サイドストーリー 女神軍との戦い sideアルベール
鈍い音を立てて鎧兵が崩れ落ちる。
普通の剣では切って捨てることも難しいだろうと思われる頑丈そうな鎧だが、剣を精霊が強化してくれているので、まるでシャーリーが指パッチンで出す「とうふ」のように手ごたえがない。
数ではあちらが圧倒的に有利だが、物理攻撃はフェンリルの『絶対防御』ではじかれるので、相手の攻撃は無視して突っ込める分、こちらだって負ける気がしなかった。
(とにかく今は数を減らして……)
目的は敵を殲滅することではなくイクシュナーゼを足止めすること。
そこは決して間違えてはいけない。イクシュナーゼの注意をこちらに引き付けて、シャーリーの動きに気づかれないようにするのだ。
(大丈夫だ。シャーリーならきっとやれる)
シャーリーは幾度となくアルベールを救ってくれた。
あの小さな体の、細い肩の、いったいどこにそんな強さを秘めているのか。
ふわりとした柔らかい笑顔で、シャーリーはすべてを包み込んでくれる。
シャーリーのことが心配でないと言ったら噓になる。できれば側についていたかったし、彼女を隣で支えたかった。
でもついていったところで、アルベールには何もできない。
ならばこの場で、自分のできることをするだけだ。
「フェンリル、道を開いてくれ。できるだけ女神に近づくぞ!」
こちらのことを女神に印象付ければ付けるほど、彼女の注意はこちらを向く。
その分危険も増すが、かなわずとも足止めさえできればそれでいいのだと思えば幾分か気が楽だった。
「わかった。一気に行くぞ」
フェンリルがタンッと跳躍して周りの敵を一掃した後、顔を空に上げて咆哮した。
直後、フェンリルの近くにいた敵から奥に向かって、鎧兵が次々に、すごい速さで氷漬けになっていく。
二度目の攻撃で、フェンリルが氷漬けになった鎧兵を粉々に打ち砕こうとした時だった。
「灼熱のぉ──」
突然響いたイフリートの声に、アルベールはぎくりとした。
「何をする気だ!?」
「イフリート?」
ともに戦っていたリアムもハッと息を吞む。
空にはイフリートが浮かんでいたが、無数の鎧兵が邪魔をして地上にいるであろうエドワルドの姿は確認できない。
「あれはイフリートとウンディーネの連携技だ。どこへ向かって打つつもりかは知らないが衝撃波が来るぞ!」
フェンリルが慌ててアルベールのそばに駆け寄ると、イフリートが攻撃しようとする場所を見定めるように空を仰いだ。
「おそらく……標的は氷の城だ」
「いや、氷の城は先ほどのイフリートの攻撃でも壊れなかった。だとすると、イクシュナーゼに向かって打つつもりなんじゃないのか?」
アルベールが推測すると、リアムが大きく頷く。
「可能性は高い。フェンリル、こちらにはどのくらい衝撃が来る?」
「狙いが女神なら、距離的にそこまでではないと思うが……ああ、大丈夫そうだ。ウンディーネがこちらに衝撃が来ないよう調整するようだからな」
反対側を見上げれば、同じく空に浮かんだウンディーネが無数の結界を展開させているところだった。
風に乗って、イリスの甲高い声がところどころ聞こえてくることから考えると、彼女がうまく指示を出しているようである。
アルベールがホッと息をついた時だった。
ドオォォォン!!
イフリートが攻撃した直後、先ほどのイフリートの最終奥義のときとは比べ物にならないほどの爆発音が響き渡った。
鼓膜が破れそうなほど振動して、頭痛を覚えたアルベールは眉を寄せる。
ぶわっと、イクシュナーゼがいるあたりから、白い煙がまるで大きくうねる波のようにこちらに向かって走ってきた。
一瞬で視界が真っ白く埋め尽くされる。
周囲の敵はフェンリルが氷漬けにしたとはいえ、敵のど真ん中で視界が奪われるのは危険極まりない。
アルベールがぐっと剣の柄を握り締め、神経を研ぎ澄ませようとした直後、周囲の白い煙が霧散した。
(ウンディーネか)
視界が開けると、アルベールはさっと周囲を確認する。
先ほどの攻撃で、イクシュナーゼの周りにいた鎧兵たちは全部吹き飛ばされていた。
イクシュナーゼがどうなっているのかは、アルベールの位置からでは確認できないが、今が攻める好機であることは間違いない。
「リアム殿下!」
「ああ!」
リアムもアルベールと同じことを考えたのだろう。アルベールが地を蹴ると同時に駆けだす。
「フェンリル、蹴散らしてくれ!」
「了解!」
フェンリルが氷漬けにした鎧兵を吹き飛ばし、さらに周囲からアリの大群のように押し寄せてくる鎧たちを凍り付かせていく。
まっすぐ開けた道を、アルベールはリアムとともに駆け抜けた。
だが、前方に突如として現れた巨大なトカゲに、アルベールとリアムは足を止める。
「……なんだあれは」
リアムが茫然とつぶやいた。
(ゲームの中のドラゴンに似ているな)
奇しくも同時刻のエドワルドと同じことを考えて、アルベールはきゅっと唇を引き結んだ。
あれはどう考えてもイクシュナーゼが生み出したものだ。
「リアム殿下。エドワルド殿下があれと戦っているようだ。急いで合流した方がいい」
巨大なトカゲのいる方角から、エドワルドの声がする。
「わかった」
戦うと言っても、あの巨軀を相手にどうすればいいのか、想像もできない。
しかし、いくらイフリートがそばにいると言っても、あれをエドワルドだけで対処するのは厳しいはずだ。
アルベールとリアムは再び走り出す。
「ファイアーナックル!!」
イフリートが炎をまとった拳でトカゲの腹を殴っているのが見えた。
「兄上! アルベール陛下!」
「エドワルド、状況は」
リアムが訊ねると、エドワルドは肩をすくめた。
「うろこは固いし、腹はぶよんぶよんしていて剣では切れませんでした。イフリートの攻撃が唯一効いているみたいなんですが、いまだ倒すには至っていません」
「剣が通用しないのか……厄介だな」
アルベールは自分の剣を見下ろして眉を寄せる。
「フェンリル、イフリートに加勢できるか?」
「やってみよう」
フェンリルが頼もしく頷いて、風のように駆けていく。
トカゲのずっと後ろに、銀色の髪をなびかせたイクシュナーゼの姿が見えた。
髪と同じ銀色の瞳が、氷のような冷ややかさでこちらへ向けられている。
(……何も感じていないような顔だ。心底私たちのことなどどうでもいいのだろうな)
そうでなければ、簡単に世界を創りかえようなどと思わないだろう。
イクシュナーゼが軽く手を振る。
その直後、無数の黒い鎧兵たちが一瞬にして消え去った。
代わりに、巨大なトカゲが十体、新たに出現する。
「噓だろう……?」
エドワルドがひゅっと息を吞んだ。
イクシュナーゼは、鎧よりもこのトカゲをぶつけたほうが効果的だと判断したのかもしれない。
「……最悪だ」
精霊の中で、最大の攻撃力を誇るイフリートですら仕留めきれないトカゲが、追加された分を合わせて合計十一体。
つーっと、アルベールの背筋に冷や汗が伝う。
「ウンディーネ! ウォーターバリアであのトカゲを囲って閉じ込めて!!」
イリスの切羽詰まった声が響いた。
ウンディーネがイリスの指示でトカゲをそれぞれウォーターバリアで囲う。
だが、閉じ込められたのはほんの数秒だった。
トカゲはあっという間にウンディーネのウォーターバリアを破って出てきてしまったのだ。
撤退の二文字がアルベールの脳裏をよぎる。
(でも、そうすればイクシュナーゼがシャーリーの動きに気づくかもしれない……)
それだけはできない。
たとえ自分がどうなろうとも、ここから退くことは絶対に。
「イクシュナーゼを狙おう」
その時、リアムが剣を握りなおしながら言った。
「このトカゲを相手にするのは無理だ。ならば、これを生み出したイクシュナーゼを叩けばいい」
「……そうですね」
相手は女神だ。トカゲより弱いと言うことはないだろう。けれど、無駄にここで体力を奪われるくらいなら、イクシュナーゼを叩いた方がましな気がした。
エドワルドも大きく頷く。
そして、三人同時に走り出そうとしたその時だった。
「そこまでだ」
突如として上空から静かな声が降ってきた。
ハッと顔を上げると、ゼレンシウスが浮かんでいた。肩にはシルフの姿がある。
「シルフ……ということは」
シルフはシャーリーと一緒にいたはずだ。その彼女がゼレンシウスと一緒にいると言うことは、シャーリーは目的を果たしたのだろうか。
(シャーリーは……)
アルベールは急いで周囲を見渡した。
しかし、シャーリーの姿は見えない。
ざわりと胸の奥が嫌な音を立てる。
イクシュナーゼが大きく目を見開いていた。
「ゼレンシウス、シャーリーは……っ」
シルフとともに、ゼレンシウスがゆっくりと地上に降りてくる。
いつの間にか巨大なトカゲたちは消えていた。
ゼレンシウスはアルベールを振り返り、目を閉じた。
「……塔の中にいる。行ってやるといい。だが……、もう目覚めないかもしれないがな」
カラン、と。
アルベールの手から剣が滑り落ちた。