ヒヨコが行きます!

あまりにも居心地がよかったので、あれからすっかり魔王の襟の中が定位置になっちゃった。

今日も今日とて魔王の襟の中にスッポリと納まっている。なんて極上の居心地なんでしょう。魔王が作ってくれたヒヨコハウスといい勝負するね。

「癒されますねぇ陛下」

「そうだな」

「ぴ」

癒されてくれて何より。

でもヒヨコ、そろそろ一暴れしたい気分なんだよね。

「そういえばまおー、してんのう四天王きゅうか休暇っておわった?」

四天王のみんなが休暇中は道場破りをしちゃいけないって言われてるけど、そろそろ休暇も終わったんじゃないだろうか。

そう聞くと、魔王の顔が渋いものに変わった。

「あ~、赤ちゃんのそなたは知らぬかもしれぬが、魔族は寿命が長いから休暇もそれはそれは長いのだ。まだしばらくは挑戦には行くなよ? ヒヨコも昼寝を邪魔されたら嫌だろう?」

「うん。そうだね、おやすみはじゃましちゃダメだよね。ヒヨコ、もうちょっとがまんする」

「いい子だ」

よちよちと鼻筋を撫でられる。

お休みは邪魔するのはよくない。気長に待とう。

──随分後になってから、この時の会話は私が四天王の所にいかないように上手く誤魔化されていたのだと気付いた。

そんな会話の後、魔王が私を机の上に下ろすと、何やら外出用の外套がいとうを羽織り出した。珍しい。

「あれ? まおーどこかいくの?」

「ああ、神殿に行くんだ。デュセルバート様の」

「ヒヨコもいく~」

机からぴょこんと魔王の腕に飛び乗る。

「ん? 一緒に来るのか?」

「うん。いく~」

「別に楽しい場所ではないぞ?」

「うん」

そんなに私が神殿について行くのが意外かな? ていうか私中身は赤ちゃんじゃないから楽しい場所じゃなくても大人しくできるんだけど……。

まあでも、外見に引っ張られて中身も大分幼くなってる自覚はある。

「ではヒヨコも一緒に行くか。シュヴァルツはどうする?」

「陛下がいるなら私は必要ないでしょう。ここでゆっくり留守番していてもいいですか?」

「ああ、いいぞ」

実質おサボり宣言だったけど、魔王は快くシュヴァルツに許可を出した。理想の雇い主だね。

「それじゃあ行くか」

「ぴ」

魔王が自分の襟の中に私を入れ、部屋を出るためにドアノブに手を掛けた。

「行ってらっしゃいませ~」

背中の方からシュヴァルツの見送りの声が聞こえた。


神殿は、森の中の開けた場所にポツンと立っていた。ポツン、という擬音には似合わないくらい建物は立派だけど。

神殿の外装は黒を基調としていて、あまり華美な装飾はないけど高貴さというか、神聖な空気を感じる。

「デュセルバート様はここで休眠されている」

「ほうほう」

じゃあ気分の問題じゃなくて、本当にデュセルバート様から神聖な空気が醸し出されてるのかもしれないね。

内部の床は大理石でできていて、ひよこのまま歩いたらツルツル滑っちゃいそうだった。

入口から続くまっすぐな道を進んでいくと、祭壇のような場所に辿り着いた。

「この下にデュセルバート様が眠っているんだ」

「へ~」

祭壇はやっぱり真っ黒で、その上にはいろんな物が供えられている。

すると、魔王はどこからかヒヨコ作のポーションを取り出して祭壇に供えた。

「なんでヒヨコのぽーしょん?」

「そなたのポーションならば神にも効くかと思ってな」

「さすがにきかないとおもうよ?」

魔王は基本真顔だから、冗談で言ってるのか本気で言ってるのか分からない。

……ん?

ふと、なんだか懐かしい気配がして、私は自然と祭壇の上に飛び乗っていた。

気配の正体を探ろうと、べっちょり祭壇の上で寝っ転がる。

う~ん、気配が弱すぎてわかんないなぁ──

「……何をしているのだ?」

「はっ!」

魔王に声を掛けられて我に返る。

ヒヨコ、何してたんだろう。祭壇に寝っ転がるなんて割と罰当たりな行為だよね。魔王怒るかなぁ……?

上目遣いで魔王を窺い見るけど、魔王は全く怒っていなかった。

「様子がおかしいな。熱があるやもしれん、今日はもう戻るぞ」

「ぴ?」

首筋を摘ままれて襟の中に再びインされる。

どうやら私の奇行は熱があるからだと思われたようだ。

軽く祭壇に向かって祈りをささげると、魔王は踵を返して足早に神殿を後にした。

神殿を出る前、私はなんとなく振り返り、もう一度祭壇を見た。

──あれ?

「? どうしたヒヨコ」

「ん~、なんでもない」

供えたポーションの中身が空になってた気がしたけど、さすがに見間違いだよね……。

そう思い、そのことは頭の中から消去した。


魔王城に戻り、いい子でお留守番をしていたシュヴァルツに飛び付く。

シュヴァルツが上手にキャッチしてくれるとは思わないので、自分で狙いを定めてシュヴァルツの手の中に飛び込む。

「ただいま~!」

「おかえりなさい。神殿はどうでしたか?」

「ん~、なんかこうごうしかった! でもあんまりたのしくはなかったよ」

「そりゃあそうですよ。神殿は遊び場ではないですからね」

それもそっか。

神様を祀ってる場所で子どもとかにキャッキャ遊ばれちゃっても困るもんね。

「我らが神は少し騒いだところで怒るような方ではないがな」

「なんでわかるの?」

「あの忌々しい神に核を奪われるまではデュセルバート様とも普通に話せたからな。神でありながら街をフラフラと歩きまわるような、そんな方だった……」

何かを思い出すように魔王の目が宙を見る。

魔王にこれだけ慕われてるってことはすごくできた人だったんだろうな。……人じゃなくて神か。

多分優しい神様なんだろうな。だから、武力的には魔族の方が圧倒的に勝っていても、無理矢理人界に攻め込んで核を取ってこさせることはしないんだろう。

いくら聖女時代の私が脅威だったと言っても、数でかかられたら敵わないし、かなりの魔族を投入しようとしたらできたはずだ。ただ、その分被害も甚大だっただろうけど。

神殿にコッソリと侵入しようにも、侵入者はすぐに分かるように結界を張らされてたしなぁ。

……ん? あれ? じゃあ私がいない今は侵入できるんじゃ──

そこまで考えた瞬間、片手で頭を押さえた魔王がガタリと立ち上がった。

いつも優雅に動く魔王が珍しい。しかも、少し動揺しているみたいだ。

「まおーどうしたの?」

「……神託が下りた。シュヴァルツ、急いでゼビスとオルビス、そして騎士団長を呼んできてくれ」

「承知しました」

ただ事ではないと思ったのか、シュヴァルツの動きは速かった。颯爽と魔王の部屋を後にする。

「──まおー、だいじょうぶ?」

頭を押さえてるし、痛いのかな……?

魔王の顔を覗き込むと、魔王は私を安心させるように微笑んだ。

「大丈夫だ。神託が久々だったのと、ちょっと荒かったから驚いただけだから」

「ぴぃ……」

そう言って私を撫でた魔王の手に、私は頭を擦りつけた。


少し待っていると、シュヴァルツが三人を連れて帰ってきた。

「──皆、集まったようだな」

「陛下、どうされたんですか?」

「神託が下りた。内容は、早急にデュセルバート様の核を取り戻すようにとのことだ」

「「「!!!」」」

三人が一様に驚いた顔をする。

特に動揺したのは団長さんだった。

「デュセルバート様のご体調に何か変化があったんですか!?

「いや、そういうことではなさそうだ。ただ、珍しく焦っているようだった」

「……」

場に重苦しい空気が流れる。

話に聞く限り、優しい神様が急かすってことは緊急事態っぽいもんね。

次に口を開いたのはオルビスさんだった。

「──じゃあ、本腰入れて核を取り戻すか。これまでは聖女がいたのと、優しいデュセルバート様が止めるから本格的な行動はしなかっただけだし」

「そうですね。本当はコッソリと神殿に潜入して核を取り返すのが一番ですけど、あの結界が厄介ですからね……」

「けっかい?」

なんか覚えがあるような……。

「ええ、人界の神殿には高性能な結界が張られていて、侵入者を自動感知、排除するんですよ。あれさえなければ……」

ゼビスさんが顔を顰める。

お? ヒヨコ、その結界知ってるぞ?

「ねえねえゼビスさん」

「ん? なんですかヒヨコ?」

「そのけっかいはってたの、ヒヨコだよ?」

「へ?」

ゼビスさんが呆けたように目を見開いた。珍しいね。

「え、ヒヨコが張ってたってことは……」

「うん、いまはあのけっかいないよ」

なんてったってヒヨコがいないからね。

にしても、ヒヨコの結界がそんなに魔界軍を苦しめてたとは。誇らしいやら申し訳ないやらだね。

「ヒヨコが張ってたのか。どうりで強力なわけだ。だが、あの結界がないなら神殿に忍び込むことは容易だな」

「ああ」

オルビスさんの言葉に魔王が首肯する。

ヒヨコもコクコクと頷いておいた。

「それならば話は早い。早速密偵を送り込もう」

魔王がこれからの方針を宣言する。それには、誰も異論はなかった。

「──あ、話は纏まりましたか?」

話が終わると、シュヴァルツが呑気に口を開いた。

シュヴァルツは別にこっちの神様に思い入れないもんね。空気を読んで口にはしないけど、どうでもいいというのがシュヴァルツの本音だろう。

ヒヨコも別に神様にはそんな思い入れないけど、魔王とか魔族のみんなの大切な人は助けたいと思う。

こいつ、空気読めないなぁというみんなの視線も無視して、シュヴァルツはニコニコと口を開く。

「神殿の結界を張ってたのって私が敬愛する聖女様のはずなんですけど、もしかして、ヒヨコって聖女様だったりするんですか?」

「「「「あ」」」」

シュヴァルツ以外の四人の声が揃った。

──そういえば、シュヴァルツには私の正体隠してたね……。

神託の方に意識が向いてたからすっかり忘れてたよ。

ふ~む。

「──ぴ?」

おとぼけ顔でコテンと首を傾げてみる。

「流石の私でもそんなんじゃ誤魔化されませんよ」

ただのひよこのフリをしてみたけどダメだったみたい。

「……」

「……」

ジッと見つめあう私達。

暫く見つめ合った後、ヒヨコは無言で頭を下げました。

「なんで隠してたんですか?」

「シュヴァルツのゆめこわしちゃいけないとおもって」

「ああ、気を遣ってくれた結果なんですね」

納得したような口ぶりだけど、シュヴァルツは理想が打ち砕かれたショックを隠しきれていなかった。

「なんか……ごめんね?」

「いえ、ヒヨコはかわいいですよ……」

清廉潔白でもなんでもないただのひよこでごめん。

ショックでフラフラとし始めたシュヴァルツをオルビスさんがそっとソファーに座らせた。

「……まあ、これは誰も悪くないよな」

オルビスさんが呟いた。

「──じゃあ、俺は早速密偵を選出してきますね」

微妙な空気の場から逃げ出したかったのか、団長さんが言う。するとお前だけ逃がさねぇよと言うようにゼビスさんとオルビスさんが団長さんを睨み付けた。醜い争いだ。

密偵って、忍び込むのが得意な人とかがいるのかな……? あ、良いこと思いついた。

「ねえねえまおー」

「なんだ?」

「ヒヨコがみってい密偵しよっか?」

「……ん?」

魔王が首を傾げる。

言ってることが理解できないんじゃなくて、何言ってんだコイツみたいな感じだ。失礼な。

「だって、まぞくのみんなはしんでんに入ったことないでしょ? ヒヨコ、しんでんないぶはくわしいよ?」

なにせ元聖女なので。一般人が入れないエリアにも、もちろん出入りをしていた。

「それは……確かに一理あるが、ひよこが神殿内を歩いてたら不審がられるんじゃないか?」

「ふふん」

魔王が言い終わるや否や、私は魔法を使った。