「夢?」

「はい。……とても、とても懐かしい夢。毎日好きなことができて、自由で、大好きだった場所。……でも」

 シャーリーの小さな手が、アルベールの背中に触れる。

 シャーリーの話している「夢」というのが、以前聞いたことのあるシャーリーの前世の話ではないかと、アルベールはなんとなく悟った。

 だからだろうか。

 前世の記憶を持つと言う不思議なこの少女が、アルベールの知らないその前世の世界とやらに奪われてしまうのではないかという漠然とした恐怖が足元から這い上がってくるような気がして、アルベールはシャーリーを抱きしめる腕に力をこめる。

 そんなアルベールの恐怖をわかっているのかどうなのか、シャーリーは力の入っていない手で、ゆっくりと背中を撫でてくれた。

「大好きな場所だったんです。今でも、夢に見たら懐かしいと思います。あの場所では、ここでは作れない料理もたくさん作れて、まだわたしの知らないレシピが世界中のあちこちに眠っていて……死ぬ前のわたしは、その世界でたくさんしたいことがあったはずなのに、でも不思議と、あの場所に……夢の中にとどまろうとは思えなかった。わたしはもう、この世界の人間だからなのでしょうね」

 シャーリーはそこで言葉を区切って、アルベールの背中に回していた手で、そっと頰に触れてくる。

 シャーリーの小さくて温かい手がアルベールの頰を撫でた。

「それに、約束したから」

 シャーリーの綺麗なエメラルド色の瞳が、まっすぐアルベールの目を見つめる。

「一人にしないって、約束したから」

「──っ」

「だから……帰ってこれて、よかった」

 約束を破らなくてすんだからと笑うシャーリーを見たら、もうダメだった。

 三日も眠り続けていて、体調も万全でないと頭ではわかっていたのに、気が付いたらその唇を塞いでいた。

 シャーリー、と、キスの合間に何度も何度も名前を呼んで、そのたびに「はい」と返事があることにたまらなく安堵する。

「シャーリー。愛している」

 だから、お願いだから、ずっとそばにいてほしいと──そんな声にならないアルベールの懇願がシャーリーに届いたのだろうか。

 アルベールの愛おしいただ一人の女神は、「一人にしません」と、昔と同じように言って、微笑んだ。