己こそ地上の支配者と名乗る大魔獣、地上の底にふたされた魔界から神にあらがう悪魔たち、神でありながら神を裏切る者。

 現代とは比べ物にならない強大な力を持つ者たちが神を引きずり降ろそうと戦いを挑み、そして敗北していく。

 最強は神である。全能は神である。

 そんな神の時代において、すべての神々を滅ぼそうとする者が現れた。

 もしも、その存在が神だけを滅ぼすのであれば、世界は大きく変わったかもしれない。

 だがしかし、生まれ出たそれの目的は『この世界のすべてを滅ぼすこと』。

 ありとあらゆる種族にとって『絶対の悪』として生まれ出たそれは、神の中でも最強と呼ばれる雷神を二度も退ける。

 だからこそ──。


「世界蛇ヨルムンガルド……お前は強すぎたんだね」

『……』

 ヨルムンガルドはこれまで暴れていたのがうそのように静まり返り、そして空を見上げる。

 世界を覆い尽くすほどに巨大な魔法陣が、白い雷撃をほとばしらせながらどんどんと広がっていっていた。

 それは停滞と荒廃を進み続けていた世界しか知らない世界蛇にとって、どこまでも美しい空。

「強すぎたから、神以外もすべて敵になって、孤独になった……」

 シズルは神の時代を知らない。このヨルムンガルドがどういう理由で神々と戦い続けたのかも知らない。

 自分たちの間には、これ以上の言葉など必要がないのだから。

 ヨルムンガルドは空に向かって大きく口を開く。

 そこに込められた魔力はこれまでとは違い、禍々しさなど欠片かけらもない、ただ純粋な力そのもの。

 まるで天から見下ろす神を倒そうとするかのように、その破壊の力を解き放った。

「……『雷神の怒りトールハンマー』」

 シズルは小さくつぶやく。

 その瞬間、雷を纏った魔法陣から解き放たれた雷の柱がゆっくりと落ちていく。

 それはヨルムンガルドの破壊の力とぶつかるが、わずかも止まることなく地上へと向かっていき──。

…………

 一切の抵抗を許さず、ヨルムンガルドはその雷の魔法陣によって押し潰されていく。

 潰れゆく中で、その蛇はなにも声を上げずにただ静かに己の敗北を認めた。

 ただ宿敵の力を認めてまっすぐ、一度も視線をシズルかららさずに大地にかえっていく。

 キラキラと白とあおの雷が魔法陣を照らしながら、凄まじい大轟音と白い閃光が天に向かって逆流するように伸びる様はあまりにも幻想的で、王国中のすべての人々が天を切り裂く光の柱を見上げていたという。

 そうして一瞬の空白のあと、世界は何事もなかったかのように動き出す。

「じゃあ、またいつか」

 シズルはそれだけ言うと、ルキナとイリスに支えられながら、ゆっくりと地上に降りるのであった。


      


 そんな三人組を遠くから見ている者たちがいた。

「……ふ、あれが神に選ばれしの力か」

「うへぇー。あんなのまともに喰らったらいくら私でも一瞬で蒸発してジューッて消えちゃいますねー……こっわぁぁぁ」

が出ているぞエステル。まあ、今後はフォルブレイズを怒らせないように気をつけよう」

「あのですねジーク様、そんな悪い笑い方してたら説得力皆無ですよー」

 アストライア王国第二王子ジークハルト・アストライア。そしてその護衛であるエステルは、先ほどまでの戦いを思い返しながら笑い合う。

 あれほどの戦いの後だというのに、二人の間にはまるで恐れなどなかった。

 それは決して、自分たちの方がシズルよりも強いと思っているといったような、そんな話ではない。

 ただこの二人は根本的に、人が持つべき感情が欠落しているだけだ。

「それでどうするんですかー?」

「ん? どうするとは?」

「わざわざこんな西の果てまで来たのはフォルブレイズ様の力を見極めるためですよね? だから、これからどうするのかなぁって」

 エステルの質問は端的に言えば、シズルの力を自分の派閥のものにしないのか? というもの。

 貴族院まで卒業したジークハルトには今後、王宮に長年巣くうもうりょうたちとの戦いが待っていた。

 そのとき、シズル・フォルブレイズという最大級の戦力を味方につけることができれば、どのような敵が待っていようと簡単に打ち砕ける。

 当然、権力者であれば誰もが喉から手が出るほどに欲しい力。

 だが、ジークハルトは微笑むだけで首を横に振った。

「あんな力、私に制御できると思うか?」

「思いませーん。ジーク様ってなんでもできるようなふりして、最後の最後でポカやって自滅するタイプですしー」

「……まあ私のことは置いておいてだ」

 ジークハルトは再びシズルを見る。

 闇のちょうあいを受けた少女と、風の祝福を持つ少女に支えられながら立つ姿は弱々しいが、それでも──。

「私が目指しているのは『王』だ。それは人によって選ばれ、支えられることでなることができるもの」

「へぇ……それじゃあフォルブレイズ様は?」

「あれはみかど。人ではなく、神によって選ばれ支配し君臨する者だ。ゆえに、王が帝を下につけるなど、あってはならないのだ」

 それだけ言うと、ジークハルトはシズルたちに背を向ける。

「帝、帝ねぇ……それじゃあフォルブレイズ様は、さしずめ『雷帝』ってところですねー」

「雷帝か……ふふふ、それはいい」

 ジークハルトはエステルの言葉に、いいことを思いついたと言いたげに笑う。

「あ、またジーク様が悪い顔をしてる」

「なに、今の私とフォルブレイズの道が交わることは決してない。だがもし交わるときが来たら、きっと私は……」

 そこで言葉を切ったジークハルトは、ゆっくりと空を見上げる。

 そこにはすべての雲が吹き飛ばされ、広大な空だけが広がっている。

「くふふー、ジーク様ったらすごい嫉妬してますねー。あぁ……」

 エステルはこうこつの表情をしながら、ジークハルトの背中を見つめる。それはまるで美丈夫に恋する乙女──。

「なんて美味なのかしら」

 ──などではなく、極上の獲物を目にした肉食獣のような瞳だった。

 そんな彼女の足元には、小さな黒い蛇が這っている。

「あらぁ? くふふ……こんなに小さくなっちゃって……」

 エステルが蛇をつまむと激しく暴れだす。

 だがそんなものは知ったこっちゃないと、彼女はそのまま小さな口を大きく開けて、ごくりと丸飲みしてしまう。

「まっずぅ!」

 そして苦虫をつぶしたような顔をしたあと、不思議そうに首をかしげた。

「おかしいなぁ? 宿敵である雷神の系譜に負けたのに、全然嫉妬してないなんて……せっかくジーク様から極上の嫉妬をもらったところだったのに……」

「エステル、なにをしている。来ないなら置いていくぞ」

 頭の上にハテナを何個も浮かべていると、少し離れたところで立ち止まっているジークハルトが声を上げた。

「あ! ジーク様! 行きます行きます! エステルは貴方様についていきますよー! だから嫉妬してくださーい!」

 ふと、エステルが後ろを振り向く。そこにはすべてを解決して笑顔になった青年たち。

「神に選ばれた雷帝と、悪魔に魅入られた魔人……その道はきっと交わることはないんでしょうねぇ」

 でも、とエステルは小さく呟く。

「いつかそんな日が来たら、私は全力でジーク様を応援しまーす!」

 そうしてジークハルトの腕に飛びついたエステルは、たのしそうにわらうのであった。