堕ちたてほやほやの神官

先日、人界の神殿を震撼しんかんさせる知らせが届いた。

──聖女様が死んだ。

その訃報は聖女様を除いた勇者パーティーによってもたらされた。

勇者パーティーの面々は一様に聖女の死を悼む様子を見せていたが、私には分かった。それは演技だと。

勇者を筆頭に、勇者パーティーの者達は前々から聖女様を疎んでいた。それこそ死を望むくらいに。人前では上手く誤魔化していたが、ふとした時に本性が顔を覗かせていた。私が一介の神官だから、本性がバレても何もできないと高を括っていたのだろう。

さすがに勇者達が直接聖女様を手にかけたとまでは思わないが、身代わりにするくらいのことはしそうだ。でなければ本来は後衛で守られているはずの聖女様だけが死に、他の者達だけが生きて帰ってくるなんてありえない。

勇者達がはかったに違いない。私はそう、教皇様に進言した。

「滅多なことは口にするものではない」

「ですがっ──!」

「聖女亡き今、人界を守るのはあの勇者達しかおらぬのだ」

「……聖女様は、本当にお亡くなりになったのですか……?」

私は一縷いちるの望みをかけてそう尋ねる。

「聖女は確かに死んだ。聖女に仕掛けていた魔法から絶命が伝わってきたからな」

「……っ」

何も言えない私を置いて教皇様は去って行かれた。

──神よ、どうして優しいあの方を守ってくれなかったのですか。

──神よ、どうしてあの者に勇者の力を与えたのですか。

神を憎む心が湧き上がってくると同時に、自分の中の魔力が黒く染まっていくのが分かる。

──ああ、これが闇堕ちか……。

魔力が染まり切るのと同時に、私の意識は闇に消えた──


「──ぴ?」

「……ん」

鳥の鳴き声……これはひよこか?

意識を失っていた私はまぶたをゆっくりと開く。

「ぴ!」

私を見下ろしていたひよことパッチリと目が合う。するとひよこは驚いたような顔をして後ずさっていってしまった。

ひよこって意外にも表情豊かなんですね。

「ぴっ! ぴっ!」

ひよこが何かを訴えるように鳴く。なんでしょう……。

生憎、ひよこ語は修めていないので何を言っているか分からない。起きる気力もなく、地面に横たわったまま首を傾げていると、ひよこが私の衣服の一部を咥え引っ張り始めた。

え、このひよこめちゃめちゃ力強いんですけど。

ひよこに引っ張られたところでビクともしないかと思えば、全然そんなことはなかった。手のひらサイズのひよこが成人男性である私をズリズリ引きずる姿は、ある種異様だろう。

というか、このひよこは私をどこに連れて行こうとしてるんだ……? このひよこはきちんと意思を持って私をどこかへ連れて行こうとしている気がする。

「──ヒヨコ、何をしているんだ。変なものを拾ったらまた陛下に叱られるぞ」

「ぴ!?

「叱られる」と言われたところでひよこが飛び上がった。その拍子に咥えられていた私の衣服も解放される。あ、やっぱりちょっと伸びてるな。

コツコツと靴の音が聞こえ、ひよこに話し掛けた声の正体が姿を現す。

「──!!

紅い瞳の巨体と目が合った。

「……ん? 貴様人間……いや、堕ちたてか」

「ぴ?」

ひよこが呑気に首を傾げる。

「堕ちたてが何か分からないのか? 魔界こっちでは闇堕ちしたばかりの人間を堕ちたてと言うんだ。ヒヨコもまだこっちの基準では堕ちたてだな」

「ぴぴ!!

ひよこが「そうなんだ!」とでも言っているように鳴く。やっぱり、明らかに意思疎通できてますよね。この大男も極々自然にひよこに話し掛けてるし……。

意思疎通のできるひよこなど人界にはいない。となると、やはりここは──

「魔界へようこそ。元人間」

「まかい……」

大男の言葉を呆然と繰り返す。

うっすらと予想はしていた。人間にはこんな大きくて鮮やかな赤い瞳を持つものなどいないからだ。だが、私はいつの間に魔界に来たのだろう。教皇様──いや、教皇と話した後から今に至るまでの記憶がスッポリと抜け落ちている。

「うわ、お前臭いな。それにその格好、人間の神官か」

「くさっ……!」

臭い!? これでも結構身ぎれいにしてる方ですけど。というか臭いって他人に言われると結構傷つきますよね。

私があまりにショックを受けた顔をしていたのか、大男は少しこちらを気遣うような表情を見せた。

「ああ、すまなかった。臭いというのは聖神の臭いのことだ。お前の体臭は臭ってこないぞ。安心しろ」

「はぁ……」

自分が臭くなくて安心したような、つい最近まで信仰していた神の香りを臭いと言われ、なんだか微妙な気分です。

「ところで、どうしてお前は先程から寝たままなんだ?」

「……」

力が出なくて起き上がれないんです。

素直にそう伝えると、大男は私を担いで医務室に連れて行ってくれた。

大男の正体が魔界騎士団の団長と知り、私が絶叫するまであと数秒──

◇◆◇

先日の『ひよこペンキに落下事件』から、団長さんはすっかり私を怖がらなくなった。

前の私と今の私はもう別人だって自分の中で腑に落ちたらしい。私を見る目がすっかり問題児のひよこを見る目だもん。解せない。

そして、何かのスイッチが入ったらしくやたらと口うるさいし。怖がられなくなったのを喜べばいいのか、ガミガミと小言を言われるようになったのを嘆けばいいのか……。

まあとにかく、団長さんの私に対する恐怖も遠慮もなくなったってことだ。

団長さんの意識が変われば部下のみんなもそれに倣うらしく、みんなの態度も変わった。今ではみんな出来の悪いひよこを相手にするような態度をとってくる。自分で言うのもあれだけど、ヒヨコってば魔法も使えて意思疎通もできるとんでもないハイスペックなひよこだと思うんだよね。誰も同意してくれなさそうだけど。眷属バカ気味の魔王にそう訴えても同意は得られなかったし。

そんなことを考えながら魔王城のお庭を歩いていると、前方にいきなり何かが立ち塞がった。ちゃんと前を見ずに歩いていた私は、その何かにボフッとぶつかる。

「ぴぃ……」

なんだこれ。布?

これはなんだろうと視線を巡らせると、やたらキラキラした金髪頭が目に入った。

……ちがう、倒れた人だ!

なんでこんなとこに人が倒れてるの!?

とりあえず声を掛けてみる。

「ぴ~(お~い)」

反応なし。

「ぴ?(しんでる?)」

いや、胸は上下してるからまだ生きてるはず。

「……ん」

お、しかばねがちょっと反応した。

もう一鳴きしてみよう。

「ぴ!!(起きて~!!)」

すると、金髪頭の男の人が目を開いた。深い青とパッチリ目が合う。……ん? この人が着てる服、なんだか見覚えが……。

……あ! これ人界の神官の服装だ! なんでこんなとこに人間の神官がいるの!? しかも敵地の本丸でスヤスヤ寝てたし。

私はとりあえず後ずさって神官から距離を取った。危険なものに近付くと方々から怒られちゃうからね。ヒヨコも学びました。

それに神官ってあんまりいい思い出ないんだよね。

とりあえず威嚇しておこう。

「ぴっ! ぴっ! ビィッ!」

私が威嚇をしても、神官はきょとんと首を傾げるばかりで地面から起き上がりもしなかった。

なに!? この神官、私の威嚇が全く効いてない!?

ここまで無反応だと逆に心配になってきた。頭とか打っちゃったのかな。仕方ない。優しいひよこの私が医務室まで運んであげよう。

私は自分に身体強化の魔法をかけ、神官の服を咥えた。神官の服だからばっちくないよね。変なもの口に入れても魔王と団長さんは怒るから。ひよこの体で物を運ぶなら口に咥えるのが一番手っ取り早いのにね。

神官をぴよぴよと引きずっていると団長さんに遭遇した。団長さんは神官を引きずっている私を見るや否や、呆れたように半眼になる。

「──ヒヨコ、何をしているんだ。変なものを拾ったらまた陛下に叱られるぞ」

「ぴ!?

ヒヨコ拾ってないよ!?

ただ神官が落ちてたから医務室に運んであげようとしただけなのに……。むしろこの心意気を褒めてほしいくらいだ。

団長さんがこちらまで歩いてくると、団長さんと神官の目が合った。すると神官は少し怯えた様子で大きく目を見開く。私が威嚇してもそんな反応しなかったのに。やっぱり団長さんは大きいから怖いのかな。

神官を見ていた団長さんがふと、何かに気付いた。

「……ん? 貴様人間……いや、堕ちたてか」

「ぴ?」

「堕ちたて」とは何ぞや?

初めて聞く単語に私は首を傾げた。すると団長さんがそれに気付いてくれる。

「堕ちたてが何か分からないのか? 魔界こっちでは闇堕ちしたばかりの人間を堕ちたてと言うんだ。ヒヨコもまだこっちの基準では堕ちたてだな」

「ぴぴ!!

そうなんだ!

後に聞いた話だけど、魔族の寿命は人間よりもはるかに長いから十年くらいたっても余裕で堕ちたてと呼ばれるそう。魔界の住人の約九割は魔人族が占めてるから、それぞれの種族によって時間感覚が大きく異なったりすることはない。残りの一割は古来種という魔界の最初期から存在する種族で、大抵は魔人族よりも寿命が長い。ただでさえ長い魔人族の寿命より長いってどんだけなの? って感じだよね。

魔界ももうちょっと昔はいろんな種族がいたらしいけど、自由に結婚を繰り返すうちに血が混ざって種族の特徴がごっちゃになっちゃったから、その人達をまとめて魔人族と呼ぶことにしたんだとか。だから魔界では角が生えてたり、皮膚の一部が鱗だったりするのは、人間でいう髪の長さとか色の違いくらいの認識だそう。つまりただの個性として認識されてるってことだね。

団長さんの赤い目もそんな個性の一つだ。

真っ赤なおめめがしっかりと神官を捉える。

「魔界へようこそ。元人間」

「まかい……」

団長さんの言葉を神官が呆然と繰り返した。やっぱりどこかに頭でも打ったのかな……?

団長さんが神官に一歩近づいた。

「うわ、お前臭いな。それにその格好、人間の神官か」

「くさっ……!」

神官がショックを受けた顔をする。臭いって結構心にくるよね。

団長さんデリカシーないなぁ。そう思って団長さんを見たら、団長さんもやっちまったと思ったのかちょっと申し訳なさそうな、気遣うような表情になってた。

「ああ、すまなかった。臭いというのは聖神の臭いのことだ。お前の体臭は臭ってこないぞ。安心しろ」

「はぁ……」

結局聖神のにおいがしてくさいんじゃんね。神官もなんか微妙な顔してるし。

いたたまれなくなったのか、団長さんが話題を変えた。

「ところで、どうしてお前は先程から寝たままなんだ?」

「……」

それは私も気になってた。地面は庭園の石畳だ。そんな所で寝てたら背中が痛いだろうに、なんで起き上がらないんだろうって。

だけど、神官は起き上がらないんじゃなくて力が出なくて起き上がれなかったんだって。医務室の人に診せたら闇堕ちしたばかりでまだ体が適応できてないからだそうだ。聖神を祀る神殿に仕えてたから余計闇の魔力が体に浸透し辛いそうだ。

医務室のベッドに寝かされた神官が首だけで団長さんにおじぎをする。

「あの、運んでいただきありがとうございました。ところで、お仕事の方は大丈夫なんでしょうか? 魔界もきっと今は勤務時間ですよね」

「ああ、そういえばまだ名乗ってなかったな。俺は魔界騎士団の団長をしているブラッドだ」

「きし……だんちょう…………」

あ、そういえば魔界騎士団って普通の人間からすれば恐怖の象徴だったような──。

壊れた人形みたいにギギギッと団長さんを見た神官は、その後、「ぴぎゃーーーーーーー!!!!!」と、成人男性とは思えない奇声を上げて気絶した。


神官は、闇堕ちした人間を魔界に呼び寄せる魔法でこちらに召喚されたらしい。ちなみに召喚される場所の指定はされてない。

召喚場所の指定までしちゃうと大変だもんね。闇堕ちしたことがバレちゃうと人界では即袋叩きになるから、早めの回収が大事とのこと。魔界にきちゃえば後はどうにかなるというのが魔王のげんだ。

闇堕ちの方法は二種類あり、一つは魔族の眷属になること、もう一つは聖神を心から否定することだ。私は前者、神官は後者で闇堕ちした。

「ぴぴ(だいじょうぶ?)」

急に絶叫して気絶した神官がようやく目を覚ましたので、私は声をかけた。

「心配してくれたんですか? ありがとうございます」

そうやって私にお礼を言う神官の顔色はすっかり良くなってる。無事に魔力が体に馴染んだみたいだ。よかったよかった。

神官にはあんまりいい印象はないけど、目の前で人が気絶したら一応心配くらいはする。敬意なんか払いたくないからさん付けはしてやらないけどね。

団長さんは後でまた来ると言って一旦訓練に戻ったので、今はいない。そろそろ戻ってくる頃かな。

そんなことを考えていると、ちょうどガラガラと医務室の扉が開いて団長さんが入ってきた。

「目が覚めたか」

「はい、先程は失礼しました。つい、取り乱してしまって……」

「いや、気にしてない。人間なら当然の反応だからな」

嘘だね。医務室を出てくときの背中がしょんぼりしてたもん。

今はおすまし顔してるけど、自分の正体が分かった瞬間、相手が恐怖で気絶しちゃったんだもん、意外と世話焼きな団長さんがショックを受けないはずがない。

でもヒヨコは優しいので気付かないふりをしてあげる。

団長さんが椅子を持ってきて、神官の寝ているベッドの横に腰かけた。

「目覚めて早々にすまないが、少し話を聞かせてほしい」

「はい。構いませんよ」

「じゃあまず、自分がどうして闇堕ちしたのか覚えてるか? 覚えている範囲でいいから教えてほしい」

団長さんがそう尋ねると、神官は記憶を探るように宙を見た。

「そうですね、やっぱり聖女様が亡くなったのがきっかけでしょうか。あの清廉潔白な方を守ってくださらなかった神を憎んだことまでは覚えてます」

「え」

「ぴ(え)」

「ん?」

ほぼ同時に私と団長さんは声を上げた。それに神官が首を傾げる。私は気にしないでという意味を込めて首を横に振った。

びっくりした。まさかここで自分が出てくるとは思わなかったよ。てか私死んでないし。団長さんも同じことを疑問に思ったようだ。

「どうして聖女が死んでると?」

「教皇が聖女様にかけた魔法によって絶命が伝わってきたと」

ああ、そういえば逃亡防止にそんな魔法かけられたような……。

まあ確かに勇者に斬りかかられた傷で死ぬ直前だったから、一回くらい心臓止まってても不思議じゃないね。魔王が私を眷属にするときに体を丸ごと作り変えたから、傷も全部なくなっちゃったんだけど。

なんにせよ、人界ではしっかり聖女は死んだことになってるみたいでよかった。私もこれで心置きなくひよこライフを満喫できる。……この神官さえ片付けば。

「本来後衛にいるはずの聖女様だけがお亡くなりになるなんてありえないのです! あの勇者達に無茶な役回りを引き受けさせられたか身代わりにされたとしか考えられません!! きっと聖女様は否とは言えなかったのでしょう。謙虚で高潔で、とても立派なお方でしたから……」

神官の語尾がどんどんしぼんでいく。

いや、その勇者直々に手を掛けられたんだけどね。神が与えたもうた聖剣でグッサリとやられちゃったわけだけど。

ただ、さすがの神官も勇者が直接聖女を殺したとは思わなかったようだ。そりゃそうか、普通に考えたらメリットないもんね。勇者は普通じゃなかったわけだけど。

……ちょっと団長さん、「謙虚」とか「高潔」ってワードで笑いを堪えるの止めてくれるかな。ヒヨコだって人間だったころはそれはもう立派な聖女様を演じてたんだから。なんだかんだ憧れの目で見られちゃうと弱かったのよ。

「人間として終わってるあんな男に勇者の加護を授けたことにも怒りは感じてましたし」

「そうか」

お、ちゃんと勇者の本性に気付いてたんだ。

私の中でこの神官の好感度が少しだけ上がる。

あの勇者達も人目があるところではしっかり猫を被ってたからね。そこがまた嫌らしいんだけど。でも神官は比較的勇者と接する機会が多かったから、滲み出る勇者の腐りきった性根に気付いたんだろう。

団長さんがちらりとこちらに目配せをしてくる。「ヒヨコが聖女だって打ち明けるか?」という無言の問い掛けに私は首を横に振って答えた。

公明正大で清廉潔白な聖女は死んだ。今生きてるのは戦闘とイタズラが好きなただのひよこだ。夢を壊さないためにも黙っておきましょう。

私と団長さんは無言のまま同意に達した。

「それは残念だったな。聖女は我々魔界軍にとってもよき好敵手だった……」

「そうでしたか……」

医務室がしんみりとした空気になる。

おお……目の前で自分の死を悼まれるって、なんだか不思議な感じ。なかなかレアな経験じゃないかな。ちょっと得した気分だ。神官には悪いけど。

あ、そういえばこの神官の名前なんだろ。闇堕ちしたからもう神官じゃないし、いつまでも神官って呼び続けるのもなんだよね。

すると、これまたグッジョブなタイミングで団長さんが神官の名前を聞いてくれた。

「そうだ、報告書を上げるのに必要だから名前を教えてくれるか? ファーストネームだけでいい」

「シュヴァルツと申します」

「助かる」

団長さんは手に持っていた紙にサラサラと元神官の名前を書き込んだ。

シュヴァルツね、よし、覚えたぞ。確かに、神殿にいた頃に聞いたことあるようなないような名前だ。

「──あの、私はこれからどうなるんでしょう」

シュヴァルツがおずおずと団長さんに問いかけた。

「このまま魔界で暮らすことになるだろう。堕ちたては拾った者が責任をもって保護する決まりだ。職が決まるまで衣食住は面倒を見るから、心配するな」

「そうなんですか。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」

団長さんの言葉にホッと胸をなでおろしたシュヴァルツは、深々と頭を下げる。

そこで魔王が私を迎えに医務室にやってきた。

「ヒヨコ、迎えにきたぞ」

「ぴ!(は~い)」

「魔王様! お疲れ様です!!

団長さんが素早く立ち上がって魔王に挨拶をした。

「──ま……おう……?」

あ。

振り返ると、目を大きくかっぴらいたシュヴァルツがプルプルと震えていた。

学んだ私はサッと耳を塞ぐ。

「ぴ、ピギャーーーーーーーーーーーーー!!!!

そりゃあ、団長さんを見ても気絶したんだから、急に魔王が目の前に現れたら気絶するよね……。


その日の夜。

「ぴぴ(ねえねえまおう)」

「なんだ?」

「ぴ、ぴぴっ(だんちょうさんが、おちたてはひろった人がめんどうをみるって言ってたの。じゃあ、シュヴァルツもヒヨコがめんどうみるべき?)」

そう言ったら半眼になった魔王におでこをつつかれた。その衝撃で尻餅をつく。

「ぴぴっ」

「自分の面倒もみれぬひよっこが何を言ってる。そんなのは騎士団長に任せておけばよい」

「ぴ~(え~)」

魔王にぴよぴよと文句を言う。すると魔王は片眉を上げてこっちを見た。

「そんなに言うなら、明日そのシュヴァルツと一緒に城を回って就職先を見つけてやればいい」

「ぴ?(いいの?)」

「ああ、ただし邪魔はしてやるなよ?」

「ぴ!(わかった!)」

「じゃあもう寝ろ。お利口なひよこは夜更かしをしないものだ」

「ぴ(は~い)」

魔王の中で私の年齢がどんどん下方修正されてる気がするんだけど……気のせいかな? ……まあいいや。

私はいつもの籠の中に戻ってぴよぴよと眠りに入った。


シュヴァルツが団長さんの手のひらの上にいる私をジッと見てくる。

「……なんで昨日のひよこがここにいるんですか?」

「このひよこは魔王様の眷属だ。拾った責任を取ってお前の職探しを手伝いたいんだそうだ」

「はぁ……」

なんか不服そうだねシュヴァルツ。失礼な。

今日のシュヴァルツは誰かに貰ったのか、シンプルなシャツにスラックスという出で立ちだ。神官服を着てないから、一気に神聖さがなくなった。

団長さん曰く、聖神臭さも薄まったそう。私にはその臭い全然分からないけどね。

「俺は騎士団の方の業務に向かわないといけないから付き添いはできない。すまないが今日のところはヒヨコと二人で回ってくれ。城内の地図と紹介状は渡すから」

「え」

「え」ってなんだよ「え」って。とことん失礼だねこの元神官。こちとら元は君の憧れの聖女様だよ? 言わないけど。

団長さんが私の方へ紅い瞳を向ける。

「じゃあヒヨコ、シュヴァルツのことは任せたぞ」

「ぴぴ!(まかせて!)」

ヒヨコはしっかりと後輩の面倒をみられるひよこだ。

私は団長さんの手のひらからシュヴァルツの肩に移った。団長さんとか魔王と同じように手のひらに乗ってやるのはなんか癪だからね。

シュヴァルツに地図と紹介状を渡すと、団長さんは早々にきびすを返して行った。

……よく考えたら、シュヴァルツもいきなり知らない土地に放り込まれて一人で職探しなんて可哀想だよね。しかもすぐに頼れる相手はひよこだけときた。……うん、失礼な態度には目を瞑って優しくしてあげよう。

わぁ、ヒヨコってばとっても大人だ。もうニワトリなんじゃないかな。

「……はぁ、じゃあ行きますか」

「ぴ!」

そうして私達は、職探しに繰り出した。

まず向かったのは厨房だ。

「──おうヒヨコちゃん、よく来たな」

「ぴぴ!(おじゃましま~す!)」

すっかり仲良くなった料理長のおじちゃんが私達を出迎えてくれた。

「堕ちたてもよく来たな。自然な方法で闇堕ちしてくるやつは結構珍しいから、城中お前の話で持ち切りだぞ?」

「げ」

シュヴァルツが嫌そうな顔をする。話題にされるのとか注目されるの苦手そうだもんね。

私は邪魔になるといけないのでシュヴァルツの肩から降りた。そして私用に設置されている卵パックへと向かう。

厨房の端にあるちょっとした荷物などを置く机、そこに私専用の卵パックがあるのだ。もはやひよこパックだね。前に拗ねてここに逃げ込んだ時、卵の中に私が紛れ込んでたのをおじちゃんが大層気に入ってくれて、それ以来厨房には私専用の卵パックが設置されるようになったのだ。中には柔らかい布が敷いてあって居心地、フィット感ともに二重丸。

なにより卵パックの中にいると厨房のみんなが「かわいいねぇ、かわいいねぇ」と食べ物をくれるのがいい。

「……すみません、どうしてあそこに卵のパックがあって、ひよこがそこに吸い込まれるように入っていったんですか?」

「かわいいだろ。あの姿を見るためにみんなで餌付けしてんだ」

いつ見ても癒される、とおじちゃん。

ヒヨコ、餌付けされてたんだ……。まあいいや、お菓子もごはんもおいしいし。

「ほら見たか? あの脱力する姿がたまんねぇだろ」

「確かに、あんな情感豊かなひよこは初めて見ましたね」

「だろ」

おじちゃんはシュヴァルツの同意を得られて満足そうにうんうんと頷く。

「──さて、そろそろお前を雇うかどうかのテストを始めっか。うちは面接とかいうかたっくるしいのはなしだ。実技で判断する」

「はい」

どうやらさっそく料理の腕前をテストするようだ。

シュヴァルツがエプロンを着ける。……絶妙に似合わないね。

「ヒヨコはそこで大人しくしてるんだぞ。こっちは今から刃物とか使って危ないからな」

「ぴ(は~い)」

私はちゃんと人の言うことが聞けるひよこ。ここで大人しくシュヴァルツの様子を眺めることにする。

「じゃあまずは野菜の皮むきからだ。魔法を使ってもいいが、一つは魔法なしで剥いてもらう。純粋な腕前を確かめたいからな」

「あ、私細かい魔法の調節苦手なので、魔法は使わずに剥きます」

「そうか」

どうやら魔法は使わないみたいだ。随分自信ありげな顔してるし、料理できるのかな……?

静かにシュヴァルツのことを見守ってたら、暇を持て余した料理人さんが私の口に卵焼きの端っこを突っ込んできた。

うん、あまくておいしい。


──そこから先は、阿鼻叫喚だった。

すごい、料理って血しぶきが飛び散るもんなんだ。ヒヨコも料理はあんましたことなかったから知らなかった。

結論から言うと、シュヴァルツは厨房では採用されなかった。なにせドが付く程の料理下手なんだもん。さっきの自信満々な顔は一体なんだったんだろう。

野菜の皮剥き中にシュヴァルツが負った傷は私がサクッと治してあげた。今日ついて来ててよかったよ。

シュヴァルツが私に向けて頭を下げる。

「ありがとうございます」

「ぴぴ(いえいえ)」

指が全部無事でよかったね。

そこで、おじちゃんが少し申し訳なさそうにシュヴァルツに話し掛ける。

「えっと、うちでは採用してやることはできなそうだ。すまないが、がんばって他の働き口を見つけてくれ。応援してる」

「いえ、チャンスをいただきありがとうございました。自分でもここまで料理ができないとは思ってなかったので驚きました」

「逆になんであんなに自信あったんだ?」

「なんとなくできると思ってたので」

「なるほど、初心者にありがちな根拠のない自信か」

「はい」

シュヴァルツは手に付着した赤い液体をきれいに洗い流すと、今度はおじちゃんに向かって深々と頭を下げた。

次の職場候補先に向かうというので、シュヴァルツの肩に飛び乗る。

「ぴぴ(げんきだして)」

廊下を歩くシュヴァルツの頬に頭を擦りつける。

「ふふ、励ましてくれてるんですか? 大丈夫ですよ、こんなの慣れっこです。そういえば、神官になったのも両親に貴方は普通の仕事は無理と言われたからでした……」

その時のことを懐かしむように宙を見るシュヴァルツ。全然いい思い出じゃないと思うよ。

「実際、正式に神官になる前にいろんな職場を受けてみたんですが、どこも不採用でした」

「ぴ……(わお……)」

なんだろう、もう何だか嫌な予感がしてきたぞ……?


そして、嫌な予感は見事に的中した。

あれから城の様々な職場を回ったけど、ものの見事に全部断られたのだ。ひとえに、このシュヴァルツが常軌を逸する不器用だったせいで。

掃除、洗濯、その他諸々の雑用、何もできなかった。いっそ不思議なほどの不器用さだ。

「さて、次の所に行きましょうか」

「ぴ……」

ただ、どんなに断られてもシュヴァルツはめげなかった。全く落ち込んだ様子もないし、心臓が鋼鉄でできてるのかな。

すると、地図を見ながら歩いていたシュヴァルツがピタリと足を止めた。

「ぴ?(どうしたの?)」

「……もう、全部回っちゃいました」

「ぴ(え)」

つまり、魔王城の中にシュヴァルツを受け入れてくれる職場はなかったということだ。

「……」

「……ぴぴ(……とりあえず、いったんだんちょうさんのところにいこ)」

私は地図の中の訓練場というところを足で指す。

「ん? ここに行くんですか?」

「ぴ(そう!)」

するとシュヴァルツは分かりました、と答えて訓練場に向かってくれた。


「ぴぴ!(だんちょうさん!)」

「おお、二人ともお疲れ。どうだった?」

「どこも不採用でした」

なんの躊躇いもなくシュヴァルツが言う。

「お、おう……。あ、じゃあうちの試験も受けてみるか?」

「魔界騎士団のですか?」

「ああ、合格できたらもちろんうちで雇ってやる」

「分かりました。お願いします」

そうしてシュヴァルツは魔界騎士団の入団試験を受けることになった。

「──あ」

「え」

シュヴァルツの手から木剣がすっぽ抜け、団長さんの木剣がシュヴァルツにもろに当たった。それも頭にだ。

ゴチン、と明らかに痛そうな音が響いた後、シュヴァルツが地面に倒れた。

私はシュヴァルツのおでこに乗って上から顔を覗き込む。

「……ひよこがみえる……死にましたか」

「元気そうだな」

団長さんがホッと胸を撫でおろした。

「……ぴ(ん?)」

あ、なんか足元が盛り上がってると思ったらシュヴァルツのおでこにたんこぶができてた。治癒魔法で治しといてあげよう。

サクッとシュヴァルツのたんこぶを治すと、団長さんがいい子いい子と頭を撫でてくれた。

「お前はいいひよこだな」

「ぴぴ!」

でしょ! と鳴いて答える。

「──ヒヨコ」

「ぴぴ!(あ、まおう! どうしたの?)」

いつの間にか魔王が背後に立っていた。魔王は私を摘まんで自分の手のひらに乗せる。

「様子を見に来た。どうだ? お前の後輩の働き口は決まったか?」

「ぴぴ(ううん。シュヴァルツはぶきようだからなかなかきまらない)」

「いえ、私は不器用なんじゃなくて経験が少ないだけです」

私の言葉にシュヴァルツが文句を言ってくる。


──って、

「ぴぴ!?(ことばつうじてるの!?)」

「言葉が通じてるのかって言いたげな顔ですね。通じてませんよ。ただ雰囲気でどんなことを言っているのかが察せるようになっただけです」

すごい! すごいよシュヴァルツ! ただのぽんこつじゃなかったんだね!

「これまで人の顔色を窺うことだけで生きてきましたからね。これくらい朝飯前です」

「「「……」」」

やっぱりちょっと空気が読めるだけのぽんこつかもしれない。

そして、魔王に聞かれて、団長さんがシュヴァルツの就職先が全滅だったということを話した。

「ぴぴ(まおう、シュヴァルツどうしよう……)」

「ん? 既存の仕事に合わないのならばこやつに合う仕事を作ればいいだろう」

魔王が事も無げに言う。さすが魔界の最高権力者、発想が違うね。

「ちょうどそこの元神官にピッタリの役職があるぞ」

「ぴ?(なに?)」

「ヒヨコの見張り……ゴホン、世話係だ」

今見張りって言わなかった?

ジトーッと魔王を見ると、目を逸らされた。

「ちょうど欲しいと思っていたのだ。うちのヒヨコはすぐにちょろちょろとどこかへ行ってしまうからな。そやつはヒヨコの言っていることも推察できるようだしちょうどいい」

どうだ? と魔王がシュヴァルツに聞くと、シュヴァルツがガバッと起き上がった。

「はい、是非やらせてください。がんばってひよこの見張りをします」

「ぴぴ!(みはりじゃないよ!)」

私の声はシュヴァルツに届いているのかいないのか分からないけど華麗に無視された。

こうして、私は見事に後輩の就職先の斡旋あっせんに成功したのである。

……ほとんど魔王の功績だけどね。


「ぴぴ(ゼビスさん、ヒヨコのおせわがかりのシュヴァルツだよ)」

次の日の朝一、ちょうどゼビスさんに会ったのでシュヴァルツを紹介する。

シュヴァルツもお辞儀をしてゼビスさんに挨拶をした。さすがにもう慣れたのか、相手が魔界の宰相だからって奇声を上げて気絶するようなことはない。

「シュヴァルツと申します。この度ヒヨコの世話係に就任しました。よろしくお願いいたします」

「うちの品のない孫と違って礼儀正しい青年ですね。私はゼビスです。ヒヨコのことをよろしくお願いしますね」

おお、好印象みたいだ。でもオルビスさんのことを品のない孫って言うのは止めてあげてほしい。

ゼビスさんが私の方を向く。

「ヒヨコは今日も騎士団ですか?」

「ぴ!(そー!)」

「そうですか、がんばってくださいね」

微笑んで私の頭を撫でてくれるゼビスさん。オルビスさんにもこのくらいの態度で接してあげてほしいね。

それから魔王にも「いってきまーす」と挨拶をして、私達は騎士団の訓練場に向かった。

訓練場に着くと、団長さんが私達に気付く。

「お、おはようヒヨコ、それにシュヴァルツ。もう早速働いてるのか」

「ぴぴ!(だんちょうさんおはよう!)」

「おはようございますブラッドさん」

団長さんはうんうんと頷くと、私とシュヴァルツの頭を撫でた。

「ヒヨコは今日も騎士達の相手を頼む。シュヴァルツは……」

「私には無理ですよ。大人しく見学してます」

「……だな」

シュヴァルツの戦闘力は団長さんも分かっているので、無理は言わない。ただ見てるだけなんて暇じゃないかな? と思ったけど、シュヴァルツは「ボーっとしてるだけでお給料がもらえるなんてラッキーです」と喜んでた。じゃあいっか。

今日やるのは単純に魔力のぶつけ合いらしい。純粋な魔力だけで攻撃するのはかなりの精度と魔力が必要なのでとてもいい訓練になるのだ。

「ぴぴ(かかってこーい!)」

まず最初は三つ子を相手にする。

「ひよこ一匹に三人でかかるとか、ちょっとプライドが傷付く」

「まさかひよこの胸を借りることになるなんて思わなかったよな」

「俺達、一応魔界の中ではエリートなのに……」

口々に何かを呟く三つ子は、さすがに息の合った様子で魔力をぶつけてくる。それに拮抗きっこうさせるように私も魔力を放出した。

透明な魔力が拮抗している場所が、水の中を覗き込んだように少し歪んで見える。

……三人同時に相手すると、ちょっと疲れるな。魔力をそのまま放出するのは魔法を使うよりも効率が悪いのだ。

暫く三つ子の魔力と同程度の魔力を放出していると、三つ子の魔力の放出がふと弱まった。

「もう、無理……」

「俺も」

「俺もだ」

三人がズシャッと地面に倒れる。魔力を使い果たしたようだ。

三人をポイっと端の方に寄せた団長さんが私の顔を覗き込む。

「ヒヨコ、まだいけるか?」

「ぴぴ!(ぜんぜんいけるよ!)」

「まだまだいけるそうですよ」

シュヴァルツが通訳してくれる。

「ぴ!(どんとこい!)」

「頼もしいな。じゃあ次のやつらも頼むぞ」

「ぴ!」

それから、何人かの騎士さん達を相手した。するとコップ片手にシュヴァルツが寄って来る。

「ぴ?(どしたの?)」

「水分補給ですよ。子どもは大人以上に水分補給が大事なんですから。ひよこの場合はどうか知りませんけど」

「ぴ(そうなんだ)」

差し出されたコップの中に入ってたのはお茶だった。

「ぴ(ヒヨコ、ジュースがいい)」

「文句言わないでください。ジュースはまた後でにしましょう」

「ぴ(は~い)」

私は大人しくお茶を飲んだ。自分で思ってたよりも喉が渇いてたようで、ゴクゴク飲めちゃう。

「ヒヨコがかわいい……」

「ああしてるとただの子どもみたいだな──グハァッ!」

こっちを見ていた騎士さんの一人が吹っ飛ばされた。やったのは団長さんだ。

私の方で魔力の訓練をしてる間、団長さんは団長さんでまた別の訓練をしてたから、うっかりスイッチが入っちゃったんだろう。

次にターゲットにされたリックさんがなけなしの体力を振り絞って団長さんから逃げ惑う。

「ヒヨコ~! 団長を気絶させてくれ~!!

「ぴ(らじゃ)」

私はぴぴぴっと魔法を使って団長さんを気絶させた。団長さんも決して弱くはないので、一撃で確実に仕留めるのがコツだ。

気絶した団長さんをまだ無事だった騎士団員たちが回収していく。

そんな私達の様子をシュヴァルツが唖然とした顔で見ていた。

「魔界騎士団っていつもこんな感じなんですか?」

「そうだぞ」

無事に逃げおおせたリックさんがシュヴァルツの呟きに答える。

「なんというか、賑やかでいいですね」

「おお! そうだろうそうだろう」

お? 意外に好印象だ。もっとちゃんとした方がいいと思いますとか言いそうな雰囲気なのに。

意外だ、という思考は全部顔に出てたので、言葉に出さなくてもシュヴァルツにはバレてしまった。

「意外だって顔してますね。私、真面目なのは外見と口調だけなので、本当はこういう緩い職場の方があってるんですよ。戒律の厳しい神官をやってたのは他に行く場所がなかったからですし。聖女様のことは心から尊敬してますけど」

「ぴっ」

お、おお……シュヴァルツから聖女の話題がでるとちょっとびっくりする……。

騎士のみんながこっちを見てくるのはスルーだ。だから、聖女時代はちゃんとみんなに尊敬される聖女様やってたんだって。

こっちに来てからずっとひよこをやってるせいで、誰も私が聖女らしい聖女をやってたことを信じてくれない。聖女の時にも会ってたはずなのに。

──うん、やっぱりシュヴァルツには私の正体は秘密にしておこう。