「位置関係的にブロリア国が狙われる可能性は高かったが……、そうか」

 アルベールの声は静かだったが、眉間には深い皺が寄っている。

 シャーリーはエドワルドとアルベールにお茶を入れて、昨日作っておいたガトーショコラを出した。昼食前だが、話をするのにはあった方がいいだろう。

「クレアド国の侵略先はブロリア国だったんですか?」

「そう考えるのが妥当だな」

「そんな……」

 シャーリーは心配になってアルベールを見たが、アルベールは意外にも冷静で、エドワルドがダイニングテーブルの上に広げた地図を見る。

 アルベールが地図上のガラドリアの町にペンで丸を付けた。

 地理に疎いシャーリーも、そのおかげでどこが陥落したのかすぐにわかった。ブロリア国の最南端で、東はバドローナ湖に面している場所だ。

「クレアド国と国境を接している国の中で、奇襲をかけやすい場所の中の一つにガラドリアがあったんだ。だが、想定以上に動きが早かったな」

「ガラドリアの町近辺の守りはどうなんですか?」

「ガラドリアを含むこのあたりはマデリー伯爵が治めている。クレアド国と隣接していることもあって、防衛に力を入れている土地だ。だが……、援軍が来なければ、どんなに頑張っても一か月は持たないだろう。王都へ進軍するにはどうあってもマデリー伯爵領を抜けないといけないから、ここで足止めできている間に体制を整えないと一気に王都まで攻め入られるぞ」

 アルベールによると、マデリー伯爵領を抜けると一気に土地が東西に広くなるのだそうだ。

 地形を利用して他方から攻め入られれば、防ぐのは困難だろうと言う。

 王都は分厚い城壁に囲まれているが、もう何十年も大きな争いもなく平和ボケしているブロリア国の王都の防衛力など、クレアド国の軍事力を前にすればたかが知れているらしい。

 サリタ王女から事情を聞いた時点でローゼリア国王がすぐに動き、周辺諸国には警戒を怠らないようにと通達を出しているが、クレアド国の動きがあまりに早かったためろくな対策はとれていないだろう。

「八か国同盟の各国の反応は?」

「微妙ですね。昨日の時点で、即時の判断はできないと返答した国が大半です」

「クレアド国の狙いはどこか一つの国だ。なるほど、自国に火の粉が降り注がなければ、何かとごねて静観するつもりか。……ブロリア国は落ちるな」

「アルベール様!」

「父上には軍を率いるだけの度量がない。軍の将軍とは何人か面識があるし、彼らのことは優れていると思うが、私が知っている限り、戦と言うよりは災害救助にばかり駆り出されていて、実戦経験がまるでないんだ。指揮が取れる指揮官も少ない。実戦経験のある兵もほとんどいない。この状況で、勝てるとは思えない」

 アルベールは冷静に状況を判断しているようだが、シャーリーは彼の視線が地図上のある一点にずっととどまっていることに気がついた。ブロリア国の北、ローゼリア国と国境を接している場所だ。

 ──ブロリア国で心配なのは母上のことだけだが、私が塔に入ると同時に実家の男爵家に戻ると言っていたから……。

 ふと、少し前のアルベールの言葉を思い出したシャーリーはハッとした。もしかして……。

「アルベール様のお母様がいらっしゃるのはどこですか?」

「……ここだ」

(やっぱり!)

 アルベールはブロリア国の北──ずっと見つめていた場所を指さした。

 王都から離れているとはいえ、ブロリア国が陥落すれば必ず影響が出るだろう。それどころか、第二妃という立場から処刑対象に上がるかもしれない。

「エドワルド様、ローゼリア国から援軍は出ないんですか?」

 せめてアルベールの母親だけでも救い出せないだろうか。

 シャーリーはすがるような思いでエドワルドを見たが、彼は首を横に振った。

「友好国だし、ブロリア国の塔には姉上もシャーリーもいるから、父上も心配しているのは本当だ。だが、そうそうすぐに援軍は出せない。準備も整っていないし、軍の会議も平行線だ」

「どうして!」

「あまりにも不利だからだ。ほかの同盟国の援軍が得られない場合、ローゼリア国が軍を動かしても、正直なところ勝率は高くない。最悪共倒れ……全滅だ」

「そんなにクレアド国って強いんですか?」

「軍事国家だと言っただろう? まず、軍に籍をおく人数が圧倒的に違う。ブロリア国とローゼリア国の兵の数をたしても、クレアド国の兵の数の半分にも満たない。そしてクレアド国には徴兵制度がある。軍に所属していなくとも、男は成人してから三年間は軍で戦い方を学ぶんだ。クレアド国の国民の成人男性は全員戦えると思ってくれ」

 戦争は必ずしも単純な足し算引き算で測れないものもあるというが、一個隊の実力もクレアド国に軍配が上がる状況で人数まで負けていては──シャーリーでも、どれだけ不利なのかがわかる。

 シャーリーの前世のように、高度な武器があるわけでもない。

 武器でも質でも圧倒できないならば、人数の差がそのまま戦力の差だ。

「父上からは、クレアド国が本格的に進軍を開始しはじめたら、地下の部屋を使って、姉上とお前はこちらの塔へ避難してくるようにと言われている」

「そんなことをしたら、ブロリア国の塔が空っぽになっちゃいますよ」

「……クレアド国に奪われるなら、やむを得ない」

 つまりは、エドワルドもローゼリア国王も、ブロリア国が陥落するのを前提に考えていると言うことではないのだろうか。

「アルベール様!」

………………どうすることも、できないだろうな」

 長い沈黙の後で、アルベールがため息を吐くように言った。

 エドワルドがアルベールに気遣うような視線を向けた。

「アルベール殿下の母君だけでもこちらへ連れてこられないか、父上に相談してみます。戦争が本格化する前なら、地理的には不可能な場所ではなさそうですし」

「そうしてくれるととても嬉しいが……どのみち、ブロリア国が落ちれば、私や母上の身柄は引き渡せと要求されるだろうな」

 シャーリーは首を傾げた。

「どういうことですか……?」

「滅ぼした国の王族は皆殺しが鉄則だ。いずれ謀反につながるかもしれないからな」

「そんな!」

 ということは、ブロリア国がクレアド国に奪われれば、アルベールは殺されてしまうということではないか。

 シャーリーは思わず立ち上がったが、アルベールは微苦笑を浮かべて首を横に振った。

「どうしようもない。私は塔の中で……、捨て身の覚悟で軍を率いて戦うことすらできないのだから」

「諦めちゃうんですか!?

 アルベールはぎゅっと目を閉じた。

 口では何と言っても、そう簡単に自分の命や大切な人の命を諦められるはずはない。

 自分の国が滅ぼされて悔しくないはずがない。

 いろいろな悔しさや絶望を飲みこんで、取り乱さないように冷静に努めているだけで、アルベールの心の中にはシャーリーが想像できないほどの動揺が広がっていることだろう。

 シャーリーは口を押さえる。

「ごめんなさい……、言いすぎました」

「いや、いい。事実だ」

 エドワルドはぎゅっと拳を握りしめて立ち上がった。

「アルベール殿下の見立てでは、マデリー伯爵領で一か月程度なら足止めできるんですよね?」

「一か月に満たないだろうが、反撃を考えず、防衛に徹すればおそらくは……」

「わかりました。その間に父上に同盟各国を説得するようにお願いしてみます。それから、一か月と言いましたけど、それ以上足止めする方法がないか考えてくれませんか? ブロリア国の地理に詳しくない俺より、アルベール殿下の方が何かいい案を思いつくでしょう? まだ諦めてしまうには早いですよ」

「エドワルド様……」

「シャーリーはそこで、アルベール殿下を鼓舞していてくれ。落ち着いたら姉上にも報告を頼む、俺はいったん城に戻って父上と相談してくるから……そうだな、また夕方、ここに来る」

 エドワルドはまだ諦めていない。何とかしてブロリア国を──アルベールを救おうとしてくれている。

 それがわかったから、シャーリーはきゅっと唇を引き結んで大きく頷いた。

「わかりました。最悪爆薬でも何でも指パッチンで呼び出して、わたしも加勢しますから!」

(そうよ! この世界に武器がなくても、わたしが呼び出せるかもしれないもの!)

 ここから出られなくても、多少なりとも役に立ちたい。巨大な爆弾はよくわからないけど、ダイナマイトもどきくらいなら呼び出せないだろうか。電波とか電気の原理がわからなくてもテレビや冷蔵庫まで出せたのだから、きっと何とかなるはずだ。要は想像力の問題である。

 シャーリーがそう言いながらエドワルドを見送ったとき、アルベールがハッと息を吞んだ。

「爆薬……そうか」

 アルベールは空色の瞳を見開いて、食い入るように地図を見つめた。

「……シャーリー、足止め程度なら、もう少し時間が稼げるかもしれない」



「岩山を崩落、ですか?」

 シャーリーは耳を疑った。

 アルベールは紙とペンを用意して、ガラドリア町周辺の拡大地図を描いた。どうでもいいが、アルベールはあまり絵心がないらしく、地図はすごく適当だ。

「そうだ。バドローナ湖の反対側のこのあたり、ここには岩山が広がっているんだが、ここの岩山を爆発して道を塞げば、ガラドリアの町から北上するための移動手段は、湖の近くの森を抜けるしかなくなる。森の中は視界が悪いため、地形を利用すれば人数で劣っていてもこちらからの攻撃も通るだろう。クレアド国の進軍を止めつつ、その間にこの場所に堤防を作る。そして湖を決壊させれば、斜面を利用して水が溢れ出し、ガラドリアの町まで水で埋まる。もともと雨季には湖が氾濫して被害が出やすい地域なんだ。これらがうまく運べば、長期間の足止めができるはずだ」

「なるほど! アルベール様、すごいです!」

「だが、撤退までは追い込めないだろう。これはあくまで足止め策だ」

 それでも、足止めできれば時間稼ぎができる。その間にエドワルドやローゼリア国王も動くだろうし、ブロリア国の王や王子だって、みすみす自国が奪われることを良しとしないだろう。全員で考えれば何か策も出るはずだ。

「私の剣の師が近衛隊の将軍なんだ。ブレンダン将軍という。一筆書くから、エドワルド殿下に頼めば届けてもらえるだろうか。できれば鷹文で。すぐに届けてほしい」

「もちろんですよ! じゃあ、爆破するための爆弾が必要ですよね!」

 よしきた! とシャーリーが指を構える。

 しかし、指をパッチンと鳴らす前に、アルベールから待ったがかかった。

「待て、爆薬ぐらいならどこの国でも持っている。シャーリーの出したものは見慣れないものばかりだからやめておいた方がいい!」

…………そうなんですか?」

 せっかく役に立てる場面が来たのに止められて、シャーリーはちょっと口を尖らせた。

「ああ。今のところは大丈夫だ。私はこれからブレンダン将軍に手紙を書くから……、シャーリーは、昼食づくりの途中ではなかったか?」

「そうでした」

 それどころではなくて忘れていた。

 アデルは今の時間はブロリア国の緑の塔の二階のジムで汗を流しているから、昼食の時にエドワルドから聞いた報告をするのだ。急いで昼食の準備を再開しなくては。

「シャーリー、さやいんげんの筋取りだが、ここまでは終わったがあとこれだけ残っている」

「ありがとうございます。残りはわたしがもらいますね」

 アルベールが半分ほど筋を取ったさやいんげんを受け取って、シャーリーはキッチンへ急いだ。アルベールはダイニングにレターセットを広げて、せっせと手紙を書きはじめる。さっきの作戦なども詳しく書いているようで、一筆と言う割には長くなりそうだ。

(よかった。アルベール様、諦めてないみたい)

 空色の瞳から諦めの色がなくなったのを見て、シャーリーはホッとする。

 シャーリーだって、アルベールがいなくなるのは嫌だ。戦況が芳しくなければ、指パッチン魔法でどこまでも応戦する気満々である。たとえそれで、秘密にしなければ異端扱いされると言われた指パッチン魔法が露見しようともかまわない。アルベールが死ぬよりましだ。

(というか、武器なんて思いつかなくても、高いところから何個も冷蔵庫を落とせばいけるんじゃないかしら……?)

 題して、冷蔵庫生き埋め作戦。いや、重すぎて即死かもしれないから生き埋めではなく即死作戦だろうか。シャーリーは物騒なことを考えながら、肉じゃがの味を見る。

(ほかにも電子レンジとか包丁とか? そう考えると、この指パッチン魔法、使い方によってはかなり物騒な使い方ができそう……)

 シャーリーは意外と戦力になりそうだ。

(なんか、いける気がしてきた)

 いっそのこと冷蔵庫バリケードで進軍を止めると言う手もある。それほど悲嘆するような状況ではないかもしれない──そこまで考えて、シャーリーは重大なことに気がついた。

 シャーリーはブロリア国王によって、ブロリア国の緑の塔に登録されている。塔の中を移動することはできるけれど、塔の外へは出られないのだ。これでは指パッチン魔法で応戦できない。

「何か役に立ちたいのに……」

 アルベールがピンチだというのに、何もできないのはつらい。

 シャーリーは筋を取ったさやいんげんを塩ゆでしつつ考えたが、そう簡単には名案は思い付かなかった。



 夕方になって、約束通りエドワルドがローゼリア国の塔へやってきた。

 アデルには昼食の時に状況説明を終えている。

 エドワルドにもアルベールが考えた作戦を伝えると、彼はすぐに国王に伝えて手紙をブレンダン将軍へ届けるように手はずを整えさせると言った。

 アデルとともにテレビ電話越しに、エドワルドとアルベールの四人で今後の相談をする。と言っても、他国に進軍されたときの対応などシャーリーが知るはずもないから、基本的に聞き役だ。

「アルベール殿下の作戦通り足止めができたとして、その間にどう動くかが大事ですね。エドワルド、父上はなんて?」

「同盟国には引き続き要請を出してみるが、援軍が得られないことを想定して動いておいた方がいいだろうとのことでした。ただ、ローゼリア国内でもブロリア国に加勢するか、自国の防衛に徹するか意見が分かれているようで、もし加勢するとなっても、全軍は割けないと」

 アデルはテーブルの上に広げた地図を睨んだ。

「今回は完全に防衛戦で分が悪すぎるからね……。クレアド国は国を捨てて進軍しているのだから、回り込んでクレアド国を落としたところで相手は痛くもかゆくもないだろう。これだけの戦力差では、守るだけでもなかなかしんどい」

「和平交渉も無理だろうな。相手がほしいのはブロリア国そのものなのだから」

 アルベールが嘆息した。

 アルベールの作戦で時間稼ぎはできるが、そこから先も簡単にはいかないらしい。

「足止めしている間にあちらの戦力を少しでも割いておきたいところだが、かといって、半分にできても勝機は薄い」

「そんなに……?」

 シャーリーは茫然とした。戦力を半減させてもこちらが勝てる見込みの方が薄いなんて、クレアド国の軍事力はどれほど強大なのだろうか。

 アルベールはトントンとテーブルの上を叩いた。テレビ画面にははっきり映っていないが、彼の目の前にも地図が広げられているようだ。

「これだけ軍の人数が違うなら……むしろ軍の人数を削るより、直接軍を率いている頭──この場合クレアド国王か。それを撃ちに行く方がまだ勝機はあるかもしれないが。あれだけの軍勢の裏をかいて王の首を狙いに行けるほどの精鋭は、うちにはいない」

 足止めができても、絶望的な状況には変わりないようだ。

 しかし、アルベールの空色の瞳は、まだ諦めていない。エドワルドもアデルも、もちろんシャーリーだって、絶対に諦めたくはない。何かあるはずだ。

「この場合いっそ、足止めしている間に王都から父上や国民を避難させて、一度王都を明け渡して包囲した方が……いや、それができてもこの人数差ではやはりきついな……」

 アルベールはぶつぶつと口の中でつぶやいて、ぐしゃりと頭をかきむしった。

「ダメだ、どの方法でも勝てる気がしない」

「アルベール殿下、時間はないですけど、焦ってもいい案は浮かびません。足止めできる分、時間も生まれるはずです。いろいろな方面から考えてみましょう」

「俺もじじい……教育係のラッセル老に訊いてみます」

「なんだ、エドワルドは今、ラッセル老から学んでるの? ラッセル老は各国の軍事書物にも詳しいから、もしかしたらいい案が浮かぶかもね!」

 アデルが明るい声を出す。まだこちらにも勝機は残っているのだと、まるで言い聞かせているようだとシャーリーは思った。

 エドワルドが頷いて立ち上がった。

「また明日来ます。必ず打開策はあるはずですから」

 アルベールが地図から顔をあげて、それからゆっくりと頭を下げた。

「ありがとう……アデル王女、エドワルド殿下」

 その姿勢のままなかなか頭をあげないアルベールの心の中は、きっと多くの不安や恐怖が渦巻いているはずだ。

 絶対に、ブロリア国を奪わせたりしない。

 敗戦国の王族として、アルベールを、クレアド国の国王に処刑させたりしない。

(絶対方法はあるはずよ)

 シャーリーは拳を握りしめて、自身を鼓舞するように何度も言い聞かせる。


 ──けれどもそれから二週間後、悪夢のような報せはもたらされた。

 アルベールの作戦のおかげで、クレアド国の軍勢をガラドリアの町近辺でひとまず足止めすることに成功した。

 しかしそこから先、クレアド国の軍勢を撃退するいい方法は思いつかず、時間ばかりがすぎて、全員が焦りを募らせていた時のことだった。

 僅かな物音にいち早く気付いたのは、ダイニングテーブルで地図を睨むように見つめていたアデルだった。

 シャーリーはキッチンで朝食の後片付けをしていて、テレビ画面の向こうでは、アデルと同じように難しい顔をしたアルベールの姿が映っている。

「……誰か来た」

 アデルが小さな声でそう言って、ダイニングから飛び出していった。

 シャーリーも気づいてアデルを追おうとしたけれど、手で制されて立ち止まる。

 アデルがダイニングから出て行くと、すぐに「おお、アデル王女!」と声がした。

 そっと扉まで近寄って玄関を確認すれば、いつぞやのドナルド王子と、もう一人、薄い金髪の男の姿がある。

「ドナルド殿下、それにミッチェル殿下も、どうされたんですか?」

 アデルの声で、もう一人の薄い金髪がミッチェル王子だと判明した。ミッチェル・パット・ブロリア。ブロリア国の魔力持ちの第四王子だ。確か十六歳だったはず。

(なんであいつらが来たのよ)

 シャーリーはつい拳を握り締めてファイティングポーズを取った。もしアデルに何かしようものなら、どんな手段を用いてでも目にもの見せてくれる。

「シャーリー」

 小声で呼ばれたのでテレビ電話画面を見ると、アデルの声が聞こえていたらしいアルベールが難しい顔をしていた。どうしたのだろうとダイニングの扉を閉めてテレビに近寄れば、アルベールは声を落として言う。

「嫌な予感がする。あいつらがこのままここに居座りそうなら、今すぐシャーリーが出したものを片づけて、隙を見てアデル王女と地下二階の部屋に向かってくれ」

「どうしてですか?」

「この戦時中に、本当ならば軍を指揮しなければならない立場の王子が、二人もそろってここに来ることがおかしいということだ。いいから早く。私は地下でシャーリーとアデル王女の名前を呼び続けておくから、できるだけ急いで向かってくれ」

「わかりました」

 確かに、アルベールの言う通り、今にも国を奪われそうなこの状況下で、のんびり世間話をしに来たわけでもあるまい。

 シャーリーは頷いて、パチンと指を鳴らした。この塔にあるシャーリーが出したり改造したりしたすべての「異質」なものを消し去る。

 テレビや冷蔵庫などが消えると、途端にダイニングの中はガランとした雰囲気になった。

 シャーリーは再びダイニングの扉に近寄ると、小さく開けて外を確認する。

 アデルとブロリア国の王子二人は、まだ話し込んでいた。

「どういうことですか?」

 アデルの険しい声がする。

(どうしたのかしら……?)

 アデルは温厚な性格をしているので、滅多なことでは怒らない。そのアデルが、声だけでもわかるほど、ひどく怒っている。

 シャーリーは息を殺して、アデルたちの会話に聞き耳を立てた。

「だから、しばらくこちらで生活させていただきたいのです」

 ドナルドがさも当然といった口ぶりで言った。

(え?)

 シャーリーは驚きのあまり声を出しかけて、慌てて片手で口をふさぐ。

(ここで生活? 王子たちが? 塔に入るのが嫌でアルベール様に押し付けたくせに、なんで?)

 解せない。ドナルドたちの目的は何だろうか。ただここで生活したいだけではないはずだ。

「なぜなのか理由をお訊ねしても?」

「理由が必要ですか?」

「ええ。ここにはわたしと侍女……女しかおりませんので、男性を招き入れるのは少々外聞が悪いですから。相応の理由がないと受け入れられません」

 おそらく、アデルの本音は、この戦時中に何の用だと言いたいのだろうが、アデルとシャーリーが外の情報を仕入れていることを知られるのはまずい。そのため、遠回しに訊ねながら、二人の目的を探る作戦なのだろう。

 シャーリーも二人が素直に本音を話すと思っていなかったけれど、ドナルドたちはほんの僅かな逡巡ののち、あっさり白状した。

「実は現在、我が国は他国に侵略されているのです」

「……なんですって?」

 アデルがさもはじめて知ったと言わんばかりに驚いて見せた。役者だ。シャーリーではこうはいかない。間違いなく顔に出る。

「そして戦況はあまりよろしくない。先日、攻め入られている南に兵を率いて向かった兄──第一王子が殺されたと、今朝方報告が上がりました。見せしめに首がさらされ、南の兵士たちの士気は低下、ここまで攻め入られるのも時間の問題かと思われます。父は狼狽してまともな判断ができていない様子ですし、この国はもうじき落ちるでしょう」

(グレゴリー第一王子が殺された!?

 それはまだシャーリーたちも知り得ていなかった情報だ。しかしそれよりも、この国が落ちると、さも当然のように語るドナルドが不気味だった。

(王子のくせに……なんでそう平然としていられるの?)

 アルベールは塔に閉じ込められた状況でも、何とか打開策がないかと必死に頭を働かせている。

 戦場で殺されたという第一王子グレゴリーも、国を守るために兵を率いたのではないのか。

 それなのに、別に国が奪われてもいいと言わんばかりの態度の王子二人が信じられない。

「それと、あなた方がこちらで生活したいという申し出の、何が関係しているのですか?」

 アデルの声が一段と硬質になった。アデルも、こんなところで暢気に無駄話をしていないで、王子ならば国のために働けと思っているのだろう。

「ここまで言ってもまだわからないんですか。察していただきたいんですけど」

 ドナルドではなく、第四王子ミッチェルがうんざりと言った。

「国が落ちるんです。わが身を守るのが当然でしょう? ここへは魔力持ちしか入れませんからね。話に聞くと、敵国──クレアド国にはもう魔力持ちはいないようですから、ここにいれば安全なんです」

 シャーリーは啞然とした。

(何言ってるの、この人……)

 つまりは、逃げてきたということだ。国も、国民も、父も母も捨てて、わが身可愛さに。

 シャーリーの中に沸々と怒りがこみ上げる。

(塔に入りたくなくてアルベール様に押し付けて、今度は国を守る義務も放棄して、家族すら捨てて逃げてきた……?)

 国が落ちれば、国王である父親や王妃である母親がどうなるかなど、わかりきっている。

 国民たちも、国を追い出されるかはたまた奴隷のように扱われるかのどちらかだろう。

「……ここに逃げて……どうするつもりですか?」

 冷ややかなアデルの声にも、王子二人は怯むこともなかった。

「どうするとは? 確か、八か国同盟が対応を検討中なんですよね。それならそのうち、同盟国が動くでしょう。国を取り返したときに王族がいなければ国が存続できませんから、まあ、言ってしまえば戦略的撤退と言うやつです」

 何が戦略的撤退だ。ふざけるな。

(アデル様、追い返しましょう!)

 扉の横の壁に、シャーリーは猫のように爪を立てた。腹が立って仕方がない。

 アルベールはこの二週間、夜もまともに眠らず、必死でクレアド国を追い返す策を練っていたのに。エドワルドだって、軍の会議に父王の説得と、あちこち駆けずり回っていた。アデルだって毎日ずっと地図と睨めっこを続けて、どうにかしてブロリア国を守ろうと頭を悩ませていたのだ。

 それなのに、一番の当事者である王子二人が、あっさりすべてを見捨てて逃げてきたなんて、許せない。

 さらに、自分たちで何とかせず、同盟国が助けてくれるまでこのままここでのんびり暮らすつもりだなんて、こいつらには王族の義務や矜持と言うものが存在しないのだろうか。

 アデルがはーっと長い息を吐いた。

「わかりました。少しの間こちらでお待ちください。せめて侍女が驚かないよう、先に説明させてください」

「おわかりいただけて嬉しいですよ」

 アデルがダイニングへ戻って来ようとしたので、シャーリーは慌てて扉から離れた。

 しかしアデルはシャーリーが聞き耳を立てていたことに気が付いていたようで、ダイニングの扉を後ろ手で閉めると、がらんとしたダイニングの中を見渡してから、いらだたしげに言う。

「聞いていた通りだよ。追い返したいのは山々だが、締め出す方法がないから何をしたって無駄だろう。あの二人がここにいたらアルベール殿下たちと作戦会議もできないし……困ったね」

 アデルが唯一残っているダイニングテーブルの上の地図を小さくたたんで、ズボンの腰のところに挟んで隠した。ベストを着ているので、そこに挟んでおけば気づかれない。

「そのことですけど……」

 シャーリーが先ほどアルベールに言われたことをアデルに伝えると、アデルは小さく頷く。

「……なるほど。それがいいかもね。ここにあの二人がいるなら、わたしたちがいなくなっても塔の維持は問題ない」

 ドナルドとミッチェルは地下二階の部屋の秘密を知らないし、万が一気づかれたところで、ほかの塔から呼ばれない限り移動することはできない。

 それに、遅かれ早かれ、ローゼリア国王はアデルとシャーリーをローゼリアの塔へ移動させる計画を立てていたそうだ。その計画が早まっただけである。

「一応歓迎しているそぶりだけ見せておいて、隙を見て地下の部屋へ向かおう」

「わかりました。じゃあ、お茶を用意します。……お菓子は、全部片づけたからないですけど、お茶なら支給品のものがあったはずですから」

 シャーリーが指パッチン魔法で食べ物などを呼び出していることは誰も知らないので、相変わらずこの塔には食料などの支給品が届けられていた。

 クレアド国がブロリア国を制圧した後はどうなるかわからないが、あちらもこの塔を維持しなければ、せっかく奪った国が滅びてしまうので、最低限のことは続けるだろう。ドナルドたちもおそらくそれを見越して、ここにいれば命だけは助かると踏んでいるのかもしれない。

 アデルがドナルドたちを呼びに行ったので、シャーリーは急いでキッチンへ向かった。湯を沸かして、手早く茶を入れる。

 アデルと王子二人の三人分の紅茶を持って戻ると、ドナルドたちはまるで我が家のようにくつろいでいた。……ムカつく。

 シャーリーが紅茶を出しても、礼一つ言わない。シャーリーはアデルの侍女だがこの二人の侍女ではないのに、世話をされて当たり前だと思っている様子だ。

(紅茶に塩を入れてやればよかった!)

 あまりの傲慢さに、エドワルドの我儘がすっごく可愛く思えてきた。エドワルドは我儘を言ってシャーリーを困らせることはあるけれど、きちんと分別をわきまえている。それに彼はきちんとお礼が言える王子だし、自分ができることは率先して手伝おうとする可愛らしい一面もあるのだ。

(アルベール様と比べて差が出るのは当然だけど、エドワルド様と比べても天と地ほども違うわ!)

 苛立ちを顔に出すわけにもいかないので必死に耐えているが、そろそろ笑顔が引きつりそうだった。アデルもそれに気づいたようで、紅茶を一口飲んで立ち上がる。

「わたしと侍女は殿下たちのお部屋を準備してまいりますから、こちらでくつろいでいてください」

(ナイス! アデル様!)

 この傲慢な王子たちは、他国の姫が自分たちのために動いても、それが当然だと思っている。

 アデル相手には「ありがとうございます」と口先だけの礼を言うが、そこは礼ではなく「自分でします」ではないのか。馬鹿王子どもめ!

 シャーリーとアデルはダイニングから出ると、顔を見合わせて頷き合った。

 逃げるなら今だ。

 もう、一秒たりともあの王子たちに関わっていたくない。

 アデルとともに急いで地下へ向かうと、魔法陣に入った瞬間にぐにゃりと視界が揺れた。

 本当に、アルベールはずっとアデルとシャーリーの名前を呼び続けてくれていたようだ。

 歪んだ視界が元に戻ると、そこにはアルベールの姿がある。

 シャーリーはホッと息をつくと、アルベールとアデルとともに一階へ向かいながら、何があったのかを手短に説明した。



「……そうか、グレゴリーは死んだのか」

 ダイニングからアルベールの静かな声がする。

 ドナルドたちへの怒りが収まらなかったシャーリーは、説明をアデルに任せて、キッチン台にパン生地を叩きつけていた。八つ当たりできそうなものは何かを考えたときに、真っ先にこれが思い浮かんだのだ。

 ちょっと前にイリスがクリームパンが食べたいと言っていたしちょうどいい。ストレス発散もかねてたくさん作ろう。

 アルベールはドナルドたちが塔に来た目的については予想通りだったそうで、特に言及しなかった。一言、あの二人が考えそうなことだと嘆息しただけだ。

「グレゴリーが死ぬとは思わなかったな。……父上が役に立たないから、実質、ブロリア国の軍の指揮権はグレゴリーが握っていたようなものだ。それなのに死んだなんて……ここから総崩れになるのは間違いないだろう」

 シャーリーはピタリと手を止めた。パン生地の上に濡れ布巾をかけてダイニングへ向かう。

「そんなにまずいんですか?」

 アルベールは粉だらけのシャーリーを見て小さく笑った後で、表情を引き締めて頷いた。

「ああ。父上に軍を率いるだけの度量はないよ。かわりに宰相が動くだろうが……、やはり士気の低下は避けられないだろう。グレゴリーは性格はともかく、あれで意外とリーダーシップがある男だったんだ」

「そんな……まだ、打開策が思いついてないのに……」

 予定では、あと二か月程度は、ガラドリアの町付近でクレアド国の軍勢を足止めできるはずだった。その間に何か方法を見つけようと頑張っていたのだ。

「グレゴリーが自ら動くとは思っていなかった。足止めしつつ、地道に相手の数を減らしながら守りを固めて、一日でも長く足止めするのが目的だったんだ」

「焦りが出た、ということですか?」

「どうだろう。……この戦で手柄を立てれば、玉座は約束される……そんな思いがあったのかもしれないけど、私にはよくわからない」

「どの道、戦況はより芳しくないものになりましたね。エドワルドが来たら、急いで今の状況を伝えて父上に判断を仰がなくては……」

 アデルも難しい顔をしている。

(そんな……)

 ドナルドたちのことは正直どうでもいいけれど、この戦争をなんとか乗り切らないと、アルベールの命が危ない。

 昨日のエドワルドの話では、八か国同盟の説得も難航しているという。

 各国、自国の守りの強化には乗り出し、軍の一部をブロリア国の守りのために進軍させる準備だけはしているらしいのだが、そこで止まっているらしい。

 何のための同盟国だと思ったけれど、アデルによれば、今回のように突然戦争が勃発した場合の対応について、明確な条例を決めていなかったらしいのだ。そのせいで、どの国がどれほどの軍勢を割くかが決まらない。

 本来ならこういう場合、攻め入られている国の国王──この場合ブロリア国王が明確な救援要請を出すべきだとアルベールは言う。その救援要請に対して、各国がそれを全部飲むか一部飲むかは別として、軍を動かす。

 けれども小心者で優柔不断なブロリア国王は、その明確な救援要請が出せていなかった。判断ができなかったと言い換えてもいい。救援を出してもらわなければならない側が、出す側にすべての判断をゆだねてしまったからこうなっているのだ。

「せめてここから出られれば……」

 アルベールがうめいた。

 ドナルドとミッチェルが自分可愛さに国を見捨ててしまったのだから、残る王子はアルベールしかいない。国王に変わって戦争を仕切る人間が必要だ。

「……父上に、アルベール殿下の塔の登録を解除できないか掛け合いましょう。ここにはわたしもシャーリーもいます。ローゼリアの王族がすでにあちらの塔を捨ててきた状況ですから、アルベール殿下がここにいる義務もないはずです」

 アデルが静かに言った。

 アルベールがハッと顔をあげる。

 シャーリーはそっと胸の上を押さえた。

(……アルベール様が、ここから出る?)

 その可能性を、シャーリーは考えていなかった。

 アルベールがここから出て、軍を率いて戦う。

(そんな……、それでもし、第一王子みたいに命を落としたら……)

 ドナルドやミッチェルに対しては、王子なのだから責任をもって国のために闘えと思った。国を見捨てて逃げて来るなんて何様だと思った。でも、アルベールがそれをするのは、どうしようもなく嫌だと……そう、思ってしまう。

(やだ……)

 ここから出たら、戦争に行ったら、もう二度と会えないかもしれない。

 シャーリーの胸の中が不安でいっぱいになったとき、小さな物音が聞こえてきた。ダイニングの扉が開いて、エドワルドが顔を出す。

 そして、そこにいるアデルとシャーリーを見つけて、目を丸くした。

「姉上……シャーリーと二人ともがここにいるなんて、どういうことですか?」

 アデルが手短に先ほどブロリア国の塔であったことを説明すると、エドワルドは眉間にしわを寄せてはーっと息を吐いた。

「なるほど、こちらも厄介なことになっていたんですか」

「こちらも、とは?」

 エドワルドは手に握っていた一通の書状をダイニングテーブルの上に置いた。

「これは、ブロリア国王から父上……ローゼリア国王にあてた手紙です。ブレンダン将軍が持ってきました」

「ブレンダン将軍が? なぜだ、彼まで国から離れたら──」

「説明するより、読んだ方が早いですよ」

 エドワルドが困った表情を浮かべている。どうやら厄介なことが書かれているようだ。

 アルベールは躊躇いながらも書状に手を伸ばして、中身を確認した後で、天井を仰いだ。

「……なるほど。父上も、国を諦めたんだな」

 その声は、落胆とは少し違う、微妙な響きを持っていた。


 読んでもいいよとアルベールがアデルに書状を渡したから、シャーリーはアデルが開いた書状を後ろから覗き見した。パン生地をこねたまま洗わないで来たから、手が汚れているのだ。

 書状にさっと目を通したシャーリーは思わずアルベールを見やった。

 アルベールは沈痛そうな面持ちで、何も置かれていないダイニングテーブルの端の方を見つめている。

 読み終わったアデルも言葉がないようで、黙って書状を畳むとテーブルの上に置いた。

(……これは、複雑よね……)

 ブロリア国王の書状には、二つのお願い事が書かれていた。

 一つ目は、アルベールをローゼリアの塔から解放してほしいというもの。

 そして二つ目は、ブレンダン将軍がアルベールの母──第二妃を連れていくから、アルベールとともに二人をどこか遠くへ逃がしてやってほしいというものだった。

 援軍が得られるかどうかについてはまったく明記されておらず、ただそれだけが、丁寧な文章で書かれていた。

 アルベールが「父上も、国を諦めたんだな」とつぶやいたのは、そう言うことだったのだ。

(せめてアルベール様と……アルベール様のお母様を逃がしてほしいって、ことよね……)

 もしかしたら、ブロリア国王は、それが自分がアルベールと第二妃にできる精一杯のことだと判断したのかもしれない。

 国はもう無理だろうが、せめて、と。

 アルベールが複雑な表情をしているはずだ。王としての判断はこれが正しいのかどうかはシャーリーにはわからないけれど、そこには確かに、アルベールへの父親の愛が窺えた。

「……ここに書いてあることが本当なら、ブレンダン将軍は私の母を連れてきたというので間違いないのか?」

「ええ。少数の軍とともに、アルベール殿下の母君……フィリス様を連れてこられました。父上は、アルベール殿下が直接お会いになった方がいいだろうと、先ほど塔の登録を解除しています。俺がここに来たのはアルベール殿下のかわりに塔に入るためですけど……」

 エドワルドがアデルとシャーリーに視線を向ける。まさか二人までここにいるとは思わなかったようだ。

「エドワルド、ここにはわたしもシャーリーもいるから、アルベール殿下とともに父上のところへ向かってくれ。先ほどわたしが話した件も一緒に伝えてほしい」

「わかりました」

「いや、だが私は……」

 アルベールはまだ迷っているようだった。

 先ほどここから出たいと言ったのは、軍を率いて戦争に向かうため。決して逃げるためではなかった。それなのに、父親から出たのは逃亡の指示。それもそこに自身の母親までついて来れば、アルベールが迷っても仕方がない。アルベールが父王の指示を無視すれば、もれなく母親まで巻き込むことになるのだから。

「アルベール様」

 シャーリーはアルベールの顔を覗き込んだ。

「これからどうするかはともかくとして、お母様やブレンダン将軍にお会いになってきたらどうですか?」

 父王の指示に従うかどうするかは、そこから考えても遅くはない。

 ずっと会っていなかった母親にも会いたいだろうし、戦時中だ、その無事を自分の目で確かめたいだろう。

 アルベールは困ったような顔で笑った。

「……わかった。一度行って、また戻ってくる」

「じゃあわたしは、美味しいクリームパンを焼いて待っておきますね」

 アルベールはテーブルの上の書状を握りしめると、エドワルドとともに、三年近く出ていなかった塔の外へ、出て行った。