目が覚めたら、黄色の毛玉になっていた

勇者に後ろから斬りかかられ、目が覚めたらひよこになっていた。……どういうこと?

文章にするとより一層意味が分からない。

そして、私の目の前には魔界の親玉──魔王がいる。

艶のある漆黒の髪はスッキリと切り揃えられていて、鋭さを感じる瞳はルビーのごとくあかい。どっからどう見ても美形の魔王は、ひよこ視点から見てるからかもしれないけど、人界じゃ中々見ないくらいの長身だった。

「ぴ? ぴぴ?」

やっぱり、いくら言葉を話そうとしてもひよこの鳴き声しか出ない。

そんな私を申し訳なさそうに見ながら、魔王はこれまでの経緯を説明してくれた。

「──というのが、そなたが色んな意味でヒヨコになってしまった経緯だ。全面的に我が悪い。そなたのことは我が責任をもって育てよう」

魔王は、なぜか私を育てる決意をしていた。

ちょっと前までは敵対していた相手だけど、不思議と全然悪い人には見えない。やっぱり話してみないと人って分からないよね。

「……聞いているか? 人の話を聞く時は毛繕いをするものではない」

「……ぴ?」

あれ? いつの間にか毛繕いしてたみたい。おかしいなぁ、自分の本能のままに体が動いちゃう。人間だった頃はこんなことなかったのに。

だけど、魔王は私を注意しつつも怒る気はなさそうだ。人間だった頃ならながーいお説教をされて一食抜かれるところなのに。

なんか調子狂う。

怒鳴られると思い、身を硬くした私を見て魔王がほんの少しだけ眉尻を下げる。

「そんなに怯えずともよい。魔族は人間とは違い基本的に寛容だ。それに、そなたは今思考も幼児退行しているからな」

そうなのか。

魔王に人差し指で頭を撫でられる。

「そなたは人界にいる時は随分窮屈そうだったからな。こちらでは自由に過ごせばいい」

「ぴ……(じゆうに……)」

「そうだ。やりたいことがあったら我慢しなくていい。そなたの力も存分に振るえばいい」

魔王はそう言い募る。

そんな……そんなのって……。

──さいっこーじゃないですか!!

なんてことだ。魔界はもしかして天国だったのかな!?

私は思わず両翼をパタパタさせる。

こんなかわいいひよこにしてもらって、しかも自由にしていいなんて。魔王はもしかして神様だったのかもしれない。

私は今まで信仰する神を間違えてたみたいだ。

急にふんすふんすとテンションが上がった私を見て魔王が首を傾げる。

教会で散々矯正されたから控えめで清廉潔白な聖女をやっていたけど、私は元々やんちゃっ子だったのだ。本当は喧嘩も戦闘も大好きだし、弱い勇者を後ろからちまちまサポートするよりも自分が前線に出て戦いたかった。

魔界なら強者もたくさんいるし、もしや力試しし放題!?

ワクワクと羽をはためかせる私を見て魔王が呟く。

「──なんか嫌な予感がしてきたな」

「ぴ?」

私を右掌みぎてのひらに乗せていた魔王は、左手をそっと私の上に被せてきた。ミニミニサイズの私はいとも簡単に魔王の手の中に閉じ込められる。

魔王は一体、何がしたいんだろう……?

「……はぁ、かわいい……」

「……」

ひよこを愛でていただけだった。そういえば私を眷属にする時に前飼ってたひよこのことを思い出してたんだっけ。

この魔王、意外と俗っぽいというか、魔王に言うのもなんだけど人間味がある。ひよこ好きだし、私の眷属化で失敗するし。

魔王は私の上から手をどけると、そのまま流れるように私を懐に入れた。魔王なのにぬくいね。

やっぱり、人は接してみないと分からないもんだなぁ。人じゃないけど。

その日は、魔王が用意してくれた寝床で眠りについた。全然寝付けないかなと思ったけどぐっすりだったね。我ながら適応力の高さにビックリだ。


「ぴ」

ぴょこんと飛んでかごから脱出する。

私のために用意された寝床は綿の敷き詰められた籠だった。本来は大きなベッドが用意されてたんだけど、ひよこの姿では逆に寝づらいだろうということで急遽この寝床が用意されたのだ。ちなみに寝心地は抜群。

さて、これからどうしよう。

好きに過ごせとは言われたけれど、その前にこの体に慣れなければ何もできない。

──そうだ、散歩がてら挨拶回りに行こう。

私も正式に魔族の一員となったからにはいろんな魔族と関わることもあるだろう。魔族と直接戦うこともしばしばあったのでもしかしたら顔見知りの人もいるかもしれないけど、とりあえず挨拶はしておいた方がいいよね。

私はその旨を朝食の席で魔王に伝えてみた。魔王は私の育児を担当するから朝と夜は一緒に食事を摂るんだって。

「挨拶回り……まあいいだろう。城内は好きに歩いていいからとにかく踏みつぶされないように気を付けるのだぞ?」

「ぴ!(は~い)」

魔王の注意に素直に返事をし、私は用意された朝食を小さな嘴でつついた。私の食事はひよこ用のものではなく、人間だった時に食べていたのと同じようなものだ。

「……」

「ぴ?(なに?)」

魔王がなにやら私の食事風景をジッと見つめてくる。

「あ、いや、そなたが目玉焼きを食べているのが違和感というか、なんだか落ち着かなくてな……」

なるほど。ひよこが目玉焼きを食べている光景……うん、たしかに奇妙だ。傍からはあんまり見たくない。

まあ、私はただのひよこじゃないから美味しく食べるんですけどね。


お腹も満たされたので、私は魔王に向かって右翼を振り、挨拶をする。

「ぴ!(いってきま~す)」

「くれぐれも気を付けて行くのだぞ。遅くなっても夕食の時間までには帰ってくるように」

「ぴ(は~い)」

魔王は二日目にしてすでに父親ポジションが板に付いている。

「踏まれぬようにできればずっと鳴いておけ。そなたは普通に歩いていたら気付かないくらい小さいからな」

「ぴ」

過保護かて。

魔王の忠告にお返事をし、私は部屋を出た。

「ぴっぴっぴ、ぴっぴっぴ」

とりあえず保護者の言うことは聞いておくが吉。私は鳴きながらてちてちと廊下を歩いていた。

未だに誰とも遭遇していない。

「ぴっぴっぴ」

ひよこになってしまった私の歩幅は小さく、中々前に進めない。ちまちまと歩いてお散歩するのも悪くないんだけど、このペースだと誰にも会えないんじゃ……。

……ちょっとズルしちゃお。

「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ」

爆速で廊下を駆け抜けるひよこ。もちろん魔法を使用している。

人間だった頃とちょっと勝手が違うから、加減を間違えた気がしなくもないけど……まあ問題ないよね。

ブオンブオンと風を切る音を立てながら爆走していると、ついに人影が見えた。

「ぴ!」

私は急ブレーキをかけてその人影の前に止まる。爆走していたところで急に止まったから、ブオンと突風が吹いた。

人影は男性だった。鋭い牙が出ているのできっと吸血鬼だろう。

「ぴ! ぴぴぴ!(こんにちは! ヒヨコです! きょうからよろしくおねがいします!)」

「?」

吸血鬼は首を傾げるばかりで返事をくれなかった。まあ、私はつい昨日まで魔界勢力と敵対していた聖女だから無視されてもしょうがない。

よし、次いこう。

私は再び走り出した。もちろん私は賢いひよこ、魔王の言いつけも忘れない。

「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ!」

私は階段を颯爽と駆け下りて次のフロアへと向かった。


「魔王様、報告という名の苦情が届いております」

「む、なんだ?」

我に苦情だと?

「ソニックブームを起こす勢いで廊下を爆走するひよこが、遭遇した一人一人の前で止まってはぴっぴと鳴いてくる。そこまではいいが、誰もひよこの言葉が分からず返事ができないので後半になるとひよこがしょぼくれていっている気がする。可哀想だから何とかしてほしいとの苦情が」

「……すまん」

うちのヒヨコがすまない。そして我もすまん。

ヒヨコは我直属の眷属だから、我はなんとなく思っていることが分かる。だが、他の者はそうではないからな。我とは普通にコミュニケーションがとれるから、ヒヨコは魔族とは鳴き声だけでも会話が通じるものだと思ってしまったのだろう。

「割と落ち込んでるみたいですよ?」

「……回収してくる」

まだ仕事は残っているが、ゼビスも見逃してくれるらしい。

我は席を立つと、急いでヒヨコの許へと向かった。


「……」

厨房の卵の列に紛れる私。卵のケースは中々私の大きさにぴったりだった。ちょっと前までは卵だったもんね。……違った、ちょっと前までは聖女だったわ。ひよこの自覚が芽生えすぎてるね。

だけど、卵ケースは私にぴったりフィットしていた。居心地も悪くないし、ここなら誰も私が元聖女のひよこだとは思うまい。

私は今、うっかり卵が一つ孵化しちゃった状況を演出してるのだ。