5 帰還
アルベールが、クレアド国イーサン・ジェフ・クレアドを討ち取ったという知らせは、早馬の伝令をもってローゼリア国へもたらされた。
ローゼリア国の緑の塔の中にいたシャーリーとアデルへも、アルベールに遣わされたノームによって知らせられて、アデルとともに気が気でない毎日を送っていたシャーリーはホッと安堵の息をつく。
ノームによると、イーサンを討ち取ったあと、残党処理のときに負傷者は出たものの、ローゼリア国の軍には大きな被害は出ていないそうだ。ただ、ローゼリア軍が駆けつける前まで必死に戦っていたブロリア軍には大勢の死傷者が出ているという。
「ブロリア国は立て直しが大変だろうな」
クレアド国に攻め入られた南の地域は甚大な被害が出ている。その上、第一王子は戦の最中に死に、第二王子のドナルドと第四王子のミッチェルは我が身可愛さにブロリア国の塔の中だ。
ドナルドたちのことを国民が知れば、反感も大きいだろう。下手をすればクレアド国を退けたはいいが内乱が起きましたということになりかねないと、アデルは顔を曇らせる。
「シャーリー、おかわり」
ダイニングテーブルの上にちょこんと座ってクッキーを食べていたノームが、突然おかわりを要求して来た。
「え!? 全部食べちゃったの!?」
皿の上には十枚ほどクッキーがあったはずだ。この小さなモグラの胃はどうなっているんだろう。……いや、考えるだけ無駄だった。これは普通の生物ではなく精霊だ。しかもゲーム設定そのままのとんでもスキルの地の精霊王である。常識は通用しない。
ノームは口髭についたクッキーかすを小さな前足でぬぐいながら、「当然だよ!」と笑う。
「もちろんまだまだ食べられる。それとも何? 先の戦では大活躍だった僕を、シャーリーはねぎらってくれないわけ?」
「そう言うわけじゃないけど……」
というか、ノームはいつまでここにいるのだろう。アルベールのところに帰らなくていいのだろうか。
(さっき焼いていたやつはノームが全部食べちゃったから……はあ、もう一回焼かなきゃ)
どういうわけかノームは、シャーリーが指パッチン魔法で呼び出したお菓子には目もくれず、手作りのお菓子ばかりを要求する。作るのは嫌いではないが、今はアデルとブロリア国の今後の話をしたかったのに。
(まあいっか、わたしが聞いたところで、国政とかよくわかんないし)
ともかく、アルベールやエドワルドたちが無事だとわかったので良しとしよう。
シャーリーはノームに「焼き上がるまで待っていて」と言ってキッチンへ向かった。
アデルとノームを二人きりにすることになるが、アデルはノームを気に入っているようなので大丈夫だろう。
指パッチン魔法でノームを呼び出した直後は驚愕していたが、アデルはもともと動物好きで、まん丸なモグラにしか見えないノームを可愛がっている。
キッチンでクッキー生地をこねていると、ダイニングから「くるしゅうない、くるしゅうないよ!」という変な笑い声が聞こえてきて、シャーリーはため息だ。
おそらくだが、アデルにお腹あたりを撫でられて、ノームが悦に浸っているのだと思う。
(というか、戦争終わったのに、ノームたちはこのままなのかな?)
イフリートは暑苦しいし、ノームは我儘でうるさい。フェンリルは比較的おとなしいが、さすがにいつまでもこのままと言うわけにはいかない気がする。しかし、彼らを消すと言うと、アルベールもエドワルドも悲しむ気がして、シャーリーはどうしたものかと考える。
(ゲームの中のキャラとはいえ、現実に動いて喋ってるんだよね。消すのはさすがに、忍びないかなあ。でもずっとこのままなのもなー……)
クッキー生地を型抜きしてオーブンへ投入する。残った生地はひとまとめにして冷凍保存し、今度メロンパンを焼くときに使うことにした。
(ノームがこのまま居座る気なら、あとでアイスボックスクッキーの生地、たくさん作っておかなきゃ。アルベール様たちが帰ってきたら食べたがるだろうし、イフリートがいるから大量に消費されそうだし……。それから帰ってきたアルベール様たちのためのごちそうも……)
クッキーが焼き上がるのを待つ間、洗い物を片づけながら「やることがいっぱいで大変だわ」とぼやく。しかし、シャーリーの口元には、穏やかな笑みが広がっていた。

アルベールたちが戻ってきたのは、それから一か月後のことだった。
その間ノームは、ずっとローゼリア国の緑の塔の中で、食べて寝て遊んでのぐうたら生活を送っていて、アルベールたちが戻って来たときには、以前よりも丸さ加減が増して風船のようになっていた。精霊も太るらしい。
(食べなくても生きていけるらしいのに、食べすぎたら太るとか、謎……)
もしかして、シャーリーの想像力の問題だろうか。
ノームたちを呼び出すときに、ゲームのステータスはしっかり確認したけれど、食事のことなどはちっとも考えていなかった。真実は闇の中だが、余計なことを言ってノームに文句を言われても嫌なので、このことは胸の中に秘めておこう。
ローゼリア国王との話を終えて緑の塔へやってきたアルベールの顔には疲労の色が濃く表れていた。同じように軍の指揮を執っていたエドワルドは、どういうわけか元気いっぱいだが、彼はいつも元気いっぱいなので、あまり気にする必要はない。
「シャーリー、何か食べさせてくれ」
塔に入って開口一番に食事を要求したエドワルドに、思わず苦笑が漏れてしまう。戦争に出ていたのに、相変わらずすぎだ。ただいまの一言もない。
「おかえりエドワルド。元気そうでよかった」
アデルが久しぶりに見る弟の元気な姿にホッと安堵している。
「シャーリー、ただいま」
「おかえりなさい、アルベール様。お疲れみたいですね」
「いろいろあったからね」
二人をダイニングに案内すると、アルベールはダイニングテーブルの上でお腹を出して寝ているノームに目を丸くする。
「……いつまでも戻ってこないと思ったら、ぐうたらしていたみたいだね」
「そうですよ。クッキーとかケーキとか毎日毎日要求するんで、すごく困りました」
今回の戦の作戦には、ノームの力が不可欠だったとはいえ、すっかり王様気取りのノームには困ったものだった。
「いつこちらに戻ってこられるかわからなかったから、食事の準備はできてないんです。お菓子はあるんで、つまんでいてもらえますか? すぐに何か作りますね」
「ありがとう。でも、簡単なものでいいよ。もう夕食の時間もすぎているし、大変だろう?」
ローゼリア国に帰って、汚れを落とした後で国王と謁見し、母の顔を見て、それから緑の塔へ来たから、今はすっかり夜だ。シャーリーとアデルは夕食も入浴も終わっている。
本当は食事を終えて顔だけ見せにやってくるつもりだったらしいが、エドワルドがシャーリーが作ったものがいいと言い出したため、急遽こちらで食事をとることにしたらしい。
「シャーリー、ミソスープだ」
「はいはい」
ミソ玉を渡していたから、移動中でも味噌汁を飲んでいたはずなのに、帰ってもやはり味噌汁がほしいらしい。やれやれだ。
「ああ、そうだ。レンバード将軍がミソ玉を気に入っていたぞ。それからビスケットも。できればレシピがほしいと言っていた」
(え!?)
ビスケットはいいが、ミソ玉はまずい。この世界に味噌がないからだ。これは困ったことになったと思っていると、レンバード将軍と聞いたアデルが、不安そうな表情を浮かべてエドワルドを見上げた。
「エドワルド、ヘンドリックは……」
「レンバード将軍なら元気ですよ。また詳しいことが決まれば報告があると思いますけど、今回の功績で
「ヘンドリックが?」
「はい。でも、詳しい話は食事のときに。今話しはじめるとシャーリーが夕食を作ってくれなそうなので」
「すぐ作ります」
ついつい興味津々に聞いていたシャーリーは、慌ててキッチンへ急いだ。
エドワルドのリクエストの味噌汁と、それから何を作ろう。
(疲れているだろうから……ウナギ?)
ウナギに多く含まれるビタミンBは疲労回復に役立つが、さて、この世界の人たちにウナギは受け入れられるだろうか。
「んー、うな重じゃなくて、細かくしてひつまぶしにすればいけるかな? あとは、キュウリとタコで酢の物に、アボカドとマグロのサラダでしょ。それから茶碗蒸し? これならすぐできるよね」
味噌汁の具材は、オクラとメカブでどうだろう。ともにねばねば食材で相性もいい。
メニューが決まると、シャーリーは急いで料理に取り掛かった。
大急ぎで作っていると、ダイニングの方から「おおおおおお!!」という雄たけびが聞こえてきて、げっと顔を引きつらせる。この声はイフリートだ。失念していた。大食漢がもう一人いた。
(量を増やさないとまずい。フェンリルも食べるだろうし……)
二人が顔を出したときに見ないと思っていたが、姿を消していただけだったらしい。イフリートの大声でノームも起きたようで「うるさいよ!」と文句を言っている声がする。
戦争が終わって緊張が緩んだからか、ダイニングからは賑やかな声が聞こえてくる。
シャーリーも話に混ざりたいが、お腹を空かせているアルベールとエドワルドを待たせるのも忍びないので、聞き耳を立てつつ作業を急いだ。
すぐにできたキュウリとタコの酢の物と、アボカドとマグロのサラダをダイニングテーブルに運べば、なぜかアデルがフェンリルの上に乗っていた。
アデルのうしろでは、エドワルドが「次は俺です」と騒いでいる。