六年前──。

 シズルは母の命を助けるため、エルフの少女たちとともに遠い異国の大森林へと向かった。

 そこでかつて神をらったとされる大魔獣フェンリルと相対し、これを撃破。

 フォルセティア大森林と森に生きるすべてを救った彼は、風の大精霊ディアドラから伝説の秘薬であるエリクサーを手に入れ、母イリーナを救うことに成功する。

 己を縛り続けてきたくびきから解き放たれ、本当の意味でこの世界の地に足をつけたシズルは、魔術学園に通い、その実力をいかんなく発揮し続けた。

 そして、それから六年後の今──。

「あっという間だったなぁ」

 アストライア魔術学園、そしてその上の教育機関であるアストライア貴族院。

 魔術を覚えるのに三年。貴族について学ぶこと三年。

 合計六年の時を学舎で過ごしたシズルたちは、今日この日をもって子どもである学生から、大人へと向かって歩みだす。

 今は卒業式を終え、彼らを祝う卒業パーティーが王城で開催されているところだ。

「学生の卒業パーティーを王城でするなんて豪快だよね」

「今年は特別ですから」

 シズルの隣には、美しく成長したルキナの姿。

 六年もてば人は変わるが、彼女は、思慮深さと優しさを残したまま大人になったと思う。

 学園時代、いつもそばにいるのが当たり前だった。

 それでも今日のパーティーに合わせた黒のドレスはとても大人っぽく、ついれてしまう。

 自分も今年で十八歳となり、今後はフォルブレイズ家から離れて家を興し、一人の貴族となっていくだろう。

 裏ではもうその話は着々と進められ、それに合わせて婚約者であるルキナとも正式に結婚することが決まっていた。

「……」

「シズル様?」

「いや……ちょっと」

 さすがに君との結婚のことを考えていた、なんてなことは言えなかった。

 ルキナならそれも受け入れてくれると確信しているが、これは自分自身の問題である。

「それにしても、たしかに俺たちの代は特別だったかもね」

「そうですね」

 彼女の言葉に辺りを軽く見渡し、学生時代を振り返る。

 シズルたちの学年は、かつてないほど大貴族の子息がそろった代だった。

 侯爵家であるシズルや公爵家のルキナも含まれるが、他には四大貴族であり『王国の天』と称されるラピスラズリ公爵家の令嬢や、『王国の大剣』と呼ばれるクライトス公爵家の次男などがおり、他にも大貴族の子弟たちが多く集まる学年だったのだ。

「なにより……」

 大貴族が集まるパーティーの中心には、ひと際輝きを放つ男がいた。

 美しい金色の髪を長く伸ばした長身の男は、名だたる大貴族の当主に声をかけられてなお、自分が主役なのだと主張している。

 男の名はジークハルト・アストライア。

 かつて光の大精霊とその契約者によって建国されたこのアストライア王国の第二王子にして、シズルたちと同学年の友人だ。

 剣魔両道、才色兼備と幼いころから有名で、その才能は学園でも遺憾なく発揮され続けた。

「ジークハルト王子か……」

 六年前の入学式、新入生代表として壇上に立った彼はこう言った。

『人は皆生まれながらに平等ではない。才能、家柄、容姿……生まれたときから決まっているものは数多くあるだろう。それは確かな事実ではあるが、私はあえてこう言おう。この学園での生活においてそのような小さなことを気にする必要はない。努力を怠らない者を、私は評価しよう。我が生涯の友として迎え入れよう』

 ──私は、君たちを見ているぞ。

 その言葉の通り、彼は学園で努力をした者に声をかけていった。

 貴族としての地位や名声など関係なく、ただそこで見せた輝きを一つ一つ見つけていったのだ。

 そうして彼は王族としてすさまじいカリスマ性を見せ、学園内で一大勢力を作り上げた。

 その対象は、同年代で敵なしの実力を誇ったシズルにまでおよび──。

「勧誘がすごかった……」

 思い出すだけで面倒臭いという顔をすると、ルキナはクスクスと可愛かわいらしく笑う。

「シズル様は権力争いとかに興味がないのに、ずっと誘ってきてましたね」

「色々と裏工作までしてきてさ……最終的には彼女が止めてくれたからよかったけど……」

 シズルはジークハルトの横に立つ、金糸のような黄金の髪を後頭部で団子状にして、三つ編みでくくっている女性を見る。

 その立ち姿はとても美しく、空色の瞳はすべての罪を許さないと言わんばかりにりんとしていた。

 第二王子の婚約者である少女の名はユースティア・ラピスラズリ。

 ラピスラズリ公爵令嬢であり、学園時代ではシズルの一番の友人とも言える人物だ。

「さすがユースティア。大人に交ざってもまったく違和感ないね」

 シズルはその名声や立場から、学園でとにかく目立っていた。

 世界で唯一の雷魔術の使い手。最年少ドラゴンスレイヤー。若くして英雄を継ぐ者。

 そんなシズルの名は、学園に通う少年少女からの憧れの的だった。

 ただし、憧れは時に制御不能な感情となる。

 シズルに近づきたいがために、色々と無茶をする生徒たちが絶えなかったのだ。

 結果、義母であるエリザベートにも散々注意されてきた通り、ありとあらゆるハニートラップを仕掛けられることになる。

 元々ルキナ以外の女子には興味がなかったシズルからすれば迷惑極まりない行為。

 だが女子たちからすれば側室になれるチャンスということもあり、裏では凄まじい戦いが繰り広げられていたという。

 正直そんな情報はあまり聞きたくなかったが、しかしルキナにまで危害が加えられる可能性があったため、必死に情報収集をしたものである。

 そんな女子生徒たちの戦争を止めてくれたのが、彼女たちのリーダー格であったユースティア・ラピスラズリ公爵令嬢だった。

「ユースティアがいなかったら俺、どうなってたことか……」

「あ、あはは……」

 当時を思い出して、さすがのルキナもちょっと困った顔をする。

 言葉には出さないが、ルキナにとってもいい思い出ではない。なにせ自分の婚約者が他の女に狙われた事件だ。

 逆の立場だったら狙った男は許さないし、話を聞くだけで嫌な気持ちになるだろう。

 これは配慮が足りなかったなと思うと同時に、ユースティアと仲良くなるきっかけになったので、シズルからすれば比較的いい思い出とも言えた。

「あ、こっちに気づいたね」

 そんな会話をしていると、ジークハルト王子の横で貴族たちと挨拶をしていたユースティアが近づいてくる。

「おいシズル、ローレライ。なんでそんな端にいるんだ」

「やあユースティア。やっぱり今日の主役は首席卒業のジークハルト様と、その婚約者である君だと思うんだ」

「ほぉ……だから自分たちは関係ないと?」

 ギロリとにらんでくる姿はとても怖い。どのくらい怖いかというと、いつか彼女は義母であるエリザベートみたいになるんじゃないかと思うくらい怖い。

「だって俺、あんな風に愛想笑い得意じゃないし」

 あんな風、と指さす先にいるのは、爽やかな笑みを浮かべて大貴族たちと談笑している青年。

 腹黒でいつも悪いことを考えている人とは思えない好青年っぷりだ。

「ジークハルト様を指さすのはやめろ馬鹿」

「ごめんなさい」

 まるで母親のようにしかるユースティアは、シズルが学園時代に逆らえなかった唯一の人物である。

 実家の義母を思い出すせいか、どうにも逆らう気が起きないのだ。

「結局卒業するまで、お前を更生させることができなかったのが心残りだな」

「更生って……俺、別にそんな悪いことしてないよ?」

「ほう……」

 シズルの言葉にユースティアは半眼となって睨んでくる。

 基本的に、シズルは学園で大人しくなかった。

 どれくらい大人しくなかったかというと、普通に学園を脱走してダンジョンに向かう程度には不良学生だった。

 古い教師陣はグレンよりはマシと言い、比較的新しい教師陣はホムラよりはマシと言いながら大目に見てくれていたのだが、ユースティアだけは許してくれず、よく叱られたものだ。

「まあしかし、お前は絶対に問題を起こすから、やはり中心にはいない方がいいかもしれん」

「うん、それは俺も思う」

「開き直るな」

 彼女が少し遠い目をしているのはきっと、初めて出会ったときのことを言っているのだろう。

 ──シズル・フォルブレイズ。それにルキナ・ローレライ。お前たちのうわさは遠い我が領地にも聞こえてきた。その真偽はこれから測らせてもらうが、己のけんさんを怠らず、その実力を見せることだ。そして光栄に思え。有能なら私から殿下への取り次ぎもしてやろう。

 ──あ、そういうのいいです。できれば俺、権力争いとかに巻き込まれたくないんで。

 第二王子の婚約者、しかも公爵令嬢であるユースティアに対するシズルの言葉がこれである。

 あの瞬間、周囲で見ていた貴族の子弟たちの焦った空気はいまだに忘れられない思い出だ。

「いや、あれは若気の至りというかだね……」

「それだけじゃないだろ」

「それだけじゃなかったですね」

 ユースティアだけでなく、ルキナまでそう言うのは、その次のことがあったからだ。

 ──こ……光栄に思え。有能なら私から殿下への取り次ぎもしてやろう!

 当時のユースティアは顔を引きつらせながら、それでもシズルの対応を見逃して再度問いかけた。そしてそれに対するシズルの返答はというと──。

 ──ありがとうございます! ですが残念ながらこの非才な身では栄光を歩む殿下にはふさわしくないでしょう! なので大変心苦しいですが辞退させていただきますね!

 という全力の拒否だった。

 これには周囲の貴族たちも、こいつヤバいやつだという認識を持ったことだろう。

「普通、二度も断るか?」

「えーと、ほら……若気の至りってやつで……」

「なんでもそれで済ませられると思うなよ」

「……ごめんなさい」

 こんな風に、学生時代はよくユースティアに怒られては謝ったものだ。

 地位も実力も高かったシズルに対してこういう物言いができるのは、彼女ともう一人くらい。

「そういえばミディールは?」

「あいつはあいつで忙しいのだろうな。なにせ公爵子息だ」

「みんな大変だなぁ」

「お前というやつは……」

 完全にごととして話すシズルにユースティアがあきれた顔をする。

 本当であればシズルも今回の話題の中心に上がるはずだが、しかし今日の主役はやはり第二王子であるジークハルト、そしてその婚約者であるユースティア。

 今まではあくまで婚約者であった二人だが、貴族院を卒業したことで対外的にも正式に結婚することが決まったのだ。

「そういえば言ってなかったけど、おめでとうユースティア」

「ラピスラズリ様、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 少し照れたように笑う姿は可愛らしく、普通の男なら誰もが魅了されてしまうことだろう。

 実際、彼女は学園ではその厳しさから怖がられる場面も多かったが、それと同じくらい多くの男子たちを魅了したものだ。

 第二王子の婚約者、四大公爵の令嬢、という肩書もだが、それ以上に彼女自身が魅力的な女性だから当然だと思う。

「だけどちょっと変わった風習ですよね。王族は貴族院を卒業しないと結婚できないなんて」

「学園は特殊な空間だからな。過去の王族は婚約者がいるにもかかわらず恋人を作るなどもよくある話で……それをクリアできない令嬢は国母にふさわしくないという考え方、らしい」

 まるで前世の小説のような話だな、とシズルは思いつつルキナとユースティアの二人を見ると、女性らしく恋バナで盛り上がり始める。

 学園で初めて出会ったときは公爵令嬢同士ということで、お互いそれぞれのグループのまとめ役をしていた。

 ラピスラズリ派、ローレライ派などとされていた時期もあって、二人はなかなか話し合う機会もなかったが、自分の婚約者と友人が仲良くしている姿を見ると少しうれしく思う。

 とはいえ、男一人でおいていかれるとそれはそれで寂しいものがある。

 どうにかして話題に入れないだろうかと思っていると、少し離れたところから一人の青年がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 先ほど話題に出たクライトス公爵家の子息で、学園時代はよくシズルに対抗しようと色々と頑張っては返り討ちにあってきた青年。

 そんな彼の名前は──。

「やあミディール。忙しそうだね」

「そういうお前は暇そうじゃないか」

「ほら俺はさ、やることがないから」

「……」

 シズルの言葉に、ミディールは額に怒りマークを作る。

「他の貴族に挨拶するとか色々あるよな?」

「そういうのはジークハルト様やミディールたちに任せた」

「お前ってやつは相変わらず! はぁ……まあ今更言っても仕方ないか」

「おお、俺のことを理解してくれてるね」

「六年間も一緒に過ごしたら、嫌でもわかるさ……ああ、本当にわかりたくないけどさ……」

 呆れたようにため息をつく彼に、シズルはつい笑ってしまう。

 このようなやり取りは、学園にいる間でもよくあったことだ。

 ルキナがいて、ユースティアがいて、ミディールがいて、あとたまにちょっかいをかけてくるジークハルトがいて。

 六年の学園生活は、今振り返るとやはり楽しいものだったと思う。

「ミディールがすぐ浮気をして、何度も刺されそうになったのもいい思い出だよね」

「いいわけあるか! あのあといつも大変なんだからな!」

「それはミディールが悪いんじゃん」

「世の中に魅力的な女の子が多いのが悪い」

「開き直るねぇ……」

 シズルからすればあまり理解できない話だ。

 立場上、いずれはルキナ以外の側室を迎えなければならないと言われているが正直、新しい婚約者なんて必要ないと思う。

 今の自分には、ルキナ以外の女性を愛せるとはどうしても思えないのだ。

「お前みたいな方が特殊だから」

「ユースティアだって絶対同じこと言うし」

「……いやいや、言っとくけどお前たちの方が特殊だからな」

 シズルの言い分に若干声を詰まらせながら視線をらすミディールに勝ったと思っていると、周囲がざわめき始める。

 何事か、と思っていると貴族たちの視線はある一点を見据えていた。

「あれ? 父上?」

 燃えるようなあかい髪の男性はシズルの父であるグレン・フォルブレイズ。

 かつて王国が魔族たちと戦争をしていたとき、英雄と呼ばれるだけの活躍をした男だ。

「あれが王国のかいけんか……」

「おお、おおお! 本物だ! 本物のグレン・フォルブレイズだ!」

 見定めるように視線を鋭くするユースティアとは対照的に、ミディールは嬉しそうに声を上げる。

 対照的な態度を取る二人だが、それも仕方がないことだろう。

 この国の男児なら憧れぬ者はいないと言われるほど、グレンの人気は凄まじいものなのだ。

 もっともシズルからすれば、女にだらしなく、いつも二人の嫁の尻に敷かれているイメージの方が強いので、父が尊敬の目で見られるのはどうにも違和感があった。

「ん?」

 ふと、シズルの服の裾が軽く引っ張られる。

 そちらを見れば、ルキナが不思議そうな顔で首をかしげていた。

「グレン様は今日来られないと言っていましたよね?」

「うん、そのはずなんだけど……」

 この日は貴族院の卒業パーティー。

 多くの貴族の子弟が大人になる日であり、それを見届けるために両親も集まる会食の場だ。

 もちろんグレンも招待されていたが、シズルに届いた手紙には重要な役割があるから行けないという旨が記載されていたはず。

 貴族のパーティーが大嫌いなので、てっきりサボりだと思っていたのだが違ったらしい。

「本当に、なんでいるんだろ?」

「もしかして、サプライズのつもりだったのかもしれませんね」

「えぇ……うーん……」

 少し子どもっぽい性格をしているだけあって、その可能性は否定できない。

 そういうところが可愛いのだと母は言っていたが、シズルには理解できない部分だ。

「まあ来てるなら後でちょっと話しに行こうかな」

「そうですね。あ、お父様も来られているので、その……」

「うん、もちろん挨拶させてもらうよ」

 たったそれだけのことでパァッと花が開いたように笑うルキナに、いい子に育ったなぁと感慨深くなる。

 この笑みを見られただけで、十年前に彼女を救うことができた自分を褒めてやりたいくらいだ。

 そんな風にルキナの笑みに心穏やかになっていると、不意に周囲がさらにざわめきだした。

 それは先ほどグレンが現れたときよりも大きく──

「ん? なんだろう?」

「おいシズル! グレン様の隣にいるのってまさか!」

「え?」

 ミディールの慌てた声に釣られて父の方を見ると、見覚えのある男性が立っていた。

 見覚えのある、といってもそれは本人を見たことがあるというわけではなく、肖像画などでの話。

 アストライア王国の王族にして、かつて英雄グレンとともに魔王戦役を戦い抜いたその男を知らぬ者は、この国では一人としていないだろう。

「勇者……クレス・アストライア?」

 シズルがつぶやいた瞬間、彼と目が合ったような、そんな気がした。


 勇者クレスの登場により、その場に集まった大貴族たちの動きが一気に変わりだす。

 元々ジークハルト・アストライア第二王子の周りに集まっていた者たちも、一斉に勇者のもとへと向かって行ったからだ。

 ミディールやユースティアも父親に連れていかれ、この場に残ったのは自分とルキナだけ。

「すごい人ですね」

「うん……」

 そう思っていると、先ほどまでこのパーティーの中心として爽やかな笑顔を見せていたジークハルトが、一転して不敵な笑みを浮かべながらシズルたちの方へと向かってきた。

「やれやれ、まったく現金な者たちだ」

「あ、ジークハルト様」

「フォルブレイズ、卒業式以来だな。ふ、ずいぶんと格好悪いところを見せた」

 そう言いながらも少し愉快そうなのは、面倒事から解放されたからだろうか。

 すでに六年の付き合いになるが、彼の考えだけは未だによく理解できないと思う。

「まあ、あれは仕方がないかと」

 見れば大貴族から今日卒業を迎えた学生たちまで、まるで大人気のアイドルにでも出会ったかのような熱狂ぶりでクレスたちを囲っていた。

「自分の父親があんな風になるってのも、結構変な感じですけどね」

「同感だ。私の場合は叔父上になるわけだが……」

 言葉の通り、ジークハルトはクレスのおいとなる。

 自分と近しい関係者がああも大勢の人に囲まれる姿を見るのは、複雑な気分だろう。

「しかしあの二人が並ぶと、こうなるのか……興味深いな」

 魔王戦役を戦い抜いた勇者パーティーの中でも、勇者クレスと英雄グレンは特に人気だった。

 それは単純に英雄たんの中に活躍した場面が多いのも理由の一つだが、なにより勇者パーティーの始まりの二人でもあるからだ。

 そして英雄グレンは王国の守護に、勇者クレスは単身で魔族領を制圧に。

 二人はそれぞれ道が分かれることになるが、その友情が崩れることはなかった。

「ふむ……叔父上はまだ魔族領で魔王軍の残党を抑えているはずだが、なぜ今ここに?」

「うーん……父上がいることとなにか関係あるんですかね?」

 ジークハルトもげんな様子を見せるが、なにも聞かされていないシズルにもわからない。

 考えても答えは出ないので、また後で時間を見つけてグレンに聞けばいいと思う。

「しかし、なかなか壮観ですね」

 シズルの視線の先には勇者クレスと英雄グレン。

 それに王国の大将軍であるミディールの祖父や、ラピスラズリ公爵といった王国の重鎮たちが集まりだしていた。

 さすがにそれほどのメンツが集まる場に学生や並の貴族が近づけるはずもなく、徐々に彼らの周囲は落ち着きを見せ始める。

 同時に、周囲の関心もまたそこに注がれることになるのは仕方がないことだろう。

 もはやこのパーティーの主役はシズルたち学生ではなく、クレスたち大貴族の面々となっていた。

「ん?」

 サプライズで登場した彼らの動きに会場の人間全員が関心を向けている中、再びクレスと目が合う。すると彼は一瞬だけ瞳を輝かせ、そしてすぐに視線を逸らした。

「なんだ今の?」

『シズル……なにか来るぞ!』

「え?」

 シズルの中にいるヴリトラの声が聞こえた瞬間、床に黒い魔法陣が生まれ始める。

 それはくらい闇を内包しているようで、明らかな敵意を放っていた。

「なっ──!?

「これは──!?

 とっさにシズルはその魔法陣を消し去ろうと魔力を解き放つ。

 隣のジークハルトも光魔術を使い、魔法陣に攻撃した。

 しかし闇の魔力が込められたその魔法陣は消えるどころか大きさを増していき、そのまま会場一帯を覆ってしまう。

 そして、そこから生まれ始める黒い人型の魔物。

 ──人はそれを『悪魔』と呼ぶ。

「フォルブレイズ!」

「わかってます!」

 すぐ近くにいた悪魔をいっせん

 シズルとジークハルトがそれぞれ魔力で生み出した剣で斬り裂くと、悪魔たちはまるで最初からそこにいなかったかのように影に消える。

 ジークハルトは建国以来の天才と称される男。

 シズルはこれまで闇の大精霊、そして神殺しの獣といった強敵たちと戦ってきた戦士。

 そんな二人にとって、この程度の力しか持たない悪魔は敵ではない。

 ただし、それは二人にとって、という話でしかなく──。

「う、うわぁぁぁ!」

「なんなのこれ!?

 悪魔の数はどんどんと増え続け、周囲の人間を襲い始める。

 辺り一帯に悲鳴が飛び交い、必死に逃げる者たちで会場はパニックになっていた。

「まずいな……」

 ジークハルトの言葉に、シズルも内心でうなずく。

 この場にいる貴族たちはみんなアストライア魔術学園を卒業しており、それなりに戦える手段を持っている。

 しかし実戦経験のある者はほとんどおらず、突然の事態に対応できるはずがない。

 つい先ほどまでは明るい笑い声が響き渡っていたパーティー会場も、今はきょうかんの様相を呈していた。

「この悪魔自体はそんなに強いわけじゃないですけど……数が多すぎる!」

「……まとめて吹き飛ばすには、周りの者たちが邪魔だな」

 次から次へと召喚される悪魔たちを斬り伏せながら、シズルたちはこの事態をどうすれば収められるかを考える。

「シズル様! このままじゃ!」

 叫ぶルキナを見れば、彼女は闇魔術で影を操り悪魔たちを抑えていた。

 闇の大精霊にめられている彼女の実力はここ数年で飛躍的に伸びており、同年代ではほぼ敵なしというほどに成長していた。

 しかしそれでも、元来の性格から戦いが得意な少女というわけではない。

 それに闇のけんぞくである悪魔に対して、闇魔術はあまり効果的ではなさそうだ。

 身近な者たちを守るくらいはできる。だが全員を守るには……。

「はっ! しゃらくせぇんだよ!」

 そう考えた瞬間、床にいろの炎がほとばしった。

 炎は人々を巻き込みながら、しかし燃やす対象は最初から決まっているかのように悪魔だけを滅ぼしていく。

「父上!」

「ようシズル。なんか面倒なことになってきたな」

 グレン・フォルブレイズはまるで戦場と化したパーティー会場においても、いつも通りの態度だ。

 軽い口調で当たり前のように魔法を放ち、それでも人々には決して炎が届かないのだから、凄まじい魔力コントロールである。

 普段の性格からは考えられないそれは、長く戦い続けてきた者だけが達することができる境地。

 幼いころからずっと鍛えてきたシズルでさえ、これほど精密な魔術はまだ使えないレベルのもので、思わず感心してしまう。

「すごいですね……」

「戦場じゃ敵も味方もごちゃ混ぜだったからな! これくらいは朝飯前だぜ!」

「……なるほど」

 そうして広がる炎は、貴族たちを襲う悪魔をさらに燃やしていく。

「グレン様! ありがとうございます!」

「おう! お前も他のやつを助けてやれよ!」

「はい!」

 助かった貴族たちはグレンの言葉に心を鼓舞され、魔術を使って反撃を始めた。

 英雄とともに戦っているからか、それとも別の要因か。

 なんにせよ、一人、また一人とこれまでおびえていただけの彼らが戦い始めたのだ。

「……これが英雄グレンか」

 シズルとは違う意味で、ジークハルトが感心したように呟く。

 いったいどこから現れたのかもわからないような敵の出現に浮き足立ち、完全に崩壊しかけていたコミュニティ。

 それをグレンは己の戦いぶりを見せることで、あっという間にまとめ上げてしまう。

 それは今のジークハルトやシズルでもできないことで、グレンが英雄たる所以ゆえんだろう。

「ははは! 次だ次! お前たち、絶対死ぬんじゃねえぞ!」

「はい、グレン様!」

 笑いながら声をかけられた学生が嬉しそうに答える。

 近くにいた貴族が、まるで歴戦の勇士のように悪魔に立ち向かう。

 もはやここにいるのは悪魔に怯えているだけの獲物ではない。悪魔たちの魂を刈り取る存在だ。

「父上」

「グレン様……すごいです」

 無限に湧き出てくるような悪魔たちではあるが、しかし徐々にその数を減らしていく。

 増える数よりも、減る数の方が多くなってきたのだ。

「とはいえ、魔法陣は今も残ってるし……」

「原因を突き止めなければ、これはいつまでも止まらんな」

 そう思って周囲を見渡した瞬間、シズルはこれまで一度も感じたことのない強烈な悪寒を感じて振り返る。

 そこにいたのは、柔和な笑みを浮かべたクレス・アストライア。

 彼は悪魔たちを次々に斬り伏せながらゆっくりとグレンの傍に近づいていき──。

「おうクレス! こうして一緒になって戦うのも久しぶりだな!」

「そうだね」

「へへへ、まるで昔を思い出すぜ! 魔物に囲まれて、だけどお前に背中を預けてよ!」

 クレスに背を向けて笑うグレンを見て、シズルは悪寒の正体を知り思わず駆け出そうとする。

「父上! 後ろ!」

「あん?」

 歴戦の勇士であるグレンにあるまじき、背後を一切気にしないそぶり。

 それだけクレスという友を信じていたのだろう。

 そして──その信頼によって一人の英雄が地にちることになる。

「悪いねグレン。やっぱり君がいると計画が狂うと思うんだ。だから、ここで退場してくれ」

「……あ? お前なに言って──」

 グレンの背中から斬りかかるクレスの光の剣。

 その仕草がまるでスローモーションのように見えたシズルは、父ならけられると信じていた。

 だがしかし、現実は違う。

 シズルの中でゆっくりと進んでいた時間が元の速さで動き出し──。

「ち、父上ぇぇぇぇ!?

 そんな叫びもむなしく、誰の目にも留まらないほどの神速の一閃によってグレンは床に倒れた。

 その光景を見た誰もが信じられないといった表情で動きを止めてしまう。

「さあ、それじゃあ始めようか。王国崩しを!」

 クレスがそう言い放った瞬間、闇色の魔法陣がさらに広がりを見せて、より強大な悪魔たちが産み落とされるのであった。


 際限なく増え続ける悪魔たち。

 だがそんなことよりも、シズルの頭の中は父を斬った男に意識が向けられていた。

「どけぇぇぇぇ!」

 悪魔たちがクレスを守るように立ちふさがる。

 それを一気に雷で吹き飛ばすが、次から次へと生み出されてくる悪魔たちが邪魔を続けていた。

 床に倒れたグレンからは、止まることのない出血。

 死にゆく父を見下すようにたたずむ勇者の姿に、シズルは怒りがあふれ続けていた。

『シズル! 冷静になれ! 怒りに我を忘れるな!』

「くそ! どけ! どけ! どけぇ!」

 そんなヴリトラの声もむなしく、シズルはひたすら悪魔たちを消し飛ばしながら進む。

『く、仕方ない! 周りを見ろ、この馬鹿者がぁぁぁぁ!』

「ぐあっ!」

 体内から迸るような凄まじい魔力の放出にシズルがもんの声を上げる。

 それはシズルのものではなく、ヴリトラが発したものだ。

 突然の放電に思わずシズルは動きを止めてしまうが、悪魔たちがその間に襲いかかることはない。

 なぜなら、シズルの前の空中に小さな雷龍が浮かび、周囲の悪魔たちを睨みつけていたから。

「あ……」

「冷静になったか?」

「ヴリトラ……うん、ごめん」

「構わん。大丈夫ならもう一度、周りを見てみろ」

 その言葉に従い周囲を見渡すと、戦闘のできない貴族の子弟たちが泣き叫んでいた。

 そしてそんな彼らに襲いかかる悪魔たちの凶刃と、かばう大人たち。

 今は貴族たちも戦えているが、いずれ押し切られて死傷者が出るのは目に見えている惨状だ。

「でもあいつは……」

「よく見ろ」

「え? あ……」

 シズルがクレスを見ると、そこではミディールの祖父であり、『王国の大剣』と呼ばれているクライトス大将軍や近衛兵たちが戦っていた。

 複数を相手にしているためか、クレスもそう簡単に突破はできずに足を止めている。

 そしてすでに彼らの手によってグレンは救助されており、あの場にはもういない。

「わかったか? 今お前がやるべきことを……」

「……うん」

 悪魔たちの数は多い。そしてこちらには非戦闘員も多数存在する。

 シズルが優先するべきことはまず、そんな彼らを助けることだった。

「まずは、この悪魔たちをせんめつする!」

 悪魔たちにも序列があるのか、その実力はまちまちだ。

 できるだけ多くの魔力を内包している悪魔から順番に、シズルは攻撃を仕掛ける。

「はぁ!」

「ギ──!?

 超高速で動き回り、次々と悪魔たちを倒していくシズルの姿を捉えられる者は少ない。

 それだけの力を持った彼を脅威に思ったのか、悪魔たちの視線がシズルに集中し始め──。

「俺だけ見てたら、どうなっても知らないよ」

 この場において、悪魔に対抗できる人間はシズルだけではない。

 ジークハルトや彼の護衛であるそうはつの少女もまた、同じように高魔力を持つ悪魔を優先して倒し始めていた。

「まさかこの私が悪魔狩りをすることになるとはな」

「くふふー、それは私のセリフですけどねー。相変わらずジーク様は人使いが荒いんですから」

「だがまあ、たまにはこういうのもいいだろう、エステル」

「学園じゃ全然遊べませんでしたからねー。八つ当たりも兼ねて、この辺りの悪魔ちゃんたちにはストレス解消のはけ口となってもらいましょうか!」

 エステル・ノウゲート──ノウゲート男爵の令嬢であり、卓越した剣技を持つ少女。

 その実力を買われて学園在学中にジークハルトによって護衛にばってきされた少女は、恐ろしい笑みを浮かべながら悪魔たちを斬り刻んでいく。

 心なしか、恐怖の感情を持っていないはずの悪魔たちも彼女には怯えているように見えた。

「くふふー、三流も三流。こんな悪魔たちを数だけ集めて、あの人はいったいなにをする気なんでしょうねー」

「さてな。あの方の考えは私にも読めんさ」

 シズル同様、悪魔を蹴散らしていく二人の会話はどこか楽しそうで、シズルとしてはこの状況下で笑える彼らはやはり普通じゃないと思った。

 だがしかし、今は彼らも頼もしい味方である。

「ひ、ひぃ! 来るな! 来るなぁ!」

 怯えた叫び声を発しながら逃げる貴族を追いかける悪魔。

「消えろ!」

「ギャァ──!?

 雷を飛ばし悪魔を消滅させて、次に行く。

 背後で感謝の声が聞こえたが、今はそれに対応している暇はなかった。

 どんどん悪魔の群れを消していき、戦えない貴族たちはおおよそ逃がし終えたころ──。

「これで、大本をたたく!」

 シズルはこの魔法陣の力の源であろう、黒い球体に向かって駆けだした。

 狙いに気づいた悪魔たちがその道を塞ごうとする。それと同時に球体は危険を感じたように脈動し始め、まるで生き物のようだと思う。

 球体が輝き、それによって増える悪魔たち。だがその程度で今のシズルを止めることなどできるはずがなかった。

「邪魔、だぁぁぁ!」

 巨大な雷のつちを生み出したシズルは大きく飛ぶ。

 見上げる悪魔たち。そんな悪魔の群れを空中からたたつぶすように雷の槌を振り下ろした。

「「ギャァァァァァァ!」」

 ただ叩き潰すだけではない。

 王宮の床ごと破壊した雷は、まるで地面をう大蛇のように地面を通ってパーティー会場で暴れていた悪魔たちに襲いかかる。

 あちこちで上がる悲痛な叫びは、すぐに時間が止まったようになくなっていった。

「ふぅ……」

 一瞬の静寂。

 シズルのため息とともに、悪魔を生み出していた黒い球体は消滅し、それに合わせて悪魔たちも消えていく。

 そうして空いた一瞬を埋めるように、ジークハルトがシズルに近づいてきた。

「これが本当の実力か、フォルブレイズ」

 言外に、実力を隠していたな? と追及されているのはわかった。

 もちろんシズルとて、学園時代に手を抜いていたわけではない。

 しかしだからといって、本気を出して戦える相手がいるわけでもなかったのだ。

 決してジークハルトの目につかないようにしようと思っていたわけじゃないのだと、心の中で言い訳をしながら、誤魔化すように視線を逸らす。

「今はそんなことを言ってる暇はありませんよ」

「……そうだな」

 シズルの言葉にジークハルトは頷いて、勇者クレスの方を見る。

 すでに十人以上いたこの国最強の近衛兵は床に倒れ、クライトス大将軍も傷だらけで息も荒く、膝を床についていた。

 それでも大将軍の意地ともいうべきか、これ以上の蛮行を許すまいと、クレスに向かって再び剣を振るい足止めする。

「強い……」

 もしシズルが同じように囲まれたら、勝つことはできると思うが無傷とはいかないだろう。

 しかしクレスは見たところ傷一つ負った様子がない。

 それどころか息一つ乱さず、まるで準備体操をしていただけのような佇まい。

 シズルも、そして隣に立っていたジークハルトも驚いたような表情をしていた。

「化け物だな……エステル、いけるか?」

「いやいやいやジーク様なに言ってるんですか!? 無理ですよ無理! あんなのに勝てるわけないじゃないですかぁ!」

 大げさな態度で拒否するエステルを見て、ジークハルトはどこか呆れたような顔をする。

 たしかに彼の護衛であるのにこの態度はちょっと、とシズルも思うが彼女らしいといえばらしい感じもした。

「まあこれでほとんど逃げられたみたいだし……」

 シズルが雷を放出しながらクレスを睨む。もはや邪魔者はいないし、守るべき者もいない。

「ジークハルト様たちは、大将軍たちを……」

「お前一人でいけるのか?」

 その問いに対して答えることはできない。それほどまでにクレスの実力は底が見えないのだ。

 ただ、いくらジークハルトが天才と呼ばれようと、本気を出した自分の戦いについてこられるとは思えなかった。

「エステル……サポートしてやれ」

「ええぇー!? だからあんな化け物に近づくなんて無理です死んじゃいます! それに……ヒーローのサポートはヒロインの仕事でしょう?」

 そう言うと、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべてエステルは一歩下がる。

 それと同時に近づいてくるのはルキナだった。

「シズル様……」

「ルキナ? なにやってるの?」

「私も、戦います!」

 そうして闇色の魔力を発する彼女は、決して弱い女性ではなかった。

 おそらく同年代において、シズルを除けばトップクラスの魔力量に緻密なコントロール。今の彼女に勝てる者はそう多くはないだろう。

「……だめだ」

「っ──!?

 闇の大精霊の契約者としてこの十年間、ずっと強くなろうとしてきた姿を見てきた。

 だがそれでも、今回は相手が悪すぎる。

 相手は自分でも勝てる見込みの薄い強敵で、ルキナはシズルにとって何よりも大切な人。

 背後に守るべき者がいれば強くなれるというのは物語の中だけの話だ。

 正直守りきる自信はなく、かつに彼女を近づけたくはないという気持ちが強い。

 なにより、ルキナを守れなかったときに自分がどうなるかも想像できない。

 だから、あえて突き放すように強く言わなければならないと思った。

「あの人は、俺一人で相手をする──痛っ!?

 いきなりシズルの足元にある影からむちのようなものが生まれ、すねに思い切り叩きつけられた。

 いったいなにごと、と思うことはない。

 この十年間で、何度も痛めつけられてきた行為だから、誰の仕業かなど見なくてもわかる。

「ルージュ……痛いんだけど」

「アンタがルキナを困らせるからでしょ?」

 そうしてルキナの影から生まれ出てきたのは、闇色の少女。

 十年前から変わらず夜に愛された彼女は、深い深紅の瞳でシズルを睨んできた。

「じゃあ、ルージュはあの人とルキナを戦わせることに賛成なの?」

「そんなわけないじゃない」

「だったら……」

「私がやるって、言ってんのよ!」

 そう言って、ルージュはいきなり影から無数の鞭をしならせると、それをクレスに向けて放った。

 床を抉りながら迫るそれは、見た目とは裏腹にとてつもない魔力が込められている。

 突然の攻撃に驚くのは、クレスと一騎打ちに入っていたクライトス大将軍。

 それに対してクレスは冷静に闇の鞭を斬り裂き、こちらをいちべつするが──。

「どこ見てんのよ」

 すでに影から影へ、クレスの足元から出てきたルージュが背後を取り、思い切り殴り飛ばそうとする。

「ふっ」

 城壁すら破壊できそうなごうおんとともに放たれた一撃。

 それを剣で受け止めたクレスは、軽く後退するだけでダメージを負ったようには見えなかった。

 それどころか笑みすら絶やさず、久しぶりに会った友人にするように軽く手を上げる。

「やあルージュ、久しぶりだね」

「二度と会いたくなかったわ」

「そう、実は僕もだ」

 その言葉を合図にするように迫る無数のあんそう

 超高速で放たれるそれは、普通の人間なら百回死んでもおつりが来る威力を秘めている。

 それが無限に続くのではないかというほど連射で放たれ、もはやパーティー会場は爆撃を受けているような惨状となっていた。

「この程度じゃ、僕は止められないよ?」

 しかしそんな中でさえ柔らかな笑みを絶やさず剣一本でさばききる男は、もはや人間というくくりのはんちゅうから外れているのかもしれない。

「そのさんくさい笑い、今すぐ止めてやるわ!」

「今の君にできるかな?」

「私じゃなく──」

 闇のやりの勢いはさらに増す。

 クレスの周囲は悲惨なという言葉すら生ぬるく、止まらない攻撃から逃れるすべはないだろう。

 いくら彼が強くても、闇槍以外の攻撃に意識を割ける状況ではなかった。

「アンタにほえづらかかせるのは、あいつだけどね!」

「なに?」

 そうしてクレスは初めて表情を崩す。

 ルージュの背後で凄まじい魔力をめている、シズルの存在に気づいたからだ。

「闇を切り裂く黄金の雷よ! 我が前に立ちはだかる災厄を打ち砕け! けんこんいってき……金剛杵ヴァジュラァァ!」

 爆発的な魔力を秘めた神雷の剣から放たれる雷光が、闇の槍とともにクレスを飲み込もうと迫る。

 神の力すら秘めたそれは大魔獣でさえ致命傷を避けられない威力。これなら──。

「アストライア──」

 ルージュが放つ闇の槍、そしてシズルの金剛杵ヴァジュラが迫る中、クレスはそれでも笑みを絶やさず剣を構える。

「斬り裂け」

 彼が小さく呟いた瞬間、クレスの剣が強く輝き始める。

 そして白いせんこうまとった剣を振り切ると、周囲の音が一瞬消えた。

「──!?

 会場を包み込む光に驚いたのは、その場にいた全員だろう。

 視界が失われ、身動きが取れない。

 そしてしばらくして、静寂が打ち破られ音が戻ったとき、シズルたちの魔術を打ち破ったクレスは無傷でその場に立っていた。

「なっ!?

「悪いけど、この程度じゃ僕は倒せない」

「これくらいでアンタを倒せるなんて、最初から思ってないわよ!」

「っ──!?

 先ほどとは違う巨大な闇の槍がルージュから放たれる。

 その槍はシズルが放った金剛杵ヴァジュラ以上の魔力を伴い、寸分たがうことなくクレスに向かうが──。

「今のはちょっと、危なかったかな」

 そう言いながらも回避が間に合ったクレスが、余裕の笑みを浮かべる。

「ちっ、前に戦ったときよりも強くなってるわね……」

「なるほど……これはたしかに化け物だ」

 いくらルージュが本領を発揮できるタイミングでないとはいえ、それでも世界最強クラスの力を持っていることには変わらない。

 シズルにしても、今の自分より強い人間がそう多くないことくらいは自覚していた。

 そんな二人がかりの総攻撃を仕掛けて、それでも傷をつけられないのは……。

「ただ、無傷ってわけじゃないわ」

「え?」

 ルージュの言葉にシズルがクレスを見ると、たしかにわずかだが腕に傷がついていた。しかしルージュの攻撃は完璧に避けられたはず。

 ということは、その前の攻撃が通ったということだろう。

「驚いた。今の僕に傷をつけられるなんて……やっぱり君は本物だね」

 クレスの視線ははっきりとシズルを向いていた。

 その言葉の意味はわからない。ただなぜか、彼の目は少し嬉しそうだった。

「このまま畳みかけるわよ。私が抑えてあげるから、アンタが攻めなさい」

「いいの?」

 ルージュらしくない物言いに少し疑問に思ったシズルだが、これ以上の問答は必要ないという風に、彼女はなにも返してくれない。

「……さすがに今、君たち二人を相手にするのは分が悪いか。それに目的はもう十分果たしたし、今日はこの辺で帰らせてもらおうかな」

 クレスは辺りを見渡しながらそう言って、魔力を溜め始める。

「ここまで好き勝手やっておいて──!」

「逃げすわけ、ないでしょうが!」

 シズルとルージュが慌てて迫る。だが──。

「じゃあ、また会おう二人とも」

「「っ──!?」」

 凄まじい閃光が辺り一面を照らし、思わず視界が遮られてしまう。

 すぐに目を閉じて距離を取るが、次に瞳を開いたときにはすでにクレスの姿はなく、逃げられたのだとわかった。

「……くそ!」

 シズルは思わず床を殴る。

 父が斬られ、クレスと戦った王国の面々のほとんどが床に倒れている。

 幸い現時点で死者はいないが、それでも多大な傷跡を残していきながら、こちらは彼にかすり傷しかつけられなかった。

「……アイツ」

「ルージュ?」

「……なんでもない。久しぶりに力を使ったから、私は休むわ」

 どこか遠くを見るような瞳だったルージュは、それだけ言うと影の中へと消えていった。

「シズル様……」

 入れ替わるように少し泣きそうなルキナが近づいてきて、そのまま思い切り抱きついてくる。

 彼女の身体はとても震えていた。

「怖かったよね」

 シズルの言葉に、ルキナは首を縦に振る。

 いきなりグレンが斬られ、襲撃してくる悪魔の群れ。

 クレスには誰もかなわず、今この場に自分が立っていることさえ奇跡なのかもしれない。

 誰だって怖いと思うだろう。

「シズル様が……いなくなるのかと思いました」

「え?」

 だがルキナの言葉は、シズルの思っていたものとはまったく違うものだった。

「すごく怖い顔をしていて……いつもと全然違っていて……」

「あ……」

 言われるまで気づかなかったが、たしかに自分は怒っていた。

 戦いのときはできるだけ冷静にと思っていたし、実際それができていると思っていたが……実際はどうだろうか。

 シズルはクレスを相手に、ちゅうちょなく金剛杵ヴァジュラを放った。

 あれはシズルの持つ魔術の中でも、溜めが少なく撃てるものとしては最強の魔術。

 フェンリルなど神話級の魔獣ならともかく、最上位と呼ばれるドラゴンですら一撃で吹き飛ばす威力を秘めているのだ。

 それをいくら光の大精霊と契約しているからといって、人間相手に放つのは明らかに冷静さを欠いていたとしか思えない。

「……俺、そんなに怖かったかな?」

 コクリと、再びルキナが頷く。

 彼女は、もう二度とそんな風にならないで、遠くに行かないでというように強く強く抱きしめてくる。

 そんな彼女がいとおしく、シズルもまたしっかりと抱きしめ返すのであった。