「!」

魔王が息をのむ。

「これならどうよ!」

魔王に見せるように、私はくるりとその場で回った。

うんうん、変化は上手くいったようだ。

手足の指は五本ずつあるし、目線も高くなっている。

「ヒヨコ……どうして……」

ゼビスさんが呟いた。

うんうん、私が人型になれなくて一番手を焼いてたのはゼビスさんだもんね。

「これはまほうでばけてるだけ」

「ああ、なるほど、確かにその手がありますね」

そう、これは魔族としての私の姿が人型になったんじゃなくて、魔法でただ人間に化けているだけだ。それでも精神年齢の影響か、子どもになっちゃったけど。

あと、髪の毛がひよこらしい真っ黄色になってた。

まあ、孤児院も併設してるから神殿に子どもがいるのはよくあることだし、こっちの方が警戒されなくていいかもしれない。

そんなことを考えていると、いつの間にかシュヴァルツがすぐ近くに来ていて、私のことをガン見していた。

「ど、どうしたの……?」

「聖女様……」

両手を組んで祈るように頭を下げるシュヴァルツ。無意識に自分の顔を思い浮かべたから、人間の時の顔にそっくりになっちゃったみたいだ。

そして、刺さってくる視線がもう一つ。

「まおー?」

「……おいで」

ちょいちょいっと手招きされたので、魔王のところへ行く。すると、問答無用で膝の上に抱き上げられた。

「かわいい」

「ふふん」

よしよしと頭を撫でられる。

魔王は子どもも好きなのかもしれない。最初の頃なら意外に思ったかもしれないけど、今となっては意外でもなんでもないよね。

「陛下、ヒヨコに行かせるんですか?」

オルビスさんが魔王に問いかける。

「……まあ仕方がないな。止めても勝手に行きそうだし、それなら誰かサポートできる者と一緒に行かせたほうがいいだろう。それに、この子を止めるには骨が折れる」

「うんうん」

さすが魔王、ヒヨコのことよく分かってるね。

それに、ヒヨコってば結構強いし、我ながら中々いい人選だと思う。鳥選か。

「では、ヒヨコのサポートができる面々を用意します。ヒヨコ、一人で勝手に行くのはなしだぞ?」

「はーい!」

そう言うと、団長さんは早々に部屋を出て行った。

残ったのはひたすら私をかわいがる魔王、ひたすら祈りを捧げるシュヴァルツ、そして部屋を出ていくタイミングを逃した祖父と孫だ。

二人が上手いこと出て行った団長さんにボソリと毒づいていたのは、聞かなかったことにした。


その後、ヒヨコサポートメンバーもすぐに決まり、早速次の日に人界の神殿に向かうことになった。

夜、ひよこの姿に戻り、私は寝床に向かう。すると魔王にヒョイっと摘ままれ、魔王のベッドの枕元に置かれた。

これはあれだね? 心配されてるね?

魔王は無言で私の頭を撫でるばかりだ。

「まおー、しんぱいしないで。ヒヨコ、ちょちょっといってすぐにかえってくるから」

「……我も行く」

「まおーがいくのはダメでしょ。ちゃんとおるすばんしてて」

おお、これじゃあ私の方が親みたいだ。いつもとは立場が逆だね。

よちよちと魔王の頭を撫でてみる。

「ヒヨコはあしたにそなえてはやくねます。まおーもはやくねるんだよ」

「……分かった。ヒヨコの睡眠を邪魔するのは我としても本意ではないからな」

「うんうん」

私は魔王の枕元に置かれた籠の中に入る。そして敷き詰められた綿の上に仰向けになって寝転がった。

「……相変わらず、ひよこにあるまじき寝方だな」

ふわふわのお腹を人差し指でウリウリされる。

元々は人間だから、やっぱり寝っ転がって寝たくなっちゃうんだよね。周囲を警戒しないといけないわけでもないし。

魔王の撫で方が私を寝かせる方にシフトする。もはや熟練の技だね。

ふわふわと撫でられていると、すぐに眠気がやってきた。

「ぴ~(おやすみ~)」

「ふ、ひよこ語に戻ってるぞ」

微かに魔王が笑う気配を感じた直後、私は意識を手放した。


翌日、早めに寝た甲斐あってパッチリ目が覚める。

「おはよ~」

「ああおはよう。元気そうだな」

「うん! ぜっこーちょー!」

なんでもできちゃいそう!

むんむんと両手を動かす。

「元気そうで何よりだが、余計な体力は使わない方がいい。疲れちゃうだろ」

「は~い!」

元気よく片翼を上げてお返事をする。

すると、魔王はそうじゃない、って顔をして私を両手ですくい上げた。

「ぴ?」

見上げると、魔王が苦悶の表情をしていた。

「かわいい子には旅をさせろと言うが、本当にかわいかったら一人で旅などさせぬと我は思う」

きゅうだね」

フェニックスのところに一人で行ったり、シュヴァルツは一緒だけどお散歩とか行ってるのに。だけど、それはちょっと違うらしい。魔界内ならまだ自分の領地だからすぐに行けるし、私に危害を加える人もそうそういないけど、一応人界は敵地だ。なんなら向こうの神様が直接の敵だしね。

うん、逆の立場だったら私も心配でしょうがないかも。

仕方ないから今は大人しく抱っこされててあげよう。

手のひらの中でぐでんと脱力した私を、魔王は人が呼びに来るまでひたすら撫でていた。


そして朝食後、団長さんが私と一緒に人界に行く人を連れて来た。

団長さんの後ろに並んでいる三人は、私もよく見覚えのある三つ子だ。ニックさんディックさん、そしてリックさん。

「この三人ならヒヨコとも面識があるし、なにより三つ子だけあって連携は抜群だ」

「いい人選だな」

汚れた私の口周りを拭きながら魔王がうむと頷く。

魔王の父性溢れる姿を初めて見た三つ子は目をガン開きにして驚いていた。そりゃあこの一見冷酷無比な魔王がひよこのお世話をしてるなんて、話には聞いてたとしても想像できないよね。

三つ子の気持ちはよく分かるけど、あんまりにも三人で同じような顔をしてるから、つい「ぴぴぴ」っと笑ってしまった。

魔王の手前、いつものように軽口を叩かれることはないけどバレないようにちょっと睨まれる。ごめんね。

「ヒヨコはもうじゅんびばんたん準備万端だけど、さんにんはじゅんびできてる?」

「おう」

「できてるぜ~」

「いつでも行けるぞ」

口々に三人が答える。

「おお! いつでもいけるならさっそく今からいこ~!」

「「「へ?」」」

ヒヨコってば夜は自分の寝床で寝たい派だから、ちゃちゃっと行って夜には帰ってきたいんだよね。

「じゃあまおー、だんちょうさん、いってきます!!

二人に向かってふわふわの腕を振る。

「──ちょっ、まっ──!」

『転移』

私は三つ子と一緒に、早速人界に向かって転移した。

ニックさんが何か言おうとしてた気がするけど、それは向こう人界に着いてから聞こう。

あ、シュヴァルツに行ってきますって言うの忘れちゃったな。まあ、帰ってから「いってきます」と「ただいま」をまとめて言えばいっか。



「──陛下、ヒヨコが転移を使うのは想定しておられましたか?」

「いや、正直想定外だった……」

私がいなくなった後の室内では、そんな会話がされていたという。



転移で目的地に到着するや否や、私は魔法で人間に化けた。

人型になった私を見て三つ子が感心したように「おぉ」と声を上げた。

「ほぉ~、上手く化けるもんだな」

「だな」

「──なあ、ところでここって……」

「うん、じんかい人界の、しんでん神殿のすぐそば」

一応人目に付かない場所に転移しておいたんだけど、三人は遠い目をした。

「いきなり敵の本拠地……」

「展開が早すぎる」

「まあ早く帰れていいかもな」

三人が口々に感想を口にする。

そしてディックさんが屈んで私に話しかけてきた。

「ヒヨコ、俺達は一旦お前の影に潜るな。子ども一人の方が怪しまれないだろうし、一人の方が動きやすいだろ?」

「うん。よんだらでてきてくれる?」

「ああ」

ディックさんがそう答えた瞬間、三人は私の影の中に吸い込まれるように消えていった。面白いね。帰ったらもっかいやってもらおっと。

よし、さっそく行きますか!

私がいた頃に神殿を包んでいた結界は、やっぱりもうなくなっていた。代わりに申し訳程度の結界が張ってあるけど、簡単に一部を無効化して侵入できてしまう。

神殿内では至るところに刻まれた魔法陣によって姿を消したり、変えたりする魔法は使えなくなっている。これはさすがの私でも影響を受けないわけにはいかない。やっぱり姿を見せないようにする魔法は厳しかった。姿を変える方はまあいける。

がんばれば見えなくもできそうだったけど、核を奪還する時に聖神からの妨害があるかもしれないことを考えるとあんまり魔力は無駄遣いできない。


そして、私は堂々と神殿に足を踏み入れた。

人間に化けると同時に神官見習いの服も再現しておいたので、私はどこからどう見ても神官見習いの子どもにしか見えないだろう。フラフラ歩いていても見習いが道に迷ってるくらいにしか思われない。

こんな子どもを疑うなんて、よっぽど警戒心が高いか人間として終わってるかのどっちかだろう。

だから、立ち入り禁止区域以外では誰にも見咎められずに行動できると思っていた。

──だけど、私は忘れていたのだ。私を背中から斬りつけてきた、人間として終わっている存在を。


神殿内で数人とすれ違ったけど、やっぱり声を掛けられることはおろか、目線を向けられることもほとんどなかった。

うんうん、順調だ。

どんどん魔界の神殿で感じた気配が強い場所──神殿の中心の地下が近付いてくる。やっぱり邪神の核はここにあるらしい。

渡り廊下を通り、本殿に入った。

そこで、最悪の存在に出くわす。

「──あれ? 見知らぬ子どもがいんなぁ」

聞き覚えのある、どこか不快感のある声。その声を聞いた瞬間、背中にゾワリと鳥肌が立った。

「見習いが本殿に用があるとは思えねぇけど、道に迷ったか?」

振り向けば、血のような赤髪に、凶悪さを秘めた金色の瞳の男。

そこにはやはり、二度と会いたくなかった勇者が立っていた。

一瞬怒りが腹の奥底で沸騰しかけたけど、なんとかそれを抑える。とりあえず誤魔化しておこう。

「そうなんです。せんじつ先日みならい見習いになったばかりで。そうじようぐいれ掃除用具入れのばしょわかりますか?」

「ああ、分かるぞ。まずここを引き返して──」

それから、勇者は丁寧に道順を教えてくれた。……一見。

それ、神殿の出口までの道順じゃん。しかも大分遠回りの。

勇者とはこういう、人の足を引っ張ることに余念がない人物なのだ。でも、私が本当に入って間もない見習いなら、たとえ正面玄関に行きついてしまっても、自分がどこかで道を間違えたのだと思うだろう。勇者ともあろう人物が、そんなくだらない意地悪をするなんて普通は思わないだろうし。

私は迷ってもいないし、掃除用具入れに用があるわけでもないからノーダメージだけど。

というか、そもそも神殿内の掃除なんかしたことない勇者が掃除用具入れの場所を知っているかどうかも怪しい。

間違った道順を楽し気に教えられたもんだから、思わずウゲッと顔に出てしまった。いけないいけない。

とりあえず一旦引き返すか。

「わかりました。ありがとうござ……」

「おいお前、今ウゲッて顔したなぁ。もしかして普通に道順分かってんな? ってことは見習いになったばかりの新人ってのも怪しいなぁ?」

ニヤニヤしてそう言ってくる。

警戒心が強いかつ、人間として終わってるやついたなぁ。

こいつ、変なとこばっかり頭が回るんだよね。普段はそんなに頭よくないのに。

普通こんなにかわいい子ども疑わないでしょ。

「はぁ」

「お? 何溜息ついてんだ?」

私の絶望した表情を見たいのか、かがんで顔を覗き込んでくる。普段子どもと話さなきゃいけない時は腰も膝もみじんも曲げないくせに。

なんか腹立ってきた。

聖女時代なら我慢できたけど、今の私はひよこだ。

ヒヨコ、あかちゃんだからがまんできない。

「お前、怪しいからとりあえず警備に突き出すな」

勇者に怪しいって言われて警備になんか突き出されたら神殿内での居場所なんかなくなる。私が本当に見習い神官なら、たとえ冤罪でもお先真っ暗だ。

パァン!

伸びてきた手を、私は魔法で弾いた。

!?

勇者が腰に提げている剣を抜く前に、私は自分に身体強化を掛けて勇者の顔面に思いっきり蹴りを入れる。

「グハッ!」

きれいな弧を描いて勇者が吹っ飛んでいく。

結構な威力だったはずだけど、勇者は気絶しなかった。腐っても勇者だね。

勇者がフラフラと立ち上がったところに、氷のつぶてを叩き込む。怒りのせいで少し氷が大きく、威力が強くなっちゃったけど、まあ死んでないでしょ。

氷の礫がクリーンヒットした勇者は、今度はしっかりと気絶したようだ。

この勇者のことだから気絶したフリって可能性もあるけど、聖剣を奪っても起きなかったから本当に気絶しているらしい。

『粉砕』

私は勇者から取り上げた聖剣を粉々に砕いた。そこに躊躇いはない。

風が吹いて、私の手のひらからサラサラと金の粒が零れ落ちていく。

こんなもんいらないもんね。

勇者は……その辺に隠しておけばいいか。

その辺にあった花壇の中に気絶した勇者をポイ捨てする。

まあバレないでしょ。花弁に隠れた地面部分を注視する人がいるとは思えないし。

よ~し、気を取り直していってみよ~!

そう思って踵を返した時、後ろにいた人と目が合った。それはもう、ぱっちりバッチリと。

なんなら、私が勇者を花壇に隠すところを見ていた人はこの神殿の教皇だったりする。

「……きょうこうもボコすか」

『物騒だな……』

ボソリと呟くと、影の中から小さな声でツッコまれた。

いつからいたのかは分からないけど、勇者を花壇にインするところは確実に見られてるだろう。

まあ、このじじいにも散々煮え湯を飲まされたし、勇者と同じ対応をするのはアリかな。……人界に来てから思考が物騒になってる気がする。早く帰って魔王とおねんねしよ。荒んだ気持ちを切り替えるには寝るのが一番だ。

てっきりいきなり攻撃を仕掛けられるかと思ったけど、意外にも教皇は穏やかな声で語り掛けてきた。

「そなたが勇者を下したのか?」

「……うん」

誤魔化しても無駄そうだから素直に答えた。

「そうか、実はな、その勇者は素行が悪くて困っていたのだ。どうやって勇者を気絶させたのかは知らぬが、勇者を花壇に埋めようとしたことは不問にしよう」

「……」

とりあえず、勇者との会話や、私が聖剣を粉にしたところは見られてないらしい。

というか、やっぱり近くにいる人間には勇者の本質はバレてたわけね。勇者がいなくなると困るから何も言わなかっただけで。

「先の聖女を殺したのは勇者だったのではないかと囁かれているくらいだ。……あ、そういえばそなたは先の聖女に面差しが似ているな。どうだ? 聖女の座につかぬか? 中々後継者が見つからなくて未だに空席だからな」

「……」

この狸じじい、勇者より使い勝手が良さそうなのを見つけるや否や、すぐに問題児の勇者を切り捨てにかかったね。最初はこうやって優しいフリをするのがこのじじいのやり口だ。

勇者では魔族に敵わないと察したから、私を勇者の代わりに魔界に送り込むつもりなんだろう。

咄嗟に口をついて出そうになった拒絶の言葉を、私はすんでのところで押しとどめた。

そういえば、聖女を継ぐ時、本殿の地下に行った気がする。そこで祈りを捧げることで正式に拝命するのだ。

ただ、その場所への行き方は教皇だけしか知らない。だから私も一度しか行ったことないし、その時は目隠しをされていたのだ。

ここで聖女になるって言ったらデュセルバート様の核がある所まで連れてってくれそうだよね。多分、あるとしたらあの場所だろうし。

あ、そういえば祭壇の下に棺みたいなのがあった気がする。随分前のことだから曖昧だけど、中に何が入ってるんだろうって気になった記憶があるもん。

うん、聖女になる気はないけど一先ひとまずこの話に乗ったフリをするのはありかもしれない。

「いいよ。せいじょになる」

私がそう答えると、影の中がざわつく気配がした。あれかな? 私が聖女に戻れるからって魔王達を裏切ったって思われてる?

なんか、一気に不愉快な気持ち。

むぅっとしつつも影の中に「だいじょうぶ」と小声で言う。

私の返事に教皇はパァっと明るい表情になった。

魔王が喜んでくれたらあんなに嬉しいのに、このじじいが嬉しそうにしてても微塵も嬉しくない。

「では、今日からそなたは聖女だ! 早速継承の儀をしようぞ」

「……」

教皇の言葉に無言で頷く。

……なんか、妙な展開になったなぁ。


以前と同じように目隠しをされて地下に連れて行かれる。

うんうん、影の中に気配はあるから三つ子はちゃんとついてこられてるみたいだ。

角を曲がる回数も多いし、たまにガラガラと物が動く音がするから、隠し通路とかを通ってるんだろう。

教皇の小脇に抱えられたまま約十分、目的地に到着したのか目隠しが外された。

パラリと視界が開けると、見覚えのある光景が広がっていた。壁も床も真っ白の部屋で、その部屋の前面に祭壇が設置されている。

昔はどこか神聖な場所だなって思ってたけど、色々知った今はただの部屋だとしか思わない。

そして、祭壇の下にはやっぱり棺桶みたいな箱があった。白地に金色の縁取りがされているからあんまり棺桶っぽくはないけど、形は棺桶そのものだ。

中に入ってるものはなんとなく想像できるけど、あんまり当たっていてほしくはない。

私を下ろすと、教皇はスタスタと歩いていき、祭壇の前に跪いた。

「──神よ、新たな聖女をお認めください」

教皇がそう言うと、祭壇がパァっと光り出した。

その眩しさに私は目を細める。

前回はこんなことなかったのに……。

すると、次の瞬間祭壇の上に女性が現れた。

金髪碧眼で真っ白いワンピースを着た、この世のものとは思えないほど整った顔立ちの女性だ。

だけど、その目は生気がなく、酷く濁っている。

その女性が宙に浮いていることを見るまでもなく、直感で分かった。

──これが、聖神だ。

意外とあっさり現れたなぁ。なんか拍子抜け。

風も吹いていないのに、聖神の腰まである金髪はさらさらと揺れている。

なんだろう、不思議と神々しさを感じない。むしろなんかどんよりとした雰囲気を感じる。教皇は気付いてないみたいで精一杯拝んでるけど。

そしてふと、聖神の視線がこちらに向いた。

「……あら、あなたまた来たの」

「また?」

教皇が疑問に思ったのか聖神の言葉を繰り返した。

──やっぱり、曲がりなりにも神様は誤魔化せないよねぇ。

聖神には私が元聖女だってバレてるみたいだ。

「随分と魔界の匂いに染まっちゃったわねぇ。なに? 彼の核でも取り戻しにきた?」

口角を片方だけ上げて荒んだような笑みを浮かべる聖神。

とても神様がする表情だとは思えないね。

目的はまるっと察されちゃってるみたいだけど、戦闘になるかな?

三つ子もそう思ったらしく、影の中がざわつきだす。みんな準備万端だね。

でも、相手が神様だろうが、ヒヨコも負ける気はないよ。

しかし、戦闘態勢に入った私を見て聖神はやれやれといったように溜め息を吐いた。

「はぁ、ついにこの日が来ちゃったのね。わたし、勝てない戦いはしない主義なの」

「?」

何言ってるんだろう。

「あなたに倒されるまでもなく、悲願が達成されなかった時点でわたしの負けだったということよ」

悲願って……聖神が恋した人間を生き返らせることかな。それとも、人間になることかな。まるっとひっくるめて全部かもね。

すべてを諦めたような顔をした聖神だけど、何かを思いついたのか不意にニヤリと笑った。

「でも、ただ諦めて負けてあげるのもちょっと癪よね。……ねぇあなた、親はいる?」

「……いないけど」

孤児だし。根っからの孤児院育ちだし。

もう吹っ切れてることだけど、デリケートな部分に触れられて苛立つ。

「ふふ、そうよね」

「……なにがいいたいの」

すると、弧を描いた口がゆっくりと開き、言った。

「だって、あなたの母はわたしだもの」

「……………………ぴ?」

なんだって?

はは……? ははって何……?

あまりの混乱に上手く頭が回らなかった。

「はは……?」

「うふふ、そうよ。あなたはわたしが生み出した、わたしの後を継ぐはずだったもの。もっとも、代替わりが出来るようになる前に彼が死んでしまったから放りだしたのだけど」

さらりと言い放つ聖神。そこには一欠片の罪悪感も見られない。

クズだ。

「自分の存在が異端だとは思わなかった? 他人よりも遥かに強い魔力、それに、あなた魔族になっても聖属性の魔法が使えたでしょう? 人間ではありえないわ」

「……!」

絶句だ。

確かに疑問には思ってたけど、まさか自分が人じゃないなんて思いつきもしなかった。

聖神が全く面白くなさそうに笑う。

「ふふ、あなたが聖女としてこの場に現れた時は、さすがのわたしも驚いたわ。そこの教皇の見る目は確かね。間違いなく人界で最強の存在だもの」

せっかく聖神に褒められたのに、当の教皇は真っ青になっていた。そりゃそうか、次代の神様を散々こき使った上に見殺しにしたようなもんだもんね。

……私が神様って、実感が湧かないな。もしかして騙されてる……?

「わたしがかみさまなんて、しんじられない」

「そりゃあそうよ。あなたが神として完成するにはあまりにも時間が足りないもの。あなたを捨ててからはわたしもあなたの成長に手助けをしていないし、まだ赤子レベルなんじゃない?」

聖神は他人事のようにそう言う。

やっぱりクズだ。

「でも、他の人間や魔族と自分は違うという自覚はあったでしょう?」

「……」

それは否定できない。

そして聖神は尚も自分勝手に話を続けた。

「ふふ、ねぇ、お母さんからのお願いなのだけど、わたしの愛する彼を生き返らせるのに協力してくれない?」

「……はぁ?」

「魔界の彼の核だけではダメだったけど、あなたの核もあればいけるんじゃないかしら。うん、いける気がしてきたわ。なんだ、わたしはまだ負けてなかったじゃない」

「……なにこのひと、こわい……」

言ってることが無茶苦茶だ。それに視線もどこを向いてるのか分からないし。こわい……。

急に魔王が恋しくなった。

「ああ、でももしかしたら核だけではまた駄目かもしれないわね。ねえ、わたしのためにちょっと犠牲になってくれない? そうよ、あなたはわたしが生み出したんだから、わたしのためにその命を使うのは当然よね」

まるで、断られることなど考えていないような声音だった。

……狂ってる。

元々狂ってたのか、愛する人が死んでから狂ったのかは分からないけど、このひとは私がここで終わらせてあげないとダメだと思った。

もしかしたら、神としての本能かもしれない。

私が覚悟を決めたと同時に、聖神の金髪が揺れた。

──瞬間、金色のいばらが私の方に猛スピードで向かってきた。

!?

後ろに飛び、禍々しい気配のする茨を避ける。

茨の元を視線で辿ると、聖神の髪の毛が途中から茨に変化してこちらに伸びてきていた。髪の毛から変化した茨がウヨウヨと聖神の周りを囲っている。

金色の茨自体はきれいなはずなのに、妖しい紫色のオーラを纏っているせいで全然きれいには見えない。あれに捕まったら一発でアウトな予感がする。

「どうして避けるの? 大丈夫、殺さないわ──まだ」

瞳孔ガン開きで、コテンと首を傾げる聖神。

まったく、どっちが邪神か分かったもんじゃないね。

というか、「まだ」ってことはそのうち殺すんじゃんね。殺すというか、私の命と引き換えに恋人さんを生き返らせる気なんだろうけど。

間違ってもあの茨に捕まらないよう、私は自分の周りに一番強固な障壁を張った。

『ヒヨコっ、加勢するか!?

影の中から声がする。

「ううん、あぶないからかげのなかにいて。──これは、わたしがケリをつけないといけないことだから」

『ヒヨコ……』

私が言い終わった瞬間、茨が再び私目がけて一直線に伸びてきた。それを横に飛んで避けると、茨の先端が床に激突し、激しく床の大理石をえぐる。

……生け捕りにする気あるのかな。

いや、下手に抵抗されないように致命傷を与えておこうって魂胆か。

四方八方から伸びてくる茨を避けながらそんなことを考える。

『──ッヒヨコ!!!』

「へ?」

バキッ

「っ!?

真下から伸びて来た茨が、私の障壁を貫通した。だけど、頑丈な障壁を張っていたおかげで軌道が逸れ、茨の棘が私の肩を掠めるだけで済む。巨大な茨だから掠り傷では済まなかったけど。

いったい! けど、我慢できないほどではない。

勇者に殺された傷に比べたら全然マシだ。

その場から飛び退き、急いで障壁を張り直す。

すぐに追撃が来るかと思いきや、茨による攻撃がピタリと止んだ。

「……?」

急に止んだ攻撃を不気味に思い、私は身構える。

──ドクンッ

「~~っ!?

突然傷口が脈打ち、傷口周辺の皮膚が紫色に変色する。

これは……!

「ふふ、ただの茨で攻撃するわけないでしょう。毒よ」

茨をシュルリと引っ込めて髪の毛に戻しながら聖神が言う。

「もう動けないでしょう。私特製の猛毒だもの」

「……」

宙に浮いたままの聖神が、脱力して俯いている私の方にゆったりと近付いてくる。

そしてその白魚のような手を私に伸ばして──

「ふんっ!!

「きゃっ!」

私は、全力の回転蹴りを聖神にお見舞いした。

身体強化も乗せた蹴りだったから、聖神が思いっきり吹っ飛ぶ。

真っ白い壁に激突した聖神が、ズシャッと床にずり落ちた。うつ伏せに倒れ込んだ聖神が、憎々しげな様子で顔だけを上げる。

「──なぜっ! 確かに毒の効果は出ていたのに!!

そう、確かに毒の効果は出ていた。だけど、私の中で何かが発動する気配がした瞬間、ふと体が軽くなって動けるようになったのだ。

シュゥゥッと花火のような音を立てて私の傷が治っていく。

え、私何もしてないんだけど。私の体どうなっちゃったの? こわっ。

自分の体にドン引きしていると、私の治っていく傷口を見て聖神が憎々しげに声を上げた。

「フェニックスの加護か……っ!」

そこで、私の脳裏に魔王の声が蘇る。

『フェニックスは不死鳥とも呼ばれるように、フェニックスの加護を得ると外傷や病、毒で死ぬことはなくなる。あと火属性魔法の威力が上がる』

擦り傷とかを負っても発動しなかったから今まで気にしてなかったけど、聖神の言葉から察するに、その加護が今発動したんだろう。

もしかして命の危機に瀕した時にだけ発動する加護とか? ……うん、そうかもしれない。

そしたら私は今、聖神の毒で命が脅かされたことになるけど……。

やっぱり生け捕りにする気なんてないじゃん!

というか、ちょっと頭がイッちゃってる様子の聖神に手加減ができるとは思えないから、私には致死レベルの毒だったのかもしれない。

小児どころか、私の本体はひよこだし、体に対して入った毒の量が多かったとか……。

あっぶな。

フェニックスの加護の発動条件が分からないけど、私が救われたことは確かだ。ありがとうフェニックス。

倒れ込んだ聖神の上から『圧力』の魔法をかけているから、聖神はうつ伏せで顔だけを上げた状態から動けないでいる。

「ぐ……っ! いいから、あの人のために命を差し出しなさい……!」

「……それはできないよ。そのひとは、だれかをぎせいにしてよみがえる蘇ることをのぞんでない」

さっきから聖神の隣に何かの気配を感じる。

私が言うと、優しげな男の人が困ったように微笑んだ気がした。魂はずっと聖神の側にあったんだね。

もしかして、デュセルバート様の核を使っても彼が蘇らなかったのは、彼自身が拒んだからなのかもしれない。なんとなく、そう思った。

そして、私の言葉で聖神も彼の気配に気付いたようだ。

「ずっとそばで、いっしょにいこうって、まってたんだよ」

狂ってしまった聖神は気付かなかったみたいだけど。

聖神の瞳に少しだけ生気が戻る。

「ずっと、そばに……?」

男の人の魂がふわりと微笑む気配を感じる。

「そのひとのたましいはもうげんかいだよ。はやく、かいほうしてあげて」

「…………」

聖神はギュッと手を握りしめる。

狂うほど好きなんだから、やっぱり離れるのは嫌なんだろう。

「あなたもいっしょにいけばいい」

「え?」

聖神がハッとした顔でこちらを見た。

「あなたもいっしょにおくってあげる。そのひとといっしょにいけばいい」

「……そうね」

聖神は隣にいる彼の魂を見上げた。

「ずっと、待っててくれたんだものね」

そして、聖神がこちらに向き直った。

「じゃあお願いするわ。わたしの気が変わらないうちに」

「わかった」

彼の魂は本当に崩壊ギリギリだから、早くしよう。

両手を組み、練り上げた魔力に祈りを込めた。

『あなた達にもし来世があるのならば、その生に幸多からんことを』

もし生まれ変わるなら、同じ種族になれるといいね。

そして、しっかりと手を繋いだ二人は淡い光を放ち、宙に溶けるように消えていった。

「……」

光が収まると、一気に夢の中から現実に戻ってきたような気分になる。

「──さてと」

私は祭壇に歩み寄り、棺の蓋に手を掛けた。

魂が逝ったんだから、体も還してあげないとね。

棺の中には、やっぱり優しげな顔の男の人が眠っていた。本当に、ただ眠っているみたい。

男の人の体に手をかざす。

すると、男の人の体は金色の砂となり、空気の中にすぅっと消えていった。

そして、棺の中には黒くて不思議な雰囲気の球体が残る。これが核だろう。

私は核をしっかりと両手で持ち上げた。これを持って帰れば任務完了だ。腰を抜かしている教皇は無視する。

「じゃあ、かえろっか」

影の中に声を掛けると、肯定の返事が返ってきた。

諸々の後始末とかは誰かに任せてさっさと帰ろう。

──なんか、無性に魔王に会いたい気分だ。


転移で魔界に戻れば、ソワソワした魔王が待ち構えていた。

魔王が私に気付く。

「!」

「まおー!!

たたたっと駆けて行き、魔王に飛び付く。

魔王は危なげなく私を受け止めて、ギュッと抱きしめてくれた。

「おかえりヒヨコ」

「ただいまー!」

私も魔王をギュッと抱きしめ返す。

「無事でなによりだ。……無事……か? この破れている肩口はなんだ」

あ……傷が治ったから忘れてたけど、破れた服と血痕がそのままだった。

魔王は心配そうに眉を寄せて私の破れた肩口を見ている。

「えへへ、だいじょうぶだよ。ちょっとかすっただけだから」

えへえへと誤魔化すように笑い、私はひよこの姿に戻る。

「ぴ」

既に見慣れたふわふわの毛並み。うん、もうこっちの方が落ち着くね。

魔王の手のひらの上にぴよっと着地する。

「ひ、ヒヨコ……早くこれを受け取ってくれ」

「あ、そうだね」

ダラダラと冷や汗を流すニックさんが回収してきた核を差し出してくる。

そりゃあ自分達の信仰してる神様の命みたいなもの預かってたら緊張するよね。

「まおー、これかいしゅうしてきたよ」

今の私のちっこいボディでは核は受け取れないので、ニックさんから魔王に直接核を渡してもらう。

魔王はしっかりと核を受け取ると、重々しくうむ、と一つ頷いた。

「確かに受け取った。四人とも、大儀であったな。後で褒美を取らせよう」

魔王の言葉に、三つ子は顔を見合わせた。

「いや、俺らは……なぁ」

「ああ」

「なにもしてないので褒美とかは……」

せっかくご褒美をもらえるのに三人は辞退しようとしてる。よくないぞ。三人は何もしてなくないのに。

「まおー、さんにんはちゃんとはたらいてたよ。さりげなくひとばらいしてくれたりとか、もろもろ」

たぶん、私が気付いてないところで色々サポートしてくれてたんだと思う。

私の言葉に魔王は頷いた。

「そうか。お前達、ヒヨコが役に立ったと言うのだ。褒美を辞退することは許さぬ」

「「「は、はい……!」」」

感激したように三つ子が頷く。

「あ、そうだ陛下、よかったらこれ使ってください」

そう言ってディックさんが差し出したのは紙の束。

「これはなんだ?」

「神殿内にあった機密文書です。やつらを脅す時に使ってください」

「……脅す時があるかどうかは分からんが受け取っておこう」

成果を魔王に受け取ってもらえると、ディックさんはパァッと顔を輝かせた。

そして、次はニックさんがどこからかおずおずと紙の束を取り出した。

「あ、あの、陛下、俺も影渡ってちょろっと王宮に行って、魔界の侵攻に関する決議書を盗んできました。よかったらお使いください」

「うむ。受け取っておこう」

魔王に書類を受け取ってもらえたニックさんはパァッと顔を輝かせた。

最後にリックさんが前に歩み出る。

「陛下! 俺も二度と魔界を侵攻しようだなんて考えないように教皇を脅しておきました! ついでにあやつのひげむしり取ってきたのでお受け取りください!」

「それはいらぬ」

!!

リックさんはあからさまにショックを受けた顔をした。

ガーンという効果音が聞こえてきそう。

「──だが、教皇を脅したのはよくやった」

「!!!」

リックさんがパァッと──以下略。

魔王優しいね。

帰る前にちょっと時間をくれって言われて三人を待ってたんだけど、みんなそんなことしてたんだ。

私は魔王の手のひらから肩にぴよっと飛び乗った。

「まおー、核もどしにいく?」

「そうだな」

何年も待ってたデュセルバート様にとっては数分とか数時間遅くても変わらないかもしれないけど、早く戻してあげたい。

「じゃあ飛ぶぞ」

「ぴ!」

魔王が転移を発動した。


瞬き一つの後に場所は変わり。目の前には見覚えのある真っ黒な祭壇。

私を肩に乗せた魔王は祭壇に歩み寄り、その上に核を乗せる。

──次の瞬間、真っ黒な光で視界が埋め尽くされた。

「ぴっ!?

眩しくて反射的に目を瞑る。真っ黒なのに眩しいなんて変なの。

その光は、一分間ほどかけてゆっくりと収まっていった。

そしてゆっくり目を開くと、そこには輝くような銀髪に、宝石のような紅い瞳をした絶世の美形。街を歩いてたら比喩抜きで誰もが振り返りそうな男の人が空中に佇んでいた。

腰の辺りまである銀色の髪もふよふよと宙に浮いている。

まず間違いなく、デュセルバート様だろう。

吸い込まれそうな真っ赤な瞳が私を捉える。

「──ようやく会えたな、我が子よ」

「……ぴ?」

あ、そうか、私はこの神の核と聖神の力で生み出されたんだもんね。

聖神が母なら、この神は私のパパってことになるのかな……?

そこまで考えたところで視線を上げると、ひよこわたしとは似ても似つかない超絶美形が微笑んでこちらを見ていた。

美形さんはふわりと着地すると、こちらに向かって歩いてくる。

床に降り立つと分かるけど、彼は長身の魔王と同じくらい背が高かった。

そして、美形さんは腰をかがめ、魔王の手のひらの上にいる私と目を合わせる。

「初めましてヒヨコ、我は魔界の神、デュセルバートだ。そして、お前の元となった片方のおやでもある」

「ヒヨコです」