってデザイン決めるよ~」

「あい!」

テンションの高い父様に、私も元気いっぱいに答える。

「よし、じゃあ行こう! 魔王とゼビスもついてきて!」

「ああ」

「はい」

私を抱っこしたままてってけてってけ廊下を走る父様を魔王とゼビスさんが追いかけてくる。

なんか、こういうの楽しいなぁ。父様に揺られたまま追いかけてくる二人を見てるだけでニコニコしちゃう。


そして、父様はある一室に到着した。

その部屋の中に入ると、いろんな衣装が散乱している。衣装選びの途中だったのかな。

「とうさまもいしょうえらぶ?」

「ん? 我はもう決めたよ?」

「デュセルバート様は片付けが苦手なんです」

苦笑いのゼビスさんが教えてくれた。

「まあまあ、それは後で片付けるよ」

あ、片付けられない人の典型的なセリフ言ってる。

さらっと片付けを後回しにした父様は、子ども用のカタログを取り出した。そして部屋の中にあった赤いソファーに寝そべる。

「我はヒヨコのドレス選んでるから、ゼビスはヒヨコのサイズ測って~」

「はいはい」

慣れてるのか、ゼビスさんは特に注意もせずメジャーを手に取った。

「ゼビスさんそれヒヨコにまきまきするの?」

「そうですよ」

「じゃれていい?」

「今はダメです。後でにしてください」

にべもなく断られ、手際よくサイズを測られる。

私がメジャーをまきまきされている間、父様と魔王は仲良くカタログを見ていた。そして何やら話し合っている。

「やっぱり我の髪と同じ銀のドレスなんてどうかな」

「子どもに銀色のドレスはどうなんだ? もっとかわいらしい色の方がいいだろう。水色なんてどうだ」

「ドレスの型は──」

「髪飾りは──」

「靴は──」

とっくに採寸は終わってるけど、ヒヨコそっちのけで話はどんどん進んでいく。

まあ、ドレスのことなんて分かんないし勝手に決めてくれるならそれでいいんだけど……。

「え~、魔王センスなくない?」

「貴方だけには言われたくない。貴方の選ぶドレスはヒヨコの魅力を全部殺してる」

「それはこっちのセリフなんですけど~」

バチバチと睨み合う二人。

……やっぱり、こうなるよね……。

喧嘩し始めた二人を横目に、私はゼビスさんが用意してくれたココアをすすった。

うん、おいしっ。


「やっぱりこのリボンは──」

「レースは──」

私がココアを飲み干しても、二人は飽きもせずに議論を続けている。それをぼんやりと見つめる私。

中々話が纏まらないねぇ。

「……」

手元にあるカップはすっかり空だ。だけど暇だし、なんとなく口寂しいので空のカップを口に運ぶ。

「お二方がこんなに衣装にこだわりを見せるなんて初めてです。魔王も神も変わるものですね」

私の隣で書類仕事をしているゼビスさんが感慨深げに呟いた。本来なら魔王もお仕事をしてる時間なんだけど、それどころじゃないからってお仕事の開始時間を遅らせてる。

大丈夫なのかゼビスさんに聞いたら、「神様の衣装を決めるのはギリギリ魔王様の職務の範囲でしょう」と返ってきた。「それに、今仕事するように言っても無駄でしょうから」とも。冷静だね。

「ゼビスさんはあのぎろんに参加しないの? ヒヨコのドレスいっしょにえらんでもいいよ」

「ふふふ、私が参加したら決まるまであと三日はかかりますけどいいんですか? 凝り性なので妥協はしませんよ」

「あ、やっぱいい。やめとく」

サクッと決めてくれるかと思ったら一番参加しちゃいけない人だった。

「はは、そんな顔しないでください。適任者はもう呼んでありますから」

「てきにんしゃ?」

はて? 一体誰を呼んだんだろう。

私には見当がつかなかったけど、適任者はその後すぐにやってきた。

「──お~、こりゃすげぇな」

ノックの後、部屋に入ってきたのはオルビスさんだった。

カタログや布見本、様々な衣装が散らばっている部屋を見て引いた顔をしている。よくこんなに散らかせたな、とでも言いたげな顔だ。

そしてオルビスさんがこちらを向いた。

「お、ほんとに人型になれたんだな。よかったな~ヒヨコ」

「ありがとー」

オルビスさんが私を高い高いし、そのままクルクル回る。楽しい。

そしてオルビスさんは回るのを止めると、目線の合う高さまで私を持ってきた。

「うんうん、やっぱ魔法で化けてる時よりも美人さんだなぁ」

「えへへ、ヒヨコうれしい」

オルビスさんは褒め上手だなぁ。

そして、オルビスさんがゼビスさんの方を向いた。

「んで爺ちゃん、なんで俺呼んだんだ?」

「ああ、いい加減あの一生終わりそうのない議論に終止符を打とうと思いまして。お前はセンスが良かったでしょう? ササッと式典で着るヒヨコのドレスを決めてあげてください」

「ああ、それで呼ばれたのか」

得心がいったようにオルビスさんが頷く。

「オルビスさんおねが~い」

ヒヨコもいい加減待ちくたびれました。

「よし、待ってろよヒヨコ、俺が一番ヒヨコに似合うドレスを選んでやるからな」

私を下ろし、袖をまくって気合を入れるオルビスさん。

「オルビスさんがんばって」

「任せろ!」

私に向けて手を振り返すと、オルビスさんは白熱する二人の間に割って入った。

「うわっ、どうしてこんなことになってるんすか。デュセルバート様、子どもに銀はないことはないですけどもっといい色はありますよ。そして陛下、薄い水色はいいと思いますけど子どもにマーメイドラインはないです」

「「む」」

オルビスさんは二人を一刀両断。不満そうにする二人をよそにササッとドレスを選んでいく。

「──よし、これでどうだ?」

「みせて~」

よいしょっとオルビスさんの膝に乗り上げる。オルビスさんはいつの間にか自分でデザイン画を描いていた。カタログの中にピンとくるのがなかったらしい。

見やすいようにオルビスさんがスケッチブックを私の方に傾けてくれる。

「これだ」

「わぁ……! かわい~!」

オルビスさんの描いたドレスは、ザ・お姫様って感じのかわいらしいドレスだった。

スカートはもちろんふんわりと広がっていて、大小さまざまなフリルがあしらわれている。袖口もフリルが広がっているタイプだ。胸元にはアクセントとなるような大きなリボンが付いている。つまりとてもかわいい。

「生地はこれにしよう」

オルビスさんが手に取ったのは、白い絹の生地だ。

「いいね! ヒヨコだいまんぞく」

「おっし、じゃあこれで決定だな。父親~ズもこれでいいですか?」

「「……」」

父親~ズは無言でコクリと頷いた。文句の付け所がなかったんだろう。

ドレスのデザインが決まると、オルビスさんがササッと荷物を纏めた。

「──じゃあ俺はドレスの手配してくる。ついでにデュセルバート様の服も」

「オルビスさんありがとう。ヒヨコはなにかすることある?」

そう聞くと、オルビスさんはニカッと笑って私をクルンと振り返らせた。そこには、布が散らばった部屋の惨状と、不貞腐れた二人の大人がいる。

「ヒヨコは部屋のお片付けと、父親〜ズのご機嫌を直してくれ」

それだけ言い残すと、オルビスさんは颯爽と去っていった。

部屋に残されたのは不貞腐れた父親二人と、我関せずで仕事をするゼビスさん。

……これ、ヒヨコが二人のご機嫌直さないといけないの……?

目の前には微妙にご機嫌斜めな二人。ヒヨコ、なにも悪いことしてないんだけどな。

ちらりとゼビスさんを見るけど、助けてくれる気配はない。徹底的に我関せずを貫くらしい。

というか、魔王がこんなにへそを曲げるのも珍しい。父様に引っ張られてるのかな。父様が復活する前はこんなあからさまに不貞腐れてる魔王見たことなかったし。

にしても、ご機嫌を直すってどうすればいいんだろう。

ヒヨコは腕を組んで首を傾げる。

う~ん、とりあえず立ってるのも疲れたから座ろうかな。

ぴよぴよと赤いソファーの所まで歩いて行くけど、ヒヨコ一人で乗るにはちょっと座面が高い。

「まおーすわらせてー」

近くにいた魔王に助けを求める。すると、魔王は私の脇に手を差し込んで持ち上げ、自分がソファーに座った。

え? なんで? と思う間もなく魔王の膝の上に乗せられる。

「うむ」

急にご機嫌が直ったのか満足そうな声を出す魔王。機嫌直るの早いね。

「あ~! 魔王ずるい! 我もヒヨコ抱っこしたいんですけど!!

魔王のご機嫌が直ったと思ったら父様の機嫌がさらに悪化した。なんてバランスのとりにくい父親達なんだろう。

「少し待て」

「え~、何秒?」

「せめて分単位で待て」

ぶすっと唇を尖らせた父様が魔王の隣に座る。

「魔王ばっかズルくない?」

ぶつくさ文句を言う父様の視線が机の上のマフィンにぶつかった。

「あ、ヒヨコ、父様がおやつを食べさせてあげるよ」

そう言って父様が私の口の前に包み紙を剥がしたマフィンを運んできた。

「はいあ~ん」

「あ~ん」

口の前においしそうなものを出されたらそりゃあかぶりつくよね。

むぐむぐと噛めば、香ばしい風味と甘味が口いっぱいに広がる。

「おいしい?」

「おいし~!」

父様の手から甘味を堪能していると、いつの間にか父様は満面の笑みになっていた。いつご機嫌が直ったんだろう。

「とうさま、いつごきげんなおったの?」

「ん? ヒヨコがいれば父様はいつでもご機嫌だよ。ねぇ魔王?」

「ああ」

魔王がコクリと頷く。

ヒヨコがいるだけで上機嫌なんて、なんてお手軽な父親~ズなんだ。そんな嬉しいこと言われちゃったからヒヨコもご機嫌になっちゃう。

くふくふと笑ってると魔王に頭を撫でられた。

「ヒヨコはかわいいな」

「えへへ」

「ドレス楽しみだねぇ。悔しいけど彼のデザインはとてもヒヨコに似合いそうだったし」

記録媒体でも作ろうか、とデレデレした顔で言う父様。もう立派な親バカだね。


それからほのぼのとみんなでおやつを食べ終えると、それまでずっと無言で仕事をしていたゼビスさんが顔を上げた。そして苦笑いする。

「結局その二人の機嫌を直せるのはヒヨコしかいないんですよね」

「……」

いい話風に言ってるけど、さっき助けてくれなかったの忘れてないからね。そんなもっともらしいこと言ってもヒヨコは誤魔化されないよ。

ジトリとした目線を向けてもゼビスさんはどこ吹く風だ。

そしてゼビスさんが魔王に目を向けた。

「さて陛下、そろそろ仕事をしていただきますよ」

「……」

魔王がそっとゼビスさんから目を逸らす。でもきっと逃げられないよね。魔王は真面目だから逃げることはないと思うけど。

「デュセルバート様とヒヨコは、その辺に散らばってるものを片付けてください。特にデュセルバート様」

そうだよね、この部屋汚したのほとんど父様だもん。ヒヨコはあんまり汚くしてないはずだけど、父様のしたことだからヒヨコも手伝ってあげましょう。お腹も満たされたことだし。

それから、魔王はゼビスさんとお仕事、私と父様はお部屋のお片付けをした。人型だからお片付けもらくらくだったね。

一時間くらいでお片付けが終わり、暇になった私と父様は懐かしのあれをすることにした。

私と父様はそれぞれひよことニワトリになり、魔王とゼビスさんの書類の上端にそれぞれ乗った。そう、文鎮代わりだ。

ここまでくれば、暇を持て余した私と父様が書類の上で寝てしまうことなど、言うまでもないだろう。


それから、式典の準備は驚くほどの速さで進められていった。急がないとホットな話題がクールになっちゃうから急いだんだって。

準備は魔王とかゼビスさん達が手配してくれたから、ヒヨコと父様がやらなきゃいけないことはなかった。のほほんと過ごしていただけだ。役に立たなくてごめんね。

そして、周囲だけが慌ただしい日々を過ごしていると、気付けば式典の日になっていた。

その日は準備があるからいつもより早く起こされる。

「ヒヨコ、起きろ」

「ん~、ひよこまだねむい……」

昨日はいつもよりも早くベッドに入ったけど、中々寝付けなかったから寝不足なのだ。だっていつもより二時間近く起きるの早いんだよ?

まだ起きたくなくてグズる。

「ひよこ、や~」

いやいやするように枕の上を転がり、父様のお腹の下に潜り込んだ。今は私も父様もひよことニワトリの姿だ。

父様のお腹の下はあったかくて、ますます眠くなっちゃう。

すると、頭上から困ったような声が聞こえてきた。

「ヒヨコ、おねむなのは分かるけど今日だけはがんばれない? 明日からはどんなにお寝坊しても父様達文句言わないから」

「ん~」

父様はもうおめめパッチリみたい。父様のおめかしは私よりも時間がかからないからもうちょっと寝ててもいいはずなんだけど、私に合わせてこの時間に起きてくれたのだ。それなのにグズるのもなんか申し訳なくて、私は重たい体を引きずって父様のお腹の下から這い出た。でもまだおめめは開かない。

「ヒヨコねむい~」

「よしよし、起きようとして偉いな」

魔王に頭を撫でられる。

「ほら、水を飲め」

「ん~」

冷たい水を数滴飲まされる。ひよこだからね、コップでグビグビは飲めないの。だから魔王がスポイトで冷たいお水を流し込んでくれる。

……うん、お水を飲んだら目が覚めてきた……気がする。

「……ヒヨコ、みずあびしてくるね」

「風呂に入ってくるのか。……大丈夫か?」

「うん」

心配そうな父親ズを置いてお風呂に向かう。今日はドレスを着るから人の姿だ。

二人とも心配そうだけど、さすがの私もお風呂の中で寝たりはしないよ。

そんなことを考えながらペタペタとお風呂場に向かった。


お風呂から上がる頃にはすっかり目が覚めた。

ぱっちりおめめで部屋に戻ると、そこにはメイドさん達がズラリと並んでいた。すごい圧。

「ヒヨコ様、わたくし達がヒヨコ様をおめかしさせていただきますね」

「必要なものは全て用意してありますのでお隣の部屋に移動いたしましょう」

ひょいっと真ん中にいたメイドさんに持ち上げられる。

「ま、まおー! とうさま?」

ヒヨコが連行されようとしてるのに魔王と父様は完全に見送り体勢だ。せめてどっちかはついて来てほしいのに。

そんな私の思いも空しく、私はたった一人でメイドさん達の中に放り込まれた。

隣の部屋の椅子に座らされると、くしとかドレスとかを持ったメイドさん達が迫って来る。

「さあヒヨコ様、少しの間我慢してくださいましね?」

「……ぴぃ」

無心でされるがままになっていると、おめかしが完了した。

ヒヨコ、着せ替え人形の気持ちが初めて分かったよ。

オルビスさんがデザインしてくれた白いドレスを着て、髪の毛もゆるめにまきまきしてもらった。鏡を見てヒヨコも大満足の仕上がり。

完成までどのくらいの時間がかかったかは分からないけど、ヒヨコ的には半日くらいに感じた。

椅子に座って一息ついてると、一人のメイドさんに話し掛けられる。

「陛下方に見せに行きますか?」

「いく!」

準備だけでヘトヘトになっちゃったけどちゃんとメイドさん達にお礼を言い、自分の足で隣の部屋に向かう。

父様と魔王にかわいいかわいい言ってもらお。

そう思ったら気分も上向きになってきた。

魔王の部屋の扉を開ける。

「ふたりとも~、ヒヨコじゅんびできたよ~!」

かわいい靴を動かしてテテテッと中に入って行くと、父様と魔王が同時にこちらを見た。

「「! かわいい!」」

二人の声が見事にハモる。

父様も魔王も綺麗な服に着替えていて、とってもかっこいい。

「ふたりもとってもかっこいいよ」

「いや、こんなにかわいいヒヨコと並んだら我らなんか霞んじゃうよ。ねえ魔王?」

「ああ、民の目はヒヨコに釘付けだな」

「ぴぴぴぴっ」

ふふふ、嬉しくてついつい喜びの鳴き声が漏れちゃった。今は人型なのに。

その後も十分くらい褒められ、この上なく上機嫌になったヒヨコは、それまでの疲れなんてすっかり忘れちゃった。


そして、いよいよ式典が始まる。

魔王城のテラスの下にはいろんな種類の魔族が集まっていた。それはもう、魔界にいる全員が集まったんじゃないかってくらい人がいる。

私はまだ姿を見せるわけにはいかないからカーテンの隙間からこっそり確認した。

「とうさま、ひとたくさん」

「うんうん、ヒヨコのかわいい姿をみんなに見てもらおうねぇ」

きっとみんなヒヨコにメロメロになっちゃうよ~と父様は上機嫌だ。ヒヨコを抱っこしてその場でくるくる回ってる。元気だね。ヒヨコは着替えてから式典が始まるまでの待ち時間でねむくなっちゃったけど。

父様の首に手を回して居眠りを試みるも、気付いた父様に起こされる。

「ヒヨコごめんね、もうちょっとがんばれる?」

「うん」

「あらいい子。でもおめめは瞑っちゃってるね」

よしよしと父様に後頭部を撫でられる。

だってねむいんだもん。

「まあ最悪寝ちゃったヒヨコを父様が抱っこしてお披露目すればなんとかなるか。ねえ魔王?」

「ああ、どうしても駄目なら無理しなくていい」

一足先にテラスに向かおうとしている魔王が振り返って言う。

……そう言われちゃうとがんばらなきゃって気になるよね。二人とも私に甘いんだから。

クワッと仰け反って目を見開くと、父様がびくっとした。

「めがさめました」

「……うん、それはよかった」

なんとも言えない顔をする父様。

「──じゃあ、我は一足先に行くぞ」

魔王はそう言って私を一撫でした後、テラスに向かった。

先に魔王が説明してから私達が出て行きお披露目をするという流れだ。

魔王が出ていくと大きな歓声が上がる。

そんな魔王の後ろ姿を見て、私はぎゅっと父様に抱き着いた。

「どうしたヒヨコ? ……みんなに受け入れてもらえるか不安?」

「うん……」

だってヒヨコ、元々敵対勢力側だったし。聖女時代の悪名も魔界で有名みたいだし。

「ふふ、そんなの杞憂だよ。魔界の神である父様のことを救ってくれたヒヨコのことを魔界の者が嫌がるわけないじゃないか。それに、お前の父様は魔界の者が信仰する神なんだよ? 我の娘だって信仰の対象になるに決まってるじゃないか」

ころころと笑う父様。

「──あ、呼ばれた。じゃあ行こうか」

「うん」

父様は私を抱っこしたままテラスに足を進める。

父様の姿が見えると同時に再び大きな歓声が上がった。それと同時に、父様が抱いている子どもは誰なんだとざわつく。今日は父様の復活式典としか言ってないから私のことは完全にサプライズだ。

父様が魔法で声を拡散させる。

『皆、今日は集まってくれてありがとう。ついでと言っては何だけど我の娘を紹介させてほしい』

おぉっ! と場がざわつく。

『我の娘のヒヨコだ。やむを得ない事情があって元は人界で聖女をしてたけどみんな仲良くしてね』

どんな反応が返ってくるんだろう……と身構える。

だけど、次の瞬間──

オオオオオオオオオ!!!!

!?

雄叫びのような歓声が上がった。

紛れもない、肯定的な反応だ。「デュセルバート様お子様ができたんですね! おめでとうございます!」という声も聞こえてくる。

「ほらヒヨコ、みんなに手を振ってあげて」

「うん」

父様に促され、テラスの下に向けてぴよぴよと手を振る。すると、みんな示し合わせたように手を振り返してくれた。

「かわいい」「小さいなぁ」なんて話し声も聞こえてくる。

思わずにぱっと笑うと、下にいるみんなも笑顔になってくれる。それが嬉しくてまたいっぱい手を振っちゃう。

そんな私を父様と魔王が微笑まし気に見守っていた。

「よかったなヒヨコ」

「うん! ヒヨコうれしい」


少し心配だったけど、式典は問題なく終了した。

「ひよこでろ~ん」

式典が終わり、疲れ切った私は今、ソファーでゴロゴロ転がっている。

「つかれた~。もうドレスぬいでいい?」

「ああ、いいぞ」

「やった~」

魔王の許可を得て私はひよこの姿に戻る。するとあら不思議、一瞬でドレスが脱げちゃう。

「お、ヒヨコ頭いいね」

我もマネしよ、と言って父様がニワトリの姿になる。そしてサイズが合わなくなった洋服はペシャンと床に落ち、その下から父様がペタペタと這い出てきた。

「魔王、この後も何かあるの?」

「あるにはあるが、もうヒヨコは限界だろう。寝かせてやってくれ」

「分かった」

魔王に返事をして、父様は私を背中に乗せた。もこもこの羽毛が極上の寝心地。

「まおーはどこいくの?」

「今日は諸侯が集まっているから、食事会だ」

「おいしーものたべるの? ヒヨコもいこっかな」

そう言うと、魔王が微笑んで私の頭を撫でた。

「ふ、疲れたのだろう。今行ったら確実に揉みくちゃにされるぞ。暇な老人が多いからな」

「そーそー、おいしいものは後でも食べられるからヒヨコは父様と休んでようね」

私をあやすように父様がゆっさゆっさと揺れる。

「でも、ヒヨコ、ごあいさつしなくていいの?」

「ふふ、ヒヨコはいい子だね。神に挨拶を強要する者なんて魔界にはいないよ。まだしばらくはいるだろうから、気が向いたらご挨拶してあげなさい」

「……は~い」

なるほど、魔界でも神様はちゃんと偉いんだ。

ヒヨコ、まだ神様見習いだけど父様とおんなじ扱いでいいのかな……?

首を傾げていると、魔王はいつの間にかいなくなってた。お食事会に行っちゃったんだろう。

「は~い、ヒヨコは父様とお昼寝だよ」

ベッドに連れて行かれ、お腹の下に敷かれる。敷かれるって言っても全然重くないけど。

「ねなきゃダメ?」

「おや? 眠かったんじゃないの?」

「う~ん、なんかめがさめてきちゃった」

「あらら、こりゃとんだ天邪鬼あまのじゃくさんだね」

寝られない時は無性に眠くなっちゃうけどいざ寝ろってなると急に眠気が覚めることあるよね。ヒヨコ、今まさにそれ。

「う~ん、別にいいけど、この時間より後に寝たら朝までいっちゃうでしょ? そしたら夕飯食べ損ねちゃうから、父様は今のうちに寝ちゃった方がいいと思うなぁ」

意外と私の栄養管理には厳しい父様。寝ろ寝ろと私を腹毛の下にしまってくる。

「父様が毛繕いをしてあげるから寝な」

「ぴ~」

父様が嘴で私の毛をついばみ、毛繕いをしてくる。

うぅ……極上の腹毛と毛繕いのダブルパンチはずるいよ……。ヒヨコ、ねちゃう……。

ヒヨコが父様の寝かしつけに勝てるはずもなく、あっという間に眠りについてしまった。

◇◆◇

ヒヨコが眠りについた後、にわかに廊下が騒がしくなる。

そして、どこかくたびれた様子の魔王が部屋に入ってきた。

「魔王、何事?」

「……すまない。どうしてもヒヨコの顔が拝みたいと諸侯が聞かなくてな」

魔王も抵抗はしたのだろう、口にはせずとも顔が疲れている。

「目が悪いから顔が見えなかっただの、呑気に待ってたらいつ寿命が来るかわからないだのうるさくて……」

実際、力のある魔族ならばテラスにいたヒヨコの顔を見ることなど造作もないし、年よりとはいえ、あと五百年は軽く生きる。

要は、意外にも子どもや年寄りに優しい魔王に付け込んでいるのだ。

そんな魔王の性格を知っているデュセルバートは軽く溜息を吐く。

「はぁ、しょうがないな。見てもいいけど絶対に起こさないでよね。やっと寝たところなんだから」

「「「承知」」」

デュセルバートが言い終わるや否や、老人達が部屋の中に入ってきた。

『おお、すぴすぴ寝ておるわ』

『かわいいお子様ですのう』

『人型もひよこ姿もかわいいとは、将来有望ですなぁ』

ヒヨコを起こさないよう、ここまでの会話は全て念話で行われている。

『かわいいのう。あのゼビスがかわいがるわけだ』

『デュセルバート様、ぜひヒヨコ様にご挨拶させてください』

『ヒヨコがいいって言ったらいいよ』

デュセルバートはそう言うと、ヒヨコを見せるのはここまでと言わんばかりにすっぽりとヒヨコを腹毛の下にしまった。