……? なんだろう、何かがおかしい気がする。というか、何かを忘れてるような……。

魔王がはぁ、と大きく溜息を吐いた。

「ヒヨコ、後ろを向いてみろ」

「ぴ?」

私はくるりと後ろを見た。

「ぴ……(あ……)」

魔王の執務室の扉の下の方には、ひよこ型の穴が開いていた。そういえば身体強化をかけたままだった気がする。

この扉、多分高いよね……。

「その扉のことは一旦置いておいて、とりあえず書類をくれるか?」

「ぴ……(はい……)」

私は風呂敷を魔王に渡した。

魔王は風呂敷から書類を取り出すと、パラパラとめくって確認する。

「うん、確かに受け取った。ありがとうなヒヨコ」

魔王に頭を撫でられる。

「ぴぴ!(えへへ)」

「さて、じゃあ次はお小言の時間だ」

「ぴ……」

それから、私は魔王にきちんと前を向いて歩くこと、無闇に物を壊さないことなどをこんこんと言い聞かされた。

怒られはしなかったけど、魔王の小言はとっても長かった……。


魔王の小言が終わって一息ついていると、執務室の扉がコンコンとノックされた。

魔王が返事をすると、扉が開かれて一人の男性が入室してくる。

「入るぜ~。お、ひよこいるな」

「ぴ?」

入ってきたのはドラゴンさんだった。

「ははは、この扉随分かわいい穴が開いてんなぁ」

先程私が開けた穴を見て、ドラゴンさんが笑う。それ話題に出すの止めてよ。また魔王の小言が始まったらどうするの。

「なんの用だ?」

魔王がドラゴンさんに問いかける。

「ひよこが無事におつかいを達成できたみたいだからご褒美をあげに来たんすよ。こんなちびっちぇ~のにしっかりおつかいができるなんてたいしたもんだ」

「ぴぴっ」

ドラゴンさんは私を手のひらに乗せ、片方の手の人差し指で頭をうりうりしてくれた。

「ぴ?」

ドラゴンさんの持っている手提げからなにやらいい匂いがする。なんだろ。

鼻をひくつかせる私にドラゴンさんが気付いた。

「お、これが気になるか。お目が高いひよこだ」

ドラゴンさんは私を一旦机の上に置く。そして、これはお前に持ってきたんだぞ~と手提げに入っていた包みを開封していった。

「ぴぃ?」

「かわいいだろ。あ、陛下もよかったらどうぞ」

「もらおう」

ドラゴンさんが持ってきたのはひよこの形をしたクッキーだった。結構私に似てるかもしれない。ひよこに個体差なんてあんまりないから当たり前かもしれないけど。

ドラゴンさんは勝手知ったる様子で棚からお皿を取り出し、クッキーをその上に盛り付けていった。意外に几帳面というかなんというか……。

「ひよこのご褒美に持ってきたんだから遠慮せずにいっぱい食えよ~」

「ぴ」

香ばしい匂いを漂わせるクッキーにかじりつこうとしたけど、そのまま食べるにはちょっと大きかった。

嘴でクッキーをつつくばかりで中々食べない私を見て、魔王が首を傾げる。

「? ああ、そのままだと食べ辛いか。割ってやるからちょっと待て」

「……」

そう言って魔王はひよこのクッキーを一つ手に取り、真っ二つに割った。私はついついその様子を見詰めてしまう。

……なんか……なんか……。

「何を複雑そうな顔をしているんだ? ……あ」

魔王も私が微妙な気持ちになっている原因に気付いたようだ。その手には真っ二つになったひよこ(クッキー)。

魔王が私そっくりのひよこクッキーを真っ二つにしてる光景は、ちょっぴり悲しいというか、……なんか複雑な気持ちになる。

私の悲しげな視線と魔王の視線が交わった。

「──クッ、我にはもうこれ以上このひよこ(クッキー)を割くことはできん! 我の代わりに割ってくれ!」

「ああ。えっと、なんか二人とも悪かったな……」

ちょっと気まずそうな顔になったドラゴンさんがクッキーを割って私の食べやすいサイズにしてくれた。

「ほら、このサイズなら食えるか?」

「ぴ!」

私はドラゴンさんに返事をしてクッキーの小さな破片を食べた。うん、おいしい。

「ぴぴ!」

「ん? うまかったのか? そうかそうか」

ドラゴンさんがニカッと笑って頭を撫でてくれる。

そこで、席を外していたゼビスさんが戻って来た。

「──ただいま戻りました……って、なんでいるんですかオルビス」

「あ? おつかいができた偉いひよこにご褒美をあげにきたんだよ。子どもは褒めてあげねーとな」

「ああ、お前は子ども好きでしたね」

「あんたも大概だろ」

顔を合わせて早々に睨み合う二人。仲悪いのかな?

「ぴぴ?(まおう、この二人はどういうかんけいなの?)」

「ん? ああ、あの二人は祖父と孫の関係だぞ。ゼビスが祖父でオルビスが孫だ」

「ぴ!?

なんと。びっくりだ。まさか血縁者だったとは。

「驚いただろう。あそこまで仲の悪い祖父と孫も珍しいからな」

「ぴ(うん)」

ゼビスさんはドラゴンさん──オルビスさんのことを品のないドラゴンとか言ってたし。祖父母は孫を溺愛するものって人間だった時に聞いたことあるからちょっと意外。魔族だと違うのかな……?

そんな私の考えを読んだのか、魔王が補足説明してきた。

「魔族の祖父母も大抵は孫溺愛だぞ。あのドラゴン共の関係が例外なんだ」

魔王の発言を耳聡みみざとく聞きつけたゼビスさんが魔王に反論した。

「失礼ですね。私も昔はこのクソ孫のことをかわいがってましたよ」

「ぴぃ?(どうしてなかわるく仲悪くなっちゃったの?)」

「ヒヨコが、何故仲が悪くなったのかと聞いてるぞ」

魔王が私の質問を通訳してゼビスさんに伝えてくれた。ゼビスさんは嫌な記憶を思い出したのか顔をしかめ、オルビスさんは気まずそうに目を逸らした。

「ああ、このクソガキが私の財宝洞窟を破壊しやがりましたので、その時から不仲ですね」

「あれは事故だったし謝っただろうがクソジジイ。なのに大人おとなねぇこのクソジジイは俺の一番デケェ財宝洞窟にやり返しやがったんだ」

財宝洞窟ってなんだろうって思ったらドラゴンが収集した財宝を集めておく洞窟のことで、ドラゴンにとってはかなり大事な場所だって魔王がこっそり教えてくれた。

……話を聞く限り、どっちもどっちな気がするけどなぁ。

「まあこやつらのことは放っておけ。ヒヨコが気にしてやることでもない」

「ぴぴっ(わかった~)」

家族の問題に首を突っ込んでもいいことないって、人間だった時の記憶が言ってる。ここは大人しく傍観を決め込もう。

そう考え、私は魔王が差し出してきたクッキーの欠片を、ぱくんと口に含んだ。