シズルが会議室で怒りを見せたときと同じ時間。

 フォルブレイズ領最西部に位置する城壁都市マテリアでは、燃え上がるような深紅の髪を持つ青年が、白いマントをなびかせながら西の軍勢をにらみつけていた。

「……ち、これが魔王軍か」

 王都にてグレン・フォルブレイズが倒れ、そして新たに領主となり戦場の最前線に立つホムラは、現状の厳しさに歯を食いしばる。

 魔の森にむ魔物レベルではない、はるかに強大な力を持った魔物たち。

 それが万の軍勢となり、このフォルブレイズ領に襲いかかってきた。

 グレンがいないとはいえ、フォルブレイズ領の戦士たちは王国随一の強さを誇る。

 それでも戦力差は大きく、かなり厳しい戦いを強いられている状況だ。

「領主っつーのは、キツいもんだぜ……」

 ホムラとしては一兵士として敵を燃やし尽くしたいところであるが、自分の立場も理解していた。

 この状況で、自分が戦場の中にいられないこと。

 そして死地に足を運ぶ戦士たちを見下ろしている自分ががゆくて仕方がない。

 自分がただ傷つくなら、いくらでも耐えられる。

 だがしかし、今本当の意味で傷ついているのは、兵士や冒険者とはいえ、フォルブレイズ領の民なのだ。

「親父もこうなるのが嫌だったから、一人で戦場に出たのかもな」

 自身の憧れる英雄の物語は、フォルブレイズ領では笑い話にされることが多い。

 それはグレンの活躍があまりにも破天荒すぎてたらだからだ。

 だがホムラはそんな出鱈目な物語が好きだった。憧れだった。

 いつかそうなりたいと思い続けていた。

「……ままならねぇもんだ」

「おいホムラ! お前こんなところでなにをしている!」

 不意に背後から聞こえてくる女性の声に、ホムラは振り向く。

 そこには美しいエルフの戦士が、瞳を鋭くしてこちらを睨んでいた。

「ロザリーか。別に、ただ見てるだけだよ」

「そんなところで見ていたらお前、絶対に我慢できなくなるだろ。さっさと作戦室に戻れ」

「……そうだな」

 すでに年も二十を超え、立派な青年となったホムラの顔つきはせいかんだ。

 隣を歩くローザリンデも年を重ねるごとに魅力を増していき、二人が城内を歩くだけで周囲は男女問わずれるように動きを止める。

 そんな二人が会議室に入ると、グレンの代から仕えている壮年の将軍たちが激しく状況を言い争っていた。

 発端となったのは、一つの手紙。

「エリザベート様からの報告だ。シズルはこちらには来ない、とな」

「ああ、わかってる」

 戦線は厳しい。この状況でシズルがこちらに向かってきたとしても間に合わないだろう。

 すでにホムラたちは魔王軍の侵略を抑えきれないことはわかっている。

 今行っているのは、王国が魔王軍に対して抵抗するための時間稼ぎ。

 それを理解していない人間は、この場には一人としていなかった。

 それでも逃げずに戦い続ける意志を持っていられるのは、父グレンが作り上げてきた功績だ。

「シズルがいてくれたら、あの程度の魔物の群れは……」

「いないもんはしゃーねーよ」

 どうやって時間を稼ぐか、その一点だけをもって激しい言い争いをしている将軍たちを見て、ホムラは少しうれしくなった。

 なにせ負けが確定している戦だ。逃げたって誰も責めはしない。

 だが彼らは死ぬまでここを守り抜くと、強い決意をもってこの場に立っていた。

「おいお前ら!」

「──っ!?

 ホムラの一喝に場が静まり返る。

「お前らの中で、今すぐこの場から逃げたいやつは手を挙げろ」

 そう言った瞬間、彼らの怒声が響き渡る。

 ──めるな若造! 命など惜しくはない! この身はフォルブレイズのために!

 そんな彼らを見て、ホムラは馬鹿だと思った。

 同時に、自分はもっと大馬鹿だと思う。こんな答えしか出せないのだから当然だろう。

「おいロザリー……お前はガリアに戻りな」

「私はお前とともに戦うさ。それがフォルセティア大森林を守ってくれたお前たちに対する礼であり、そして誇りだからな」

「……そうかい」

 ホラムはそれだけ言うと、あきれたような、少し嬉しそうな顔をする。

 そうして会議室に集まった人間全員に、今後の作戦を伝えるのであった。