翌日の昼過ぎ。

 今はカインとの別れの挨拶を済ませ、スイの背中に乗ってリーシェル公国への移動中である。

 今日はカンカンの日差しに空からも海からも照りつけられており、めちゃくちゃ暑い。勘弁してくれと言いたいくらいには暑かった。

 ちなみに余談だが、カインには俺が王国の貴族であることを伝えておいた。そもそも別に隠す必要はなかったのだが、このタイミングになってしまった。

 かなり驚かれたと同時に、うわさのマツサキ・ユーキならあの強さも納得できると言ってくれていた。どうやら、噂だけは王国を離れてこんなに遠くの地にも広まっていたらしい。

「アリス、昨日のことで気になってることがあるんだが」

「なに?」

「どうしてアリスだけ魔人の『かくらん』が効いてなかったんだ?」

 昨日は聞くタイミングを逃してしまったが、ずっと気になっていた。

 もしまた同じスキルを持つ敵とたいすることになったら……と考えると、何も対策しないわけにもいかない。

 アリスだけに効かなかった理由がわかれば、俺一人でも対応できるようになれるかもしれない。

「わかんない」

「……そうか」

「だけど、予想なら。……他の人よりちゃんと見てるからかも」

「見る……?」

「絵を描くから……細かいところまでちゃんと見てる。だから、ちょっとした違和感とかで偽物ってわかるのかも」

「……なるほど。それはあるかもな」

 魔人が使っていた『撹乱』というスキルは、おそらく脳をだまたぐいのもの。

 トリックアートをイメージするとわかりやすい。

 普通に見れば誰もが思わず騙されてしまうが、しっかりと細かく見れば最終的には細かなドットに切り分けられる。

 あくまでも、現実がねじ曲がったように『感じる』だけ。

 これを上手うまく活かせれば……と思ったが、難しいな。アリスの能力は一朝一夕では身につかないだけに、同じことはできない。

 そんなわけで、アリスの予想が仮に正しいとしてもすぐに活かせそうにはない。だが、ヒントにはなった。

 対策を講じるには、何か発想の転換が必要な気がする。

「参考になったよ。サンキューな」

「どういたしまして」

 それから三十分後。

「あっ、見えてきました!」

「話に聞いてたとおりれいな島ね」

「ヤシの木が自生してるんだね。なんか不思議な感じ~!」

「うぅ……日差しで死にそう……」

 約一名引きこもりが苦しんでいる以外では、みんな観光気分を楽しめているようだ。俺も正直アリスの気持ちはわかる。まあ、南の島でキャッキャと騒ぐようなとしでもないしな。実年齢は。

 リーシェル公国領空を通って行政区までの移動は事前に許可を得ていたが入国には手続きが必要ということで、いったん地上に降りることに。

「スイ、ご苦労だった」

「もったいないお言葉です」

 スイがいつもの小型サイズに戻り、定位置である俺の肩の上へ。

 俺たちはそろって門番のもとへ向かった。

 門番は二人。奥にも人がいるようには見えない。

 厳重な警備というわけではないが、島国のそれも内陸部分となればこのくらいの人員で十分なのだろう。

「通行許可証を見せてもらおう」

 門番に言われ、俺は事前にポケットに入れていた手紙を取り出す。

 ちなみに、わざわざ不便なポケットに入れておいたのは、アイテムスロットから取り出すとまた驚かれて余計な警戒をされてしまう可能性があるかもしれないという懸念からである。

「こ、これは……い、いやでも早すぎる……!」

「どうした?」

「これを見てくれ」

「なっ……オズワルド王国から客人がいらっしゃるとは聞いていたが、こんなに早くだと……!?

 どうやら、早く到着したせいでかなり驚かれてしまっているようだった。

 まあ、無理もない。

 普通は片道十日ほどかかる距離。

 王国側から向かわせた使者が戻り、俺たちが出発して到着するまで最短でも二十日はかかるのだ。

 それなのに二日で到着したとなれば簡単には信じられないだろう。

「使者を通じて早めにつくと連絡をしていたと思うんだが」

 二日とは書いていなかったものの、訪問の許可を得られてから出発するが普通より早く着くとレグルスが手紙に記してくれていた。

「確かにそのように聞いてはいるが、このスピードは異次元すぎる!」

「ま、まあマツサキ・ユーキ殿の伝説が本当だとしたら……これも不思議なことではないのかもしれんな……」

「うむ、そうだな」

 意外にもすんなり受け入れられてしまった。

 海を隔てたリーシェル公国でも俺の噂は広まっていたようだ。

 おかしな尾ひれがついていないか少し気になるところだが、話が早いのは助かる。

「無礼を失礼しました。ようこそおいでくださいました」

 二人の門番が俺たちに頭を下げた。

「どうぞ、こちらへ。ご案内します」

 門番のうちの一人が行政区の中を案内してくれると申し出てくれた。

 初めての土地でガイドがつくのはありがたいが……いいのか?

「門番が一人になるのは大丈夫なのか?」

「ええ、リーシェル公国は全土にわたって平和そのものですから」

「そうか。ならいいんだが」

 リオン村でのヘルヘイムの一件からどんな状況かと気になっていたが、ひとまず治安に関しては今のところ問題ないようだ。

 行政区の中へ。

 ちらほらと人が歩いているが、数は少ない。

 リーシェル公国全体がにぎわっていないというわけではない。

 行政区は文字どおり王宮を含めた行政機関の建物がズラリと並ぶ区画。

 そもそも、あまり国民がラフに歩くような場所ではないのだ。

 最優先で行政区に向かったのは、国王グラノールへ挨拶に伺うためだ。

 行政区の中にファブリスの住まいもあるので、ついでに寄ることとしよう。

「オズワルド王国からの客人を連れてきた」

「え、もういらっしゃったのか!?

 ドーム式の王宮の前。門番が役人につないでくれた。

「少々お待ちください」

 慌てた様子で役人は王宮の中に入っていく。

 反対に、案内の役目を終えた門番は持ち場へ戻っていったのだった。

「急にお邪魔しちゃって大変そうですね」

 アレリアがボソッとつぶやく。

「そうだな」

 俺は涼しい顔で流した。

 ……というのも、急に押しかける形にしたのには二つの理由がある。

 一つ目は、カタンの一件を重く見てなるべく早期の調査が必要だったため。

 二つ目は、リーシェル公国自体の監視が必要だと考えたため。

 なんだかんだで、ファブリスは勇者パーティの中では一番マシな戦闘力を持っていた。

 小国ゆえに資源が乏しいリーシェル公国がファブリスを利用して何か良からぬことを考える──ということも予想できる。

 もちろん他国にも言えることだが、とりわけ注意しておくべきと考えたのだ。

 二日で全ての証拠を完璧に隠滅することはできないはずだ。踏み込んだ調査の権限はないが、不審な点が見つかれば手がかりにはなる。

「お待たせしました。どうぞ、お入りください」

 十分ほどして俺たちは王宮の中に招かれた。

 広い王宮の中を歩き、客間へ。

 役人が扉を開いてくれたので、俺たち四人は促されるままに部屋に入った。

 部屋の中は白基調で清潔感があり、装飾が凝らされた高そうな家具が配置されている。

「やあやあ、よく来てくれたね。久しぶり」

 入室するなり、声をかけてきたのは国王グラノール……ではない。

 てっきりグラノール一人だと思っていたのだが、とんだサプライズだった。部屋の中には二人。

 グラノールはソファーに座っている。

 話しかけてきたのは、趣味の悪い黄金のよろいに身を包んだ金髪の若い男。

「……久しぶりだな。ファブリス」

 俺が名前を呼ぶと、うれしそうにニヤニヤしていた。

「こんなところで何をしてるんだ? まさか暴力で国王を脅して……」

 勇者は強力な魔道具で力を縛られ、国から与えられた住まいで厳重に管理されているはず。

 許可がなければ外には出られない決まりになっていると聞いてたが……?

「おいおい、勘違いするなよ。そんな野蛮なことしてねえよ」

 ファブリスは笑顔を崩さず否定する。

「俺は心を入れ替えたんだ。王国にいた頃の俺はどうかしてたよ。勇者って立場をかさに着て調子に乗り、保身に走り、けんさんを怠っていた。お前がこの国に送ってくれたおかげで、冷静になって気づけたんだ」

 き、気持ち悪すぎる……。

 こいつ、本当にファブリスか?

 中身入れ替わってるんじゃないのか?

 これを本心で言っているのだとしたら、普通より善良なただの若い金髪のマイルドヤンキー風お兄さんじゃないか。

 勇者武器である黄金の剣を持っているということは、少なくとも替え玉というわけではなさそうだが……。

 だが、人はそう簡単には変わらない。俺は、言葉でいくら取りつくろわれようとも安易に信じられなかった。

「ま、まあ急に反省したって言っても信じないよな。俺が逆の立場でもそうだ。ユーキがはるばる来たのは、俺の素行確認だろ? 気が済むまで見てくれればいい」

「ああ、きっちり見させてもらうよ」

 ファブリスの変貌ぶりは絶対におかしい。必ず化けの皮をいでやる。

「ファブリス君は本当に反省したようだよ。根はいいやつなんじゃろうなあ。今日も王宮の掃除に来てくれたんじゃよ。フォッフォッフォッ」

 能天気なことをのたまうグラノール王。

 よわい八十歳の白髪、しろひげじいさん。これまで人を疑うということをしてこなかったのだろうか。それとも、ファブリスと組んで何かたくらんでいるのか?

 今のところは、どちらかわからないな。俺の直感的にはグラノール王はシロ。単に無能な気がするが……根拠はない。

 要観察といったところか。

「グラノールの爺さん、ファブリスのことで何か気になることがあったらすぐに教えてくれ」

「心配は無用だと思うのじゃがのう?」

 ……だといいんだがな。

「失礼したな」

 こうして俺は来て早々に王宮を後にしたのだった。

「秒速ご挨拶だったわね」

 アイナがあきれ顔でそんなことを言ってくる。

「まあ、形だけのものだしな。それに、ちょっと頭を整理したかった」

 ファブリスが王宮の中にいたこともそうだが、あの変わりようにはかなり混乱させられた。

「じゃあ、休憩に早速海に行きましょう!」

 アレリアがのんにそんなことを言ってきた。

 まあ、遠くの南国の島にまで来たんだからこの反応になるのも当然か。

「そうだな。一旦遊びに行こう」


          


 ユーキが王宮を出た後、ファブリスは行政区内の住まいに戻った。

 玄関扉を閉めた後、盗み聞きされていないか耳を澄ませる。監視がないことを確認して、玄関を上がった。

「ただいま、ハニー」

 ファブリスがそう声に出すと──

「おかえりなさい、ファブリス♡」

 返事に応えたのは、回復の勇者──シーリ・ガルティエ。

 甘い声を出すと同時にシーリはファブリスの胸に飛び込んだ。

 ファブリスはニヤつき、シーリの頭を優しくでる。

 七人の勇者は、オズワルド王国の前国王セルベールと一緒に断罪され、一人ずつバラバラに他国に追放された。

 リーシェル公国にはファブリス、シーゲル帝国にはシーリが送られた。

 近い国同士とはいえ二国間には当然ながら海を隔てた国境があるし、なにより行動の自由を制限されている。ここにシーリの姿があるのはおかしな状況である。

 きっかけは二週間前にさかのぼる。

 魔法の勇者ルーラが寄越した闇の司祭──ヘルヘイムの信者に手紙を渡され、快諾の返答を伝えてから三日後。

 突如としてファブリスの部屋にシーリが転移してきたのだった。

 ──禁忌魔法の一つ、転移魔法。

 ばくだいな魔力を一点に集中させ、強引にこじ開けることで現在地と任意の地点とを結ぶ魔法である。

 シーリもまた勇者ルーラの使いと接触しており、渡された魔道具を使って転移魔法を発動した。

 こうして移動した先がファブリスの住まいということである。

「シーリ、こんな狭い場所に閉じ込めて悪いな。だが、あと少しの辛抱だ」

 シーリがシーゲル帝国から転移してきたのは十日前。

 二人の足りない頭でも、シーリが行方をくらませたことはすぐに発覚し、近いうちに国をまたがった大捜索が始まることは理解できている。

 自由のための次なる一手はすでに考えていた。

 ……というよりも、真の自由を手に入れるためには、ファブリスだけでも、シーリだけでも力が足りなかった。

 二人が揃い、力を合わせることで目的をかなえることができる。

「マツサキ・ユーキ……俺の勝ちだ。せいぜい首を洗って待ってろ……地獄の苦しみを与えた後、始末してやる」

 ファブリスの実力なら、国王グラノールを殺すことで国を乗っ取ることは可能。すでに掃除を装って王宮に入り込み、情報収集を始めている。

 ユーキを始末すれば、あとはどうにでもなるという確信があった。

 勇者としての立場を取り戻せば、地位と名誉と金が手に入る。目的のために一時的に更生したかのように演じるのは苦ではなかった。

 チリンチリン。

 呼び鈴の音。

「ん、ちょっと隠れていてくれ」

 シーリをクローゼットの中に隠してファブリスは玄関へ。

 扉を開ける。

 すると、そこには以前接触してきたのと同じ黒装束の闇の司祭。

「これを受け取れ」

 司祭……ヘルヘイムの信者がファブリスに渡したのは、まがまがしい黒色の液体が入った小瓶。

 一見ポーションのようにも見えるが、明らかに体に悪そうだ。

「やっと全ての準備が整ったか……!」

 不敵な笑みを浮かべるファブリス。

 その笑顔は、無邪気なものではなく邪気に染まったものだった。

「リオン村でのテストデータを渡しておく。想定どおりやられはしたが、面白い情報が手に入った。マツサキ・ユーキの弱点。これさえ突けば負けることはないだろう。健闘を祈る」

 そう言いながら、手紙を渡す闇の司祭。

「ああ、任せておけ」

 そう言い、ファブリスはやり取りを終えた。

 部屋に戻り、ユーキの弱点が書かれた資料を確認する。

「なるほど……これならプラン次第でステータス差を覆せる。それに、ステータスもこいつがあれば……ふっ」

「楽しそうね、ファブリス♡」

「ああ、楽しいさ。喜べシーリ、やっと自由を取り戻すときがきた。俺の計画をよく聞け。このとおりやれば絶対に上手くいく。絶対だ」

 数日後に決行する予定の計画をシーリに伝えるファブリス。

「上手くいったあかつきには……」

「ああ、結婚しよう」

 二人は約束を交わし、時が来るのを待つのだった。



          


 というわけで素晴らしいエメラルドグリーンの海が見える砂浜にやってきた……とスムーズに進めばよかったのだが、裸で遊ぶわけにはいかない。

 俺たちは水着を選びに商業区に移動し、装備店へやってきた。

「むむ、どれにしましょう……悩みますね」

「胸のサイズで絞られるけど、誰かとかぶるのはちょっとね……」

「これだとちょっと子供っぽいかなぁ?」

「アリス、なんでもいいからいっぱい種類あるの逆に困る……」

 四人は各々かなり真剣に悩んでいるようだ。

 水着なんてれても平気で丈夫で動きやすいものならなんでもいいと思うのだが……まあ、この辺は考え方だな。

「よし、決めた」

 俺は物色を始めて三秒で即決。

 黒に白のラインが入った無難なデザイン。誰がはいても似合わないことはないだろうというのが決め手だった。

「もう決めたのですか!?

 あまりにも早い俺の判断に驚くアレリア。

「まあな。じゃあ、俺は隣の武器コーナーに行ってくるよ」

 そう言い残し、俺は一人で移動する。

「スイ、まだ選んでないよ?」

「オレも~」

 そんなことを言ってくる二体の翼竜。

「普段服を着ないのに水着は着たいのか?」

「あ、別にいらないかも~」

「よく考えたらオレもいらなかった」

 なんだこの無駄なやり取りは?

 やれやれと嘆息していると、武器コーナーに到着した。

 武器コーナーには剣、弓、つえなど様々な種類の武器が並べられている。

 俺は剣を扱うエリアで、何か良いものがないかと物色する。高価なものだと金貨千枚……つまり日本円換算で一千万円の剣なども並べられている。

「剣をお探しですか?」

 白髪、整えられたデザイン髭の爺さんが話しかけてきた。首から下げられた名札には店主と書かれている。

「今の剣に不満があるわけじゃないんだが、今よりも良いものがあればと思っているんだ」

 魔剣ベルセルクと聖剣エクスカリバー。この二本はかつて、前代の賢者が使っていた伝説の剣だと以前聞いた。

 だが、前代の賢者が使っていたからといって俺も使わなければならない道理があるわけではない。

 今よりも良いものがあれば乗り換える。冒険者として当たり前のことだ。

「ご予算はどのくらいで?」

「良いものがあればいくらでも」

「い、いくらでも……ですか。ちなみに今お使いの剣は……?」

 ああ、そういえばアイテムスロットに収納したままだったな。

 俺は二本の剣を取り出し、店主に見せた。

「何もない空間から剣が……!」

「ああ、これは特殊な魔法なんだ。気にしないでくれ」

「なんと、魔法も使えるのですな。むむ……それにしてもこれはすごい!」

 店主は俺の剣を一目見ると、目の色が変わった。

「どちらも強いオーラを感じる剣ですな。これほどの代物は一度も見たことがない。名工と呼ばれる職人でも私が知る限り現代でこれを打てる者はいないでしょうなぁ……」

 これ、そんなにすごい剣だったのか。

 他の剣を使ったことがないので比較対象がなかったのだが、想像以上に優れたものだったらしい。

「ってことは、これ以上の剣はないのか?」

「そうですな。少なくともうちでは……。なくて申し訳ない」

 ペコリと頭を下げる店主。

「いや、おおだよ……。あっ、これの会計お願いしたいんだけど」

 これ以上剣の物色をしても仕方がなさそうなので、水着代金の支払いを済ませ、四人の買い物が終わるのを待つのだった。


          


 水着の調達を終えた俺たちは、早速海へ。

 リーシェル公国の中でも一番水質が良く、白い砂浜が綺麗なことで有名なビーチへやってきた。

 俺たちの他にもビーチにはそこそこの人がおり、なかなか賑わっている。

 休憩用のテントを張って準備完了だ。

 こんなこともあろうかとあらかじめ王国で用意しておいたものである。

「お待たせしました~!」

 テントの中で着替えたアレリアたち四人が水着姿で出てきた。

 アレリアは白、アイナは黒、ミーシャは赤、アリスはピンクのビキニ。みんなよく似合っている。

 思わず目で追ってしまいそうになるが、ジロジロ見ないように注意しないとな……。

 いや、待てよ。よく考えればアリス以外は実質婚約者みたいなものだし見てもいいのか……?

「じゃあ、まずは泳ぎましょう!」

 キラキラとした瞳のアレリア。

「待て。まだ泳ぐのは早いぞ」

「……?」

 アレリアの他の三人も俺が止めた理由がわからないという反応。

 海水浴ができない地域の出身だからなのか、異世界にはそのような常識がないからなのかはわからないが、素で知らない様子。

 初めての海水浴ということでテンションが上がるのは仕方ないが、水場には危険が潜んでいる。ここは注意しておかないとな。

「準備体操なしで泳ぐとおぼれる危険がある。しっかり柔軟しておこう」

「そうなのですね! わかりました!」

 四人に準備体操のやり方を教えつつ、俺自身もしっかり体を伸ばしておく。

「んん……結構難しいですね」

「そうね。ひもがちぎれない程度に加減しつつしっかり伸ばさないと……」

「もうちょっと大きい水着の方がよかったかな?」

「お店で一番大きいのにしたのに……」

 みんな揃って胸がかなり大きいので、腕を伸ばした際にビキニの紐がちぎれそうになってしまっている。

 かといって裸にさせるわけにはいかないし……ううむ、難しい問題だ。水着よ、頑張れとしか言えない。

 いや、まあ水着さん負けてくれても……な、何を考えているんだ俺は。そういう不純な目で見ないようにしないとな、うん。

 そんな準備運動の途中、俺の後ろで人影がピタリと足を止めた。

「おお、ちゃんとやってるねえ。感心感心」

 誰だ? と思いながら後ろを振り返る。

 声の正体は、赤髪ピアスのチャラ男。後ろには、四人の女性を連れている。偶然だとは思うが、四人の女性は揃って胸が小さい。もちろん、五人とも初めて見る顔である。

 俺の心の声が顔に出ていたのだろう。チャラ男は自己紹介を始めた。

「おっと、急に話しかけて悪かったな。俺はこのビーチの帝王、アルフレッドだ。準備運動なしで海に入ろうとする不届きものに注意して回ってるんだぜ」

「きゃーっ! アルフレッド様、自己紹介がかっこいい……っ!

「うんうん、準備体操大事だもんね☆」

とがめるだけじゃなくて褒めることもできるアルフレッド様……素敵です!」

「ほんと顔だけじゃなくて内面も良くてすごい! そんなアルフレッド様がしゅき♡」

 うわあ……。

 これがいわゆる陽キャ集団ってやつか?

 なんか変なやつらに絡まれたなぁ……これどうすりゃいいんだ?

 アルフレッドはまあ……お節介なだけで悪いやつではなさそうだが、女性陣の反応がキツすぎる……。

「こらこら、俺がかっこよくて素敵なのは確定的に明らかだが……いくら事実でも会話を遮るのはよくないぞ」

「はーい」

「ごめんなさーい」

「反省してまーす」

「気をつけまーす」

 前言撤回。こいつもかなりキツイな。

 俺が陰キャだからそう思うのかもしれないが。

「俺の婚約者たちが騒がしくさせてすまないな。お前、名前は?」

 婚約者!? 四人全員ってことだよな……?

 色々聞きたいことはあるが、とりあえず質問には答えておこう。

「……ユーキだ」

 名前を答えると、アルフレッドはアレリアたちに目を移した。

「そっちの四人はユーキの連れか?」

「ああ、そうだが?」

「おおっ、人数ぴったりじゃねーか! ちょうどいい。一緒に遊ぼうぜ」

 えええええ……というのが内心の気持ちだった。

 なんとなくというか、確実にこいつらとは仲良くなれない気がするので断りたかったのだが──

「いいですね! お友達が増えるのはいいことです!」

「そうね。こういうのもたまには」

「へー、みんな乗り気なら私もかな?」

「……」

 なんか、アレリアたちが乗り気なので断りづらくなってしまった。

「じゃ、決まりだな。水泳かビーチバレー、どっちがいい?」

 迷っている間に勝手に話を進められてしまった。

「俺はどっちでもいいが、水泳の方は全員やっと泳げるかどうかってところだな」

「ん、どういうことだ?」

「俺以外は海に来るのが初めてなんだ」

「なんと、そういうことだったか。じゃあ、水泳は厳しいかもな」

 俺とアルフレッドのやり取りの中、ほぼビーチバレーで確定しようとしていたその時。

「私、多分泳げるので試しに泳いでみますね」

「私も運動神経良いほうだし、なんとかなる気がするわ」

「やってみないとなんとも言えないよね」

「みんなできるならアリスもできる気がする」

 お前ら、その自信はどこからくるんだ……?

 と思いつつも、万が一の可能性がある。足がつく程度の浅瀬かつ、いつでも俺が助けられる状態で四人を見守ることにした。

 結果は──

「これ無理なやつでした! ユーキ助けて……っ! ゴボボ……」

「なんか浮かないんだけど……あ、これ無理」

「ちょ、ユーキ君、これ絶対溺れるよ……っ!

「ぶくぶくぶくぶく……」

 案の定というべきか……。ど素人が最初から泳ぐなんて無理だった。

 まあ、多少泳げたとしても競争なんて論外だとも思っていたが。

「ああ……こりゃあ、ちょっと想像以上に厳しいな。ビーチに戻るか」

 四人が想像以上に泳ぎが苦手だったためにアルフレッドは苦笑いしていた。

 俺は浅瀬で溺れかけているアレリアたちを救出し、砂浜に帰還。

 その後、アルフレッドたちに連れられビーチバレー用のコートがある場所に移動した。

「ルールは、先に二十一点を取ったほうが勝ち。どちらかが二セット先取するまで続ける。お互い五人全員で戦う。他は一般的なルールにしようと思うが、どうだ?」

 アルフレッドが尋ねてきた。

 ビーチバレーの公式ルールは基本的に二人制、もしくは四人制。

 五人でやるのは変則的だが、お遊びなので気にする必要はないだろう。というか、ここは異世界なので日本の基準に当てはめるほうがおかしいのである。

「問題ない」

「よし、じゃあ早速始めよう。サーブ権はそっちでスタートだ」

「ん、いいのか?」

 先にサーブ権をもらえるほうが有利なため、普通は公平にコイントスで決めることになっている。

「海が初めてってことは、ビーチバレーも初めてだろ? 普通のバレーとビーチバレーは違う。俺はなるべくフェアにやりたいんだ」

 キラっと歯を光らせるアルフレッド。

「きゃ~~~!

「アルフレッド様素敵!」

「かっこいいです~~!」

「男らしくてしゅき♡」

 はあ……そりゃまあ結構なことで。

「ふっ、確かに俺たちはビーチバレー初心者だが……強いぞ? 有利な条件を提示されて断る理由もないけどな」

 スポーツは技術が高いほうが有利なのは事実。

 だが、俺たちには冒険者として鍛えた圧倒的な身体能力がある。

 いくら相手に神がかった技術があろうとも、身体能力に大人と子供くらいの差があれば勝負にならない。

 非情な現実だが、そういうものなのだ。

 俺もスポーツマンシップに従い、アルフレッドたちのステータスをのぞくようなことはしない。だが、それでも圧倒的に能力差があることだけはわかる。

「アルフレッド様、強化魔法を付与しますね」

「うむ、頼んだ」

 アルフレッドの仲間の一人が仲間たちに次々に付与魔法をかけていく。

「魔法を使うのはいいのか?」

 ドーピングのようなものではないのか? と思い、アルフレッドに尋ねた。

「使えるものはなんでも使い全力を出し切る。スポーツの常識だろ? 仲間の配置、限られた魔力量のなかでどの魔法を使うか……全て戦略のうちだ」

 何が悪いんだ? とでも言いたげにまったく悪気がなさそうだった。

 なるほど、異世界ではこれが常識なのか。確かに魔法が当たり前にある世界なら、現代日本とは違った形で競技が発展するのも考えてみれば当然である。

「そうだな、つまらないことを聞いた。ミーシャ、強化魔法を頼む」

「任せて」

 俺たちもミーシャに強化魔法を付与してもらい、俺が用意した各種ポーションを飲むことで万全の状態を整えたのだった。

「よし……」

 お互いに全ての準備が完了。

 俺は、ボールを持ってサーブ位置についた。

 ちなみに、スイとアースはコートの外で審判をしてくれている。

 『神の加護』を使い、さらに身体能力を引き上げる。

 ボールを頭上にふわっと投げ、勢いよくジャンプ。そして、一切の容赦なく全力のサーブをたたき込む──!

 ドオオオオオオンンンッッ!?

 ボールからとは思えない音を出して相手コートへ飛んでいく。

「なっ、速すぎる……!」

 目を見開き、動揺するアルフレッド。

 これは勝った──と思ったが、俺が繰り出したボールは空気との摩擦で急速に速度を落としてしまう。

 ビーチバレー用のボールは空気圧が低く作られている。そのため、俺が想定するより球速が出ないようだった。

「おりゃああああっ!」

 アルフレッドは正確に落下位置を見破り、地面に頭から突っ込む。

 ボールが地面に当たるギリギリでレシーブに成功。

 そこからは、アルフレッドの仲間の一人が順当にトスでボールを打ち上げ、三人目によるスパイク。

 こちらコートにボールが返されることになった。

「ユーキのサーブを打ち返すなんて……敵ながらあっれです。でも……」

 アレリアは不安定な地面をものともしない脚力で高くジャンプ。

 華麗にブロックを成功させた。

 ボールは打ち返されることなく相手コートをバウンドし、転がっていく。

「す、すごいな……アレリア」

「ふふっ。気持ちがいいですね!」

 正直、サーブを打ち返された時点でこの一点は諦めていたが、想像以上の瞬発力と判断力だった。

 泳ぎのセンスはなかったが、よく考えればセンスだけでそこそこの剣技を身につけていたのだ。地上では初めてのことでも対応できる要領の良さがあるのだろう。

「うへー、やられたぜ」

 頭に被った砂を落としながら呟くアルフレッド。

「だが、このラリーで大体わかった。身体能力の高さはとんでもねえが、技術に関してはまだまだ。どこにボールが落ちてくるかわかれば、いくらでも対応できる。ブロックした嬢ちゃんはなかなかのセンスだが……そこに落とさなきゃいいってわけだ」

 負けから膨大な経験値を得て、臨機応変に的確な作戦を立てることで改善する──なかなかごわそうだ。

 とはいえ、俺たちだってこのラリーで得たものはある。

 俺はサーブ位置につき、さっきと同じ要領で打ち込んだ。ただし、今回はなるべくアルフレッドから離れた位置を狙った。

 アルフレッドはコートの中央にいたため、打ち込んだのは後方の端。

「かかったな! そうくるだろうと思ってたんだ!」

「……!?

 ボールの落下地点には、背の小さいアルフレッドの仲間が一人。

 アルフレッドを避ければいいと思っていたが、違うのか?

 アルフレッドの仲間は、落ち着いた様子で右手を突き出した。すると、何かの魔法をかけたのだろうか。球速がみるみるうちに落ちてしまう。

 軽々とレシーブ、トスと繋げられてしまい、三手目のスパイクがアルフレッドに渡ってしまう。

「俺はこれが一番得意なんだぜ!」

 パアアアアンッ!?

 ──と甲高い音。

 ボールはブロックを仕掛けたアレリアの隣をすり抜けてしまう。

 くっ、位置的に誰も間に合わない!

 ボールはコートの端ギリギリに着地。一点を奪い返されてしまった。

「す、すみません……」

 申し訳なさそうにするアレリア。

「いや、アレリアのせいじゃない。あれはさすがに相手が一枚上手だったな」

 誰が悪いわけでもないが、あえて誰かに責任があるとするなら──特殊能力ありの異世界で、前世日本のセオリーを持ち出して作戦を立てた俺が悪い。

「なんとか、挽回しないとな……」

 最初は気乗りしなかったアルフレッドたちとの『遊び』だが、いつの間にか完全にのめり込んでいた。

 絶対にこの勝負……勝ってやる。

 俺は勝利に固執し、幾度のラリーからひたすら吸収&改善を繰り返した。

 その結果──

 二十点対十九点で俺たちはリードすることができた。

 あと一点でこのセットを取ることができる。

 この調子で二セット先取してやろう。

 そんな気持ちで俺はサーブ位置に着く。

 地道な改善サイクルで得た知見の集大成をぶつけるときがきた。俺は呼吸を整え、ボールを打ち上げる。

 目線、身体の動きから落下位置を推測できないようギリギリのところで身体をひねり、逆向きにサーブを打った。

 少し卑怯ひきょうな気もするが、これも作戦のうちだろう。

「ちっ、小細工を……! そんなものでどうにかなると思ったら──!」

 叫びながら、初めてのラリーのように頭から砂浜に突っ込むアルフレッド。

 レシーブに成功したと思われたが──

「なに!?

 ボールは真っぐ上に飛ぶのではなく、角度をつけて打ち上がった。

 ふわっとした緩いボールがこちらのコートへ返される。

 俺はジャンプし、サーブを打った位置から一直線でボールに向かう。

 パアアアアアンン!

 ほぼスパイクのようなブロックを成功させ、勝利の一点をつかんだのだった。

 今回のラリーのアルフレッドの動きは全て想定どおり。

 最初の撹乱はボールの回転方向をすためのカモフラージュ。

 真の狙いは、返ってきたボールを打ち返すことにあったのである。

「ユーキ、さすがです~!」

「やっぱりユーキはすごいわ!」

「大事なときにちゃんと成功させるってすごいことだよ!」

「ユーキ天才」

 アレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの全員から絶賛の嵐。完璧なる作戦勝ち。我ながらよくできたと思う。ベタ褒めも素直に嬉しかった。

 だが、この一点から気が抜けてしまったのかもしれない。

「まだ勝負は終わってねえんだぜ」

 アルフレッドは悔しがる様子もなく、そんなことを言う。

 そして、第二セットが始まった。

 取って取られての接戦が続き──十八点対二十点で俺たちが二点のビハインドを負ってしまった。

 あと一点でこのセットを失ってしまう。そうなれば三セット目に突入することになる。それは避けたい。

 正直なところ、試合を続ける中でだんだんと小細工が通用しなくなってきていることに悩んでいた。

 俺が必死に考えた作戦も一度目は通用するが、二度目は対策されて使えなくなってしまう。

 技術では負けているため、頭を使うしかないのだが……ネタが尽きてきているのだ。

 もう一セット……となると厳しい。俺たちが勝つには、短期決戦しかありえない。二セット目を取れなければ、負けてしまう。

 頭をフル回転させて作戦を練った。

「じゃ、いくぜ」

 アルフレッドが宣言し、サーブを放ってくる。

 コートの端を狙って打ち込まれたボールをミーシャが拾い、アイナに繋がる。そして、最後に俺が叩き込む──!

 ボールが落ちた先は、アルフレッドの腕の目の前。どこに落としても拾われるので、せめて三手目が渡らないようにするのが最善。

 俺の狙いどおり、アルフレッドがボールを打ち上げた。

 打ち返されたボールが俺たちのコートへ。

 アリスが綺麗にレシーブを成功させ、ミーシャが四メートルもの高いトス。

 俺はジャンプし、スパイクを狙う。

 だが、これではあまりにも普通。想像しえないことをしなければ裏をくことはできない。

 俺は空中で身を翻し、地面に落ちるときの格好になる。これでは打ち返すことはできない──と思わせ、足で相手コートへ打ち返した。

 パアアンンッッ!?

 脳内でしっかりとした空間認識ができていれば、実際にボールを見ることなく相手コートへ正確に打ち返すことはそう難しくない。

 そして、ビーチバレーには足を使ってはいけない──というルールはない。

 俺の狙いどおり急角度をつけてボールは落ちていく。

 これで一瞬のひるみが生まれれば──

 と淡い期待を抱くが、ニィ……と笑ったアルフレッドが足で落下直前のボールを打ち上げた。

 そして、見事に返されてしまう。

 作戦は失敗。だが、まだ勝負がついたわけではない。ここでラリーを続けてどうにか一点を取れば……と思いブロックを試みる──

 だが、俺が返したボールの落下地点は相手コート外。

 最重要の一点を取られてしまい、二セット目は敗北。三セット目に突入することとなった。

「もうあのくらいしかできることはないってわかってたからな。予想しやすかったぜ」

 アルフレッドから余裕の表情でそんなことを言われてしまった。

 それから三セット目が始まるが──

 十点対二十一点の大敗で勝負は幕を閉じてしまった。

 お遊びではあるが、ある意味では異世界に来て初めての明確な敗北。なかなかにくるものがある。

 その直後だった。

《『魔剣ベルセルク』の自動修復に成功しました! 修復率35%》

《『聖剣エクスカリバー』の自動修復に成功しました! 修復率35%》

 脳内に響く、例の機械音声。

 剣はアイテムスロットにしまったままのはず……。

 にもかかわらず、スロットの中で勝手に修復されたらしい。

 ついこの前、魔人との戦いの後に聞いたばかりだが……ううむ、どういう基準なのかまったくわからない。

 魔剣と聖剣の『自動修復』に気を取られ、ぼうっとしていたその時。

「楽しかったぜ」

 勝者の余裕なのか、愉快そうに背中を叩いてくるアルフレッド。

「ユーキはどうだ?」

 俺も、結果は負けてしまったとはいえ久しぶりに熱くなれた時間だった。一人で部屋にこもってゲームをしていたときも楽しかったが、これはこれで違う良さがあったように感じる。

「俺もだよ」

「そりゃよかった」

 バシッとまた背中を叩くアルフレッド。

 ふとアレリアたちに目をやると、アルフレッドの仲間の四人組と談笑していた。どんな話をしているのか俺には知る由もないが、楽しそうではある。

「うーむ、ガールズトークに水を刺すのも悪いな。ユーキ、こっちは男同士で楽しもうじゃねえか」

 腐女子が聞いたら勘違いを生みそうなセリフを吐くアルフレッド。

「そうだな」

 俺とアルフレッドは横並びで歩きながらジュースを飲む。

「うえーい、乾杯!」

「うえーい……」

 この陽キャ特有のノリにだけはついていけそうにないが、とりあえず形だけは合わせておく。

「そういや、ユーキ。連れとは付き合ってるのか?」

 連れ……アレリアたち四人のことか。

 おそらく恋愛的な交際をしているかどうかという質問だろう。

「まあな。アリスだけは違うが」

「うひょー、やることやってんだなてめー」

 ニヤニヤしながら肘を当ててくるアルフレッド。

「勘違いするな。三人とは遊びで付き合ってるわけじゃない。誰か一人とは結婚するって約束をしてるしな」

 そう、俺は『遊び人』ではなく『賢者』なのである。

「ん、じゃあ俺と一緒か。俺もあの四人とは婚約してるからな。俺もちゃんと将来は結婚するつもりだぜ」

 誰が同じだ! ……と言いかけて俺は口を閉じた。

 確かに言われてみて初めてこの典型的な陽キャと似たようなことをやっていることに気づいた。

 相手から迫られている形だとはいえ、今の状況はかなり似ている。

「ん、そういや気になったんだが、誰か一人とは結婚するつもり……ってのはどういうことだ?」

「言葉のままだよ。アレリア、アイナ、ミーシャからは結婚を求められてるけど、結婚は一人とだけしようと思ってるんだ」

「え、なんで? ひどくね?」

 ドン引きしたような目で俺を見るアルフレッド。

 重婚が認められている異世界だとこういう反応になるのか。

 まあ、アレリアの父ユリウスさん、母リリスさんからも重婚を勧められたくらいだしな。

「俺の故郷では一夫一婦制だったんだよ。だから、重婚には違和感がある」

「ふーむ、宗教上のアレか?」

「いや、そういうわけではないが……」

「じゃあ、何か別に譲れない理由があるってことか?」

 そう詰められると、答えに困る。

 この世界では重婚が認められており、俺にとっても譲れない理由があるわけではない。ただ、常識の違いによる違和感を覚えるだけ。

「その顔は、ないって感じだな」

「……ああ」

「なるほど、事情はわかった」

 アルフレッドは五秒ほど何かを考える仕草をした。

「ユーキ、ちょっとこっち向け」

「ん?」

 言われたとおり、アルフレッドの方を向き、目を合わせる。

 すると──

 パアアアアアアアンンンンッッッッ!!

「馬鹿野郎がっ!」

 思いっきりビンタされてしまった。

 ほおがヒリヒリするが、俺の頭の中は痛み以上に驚きが勝っていた。

 こ、こいつ何考えてるんだ……?

 ビンタなんて、学生時代に親父おやじにされて以来だぞ……?

「てめえ、ユーキ! 彼女たちがどれだけ勇気出してプロポーズしたかわかってんのか! ああ?」

「……!」

「相手から好かれてて、てめえも好きなんだろうが! しかも譲れねえ理由も浅いときた。故郷がなんだ? 故郷抜け出してんじゃねえか。ならどこに迷う要素があるんだ? 男なら全員受け入れてやれよっ!」

 まさか、今日出会ったばかりの相手からここまで怒られるとはな……。

 大人になってからは、本気で俺のためを思って怒ってくれる人なんて一人もいなかった。

「……確かに言われてみればひどいことしてるな」

「ま、悪気がないことだけは伝わってくるがな。……だが、それがむしろタチの悪さに拍車をかけてるんだ。冷静に考えてみろ、ユーキはよりどりみどりかもしれんが、彼女たちにとってはコンペにかけられてるみたいなもんだぞ」

 コンペか……。客観的に見ればそうかもしれない。

「確かにな。一人に決めて二人には断るか。全員受け入れるか。ハッキリさせないと失礼だよな」

「わかりゃいいんだ。んで、俺のおすすめはやっぱ全員と結婚ルートだな」

 怒りをスッと静め、笑顔になるアルフレッド。

「ま、即決する必要はねえ。よく考えることだ」

「ああ……そうだな」

 人生を左右する問題。

 じゃあ全員と結婚しますと簡単に言うことはできないが、俺自身が固定観念で凝り固まっていたことは反省し、見直す必要がある。

 その上でどう結論を出すか──はまた別の話。

「おっと、それと……付き合ってるのは三人と言ってたな?」

「そのとおりだ。何か気になることがあるのか?」

「うむ。これは俺の勘だが……アリスって子も多分お前のこと好きだぞ」

 何をバカなことを。今度は俺をからかっているのか?

 と頭によぎったが、アルフレッドの表情は真剣そのものだった。

「え、それ本当なのか……?」

「あくまで勘だがな。でもまあ、見てりゃ色々わかる」

 アリスとは良い友達だとしか思っていなかったのだが、まさかそんな風に思われていたとはな。

 まあ、本人に確認したわけではないので事実かどうかは不明なのだが。とはいえ、第三者から見てそのように見えるというのは気になるところだ。

「どうしてそう思う?」

「勘だって言ったろ? 目線、話し方、雰囲気……全部を総合的に見て感じたってことだ。なんとも思ってなきゃイチャラブパーティで自分だけ違うなんて居心地悪いはずだぜ。普通は離れていく」

 アレリア、ミーシャ、アリスは姉妹ということもあり俺たちのパーティはやや変則的なので居心地に関してはわからない。だが、言われてみればそうかもな、と思わされる説得力はあった。

「多分、遠慮してんじゃねえか?」

「遠慮?」

「自分以外の三人がユーキを狙ってて、ユーキはその中の一人しか選ばない。先にアプローチをかけてる仲間に勝つ自信がなきゃ、関係を壊すかもしれないリスクを背負うのは重すぎる。そういう乙女心ってやつだろうな」

「なるほど、そういうこともあるのか」

 とはいえ、今の話はアリスが俺のことを好きである前提。

 アリスはなんとも思っていない可能性だってある。

「もうちょっと気にかけてみるよ」

「おう、それがいい」

 アルフレッドはそう言うと、今度は俺に頭を下げた。

「さっきはビンタして悪かったな」

 ああ……気にしていたのか。

「いいよ、全然。他に伝える方法がなかったんだろ?」

 暴力は悪と思われがちだが、必ずしもそうではない。

 優しい言葉でやんわりと説明されても、俺は真剣に捉えなかった気がする。

「ああ、ついついな。俺バカだから、他に良いやり方が思いつかなくてな」

 本当にバカな人間は自分のことをバカだと認識できない。

 もちろん『バカと自己認識している≠賢い』だが、少なくともアルフレッドはバカではない。

 しばらくして、アルフレッドは思い出したように俺に尋ねた。

「そういや、海は初めてだと言ってたが……旅でもしてるのか?」

「ああ、まあな」

 島国であるリーシェル公国の住民であれば、この歳まで海の経験がないのは考えづらいのだろう。

 今のタイミングで尋ねてきたのは、出会ってすぐでは聞きづらかったのかもしれない。

「どこから来たんだ?」

「オズワルド王国だ」

 隠す必要もないので、正直に答える。

「オズワルド……えらく遠いとこから来たんだなあ」

 二千キロといえば……日本の東京から台湾のタイペイくらいまでの距離。飛行機がない異世界基準で考えればかなりの長距離移動だ。

 アルフレッドが驚くのも無理なかった。

「といっても、出発したのは一昨日だからな。遠いっちゃ遠いが、そんなに遠いって感覚はないよ」

「はあ!? 一昨日!?

 あ、距離だけじゃなく移動時間も常識からはズレてたんだったな。

「まあ、そこにいるスイとアースの背中に乗ってな。空の移動だと、思ってるよりは近いんだ」

 眠そうに並んで休んでいる二体の竜を見ながら言う。

「なんかよくわかんねえけど、すごいことだけはわかるぜ……。おっと、じゃあ最近話題になってる賢者のことも知ってるのか? ほら、魔族をバッタバッタと倒したっていう。確か名前は……」

 そこまで言って、アルフレッドの言葉が止まった。

「ユーキってお前と同じじゃん! まさか本人ってことはねえ……よな?」

 気づかれてしまったか。

 まあ……正式に入国しているのだから、名前に関してもまったく隠す必要はない。変に誤魔化しても怪しまれるだけだろう。

「そのとおりだと言ったら?」

「ただただすげえ……ってなるな。それに、ユーキが本当に噂の賢者だとしたら色々と納得できる」

 お遊びではあったが、一緒に勝負をした仲ゆえにわかることもあるのだろう。俺自身がそう感じているので、アルフレッドの気持ちは理解できる。

「まさか、本当に?」

 俺は、静かにこくりとうなずいた。

「すっげええええええ!?

 大袈裟に感激するアルフレッド。

「でも、噂は大分誇張されてると思うぞ?」

 多数の人間を介して二千キロの距離の情報が伝わったのだから、事実とは離れてしまっていることは十分に考えられる。

 もちろん新聞などの文字媒体もあるが、全ての情報は王国内ですらも公開していない。足りない情報を想像で補い、その解釈の違いからデマが生まれるのはよくあることなのだ。

「確かにな。となると……剣と魔法を両方駆使して魔族を倒したり、セルベール王を処刑したり、『大公爵』になって貴族の汚職をやめさせたり、ヴィラーズ帝国のクーデターを解決しちまったり……ってのはどこまで本当なんだ?」

 こいつ、結構詳しいな。

 それだけ俺は今注目されているということか。

「それは全部本当だ。事実ベースに認識の違いはないと思う」

「おおっ、じゃあやっぱ、めちゃくちゃすげえじゃねえか!」

 そうなるのか……?

 誇張されているかと思いきや、意外にも誇張されていなかったな。原因は不明だが……事実だけでもそこそこのインパクトがあったからなのだろうか。

「ん、でもなんで噂の賢者様が来てるんだ? 観光とかか?」

 当然の疑問である。他国の要人が用もなく国境をまたぐケースは少ない。

 これに関しては話せることは少ないので、できれば触れてほしくなかったのだが……仕方ない。

「王国から離れた勇者の様子を見に来たんだ。ついでに観光って感じだな」

 答えた後、続けてアルフレッドの言葉の中で気になったことを一点。

「それと、『賢者様』はやめてくれ」

「ん?」

「なんていうか、急によそよそしくなる気がしてな」

「ああ、そうか。そうだな。すまなかった」

 初めからその立場として接しられていればなんとも思わないのだが、急に態度が変わってしまうと寂しく感じる。

「俺たち友達だもんな。様付けはおかしいもんな」

 ん、友達……?

 友達なのか……?

 確かに、今日出会ったばかりとはいえ、これまで異世界で出会った誰よりも話が弾んでいるし、腹を割って話せている気がする。

 アレリアたちとはもちろんこれ以上の仲だが、友達って感じではないし、アリスも彼女の気持ち次第では『友達』という認識ではいられないかもしれない。

 レグルスに関しては歳が離れていることもあり、友達というよりはパートナーという感じだ。

 前世でも、長らく友達という存在が不在だった。

 大学を卒業してからは社内以外の人間と話すことはほぼなかった。

 俺にとって同僚はあくまでも同僚であり、友達と呼べる存在ではなかった。結局、仕事上のメリットがあるから仲良くしていただけだったのだろう。

 事実、俺が会社をクビになってからは誰からも連絡がなかったしな。それが悪いわけではないし、そういうものなのだ。

 俺とアルフレッドの仲は友達という呼び方が一番しっくりくる。

 ふとアルフレッドを見ると、少し不安げな目をしている。さっきの言葉は、俺にとっても友達なのかどうか、確かめる意図があったのかもしれない。

「ああ、友達だからな」

 そう答えると、アルフレッドはホッとしたような表情になった。

 少し重い話が続いてしまったので、ちょっとだけ空気を変えるとしよう。

「友達の俺が今度はアルフレッドに一つ注意しておくぞ」

「ん、注意?」

「アルフレッドの仲間……お前を持ち上げさせすぎじゃないか?」

 おそらくあの四人はアルフレッドのことが好きで他のことが見えなくなってしまっているのだろう。だが初対面ではギョッとさせられるし、そんなグループの一員であるアルフレッドの評価も下げかねない。

「ああ、それなあ……俺も注意してるんだが、勝手に褒めてくるんだ。悪気はないっぽいしもう諦めてたんだが……気になるか」

 あれ……? 注意していたとは意外だな。

 アルフレッド的にも気にしていたことだったのか。

「まあな。言っても聞かないなら仕方ないとは思うが」

「粘り強くやっていくしかねえな……。こういうこと、あんまり他人は言ってくれねえから助かったぜ」

 変わった環境だとしても、ずっといると感覚がしていつしか日常になってしまう。まさにそんな状態になっていたのだろう。

「だが、これはユーキ……お前にも言えることだぞ?」

「俺にも?」

「……さっきの試合を思い出してみろ」

 そう言われ、さっきのビーチバレーを思い出す。

「ユーキの戦略が上手くいったとき。どんな会話をしていたかだ」

 あまり細かく物事を記憶しているタイプではないので、断片的にだが記憶を掘り返してみる。確か、上手く小細工が成功したとき──

『ユーキ、さすがです~!』

『やっぱりユーキはすごいわ!』

『大事なときにちゃんと成功させるってすごいことだよ!』

『ユーキ天才』

 アレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの全員から絶賛の嵐だった気がする。

 いつもと変わらない光景のはずだが……?

「よく考えてみろ。俺のとそんなに変わらないぞ」

「何言ってんだ。全然ちが……わなくもないな……」

 俺の中では違っていたのだが、視点を変えて客観的に見ると大して変わらない気もしてくる。

「だろ?」

「となると、何か言っても変わらない気がするな」

 褒めるのをやめろというのも変な話だし、自然にあふれてくる感情を抑えることはできない。

「そうなんだよ。で、俺なりに色々考えたんだ。どうすりゃいいかってな」

 得意げに話すアルフレッド。

「本当にすごくなりゃいいんじゃないかって思ってな。実際ユーキの場合は本当にすごいから大して違和感ないだろ? 逆に俺が評価に追いつけばいいんだ。一応そのために頑張ってる」

「ハハ……なるほど」

 一見バカバカしい脳筋作戦だが、一番効果的かもしれない。

 俺はアルフレッドが普段何をしているのか知らないが、確かに皆が納得するくらいの実績を見せつければ、嫌味にはならない。

 そんな話をしているうちに、少し肌寒くなってきた。

 南国の国とはいえ、さすがに夜は気温が落ちる。

「ちょっと寒くなってきたな。そろそろ帰るか」

「そうだな」

 気づけば、夕焼けが差していた。

 俺たちがリーシェル公国に来たのが午後一時頃。

 それから行政区の王宮に挨拶に行き、水着を買ってビーチまで移動してきた。あっという間だったような気がするが、意外と時間がっていたようだ。

「オズワルド王国にはいつ戻るんだ?」

「まだ決めてないが、少なくとも一週間くらいはいるはずだよ」

 ファブリスが本当に改心したのか慎重に見るためには、じっくり時間をかけたい。

 他にも様子を確認するべき勇者はいる。このタイミングを逃すと次はかなり先になるだろうからな。

「おお、じゃあまた会えそうだな。俺たちの方は明日ちょっと本業を頑張らなきゃいけないが……一週間もありゃチャンスはあるだろ」

「本業?」

「言ってなかったか? 冒険者をやってるんだ」

「なるほど、そうだったか」

 ビーチバレーでは技術だけでなく、それなりに身体能力もあったし、アルフレッドの仲間は魔法も使えた。

 そこそこ戦闘能力もありそうだと思っていたが、冒険者だったか。

「じゃ、またな」

 アルフレッドは仲間たちの元へ向かい、一緒に帰っていった。

「ユーキ、アルフレッドと何を話していたのですか?」

 俺たちも一旦今日は撤収することになり、テントを畳んでいる途中にアレリアが尋ねてきた。

「大したことは話してないよ」

「ふーん。本当にですか?」

「ほ、本当だよ……」

 大事な話をしていたのは事実だが、内容的に今はまだ話すときじゃない。

「まあいいです。男の人との話ですし」

 女の人との話ならアウトだったっぽいな。

 俺は苦笑しつつ、畳んだテントをアイテムスロットに収納した。

 それから──

「スイ、頼む」

「わかったー」

 スイが、以前アイナと出会ったばかりのときに使った洗濯魔法を俺たち五人にかけてくれた。

 ちなみに、洗濯魔法というのは俺が勝手に名付けたものなので、本当は何か別の呼び方があるのかもしれない。

 身体が薄い膜に包まれ、水で満たされる。

 口や鼻まで水にかってしまっているが、問題なく呼吸は可能なので溺れることはない。

 膜内の水流でしっかり洗い流され、潮でベトベトだった体がスッキリする。

「サンキューな。あとは仕上げに俺が乾燥魔法で……」

 風邪をひかないようしっかり俺を含めた五人の体を乾かした。

「じゃあ、宿に戻ろう……っていうか、まずは探すところからか」