ヒヨコ、おでかけをしたいのです

私は的に向けて次々に魔法を打ち込んでいく。

『ぴ(氷結)』

『ぴ(爆撃)』

『ぴ(水撃)』

的には自動修復機能が備わっているらしいけど、修復し終わる前に私が魔法を打ち込んじゃうので一時的に的はボロボロになってしまっている。だけどまあ、そのうち勝手に直るから問題ない。

ここは魔王城にある訓練施設の一つで、私は魔王、ゼビスさん、オルビスさん、そして門番さん二人の前で魔法を披露している。といっても魔法の発表会みたいなことではない。これはちゃんとしたテストなのだ。

私はくるりと振り返る。

「ぴぴ?(どうだった?)」

「うん、問題ないな。どうだゼビス」

「S級魔法をこれだけ連続で打てたら問題ないでしょう。発動速度、威力ともに魔界でもトップクラスなんじゃないですか?」

おお、とっても褒められてる……!

「いやこえぇわ。ひよこがぴよぴよ鳴いただけでS級魔法がどんどん発動してくのなんて一種のホラーでしょ。夢に出てきたらどうしてくれんの」

「お前が勝手に見に行きたいって言ったんだろ」

両手で自分を抱いている赤髪の門番さんに青髪の門番さんが突っ込む。赤髪がイグニさんで青髪の方がクリスさんって名前らしい。

ふふん、ヒヨコ魔法は得意なんだよね! みんなが褒めてくれるので両手を腰に当てて胸を張っちゃったりする。

ゼビスさんは、褒めると同時にどこからか取り出したお菓子をくれた。ゼビスさんは私をおでぶちゃんにする気だね? どのお菓子もおいしく食べちゃうけど。

あ、そうだ、本題を忘れるところだった。

「ぴぴ?(まおう、これなら一人でお出かけしてきてもいい?)」

そう、これは私が一人で出かけても大丈夫かという試験だったのだ。ひよこの体でも十分戦えるかという確認だね。魔界は弱肉強食なところがあるから、人界ほど秩序は保たれていない。街中で急に戦闘が勃発することも決して多くはないけど、ゼロではないそうだ。

私は別に魔王と一緒にお出かけでもいいけど、魔王は割と忙しくて一緒だと好きな時にお出かけできなそうだから一人で出かけることにしたのだ。

ヒヨコってば、魔法を使っての戦いは負け知らずだから心配はいらないよって言ってるのに魔王がなかなか信じてくれないんだもん。こんなに小さくてかわいいひよこが強いって言われても信じられないのは無理もないと思うけど。

テストの結果はもちろん合格で、晴れて私は一人でお出かけをする権利を勝ち取ったのだった。


体に括り付けられた風呂敷型のマジックバッグにはお昼ごはんとおやつ、その他もろもろが入れられ、首には魔王特製の魔道具マジックアイテムが装着された。

「ぴ?(これはどんな効果があるの?)」

「重傷を負ったら自動的に我の許に転送されるようになっている。あとヒヨコには必要ないかもしれぬが、任意で防御魔法が発動するようになってるぞ」

「ぴぃ……!(おお……!)」

魔道具なんて初めて着けたけど、二つも機能がついてるなんてこれ絶対高いよ! なんかきれいな石ついてるし。

私が初めての魔道具に感動してると、魔王は何かをブツブツ呟き始めた。

「重傷ではなく、かすり傷を負ったら転送に条件を変更した方がいいか……? 防御魔法も任意ではなく自動オートにすべきだろうか……」

「そうするとお出かけの難易度が一気に跳ね上がりますね」

「ぴ」

ゼビスさんの言う通り、魔王が条件を変更しちゃったら私のお出かけは掠り傷を負ったら強制終了になっちゃう。それはさすがにきつすぎるよ。うっかり転ぶこともできない。

私は首に着けている魔道具を魔王から隠した。

「ぴぴ(このままでいいよ。じゃあいってきま~す)」

「はい、いってらっしゃい」

「……気を付けて行ってくるのだぞ」

「ぴ~(は~い)」

私は見送ってくれた二人に手を振りながら、魔王城を後にした。


ぴっこぴっこと歩いて魔王城から離れる。

暫く歩き、周囲に緑が多くなってきたところで私は風呂敷から地図を取り出した。この辺一帯の観光地などが描かれた紙の地図だ。

地面に地図を広げ、目的地の位置を確認する。

よし、こっちの方角だね。

日が暮れる前に帰らないと魔王が心配しちゃうから急がないと。

風呂敷を背負い直し、私は猛然と走り出した。


目的地に近付いてくると、周囲の温度が徐々に上がってくる。

暑い中を歩いているもんだから結構汗ばんできた。だけど、この暑さは私が方角を間違えなかった証拠だ。

目的の場所に近付いていくにつれ、周囲に草木はなくなり、岩石ばかりになる。暑すぎて植物が育たないんだろう。なにせ、私の目の前にあるのは火山だから。

そびえ立つ火山のふもとまでくると、岩石でできた門があり、そこには『四天王・フェニックスの火山』と書かれていた。その傍らには『おいでませ』と書いてある旗が立っている。

なんだか観光地みたいだ。周りに人は誰もいないけど。

門の下からは火口に続く道が延びていた。その道を辿って私は火口に向かう。

もちろん登山になるけど、魔法を使えば難なく登ることができる。

ぴよぴよと山を登っていくと、私は目的地の火口に辿り着いた。

そして、火口から中を覗き込む。

「ぴぴぴ~!(たのも~!)」

大声で呼びかけると、中で轟々と煮えたぎっているマグマがボコッと動いた。中心部分から盛り上がったマグマは、どんどん上昇してくると、次第に鳥のような形を取り始める。

メラメラと燃え盛る特徴的な翼に長い尾が形成されていき、フェニックスが姿を現した。

翼を広げれば火口を覆い隠せるほどの大きさのフェニックスはすごい迫力だ。本体が燃えているのもあり、近くにいるとすごい熱気を感じる。

……あつい。

この時点で私の汗はダラダラだった。

「小さきひよこ、私に何か御用ですか?」

「ぴ!(うん!)」

……と、その前に……。

私は風呂敷を下ろし、中からガサゴソと水筒を取り出した。カップに麦茶を注ぎ、嘴を使ってんくんくと麦茶を飲む。

ぷはぁ~。うん、冷たくておいしい。

フェニックスに本題を切り出す前に水分補給しておきたかったんだよね。いっぱい汗かいたから。

急に水筒を取り出した私を、フェニックスは疑問符を浮かべつつ黙って見守ってくれていた。

「……ひよこ? あなた何を……」

「ぴぴっ(すいぶんほきゅうだよ)」

「……そうですか。この周辺は暑いですし、しっかりと水分を摂っておくのがいいでしょう」

フェニックスは、私がコップ二杯分の麦茶を飲み干すまで何も言わずに待っていてくれた。

「もうよいのですか? 熱中症には十分気を付けるのですよ」

「ぴ(うん、もうだいじょうぶ)」

フェニックス、優しい。

「そうですか。コホン、では気を取り直して。あなたは何をしにここへ来たのですか?」

「ぴぴ!(ヒヨコ、ちからだめし力試しにきました)」

最近全然体を動かしていないからうずうずしていたのだ。そこで、お出かけがてら四天王であるフェニックスの道場破りをすることにした。

フェニックスを選んだのは、単に魔王城から一番近かったからだ。

あんまり遠いと帰るのが遅くなっちゃうからね。

久々に思いっきり戦えそう。楽しみ。

私はさぞかし期待の込もった、キラキラとした瞳をしていることだろう。

「私は今休か──」

「ぴ?」

「……いえ、何でもありません。はぁ、いいでしょう。お相手します」

「ぴ(ありがとうございます!)」

「いえ、構いません。それにしても、そんなに小さいのにきちんとお礼が言えて偉いですね」

微笑ましいものを見るように目を細めて私を褒めてくれるフェニックス。

そこで、私はあることに気付いた。

「ぴぃ?(あれ? ことばつうじてる?)」

「ええ、同じ鳥型の魔族なので、私にはあなたの言葉が通じていますよ」

「ぴぴ!」

なんと、驚きだ。

でも言葉が通じると便利だね。今は通訳をしてくれる魔王もいないし。

「では、遅くならないうちにさっさと始めましょうか」

「ぴ(うん)」

手合わせをするため、私とフェニックスは距離をとった。

「この石が地面に落ちたら開始です」

「ぴ」

私がコクリと頷くと、フェニックスが咥えていた石をポーンと放り投げた。

宙に放り出された石が地面に着いた瞬間──

『ぴ(水砲)』

『火炎』

大砲の玉のようにフェニックスに飛んで行った大量の水が、フェニックスの放った炎によって全て蒸発する。

まるで私が何の魔法を使うか分かっていたようだ。

「私に対しては皆、水の魔法を使いますから」

そりゃそうだよね。フェニックスは本体がメラメラと燃えているから、ついつい水が弱点だと思っちゃう。

まあ、それはみんな思うだろうから、もう対策済みなんだろうけど。

だけど、火属性の魔法が得意なのは間違っていないらしく、次から次に火炎が飛んでくる。

あっついね。

飛んでくる炎を避けながら思う。

う~ん、でも、ここで諦めて水属性以外の魔法を使うのは、なんだかしゃくだなぁ。

普通に考えたらそうすべきだ。大人なら合理的に判断してそうすると思う。……けど、ヒヨコってば、まだ子どもなのだ。

だから、意地になるのも無理はないだろう。

『洪水』

!?

フェニックスの頭上に大量の水を出す。

私が懲りもせず水魔法を使ったことにフェニックスは驚いたみたいだけど、すぐにその水は蒸発させられる。その間、私に攻撃魔法を放つことも忘れない。

ふっふっふ、根比べだね。

私はめげず、水属性の魔法を放ちまくった。

『洪水』

『水砲』

『水渦』

「──ちょっ、ちょちょっ、さすがに多すぎっ……! うぶっ」

私の発動した大量の水魔法を処理しきれず、フェニックスが大量の水に押され出す。

──いけるっ!

『水渦』

私の出した巨大な水の渦がフェニックスを飲み込む。

暫くして渦が収まると、ようやく解放されたフェニックスが地面にべしゃりと伏した。

渦の回転に巻き込まれたせいで酔ったのか、フラフラとしている。

「──ぐぅ、私の負けよ……」

「ぴ」

勝ったのは嬉しい。嬉しいけど、ボロボロのフェニックスにちょっと申し訳ない気分になった。フェニックス、ヒヨコに優しくしてくれたし。

私はピコピコとフェニックスに近付いていき、その体を濡らしている水を蒸発させ、フェニックスの体を乾かしてあげた。

ついでに水浸しになった周囲も乾かす。

「ぴぴ……(ごめんね、ヒヨコちょっとやりすぎた……)」

「あなた……いえ、私を倒すならばこのくらいしないと無理でしょう。あなたは優しい子ですね」

……自分でやったことの始末をつけて褒められる……なんだかマッチポンプ感。

ついでに治癒魔法を使ってフェニックスを回復させてあげた。

「っ! これは……治癒魔法? ってことはもしかしてあなた、元聖女のヒヨコですか……?」

「ぴ(うん)」

「道理で強いわけですね。ありがとうございます、あなたのおかげで随分楽になりました。元々あった腰痛も治りましたし」

……フェニックス、腰痛あったんだ。

フェニックスに腰痛って、なんだか似つかわしくないね。

「ということは、あなたの保護者は魔王様ですね。ここに来ることは言ってきましたか?」

「ぴぴ(ううん。きかれてないからいってない)」

「そうですか。では、陛下に手紙を書くので持っていっていただけますか?」

「ぴ(わかった)」

すると、フェニックスはどこからか筆と紙を取り出し、サラサラと文をしたためる。

器用に封をすると、それを私の風呂敷の中に入れてくれた。

「じゃあ、頼みましたよ」

そう言ってフェニックスは私のおでこにちゅーをした。

びっくりして額を押さえると、ちゅーをされた場所から体がふわんと温かくなる。

なんだろう、なんか不思議な感じだ。

目をまあるくしてフェニックスを見上げると、優しい顔で微笑まれた。

「ふふ、かわいい子。ほらヒヨコ、保護者魔王様が心配するでしょうから遅くならないうちに帰りなさい。──っと、その前にもう一度水分補給をしておきましょうか」

フェニックスに促され、私は再び麦茶を飲んでから帰路についた。

「ぴぴっ(フェニックスありがとね。ばいば~い)」

フェニックスに手を振りながら歩いていると、「転ぶから前を向きなさい」と促されたので大人しく前を見て歩く。

だけど、山頂から私を見守る優しい炎の気配が、私が山を下りるまでずっと続いていた。

◇◆◇

ヒヨコがお出かけから帰ってきた。出て行った時には持ってなかった加護を手に入れて。

どこかスッキリとした顔をしているヒヨコを手のひらの上に乗せる。

……間違いない、ヒヨコはフェニックスの加護を受けている。

フェニックスは我が四天王の一人だ。南の統治を担っている魔界の実力者。そんなフェニックスの加護を受けるにはある条件を達成する必要がある。その最低条件が、フェニックスと戦って勝利することだ。ちなみに他の四天王の加護を受ける条件も同じだ。

だが、我が各地の統治を任せるだけあって四天王を倒すことは容易ではない。いくらヒヨコが元最凶の聖女だとしても苦戦すると思っていたのだが──

「ぴ!」

魔王褒めて! というようにヒヨコが見上げてくる。こんな顔で見られて褒めずにいられる者がいるだろうか。

我の指は独りでに動いて、ヒヨコの頬をうりうりと擽っていた。ヒヨコが嬉しそうにぴぴっと鳴く。

フェニックスの加護を得られたということは、ヒヨコがフェニックスとの戦いに勝利したということだ。ヒヨコの体を確認するが傷は見当たらない。

「怪我はしなかったか?」

「ぴ!(ちょっとしかしてない!)」

ヒヨコが元気よく答える。さすがに無傷とはいかなかったようだ。

少し負った傷も治癒魔法できれいに治っている。

「痛くて泣かなかったか?」

「ぴ!? ぴぴ!(え!? ヒヨコそんなことでなかないよ!)」

ちょっとムッとしたようで、ヒヨコが我を睨んでくる。痛みには強いひよこだったか。

すまんと謝るとヒヨコは満足そうにぴっと鳴いた。

「ぴぴ?(ねぇねぇまおう、ふぇにっくすのかごってなに?)」

真ん丸の目を我に向けたヒヨコが尋ねてきた。ヒヨコの無邪気な質問に我は少し驚く。

フェニックスの加護が欲しくて戦いを挑んだわけじゃないのか?

「フェニックスは不死鳥とも呼ばれるように、フェニックスの加護を得ると外傷や病、毒で死ぬことはなくなる。あと火属性魔法の威力が上がる」

「ぴぴ(おお、すごいねぇ)」

のほほんと感心するヒヨコは、普通の魔族なら喉から手が出るほどほしがる加護のことなど眼中になかったようだ。それはそれでどうなのかと思うが。ただ純粋に力試しがしたかったということだから。

この前の侵入者の時もそうだったが、このかわいいヒヨコは存外戦闘狂の気があるらしい。まあ、せっかく強い魔法が使えるのだから思う存分力を振るいたくなる気持ちも分からんではない。

──ん?

「ぴ!(あ! そうだ、ふぇにっくすがまおうにお手紙くれたよ)」

そう言ってヒヨコが風呂敷からフェニックス直筆の手紙を取り出した。

どれどれ。

『拝啓魔王様 本日、休暇中の私のもとにかわいらしいひよこが一人で訪ねてきました。あまりにもひよこがワクワクしていたので戦いには応じましたが、聞けば、ひよこは聞かれなかったので魔王様に行き先は告げていないとのことでした。いくら強いとは言え、この愛らしい小鳥を野放しにするのはいかがなものかと存じます。 フェニックス』

「……」

簡単に言うと我の管理不行き届きに抗議する内容だった。

そういえばフェニックスは今休暇中だったな。休暇中はもちろん挑戦にも応じていない。

普段フェニックスの奴は休暇を邪魔すると烈火のごとく激怒するからこの程度の抗議で済んだことは奇跡に近い。あ、そういえば奴は鳥型の魔族同族には優しかったな。要求してもいないのに加護を与えたことからも、相当気に入ったんだろう。

たとえフェニックスを降したとしても、気に食わない、相応しくないと判断したものに加護は与えないからな。

まあ、何はともあれウチのヒヨコが悪いことをした。今度詫びの品を送っておこう。

「ぴ?」

「……」

きょとんと愛らしく首を傾げるヒヨコに文句など言えるはずがない。

「……今度からは我に行き先を告げていくのだぞ」

「ぴ!(は~い!)」

◇◆◇

お出かけの翌日、魔王がきれいな箱になにかを詰めている。

「ぴぴぴ?(まおう、なにしてるの?)」

「ん? フェニックスに詫び……贈り物をしようと思ってな」

贈り物!

昨日会ったフェニックスはとっても優しい鳥だった。まるで母鳥みたいな包容力。あったかいし。フェニックスの胸毛の下は天国みたいだった。

「ぴぴ!(わたしもふぇにっくすにおくりものする!)」

「ん? いいぞ。手紙でも書くか?」

「ぴ(ん~ん)」

魔王の質問にフルフルと首を振って答える。フェニックスはこの前お休みだったところを私が突撃しちゃったみたいだから、もっとちゃんとしたものを贈りたい。

「ぴ! ぴぴ!(あ、そうだ! まおう、ヒヨコちょっとほうせきのとれるダンジョンにいってくる)」

「待て待て待て。わざわざダンジョンまで行かんでいい」

「ぴ?」

なに?

「薄々思ってはいたが、ヒヨコは案外血気盛んだな。ちょっとした贈り物のためにわざわざそんな難易度の高いダンジョンに行くでない。手紙くらいにしておけ」

「ぴ(は~い)」

魔王の提案でフェニックスにお手紙を書くことになった。

執務机の引き出しからきれいなお手紙用の紙を出してくれる。そしていざ手紙を書こうという時、わたしは重大なことに気付いた。

むーんと白紙の紙に向き合う。

「ぴぴ……」

しょぼんとした顔で魔王を見上げる私。

「……そういえば文字、書けなかったな……」

わたしのふわふわおててでは文字など到底書けない。魔王が出してくれたきれいな硝子がらすペンも無用の長物になってしまった。

「我が代筆するか?」

「ぴ……(う~ん)」

迷う……。

悩んでいると、ふとインク壺が目に入った。

「ぴ……」

いいことを思いついたかもしれない。

◇◆◇

魔王様から贈り物が届いた。この前抗議の手紙を送ったから、その詫びの品だろう。私の休暇を邪魔したのがあの愛らしいひよこでなければ魔王城まで乗り込んでいってたわ。

風呂敷に包まれていたのは、詫びにふさわしい品々だった。そして魔王からの手紙にはヒヨコも手紙を書いたから同封しておいた、との内容が書いてあった。ふむ、あの愛らしいひよこからの手紙は嬉しいわねぇ。

魔王の手紙を読むのもそこそこに、私はヒヨコちゃんの手紙を取り出した。これかしら?

愛らしい薄ピンクの便箋を取り出す。

「……」

なにかしらこれは……。

二つ折りになった紙を開くと、そこには鳥の足跡が便箋いっぱいに広がっていた。三股に分かれた小さな足跡。これはあのヒヨコのものかしら。足にインクを付けて描いたのね。

かわいらしい足跡に思わず頬が緩む。

ただ、何を伝えたかったのかは全く分からないけれど。

私が首を傾げている頃、魔王城では一人の男が思案にふけっていたらしい。


「……やっぱり代筆すべきだったか……?」

「ぴ?」

◇◆◇

「ぴぴ(まおう、きょうはべつのしてんのー四天王のところにいってくるね)」

そう言って歩き出した私を、魔王が後ろから摘まみ取った。

「ぴぃ?」

「四天王は皆休暇中だ。今日は魔王城うちにいなさい」

「ぴ(は~い)」

しかたない、おでかけは諦めよう。

私はうごうごと足をバタつかせて魔王の指から逃れ、ぽてっと床に着地した。すると、魔王が頭上から私を覗き込んでくる。

「どうした?」

「ぴぴ!(おしろの中たんけんしてくる!)」

片手を上げて魔王にそう報告する。すると魔王は少し苦い顔になって悩む素振りを見せる。

「ふむ……まあいいか。問題は起こすなよ?」

「ぴぴ!(もんだいなんかおこさないよ!)」

こんな善良なひよこをつかまえて何を言うか!

魔王にちょっと腹を立てつつも、私は魔王の部屋を出た。

今日はどこに行こうかな。

そうだ、お庭に行ってみようかな。

まだあんまり行ったことがなかったので、私は外に出ることにした。

魔王城の庭は広すぎてどこまで続いているのか分からない。人間だった時に行ったお城のどの庭よりも広い。魔王城のお庭にもちゃんときれいなお花が花壇に咲いている。人界でも咲いているような普通のお花もあれば、初めてみる黒い花もある。でもとってもいい匂い。

花壇に沿って歩いていると、既視感のある門が目に入ってきた。見覚えのある門番さん二人もいる。イグニさんとクリスさんだ。ぴぴぴっと鳴きながら近付いていくと、二人がこちらに気付いた。

「お、ひよこだ!」

「あ、ほんとだ。ひよこおいで~」

クリスさんがしゃがみ、こちらに向けて手を差し出した。

「ぴ!」

クリスさん目がけてテトテトッと歩いて行く。そしてぴょこんっとクリスさんの手の上に飛び乗った。

「わ、かわいい」

「え! いいな~クリス。ひよこ、次は俺の方来いよ」

「ぴ」

後でね。今はクリスさんに頭グリグリしてもらってるから。クリスさん、結構な撫でテクの持ち主だ。

「そういえば、ひよこってヒヨコって名前なんだってな。うわ、声に出すとめっちゃ紛らわしい」

「ぴ(そうだよ)」

コクリと頷く。確かに紛らわしいよね。

「魔王様ってネーミングセンスあれなんだね」

「ちょっとしたトラブルでこうなったって聞いたぞ?」

「あれ? そうなんだ」

「……」

昔飼ってたひよこを思い浮かべてたら、うっかりヒヨコって名前にしちゃったってことは魔王の威厳のためには言わない方がいいかもしれない。今はひよこ語しか話せないから言っても伝わらないんだけど。

「そういえば今日はどうしたんだい?」

「ぴぴぴ!(おしろのたんけんしてるの!)」

「なんて言ってんだ?」

首を傾げるイグニさん。

「普通にお散歩してるんじゃない?」

「ぴ!(そのとーり!)」

「お、当たりみたいだぞ。すげぇなクリス」

イグニさんに褒められてふふんとドヤ顔を披露するクリスさん。

そしてクリスさんはふと何かを思い付いたようだ。

「そうだ、暇なら魔界騎士団の訓練を見にいってみたらどうだ?」

「ぴ?(まかいきしだん……)」

なんだか聞き覚えのある響き……。どこで聞いたんだっけ? まあいいや。

「ぴ!(まかいきしだんみにいってくる!)」

「お、乗り気になったな?」

「え!? もう行っちゃうんすか? その前に俺もヒヨコ手に乗せたい!!

イグニさんが私を手に乗せたいと騒ぐので、イグニさんの手に乗ってからその場を後にした。


「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ」

クリスさんに教えてもらった道順で魔界騎士団の訓練場に向かう。暫く鳴きながら歩いていると、開けた場所が見えてきた。

お、ここっぽい! ぼんやりと人影も見えるし。

次第に、キンッキンッと金属同士がぶつかる音が聞こえてきた。なんだか懐かしい音だ。

訓練場はかなり広かった。訓練場って大仰な名前がついてるけど実際はただ何もない空間だよね。特筆すべきことなんて地面に砂利とかが混ざってないことくらい。

私は訓練場に足を踏み入れた。

「ぴ」

「ん?」

一人の騎士さんが足元の私に気付く。そしてその騎士さんはしゃがむと、手のひらの上に私を乗せた。

「ひよこ……? なんでこんなところにひよこがいるんだ?」

「おいっ、もしかしてそのひよこ……!」

「ぴ?」

私を手に乗せた騎士さんの隣にいた騎士さんが急に顔色を変えた。どうしたの?

「もしかして君、この前魔王様の眷属になったひよこかい?」

「ぴ」

私は騎士さんの質問に頷いて答えた。

「ってことは、君、あの聖女……」

騎士さんが目を見開いて呟く。

……ん?

気付けば剣を交える音が止んでいて、静かな空間が出来上がっていた。違和感を覚えて周りを見回すと、訓練していた騎士さんも、休憩していた騎士さんもみんな無言でこちらを見ていた。

「……ぴ?」

え、なに? この反応。

急に静まりかえった空間に居心地の悪さを感じる。ヒヨコ、まだなにもしてないけど……。

「聖女……」

「最凶の聖女……」

「ぴ?」

なんだろ、なんだかあんまり歓迎されてない雰囲気。いや、元敵だから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。でも、なんとなく伝わってくる感情は、敵意じゃなくて怯えのような……。

「ヒィィィィィィッ!! 誰かっ! 誰かこの聖女を受け取ってくれ!!

「無理無理無理無理」

「早くポイってしろ! 魔法打ち込まれる前にポイしろ!!

気が動転しているのか、子どもに言い聞かせるような言葉遣いになる騎士。

「で、でも、ひよこを投げるのは……」

「バカッ! それはひよこの皮を被った鬼畜だ! ちょっと投げたところで傷一つ負わねぇよ!!

本人ひよこが目の前にいるんだけど……。これ悪口だよね? 怒るべきなのかな。

どんな反応をすべきか迷い、コテンと首を傾げる。すると、周りの空気が固まった。そしてにわかにざわつき出す。

「おい怒らせたんじゃないか?」

「あ、今暴言吐いたのこいつです。俺ら関係ないんで」

鬼畜だの投げても傷一つ負わないだの言ってくれた騎士が他の騎士に背中を押されて突き出される。

「おいっ!? なにすんだよ! ヒェッ! ごめんなさい!!

即謝ってくる騎士さん。

というか、なんで私こんなに怖がられてるんだろ。

「おいこのひよこ、なんで自分が俺達に怯えられてるか分かってないみたいだぞ」

「ほんとだ。心当たりないって顔してやがるな」

「かわいく首なんか傾げてやがるな」

さっきの失言騎士さんを盾にして後ろからひょっこりと顔を出す騎士さん達。失言騎士さんの背中から何個も頭が生えてるみたい。

ちなみに、私を手のひらに乗せてる騎士さんは硬直しつつも、私を落としたり投げたりすることはなかった。ただただ石像のように私を手に乗せ続けている。優しいね。お礼の気持ちを表すために頭を擦りつけようかと思ったけど、動いたらさらに怯えられそうだと思ったから止めておいた。

「──何の騒ぎだ」

なんか一際大きな人が建物の方から歩いてきた。威厳たっぷりだし、きっと偉い人なんだろうな。よくよく見ると他の騎士さんとはちょっと制服が違うし。

鷹揚おうように歩いてきた大きな騎士さんは、再び口を開く。

「なぜ誰も訓練をしていないんだ」

「ハッ! 申し訳ありません団長! 元聖女のひよこが来て場が騒然としておりました」

「元、聖女……?」

団長と呼ばれた騎士さんが復唱した。そして、ギギギッと首を動かしてこちらを見る。

あ、目が合った。

「ぴ(こんにちは)」

「ヒッ」

「ぴ(ひ?)」

空耳かな。こんな厳つい顔した人から怯えたような悲鳴が出るわけ……。と、思ったら次の瞬間、団長さんは頭を抱えてうずくまった。

「おいみんな! 団長をひよこから隠せ!」

「「「おう!」」」

団長さんを周りにいた騎士さん達が覆い隠す。部下に慕われるいい上司なんだね。

「団長は一番聖女と相対してるから、最もトラウマがあるんだ」

「ぴ!(あ、そっか、まかいきしだんって、せいじょじだい聖女時代によくたたかってたひとたちだ!)」

そう考えて見たら、誰もかれもが見覚えのある顔だった。

「マジかよこのひよこ。今俺らのこと思い出したって顔してたぞ」

「魔界騎士団のほぼ全員にトラウマを植え付けておいて。信じられねぇな」

みんな示し合わせたように、このひよこ信じられないといった顔をする。

ぐぬぬ。これに関しては覚えてなかった私が悪いからなにも言い返せない。言い返しても伝わらないんだけど。

「ぴ(ごめんね)」

ペコリと頭を下げて謝る。

「お、謝ってるみたいだぞ」

「案外素直だな」

「意外と人格は破綻してないのか?」

ちょっとずつ顔を出し、ジリジリとこちらに近付いてくる騎士さん達。というか私は人格が破綻してると思われてたの? 人間の王の命令を素直に聞くのも癪だから誰も殺さないように手加減してたのに。むしろ人格者だったんじゃない?

そんなことを考えていると、三人の勇敢な騎士さん達がすぐ側まで来ていた。そして、三人のうちの一人が口を開く。

「おい誰か触ってみろよ」

チャレンジャーだね。さっきまでめちゃめちゃビビってたのに。

そして、じゃんけんで負けた一人が私の方に人差し指を近付けてきた。でもやっぱり怖いのか腰が引けてる。怖いのになんでわざわざ挑戦するんだろう。スリルを楽しんでるのかな。

ほんとは無抵抗でいようと思ってたんだけど、あんまりにも人差し指が近付いて来るスピードがゆっくりなのでうずうずしちゃう。

ふわふわと丸いお尻が無意識に揺れる。

「おい! このひよこイタズラしたくてしょうがないって顔してる!!

「ぴ」

バレた。

しょうがないからイタズラは止めておこう。

どうぞどうぞお触りください。ヒヨコは無抵抗ですよ。

「お、目を閉じた。触っていいってことじゃないか?」

「ほんとだな。おいさっさと触っちゃえよ」

「お前ら……他人事だと思って……」

後ろの二人を睨む騎士さん。そして、意を決したように人差し指が私の体毛に埋められた。

「あ、ふわふわ」

一回触って大丈夫だと思ったのか、もっと大胆に羽を触ってきた。

「ぴぴ」

「おお……かわいいかも」

触り心地が気に入ったのか、ずっと私の頭からお尻にかけてを撫でる騎士さん。

「大丈夫そうだな」

「だな。じゃあ俺も触りたい」

私を撫でる騎士さんの後ろから二人の騎士さんが顔を出す。

「お前らなぁ……」

安全確認に使われた騎士さんは不満そうだ。そんな不服そうな騎士さんなど気にも留めず、二人は私を撫でくり回す。

ちなみに、撫でるのはとってもへったくそだった。

暫くすると、私を撫でていた騎士さんの一人が私を摘まんで持ち上げた。そしてそのまま騎士の殻に覆われている団長さんの許に私を連れていく。

「おい何してんだリック! 団長にトラウマを近付けるんじゃねーよ!!

「え~? でも、聖女が魔王様の眷属になったからにはいつかは和解しないとでしょ? それに団長動物好きだし」

ほらどいてどいて、と団長さんを覆っている人達をどかしていくリックさん。

「ほら団長、こわくないですよ~」

「お前……」

ギロリとリックさんを睨む団長さん。

「結局聖女は誰も殺しませんでしたし、この子も被害者だって団長も分かってるでしょう?」

「……そんなことお前に言われずとも分かってる」

「じゃあかわいいひよこちゃんを撫でて和解できますよね」

調子に乗るリックさん。団長さんめちゃめちゃ睨んでるよ? 後で怒られるんじゃない?

団長さんの顔が見えてないのか見てないのか、リックさんはズイッと私を突き出した。

「ほら団長、かわいくないですか?」

「……かわいい」

素直だな団長さん。ほんとに動物好きなんだね。

団長さんが腹をくくって人差し指をこちらに近付けてくる。少し……どころかかなりブルブル震えてるけど。

団長さんの人差し指がそっと私のふわ毛に触れる。

「……ふわふわだな」

「ぴ」

やっぱり団長さんも一度触れば大丈夫だと分かってくれたらしい。そっと私を摘まんで手のひらの上に乗せてくれた。硬くて大きな手のひらに私の足が付く。

うんうん、私は無害なひよこだからね。

「かわいい……」

おお、震えが止んだ。恐怖よりひよこのかわいさが勝ったみたい。

これは……和解できたのでは……!?

「ぴぴ!」

「かわいい……」

「団長! ひよこを懐に仕舞わないでください!!

ひよこはお持ち帰り可じゃないよ。両翼を動かして団長さんの懐から出る。

「ぴ」

「ダメですよ団長。ひよこは魔王様の眷属なんですから。大層かわいがってるって噂ですよ」

「む、そうか」

お持ち帰りは諦めてくれたみたい。

「そういえば、今日は何をしに来たんだ? 俺達のことは忘れていたようだが何か用があったのか?」

あ、忘れてたことちょっと根に持ってるね。

「ぴぴ!(くんれんみにきた!)」

「?」

「??」

騎士のみんなが顔を見合わせて首を傾げる。

あ、そっか、まだ言葉が通じないんだった。今は通訳係の魔王もいないし。

「ぴぴっ」

「お、なんか書き始めた」

仕方がないので、地面に足で文字を書いて訓練を見に来たことを伝えることにした。

騎士さん達にジッと見つめられつつ、文字を書き進める。

『く』

「く? 苦しめに来たとか?」

騎士の誰かが呟いた。

「ぴ……」

私をなんだと思ってるの。和解ムードだけど誤解は解けてなかったか……。

『ん』

「くん……燻製にしてやろうか?」

「ピィッ!!!」

ちょっと静かにしてて!

怒りを込めて鳴くと、私をからかっていた騎士さんが仰け反った。

「うわっ! 怒ったぞ!」

「今のは完全にお前が悪い」

ごもっとも。

からかってきていた騎士さんが静かになったので、文字を書くことに集中する。

団長さんが地面に書かれた文字を読み取る。

「『くんれんみにきた』?」

「! ぴ!(そー!)」

ちゃんと伝わったことが嬉しくてぴよぴよ鳴く。

「みにきたってのは、純粋に見物しにきたのか、訓練の相手をしに来たのかどっちだ?」

若干顔色の悪くなった団長さんが尋ねてくる。普通に見物しにきたつもりだったけど、今日はおでかけもできなかったから訓練の相手をしてもらうのもありだな。でも騎士さん達のトラウマになってるみたいだし……。

少し考えた後、私は地面に『どっちでもいいよ』と書いた。すると場がにわかにざわつく。

「最凶の聖女が訓練に協力してくれるのか?」

「願ってもないことだな」

お? 案外好感触? 人間の騎士団では一切訓練に参加させてもらえなかったけど。魔族の騎士さんは結構脳筋なのかな。

そんなことを考えてたら団長さんからジトリとした視線を向けられた。

「おいひよこ、今ちょっと失礼なこと考えただろ」

ギクリ。

「ぴ?」

言葉が通じないのをいいことに首を傾げて誤魔化す。話せてたら絶対バレてたよ。嘘吐くの苦手なんだよね。

ひよこのかわいさに誤魔化されてくれたのか、団長さんは追及しないでくれた。

「じゃあとりあえずお試しで訓練の相手をお願いしてもいいか?」

「ぴ!(もちろん!)」

腕が鳴るね!


訓練場のド真ん中にちょこんと置かれる。

「ぴ」

団長さんを見上げると、なんか微妙な顔をしてた。

「う~ん。いくら中身はあの聖女でも、ひよこに攻撃をするのは罪悪感があるな……」

別にそんなこと気にしなくていいのに。どんとこいだよ!

「ぴぴ!」

「気にしないでどんとこいって感じだな」

「ぴ!」

うんうんと頷く。

「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうか。ここに旗を刺しておくから、ひよこはこの旗を俺達から防衛してくれるか?」

「ぴ!(わかった!)」

私は防衛戦をすればいいんだね。

制限時間が終わるまで一度も旗に触られなかったら私の勝ち、誰かしらが旗にちょっとでも触れれば騎士さん達の勝ちというルールだ。

私がちょっと不利な気がするけど、これくらいが燃えるよね!

そして騎士さん達が準備を終えると、試合開始を知らせる笛がピーっと鳴った。


試合開始の合図と同時に、四方八方から攻撃魔法の雨が降ってきた。

『ぴ(完全防御)』

防御壁で自分と旗を球状に囲む。この魔法のいいところはちゃんと地中までカバーできることだ。球状だから死角はない。

防御壁は見事に飛んできた攻撃を防ぎ切った。優秀だね。この防御壁、魔法を弾くと青白い光が上がってきれいなの。好きな魔法の一つだ。

私の防御壁で嫌な記憶でもフラッシュバックしたのか、そこかしこから悲鳴が上がった。野太い悲鳴だけど。

今回は足止めと防御の魔法をメインで使う。攻撃魔法を使ってやり返したくてうずうずするけど我慢我慢。

「おいひよこのお尻が揺れてんぞ」

「かわいいけどこっわ。戦いたくてうずうずしてんじゃねぇか」

バレバレみたい。でも私は我慢のできるひよこ。攻撃するのも我慢できるよ。

さすがの私もひよこの姿で周りを囲まれたら怖いので、念を入れて足止めする。私を中心にして風をおこしたり、砂を外側に向けて動かしたり。

中々私に近付けない騎士さん達から苦悶の声が上がる。

「あのひよこ器用だな!」

「全く近付けねぇ!!

ふふふん。褒められて気分がよくなる。

このまま制限時間いっぱい足止めと防御でやり過ごそうと思ったけど、さすがにそう簡単にはいかなかった。

「ふんっ!!

離れた場所から魔法を打っていてもらちが明かないと思ったのか。団長さんが地面を蹴り、一直線に飛んできた。顔がちょっと強面なだけあって結構な迫力だ。そういえば人間だった頃もこんな光景みたことあるな。団長さんってバリバリの接近戦派なんだよね。だから団長さんに近付かれちゃうとちょっと困る。

『ぴ(障壁シールド)』

自分と団長さんとの間に何重にも障壁を張る。障壁の一枚一枚でも結構な衝撃に耐えられるはずなんだけど、そこはさすがに魔界騎士団の団長さん。五枚張った障壁のうち三枚を見事に貫通されてしまった。

三枚目の障壁を破壊したところで団長さんが地に足をついた。

「チィッ! さすがに固いな」

『ぴ(ホール)』

団長さんの足元に魔法で落とし穴を作る。

「うおっ!?

不意を衝かれた団長さんは、見事に穴に落とされてくれた。よし、上から蓋しちゃお。

障壁で団長さんの落ちた穴に蓋をする。ついでに砂も被せておいた。

すると、団長さんに続けとばかりに他の騎士さん達もこちらに向かってこようとする。私は今ひよこの姿だから接近戦なら勝てると思ったのかもしれない。正直私もまだあんまり自信ない。

『ぴ』

『ぴ』

『ぴ』

遠距離魔法での攻撃が減ったと思ったら、今度は魔法の代わりに騎士さん達が四方八方から飛んできた。それを魔法で捌いていく。

ドゴォッ!!

「ぴぃ!?

すぐ側で急に砂が舞い上がり、砂を纏った団長さんが地面から出てきた。団長さんの肩とか頭からさらさらと砂が落ちていく。団長さんの真っ黒な髪の毛が砂で汚れてちょっと白っぽくなってる。

もしかして上には障壁が張ってあるから、他の所から掘ってここまで来たのかな? 結構深い所まで落としたんだけど。

なにが楽しいのか、ニタァと鋭い歯を見せて笑みを浮かべる団長さん。瞳孔が開いててちょっとホラー。

びっくりした拍子に、反射で攻撃魔法が出そうになっちゃったけどなんとか抑えた。さすが私。できるひよこ。

リーン リーン

そこで、試合終了を知らせる音が鳴った。

旗を守り切ったので私の勝ちだ。

「ぴっぴ♪ ぴっぴ♪ ぴっぴ♪」

ぴよぴよと喜びの舞を踊る。

「ひよこが踊ってる」

「かわいいけどちょっと腹立つな」

「煽りにしか見えない」

喜びの舞を踊る私の周りを例の三人衆が囲んできた。しゃがんで上から覗き込んでくる。よくみたらこの三人顔似てる……?

「ぴぃ……?」

三人の顔をまじまじと見比べる。

「お、俺らの顔見比べてんぞ」

「気付くの遅くね?」

「キョロキョロしてんのかわいいな」

やっぱり似てる。声までそっくりだ。

私の疑問に対する答えはすぐに出た。

「俺達三つ子なんだよ」

「ぴ!?

なんと。びっくりだ。

「珍しいだろ~」

「ちなみに名前も似てるんだぜ? 俺がニックで、こっちがディックでこいつがリックだ」

「ぴ……(まぎらわしい……)」

顔も似てれば名前も似てるなんて……。かろうじて髪の色は違うから、それで見分けるしかないね。

ニックさんが赤、ディックさんが青、リックさんが金。よし、覚えた!

赤髪のニックさんが私の頭を撫でて言う。

「にしてもやっぱ強いな~」

「ここにいる全員でかかっても旗一つ取れないなんてな」

「敵対してた頃は一応勇者とか剣士にも人員割いてたし、勝てるわけなかったんだな」

今回は時間制限あったし、ルールなしでやったらわかんないと思うけどな。そう言っても伝わらないから黙っておく。

ドッカーン!!

「ぴ?」

急に轟音がしたので、そちらを向くと団長さんが何人かの騎士さんを吹っ飛ばしたところだった。ぽーんと飛んだ騎士さんがずしゃっと地面に落ちる。

「ぴ!?(なんで!?)」

なんで部下の騎士さん吹っ飛ばしてるの!?

驚く私とは対照的に、三つ子や他の騎士さんは冷静だ。冷静に団長さんから距離を取って避難している。

「また団長の悪い癖がでたな~」

「ぴ?(わるいくせ?)」

「ああ、一度戦闘スイッチが入った団長は満足するまで暴れないと落ち着かないんだよ」

なんてはた迷惑な。聖女時代はそんな光景見たことないなと思ったけど、一度気絶させちゃえば正気に戻るらしい。なるほど、毎回ぶっ飛ばして気絶させてたもんね。

じゃあ気絶させればいいと思ったら、魔界騎士団には団長さんよりも強い騎士は存在しないから気絶させるのは不可能とのこと。スイッチが入っちゃったら毎回気が済むまで暴れさせてるらしい。暴れ馬かな? 団長さんが一番の問題児だね。

団長さんよりも強い人に気絶させてもらおうにも、団長さんよりも強い人はみんな地位が高いから頼みづらいらしい。可哀想に。

「あ、そうだ、今日はひよこがいるじゃん!」

「だな! いっちょ団長気絶させちゃってくれ!」

「ぴ?(いいの?)」

「いいのいいの! ガッとやっちゃって!」

軽いね。

他の騎士さん達もさっさとやってくれって感じの雰囲気だったから、ちゃちゃっと魔法で気絶させた。そしたらめちゃめちゃ感謝されたよ。

満足するまで暴れないと止まらない団長なんて、聖女時代の私よりトラウマものじゃない? だけどみんな団長さんが気絶すると、いつものことだとばかりに訓練に戻って行った。

……なんとなく解せない。帰ったら魔王に愚痴って慰めてもらおう。


そして、私は帰るや否や魔王にぴーちくぱーちく今日の出来事をお喋りした。

「──ぴぴ(ってことがあったの)」

「そんなことしてたのか……。だから帰って来るのが遅かったんだな」

「ぴ」

魔王の膝の上でお喋りをする。魔王はちゃんと私の話に耳を傾けてくれた。模範的な保護者だね。

「騎士団長のストッパー係にヒヨコを採用したいと、早速投書がきていたぞ。あと定期的に訓練の相手もしてほしいとのことだ。ちゃんと給料も出るそうだがやりたいか?」

「ぴ!(やる!)」

ヒヨコ、思いの外大好評だ。

「じゃあそう返答しておこう。文句を言っていたわりに随分打ち解けたじゃないか」

「ぴ」

「ただ、騎士団長はそなたに気絶させられてトラウマが再発したようだが」

「ぴ……」

なんてこった。頼まれてやっただけなのに。

「あいつに限っては自業自得だがな」

「ぴ(ヒヨコもそうおもう)」

「まあゆっくり歩み寄ればいい。これから関わる機会なんていくらでもあるからな」

「ぴ(わかった)」

団長さんは動物好きみたいだからちょろそうとか思ってたけど、案外前途多難かもしれない。団長さんを気絶させるたびに好感度リセットされそうなんだもん。

むんっ、とやる気を見せると魔王が微妙な顔で頭を撫でてきた。

「騎士団長と仲良くなるのはいいが懐き過ぎるなよ。親鳥のように思うのも言語道断だ」

父親じゃなくて親鳥なんだ。

団長さんは確かに父親感のあふれる外見だったから、魔王の懸念は的外れでもないかもしれない。どうやら、魔王は私の保護者枠を奪われるのが嫌みたいだ。

私側はともかく、向こうは私がトラウマになってるんだから杞憂きゆうだと思う。

「我の立場を脅かすようなら騎士団長は罷免ひめんしよう」

「ぴ……(なんておうぼうな……)」

うっすらと笑ってるからもちろん冗談なんだろうけど。

今のところ私にとっての親鳥はちゃんと魔王だよ。そう伝えたら魔王はあからさまにご機嫌になった。なんてお手軽にご機嫌がとれちゃうんだろう。魔王様のイメージがどんどん変わっていくよ。

「ふ、まあそれならいい。思う存分騎士団を鍛えてやれ。人間のために尽力したそなたを裏切った勇者どもの目に物見せてやるといい」

「ぴ!(わかった!)」

魔王がそう言うなら騎士団を全力で鍛えちゃうよ!

私も勇者──というか人界全体には思うところがあるし。ほんとは直々に勇者と戦ってもいいけど、私が生きてることを知られたらちょっとめんどくさいことになりそうだ。どうせ団長さん達はこれからも勇者達と相対するだろうし、魔界騎士団を鍛えるのが一番早いよね。

「そなたがいなくなった勇者一行なら、今の騎士団でも余裕で潰せるとは思うがな。だが、どうせ勝つなら快勝の方がよかろう?」

「ぴ!」

片頬を上げて楽しそうにそう言う魔王に、私は一鳴きして答えた。

「では寝るぞ。子どもの成長に夜更かしは大敵だそうだからな」

魔王は私を手に乗せ、寝床まで運んでくれた。

「ぴぴ(まおーおやすみ)」

「ああ、おやすみ。ゆっくり休むのだぞ──」


次の日も暇だったので、早速騎士団に行くことにした。

だけど、今日は珍しく魔王もついてきた。

「ぴ(なんでまおうもついてくるの?)」

「ヒヨコの保護者としては、一度挨拶をしておくべきだろう」

お父さん感のあふれる団長さんに牽制けんせいする気かな?

そして私を手に乗せた魔王は騎士団の訓練場に到着した。びっくりした様子の団長さんや騎士さん達が魔王を出迎える。

「陛下!? どうされたのですか? こんな急に」

「来ては悪いのか?」

「いえ、そんなことは……!」

魔王意地悪だね。

「これからこのヒヨコが世話になる……というかそなたらの世話をすることになったから、保護者として挨拶をしておこうと思ってな」

威圧感たっぷりにそう言う魔王。挨拶する態度じゃないよ。

団長さんもなんで威圧されてるのか分かってないみたいだし。表面上は魔王の言葉を真摯しんしに受け止めてる風だけど心の中の疑問符が丸見えだよ。

うちの子はまだ魔族になってから日も浅いし、ちょっとしたトラブルで聖女だった時よりも精神年齢が下がっている。故に迷惑をかけることもあるだろうが温かい目で見守ってやってくれ」

「ハッ!」

「……」

魔王、言ってることは割とまともなんだけど目つきが完全に団長さんを睨んでる。あとうちの子を強調しすぎだし。

まだ私は団長さんを親鳥認定してるわけじゃないんだし、そんなに敵認定しなくていいのに。さては昔魔王が飼ってたひよこが魔王より団長さんに懐いたりしちゃったんだな?

大人気ない魔王をシラーっとした目で見ていると、魔王が私の視線に気付いた。

「なんだその目は」

「ぴ(べつになんでもない)」

追及されても面倒なので顔をプイッと逸らす。すると今度は少し目を見開いた団長さんと視線がぶつかった。

「ぴ?(どうしたの?)」

「あ、いえ、陛下とそのひよこは随分と仲がいいのですね」

「当然だろう。ヒヨコは我が眷属だぞ」

お、魔王のご機嫌が少し上向きになった。

「そういえばそうでしたね。では、このひよこは大切に預からせてもらいます」

「ああ。頼んだ」

そう言うと、魔王は私を自分の手から団長さんの手の中に移した。

「ぴ」

「では我は執務に向かう。怪我をしないように気を付けるのだぞ」

「ぴ(は~い)」

私の頭を一撫ですると、魔王は執務室に向かった。

そして残されたのは私と団長さん、そして少し離れた所に騎士さん達。

魔王の後ろ姿が見えなくなると、団長さんが少し躊躇いがちに口を開いた。

「──その、昨日はすまなかった。迷惑をかけたな」

「ぴ(いえいえ)」

気にしてないよ、という風に片翼を振る。すると、私の言わんとすることが伝わったのか、団長さんが少し微笑んでくれた。

「これからも迷惑をかけることになるだろうが、よろしく頼む」

「ぴ!(まかせて!)」

私が元気よく鳴くと、団長さんも微笑んだままコクリと頷いてくれた。

うん、この調子で仲良くなれるかも。


仲良くなれるかも──と思った約一時間後、私は団長さん、そして騎士さん達から遠巻きにされていた。みんな心なしかカタカタと震えている気がする。

魔王が思う存分騎士団を鍛えろって言ってたからその通りにしたんだけど、もしかしてまだ早かったかな。まだ完全にはトラウマを克服してなかったのが悪かったのかもしれない。

騒ぎを聞きつけた魔王とゼビスさんが駆け付けてきた。

「これは──」

「騎士団の詰所が穴だらけですね……人型の」

そう、向かってくる騎士さん達を吹っ飛ばしていたら思ったよりも飛んじゃって、詰所の壁を突き破っちゃったのだ。今度から力加減には気を付けよう。

そう決心する私を魔王が摘まんだ。

「いつかやるとは思っていたが、まさか初日から騒ぎを起こすとは思わなかったぞ」

「ぴ(ごめんなさい)」

ちょこんと頭を下げる。

反省だ。

「罰としてヒヨコは詰所の壁を騎士達と一緒に直せ。いいな?」

「ぴ(はーい)」

それから騎士さんや団長さんも、ひよこ一羽に怯えるなと若干お叱りを受けていた。


お昼ごはんを食べた後、私達は詰所の壁を直す作業に取り掛かることにした。

騎士さん達が倉庫から板や釘などを持ってくる。

「ぴ?(まほうでなおすんじゃないの?)」

「ん? ああ、なんで手作業で直すのかって?」

「ぴ(うん)」

木の板を持ってきたリックさんが私の疑問を正確に汲み取ってくれる。

「基本的に魔王城の敷地内にある建物は魔法を通さない素材でできてるんだよ。だから直すのにも魔法は使えない」

「ぴ(そうなんだ)」

防犯とかの理由なのかな?

じゃあ今回は魔法で飛ばされた騎士さんがぶつかったから壁が壊れちゃったんだね。

「ヒヨコ、釘……は打てないか……。てか、できる作業あるか?」

「ぴぴ!(くぎくらいうてるよ!)」

私は足で釘を持ち、リックさんが押さえてくれている板の右下に狙いを定めた。そして嘴で釘をつつく。

コツコツコツコツ

「おお!」

「ちゃんと打ててるな」

「ひよこじゃなくてキツツキだったのか?」

私に釘が打てたことに驚く騎士さん達。

ふっふっふ、ヒヨコの華麗な釘打ちをとくとご覧あれ!

「トンカチで打つよりもヒヨコの方が速いな」

「ヒヨコがんばれ~!」

「ぴ!」

みんなの声援に応え、私はがんばって釘打ちをした。若干乗せられた気がしなくもない。

次はペンキ塗りらしい。ペンキって初めて見たよ。

ペンキ塗りを手伝うべく、ハケを手にしたニックさんの足元にいく。

「ぴぴっ」

「さすがにペンキ塗りはできないだろ」

「ヒヨコも染まっちまうぞ~」

「ぴぴ?」

染まる? それは手軽にイメチェンができるってこと?

ヒヨコ黄色以外になれちゃう?

私は台に乗り、ペンキ缶の中身を上から覗き込んだ。

バシャッ

「「「あ」」」


壁を修理した後、私と団長さんは魔王の執務室に来ていた。

椅子に座っている魔王は眉間にシワを寄せてこっちを見ている。具体的には団長さんに摘ままれ、ぶら下げられている私を見てる。動物が好きなはずなのに、私を摘まむ団長さんの手付きに優しさは感じられない。原因は分かってるから文句は言わないけど。

そして魔王が鷹揚に口を開く。

「ヒヨコ、先程とは随分と風貌が変わったな」

「ぴ……」

魔界の王の視線を一身に集める私の下半身は、ペンキによって真っ青に染まっている。しかも乾いてパリパリだ。出来心でペンキの中に飛び込んだものの、一瞬で救出されたのでこんなことになってしまったのだ。しかもこれまた魔法を通さない特別性のペンキだったらしく、魔法によってきれいにすることはできなかった。無念。

団長さんは怒っているというか、イタズラ心を抑えきれなかった私を叱る意味でぶら下げているようだ。

「すまなかったな。ヒヨコが迷惑をかけた」

「いえ、子どもがやんちゃやイタズラをするのは普通のことなので気にしていません。ただ、今回は一歩間違えたらヒヨコが窒息するところだったのできちんと叱るべきだと思います」

──せ、正論すぎてぴぃの音も出ない。しかも団長さん人が出来すぎじゃない? 団長さんの正論に魔王もちょっとびっくりしてるよ。

「では、私はこれで失礼します。ヒヨコの反省が済んだら風呂に入れてペンキを取ってあげてください」

「うむ。分かった」

それだけ言うと、団長さんは私を魔王の執務机の上に置き、一礼をして魔王の執務室を出て行った。

机の上に置かれた私と魔王の間に一瞬の沈黙が落ちる。……気まずい。

「……ぴぃ」

「ヒヨコ、お説教だ」

「ぴぴ(はい、ごめんなさい)」

その後はもちろん、魔王にこってり絞られました。

内容はやっぱりイタズラをしたことじゃなく、私が危険なことをしたからで、逆にいたたまれなくなった。


「──びぃぃぃぃぃぃ」

「そんな嫌そうな顔するな。いつまでもそのままでいるわけにはいかないだろう」

私は今、魔王専用の浴室にいる。逃げられないように魔王にしっかりと摘ままれて。

これまではひよこの本能がお風呂を嫌がるので清浄魔法で許してもらっていたのだ。だけど今日に限ってはそうはいかない。

魔王が洗面器にお湯を溜めた。湯気がむあっと舞い上がって私を襲う。

うぅ……。

「ぴぃ……」

「鳴き声で同情を誘うな。湯に入れるぞ」

魔王はゆっくりと、下半身が真っ青になった私をお湯の中に入れた。

……ん? 思ったより嫌じゃないかも。案外平気だ。ひよこの体なのに不快感もない。

「ん? そこまで嫌そうではないな。じゃあ石鹸で洗っていくぞ」

「ぴ」

魔王が自然由来のいい匂いがする石鹸を泡立てる。魔王が使うくらいだからきっとお高いんだろうな。いい石鹸なんて使ったことないからちょっと楽しみかも。

ヒヨコは小っちゃいから石鹸の量もちょっとでいいね。

まずは背中部分がモッコモッコと泡立てられた。そして、魔王はその泡を使ってパリパリになったペンキを慎重に取り除いていく。

「ぴぴっ(ごめいわくおかけします)」

「泡が口に入るからあまり口を開くな。それにそなたを飼……眷属にすると決めた時から迷惑を掛けられるのは覚悟している」

今「飼う」って言いそうになったよね。別にいいけど。実際飼われてるようなもんだし。


「──ぴぴ!」

お風呂を終えると、ペンキでコーティングされていたところがすっかりきれいになった。すっきりだ。

濡れた毛も丁寧に乾かされ、フワフワひよこの誕生だ。

「ぴ(まおうありがとう)」

「うむ。ちゃんと礼が言えて偉いな。これに懲りたら、もう危ないことはするなよ?」

「ぴ(はーい)」

フワフワになった私を撫でながら言い聞かせる魔王。

どうやら魔王はふわふわになった私の毛並みが気に入ったようで、これ以降頻繁に私を洗うようになった。