
王宮で始まった勇者クレスの反乱から
ヨルムンガルドに取り込まれていたクレスやヘルは無事であったが、
王宮側としても今回の騒動の首謀者である彼を許すことなどできるはずがなく、魔王を名乗るヘルと共に処刑の声が広がっていた。
そんな中で待ったをかける者が二人。
「俺は、クレス・アストライアの助命を願います」
「まあ落ち着けお前たち。貴族としての品位が失われているぞ?」
一人は今回の騒動を解決に導いた英雄グレンの息子であるシズル。
そしてもう一人は王国の第二王子ジークハルト。
権力的にも、実力的にもこの二人の声を無視することは大貴族たちであっても難しく、かといって無罪放免など許されるわけもない。
「……むむむ」
「……」
黙り込みながら、それぞれの顔色を
そんな中で王国の宰相が口を開いた。
「……シズル・フォルブレイズよ。なぜこの男の助命を願う? 元勇者という功績、と言うには今回のことはあまりにも罪が重いぞ」
「クレスは、たった一人で世界を守り続けていました」
未だ目を覚まさないクレスであるが、シズルはたしかに聞いたのだ。
二十年近く前から、世界蛇ヨルムンガルドは復活を遂げようとしていたことを。
そして、それをたった一人で防いでいたことを。
「それに、建国の母である光の大精霊アストライアも、クレスの死は望んでいないと思います」
ヨルムンガルドの存在に気づいたクレスと光の大精霊アストライアは、自分たちの身体を封印の
結果、アストライアはクレスに己の力のすべてを託して消えることになるが、それもすべては自身の子であるアストライア王国を守るためだ。
本来は大精霊がいなくなれば次の大精霊が生まれるのだが、クレスの中でその力を残しているためそれもなく、ただ力として残ることは、どれほどの恐怖だっただろうか。
決意したのは母として、この国を、人を守りたいという強い
「勇者クレスを処刑するということは、その中で眠る光の大精霊を殺すことと同義です。アストライア様に対して、いったい誰がそのような役目を担えるというのでしょうか?」
「むっ……」
その言葉に宰相が目に見えて動揺する。
シズルの言葉が間違いでないことを理解しているからだ。
「彼がいなかったらこの国も、魔王領もすべて世界蛇によって滅ぼされていました」
「たとえそれが事実であったとしても、この国に牙を
相手はかつて、多くの神々の力をもってようやく封印できた化け物だ。
クレスはただの人間でありながら、一人で二十年近くもの間、
普通なら不可能な偉業と
「……」
それは宰相もよくわかっていた。
なによりクレス・アストライアは宰相にとって子どものときから知っている友人だ。
彼がどれほどの善人だったかもよく知っているし、彼が生きているだけでどれほどの恩恵を王国が受けるか、よくよくわかっている。
だがそれでもクレスは『王国にとって』
そしてその役目は、長く王国の光も闇も担ってきた己の役目だと言いきかせて口を開こうとした瞬間、ジークハルトが立ち上がった。
「どうだ宰相。私の言った通りになっただろう」
「ジークハルト様……本当に
「これで賭けは私の勝ちだな」
王国の政治を一手に担う宰相に対して、まだ貴族院を卒業したばかりの若者が不敵に笑う。
いったい彼らの間でどんな取り決めがなされていたのかシズルは知らない。
ただわかるのは、相変わらずジークハルトは裏でなにかしら暗躍していたらしい、ということ。
「……」
「……」
王国の政治をすべて担う宰相と、第二王子でありながら次期国王に最も近いと言われているジークハルト。
二人が互いに
だが、宰相が小さくため息をついたことで、場の空気が少し緩んだ。
「いかに反逆者であったとしても、さすがに建国の母である光の大精霊様と、その契約者を殺すわけにはいきませんか……」
宰相は国王を
「それではシズル・フォルブレイズからの助命請願を受け入れよう」
「っ──!? ありがとうございます!」
「ただし! これほどの事件を起こしたのだ。元勇者のクレスは国外追放。そして王位継承権を
それは、ほぼ無罪ということと同意だった。
王国としてもクレスという存在は扱いかねるのか、判断に困ったことだろう。
とはいえ、おかげでクレスの命が助かったことにシズルがホッとしていると──。
「そして! シズル・フォルブレイズ!」
「……ん?」
突然名前を呼ばれたシズルは
その隣では、ジークハルトが愉快そうに笑っていた。
どうやら彼はなにかを知っているらしく、学生時代の彼がこういう笑いをしているときは、たいていが厄介ごとを持ち込んできたときで──。
「貴様も貴族院を卒業し一人前の貴族となった! さらに今回の功績を踏まえて、一人の貴族として独立することを認め、侯爵位を授ける」
「……は?」
「それに伴い、シズル・フォルブレイズは今後シズル・イシュタール侯爵として勇者クレスの代わりに魔族領イシュタール全体の統治を命ずる! さらにクレスの目付け役として、もし今後も反逆の意思ありと判断すれば王国の代わりに貴様が断罪するように!」
こちらがなにも言えないまま、矢継ぎ早に情報を出していく宰相。
シズルが気づいたときにはすでにすべてが終わっていた。
フォルブレイズ侯爵家次男のシズルはいつの間にかイシュタール侯爵当主シズルとなり、魔族領を統治することに。
「……え?」

反論とかそういうことを一切することもできないまま会議が終わり、扉を出る。
すると近くで待機していたらしいルキナが慌てたように近づいてきた。
「シズル様!」
「あ……ルキナ」
「あの、その!」
焦っているせいかしどろもどろになりながらも、必死に言葉を紡ごうとしていた。
そんな彼女を落ち着かせるように軽く肩に触れる。
「どうしたの? 俺のことなら──」
「グレン様が……グレン様が目を覚ましました!」
「っ──!?」
その言葉に、シズルは思わず駆け出してしまう。
王宮医たちによって治療を施されていたグレンは、イリスのおかげで傷口こそ
原因は不明。おそらく突然の出来事に精神が死を認識してしまったのではないか、というのが医者たちの見解だ。
このまま目を覚まさないことも覚悟してほしい、そう言われていたのだが──。
「あっ……」
「おうシズル」
扉を開くと、母であるイリーナと義母であるエリザベートによって抱きしめられながら、いつものように笑う父の姿。
つい先ほどまで生死を
「父、上……!」
シズルはゆっくりとした足取りで歩く。
そうしてベッドの横まで行くと、不意にその頭を
「よくあのバカを止めてくれたな。お前は、俺の自慢の息子だ」
「っ──はい!」
たったそれだけの言葉が重く、そして
すぐ隣で嬉しそうに泣く母とエリザベート。そんな彼女たちをグレンは抱きしめた。
プライドの高い義母も、そして母も子どもの前で泣くことは良しとしないだろう。
それがたとえ嬉しい出来事であっても同じこと。
シズルは軽く二人の婦人を見て、そして改めてグレンを見る。
「父上、ご無事でよかったです……とはいえ、このままだと俺は邪魔者ですね。ということでこれで失礼します」
「悪いな」
「いえいえ……それではごゆっくり」
軽い口調でグレンにそう告げると、シズルは扉の外に出る。
そうしてゆっくりと扉にもたれかかるように座り込み──。
「よかった……」
一人静かに涙を流すのであった。
そうしてしばらくして、シズルがグレンの部屋から離れると、廊下にはジークハルトが
学園でも
彼自身が楽しむためだけに、色々とちょっかいをかけてくるからだ。
ただ今回に限っては自分たちのために裏で色々と暗躍をしてくれていたらしく、結果的にシズルはフォルブレイズ領を救うことができた。
そのことに対して感謝こそすれ、邪険にするような恩知らずにはなりたくないと思う。
「ジークハルト様」
「なんだイシュタール侯爵」
「その呼び方はできればやめてほしいんですけど……」
からかうような口調に、シズルは思わず顔を
これから一人の貴族として独立することが決まっているとはいえ、さすがにまだ心の準備もできていない。
なにより自分のことだという実感がないのだ。
「ふっ、ではまだフォルブレイズと呼ぼう。先ほどの会議は傑作だったぞ」
「……」
戸惑っているシズルや宰相の勢いに呑まれていた他の貴族たちと違い、この男だけはずっと楽しそうに笑っていた。
それは自分の思い通りに動いている者を見て満足しているような、そんな表情だ。
「結局ジークハルト様はなにがしたかったんですか?」
シズルはずっと疑問に思っていた。
わざわざ戦場についてきたこの王子は、到着早々エステルと共にどこかに消えてしまった。
そうして気づいたときには無傷で
「なに、貴様の力を
「俺の……?」
「ああ。私はこの腐敗した王宮を一掃する。そのためには手駒が必要だ……だからこそ学園では見られなかった貴様の本気をどうしても見たかった」
それは、ジークハルトが初めて見せる本心。
シズルは彼の瞳を見て、
「……それで、結果はどうだったんですか?」
シズルの問いかけに、ジークハルトは軽く肩を
「想像以上すぎて、私の手には負えないことがよくわかった。ゆえに、フォルブレイズには王国からは離れてもらうことにしたのだよ」
「なるほど……」
そこから語られるジークハルトの話は、政治に疎いシズルからすれば一生関わり合いたくない内容だった。
自分がクレスを倒そうと必死になっているころ、彼はずっと王宮の貴族たちを相手に暗躍をし続けていたらしい。
「別に元から邪魔をするつもりはなかったんですけど」
「貴様になくても、周りはそうは思わないからな。シズル・フォルブレイズというのは王宮において劇薬だ。その力を利用したいと思う者はごまんといる」
そんなジークハルトの懸念により、シズルの爵位は当初の予定よりも位が上がり、この国から追い出される結果となった。
もちろんシズルの国外放出に関しては反対する者も多かったという。
だがしかし、シズルの力はまさしく神のごとく。
その力は民衆からすれば崇拝するに値するが、権力者たちにとってはそうはいかない。
特に、王として民の上に君臨する者たちにとっては余計な存在でしかないものだ。
いずれその力に目が
そしてシズルの怒りに触れるだろうというのが、ジークハルトと宰相の考えだった。
「私の隣でその力を振るう姿も、見てみたかったがな」
語り終えたジークハルトはそう言うと、そのまま背中を向ける。
もしも彼が今この国の王であればきっと、シズルの力が内部に向くようなことはしないだろう。
だが残念ながら、今の彼はただの第二王子であり、王ではなかった。
「ジークハルト様」
シズルが呼びかけるとジークハルトは足を止める。
「いずれ俺たちの道が交わるときが来たら、そのときは『友達』として助けますよ」
「……そうか」
背を向けているので彼がどのような表情をしているのかはわからない。
ただなんとなく、いつも通り不敵に笑っているような気がした。
「さて……」
ジークハルトの背を見送ったシズルは、彼とは真逆の方へと歩いていく。
クレス・アストライアが目を覚ましたという報告を受けたのは、それからすぐのことだった。
まるで友人であるグレンを斬った
「うわ……すごい人」
シズルがクレスの部屋に近づくと、すでに目が覚めたという
ここで自分が姿を現せば、また貴族たちが騒がしくなりそうだ。
そう思って少し距離を置いていると、遠くから車椅子で近づいてくる父の姿が見える。
グレンの車椅子を押すのは母であるイリーナ。横にはエリザベートが付き添っていた。
かつて足が動かない母の車椅子を押すのは、グレンの役割だったはずだ。
今はその逆で、イリーナがグレンの車椅子を押していた。
「母上……」
父の背中を押す役目は誰にも譲らないという、イリーナの気持ちがシズルにも強く伝わってきた。
そんな母の姿を見て、シズルはなんとなく目頭が熱くなる。
「ぐ、グレン様!?」
「なぜここに!? まだ目を覚ましていないという話では!?」
どうやらグレンが目覚めたことを知る者はまだあまりいなかったらしく、クレスの部屋の前に集まっていた貴族たちは焦ったような声を上げる。
どうやらあまり良い理由で集まったわけではないらしい。
「よおテメェら。
「あ、ははは……もちろんですとも」
「そ、そういえば大切な仕事がまだ残っていたのだった……」
グレンが睨みつけると、貴族たちは
どう見ても珍獣ではなく猛獣を見たときの反応だ。
「さてっと……おいシズル! テメェもそんなところにいねぇでこっち来い!」
「あ、はい……」
シズルが近づいてきたことを確認したグレンは、そのままイリーナに車椅子を押されてクレスの部屋の中に入っていく。
それについていくと、並んだベッドの上で横になるクレスの姿があった。
長い間寝たきりになっていたクレスは最初に出会ったときに比べて痩せこけている。
しかしそれでもどこか
「やあグレン」
「おう……ずいぶんと色々やってたみたいだな」
「あはは、まあね」
二人はそれだけ言うと、しばらくお互いを見合って黙り込む。
部屋にはそれなりの人数がいるが、しかし誰も言葉を発しない。
なぜなら、今この瞬間は『英雄』と『勇者』の二人のための時間だとみんなわかっているから。
そんな静寂を最初に破ったのは、やはりグレンだった。
「ったく、なんでそんなになるまで一人で思いつめるかね、お前は」
「だってグレンには家族がいたからさ。これ以上僕のわがままに付き合わせるわけにはいかないと思ったんだよ」
それはまるで長年連れ添ってきた兄弟のようだった。
「お前も家族みたいなもんだろうが」
「……そう、だね。グレンは僕にとって一番の親友で、家族みたいなものだった」
「わかってんじゃねえか。だったら遠慮なんてせずに最初から頼れよ。中途半端なことすっから、俺が斬られる羽目になったんだろうが」
「……ごめん」
「謝んじゃねえよ馬鹿が」
まるで冗談のようにグレンは自分の斬られた腹部を
そこには未だに深い傷跡が残っているはずだ。なにせ生死を彷徨うほどの傷で、決して冗談交じりに話せるようなものではない。
だがしかし、グレン・フォルブレイズというのはそんな『普通』からは大きく外れた英雄だ。
本来なら悪態をついて
「ったく……俺の人生で一番でかい傷作りやがって。昔の戦場でもこんなのできなかったのによぉー」
「ごめ──」
「だから謝んなって。冗談だよ冗談」
カッカッカ、とグレンは快活に笑いながら、ベッドの上に座るクレスの背中をバシバシと叩く。
「うっ……」
「まっ、世界を救った勇者クレスに斬られた傷っつーなら勲章みたいなもんだ。だからよ、もしほんの少しでも俺に悪いと思ってんなら、今すぐ笑え」
「えっと……」
いきなりの要求に困惑するクレスに対してグレンは思い切り彼の両
「ぃっ!?」
バチンなどという
痛みで顔を
「ま、これでチャラってことにしておいてやるよ」
「はは……君って本当に、なんというか……」
呆れたような、嬉しそうな、そんな色んな感情が織り交ざった笑い。
「ようやく笑ったな。んじゃ、俺の役割はこれで終わりだから、あとはのんびりしてな」
「うん……ありがとうグレン」
「おう」
それだけ言うとグレンはイリーナに向けて軽く手を上げる。
母は車椅子に手をつけると、そのまま部屋の外へと向かっていった。
残されたシズルはというと、隣で部屋から出ていかないエリザベートを見てすごく気まずかった。
もっと言うと、なんで出ていかないんだろうとすごく怖かった。
「……えっと、
エリザベートはガツン、カツン、と音を立ててゆっくりとクレスに近づいていく。
それがなぜか処刑人が近づく音に思えて、シズルは自分のことではないのに背筋が凍る。
「え、エリザベート……さん?」
父の友人であるクレスはエリザベートとも知り合いだというのは聞いたことがある。
年齢も近く、王族と上位貴族であることもあり、幼いころからの友人であったという話だ。
そんな彼女の
だからこそ、クレスはそんな義母を見ながら完全に顔を引きつらせていた。
エリザベートがゆっくりと手を振り上げる。
「とりあえず、歯を食いしばりなさいっ!」
「──っ!?」
凄まじい
見事な平手打ちだ。これ以上ないほど
そんなシズルの心境はともかく、彼女は両
「まあ、私からはこれくらいでいいでしょう」
「……これくらい?」
シズルはベッドの上で倒れるクレスを見る。かつて勇者と呼ばれた男は、起き上がる気配がなかった。
「なにか?」
「いえ! なんでもありません!」
ギロリと睨まれて
そうしてエリザべートはそれ以上なにも言わず、黙って部屋から出ていった。
「……ひどい目にあった」
「まあ、自業自得ということに、しておきましょう」
エリザベートが去ったことを確認したクレスは苦笑しながら起き上がる。
そしてシズルと向き合うと、頭を下げた。
「シズル君、色々とすまなかったね」
「……」
「僕は勇者と呼ばれる者でありながら、すべてを君に託してしまった」
「いいですよ。そのおかげで俺は、自分が生まれてきた意味を知ることができましたから」
「そうか」
シズルの言葉の意味を、クレスが知ることはない。だがそれでも、彼はそこに込められた想いを受け取って微笑む。
「それに世界蛇ヨルムンガルド。あれを倒すのは俺の役目だった。ただそれだけです」
世界を滅ぼすためだけに生まれてきた蛇。そしてそれを倒すために生まれてきた自分。
シズルはただ一人、あの蛇の理解者であれたと思う。
だからこそ最期のとき、ヨルムンガルドは心穏やかにいられたのだろう。
「それに、今後クレスさんは俺の監視下に入ります。言っておきますけど、楽なんて絶対にさせませんからね」
「ああ、そうだったね……」
少し遠い目をしているのはきっと、この瞬間を迎えられるとは思っていなかったから。
クレスはシズルに世界を守ることを託した『先の未来』を見ていなかったのだろう。
だが──未来は訪れた。
「父は貴方を許しました。そして俺の家族もみんな許しています。だから一人で贖罪の気持ちを抱える必要なんてありません。その分だけ、働いてください」
「そうだね。これからは……みんなが笑える未来を作るために頑張ろうかな」
「なら──」
シズルは少しだけクレスから離れると、自分の影を見下ろす。
「まずは、ずっと貴方を支え続けてきたこの人が笑える未来を作ってくださいね」
その言葉と同時に、一人の女性が影から飛び出してくる。
「クレス!」
「っ──!?」
ヘルはもう二度と離さないと言わんばかりに力強く抱きつく。
その姿はとても魔王と呼ばれるような存在ではなく、ただ一人の男を想う女性の姿だった。
シズルは二人に背を向けて外に出る。
「……アンタ、甘すぎるんじゃない?」
「そうかな? でもあの二人ならもう大丈夫だと思うよ」
「そう……まあいいけど」
影から少女の声が聞こえてきたので返事をすると、少しだけ彼女は呆れた様子だ。
そうしてルージュの気配が消える。
「甘いのはルージュも一緒だと思うけどなぁ」
かつて魔王を操り王国と魔族領を混乱に陥れた闇の大精霊。
そんな彼女によって家族も故郷もすべてを失ってしまったのが魔王ヘルだ。
だからだろうか、どうもルージュはヘルのことを気にかけている様子がところどころ見受けられた。

それは大精霊らしからぬ想い。本来の彼女たちは、自分の気に入った者以外には興味など持たない存在なのだから。
もっとも、それをあえて指摘する必要はない。変化というのは誰にでもあるのだから。
たとえそれが悠久の時を生きる存在であっても、である。
「変化、か……」
自分はこの世界に転生して、どんな変化があったのだろうかと思い、それが意味のないことだと思い直す。
なぜなら、変化というのは自分でどう変わったかを意識するのではなく、他者から見てどう変わったかが重要なのだから。
「シズル様!」
「ルキナ」
一人でそんなことを考えていると、ルキナが迎え入れるように近寄ってくる。
変化という意味では、彼女こそいい方向に変われた存在だろう。
そしてきっと、自分も彼女のおかげで変われたはずだ。
この自分のことをずっと見守ってくれる
思わず、彼女を優しく抱きしめる。
「あ、あのシズル様?」
「ん……ちょっとだけ」
「……はい」
王宮の廊下ということもあり、周囲には貴族や騎士たちが歩いている。
彼らは突然の出来事に目を丸くしてこちらを見ているが、関係ない。
今はただ、彼女の