12 創世神話
ダメだ、理解が追い付かない。
ゼレンシウスの落とした爆弾発言に、シャーリーたちは混乱の渦に叩き落とされた。
平然としているのは精霊たちだけで、アデルもアルベールもリアムもエドワルドも半ば茫然としてしまっている。
とりあえず気分を落ちつかせようとシャーリーがお茶の準備をはじめるとアデルが手伝ってくれたが、その顔色は悪かった。
「……イクシュナーゼの夫で女神と一緒にこの世界を創造したって言っていたけど、本当なのかな?」
キッチンでお湯を沸かしていると、茶葉を棚から出しながらアデルがぽそりと言った。
「どうなんでしょうか……。ただ、ゼレンシウスがいた場所はかなり妙なところでしたし、普通、人は水晶みたいな鉱石の中に埋まったりしませんよね?」
「うん……。それに、噓をつくにしても荒唐無稽すぎるよね。ということは、彼はイクシュナーゼと一緒で神様なのかな」
「そうなるんでしょうか? 創世神話にはゼレンシウスという名前は出てこないんですか?」
「出てこないよ。『ユーグレグース創世記』にはイクシュナーゼが創世の杖を使ってこの世界を創ったとしか書かれていない。女神に伴侶がいたことも、創世にほかの誰かが関わっていたことも、何もね」
「じゃあ、ゼレンシウスに詳しい話を聞くしかないですね」
ゼレンシウスが言うことが本当にしろ噓にしろ、ひとまず話を聞いてみるしかないだろう。
お湯が沸いたので、最初にティーカップに少量のお湯を注いで温める。人数が多いので大き目のティーポットを三つ用意して、ティースプーンで茶葉の分量を量りながら入れていく。
「話を聞くだけで脳が疲れそうなので、甘いものでも持って行きましょうか」
茶請けにはチョコレートがいいだろうか。チョコレートに含まれるカカオポリフェノールは脳にいいらしいからちょうどいい。話を聞く間、きっと理解が追い付かず脳がフル回転を続けるはずだ。
いつもは皿に出すが、面倒になったシャーリーはチョコレートを箱ごと五つ出した。一つの箱に十二粒のチョコレートが入っている。これだけあれば足りるだろう。
シャーリーがチョコレートを出している間にアデルがティーカップに紅茶を注いでくれる。
そして人数分の紅茶とチョコレートの箱を持ってダイニングに戻ったシャーリーは、疲れた顔をしているアルベールたちと対照的に、興味深そうに部屋の中を物色しているゼレンシウスを発見した。
「……ゼレンシウスはどうしたんですか?」
テーブルに紅茶を並べながらアルベールにこそっと訊ねると、彼が小さく嘆息しながら教えてくれる。
「シャーリーが指パッチン魔法で出したものに興味を持ったみたいで、さっきからずっと眺めているよ。ちなみにそのあいすくりーむはゼレンシウスが食べていた」
アイスクリームと聞いてシャーリーがアルベールの指さす方へ視線を向けると、からっぽのバニラアイスのカップがあった。
シャーリーが何とも言えない顔をしていると、テレビをひょいと抱えてひっくり返したゼレンシウスがこちらに顔を向けた。
「これは分解しても大丈夫か?」
「大丈夫じゃありませんから!!」
平然と恐ろしいことを言い出したゼレンシウスに、シャーリーの混乱が一瞬で吹き飛んだ。
液晶テレビは一昔前のブラウン管テレビと違って軽いとはいえ、五十インチを超える大きさのテレビを平然と抱え上げた彼もすごいが、発言がもっとすごい。
(ちょっと待って。見た目だけじゃなくて、中身も少しリアム様と似てない……?)
リアムはテレビを分解しようとはしなかったが、緑の蔦を研究しようとしてみたり、何かと妙なものに興味を示していた。さっきも地下の鉱石にものすごい興味を示していたし、茫然自失から立ち直ったリアムは今も、ゼレンシウスの「分解」という言葉に「その手があったか!」と言わんばかりに瞳を輝かせている。
(見た目が同じだと中身も同じになるのかしら?)
リアムと同じく、ゼレンシウスも興味を惹かれたものは究明しないとわからない性分なのだろうか。
(このまま自由にさせておくのは危険な気がする……)
相手がたとえ神様の伴侶だったとしても、せっかく整えた部屋をぐちゃぐちゃにされてはたまらない。
「お茶を準備したのでテレビは置いといて、こっちに来てください」
「これはてれびというのか」
残念そうな顔をしてテレビを元の位置に戻すと、ゼレンシウスがダイニングテーブルまでやって来て、紅茶とチョコレートを物珍しそうに見やった。
「これは?」
「チョコレートですよ。お菓子です」
チョコレートを知らないと言うことは、彼が創世の時代の人(もしくは神様)というのは本当なのだろうか。
シャーリーが指パッチンで呼び出したテレビや冷蔵庫などと違って、チョコレートはこの世界にも普通に存在している。
「ふぅん。数千年経てば面白いくらいに世界が違うな」
興味津々な様子でチョコレートを口にすると、気に入ったのか、ゼレンシウスが次から次へと口に入れていく。
五箱では足りなかった気がして、シャーリーが指パッチンでさらに三つのチョコレートの箱を取り出すと、ゼレンシウスの手が止まった。
「……そなた、今何をした?」
驚愕したようにゼレンシウスが大きく目を見開いている。
「何って?」
「今指を鳴らしただろう。そしてこの箱が出てきた。もう一度やって見せろ」
「は、はあ……」
創世の時代にも、シャーリーのように指パッチンで何かを呼び出す人はいなかったのだろうか。
請われるままに追加でチョコレートの箱を一箱取り出すと、ゼレンシウスが今度は難しい表情を浮かべた。
「もう一度だ」
「いいですけど……」
いったいどれだけチョコレートを食べるつもりなのだろうかと思いつつ、シャーリーがまた追加で一つの箱を呼び出す。シャーリーには意味が解らなかったが、ゼレンシウスは何かに合点がいったのか「やっぱりな」とつぶやいた。
「イクシュナーゼと同じだ。今の時代に私だけではなくイクシュナーゼと同種類の力を持ったものも生まれていたとはな」
「イクシュナーゼと同じ……?」
シャーリーはアルベールたちと顔を見合わせて、しばらく沈黙した後で、「え!?」と目を見開く。
シャーリーの指パッチン魔法を見てイクシュナーゼと同種類の力だと言われたことは、つまり──
「この力、女神と同じ力なんですか!?」
「詳しく教えてくれ」
シャーリーが驚きすぎて放心していると、アルベールがゼレンシウスに向かって真面目な表情で問いかけた。
「シャーリーの力は確かに稀有なものだと思うけれど、それがイクシュナーゼと同じというのはどういうことだろうか?」
「そのままの意味だが?」
ゼレンシウスがチョコレートをもう一粒口に放り込んで答える。
「そこの娘……シャーリーだったか? その力はイクシュナーゼと同じものだ。イクシュナーゼがこの世界の創世に関わったのは、無から有を生み出す稀有な魔力を持つ女神だったからだからな。本人がそう言っていた」
「無から有を生み出す……」
「確かにそう言われるとシャーリーの力もそうだな……」
アデルとリアムが揃って頷く。
「イクシュナーゼは、岩や砂地しかなかったこの世界に、その力を使って有機物を生み出した。そうしてこの世界を創造したんだ」
その話は『ユーグレグース創世記』にも書かれていたから知っている。ただ、神話が本当なのだという事実に、少々頭が混乱しそうになるけれど。
「シャーリーの力がそうだとして、もう一つ。『私だけではなくイクシュナーゼ』と言わなかったか? ゼレンシウスと同じ力を持った人間も、今の世界に存在していると言うことでいいのか?」
エドワルドがシャーリーが呼び出したチョコレートの箱を一つ自分の手元に引き寄せながら訊ねる。混乱するようなことを言われた直後に平然と飲み食いできるエドワルドはやっぱり度胸が据わっている気がした。シャーリーはとてもではないが、飲み物も食べ物も喉を通らない。
ゼレンシウスはついと視線をリアムに動かした。
「そこにいるだろう。私と同じ力を持ったものが」
ゼレンシウスはこともなげに言い放ったが、シャーリーたちはさらに混乱した。
「待ってください、リアム様がゼレンシウスと同じ力を持っているってどういうことですか?」
「兄上は確かに魔力持ちだが、シャーリーのように物を呼び出したりすることはできないぞ!」
シャーリーとエドワルドが声をあげると、アルベールが少し考えこむように視線を落とした。
「ゼレンシウス、リアム殿下の──いや、そなたの力と言うのはいったいどんなものなんだ?」
なるほど、確かにそこも問題だ。ゼレンシウスの力がイクシュナーゼと同じなのかどうか。
同じなのであればリアムもシャーリーのように物を呼び出すことができると言うことになるし、違うのであればほかにできることがあるはずだ。
しかしアルベールの問いに、ゼレンシウスが不可解そうな顔をする。
「魔力の色の話なのだが……もしかして、そなたらはそれも知らないのか?」
「「「魔力の色?」」」
異口同音にシャーリーたちが繰り返すと、ゼレンシウスは合点がいったように頷く。
「いいだろう、そこからの説明が先だな」
ひとまずここは、余計な口を挟まずにゼレンシウスの話を聞いた方がよさそうだった。
シャーリーは紅茶に口をつけて一息つく。
シャーリーたちが固唾を飲んでゼレンシウスの話を聞く姿勢に入っている一方で、精霊たちは我関せずという様子でお茶とお菓子を楽しんでいた。
まあ確かに、彼らには関係のない話かもしれないが、口の周りを汚しながら能天気にチョコレートにむさぼりついているノームあたりを見ると、もう少し緊張感を持ってほしいと思ってしまうのはシャーリーだけではないだろう。
「まず、魔力にはそれぞれの色がある。何か特殊な効果が使えるものは少ないが、例えば風の色が強かったり、火の色が強かったりなどだな」
「ああ、それならわかる気がするね。要するに属性でしょ?」
暢気にお茶を飲んでいたはずのシルフが急に口を挟んできた。
「たぶんだけど、エドワルドは火の属性が強そうだね。アデルは風……いや、大地かな? アルベールは水だと思う」
「わかるの?」
「何となくだよ? あたしが知ってる魔力と少し違うから、確かなことは言えないもん。そんな気がするなーくらいの、勘なんだけど……うーん、でも、シャーリーとリアムはわからないんだよねー。もしかしたらあたしたちが知らない属性なのかもね」
それはつまり、イクシュナーゼとゼレンシウスと同系統の力だからだろうか。
ゼレンシウスを見ると、少し驚いたような顔で頷いた。
「ああ。その三人の色はだいたいあっている。わからないと言ったシャーリーは創世、リアムが循環だな」
(創世と循環?)
創世は何となくわかるが、循環とはいったい何だろう。
「話を戻そう。そもそも魔力というものは、神の力だ。イクシュナーゼをはじめ、神の世界に存在する神々の力。それをイクシュナーゼがこの世界を存続させるため、人にわずかに分け与えた。この世界を保てるくらいの魔力量を測り、分散させてな」
(なんか、急に話がややこしくなってきた気が……)
神の世界ってなんだろう、とシャーリーはまずそこで躓いたが、わからないことにいつまでも気を取られていては全部がわからなくなる気がして、わからないことはスルーすることにした。
あれだ。学校の勉強と一緒だ。わからないところを延々と考えていたら、気づけば授業が終わっていてほかの重要なことを聞き逃してしまうという、悪循環に陥るのだ。
「神であれば、魔力の色にそれぞれ意味を持つが、この世界に与えられた魔力は世界を存続させるためだけのものだ。人に与えられる魔力は大きくないことと、人が魔力の使い方を知らないがゆえに、特にその色は問題視されなかった。実際、魔力を使って何かをした人間はほとんどいないはずだ」
アルベールがちらりとシャーリーを見た。
シャーリーはかつて、アルベールに魔力のことを訊ねた日のことを思い出す。
アルベールは、魔力は使うものではなく、緑の塔から自然と世界に吸収されて行くものだと言っていた。使うという概念すらなかったのだ。
シャーリーとて、指パッチンで何かを呼び出せると知ったのは偶然にすぎない。指を弾いたら味噌が出て来ればいいのにな、なんてふざけたことを思いながら何気なく指を弾いたら、本当に出てきたのだ。あのときは驚いた。
「イクシュナーゼは世界を存続させるために人に魔力を与えた。人から魔力が大地に流れ、世界に魔力が循環し、滅びることなく世界は続いて行くはずだった」
「はずだった?」
「ああ。上手くいくはずだった。しかし誤算が生まれたんだ。人が魔力の使い方を知らなかったからだ。一部の人の身に魔力は宿した。しかしその魔力を大地に供給する方法を人々は知らない。大地を満たすと言うことがわからないのだ。イクシュナーゼは考えに考え、この世界の中心に力を循環させるための装置を、そして魔力を供給させるための緑の塔を作った」
「力を循環させる装置って……」
シャーリーはなんだか嫌な予感を覚えた。的中していなければいいなと思ったが、どうやらその願いはかなわなかったらしい。ゼレンシウスは苦笑して言った。
「私だ」
やっぱり、とシャーリーが息を吐いた横で、アルベールもテーブルの上で手を握りしめた。
アルベールはシャーリーよりも頭がいいから、ことの重要性にすぐに気づいたのだろう。
ゼレンシウスが力を循環させる『装置』なら、彼が鉱石に埋まっていたあれが『装置』だったのだ。それが破壊されてゼレンシウスが目の前にいると言うことは、『装置』は壊れたと考えていいはずだ。
つまり、魔力が世界に循環しなくなる。
「私は魔力を吸収し、巡らせることができる。それを使い、各地の緑の塔から吸収された魔力の一部を私に集め、世界に循環させていた」
「その循環と言うのがよくわからないんだが、それは具体的にどのようなものなのだろうか?」
アデルが真面目な顔で訊ねる。
「簡単に言えば、次に生まれる人の子に魔力を宿す、ということになるな。そうして常に世界に魔力持ちが誕生するようにするのが私の仕事だった。緑の塔はそのあたり一帯の大地を魔力で潤すと同時に、私へ魔力を送る役目をしていたのだ」
「ということは、緑の塔が枯れると、そのあたりの大地への魔力の供給が止まり、その大地が枯れると同時に循環させるために集める魔力も集まらなくなる、ということでいいんでしょうか?」
緑の塔を使って魔力を循環させていたのならば、それが枯れればそこからの魔力はゼレンシウスに送られない。
つまり、緑の蔦の鉢植えを緑の塔の代わりにするという案は、根本的なところを満たしていないと言うことにならないだろうか。
(って、循環装置が壊れちゃったんだから、今それを考えても仕方がないんだけどね)
シャーリーがゼレンシウスに確認すると、彼は「そう言うことだ」と頷いて続ける。
「本来であればこの仕組みは永遠に続くはずだった。だが、装置……すなわち私の問題で、少しずつ世界に循環される魔力が減っていくことに気がついた」
ゼレンシウスはそこで言葉を止めて、じっと自分の手のひらを見つめた。その顔には、僅かながらに自嘲に似たものがあった。
「私は人の子だ」
「え?」
「人の子なのだよ」
(ちょ、ちょっと待って?)
シャーリーは目をパチパチさせながら考える。
(ゼレンシウスって、数千年前……創世の時代から生きているんじゃないの?)
普通の人が数千年も生き続けることは不可能だ。
ゼレンシウスは自分の手を見つめながら続ける。
「私は人の親の間に生まれた。力こそ循環の色という特殊なものを持って生まれたが、それ以外は普通の人間だった。だがイクシュナーゼと出会い、彼女に求められて彼女の伴侶になった。同時にイクシュナーゼは私の時間を止めた。神ではないが、不死を手に入れた人間と言うわけだ。だが、この不死性を維持するには、皮肉なことに、魔力が必要だったんだ。……ここまで言えば、ある程度は察しがつくのではないか?」
シャーリーはまだ考えがまとまらなかったが、リアムが難しい表情で確認のために口を開いた。
「つまり、世界の循環装置に集まった力は、世界に循環される以外に、ゼレンシウスの不死性の維持のためにも消費されていた、ということでいいのだろうか」
「そう言うことだ」
「すると、世界から魔力持ちが少なくなってきた背景は──」
「私が消費した分、世界の魔力が減っているからだ。このままだと、あと数百年のちには魔力は枯渇し、世界は創世の前のように枯れるだろうな。そして私の不死性も失われ、普通の人のように死を迎えるだろう」
ゼレンシウスがいなければ世界に魔力は循環しない。けれどゼレンシウスがいるから世界の魔力の総量が減っていく。
(そんなの、結局いつかは終わりを迎えるってことなんじゃ……?)
シャーリーの前世でも、星には寿命があると言われていたし、地球はあと五十億年だかそこらで宇宙空間から消えてなくなるらしいというのをテレビで聞いた。それと同じようにそれがこの世界の寿命と考えるべきなのかもしれないが、納得はいかなかった。
(そんなの、世界を維持するための装置として存在しているゼレンシウスも、世界の存続のために緑の塔に入って来た王族たちも、可哀そうすぎるわ)
滅びを迎えるのが数百年先なら、そのころにはシャーリーたちは死んでいないだろうが、だからと言って関係ないと割り切ることもできなかった。
「何とかできないんですか? 例えばイクシュナーゼが再び世界の人々に魔力を分け与えるとか……」
「残念ながら、神の力は減ったからと言って簡単に補充していいものではない。それをすると逆に世界の均衡が崩れておかしなことになる」
「でも、このままだと世界も、あなたも死んでしまうんですよね?」
「そうだ。……そして、イクシュナーゼも、それは容認できなかった」
ゼレンシウスは自分の手のひらから顔をあげて、困ったように眉尻を下げる。
「イクシュナーゼは私を失うのが嫌だったようでね。世界を……というより、私を失わない方法を考えた。彼女は長い間考え、そして導き出した答えは、世界を創り直すと言うものだった」
「ちょ、ちょっと待ってください。創り直すって?」
「一度滅ぼし、もう一度創世するという意味だ」
「「そんな!」」
シャーリーとアデルの声が重なる。
(それって一回この世界の生きる人たちを見捨てるってことでしょ!? 砂場でお城を作るような簡単な問題じゃないのよ!?)
気に入らないから崩して創り直せばいいという問題ではないのだ。
それとも、神様にとってはその場に生きる人たちの命はその程度のものなのだろうか。
そうだとしたら、ひどすぎる。
ゼレンシウスはゆっくりと首を横に振った。
「私もそれには反対した。一度世界を砂だけの大地に戻して新しく創り直すのは、いくら何でも残酷すぎる。イクシュナーゼの計画には私の循環の力が不可欠だったため、私の反対で一度は彼女もこの方法を諦めた。だが、見つけてしまった」
「私を、か……」
リアムが半ば茫然とした顔で言う。
「ああ。私と同じ循環の力を持つそなたを利用すれば、私の協力がなくとも計画を推し進められるとイクシュナーゼは考えた」
「待ってくれ」
それまで黙って聞いていたエドワルドが目の前で手をかざして話を止める。からっぽになったチョコレートの箱を押しやり、少しばかり身を乗り出した。
「その前に、その循環の力が何なのかを教えてくれ。女神が世界を創り直そうとしていることまではわかったが、それに循環の力が必要と言うのがよくわからない」
「ああ、そうだったな」
ゼレンシウスはもう一度自分の手のひらに視線を落とした。
「先ほども言ったが、私は魔力を循環させることができる。つまり、私自身に魔力を集め、それを放出することができるんだ。簡単に言えば、魔力持ちから魔力を奪い取ることができる」
「魔力を、奪い取る……?」
シャーリーはそこでハッとした。
クレアド国のサリタ王女が、魔力を失い緑の塔から放り出されたと言っていたが、もしかしてそれと関係があるのだろうか。
エドワルドも同じことを思ったのか、不安そうな顔でリアムを振り仰ぐ。
しかしリアムは、イクシュナーゼに操られていた間の記憶がない。何のことかわからず首を傾げていた。
アルベールが、少し言いにくそうに口を開いた。
「つまり、女神イクシュナーゼは、リアム殿を使って、魔力持ちの魔力を奪い取ろうとしたと言うことでいいのだろうか。そうして、この世界から魔力持ちを消し去ることが目的だった、と?」
「その通りだ」
ゼレンシウスは頷き、そして嘆息した。
「魔力持ちがこの世界から消え去れば、必然とこの世界は滅びる。集めた魔力を使えば、私の生命維持はできるので、その間に世界を創り直そうと考えたようだな」
やっぱり、クレアド国の一件にはリアムが関わっていたようだ。
(それどころか、きっと南の大陸で緑の塔が枯れ始めた原因もそれよね)
リアムはただ利用されただけだが、その事実を知れば心を痛めるだろう。シャーリーはどうやって彼に伝えるべきかと考えたが、シャーリーが伝えるまでもなく、聡明なリアムはゼレンシウスの説明でおおよそのことを理解したようだった。
「つまり、私が覚えていないおよそ一年の間、私は各国の魔力持ちの魔力を奪い続けていたということだろうか」
「そうだ」
「……そうか」
リアムは片手で目の上を覆って俯いた。
自分の意思ではなかったにしろ事実は消えない。リアムはぎゅっと眉を寄せて、それっきり黙り込んでしまった。
リアムのせいではないと声をかけたかったけれど、そんな慰めは逆に彼を追い詰めるような気がして、シャーリーは何も言えなかった。
(少し、そっとしておいた方がいいわよね……)
シャーリーはゼレンシウスに向き直る。
「世界を創り直すって言いますけど、イクシュナーゼは具体的にどうするつもりだったんですか? 魔力がないとこの世界は維持できないんですよね? 創り直したところで、結局同じことになるんじゃないんですか?」
「私もシャーリーに同感だ。世界に魔力が必要である以上、やはり魔力持ちが必要だし、その魔力を世界に循環させなければならないのだろう?」
ゼレンシウスはゆっくりと首を振る。
「イクシュナーゼが何を考えていたのかはわからない。だが、彼女は次は魔力が枯渇することはないと言っていた。私も、世界を存続する装置としての役割から解放される、と」
「そんなことが可能なんですか?」
「残念ながら、私にはわからない。私は神ではないからな。世界の創造がどのようなものなのかについては、考えも及ばない。だがこれだけは言っておく。私が世界の中心で魔力を循環させる装置ではなくなった今、魔力の供給が絶たれ私は死へと向かうだろう。世界の中心の鉱石が破壊された今、私があの場所へ戻っても意味がない。イクシュナーゼが望まない方法でこの世界は滅びへと向かうことになる」
シャーリーはハッとした。
そうだ。ゼレンシウスが世界へ魔力を循環させる『装置』だったのならば、世界の中心から彼が出てきてしまったら、魔力は循環されなくなるのだ。
ゼレンシウスによると、あの妙な水晶のような鉱石は、イクシュナーゼが緑の塔から吸収した魔力をゼレンシウスに送り込むために作ったものだったそうだ。
リアムが触れたことで、鉱石に蓄えられていた魔力がすべてリアムに吸収され、その結果、装置が壊れたのではないかとゼレンシウスが推測した。あれと同じものはイクシュナーゼでなければ作れないそうだ。
(どうしよう……)
このままでは、世界が滅びに向かってしまう。
シャーリーが暗い顔で俯いた時、それまで黙っていたリアムが顔をあげた。
「事情はわかった。私が不用意にあの鉱石に触れたために最悪の状況になっていることも含めてな。この責任は取らねばならないが、ひとまず、私が魔力を吸収したのならば、その魔力をゼレンシウスに渡せば、少なくとも寿命は延びるのではないか。今後の対策を考えるにもゼレンシウスの協力は不可欠だろう。死なれては困る」
「確かにそなたが吸収した魔力を用いれば私の寿命は延びるだろうが、だからと言って世界の滅亡が防げるわけでもないぞ」
「そうだとしても、このまま君を死なせるわけにはいかない。話を聞く限り、イクシュナーゼは伴侶であるゼレンシウスにかなりの執着があるようだ。ゼレンシウスがこの世を去れば、イクシュナーゼが怒り狂う可能性がある。女神の怒りは未知数だ。できればそのようなことになるのは避けたい」
シャーリーはふと、先日銀髪の女に襲われたことを思い出した。
確証は持てないが、話の流れから察するに、彼女がイクシュナーゼの可能性が高い。リアムを取り戻しに来たのだろう。その時の様子を思い出す限り、彼女は精霊たちが苦戦するほど強大だった。女神だから当然かもしれないが、そんな彼女が本気で怒り狂ったとしたら──、そこまで想像して、シャーリーはゾッとする。
「イクシュナーゼは頭に血が上ると周りが見えなくなるからな。昔からの悪い癖だ」
そんな言葉は聞きたくなかった。ゼレンシウスはけろりとしているが、こちらとしては「悪い癖」の一言で片づけられてはたまらない。
「私が生きていようと死んでいようと、イクシュナーゼが世界を滅ぼして創り直そうとしていることにはかわりがない。私が装置でなくなった今、世界は加速度的に崩壊へと向かうだろう。時間はあまりないぞ」
「わかっています。……魔力の扱いはよくわからないので、そちらから取っていただけますか?」
リアムがそう言いながら、すっとゼレンシウスに手を差し出す。
先ほどの鉱石に吸収されていた分の魔力をゼレンシウスが受け取るのを見ながら、シャーリーは、ふと、『魔力』とは何なのかと考えた。
漠然と世界を維持するためのものだと思っているが、その根本が何かは理解が及ばない。なぜなら前世では魔力なんて存在しなかったからだ。
(話を聞く限り、ゲームで言うところのMPとはちょっと違うみたいだものね)
魔力とは何か。それを知ることで、何か光明が見いだせないだろうか。
「あの、ゼレンシウス。魔力って、そもそもどんなものなんですか?」
「どんな、とは?」
「いまいちわからないんです。目に見えないし」
すると、ゼレンシウスは不思議そうな顔をしてから首をひねった。
「ああ、まあそうか。……そうだな。簡単に言えば、物質を物質として作る力だ」
「……どういうことですか?」
ますます解せなくてシャーリーが首をひねると、ゼレンシウスは目の前の紅茶に視線を落とした。
「魔力がなくなれば、これらのものを形作る源がなくなる。イクシュナーゼがこの世界に与えた源が、な。魔力とは、イクシュナーゼがこの世界に与えた物質を作る源をとどめておく力だ」
「え?」
(物質を作る源? それをとどめておく力ってどういうこと? 物質の源ってあれよね、分子とか原子とか……。化学式を覚えるのがすごく大変だったやつだわ)
世の中の物質は陽子と電子の組み合わせで作られる原子と、それの結合体である分子の集合体で成り立っていたはずだ。シャーリーは化学が得意でなかったので、知識としては少々朧気ではあるのだが、高校の化学の授業でそんな話を聞いた気がする。
陽子と電子が組み合わさって原子になり、原子が組み合わさって分子になって、さらにそれが集まったり化学反応を起こしたりして物質になるのだ。
例えば人は、炭素と水素と窒素、酸素、リン、硫黄などからできていたはずである。
異世界であろうとも、さすがにこのあたりのことは同じだろうと思われた。
つまり、魔力とは原子や分子を世界に保つための力だと考えればいいのだろうか。
(まずい、だんだん混乱してきた……)
もちろん、魔力という存在がある以上、すべて前世の常識で考えてはいけないのだろうが、ひとまずのところはそう考えておけばいいだろうか。
そう考えると、確かにゼレンシウスの言うことは理解できた。同時に、魔力がなくなれば世界が滅亡すると言う意味も。世界から分子や原子がなくなったら、その集合体である物も人も動物ももちろんいなくなってしまう。
(でも待って、創世の前にも、この世界には岩や砂はあったんでしょ? だったら全部が全部分解されるわけではないはずよ。……いや待って、そもそも、原子を作っている電子や陽子って、半永久的に存在してるんじゃないの?)
確か、質量保存の法則と言うやつだ。
例えば陽子と電子が組み合わさって酸素と水素の原子が作られ、それが結合して水分子ができたとする。その水分子が再び酸素と水素に分解された場合、目には見えないが水分子が構成されていた陽子と電子の数は変わらないのだ。
前世ではそのように物質は姿を変え、世界に存在していると習った。
陽子と電子は姿を変えて半永久的に──厳密にはヘリウムのような軽い気体は宇宙空間に逃げていくので少し違うとは化学の先生が言っていた気がするが──地球上を循環していたのだ。
(物質が宇宙空間に逃げて行かないのは、重力が関係していたはずだけど、この世界では魔力が関係するってこと?)
重力はこの世界にも存在しているはずなのだが、この世界の分子とか原子とかは、魔力でなければ世界にとどまっていられないのだろうか。
(そうなるとやっぱり世界には魔力が必要ってことね。そしてその魔力をうまく循環させないと、物質を作る分子とかがなくなっちゃうわけよ。よし、なんとなくわかってきた。……でも、理解はできたけど、全然問題解決にはならないわ)
魔力が何かを理解すると、まわりまわって世界にどうやって魔力を循環させるかというイクシュナーゼが抱えた課題と同じところに行きついてしまう。
そして、シャーリーには何も名案は思い付かなかったが、イクシュナーゼは半永久的に魔力が枯渇しない方法を思いついたから世界を創りかえようとしているのだろうか。それとももっと別の何かだろうか。
そうだとしても、それは世界を創り直さずに今のままどうにかすることはできないものなのだろうか。
(イクシュナーゼが思いついた方法って、何なの……?)
魔力が何なのかは朧気に理解できても、まったく解決策が思い浮かばず、シャーリーはため息を吐いた。