なんなら優しい料理人の誰かがペットとして飼ってくれないかなぁとすら思ってる。

──つまり、私は今優しさに飢えてるのだ。

「ぴ……」

私は卵ケースの中でもぞりと丸くなる。

別に分かってたけどね、そんな簡単に受け入れられないことなんて。でも、まさかみんながみんな、ちょっと困った顔して無視するとは思わないじゃん。

今だって料理人さん達が困った顔してこっちを見てることも気付いてる。お仕事邪魔してごめんね。だけどどこかへ行く気力も、今の私にはないのだ。

「──ヒヨコ」

小さくなっていじけていると、大きな手が不意に私を摘まみ取った。

「ぴ……」

私を摘まんで持ち上げたのはもちろん魔王だ。

魔王はぴょこんと摘まみ取った私を自分の手のひらの上に乗せた。

「ぴ……?」

「ヒヨコ、落ち込んでるな」

「ぴ……」

魔王の言葉に私は小さく頷く。

ちょっとだけだよ。魔界も人界もそんなに変わらなかった。

ただ、期待した分、ほんのちょっとだけ落胆が大きかっただけだ。

私は魔王の手のひらの上で下を向き、ぺしょんと座り込む。

「……ヒヨコ」

「ぴ?」

魔王に名前を呼ばれて上を向いたら、魔王も眉を下げた情けない顔をしていた。

「ヒヨコ、なにもやつらはお前のことを無視したわけではない。ただ単に言葉が分からなかっただけだ」

「ぴ?」

「我はお前の言っていることがなんとなく分かる。だが、他の者にはただのひよこの鳴き声にしか聞こえてない」

我も失念していた、と魔王。

つまり、私は挨拶をしていたつもりだったけど、誰もそれを理解していなかったと。

……な~んだ。

「言葉は分からないがお前が落ち込んで可哀想だと我のところまで報告が上がってきたのだぞ。皆心配していたから、今度また元気良く挨拶してやれ」

「──ぴ!(わかった!)」

どうやら私の心配は取り越し苦労だったみたいだ。

「分かったな。じゃあ今日のところは一旦引き上げるぞ」

「ぴ~(は~い)」

魔王は私を手のひらに乗せたまま歩き出した。その際、ずっと私達の様子を窺ってた料理人さん達と目が合う。

「ぴ!」

通じないのは分かったので、お邪魔しましたという意味を込めて元気よく鳴いておく。すると料理人さん達もおずおずとだけど手を振ってくれた。

それが嬉しくて私も両翼をブンブンと料理人さん達に向けて振った。

またくるね~。


魔王は執務室に戻って来ると、私を自分の執務机に置いた。机でかいな。私何羽分だろ。

ひよこの姿で歩き回って疲れたので私はごろんと横になった。この小ささの生物が横になったところで邪魔にはならないでしょ。

「……」

「?」

魔王がジッとこちらを見てくる。

「ぴぴっ」

ゆっくりと魔王の手がこちらに伸びてきたと思ったら、人差し指でうりうりっと頭を撫でられた。

魔王はこのまま仕事に戻るらしい。お仕事を中断してまで私を回収しに来てくれたのか。もう立派な保護者だね。

魔王は私を机の上に放置したまま書類に向き合い始めた。それを見ていると、私も何か手伝わねばという気になる。

私は書類の右上部分に座った。

「……もしかして文鎮ぶんちん代わりのつもりか?」

「ぴ!(うん!)」

今の私にできることなんてそれくらいしかない。

「……ヒヨコはいい子だな」

「ぴ!」

魔王に褒められると、さらにやる気が出る。

そのまま暫くは文鎮の役目を全うしてたけど、今の私は精神年齢も子どもに戻ったひよこ。

私はいつの間にか、書類の上でぴよぴよと寝息を立てていた。

◇◆◇

ヒヨコは挨拶回りでしっかりと城の者達の心を掴んだようだ。

それもそうだろう、このような小さくて愛らしい生物は我が城にはいなかったからな。それこそピヨ吉以来だ。

特に料理人達は、卵に紛れて丸まっていたヒヨコに胸を撃ち抜かれたようだ。我がヒヨコを迎えに行った頃には皆悶えていた。ヒヨコの食事にはさぞ力を入れることだろう。

しょんぼりと項垂うなだれたヒヨコを見ているだけで、言いようのない罪悪感に胸を締め付けられる。

ヒヨコを摘まむと、何の抵抗もなくぷらーんとぶら下げられた。……かわいいな。このぬいぐるみは商品化したら間違いなく売れるんじゃないか?

ヒヨコを手のひらに乗せ、誤解を解く。するとしぼんでいたヒヨコはみるみるうちに元気になっていった。

ふっくらと元気になったヒヨコは、皆に惜しげもなく愛嬌あいきょうを振りまく。元気よく鳴いて片翼まで振ってやるなんてお前はあいつらをどうしたいんだ。

我はまだ仕事が残っているので執務室に戻り、とりあえずヒヨコを机の上に置く。寝床の籠を取りに行ってやった方がいいだろうか……。

そんなことを考えているとヒヨコがこてんと横になった。うん、かわいいな。

あまりに愛らしかったので、人差し指でうりうりと頭を撫でておく。きょとんとしてるが、さてはこやつ、自分のかわいらしさを分かっていないな?

今度鏡を見せてやろう。

寝転がったまま我の仕事を見ていたヒヨコは、ふと何かを思いついたように起き上がった。そして、てちてちと歩いてくると、書類の上に座り込む。

「……」

むふんとこちらを見てくるヒヨコ。もしやこれは文鎮代わりになっているつもりなのだろうか。

ヒヨコが動かない様子からして多分そうなのだろう。

我の眷属はなんていい子なんだ……。感動でペンを動かす手が止まると、ゼビスに睨まれた。自分だってチラチラとヒヨコのことを見ているくせに。


我が書類をさばいていくのをぼーっと見ていたヒヨコはいつの間にかうつらうつらと舟をこいでいた。暇だったのだろうな。

ついに座っていられなくなったのか、ヒヨコはうつ伏せに寝転がり本格的に寝息を立て始めた。

小さいから邪魔にはならないが集中力が削がれる。起こすのも忍びないからヒヨコの乗っている書類を動かすこともできない。

どうしたものかと腕を組んで悩んでいると、ゼビスから呆れの視線が飛んできた。

「魔王様……」

「ゼビス、お前はこの愛らしいヒヨコを我に起こせと言うのか」

「保護者なら仕事の邪魔しないようにちゃんとしつけてください」

「この子は邪魔をする気でここにいたわけではないだろう。そこまで言うならお前がヒヨコを動かせ。そうすれば我は仕事を再開する」

我の言葉にゼビスは「はぁ?」と言わんばかりの顔を披露した。

「そんなことしたら私がヒヨコに嫌われるじゃないですか」

「お前……」

ゼビスに対してこんなに腹が立ったのは久々だ。というかこやつもしっかりヒヨコの愛らしさにやられていたのか。

仕方ない、我はヒヨコの保護者。

我は魔法でヒヨコの寝床である籠を召喚した。

「……魔王様?」

ゼビスがいぶかしげに我を呼ぶ。

「静かにしろ」

我は禁忌魔術を扱う時のような慎重さでヒヨコを両手に掬い取った。そして綿の上にそっと乗せ、起こさないようにヒヨコの下からそっと手を抜く。ヒヨコはこの間、一度も起きずにすぴすぴと寝息を立てていた。

ヒヨコを起こさなかったことで、謎の達成感が我を包む。

「ふぅ……」

ヒヨコを無事に移し替えて一息ついた我を、ゼビスが何とも言えない目で見ていた。

「魔王様の威厳も何もあったもんじゃないですね」

「……言うなゼビス」

これでも自覚はあるのだ。