13 魔力の循環方法


(このまま何もしなかったら、あとどのくらいで世界は滅ぶのかしら……?)

 シャーリーは緑の塔のベランダを作った部屋で、家庭菜園のミニトマトを収穫しながら、バルコニーの外を見上げた。

 緑の蔦の奥から、燦々と日差しが入り込んでいる。

 ゼレンシウスが世界の中心で魔力を循環させる『装置』ではなくなった以上、世界が滅ぶのは決定事項のようだ。

 世界が自然と滅ぶのが先か、女神イクシュナーゼが世界を滅ぼし創りかえるのが先かという違いだけで、どちらにせよこのまま何もできなければ滅ぶのは変わらないのだ。

 女神イクシュナーゼの計画では、リアムを使って魔力持ちをこの世界から一掃して世界を滅ぼすつもりだったようなので、リアムがこちらにいる以上、イクシュナーゼの計画は進まない。けれどそれが救いと考えるべきなのかは微妙なところだ。

(結局世界が滅ぶのなら同じことだものね)

 世界が滅びに向かっていると言っても、目に見えて変化があるわけではなかった。

 ゼレンシウスも、緑の蔦で大地の表面には魔力供給がされるので、すぐに植物が枯れはじめたり、砂漠化したりすることはないだろうと言っていた。

 が、魔力が循環しなくなるということは、魔力持ちが生まれて来なくなるということで、いずれにせよ世界から魔力が枯渇するのだ。

(次世代の魔力持ちが生まれて来なくなるってことは、どんなに頑張っても百年足らずで世界が滅亡って考えていいのかしら……?)

 人の寿命はどんなに頑張ってもせいぜい百年がいいところだろう。この世界は前世の世界のように医療が発達しているわけではないから、それを考えると百年生きる人はほとんどいないかもしれない。

(平均寿命ってどのくらいなのかしら? 平均寿命なんて考え方がこの世界にはないからわかんないわね)

 シャーリーが知っているところで考えると祖父母だろうか。フォンティヌス家の祖母はまだ存命で、御年六十三歳だったはずだ。

 母方の祖父母も、六十歳から七十歳の間だった。曽祖父や曽祖母は母方も父方も他界しているから、結婚年齢と出産年齢が前世よりも若いことを加味すると、曽祖父や曽祖母は百歳に満たないうちに他界した計算になる。九十歳も迎えていないかもしれない。

 残念ながらシャーリーに医療知識はないので、前世の知識をもとに医療を発達させることはできない。できたとしてもせいぜい平均寿命を数年あげられればラッキーくらいのものだろうから、ほぼ何の役にも立たないだろう。

(そもそも世界に魔力が満ちてさえいれば、魔力持ちは必要ないわけよね? 世界に魔力が満ちていないから魔力持ちが世界に魔力を供給する必要があるわけで……つまり、世界に魔力が溢れていればそれでいいわけよ)

 それができないからイクシュナーゼは魔力持ちを誕生させ、ゼレンシウスを世界に魔力を循環させる装置としたのだから、不可能なこともわかってはいるのだが。

(というか、物質の源を保つのに魔力がいらなければもっといいのだけど)

 前世の世界では魔力なんてなくとも、原子も分子も普通に存在していた。

 何故この世界では、魔力がないと原子も分子も世界に留まっていられないのだろう。

「シャーリー、ここにいたのか」

 シャーリーがぷちぷちと赤く色づいたミニトマトを取っていると、リアムが顔を出した。

 アデルは夫が待つ家に帰っているし、エドワルドもいったん城に戻っている。

 エドワルドも、ゼレンシウスから聞いたことをどこまで国王に報告するか悩んでいたが、すべてを秘密にしておくこともできない。ゆえに、リアムの件も含めて、世界が滅亡しかかっていることを伝えに行ったのだ。ただし、イクシュナーゼのことは伏せておくそうだが。

(女神様って、特に王族にはリスペクトされているみたいだから、その女神様が世界を滅ぼそうとしているなんて知ったら、陛下が絶望しそうだものね。ひっくり返っちゃうんじゃないかしら?)

 シャーリーはミニトマトを入れた籠を手に立ち上がる。

「すみません。もうお昼の時間ですか?」

「いや、昼にはまだ早いが、弁当を頼みたいんだ。上に上がってみようと思う」

「上って……三十三階の変な部屋ですか?」

 塔の最上階には巨大な砂時計のような変な物体があるのだ。

 砂時計を逆さまにしたかのように下から上へと金色の砂のようなものが上っていっているのである。

 その砂時計の上部には緑の蔦の根っこが絡みついていて、天井に向かって蔦が伸びているのだ。おそらくそこから緑の塔の外壁を伝って蔦が下に降りているのだろうと推測できる。

 リアムは以前から三十三階のあの部屋が気になっていて、階段をえっちらおっちらと上っては様子を見に行っていたのだ。

「お弁当を作るのはいいですけど、上るならウンディーネを連れて行った方がいいですよ。ほら、万が一イクシュナーゼが来たりしたら大変ですから」

「そうすると、シャーリーの守りがいなくなるだろう?」

「う……」

 イフリートはエドワルドと一緒にいるし、シルフもイリスの元にいる。ノームとフェンリルはアルベールと一緒でブロリア国にいるので、ここにはウンディーネしかいない。

(……でも、リアム様が一番危険なのよね)

 リアムはイクシュナーゼの計画に不可欠な存在だ。いつまた奪い返そうとしてくるかわかったものではない。

(ってことは……はあ、仕方がないのか……)

 リアムを一人にできないが、シャーリーを一人にできないというリアムが、素直にウンディーネを連れて行ってくれるとは思えなかった。だったら、シャーリーがリアムについて行くしかあるまい。

「わかりました。わたしも一緒に行きます」

「いいのか? シャーリーにはさすがにつらいんじゃ……」

「大丈夫です。少しは運動しないといけませんし、頑張ります」

 正直言えば三十三階まで階段を上っていくのかと思うと気が遠くなりそうだった。一度だけ経験したが、本当につらかったのだ。心の底からシルフが恋しい。彼女のテレポートがあれば一瞬なのに。

「お弁当作りますね。ゼレンシウスはどうするんですか?」

「ああ、彼もいっしょに行くそうだ。何でも、三十三階のあの妙なものが、塔の中の魔力持ちの魔力を吸収する装置らしい。緑の蔦だけでも吸収できるが、あの装置がないと地下のゼレンシウスの元に魔力が供給されなくなっているらしいんだ」

「へえ、そうだったんですか?」

 妙なものだとは思ったが、ちゃんと意味があったらしい。

「ああ。だが、世界の中心の装置はその……私が不用意に触ったせいで壊れただろう? ゼレンシウスが地下に魔力を送ったところで意味がないから、あの装置を少し改造できないかと言っているんだ」

「改造?」

「どこまであがけるかわからないが、あの装置で回収した魔力を、私やゼレンシウスが吸収できるようにして、それを適性のありそうなこれから生まれてくる赤子に魔力を回して、魔力持ちとして誕生させられないかと考えているらしい」

「えっと、つまり、魔力持ちを増やせるかもしれないってことでいいんでしょうか?」

「ああ。魔力持ちになれる条件としては、イクシュナーゼが最初に魔力を渡した人間……王族の血を引くかどうかが重要らしいが、血の濃さは別として、伯爵家以上の貴族の大半はどこかで王族の血が入り込んでいるだろうからな。そのあたりはあまり深く考えなくても大丈夫だろう」

(なるほど、付け焼刃感は否めないけど、何もしないよりはましだものね)

 このまま何もせずに指をくわえて見ていることはできない。できることがあるならするべきだ。

「ゼレンシウスもどこまで可能かわからないので、先に様子を見に行きたいということだったが、シャーリーがついて来てくれるなら話が早いかもしれないな」

「どういうことですか?」

「あの装置を改造するのに、最終的にシャーリーの力が必要だろうとゼレンシウスが言っていたんだ。だがシャーリーは上まで上るのはつらいだろうから、様子を見に行ったあとで、シャーリーに必要なものを呼び出してもらい、それを持ってまた上がろうという話になったんだ」

 以前、シャーリーが三十三階に上るのを嫌がったことをリアムは覚えていたらしい。シャーリーを連れて上がろうとするゼレンシウスを止めて、どうにかしてシャーリーが上らなくていいように考えてくれたようだ。

(リアム様優しい……)

 何かあればシャーリーを巻き込もうとするエドワルドにも、リアムのこの気遣いを少しは見習ってほしいものである。

「じゃあ、全員分のお弁当を作っちゃいますね。ミニトマトもたくさん収穫できたし、ついでにこれも使っちゃいましょう」

 シャーリーは籠を持って階下へ降りる。

(おにぎり、唐揚げ、卵焼きは鉄板として、他には何を作ろうかな?)

 リアムがよく食べるのは知っているし、ゼレンシウスもあれでなかなか健啖家だ。特にずっと地下で『装置』の一部としてすごしてきたゼレンシウスは食事の必要性がなかったそうで、もう何百年も食事を取っていなかった。そのせいか、それともシャーリーが作るものが珍しいからなのか、本当にあれもこれもよく食べるのだ。

(うーん。いろいろ作ってあげた方がいいよね? 追加で肉巻きごぼうに、カボチャの煮物、マカロニサラダ、さっぱり系もほしいから……昨日作ったレンコンの梅酢漬けがそろそろ食べ頃かしらね? 彩りにミニトマトを添えて、緑がないからキュウリを塩昆布であえたものでも入れて、あとはデザートはプリンでいいでしょ)

 これだけあれば足りるだろう。

 プリンはたくさん作っておけば、夕方くらいに戻ってくると言っていたエドワルドが食べるだろう。

 イリスの食事を取りに来るアデルにも持たせてあげればいい。

「あ、ウンディーネ。『水鏡』でアルベール様にお弁当作るけどいる? って聞いてみてくれる?」

「ええ、いいわよ」

 どうせお弁当を作るなら、アルベールの分も作ってあげればいいとウンディーネに頼めば、すぐにフェンリルと『水鏡』をつないで確認してくれる。

 アルベールからは「いる」と即答があったらしい。

(アルベール様は唐揚げが好きだから多めに入れてあげよっと)

 ウンディーネにお礼を言いつつ、シャーリーは指パッチンで鶏もも肉を取り出した。



 お弁当を持って階段を上りはじめて十五分。

 シャーリーは早くも後悔をしはじめていた。

(行くなんて言うんじゃなかった。太ももがはちきれそう……)

 現在、十六階の踊り場だ。つまり上ってきたのとほぼ同等の階段がまだ残っている。

 ぜーぜーと肩で息をするシャーリーに、リアムが心配そうな顔で休憩を申し出る。

 リアムもゼレンシウスもけろりとした顔をしているのが不思議で仕方がなかった。

(リアム様はまだしも、ゼレンシウスってずっと地下の水晶みたいなやつの中に閉じこもっていたんじゃないの? なんでこんなに体力があるわけ?)

 人間、一週間も寝たきりになれば体力はがくんと落ちる。創世の時代から最近まで閉じこもっていたゼレンシウスはその比ではないはずなのだ。それなのに、おかしい。

(まあ、それを言ったら老化せずに今の時代まで生きていること自体が不思議なんだから、深く考えるだけ無駄かもしれないけど)

 ゼレンシウスの老化を止めているのは魔力だと言っていた。魔力を吸収しているから、ゼレンシウスは老けもせず、今まで生きてこられたのだ。きっと体力にしても魔力に秘密があるに違いない。

 ゼレンシウス曰く、イクシュナーゼと同等の魔力の「色」を持っているらしいシャーリーには、どうやらそのような素敵な恩恵はないようだが。

「少し早いが、食事にしようか」

 そう言って、リアムが手に持っていた弁当を広げる。

 動く気力の残っていないシャーリーに代わり、王子様であるリアムがてきぱきと準備を整えてくれた。申し訳ない気持ちもあるけれど、疲れ果てたシャーリーはリアムの優しさに甘えることにした。

「ほら、シャーリー。お茶だよ」

 リアムが水筒からコップにお茶を出して渡してくれる。

「ありがとうございます」

 もらったお茶を一気に飲み干して、シャーリーははーっと息を吐いた。