レグルスがリーシェル公国に使者を出してから十日後の昼過ぎ。

 ようやく渡航の準備が整った。

 俺たち五人は早速スイに乗り込み、空の移動を始めた。五人で乗ると重くなり負担がかかるのは承知の上。

 長距離の移動になるため、重量を多少分けるよりも交代制にしたほうがトータルでスイとアースの負担がマシになるだろうという判断だ。

「リーシェル公国までってどのくらいかかるんだっけ?」

 水分補給をしていたアイナが尋ねてきた。

「王都から南に二千キロ。さすがにこの距離だと九時間はかかるはずだ」

 ヴィラーズ帝国へは千キロの移動で三時間ほどだったので距離だけで単純計算すれば六時間で移動できることになるが、人数が増えているため単純に考えることはできない。

「空の移動でもそんなに……さすがに遠いのね」

「そうだな。まあ、距離が距離だし仕方ない。それと移動だけなら夜に着くとは思うが……まあ、夜に着いてもしょうがない。今日は途中のどこかで一泊しよう」

「うん、私もそれがいいと思うわ。スイちゃんとアースちゃんも休まないと大変だし」

 アースを抱き、頭をでながらそんなことを言うアイナ。

 確かに最近、移動の際にちょっと酷使しすぎている気がする。とはいえ、依頼に出ない日は一日中ダラダラしているので、たまになら平気な気もするのだが。

「リーシェル公国って暖かくて、泳げる海があるんでしたっけ」

 アレリアは海に興味があるのだろうか。興味津々な瞳で俺を見つめてくる。

「ああ。エメラルドグリーンのれいな海が拝めるそうだ」

 なお島国なので、周りは全部海である。

「いいですね! めちゃくちゃ楽しみです~!」

 そういえば、ヴィラーズ帝国はこの世界の中では北国。俺たちが訪れたのはたまたま暖かい時期だったため快適に過ごせたが、それでも一年を通して海で泳ぐというのは厳しいものがある。

 海はあるが、南国のように楽しく海水浴ができるような環境ではないので、ある種のあこがれがあったのかもしれない。

 あまり海があることについては考えていなかったが、仕事でリーシェル公国を訪問するとはいえ、空き時間はバカンスを楽しむのもいいかもな。

「そういや、四人とも海水浴はしたことがないのか」

 俺がつぶやくと、うんうんとうなずく一同。

 アレリアとミーシャとアリスは当然だが出身が同じだし、アイナは山奥にあるエルフの里……海自体がない。

「ユーキは遊んだことがあるのですか?」

「まあ、昔はな」

「誰とですか?」

「それ関係あるのか?」

 質問に対して質問で返すというのは良くないらしいが、こればっかりは仕方がない。誰にだってあまり深掘りされたくないことはあるのだ。

 しかし、俺の思いとは裏腹に──

「関係あるわ」

「それ、すごく気になる」

「聞きたい」

 なぜか、アレリア以外の三人も興味津々に食いついてきた。

「と、友達とだよ」

 言わせんな! 一緒に海に行ける彼女とかいなかったんだからしょうがないだろう。海なんて小さい頃に親や男友達としか行ったことがない。

「友達って男ですか? 女ですか?」

 どうしてここまで食い下がるんだ?

「……男だよ。悪いか?」

 やれやれと内心ため息をつきながら答えた。

「あっそうなんですね! ならよかったです!」

 なぜか、四人の緊張感が一気に解けた。

 何がいいのだろうか。何もよくないと思うのだが……。

 そんなこんなで雑談に興じつつ移動し、日が暮れる直前にシーゲル帝国のはずれ──リオン村に到着した。

 シーゲル帝国は広大な領土を有しており、俺の記憶ではメインとなる帝都はさらに二千キロほど離れている。

 リーシェル王国は海を隔てた向こう側にある。

 今日はここで一泊し、明日の午前中の到着を目指すとしよう。


          


「なんとか部屋が取れてよかった……」

 今日泊まる宿のロビーを出てすぐ、ミーシャはホッと息を吐いた。チェックインの手続きはミーシャが率先してやってくれた。

 細々としたこともこれまでは俺が引き受けていたので、非常に助かる。

 リオン村は、シーゲル帝国の辺境ということもあり冒険者の行き来が少ない。そのため、普通ならこの時間でも多少の空きがあることが多い。

 だが、俺たちは温泉がある宿に泊まりたかったため、選択肢が狭かった。

 リオン村は温泉が有名。どうせなら名物の温泉を楽しみたかったのだ。

 いくつか宿をまわったが、すでに満室。

 最後に立ち寄った小さな宿で五人用の広い部屋がきゅうきょ空いてしまったらしく、運よく滑り込むことができた。

「じゃあ、早速温泉に……」

「あ、それなんだけど!」

 右手に部屋の鍵をぶら下げたミーシャは、慌てた様子で俺を静止した。

「ちょっと清掃するから二時間後に来てって宿の人が言ってたよ」

「そうなのか? じゃあ仕方ないな。先に飯にするか」

 普通、浴場の清掃は深夜にするものだと思っていた。まあでも、異世界では日本の常識が必ずしも正しいわけではない。そういうこともあるのだろう。

 この時間からの突然の予約なので夕食の提供はない。俺たちは夕食を食べられる場所を求めて村をブラつくことにした。

 リオン村は、村という名前を冠しているものの、温泉街ということでそれなりににぎわいがある。夕食を食べられそうな場所はすぐに見つかった。

「ユーキ、あそこにしましょう!」

 アレリアが指を指すのは、冒険者がよく使っているであろう大衆食堂。

 いつもながらお姫様とは思えない庶民っぷりである。

 こんなところでいいのか? と思っていたのだが──

「うんうんいいね! こういうところ行ってみたかったんだ~!」

「お城以外の食べもの……いい!」

 新たにパーティに加わったミーシャとアリスの反応は悪くなく、むしろ瞳をときめかせていた。

 何がそんなに魅力的に映るのかよくわからないが……二人にとっては庶民的な食事というのはある意味新鮮なのかもしれない。

「じゃ、ここにしよう」

 そう言い、俺たちは食堂に入った。

 食堂の中は、ほとんどが冒険者。なかなか賑わっている。

「……」

 なんか、食事中の冒険者ににらまれた気がするが……気のせいだろう。

 この国にも初対面の人間に対して敵意を向ける文化はないはずだ。

 内装は冒険者ギルドに似た木目調の地味なものだが、きちんと清掃されていて清潔感はバッチリである。

 多種多様のメニューが書かれてる掲示板を眺めながら、今日の食事を選ぶことに。メニューにはそれぞれ大盛りと普通が用意されており、少なめの設定はない。あまり需要がないのだろう。

「ステーキ……ハンバーグ……エビフライ……悩みますね」

「無限に食べられたらいいんだけどね」

 アレリアとミーシャが頭を悩ませていた。言葉には出していないが、アイナとアリスも同じことを思っていそうだ。

「じゃあ、食べたいもの全部注文してシェアすればいいんじゃないか? それなら少しずつ色々食べられるぞ」

 俺がそんな提案をすると──

「あ~! その手がありましたね!」

 名案だとばかりにパチンと手をたたくアレリア。

 方針は固まったようだった。

 たくさんのメニューを一つずつ注文し、席に着く。

 料理の見た目自体は王国で食べられるものとさほど変わらなかったが、空腹だったこともあり、めちゃくちゃ美味おいしそうに見えた。

「美味しいです~!」

「うん、味付けにこだわりを感じるわね」

「こういうのもすごくいい~!」

「すごく安心できる味。でも、それがいい」

 それぞれ、アレリア、アイナ、ミーシャ、アリス。

 俺も同じ感想だった。

「スイも食べる~」

「オレも!」

 ペット不可とは書いていなかったので、スイとアースも連れて入っている。アレリアがスイに、アイナがアースに、分担して食べさせている。

 楽しそうに食べる四人を眺める俺だったのだが──

「ん、あーん」

 いきなり口の中にハンバーグが放り込まれた。

「んん……な、なんだアリス!?

「美味しい?」

「うん、まあ」

 不意打ちだったので味わう暇はなかった。でも、イタズラが成功して楽しそうなアリスを見ていると、どうでもいいか……という気持ちになる。

「あ、ずるいです!」

「アリス……抜け駆けするタイプだったの? へえ……」

「うらやま……ダメだよ! ユーキ君が喉詰まらせたらどうするの!?

 何がずるいのか、何が抜け駆けなのか、何がうらやましいのかまったくわからないのだが、よくわからない方向でアリスを除く三人が怒り始めてしまった。

「そういうことするなら……私にも考えがありますからね!」

 アレリアはアリスよりも少し多い量をスプーンに乗せた。何をするかと思えば──

「んぐっ!」

 俺の口に強引に押し込んだのだった。

「私の方が多いです。これで上書きされました!」

 なぜかご機嫌になるアレリア。

 そして、これがきっかけになり地獄が始まったのである。

「んんんんんっ!?

 アイナとミーシャも対抗するように同じことを始めてしまった……。

 しかも、さっきのアレリアよりもちょっとだけ量が多い。

 食べさせる量でマウント取ってどうするんだよこいつら……。

 そんなこんなで楽しい(?)夕食を終え、席を立とうとしたその時だった。

「おい、見ねえ顔だな?」

 身長百九十センチはあるだろう大男が俺に話しかけてきた。

 目つきが鋭く、頭は毛穴が見えないスキンヘッド。体格もかなりガッチリしており、大きな筋肉があることは容易に想像できる。

 おそらくこの地域を拠点にしている冒険者なのだろう。

「ああ、この村に来たのは初めてなんだ」

 俺の身分を明かす必要はないし、事実ではあるのでそのように答えた。

「やはりそうか。……俺はカイン、この村の冒険者で一番の剣士だ。俺は大抵のことは気にしねえが、目に余るものを見たもんでな。お前、名前は?」

「……ユーキだ」

 大衆食堂とはいえ、少し騒ぎすぎたので注意に来たのかもしれない。

「ちょっと騒ぎすぎた。悪かったな」

 と、頭を下げたのだが──

「バカでけえ声出してんのはお前らだけじゃねえよ。それはどうでもいい」

 なんだ、違うのか。

 じゃあ何に対して怒ってるんだ?

「いいか、ここは女連れで来るような場所じゃねえんだよ」

「え? 女を入れちゃダメなのか?」

 女性入店禁止のような貼り紙はなかったはずだが……。それに、食堂内には女性冒険者の姿も見られる。

「そういう意味じゃない。四人はお前の仲間か?」

「ああ」

「む……そうか」

 次に出てくるであろう言葉を引っ込めたような反応。具体的に何が言いたかったのかについてはよくわからないが。

「女がいるのは構わんが、キャピキャピと男女で楽しく食うとかそういうのじゃねえってことだ」

 こんな大男からまさか『キャピキャピ』なんて言葉が出てくるとは思わなかった。俺が衝撃を受けている中、カインは話を続ける。

「いいか、よく聞け。この食堂にはな、冒険者が集まってるんだ。冒険者が集まる食堂ってのは、もっと殺伐としているべきだと思わないか?」

「そ、そうなのか……?」

 俺にはない考え方だったので、思わず目が点になってしまう。

 少なくともオズワルド王国とヴィラーズ帝国の冒険者にこのような文化はないはずだが……ここではあるのかもしれない。

「そうだ。五人でシェアとか、あーんとか、ペット連れとか、そういうとこじゃねえんだよ」

 眉間にしわを寄せるカイン。

「向かいに座った席の冒険者といつけんになるかもわかんねえ……そういう雰囲気がいいんだろうが! 違うか!」

 お、おう……?

 まあ、なんというか言いたいことは多少わからなくもない。

 普段のこの空間はもっとむさ苦しく華のないものなのだろう。

 俺たちの行動によりみのない雰囲気になったことで、カインに言葉にできないストレスを感じさせた……と捉えればいいのだうか。

「そ、それは悪かったな」

 ハハ……と苦笑いする俺。

「晩飯一つとっても遊びじゃねえんだよ。お前、悪いと思ってねえだろ!」

 そりゃ悪いとは思ってねえよ!

 ……と言いたいところだが、その地域の考え方というものがある。部外者である俺がそれを否定するのはおかしい。

 なので、グッとこらえた。

「まあいい。お前、俺と勝負しろ」

「勝負……?」

「冒険者ってのはこぶしで語るもんだ。この村で最強の俺に勝てば認めてやるよ。あーんでもなんでも、好きにやりゃあいい。それとも、女の前で俺と勝負する度胸がねえってか?」

 ニタニタと笑みを浮かべるカイン。

 いつの間にか、俺が好き好んであーんをさせていることになっている。訂正しておきたいのだが、そんなすきは与えてくれそうにないな……。

「ユーキ、やりましょう!」

 アレリアが俺の手を握りながらそんなことを言う。

 ごとだと思ってめちゃくちゃ楽しそうだ。

「言われっぱなしでいいの? やりなさいよ」

「ユーキ君なら大丈夫だよ! 応援してる!」

「ユーキ、冒険者だから拳で語らないと」

 アイナ、ミーシャ、アリスも止めるどころかあおってきやがる……。

 はあ、やれやれ。

 とてもじゃないが、断れる雰囲気じゃなさそうだ。

「わかったよ。勝負でもなんでも。やろう」

「ふっ、そうこなくっちゃな。皆の前で赤っ恥かかせてやるぜ」

 そう言い、カインは食堂内を移動。

「こっちだ」

 手招きするほうへ行くと、そこには小さな机と椅子が置かれていた。

「勝負と聞いたはずだが?」

 室内で暴れると食堂に迷惑がかかる。

 てっきり外に移動するものだとばかり思っていたのだが。

「ん? お前なんの勝負だと思ってんだ?」

 眉を上げ、意味がわからないとばかりに不思議そうな顔をするカイン。

「決闘するんじゃないのか?」

 そう答えると──

「ガハハハハ! 何言ってんだテメー! そんなんやってでもすりゃ明日仕事になんねーだろ!」

 こんなイカつい見た目からは想像できないほど愉快そうに笑うカイン。

「勝負ってのは腕相撲だ。知らねえか? う・で・ず・も・う」

 なんだ、ただの腕相撲かよ……。勝負と聞いて身構えた自分が恥ずかしくなる。いや、まあ確かに勝負の内容を聞かなかった俺が悪いのだが。

「……大丈夫だ。ルールはわかってる」

「んじゃ、始めようぜ」

 目をギラつかせ、席に着くカイン。

 周りにはギャラリーも集まっていた。数にして約五十人。冒険者だけじゃなく、食堂の店員も見物に来ている。

「カインさんが勝負とは面白え。久しぶりじゃね?」

「あの少年、わいそうに。まあ目立っちまったのが悪いんだが」

「これまでカインさんに勝った冒険者は一人としていねえもんな」

 どうやらカインは自称だけではなく他称でもこの村で最強のようだ。

 だが、負ける気はしない。

 俺は静かに勝負の席についた。

 先にカインのステータスを確認しておいてもいいが……それはフェアじゃない。やめておこう。

 いつの間にかレフェリー役の冒険者が俺たちの席に着いており──

「始め!」

 俺とカインの拳と拳の語り合い(腕相撲)が始まった!

 作戦はこうだ。最初は様子見。初めから畳みかけると、カウンターをかけられる可能性がある。カインの力量を把握するまでは慎重になるべきだ。

 力量を把握してからはなるべく俺の全力を悟られないようジリジリと攻めていき、きっこうしたところで一気に畳みかける。これで勝てるはずだ。

「……むむ、なんだと!?

 想定外だったのか、カインは焦りを見せた。

「んぐぐぐぐぐ……!」

 顔がゆがみ、かなり苦しそうに顔を真っ赤に染めている。

「この勝負、もらった」

 俺はそう宣言し、さらに右腕に力を加える。

 それから一秒とかからなかった。

 ストン──!

 こうして、決着がついたのだった。

「さすがはユーキです~!」

 と、俺の背中に飛びついてくるアレリア。

「勝つとは思ってたけど、やっぱりユーキはすごいわ」

「さすがだね。見てて爽快だったよ!」

「ユーキ、かっこよかった」

 アイナ、ミーシャ、アリスからもベタ褒めだった。

 いつも褒めてくれるとはいえ、いくら褒められてもうれしいものは嬉しい。

 逆に、カインが必ず勝つと疑わなかったギャラリーたちはシンと静まりかえっていたが、次第に困惑の声が漏れ聞こえてくる。

「う、うそだろ……」

「カインさんがこんなあっさり……ありえねえ」

「何者なんだよあの少年……!?

 たかが腕相撲、されど腕相撲。剣士であるカインにとって腕力は自慢だったはずだ。この反応になるのも当然といえる。

 その後、どうなったかというと──

「ユーキ……てめえ、やるじゃねえか」

 なぜか、笑顔で俺の肩に手を置いてきたのだった。

 てっきり逆ギレでもされるのかと思いきや、意外にも大人の対応である。

「いやあ、人は見た目によらねえなあ」

 ポリポリと頭をくカイン。

「カ、カインさん! 油断したんですよね! 全力ならカインさんが負けるわけねえっすもんね!」

 ギャラリーの一人がカインにそう声をかけた。

 カインは声をかけてきたギャラリーの男をギロッと睨む。胸ぐらをつかむと、男の身体が数センチ浮いた。

「俺が油断しただと?」

「ひっ……」

「俺はどんな相手にも手は抜かねえ! バカにするのも大概にしろ!」

 すごんだ後、手を離すカイン。

 ギャラリーの男の身体がドサッと食堂の床に崩れ落ちた。

「す、すんません……」

 これが生粋の冒険者というやつなのか──と傍観していると、カインがまた声をかけてきた。

「この村では強いやつが偉い。さっきは偉そうに説教して悪かったな」

 頭を下げてきたカイン。

「いや、謝ることじゃないって。まあ、しきたりを知らない者としてはもうちょっと広い心で受け止めてもらえると助かるが……」

 それに、いくらこの村のルールで強い者が偉いのだとしても、俺は通りがかっただけの部外者。

「この村にいるのは今夜だけの予定なんだ。俺はこの村の冒険者ってわけじゃないし、序列とかそういうのはやめてくれ」

 もともとこういうタイプのノリは苦手なので、全力で拒否しておいた。

「む、今夜だけなのか」

「ああ、旅をしてるんだ。明日の昼には村を出る」

「そうなのか。まあ、そうだとしても今夜はユーキが最強なことには変わりない。やめてくれというなら、気にしないようにしようと思うが」

「そうしてくれ」

「わかった」

 話せばわかるタイプでよかった。

「旅ってのはどこを目指してるんだ?」

「リーシェル公国だ」

「あの島か。近いな」

 旅と言ってしまったので、もっと遠い場所をイメージさせたのかもしれない。リオン村からリーシェル公国の首都までは航路でも二時間ほど。

 空の移動なら一時間かからない距離なので、目と鼻の先の国なのである。

「それにしても……リーシェル公国か」

 カインは何か言いたげな素振りを見せた。

「何か気になることがあるのか?」

「……いや、大した話じゃない。明日村を出るんなら、その時にでも話そう。あまり大声で話す内容でもないからな」

 ますます気になってしまうが、明日には教えてくれるというならかすこともないか。

「わかった。また来るよ」

「おう」

 こうしてひともんちゃくあった夕食を終え、宿に戻ったのだった。

 ゆっくりと温泉にかって疲れをいやすとしよう。


          


 宿に戻った俺たちは、宿泊する部屋に置いてあったバスタオルと着替えを持って浴場へ向かった。

 四人と分かれ、俺は男湯へ。スイとアースは俺の方についてきている。

 宿の人によると、ペットも一緒に入っていいとのことだった。

 まれに自然の動物がここの露天風呂を楽しんでいることもあるので気にする必要はないとのことだが、さすがに他の人に迷惑にならないようにはしないとな。

「スイ、アース。浴場では静かにするんだぞ」

「わかった~!」

「任せろ」

 念のために注意した後、脱衣所へ。

 脱衣所は鍵付きのロッカーが細かく分かれていた。鍵が刺さっているロッカーは空いており、鍵が刺さっていないロッカーは使用中を意味する。

 この辺のルールは日本の温泉や銭湯と同じらしい。

「ん、全部空いてるのか。こりゃラッキーだな」

 脱衣所のロッカーが全て空いているということは、浴場には誰もいないということを示す。つまり、広い浴場を貸し切り状態で使えるのだ。

 食後の少し遅い時間とはいえ、まさか誰もいないとは思っていなかった。

「ユーキ嬉しそうだナ~」

 俺がニヤニヤしていることに気づいたアースがそんなことを言ってくる。

「まあ、このところ一人でゆっくり風呂に入れなかったからな。たまにはこういうのもいいと思ったんだ」

 帝国にいたときは城の風呂になぜかアレリア、アイナ、ミーシャと一緒に入浴を楽しむのがルーティーンになっていた。

 この習慣は王国に戻ってからもなぜか続いており、長らく俺は一人で風呂をゆっくり気ままに楽しむことができていなかったのだ。

 毎日がドキドキ……一見羨む者もいそうだが、さすがに毎日はしんどい。俺だってたまには一人の時間が欲しくなるのである。

「スイたちもいるよ~?」

 不思議そうに俺を見るスイとアース。

 確かにスイとアースがいるので、今日も俺以外に誰もいないというわけではないのだが──

「スイとアースはいいんだ。いてくれるだけで癒しになるからな」

「ふ~ん?」

「ご主人様ってたまによくわかんないこと言うよナ~」

 そんなことを話している間に服を脱ぎ終わり、俺は生まれたままの姿──つまり裸になったので、タオルを持って浴場への扉を開いた。

 モワッとした白い湯気が襲いかかってくる。

 予想どおり、やはり浴場には誰もいない。他に誰か入ってくるまでは実質俺たちの貸し切りである。

 屋内の浴場もいいのだが、この温泉の売りはやはり露天風呂。誰もいない間に入ってしまいたい。

 ささっと身体を洗い早速露天風呂へ。肌寒さを感じつつ、湯船に入る。

「はあああああ……生き返るう…………

 まるでおっさんのような感想をついつい口に出してしまう。まあ、実年齢を考慮すれば十分おっさんなので、普通なのだが。

 今日はスイとアースの背中に乗っていただけなのだが、それでも長距離の移動で知らず知らずのうちに疲労をめていたらしい。

 溶けるような気持ち良さに身を委ねていると、スイがぽんぽんと俺の肩を軽く叩いてきた。

「どうした?」

「ご主人様~、泳いでいい?」

「あ、オレも」

「ん、まあいいけど。誰か来たらやめるんだぞ?」

「わかった~」

 マナー違反ではあるが、俺一人なら誰に迷惑をかけるというわけでもないので問題になることはないだろう。

 湯気が立ち込める、暗くて広い風呂の中をスイスイと泳ぐスイとアース。

 しかしいくらスイたちが小さいとはいえ、プールのように泳げてしまうことを考えるとかなり広いな。

 ……いや、さすがに広すぎないか?

 屋内浴場の面積から考えると、この露天風呂の広さは女湯の露天風呂を圧迫しないことには構造的に無理がある。

 とはいえ日替わりで男女の浴場は入れ替わっているらしいので、どちらかを犠牲にしてどちらかを快適にするなどとは考えにくい。

 そんなさいな疑問を感じていると──

 キィ……と扉が開いた音がした。

 ん? 誰か来たのか?

 そう思い、露天風呂の出入り口を見る。しかし、扉は開いていなかった。

 まさか心霊現象的なアレじゃないよな……?

 温かい風呂の中で背筋だけが冷えてしまう。だが、次の瞬間にはそんな心配はゆうに終わった。

「ユーキ~! もう来てたのですね!」

 なぜか、女湯に行ったはずのアレリアの声が聞こえた。

「え?」

 声の方向を見ると、なぜか女湯の露天風呂扉があり、そこから出てくるアレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの四人の姿。

 俺の姿をいち早く見つけたアレリアがこちらに手を振っている。

 もちろん、ここは風呂なので全員裸である。

「う、嘘だろ……」

 どうやら、男湯と女湯がつながっており、女湯からこちらに来ることができる構造になっているらしかった。

 大きな胸を揺らしながらこちらに近づいてくるので、どうしていいかわからない。俺はブクブクと湯船の中で泡を吹くしかなかった──

 今日は一人でゆっくりできると思っていたのだが、そうはならないらしい。

 じゃぼん……じゃぼん……と音を立てて俺の隣に来る四人。

「ここは城の風呂じゃないんだぞ? 誰か来たらどうするつもりなんだ?」

 俺は紳士なので美少女の裸を見ても何か思うことはないのだが、この宿に泊まっている客全員がそういうわけではない。

「あー、大丈夫だよ。ユーキ君には言ってなかったっけ?」

 ミーシャが能天気に答える。

「何をだ?」

「この時間は私たちの貸し切りだよ。身分を明かしたら宿の人が特別に配慮してくれたみたいで」

 これは初耳である。

「もしかしてだが……チェックインしてすぐに風呂に行けなかったのって?」

「うん、調整にちょっと時間がかかるからって」

 今回はミーシャが率先して手続きをしてくれていたので、その辺の事情をまったく知らなかった。

「あ、じゃあユーキ、もしかしてですけど……露天風呂の仕切りがなくなったことも知らないんですか?」

 今度はアレリアが尋ねてきた。

「仕切り?」

「はい。男湯と女湯は竹の仕切りで分かれてるんですけど、今日この時間だけは特別に取ってもらってるんです」

「そういうことだったか……」

 ここまでの説明を聞くと、確かに色々と疑問だったことがスッキリする。

「私は他のお客さんに迷惑かけちゃうかもしれないから断ったほうがいいかもって言ったんだけどね」

「人の厚意には甘えなきゃダメってお母様が言ってた。大丈夫」

 アイナの言い訳がましいセリフをフォローするアリス。

 やれやれ、仕方ないな。

 ほんの数分はゆっくりできたので良しとしよう。たまには一人を満喫したいとは思っていたが、賑やかなのが嫌いなわけではない。

「あ、ユーキ。背中流しますよ」

 アレリアが思い出したかのようにそんな提案をしてくれた。

「もう体は洗ったぞ? スイとアースにやってもらった」

「えっ」

 予想外だったのか、一瞬固まってしまうアレリア。

「じゃあ、二回目ということで!」

「ということは私は三回目?」

「私が四回目で……」

「アリスは五回目ってこと?」

 アレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの全員がなぜかやる気である。普段は日替わりでお願いしていたのだが、アレリアが『二回目』という禁忌の扉を開いたせいで回数がインフレしてしまった。

 とはいえ、さすがにこれは受け入れられない。

「そんなに洗ったら肌がひりひりするって……」

 四人の思いに応えたいのはやまやまだが、あいにく俺の身体はひとつしかない。今日のところは遠慮させてもらおう。

「代わりと言っちゃなんだけど、今日は俺がみんなの背中を流すってことでどうだ?」

「ああー! それすごく嬉しいです!」

「私もお願いしたいわ」

「じゃあ私もお言葉に甘えて!」

「じゃあアリスもついでに!」

 俺の予想以上の好反応。四人全員の背中を流すのはなかなか大変だが、納得してくれたみたいでよかった。


          


 一波乱あったお風呂を終え、俺はコーヒー牛乳を飲んでいた。

「おいしい~!」

「ぷは~」

 俺の隣で一緒に飲んでいるスイとアースも美味しさがわかっているようだ。

 入浴後は思っている以上に水分が失われている。細胞の一つ一つに染み込むジュースを味わいながら、四人が脱衣所から出てくるのを待っている。

 一応王都を出る際に寝巻きパジャマも持ってきていたのだが、せっかく宿が浴衣を用意してくれているので、そちらに着替えている。

 なかなか風情があり、なんとなく前世の日本を思い出す。

 浴衣……休日……ブラック企業……クビ……うっ、頭が……。

 連想ゲームのごとく余計なことまで思い出してしまったので、いったん忘れることとしよう……。

 それから約五分後。

「お待たせしました~!」

 着替えを終えたアレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの四人が出てきた。

 そういえば、浴衣姿を見たのは初めてだったな。みんなよく似合っている。

「じゃあ、部屋に戻るか」

 食事と風呂を終えたので、あとは寝るだけ。

 出発は昼くらいからなので、今夜はゆっくりできそうだ。久しぶりのお泊まりだからと四人が騒がなければ……だが。

「枕投げのルールってもう決めてたっけ?」

 部屋に戻る途中、思い出したように呟くアイナ。

「まだですね。う~ん、五人なのでユーキは助っ人枠とか?」

「それがいいね。ユーキがいると不公平だし」

「アリス、他のルールは普通のでいいと思う」

 枕投げをするかどうかではなく、する前提らしい。こりゃ今夜はゆっくり寝られそうにない。トホホ……と思っていたときだった──

 ドオオオオオンンンンッ!!

 地響きとともに、外から大きな音が聞こえてきた。建物のすぐ近くという距離感ではなさそうだが、かなりの衝撃があったのは確実。

「……何の音?」

 アイナが不快そうな顔をしている。

「わからないが……何かが爆発したみたいだな」

「ううん。それもそうだけど……魔物じゃないんだけど、魔物みたいな……変なうなり声……」

「唸り声?」

 改めて耳を澄ましてみるが、よくわからない。

 アイナはエルフなので人間に比べて聴覚に優れている。俺では聞き分けられないほどのわずかな声を聞き取れているのかもしれない。

「とりあえず外に出てみよう。何があったのかわからないんじゃ、ゆっくりもできないしな」

 唸り声も無視できないが、耳をつんざく衝撃が気になる。外に出れば、ついでに唸り声の正体もわかるかもしれない。

 俺たちは一旦宿を出て、様子を見に行くことにしたのだった。


          


 宿の外に出ると、大勢の冒険者たちが同じ方向に駆けていた。

「何があったんだ?」

 俺は、ソロで行動している男性冒険者を捕まえて尋ねた。

「おお……あんたはカインさんに勝った冒険者! 俺もまだ事情がよくわかってねえんだが、とりあえず非常事態だ。走りながら知ってる限りのことは伝える。いいな?」

「ああ、助かる」

 冒険者が一斉に出動する非常事態で、俺も冒険者の一人として頼りにされている……かなりきな臭いな。

 言葉のとおり駆け足で目的地に向かいながら、冒険者の話を聞く。

「村の正門近くで魔物とも人間ともつかない奇妙な生き物が暴れているという通報があったらしい」

 魔物とも人間ともつかない奇妙な生き物……俺には、思い当たる存在が一つだけあった。

「魔族か?」

 だが、冒険者は首を振った。

「明らかに魔族ではないらしい。俺もまだ直接見たわけじゃないから何とも言えないんだが……魔族の特徴であるツノも黒い目も翼もなかったとのことだ」

「じゃあ、いったい……」

「『魔人』じゃないか……と言われている」

「魔人?」

「人間の体で魔物の力を取り込んだ存在……と言われている。ここ数百年、存在は確認されていないが、白い髪、鋭い牙、血のように赤い瞳……これらの特徴と一致するそうだ」

 人間と魔物の融合みたいなイメージか。

 亜人を含めた人間、魔族、魔物はそれぞれ独立した存在。

 魔人は人間ベースで魔物との中間……ややこしいな。

「強いのか?」

「二百年前に発生した魔人事件では村が一つ滅びたらしいぜ……今回も同じかどうかはわからねえけどな」

「なるほど……」

 どうりで村の冒険者が焦りを隠せないわけだ。

「魔人化の原因はわかってるのか? それがわかれば……」

「不明だ。二百年前は魔人化した人間を殺したことで決着したらしい。そもそも、生け捕りにするのは無理だと思ったほうがいい」

 確かに、殺すよりも生け捕りにするほうが難しい。村を滅ぼすレベルの敵となれば手加減する余裕はなかっただろう。

「次の角を曲がった先だ」

 目的地付近に到着。

 グルルル……という不気味な声が聞こえてくる。

 まだ何十メートルか離れているはずだが、骨に響くような低い音がはっきり聞こえる。これがアイナが聞いていたものなのだろう。

 道を曲がったその先には、魔人と思われる怪物の姿と、それと戦う数十人の冒険者の姿があった。

 魔人は話に聞いていたとおりの白い髪、鋭い牙、赤い目と一目見るだけで記憶に残る特徴的なビジュアル。もともとは若い男の冒険者だったのだろうと思わせられる雰囲気だった。

 色とりどりの魔法が飛び、数多あまたの近接職が武器を持って立ち向かっている。

 だが、戦況は良くないようだ。

「ん、あれは……」

 魔人の前には、さっき食堂で知り合ったカインの姿があった。

 俺たちより一足早く到着していたようだ。

「ここは俺に任せておけ!」

 そう宣言したカインが魔人の懐へ飛び込んでいく。

 キンッ!

 カインの剣が魔人の背中を直撃した。

 だが──まるで硬い石に打ちつけたかのような高い音を立てて跳ね返されてしまう。

「ぐあっ……!

 直後にゴミをはじくような軽い動きでカインは吹き飛ばされ、家屋に突っ込んでしまった。

 致命傷にはなっていないはずだが、かなりのふかを負ったはずだ。もうまともに戦える状態ではない。

「カインさんでも手も足も出ないなんて……」

「こんなのどうすれば……」

「これまで戦ってきた敵とは次元が違う……」

 村の冒険者たちは、カインがあまりにもあっさりと倒されてしまったことで魔人の存在に絶望しているようだ。

 次々と着弾する魔法や弓による遠隔攻撃も魔人には通用していない。

 かなり皮膚が硬いのか、矢が刺さることはないし、魔法でもほとんど生命力を削れていなかった。

 これほどの強さの魔人のステータスはどれほどのものか。

 『魔眼』を使って、確認しておく。


 名前 :クレッグ・リドラー Lv.70

 クラス:魔人

 スキル:『硬化』『かくらん

 HP :76800/76897

 MP :43579/44555


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 攻撃力:A

 防御力:S

 攻撃速度:S

 移動速度:S

 魔法攻撃力:S

 魔法抵抗力:S

 精神力:S

 生命力:S

 魔力:A


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 ほぼ全てのステータスがS……。

 HPとMPを除けば、アイテムボックスの中に眠っている魔族ケルカスと同じくらいの戦闘力だ。

 周りの冒険者の攻撃がほぼ通らず、苦戦させられているのも合点がいく。

 俺のステータスなら無理なく倒せるはずだが、スキルが少し気になるな……。まあ、今は気にしても仕方がない。

「ミーシャ、強化魔法を頼む」

「うん、すぐにかけるね」

 ミーシャはうんの呼吸で俺とアレリア、アイナ、アリスに強化魔法をかけてくれた。

 今回の強化魔法は、『攻撃力強化』『防御力強化』『攻撃速度強化』『移動速度強化』『魔法攻撃力強化』『魔法抵抗力強化』『精神力強化』『生命力増幅』『魔力増幅』の九種類フルセット。

 さすがにこれが四人分となるとキツいらしく、ミーシャは付与を終えたあと少し息を切らしていた。

「サンキューな。あと……余裕があればカインにこれを飲ませてやってくれ」

 そう言って、俺はアイテムスロットから取り出した『光り輝く生命力ポーションLv.5』を手渡した。

 それから、念には念を入れて作り置きしておいた七種のポーション──『光り輝く攻撃力ポーションLv.5』『光り輝く防御力ポーションLv.5』『光り輝く攻撃速度ポーションLv.5』『光り輝く移動速度ポーションLv.5』『光り輝く魔法攻撃力ポーションLv.5』『光り輝く魔法抵抗力ポーションLv.5』『光り輝く精神力ポーションLv.5』も飲用しておく。

 これにより、ミーシャの強化魔法とは別枠でさらなるバフ効果を得られる。

「じゃ、いくぞ」

 宣言し、俺が先陣を切る。

「まずは、手始めに……」

 神の加護を使用し、身体能力を強化しておく。

 それから、できるだけ村に余計な被害を出さないよう攻撃範囲を狭めて『フレア』を放つ。

 魔人はベースが人間ということもあり無属性らしいので、今回は火属性を選んだ。どの属性を選んでも有利になることはないが、火属性魔法は一番よく使っているため、使い慣れているアドバンテージがある。

 ドゴオオオオオオンンンッッ!?

 火属性のフレアが魔人に直撃し、炎に包まれた。

 このステータス差であれば、普通は大ダメージになったはずだが──

「そ、そんな……」

「ユーキの攻撃が効かないなんて……!」

 魔人のスキル『硬化』により俺の魔法は攻撃が通らなかった。

 アレリアとアイナは初めての俺の苦戦にかなり驚いている。この驚きの中には、不安も含まれているのが伝わってきた。

 今度は魔人が攻撃を仕掛けてきた。人間離れした跳躍でジャンプし、拳を振るう魔人。

 とはいえ、厄介なのは異常な防御力だけ。ステータス差があるため、俺にとって魔人の攻撃をけることは造作もない。

 軽い身のこなしで魔人の攻撃を避けつつ、作戦を考える。

「まずいな……避けてるだけじゃダメだ。どうすれば……。ん、そうか!」

 一瞬、魔人に勝つすべはないんじゃないかと諦めかけてしまったが、しょせんは防御力の超強化はスキル由来のもの。

 ここを突けばいい。

 スキルには、『再使用時間』なる概念がある。

 俺が持つスキルは再使用時間が短いものばかりなので気にしたことがなかったが、それでもほんの一瞬だけ連続使用できない空白の時間が存在する。

 連続で攻撃することにより、『硬化』が途切れた一瞬に当たった一撃で生命力を刈り取ればいい。

 そうと決まれば──

「アイナ、俺と同時に攻撃を頼む」

「わ、わかったわ!」

 攻撃の数が多ければ多いほどいい。

 『火球』を十連続で発射し、どれか一撃だけでも当たることを狙う。

 俺の火球が発射されるとほぼ同時に、アイナの弓から放たれた矢も魔人に向けて飛んでいった。

 ドゴオオオンッ!?

 俺の火球が先に魔人に着弾し、遅れてアイナの攻撃が衝突。

 これで『硬化』を破れたんじゃないか──と思ったのもつか

「これでもダメなのか……!?

 またもや魔人に有効な攻撃を加えることはかなわなかった。

 『硬化』はどうやら攻撃が当たった一瞬だけ発動するものではないらしく、一定期間持続するタイプのスキルのようだ。

 だが、一つ気づいたことがあった。

 魔人のステータスを確認すると、HPがほんの少し減少しているのだ。


 名前 :クレッグ・リドラー Lv.70

 クラス:魔人

 スキル:『硬化』『撹乱』

 HP :76621/76897

 MP :43579/44555


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 さっきの俺のブレスでは2くらいしか変化していなかったので、今回もおそらく俺の攻撃によるものではない。

 ということは、アイナの攻撃が効いたのだろう。

 俺とアイナの攻撃の違いは、魔法と弓……いや、これは関係ないだろう。さっき剣で攻撃していたカインの攻撃も『硬化』で防がれてしまっていた。

 何か別の要因があるはず……。

「あっ、そういうことか!」

 まだ予測に過ぎないが、魔人の『硬化』は一回の使用で同一の攻撃を何度でも防げるんじゃないか?

 逆に、複数種類の攻撃を同時に防ぐことはできない──そう考えると、アイナの攻撃だけが通っていた事実とつじつまが合う。

 じゃあ、アイナに先に攻撃をしてもらって、『硬化』を無効化したところで俺の攻撃を当てれば……いや、これじゃダメだ。

 魔人も『硬化』で無効化する対象を選べるはずだ。

 俺とアイナの攻撃、どちらを優先して防ぐか考えれば結果はおのずとわかる。

 となると、俺が複数種類の魔法を同時に当てることができればいいが……これも無理だな。

 今の俺では、まだ別の種類の魔法との並行使用はできない。

 現実的に可能なプランとしては──

「こうするしかなさそうだな」

 アイテムスロットから魔剣ベルセルクと聖剣エクスカリバーを取り出す。

 そして、『メテオスコール』の発動準備を始めた。

 メテオスコールは六属性の魔力弾が入り乱れた雨を降らせる俺のオリジナル魔法である。

 オークキング戦ですでに有効性は確認済みである。

 魔法の並行使用ができないなら、魔法と剣で同時に攻撃すればいい。

 最高峰の剣技と、最高峰の魔法を同時に使える存在である『賢者』だからこそできるパワープレイ。

 結界魔法の傘を展開し俺自身に攻撃が当たらないようにだけ注意し、剣か魔法、どちらかで魔人を仕留める。

「これで終わりだ」

 俺は、自分にだけ聞こえるくらいの小さな声で呟く。

 そして、魔人の懐に飛び込んだ。

「ユーキ、そっち違う!」

 後方からアリスの声が聞こえた。

 ん、何が違うんだ……?

 よくわからないが、今は目の前のことに集中だ。

 色とりどりの魔力弾の雨が降る中、俺は二本の剣で魔人を攻撃!

 だが──

「魔人が消えた……!?

 俺が剣を振った瞬間、魔人の姿が霧のように消えてしまい、少し離れた場所にワープしてしまった。

 いや、違う。

 魔人は元からあの場所にいた。間違いない。

 俺が魔人のいる場所を見失っていたことが直感的にわかった。

 これが二つ目のスキル『撹乱』の効果なのか……?

「くっ……」

 俺は一旦魔人と距離を取り、プランを練り直すことにした。

 そういえば、アリスは俺が魔人に攻撃する前に注意してくれていた。

 どうしてわかったんだ?

 アレリアとアイナの二人も俺が攻撃を空振りしたときは驚いた様子だった。

 となると……アリスと俺たちで見えている景色が違うことになる。

「アリス、もしかして魔人の正確な位置が見えてるのか?」

「うん。こういうの得意」

 どういう理屈で……ってのがすごく気になるが、とりあえず後回しだな。

 この場を切り抜けるのが優先だ。

「魔人のところまで誘導してもらうことってできるか? 自分の目が信用できないんだ」

「それは……ちょっと難しい。素早いから……」

 確かにな……。目まぐるしく動き回るリアルな戦闘では、口頭で位置を伝えてもらったときにはすでに遅い。

「じゃあ、スイがご主人様の目になる~!」

「え?」

 目になる……ってどういうことだ?

 さっぱり見当がつかない。

「アリス、スイを抱いて~」

「こう?」

 アリスはスイに言われるがまま、小さな胸にスイを抱いた。

 その瞬間だった。

「なっ……何だこれ!?

 俺のいつもの視界と、アリスの視界の両方が脳内に流れ込んできた。二つの視界が混在する奇妙な世界が見えている。

 だが、不思議と混乱はしていない。俺の脳は別々の情報をしっかり処理できていた。

「スイ、ご主人様の配下になったから、こういうのもできる」

「なるほどな。こりゃ助かるよ」

 要するに、スイがアリスの視界を俺にミラーリングしてくれているという理解でよさそうだ。

「じゃ、今度こそさっさと終わらせるか」

 全ての準備が整った。

 俺は、再度『メテオスコール』の準備を始める。

 そして、二本の剣を持って勢いよく魔人に飛び込む。

 俺の視界から見えている魔人の位置を意識的にシャットアウトし、アリスの目を信じる。

 自分の目で見えているものを否定するのはやや恐怖もあったが、こういうのは思い切りが大切なのだ。

「うおおおおおおっ!」

 六色の魔力弾が降り注ぎ、魔人は『硬化』により雨を防いでいる。

 その状況で、俺の二刀流の剣が魔人の背中にクリティカルヒット!

 カインの時のような跳ね返された感覚はない。

「うがあああああ……」

 魔人の背中からは血が噴き出し、その場にドサっと倒れた。

 魔人化しているとはいえ、人間の身体がもとになっているということは弱点も同じなのだろう。

 魔人の体から生命力は感じられない。この一撃で絶命したようだ。

「ふう……」

 長かった緊張から解放されたことのあん。俺は大きく息を吐いた。

 時間にすれば一連の流れは十分もかかっていないのだが、とにかく濃密な時間だった。

 俺が気を抜いた瞬間、両手に持つ二本剣が輝いた。

 そして、脳内に機械音声が聞こえてくる。

《『魔剣ベルセルク』の自動修復に成功しました! 修復率30%》

《『聖剣エクスカリバー』の自動修復に成功しました! 修復率30%》

 どういうわけか、二本の剣がまた本来の力を取り戻したようだった。

 自動修復はこの前地下遺跡に入って以来だな。

 これも何か法則が見つかれば一気に進みそうなもんだが……。

 などと考えていると──

「さ、さすがはユーキです……!」

 背後からアレリアが抱きついてきた。

「一時はどうなることかと思ったけど……よかった」

「当たれば一撃……やっぱりすごい」

 魔人を倒したことで褒めてくれるアレリア、アイナ、アリス。

 だが、今回は本当に苦戦させられた。

「今回はほとんどみんなのおかげだよ。ミーシャの強化魔法のおかげで理性的に立ち回れたし、アイナのおかげで魔人のスキルの弱点に気づけたし、アリスの目のおかげで攻撃を当てられたんだ」

 俺は最後の一押しをしたにすぎない。

 ユリウスさんに三人を任されたのだから、もっと余裕のある戦いをするべきだった。俺は『賢者』の強力なステータスに甘えきっていた。

 今回を教訓にして、相性の悪い敵でも対応できるように対策しないとな。

「うぅ……私はユーキのお役に立てませんでした」

 あっ……。

 アレリアのフォローを忘れたせいでねさせてしまった……。

 確かに、今回アレリアは戦果に直結するような活躍があったとはいえない。

 だが、決して役に立っていなかったわけではない。

 ここはしっかり伝えておくとしよう。

「アレリアがいたから、後ろは任せられたんだ。アイナはともかく、アリスは戦闘経験が乏しい。魔人のターゲットが移ったらかなり厄介だったんだ」

 そう言いながら、俺はアレリアの頭を撫でた。

「本当ですか?」

「ああ、本当だよ。役に立ってないなんて思わないでくれ」

 そう言葉をかけると、アレリアは嬉しそうにほほんだ。

 アレリアにかけた言葉は、社交辞令ではなく百パーセント俺の本心だ。

 俺にとって魔人の攻撃を避けることは造作もないことだし、アイナも戦闘経験による勘で対処できるだろう。だが、ミーシャとアリスは違う。

 アレリア、スイ、アースという頼りになる強力な仲間がいなければ、俺が常に後ろを気にする必要があった。

 ただでさえ苦戦した戦いの中での心理的な負担は、想像以上に大きい。

 直接的な活躍がなかったから役立たず──なんてことはないのだ。

 そんなねぎらいの言葉をかけた直後。

「ユーキ……やっぱおめえすげえよ……」

 ミーシャにポーションを持っていってもらった冒険者──カインが声をかけてきた。

「カイン、無事だったか!」

「ああ、おかげさまでな」

 俺が飲むよう指示した光り輝く生命力ポーションLv.5のおかげで、すっかり怪我は治ってピンピンしている。

「ほんと、あのポーションってヒーラー泣かせだよね」

 ジト目を向けてくるミーシャ。

 そういえば、ミーシャは強化魔法の他に回復魔法も使えるんだったな。

 ちょっとミーシャには悪いなあ……と思いつつも、生命力ポーションが便利すぎるので仕方ない……。

「俺ではまったく太刀打ちできなかった。もしユーキがこの村に立ち寄ってなかったら……と思うとゾッとするぜ」

「村を大切に思ってるんだな」

「おうよ。なんたって俺が生まれ育った土地だからな。魔物なんかに好き勝手させねえって思って冒険者になったんだ。ま、学もねえし他に仕事がなかったからってのもあるんだがな!」

 ガハハと笑うカイン。

 魔人が暴れた正門付近の建物はボロボロになってしまっているが、村全体としてはほとんど無傷。

 万が一の際には撤退する選択肢も頭の隅では考えていたが、こうしてカインの心から安堵した様子を見ていると、諦めずに戦い抜いてよかった……と思わされる。

「それにしても魔人とは……む」

 地面に倒れている魔人のなきがらにカインが注目した。

「どうした?」

「胸のこの刺青いれずみ……まさか『ヘルヘイム』の……」

「ヘルヘイム?」

 カインの目線の先を見る。

 服の陰から見える胸……というより鎖骨の下あたりに、不気味な黒い模様が彫られていた。

 三角形の中に目……前世の陰謀論系ネット記事で見たロゴと似ている気がする。

「ヘルヘイムってのは、最近信者が急増してるさんくさい宗教団体だ」

「そんなのがあったのか」

 まだ異世界に来て日が浅いので調べきれていなかったのか──と思ったが、アレリアたち四人もピンときていない様子。

 オズワルド王国やヴィラーズ帝国にはまだ伝わっていないのかもしれない。

「ユーキたちはどこから来たんだ?」

「オズワルド王国からだ」

「なるほどな。それなら知らないのも無理はねえ。オズワルド王国は大陸の東側にあるだろ? ヘルヘイムは、西側発祥なんだ。んで、最近はリーシェル公国で信者が急増してるって話だ」

 ここでリーシェル公国の名前が出てくるのか。さすがに今回の魔人とは関係ないと思いたいが……。

「明日言おうと思ってたことと繋がるんだが、もうここで話しちまうぞ」

 食堂でリーシェル公国の名前を出したとき、カインは気になっていることを明日教えると言っていた。その件だろう。

「ヘルヘイムには良くないうわさがあってな。どうも、禁忌魔法の研究を盛んにやってるという噂を耳にしたことがある」

 禁忌魔法……各国が開発、使用を禁止している魔法のことだ。

 オズワルド王国前国王セルベールが使用するよう指示した『異世界から勇者を召喚する魔法』も禁忌魔法の一つである。

 禁忌魔法は、この世のことわりを超越する特殊な魔法。使えば世界の魔力バランスが崩れ、災害を引き起こす恐れがあるために禁止されているそうだ。

「リーシェル公国って島国だからさ……やつらが色々と隠すにはちょうどいい地形してんじゃねえかってな。ま、何も証拠はないんだが……禁忌魔法なんてやべえもんを使えば、魔人が生まれても不思議じゃねえとは思うぜ」

「なるほどな。……気をつけるよ」

「そうしてくれ。ま、あんだけ強いなら俺が心配するまでもねえだろうがな!」

 またもやガハハと笑うカイン。

 リーシェル公国を訪問する当初の理由は、ファブリスの様子を見に行き、不審な行動をしていないかチェックすることだった。

 だが、それ以上にヘルヘイムの件は気になる。

 放置すれば王国に脅威をもたらす可能性がある。

 現地に着いたらファブリスとの面会は予定どおり行い、残った時間はヘルヘイムと魔人の関係について調べることとしよう。