「不思議な見た目をしているのに、普通にご飯を食べるんだね。面白いな」
アデルが感心しているが、そこは感心するポイントではない気がする。
「それで、ラッセル老の作戦を遂行するとして、どうするつもりだ?」
アデルが訊ねると、エドワルドは口の中の食べ物をごくんと飲みこんで答えた。
「火攻めについては昨日話しましたよね? それ以外に、北西街道を岩で埋めたり、投擲する役目をノームに任せようと思います」
「崖からの奇襲はどうする?」
「それは私が出る」
「え!?」
アルベールの言葉にシャーリーは目を見開いたが、それはアデルもエドワルドも一緒だった。
「何をおっしゃっているんですか!? アルベール殿下は指揮を執る立場のはずです」
アデルの言う通りだった。アルベールもエドワルドも軍の指揮を執る立場だ。前線で戦う役目ではない。だというのに、アルベールは首を横に振った。
「この崖は垂直に切り立っていて、ここから降りるのは相当難しいだろう? 馬も使えない。もたもたしていたら逆に狙いうちだ。その点、私ならフェンリルの補助で降りることができる。姿を消していても、周囲に見えないだけで特技は使うことができるんだろう?」
「だからって単身で突っ込むつもりですか?」
「無謀かもしれないな。だが、私が一番勝率が高い。……それに、ブロリア国は私の国だ。ローゼリアの王子や軍にばかり頼るわけにはいかない」
「そんな!」
「大丈夫だ。フェンリルの特技に防御結界があったはず……そうだろう、フェンリル」
「ふぐっ」
フェンリルが口いっぱいにロールキャベツもどきを頰張って首を縦に振った。口の周りがトマトソースで赤くなっている。
「でも……」
「大丈夫だ、ブレンダン将軍が率いている軍とともに崖上に回る。私が軍を搔きまわしている間に、ブレンダン将軍たちも追いつくことができるだろう。絶対に負けない。敵総大将の首は私がとる」
フェンリルの補助があればアルベールが怪我をすることはないのかもしれない。
フェンリルの特技の防御結界は、ゲームの設定では物理攻撃を完全に無効化できる。この世界に魔法攻撃は存在しないから、敵軍の攻撃はアルベールに傷一つつけることはできないだろう。
それはわかっているけれど、これはゲームではなくて──現実世界だから不安なのだ。
「本当はイフリートやノーム、フェンリルの特技でクレアド軍を壊滅させられれば一番いいんだがな、あまり派手にやるとさすがに怪しまれるだろう?」
すでに人力ではどうしようもないところを精霊に任せているくせに、エドワルドがもっともらしく言った。
だが逆にそれでシャーリーの肩の力が抜ける。……そうだ。どうしようもなくなれば、精霊たちの力で何とでもなる。そう信じよう。この戦いは絶対に負けない。
アデルがコーンスープを飲んでいた手を止めた。
「大丈夫……なんだよね?」
「大丈夫です姉上。勝機は我らにあり! 派手に
エドワルドはカッコよく宣言したけれども、すぐ後に「これ一度言ってみたかったんだよな」と余計な一言をつけ加えて、がっくりとシャーリーを脱力させた。
(……信じよう)
つい先日までの暗い雰囲気が一掃されている。エドワルドもアルベールも、もはや負けるとは思っていない。ならばきっと大丈夫。アルベールとエドワルドは、絶対笑顔で帰って来てくれるのだ。
「出立は明日だ。弁当を頼むな、シャーリー」
持って行けたとしても一日分が精一杯なのに、エドワルドがそう言って笑うから、シャーリーも思わず笑い返した。
(日持ちがするビスケットをたくさん焼かないとね)
見送りには行けないけれど、精一杯の気持ちを込めて準備をしよう。だから女神イクシュナーゼでも何でもいい。二人を──みんなを守ってくださいと、シャーリーは祈った。

アルベールとエドワルドが出発して三日が経った。
緑の塔のダイニングテーブルの端っこには常にブロリア国の地図が置かれていて、アデルもシャーリーも暇さえあれば地図と睨めっこしている。
連合軍は、エドワルドとアデルの元護衛官であるヘンドリック・ビル・レンバード将軍が率いる本隊と、アルベールとブレンダン将軍が率いる奇襲隊に別れて行動しているようだ。
奇襲隊はアルベールとともに崖上に回り、クレアド軍が本隊と衝突したのちに弓で攻撃する役割も担う。
エドワルドにはイフリート、アルベールにはノームとフェンリルがそれぞれともに行動していて、ラッセル老の計画通り、本隊が北北西街道に近づいたところで、北西街道の道を封鎖し、三カ所に火をつける。
北西街道の封鎖はノーム、火をつけて敵を追い込む役目はイフリートが担っている。
アルベールは崖上で待機しつつ、北西街道を封鎖したノームと合流。
ノームはクレアド軍が北北西街道に回り込み、本隊と衝突、敵総大将であるクレアド国王イーサン・ジェフ・クレアドが戦闘から中ほどに移動してくるのを確認後、投擲を開始して中央部分を孤立させる。そのまま投擲を続け、敵中央部分の隊の数が削れたところでアルベールが崖をフェンリルの力で下り降りて、イーサンの首を狙うという寸法だ。
エドワルドは何日後に作戦が開始されるとは言わなかったけれど、軍が到着するのは三週間はかかるとアデルは言う。
クレアド軍が北へ向けて北上を続け、ブロリア軍もそれを阻もうと善戦してくれている今、三週間の時間は優に稼げるはずだ。
あとは味方であるブロリア国軍を火攻めに巻き込まないかだが、それについてはブレンダン将軍が鷹文で連絡を取ってくれるという。
クレアド軍の進軍を止めるべく前線に向かった中に、ブレンダン将軍の戦友である将軍が二名いるそうで、彼らと連携し、作戦に巻き込まれないようにうまくブロリア軍を誘導してもらうそうだ。
ラッセル老も、なんとエドワルドとともに戦場へ向かうと言ったらしい。
もちろんラッセル老は剣を持って戦うわけではないが、それでも危ないことには変わりないので、エドワルドもローゼリア国王も止めたらしいが、自分のかわりに刻々と状況が変化する戦場で、最善の策を出せる人間が他にいるのかと逆に詰め寄られてあえなく撃沈したという。
「ラッセル老の体力は心配だが……、正直、彼が同行してくれたのはありがたいね」
アデルが作戦の場所である谷底に、白い石をおいた。
この作戦には、現在クレアド軍の進軍を押さえようと奮戦しているブロリア軍は数に入れていないという。どのくらいの戦力が残っているか不明瞭なため組み込めなかったらしい。
ブロリア軍の戦力が想定外に残っていたらその分戦況は有利に働くし、そうでなくても勝てるようにラッセル老は策を練っている。
「彼ならきっと、その場で最善の方法を導き出してくれる。勝てるよ。大丈夫。……きっとみんな、無事に帰って来てくれるよ」
アデルは自分に言い聞かせるように言う。思い切りズルをした分こちらに勝算があるとわかっていても、不安なのはシャーリーも一緒だった。これは戦争だ。勝てたとしても無傷とはいかない。一人でも多くの兵が無事に帰ってきますようにと、願うことしかできない。
(みんな帰ってくる。……だから、わたしはわたしのできることをしないとね)
エドワルドに渡した緑の蔦の鉢植えは、おそらく彼が不在にしている間に枯れてしまうだろう。
クレアド軍が侵略してきたのも、元はと言えば緑の塔が枯れて国が滅びへ向かいはじめたからに他ならない。
ならば、やはり緑の蔦の研究は急ぐべきで、リアムが考えるとおりに、蔦を外へ持ち出して、そこから大地に魔力供給が行えるようになれば、再び同じようなことがおこることもないだろう。
(蔦の鉢植えはブロリア国の塔に置いてきたままだし……ドナルド王子たちがいるあの塔には戻れないから、新しく作るしかないもんね)
そうなると、塔の最上階である三十三階まで、えっちらおっちらと上って行かないといけないわけで。
(よし。みんな頑張っているときに、階段を上るのがつらいとか言ってられないよね!)
三十三階で、リアムがしたように高枝ばさみで蔦を切り取って、地下の泉で成長させたあとで鉢植えを作る。今からすれば、アルベールたちが帰ってくるころには、鉢植えが完成しているだろう。
シャーリーはダイニングから出ると、上へ上へと伸びている階段を見上げて、ぐっと拳を握りしめた。