オズワルド王国から追放された勇者の一人、ファブリス・ジョーキン。

 剣の勇者として絶対の自信を持ち、偉そうにしていた彼の姿はもうない。

「ああ……俺の人生もうおしまいだ……」

 王都から約二千キロ離れたリーシェル公国に送られたファブリス。

 追放されてから三日目にして精神的に限界が来ていた。

 住まいを与えられ、生活に不自由はなかったものの、行動の自由はない。

 常に監視がついているという状況だ。

 勇者としての力を誇示する機会は皆無。今はただの政略の駒でしかない。

「どうして俺がこんな目に……くそ」

 ドンッ!

 薄暗い部屋の中、ベッドをたたくファブリス。

 ベッド、テーブル、椅子、棚……もろもろの家具はそろえられているが、床にはゴミが散乱している。

 ここ一ヶ月間で生活はかなりすさんでいた。

「あいつのせいだ……賢者……マツサキ・ユーキ。意味わかんねえ職のくせによ!」

 ドガッ!

 怒りに任せ、椅子を蹴飛ばす。

 脚が折れてしまったが、げきこうしているファブリスは特に気にしなかった。

「あいつをぶっ殺してふくしゅう……できねえよ! あんな強いの……どうしろってんだよ……」

 はぁ。

 深いため息をつくファブリス。

 ユーキへの怒りと同時に、弱い自分に対するいらちと情けなさ。

 やり場のない感情をぶつける場所はなく、ファブリスはもんもんとした日々を過ごしていた。

 そんなある日のことだった。

 チリンチリン。

「ああ……もうこんな時間か」

 正午。

 家にいるファブリスが逃げ出していないか確認するため、いつもこの時間は役人のチェックがある。

 家の外には常に監視が立っているのだが、念には念を入れているらしい。

 ファブリスはうんざりしつつも、いつも素直に応じていた。

 ガチャリと扉を開けるファブリス。

「心配しなくても逃げねえよ……って、お前誰だ?」

 眉をひそめ、いぶかしげな目を向けるファブリス。

 ファブリスの目線の先には、いつもの役人とは明らかに違う、全身黒ずくめの男の姿があった。

 闇の司祭──と形容するのがしっくりくる見た目だった。

 ふと外に目を向けると、監視の役人たちはスヤスヤと眠っている。

(まさか……こいつが眠らせたのか?)

 ファブリスの監視役にばってきされた役人たちは皆それなりに実力がある。

 物音一つなく無力化させたとなれば、ただものではない。

「ルーラ様からファブリス殿への手紙を預かっている。読んだら燃やせ。答えは後日聞かせてもらおう」

 内ポケットから封書を取り出し、ファブリスに突き出す男。

「ルーラが……? 勇者同士の連絡は禁止のはずだが……」

 ルーラ・コシャス。こんぺきの魔法剣を持つ魔法の勇者だ。

 大らかなファブリスとは対極な性格で、彼はやたらと細かくいちいち慎重な立ち回りを求めていたなという記憶がよみがえる。

 そんなルーラが課せられたおきてを大胆に破り、手紙を寄越したことにファブリスは興味を持った。

「全て手紙に書いてある。受け取れ」

「ああ」

 ファブリスは突き出された手紙を受け取り、部屋に戻った。

 封を開いて手紙の内容を確認する。

「こ、これは……」

 手紙の内容は、今のファブリスが求めていたことだった。

 沈んでいたファブリスの心に一筋の明かりが差し込んだ感覚。

 不気味に口角が上がり、笑いが込み上げてくる。

「はは……ははははは! これだ、これだよこれ」

 手紙を読んだ後、書かれてあった指示どおり火をつけるファブリス。

 後日に闇の司祭が改めて答えを聞きに来ると説明を受けていたが、ファブリスはすでに気持ちを固めたのだった。


          


 王都に帰還した俺たちをレグルスが迎えてくれた。

「ユーキ……また女増やしたのか。しかも二人も」

 と、あきれた様子で。

「ハハ……」

 苦笑いするしかない。

 アリスはついてきたいとお願いされたので連れてきただけなのだが、ミーシャに関しては結婚を迫られている。

 正確に説明しても言い訳がましくなるだけなので、もうこれでいいや……。

「にしても、これだけの大所帯だと部屋を追加したほうがいいんじゃないか?」

 これまでは俺とアレリア、アイナの三人とスイ、アースということもあり、広めの部屋一つに集まっていた。

 レグルスの言うとおり、そこにミーシャとアリスまで加わればさすがに手狭になる。

 追加の部屋は必要だろう。

「確かにな……。頼んでもいいか?」

「お安いご用だ。部屋は余ってるからな。一人一部屋用意しておく。割り振りは適当にやってくれ」

「助かる」

 こんなやりとりをしていると、どちらが国王なのかわからなくなってくる。

「おっと、そういえばユーキが戻ってくるまでの間に勇者の動向については一応調べたんだが……いつ確認したい?」

 この言い方だと、今すぐ確認してほしいってわけじゃなさそうだ。疲労面に配慮してくれている側面もあるかもしれないが。

 とはいえ、カタンの一件から勇者関連の優先順位は高い。

「すぐ確認するよ」

 アレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの四人には部屋で待っていてもらうことにして、俺とレグルスは一緒に会議室に入った。


          


 十数人の役人たちを集めて会議をするために用意された部屋。

 俺とレグルスの二人だけでは少し寂しく感じる程度には広い空間である。

 円卓に横並びで座り、顔を突き合わせて会議をするのがいつものスタイルだ。

「これが経過報告書だ。引き続き調査は進めているが」

 手渡された十ページほどの資料を確認する。

 資料には、各国に追放した勇者たちの生活態度がまとめられていた。

 確認する限りでは、怪しげな行動はない。

 それどころか、六人ともまるで心を入れ替えたかのように真面目な人間そのものだった。

 定期的に行われるヒアリングでは自らの罪をざんしているそうだ。

 監視がある生活への文句は言わず、国からの指示には従い、自ら冒険者への手助けを買って出る者までいる──と、資料には書かれている。

「どう思う?」

「怪しい点はないが……れいすぎるな」

「やはりそう思うか」

 レグルスも同じように思っていたらしい。

 人間はそう簡単には変わらない。

 アニメや漫画の世界では何かのきっかけひとつで人が変わる様がよく描かれるが、現実はそうではない。良くも悪くも。

 一人や二人ならともかく、六人全員が心を入れ替えたとはとても思えなかった。

「これってどうやって調査したんだ?」

「王国の使者を通じて勇者の受け入れ国から聞き取りしたんだ」

「なるほどな……」

 レグルスが遣わせた使者がうその報告をしているとは思えない。

 問題は調査期間と、調査方法か。

 勇者の身柄を抱える各国の監視がさん……とまでは言わないが、上手うまく本性を隠されている可能性がある。

 本当に心を入れ替えてくれているのなら喜ばしいが、もう少し詳しく調べたいところだ。

 できれば、俺の目で直接確認しておきたい。

「レグルス、俺が直接様子を見に行ってもいいか?」

 俺がいない間はまたレグルスに負担をかけてしまうことになるが、今は遠隔でも連絡を取れるので、俺も最低限の仕事はできる。

 多少無理をしてでも様子を見に行けと俺の直感が訴えていた。

「ユーキが直接? そりゃそれが確実だが……そういう面倒ごとは俺が引き受けるぞ」

「レグルスは国王なんだ。他国に行って万が一のことがあったら困るし、それに……国王って肩書きがあると自由に動けないだろ?」

「まあ、確かにな」

 俺も『大公爵』というオズワルド王国貴族としては最高位の肩書きはあるものの、国王と比べれば外を出歩くことのハードルは低い。

「わかった。相手国への根回しは任せてくれ。各国まわることになるとは思うが、順番だけ教えてくれるか?」

「助かるよ。はっきり決まっているわけじゃないが、まずはファブリス……リーシェル公国に行こうと思う」

 リーシェル公国は王都から二千キロ離れた場所に位置する小さな国。

 エメラルドグリーンのビーチがあり、南の国として人気が高い。

 イメージとしてはハワイやグアムみたいなものだろう。

「リーシェル公国だな、承知した。日程調整に十日ほど時間をくれ」

 異世界では手紙を届けるまでにどれだけ急いでもある程度の時間がかかる。

 十日でもかなり短くなったほうだ。

 通信結晶がなかった頃は使者の帰国を待たないと報告を聞けなかったんだからな……。

「十日だな、わかった。まあ……そのなんだ、一分一秒を争うわけじゃない。負担にならない程度で頼む」

 本人には気にしていないだろうが、ただでさえ忙しいレグルスに新しい仕事を割り込ませるのは少し気が引ける。

 この件は仕方がないが、そろそろ仕事を上手く割り振って国王を休ませる仕組みづくりが必要になりそうだ。


          


「う~む」

 リーシェル公国との調整を待つ間の一日。

 右手にペンを持った俺は机の前で頭を悩ませていた。

「ユーキ、どうかしたのですか?」

 アレリアが俺の顔をのぞき込んできた。

 王城の中の空き部屋を割り振ることで、俺たち五人はそれぞれ別の部屋で過ごすようになった。なお、スイとアースは変わらず俺の部屋で過ごしている。

 しかし、なぜか俺の部屋にみんな集まってしまっているのだ。

 部屋を分けた意味……あんまりないんじゃないか?

 さすがに五人と二匹ともなると、かなり人口密度が高い。

 ワンルームアパートに友達を集めた大学生のような感覚である。

「家のデザインがなかなか思いつかなくてな」

 アレリアは俺の手元にある紙に目を落とした。

 紙には、俺の下手くそな一軒家のデザイン案が描かれている。

「前に言ってたシェアハウスの件ですか?」

「ああ」

 まだヴィラーズ帝国に行く前。

 アレリアとアイナの二人には王都に戸建ての新居を建てたいと話していた。

「しぇあはうす?」

「何それ美味おいしいの?」

 どうもシェアハウスという概念は異世界にはないらしく、まだ説明を聞いていないミーシャとアリスは疑問符を浮かべていた。

「シェアハウスというのはですね、一つの家で何人か一緒に生活する住み方を言うのです。宿で一緒に生活するのとは違ってちゃんと一人ずつ部屋があるんですけど、キッチンとかお風呂とか、そういうものを共有する形の住み方なのです」

 一ヶ月前、俺がした説明を得意げに披露するアレリア。

 てか、よく覚えているな。とんでもない記憶力だ。

「……ということだ。説明が省けて助かる。ありがとな」

「えへへ」

 感謝を述べると、アレリアはうれしそうにほほんでいた。

「ふーん。どんな家にしたいの?」

 俺の描いたデザインをジッと見ながらつぶやくアリス。

「なんかこう、機能的でお洒落しゃれな感じ……だな。スイとアースが飛び立てるよう屋上があって、家の中は外から見えないほうがいい。でも、窓は多めで日光は入るようにしたい」

「なるほど……わかった」

 そう言い、ペンを走らせるアリス。

 何を描くのかと思えば、俺が描いていた家のデザインの手直しだった。

 「これ、どう?」

 俺が時間をかけて描いたデザインよりも、アリスがほんの十分ほどで描いたデザインの方が洗練されており、かつ綺麗だった。

 少し悔しい……と思いつつも、これまで絵と向き合ってきた時間が丸っきり違うのだ。さすがはアリスである。

 外観は王都の住宅にんでいてかつ、先進的さも兼ね備えた俺のイメージ以上の出来だった。

 次に、機能面を確認する。

 一階はリビングルーム、キッチン、ダイニング、パントリー、客間、水回り一式。

 二階は全六部屋。

 そのうち五部屋は五人それぞれの部屋。あと一つは物置になっている。

 地下室も想定しているらしい。パーティルームにするのもいいし、他にも何か良い使い方があれば転用できそうだ。

 屋上もただの発着場ではなく、テラスが描かれている。休みの日はバーベキューをしてみてもいいかもしれない。

 家の周りには高めの塀が設けられている関係で中は見えないが、吹き抜けの天井に加えて真ん中に中庭があるおかげで採光にも配慮されている。

 廊下には収納がバッチリ用意されているので、過ごすうちに物が増えても対応できるだろう。

「アリス姉さんすごいです!」

「これすごくいい! 住んでみたいって思っちゃった」

「うんうん、こういう家いいと思う!」

 アレリア、アイナ、ミーシャの三人ともが大絶賛だった。

 そして、もちろん俺も同じ。

「まさに俺が形にできなかった理想の家だよ。本当にありがとな」

 そう言い、アリスの頭をでる。

 嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった表情で『えへへ……』とほおを緩ませるアリス。

「で、でも……本当にできるかわかんない。絵にしただけだから」

 アリスの言うとおり、絵は二次元で、実際に作るものは三次元。

 再現できるかどうかは検証しておく必要がある。

 それに、きちんと強度を保つ構造になるかを確かめ、強度が足りていなければ工夫して設計し直さなければならない。

 まったく同じものはできないかもしれないが、俺が頑張って設計すれば、イメージとそんしょくないものができるはずだ。

「なら、試してみようか」

「試す……?」

 キョトンとするアリス。

 アレリア、アイナ、ミーシャの三人も同様だった。

「ああ、こうやるんだ」

 席を立ち、部屋の中央にあるテーブルに移動する。

 俺が今から彼女たちに見せるのは、いわばミニチュアづくり。

 大分魔力の使い方に慣れたおかげで、『錬金術』使用時の魔力の流れを参考にして少し工夫すれば、このくらいならできるはずだ。

 さすがに実寸大の建物を作ることまではできないが……。

 アイテムスロットから小さなレンガや小さな木材、小さな石、底の深い容器に入った土、ガラス板、金属などを取り出した。

 検証のため必要になるだろうと事前に準備しておいたのだ。

 アリスが作ってくれたデザインを見ながら、目の前に取り出した素材に手を向ける。

 魔力を集中させ、諸々の素材を切ったり、削ったり、加工することでパーツを用意していく。

 土を掘り、基礎を作る。

 最後に出来上がったパーツをプラモデルのように組み合わせる──

 こうして、百五十分の一スケールの家が完成した。

 強度のため、やむなく少しだけ手を加えた部分もあるが、おおむねアリスが考えてくれたデザインそのままの出来栄えである。

「す、すごいです……!」

「っていうか、いつからこんなのできるようになったのよ!?

「ユーキ君って本当になんでもやるよね……」

「アリスが描いた絵がほんとにちゃんと家になってる……すごい」

 アレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの四人ともが大絶賛だった。

「アリスのデザインのおかげだよ。しっかり頭の中でイメージできたからやりやすかったんだ」

 けんそんでもなんでもなく言葉のとおりだった。

 完成のイメージから逆算することで必要なことが見えてくることもある。一人ではここまでのクオリティにはできなかっただろう。

《新スキル『創造魔法』を習得しました》

 新スキル獲得の声が聞こえてきた。

 久しぶりのことで油断していたので、一瞬ビクッとしてしまう。

 しかし……創造魔法って何に使えるんだ?

じんを超えた創造が可能になります》

 そんな補足がなされるが、そう説明されてもいまいちピンとこない。

 まあ、実際に使ってみればどういったものかすぐにわかるだろう。

「こんなに良いおうちだとパワーストーンも良いのが欲しくなるわね」

「そうですね! とびきりのを用意しましょう!」

 アイナの言葉に、はしゃいだアレリアが反応する。

「パワーストーン?」

 知らない言葉だったので、思わず聞き返してしまった。

「ユーキはパワーストーンを知らないのですか?」

「ああ」

「本当に知らないの……?」

「え、結構常識だったりするのか?」

 アレリアとアイナは共にびっくりしたような顔でうなずいている。

 ミーシャとアリスの反応を確認しても同じだった。

 異世界に転生してから二ヶ月でもうこの世界のことについてはほとんど知ったつもりになっていたが、まだまだ知らないこともあるようだ。

「ユーキ、魔石はわかる?」

 アイナが俺の知識がどこまであるか探る質問を投げてくれた。

「ああ、それはわかる」

 魔石とは、魔物から取れる魔力が詰まった石。

 ほとんどがゴミのような代物で、価値のある魔石はほとんど採れない。

 含有魔力の密度が高く価値のあるものは魔法兵器の核として使われることもあるそうだ。

「パワーストーンっていうのは、魔石の中でも魔力が詰まったすごく質の良いものを加工して、ほんの少しずつ魔力を発散させることで滋養強壮効果が得られるようにしたものなの」

「疲れが取れるってことか?」

「そうね。疲れもそうだし、の回復も早くなるわ」

「なるほど」

 一般人にとっても有用だが、疲れや怪我の多い冒険者にとっては特に重宝しそうな効能だな。

 魔石はてっきり魔法兵器のような危険なものにしか利用できないものだと思っていたが、思いのほか平和的な使い方もされているようだ。

「パワーストーンってどれくらいの値段なんだ?」

「安いF級でも金貨百枚くらいはするわね。安いものの効果はあまり期待できないけど……」

 金貨百枚……日本円換算で約百万円ほどか。

 それで安いってどんだけだよ……。

「……高いものだと?」

「値段がつくものの中だと……A級が金貨一万枚くらいかしら」

 い、一億……ま、まあ今なら払えない金額ではないな、うん。

「でも、本当に良いものはほとんど市場に出ないから……そもそもお金があっても入手が難しいの」

「結構ハードルが高いな」

 お金さえ払えば手に入るならなんとでもしようがあるが、入手が難しいとなると手に入るかどうかは運になる。

「ん?」

「どうしたの?」

「ないなら、作るって方法もあるよな?」

「作る……?」

 四人ともピンときていない様子。

 俺も絶対にできると言えるほどの自信はなかったが、さっき覚えた『創造魔法』を使えばできるかもしれない。

 俺は、アイテムスロットから価値のない粗悪な魔石を取り出した。

 全体的に黒く濁っている。

 『創造魔法 Lv.1』を使用する。

 ちなみに、今の俺のレベルではまだスキルレベルは1が限界らしい。

 粗悪な魔石が光に包まれる。

 魔力がほとんど入っていないこの魔石に、許容量限界まで魔力を注入し、増幅させるイメージを脳内に描く。

 すると──

 ……驚いたな。

 本当にできてしまった。

 汚かった魔石は透明感のある深紫色に変化し、黒い濁りは消滅していた。

 魔石の周りからはほのかに発散される魔力が感じられる。

 パワーストーンというものを直接見たことはないが、同じ効果を得られるはずだ。

 『創造魔法』は『錬金術』と似たスキルだが、明確な違いがあった。

 その違いは、すでにある特性を組み合わせて新たな特性を作るのではなく、無から有を創造するという点。

 魔力を増幅させるようなことは『錬金術』ではできない。

 ただし、少なくとも今の俺の『創造魔法』のスキルレベルでは最初からレベル5の光り輝くポーションを作れるという感覚はない。

 適材適所で使い分けをするのが正しい使い方なのだろう。

「これでどうだ?」

 手のひらの上に乗せて、四人に見せる。

「すごい……E級くらいのパワーストーンと同じくらいの魔力……」

「普通なら捨てるような魔石で作れちゃうなんて……さすがはユーキです!」

「パワーストーンって作れるんだ! こんなの初めて見たよ!」

「ユーキ伝説……メモメモ……」

 E級ってことは、F級よりワンランク上だろうから、金貨百枚以上の価値になるのか。

「でも、素材がこれだとE級が限界か……」

「B級までなら流通量も多いし、ユーキ君が加工すればS級レベルのパワーストーンとかできちゃうんじゃない?」

 俺の独り言に、ミーシャが反応した。

「確かに、できるかもしれないが……」

 S級というのが、市場流通しないレベルのパワーストーンだとするなら、そこで満足していいのだろうか?

 何段階も高いランクのパワーストーンを作ることができるなら──

「どうせなら、最強のパワーストーンをさらに強くして一番最強のパワーストーンが欲しくなるよな」

 一番最強……自分で言っていても意味がわからないが、端的に表現できる言葉としてこれがベストだった。

 やり込みゲームオタクの血が騒いでいるのかもしれない。

 晩年は最弱キャラ『遊び人』を最強まで育てたが、昔は最強キャラをさらに強くするという遊び方もしていた。

 あれはあれで楽しかった。

「確かにロマンは感じるよね~」

 ミーシャも、他の三人も……そして俺自身も夢物語だと思っているが、いつか必ず最強の魔石を手に入れ、一番最強のパワーストーンを創造しよう。

 そう心に決めた。


          


 夕食前。

 俺とアリスは足りない食材の調達に王都の商業地区に行った。

 すでに買い物は済ませ、二人横並びで歩いている。

「そういや、アリスの召喚魔法って一回ごとに絵を一枚消費するんだよな?」

「うん」

「となると、準備が大変だよな」

 これからはアリスも行動を共にするとなると、必然的に魔物との戦闘にも連れていくことになる。

 召喚魔法を使って召喚獣に戦わせる形なら問題なく戦えるとは思うのだが、絵を描くのに数時間単位でかかってしまう。

 連戦になれば消費量が著しく多くなり、だんだんと準備に苦労することは容易に想像できる。

「我、描くの速いから大丈夫」

「そういう問題じゃない」

 っていうか、まだその中二設定生きていたのか。

 俺と二人の時だけ出るのか? アレリアたちが一緒の時は言ったことがない。

「いくら描くのが速くても限度があるだろ?」

「一枚ちゃんとしたのを描いたら上からなぞって写せばそんなに」

 トレースってやつか。

 確かにそれならかなり準備スピードを上げられ、労力も節約できるが……それでもかなり大変だ。

「うーん……」

 理想では同じものをコピーできるような方法があればいいのだが……。

 そんな都合のいい技術が異世界にあるはずがないしな。

 いや、なければ作ればいいのか。

 『創造魔法』を習得したおかげで、できることの幅が大きく広がっている。

 俺のイメージを形にできさえすれば、画期的な解決策になる。

「どうしたの?」

「いや、ちょっとひらめいてな。急ぎめで城に戻ろう」

 俺は早足で城に帰ると、早速アイデアを形にすることにした。

 俺が作ろうとしているのは、液晶ペンタブレットとスタイラスペンである。

 上手く使えば、紙での作業よりも圧倒的に効率よく作業ができるはずだ。

 アイテムスロットからガラス、各種金属、ゴム、低級の魔石などを取り出す。ちなみにゴムはあらかじめ樹液を加工して用意しておいたものだ。

 そして、『創造魔法』を使用する。

 頭の中のイメージを丁寧に整理し、部品ごとに切り分ける。

 部品ができたところでそれらを有機的に組み合わせ、完成させた。

 本来コンピュータと液タブは別々に用意してケーブルでつなぐものだが、俺は同じ箱の中で二つをドッキングしたためかなり大変だった。

 持ち運べるパソコンであり、液タブでもある魔道具というイメージだ。

「よし、こんなもんだな」

 机の上には、前世で見たことのあるお絵かきアイテムそっくりのガジェットが置かれている状況。

 だが、これで完成ではない。

 完成したのはハードウェア……つまりガワだけ。

 ペンタブレットというのはソフトウェア……中身の機能も重要なのだ。

 必要そうな機能、あれば便利な機能などを想像しながら組み込んでいく。

 かなり集中していたためか、汗がこぼれ落ちた。

 十分ほどがった頃。

 苦労のあり、どうにか一通りの機能を組み込むことができた。

 基本的な機能しか実装できていないが、これでも今までよりは格段に効率が上がるはずだ。

 このソフトウェアの名前は……クリップショップ……略してクリショとでも呼ぶとしよう。

「アリス、ちょっと来てくれ」

「?」

 キッチンにいたアリスに声をかける。

 ダイニングテーブルの上にはできたばかりの液タブとペン。

「これなに?」

「新しい画材だよ」

「???」

 疑問を浮かべるアリス。

 まあ、初めて見るとこういう反応になるよな。

「ちょっとこれで絵を描いてみてくれ」

「こんなので描けるの……?」

 半信半疑のまま、ペンを持つアリス。

 アリスがペンを走らせると、黒い線が遅延なく描かれた。

「え……!?

 筆圧に応じて反応し、線が太い部分、細い部分、色が濃い部分、色が薄い部分など様々。紙に描いたときさながらの再現度にできた自信がある。

「驚いたか? 実は、これ消すこともできるぞ」

 液タブを操作し、線を消してみせる。

「絵をパーツごとの多層構造にすることもできるし、3Dモデルで構図のアタリを取ることもできる。着色もやりやすいように工夫してあってな……」

「す、すごい……!」

 機能を説明していくと、アリスはキラキラと楽しそうな表情になった。

「あ、新しい絵を描くときは前の絵……消さなくちゃいけないの?」

 アリスの顔が曇ってしまう。

 確かに、そう思ってしまうのも無理はない。

「大丈夫だ。ストレージにデータを保存すればいつでも呼び戻せる。それと、こいつの肝は紙にいくらでも絵を転写できるってことなんだ」

「転写?」

「実際に見たほうが早い」

 俺は適当に『へのへのもへじ』の絵を描いてみる。

 アイテムスロットから十枚の紙を取り出し、液タブの隣に置く。

 転写の操作をすると──

「ユーキの絵が浮かび上がってる……!? しかも、えっ!?

 次の瞬間には、俺が描いた絵が十枚全ての紙に浮かび上がっていた。

「これならかなり準備も楽になるだろ?」

「うん……便利」

 冒険者として魔物と戦うようになり召喚魔法を使うたびに絵を消費するのでは大変すぎるからな……。

 最初の一枚は苦労して描くんだし、このくらいの楽はしてもバチは当たらないだろう。

「ユーキ、ありがと」

「ああ。使い倒してやってくれ」

 液タブとペンを抱きしめながら嬉しそうにアリスは微笑んでいた。


          


「あ、ユーキさん戻られたんですね。お久しぶりです~! あれ? また女性の方が増えたんですね」

 翌日、久しぶりに冒険者ギルドへ行くと、いつもの受付嬢が苦笑いしながらそんなことを言ってきた。

 アレリアとアイナに加えて、ミーシャとアリスまで増えている。

 さすがに男一人、女四人のパーティは少ないのでそう言われても仕方ない。

「まあ、色々あってな」

「ユーキさんは魅力的な方ですからね」

 受付嬢がニコッとしながらそんなことを言う。

 すると、四人は嬉しそうにニヤニヤしていた。

 なぜか、俺を褒められると彼女たちまで嬉しくなるらしい。

「ハハ……ありがとな」

 お世辞だとは思いつつも感謝の意を伝えた。

「あ、確認しておきたいんだが……ミーシャ、ギルド証を出してくれるか?」

「うん、これでいい?」

 ミーシャがギルド証を取り出し、受付嬢に見せる。

 そのギルド証は俺たちのものとは違い、帝国印が押されている。

 見た目のレイアウトにも違いがあった。

「これってそのまま使えるんだよな?」

「ヴィラーズ帝国の方なんですね。はい、大丈夫です。先日協定が結ばれまして、帝国の冒険者であればそのままお使いいただけますよ」

「よかった」

 ユリウスさんと俺との間で両国間の冒険者が行き来できるよう約束を交わしたので、使えるようになることはわかっていた。

 ただ、レグルスに伝えてからあまり日が経っていないので通達が済んでいるか不安に思ったので聞いてみたのだ。

 なお、ミーシャに加えて実はアリスもギルド証を持っているらしい。

 引きこもり始める前に試験だけは受けていたそうだ。

 ライセンスは取得するのに多少時間がかかるので、スムーズで助かる。

「実はアリスが久しぶりの冒険なんだ。Eランクくらいの討伐依頼で軽いのがあればと思ったんだが……今ってどんな感じなんだ?」

 受付嬢に尋ねる。

「……」

 受付嬢はなぜかミーシャのギルド証を見たまま固まっていた。

 ほんのわずかな時間ではあったが、何かを悩んでいるような様子に見えた。

「あっ、すみません! 少しぼうっとしてしまって……」

 元気を取り繕ったような顔で謝罪する受付嬢。

「いいよ。疲れてるのか?」

「いえ、そういうことではないのですが……」

 口ではそのように言いつつも、明らかにいつもとは違う。

 冒険者の一人である俺とギルド職員のうちの一人という関係なので、彼女とはそれほど深い仲というわけではない。

 そのため放っておくという選択肢もあったのだが、色々と世話になったし、なんとなくこの変化を無視できなかった。

「何か悩んでるなら、相談に乗るよ。誰にも言わないし」

 まるで口説き文句のように思えるが、俺にその意思はない。

「ありがとうございます。本当に、大したことではないと思うのですが……」

 受付嬢はそう言いながら話し始めた。

「実は、さっきBランク冒険者の方がパーティでいらしたんです。初めて見る方たちでした」

 オズワルド王国の中でも王都は最も人の出入りが激しい地域。

 見慣れない顔の冒険者も決して珍しくはない。

「Bランクの討伐依頼を受けて出られたのですが、無事に戻ってきてくれるか心配になってしまって……」

「頼りない感じだったのか?」

「いえ、そんなことはなかったです。少し依頼を甘く見ているようにも見えましたが、冒険者は自信がある方が多いですし」

 つまるところ、普通の冒険者にしか見えないってわけか。

「じゃあどうして心配する必要があるんだ?」

 そう質問すると、受付嬢は一瞬のあいだ無言になってしまう。

「あの方たちは適正ランクに達していないかもしれないんです」

「……ん? どういうことだ?」

 Bランクの冒険者がBランクの依頼を受けることは適切。

 全く問題がないはずだ。

「そのパーティが冒険に出られた後にギルドマスターから通達があったんです。最近、ギルド証の不正品を密造している悪徳業者がいると……。そのせいで不正なギルド証が誰でも手に入る状況になっているから、注意するようにと……」

「そういうことか……」

 当然だが、高ランクの依頼ほど報酬が高い。

 腕に自信を持つ低ランク冒険者がランクをして報酬の高い依頼を受けようと考えるのはありえる話だ。

 ちなみにアレリアも以前本名とは違うギルド証を取得していたが、これは大した問題ではない。

 ギルド証の名前は個人を識別するためのもので、変更も可能。そもそも戸籍制度が整っていない異世界において偽名もクソもないのだ。

 冒険者はギルドでの実績が重要でこれが実力の証明になるわけで、実績部分で不正をされてしまうのが問題だというわけだ。

 なお、アレリアのギルド証は現在正しい名前のものに取り替えてある。

「でも、どうして偽物だってわかったんだ?」

「偽物だという確信があるわけではないんです。ただ、王国印が少し粗かったような気がするんです。あとから考えると装備もBランク冒険者にしては貧弱でした。武器だけは良いものを使っていたので気にしていなかったのですが……」

 Bランクに成りたての冒険者なら装備が完璧に整っていないとしても不自然ではないが……。

「ギルドマスターには伝えたのか?」

「はい。でもすでに出発してしまったので今更取り消しはできないんです。確証がないのと、仮にランクを詐称していたとしても冒険者側に非があるので私が気にする必要はないと言われました」

 ギルドマスターの対応は冷たいようにも思えるが、冒険者は命懸けの仕事。

 自分の命の管理を他人に任せるようではダメだと言いたいのだろう。

 仮に命を落とす結果になったとしても冒険者自身の責任──正論ではあるが、自分が事前に気づいておけばよかったというのがこの子の悩みの種か。

「事情はわかった。じゃあ、俺たちが様子を見てくるよ。必ず生きて帰らせる。そのあと説教してやってくれ」

 アレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの四人を見る。全員が頷いていた。

「え? でも……」

「今日はもともとアリスの肩慣らしが目的なんだ。そのついでに様子を見に行くってだけだよ」

 そう説明するが、受付嬢の顔の曇りは晴れなかった。

 まだ、何か他に思うことがあるのだろうか。

「ダメです。ユーキさんが強いことも、みなさんが強いことも知っています。……でも、王都の門を出れば魔物がいる以上リスクはゼロじゃないんです。リスクを引き受けていただく代わりに我々は依頼を発注し、成果報酬をお支払いしています。やみに冒険者を危険にさらすわけにはいきません」

「……そうか、わかった」

 ギルドとしても冒険者を大切にしたいということか。

 しかし、これを聞いてますます放っておけなくなった。

 俺はダメと言われるとやりたくなってしまうさがなのだ。

「えっと……あんた名前、なんだっけ」

「私ですか? ハルカ……ハルカ・リーズランスですけど……」

 ポカンとした様子で答える受付嬢。

「ハルカ、あんたが依頼を出してくれ」

「え……?」

「冒険者は基本的にギルドから依頼を受けるが、専属契約を結んでいるわけじゃない。実際、ギルドを通さず護衛の依頼を受ける冒険者はそこそこいる。ハルカが依頼を出してくれるなら、冒険者としてそれに応えるよ」

「な、なるほど……それなら。でも報酬が……」

 いらないって言っても聞かないだろうから──

「それに関しては、一つ頼みたいことがある。詳しくは後で話すよ。今は依頼を出してくれるかどうかを聞きたいんだ」

 ノーと言わせない目力でハルカを覗き込む俺。

「……お、お願いできますか?」

 少し驚かせてしまったが、求めていた答えを引き出すことができた。

「任せてくれ」


          


 ハルカが心配していた三人組のパーティは、王都から南西に二十キロほど離れた場所に位置するカルロン渓谷に到着した。

 天気は良好だが、緑はなく岩肌しか見えない。

 両サイドを崖に囲まれ、昼だというのに薄暗い雰囲気の場所だった。

 一行はさっそく緑色の豚のような魔物──オークと戦っていた。

「とりゃあああああ────!?

 一体ずつ倒す作戦。

 剣士であるパーティリーダーのアインがオークの間合いに飛び込み、大きな剣を両手で力いっぱいに振るう。

 アインは身長百八十センチ、逆三角形のマッスルボディを持つ巨漢。

 そんな彼の攻撃は迫力十分。

 だが──

 キンッ!

 アインの剣と、オークのやりが衝突する。

「くっ……」

 オークを圧倒するには力が足りない。

 ジリジリと押されるアイン。

 だが、その瞳に諦めの色は皆無だった。

「……今だ! ハルク、ルーリエ!」

 アインの合図。

 長身ではないものの、りんとした雰囲気を持つ双剣士のハルク。

 アインの合図とほぼ同時に足音なく忍び寄る。

 一瞬にしてオークの背後を取り、敵が気配に気づいた頃には──

 ザンッ! ザンッ!

 二回のけんげきがオークの背中にクリティカルヒット。

 ギエエエエェェェェ!?

 オークの背中から多量の血が噴き出す。

「下がるぞ!」

「ああ!」

 魔物の悲鳴が聞こえるのと同時に、アインとハルクは後退。

 どこか柔らかな雰囲気を持つ少女、ルーリエがオークにつえを向けている。

 ルーリエの杖の周りに魔法展開中に現れる幾何学模様が見えた。

 オークはまだ生命力を残しているものの、背中のダメージにより動きがやや鈍くなっている。

 オークが立ち上がると同時──

 ルーリエの攻撃魔法『火柱』が放たれた。

 槍の如く鋭く、ごうごうと燃える火柱が高速で飛んでいき、オークの腹に衝突。

 ドオオオオオンンンンッ!

 ごうおんとともに、舞い上がる黒い砂煙。

 数秒が経ち、煙が晴れると、そこには絶命したオークの姿があった。

「よしっ!」

 ハルクが小さくガッツポーズする。

 アインとルーリエの二人も緊張が解け、ほっとした表情を浮かべていた。

「ハルク、ルーリエ。見事な連携だった」

「ありがとうございます。でも、ハルクが魔物の背後を取れたのも、私が魔法を上手く当てられたのも、アインがオークを足止めしてくれたおかげですよ」

「そうだぜ。アインがいなきゃ大怪我して終わりだったと思う。ま、それもルーリエがトドメを刺してくれなきゃジリ貧だったけどな」

 三人が三人ともパーティメンバーを高く評価し、信頼関係が築けている。

 だからこそ当たり前のように高い水準の連携プレイが成立していた。

 作戦が上手くいき満足げな三人。

 しかし──

「いつもならここで怪我しちまって、アイリスの回復魔法のおかげでなんとかなったってとこまでバカ話してるのにな……くそ!」

 アインの一言により、冷静な顔になる二人。

「俺たちが無理してBランクの依頼を受けたのはアイリスを助けるためだろ。アイリスはまだ生きてる。俺たちが戻るまで耐えてくれれば……なんとかなる。絶対にだ」

 アインたち一行の本当のランクはC。

 ギルド証を闇業者から購入し、ギルドをだましたことで不正にBランクの依頼を受けてここに来ている。

 アインたちも、不正に造られたギルド証を利用してはいけないことは理解していたし、罪悪感もあった。

 むしろ、そういった不正をするやからのことを許せないと思うような善良な冒険者だった。

 だが、彼らにはそれでも不正をしなければならない理由があった。

 このパーティの回復役を担う回復術師アイリス。

 彼女が一昨日、討伐依頼の途中で大怪我を負ってしまった。

 即死は免れたものの、出血が激しくひんの状態。

 気を失った彼女にアインたちは生命力ポーションを無理やり飲ませることで延命したが、根本的な解決にはならなかった。

 生命力ポーションで治癒力を高めても怪我での消耗ときっこうすると、現状維持もおぼつかない。

 ジリジリと消耗するアイリス。

 放っておけば確実に死ぬ。

 助かるには、高ランクの回復術師による回復魔法しかない。

 しかし、それには多額の報酬を支払う必要がある。

 ──治療費は金貨五十枚。

 一秒でも早く治療費を集めるためには、ランクを偽り一度に多額の報酬を狙えるBランクの依頼をこなすほかなかった。

「そうだな……取り乱してすまなかった」

 アインは二人に謝罪し、地面に突き刺していた剣を引き抜く。

「次の敵……急ぐぞ!」

「おう。あと九体……さっさと片付けようぜ」

 渓谷を進み、先ほどと同様に一体のオークに狙いを定めるアイン。

「いくぞ!」

 そう言い、オークに向かって飛び込むアイン。

「ま、待て!」

 ハルクが声を荒らげるが、アインはすでにオークの間合いに入ってしまっている。今更引き返すことはできない。

 キンッ!

 アインの剣とオークの槍がぶつかる金属音。

「なんだ! どうした!」

「崖を見ろ! オークがいる!」

「な、なんだと!?

 オークの攻撃を耐えるので精一杯の中、アインは視線を右側の崖に移す。

 そこには、崖の上からこちらをジッと覗き込むオークの姿。

 これだけでもギョッとしてしまうが、他にも注目すべき点があった。

 その姿は通常のオークとは違うものだった。

 身体が二倍のサイズ。頭の上には石の王冠がのっている。

「ま、まさか……オークキングか!」

 オークキングとは、オークの生息エリア内に必ず一匹存在するボス。

 非常に知能が高く、オークキングが率いるオーク軍団は統率の取れた優れた戦いをするとのことで有名だった。

 広い生息エリアの中でたまたま遭遇する確率は低いとタカをくくっていたアインたちにとっては大誤算だった。

「くそ、あちこちから湧いてきやがる……」

 ハルクは魔法師であるルーリエを守るため周りを警戒している。

 もはや撤退しかありえない状況だが、移動できる全ての方向からゾロゾロと大量のオークが近づいてくる。

 崖からも大量に降りてくるオークたち。

 全て合わせると、優に百体は超えている。

「わからない……どうすればいいんだ……!」

 頭を抱えるアイン。

 圧倒的な力の差。

 戦っても、逃げても殺されてしまうことは明らか。

 絶望的な状況を前にして、頭が真っ白になってしまうのだった──


          


 冒険者ギルドを出た俺たちは、巨大化したスイの背中に乗り込んだ。

 人数が増えたので、俺たち五人はスイとアースの二手に分かれている。

 スイには俺とミーシャとアリス。

 アースにはアレリアとアイナが乗っている。

「カルロン渓谷までだ。悪いが、急ぎで頼む」

「承知しました」

 すぐに飛び立ち、猛スピードで目的地に向かう。

 アインという冒険者がリーダーを務めるパーティは、朝早くに出発したらしい。

 対して俺たちが出発した時刻は正午。

 普通なら間に合わないが、空からの移動なら追いつけるはずだ。

 ただの空振りに終わればそれが一番いい。

 だが、なんとも形容しがたい胸のざわめきを感じる。受付嬢のハルカも同じように感じていたのかもしれない。

「そろそろ到着します。ご主人様、どこで降りましょうか?」

 ほんの数分で目的地上空まで来られた。

「入り口には……いないか。もう少し奥まで進んでくれ」

「承知しました」

 アインたちは、思いのほか早く到着していたらしい。

 普通に歩けばまだ道中でもおかしくないはずだが、かなり急いで移動していたようだ。

 オークを十体倒すだけの依頼……それほど急がずとも日が暮れる前に王都に戻れるはず。何か急ぐ理由があったのか……?

 疑問を抱きつつ、渓谷のどこかにいるアインたちの姿を探した。

「ユーキ、アレじゃない?」

 ミーシャが指差す方向を見ると、三人組のパーティがいた。

 ハルカから聞いていた冒険者の特徴と一致している。

「ナイスだ、ミーシャ。あの三人で間違いない。……って、なんだ!?

 アインたち三人は百体を超える大量のオークに囲まれていた。

 彼らの表情は険しく、苦戦を強いられているのが伝わってくる。

 念のため、ステータスを確認しておくか……。

 パーティリーダーであるアインを対象に『魔眼』を使う。


 名前 :アイン・ローレント Lv.15

 クラス:剣士

 スキル:なし

 HP :3698/8444

 MP :983/3111


 [次へ ▽▽] [TOP]


 攻撃力:C

 防御力:B

 攻撃速度:C

 移動速度:D

 魔法攻撃力:D

 魔法抵抗力:C

 精神力:C

 生命力:C

 魔力:D


 [△△ 前へ] [TOP]


 全体的なステータス感として、Bランク冒険者としては不十分。

 Cランク相当といったところだろう。

 他の二人もチェックしたものの、似たりよったりな能力値。

 受付嬢のハルカが懸念していたとおり、間違いなくランクを偽装している。

 ──それはともかく。

 カルロン渓谷のオークは一体でもそこそこステータスが高い。


 名前 :オーク Lv.20

 クラス:魔物

 スキル:なし

 HP :50254/50254

 MP :41532/41532


 [次へ ▽▽] [TOP]


 攻撃力:B

 防御力:C

 攻撃速度:B

 移動速度:B

 魔法攻撃力:C

 魔法抵抗力:C

 精神力:B

 生命力:B

 魔力:B


 [△△ 前へ] [TOP]


 Bランク冒険者でもソロなら一体ずつが限界。

 ランクがどうこうというレベルの話ではない異常事態が目の前に広がっていることを理解した。

「ユ、ユーキ……崖の上にオークキングがいるよ!」

 ミーシャが焦った様子で俺に伝えてきた。

「オークキング?」

 依頼内容を詳しく聞かずにギルドを飛び出してきたため、事情があまりよくわからない。

「この地域のオークのボス。オークキングがこの辺一体のオークを一ヶ所に集めてるんだよ。私も目の前で見たのは初めてだけどね……」

「なるほど。じゃあ、逆に言えばあいつさえ倒してしまえば……いや、先にあいつらの周りだけでも蹴散らすのが優先か……」

 俺の攻撃力は足りている。

 上空から『火球』を落とすことで十分あの程度の魔物なら倒せるはずだ。

 でも、本当にこれでいいのか?

「どうしたの?」

 一瞬考え込んでしまった俺を見つめるミーシャ。

「いや……なんでもない。スイ、もう少し高度を落として近づいてくれ」

 確かに、俺の攻撃力なら確実にオークを倒すことはできる。

 だが……あの三人を巻き込まずにという条件がついてしまうと、途端に大丈夫という確信が持てなくなってしまった。

 ハルカに、必ずあいつらを生きて帰らせると約束した以上、死なせるわけにはいかないのだ。

 結界魔法も魔物との距離が近すぎて三人だけを保護するのには使えない。

 余分に時間がかかることになるが、別の方法にしよう。

 俺はアイテムスロットから通信結晶を取り出す。

 全員に持たせてあるので、離れて飛行していても作戦を共有できる。

『アイナ、こっちは降下して距離を詰めてからアインたちの周りにいる魔物を吹き飛ばす。その間、周りにいる魔物の処理を頼む』

 アイナは弓で離れた敵に攻撃できる。俺の魔法のように衝撃で周りを巻き込むこともないし、精度に関しても完璧だ。

 アイナに時間を稼いでもらい、焦らずに安全を確保してから助けに行けばいい。そのような考えからの指示だった。

 だったのだが──

『ごめん……無理。私の方ももう少し近づかないと……』

「どういうことだ?」

『この高度で飛びながらだと風が強すぎて……どこに飛ぶかわからないの。巻き込まずに魔物だけに当てる自信がないわ』

「そういうことか。……いや、そりゃそうだな。すまん」

 上空の方が地上よりも強い風が吹いている。それに加えて魔物とは五百メートルほどの距離がある。

 予測できない揺れや風によるほんの数ミリのズレが惨事になってしまう。

 もう少しだけ自力で耐えてくれ……。

 俺には、そう願うことしかできなかった。

 だが──異世界にもマーフィーの法則というものがあるのだろうか……。起こってほしくないときに限って運は言うことを聞いてくれない。

 アインがオークの攻撃により武器を落としてしまい、絶体絶命の窮地に陥ってしまったのだ。

「ユーキ、あの三人を避難させればいい?」

 焦りでどうにかなってしまいそうになっていたタイミング。

 アリスがそんなことを言った。

「え、そんなことができるのか?」

「うん」

 アリスは涼しい顔で言う。

 直後、アリスがポケットから三枚のイラストを取り出した。

 イラストは淡い光となって霧散し、代わりにアインたち三人の周りに三つの幾何学模様──魔法陣が同時に出現。

 その魔法陣からは白い光があふれ出し、鶴のような白黒ツートンカラーの美しい鳥が出現した。

 アリスが召喚した鶴はアインたち三人をつかみ、空高く飛び立つ。

 オークが槍を投げるが、軽い身のこなしでけていた。

 なるほど……鳥の絵を使えば召喚獣を飛ばすこともできるのだ。

「サンキュー、アリス」

「うん」

「じゃ、新魔法を試しつつ……一撃で仕留めるか」

 俺はそう呟き、魔法の準備に取りかかる。

 これだけの数がいると、一体ずつ倒すのは面倒だ。

「スイ、高度を二百メートル上げてくれ。アースは俺たちの後ろに」

 スイが俺の指示どおり高度を上げ、アースはスイの後ろへ下がった。

 アリスが救出した冒険者たちがアースの方へ避難したのを確認したところで、全ての条件が整った。

 このタイミングで、『結界魔法Lv.3』を使用。

 俺たち全員を囲む巨大な結界を構築する。

 『神の加護』を使うことで能力を引き上げておくことも忘れない。

「強化魔法いる?」

「頼む」

「はい、どうぞ」

 ミーシャの強化魔法も合わさったことで、最高の環境が整った。

 たかだか百体のオークとオークキングを倒す程度では過剰な火力だが、過剰で困るわけでもない。

 大は小を兼ねるのである。

「じゃ、行くぞ」

 俺が考案した新魔法『メテオスコール』。

 『火球』『水球』『地球』『風球』『聖球』『闇球』──あらゆる属性の魔力弾を雨の如く降らせる魔法である。

 かなり雑な魔法だが、魔物への属性の有利不利などを考える必要がないので雑魚をまとめて相手するには最適だ。

 俺たちの百メートル下、上空に直径百メートルほどの魔法陣を展開。

 展開から数秒とかからずに発動──

 ドガガガガガガアアアアアアアアァァァァ────!?

 けたましい轟音が渓谷に響く。

 四方八方、あらゆる方向に飛んでいく色とりどりの魔力弾がオークに衝突し、爆発。

 地上ではまるで花火のような光景が広がっていた。

「す、すごすぎるよ……」

「こ、これなんて漫画……?」

 ミーシャとアリスの二人は、アレリアとアイナの最初の頃を思い出すような驚嘆の声を上げていた。というか、ちょっと引かれてる気がする。

 と、それはともかく。

 オークキングも含め、目の前にいるオークの軍団は全滅したようだった。

 地面はクレーターだらけになってしまっている。

「ん?」

 オークキングがいた辺りに、キラッと光るものが見えた。

「スイ、崖の上に降りてくれるか?」

「承知しました」

 緩やかに高度が下がり、やっと地面に足がついた。

「どうしたの?」

 崖の方へ歩いていく俺にミーシャが声をかけてきた。

「ちょっと気になることがあってな」

 オークキングの遺体は俺の攻撃で原形が残らないほどになってしまっているが、そのそばには燃えるようにまがまがしく輝く黒い石があった。

 手のひらに乗せてみる。

 大きさの割にそこそこ重い。熱は感じないが、その代わりにかなり大きな魔力を感じた。

 小さな石に高密度の魔力が詰まっている……というよりは、これは魔力の塊なのだろう。

「それ……魔石?」

 ミーシャと一緒にスイから下りたアリスが驚いた顔をしている。

「そうみたいだな。今まで見た魔石とは随分印象が違うが……」

 普通の魔石から特別な存在感を感じることはない。見た目上はその辺に落ちている石ころが実は調べてみると……といった感じなのだ。

 しかし、これは見た目から明らかに普通ではないとわかる。

「私も初めて見たけど、これがSランクの魔石なんだと思う。すごい……」

「これがそうなのか……」

 Sランクの魔石ともなれば、とんでもなく強力な魔物を倒してようやく手に入るたぐいのものだと思っていた。

 こうもお手軽に手に入るとはな。

 いや、よく考えれば『オークキングを倒すこと』=『オークの大群を相手にすること』なわけで、普通の冒険者にとっては難易度が高いのかもしれない。

「よくわからないが、早速手に入ったみたいでラッキーだ。思ってたよりも早く着工できそうだな」

 想像していたよりあっさりと手に入ってしまったが、これはこれでいい。

 手に入れた魔石をアイテムスロットに収納したタイミングで、聞き慣れない声が聞こえてきた。

「君たちが助けてくれたのか?」

 声の主は、俺たちが助けにきた対象であるアインという冒険者。

「そのとおりだ。間に合ってよかったよ」

「ありがとう、本当に……もうおしまいだと思ったよ」

 アインがそう言うと、後ろにいた仲間の二人──ハルクとルーリエの二人も頭を下げた。

「まさかこんなところに高位の冒険者が来てくださっていたとは……このご恩、必ず何かの形で返させてくれ……」

「本当に、本当に……ありがとうございました」

 冒険者ギルドを騙すようなパーティと聞いていたのでどんな荒くれ者かと思いきや、案外普通の冒険者じゃないか──というのが第一印象だった。

 ミーシャとアリス、それとアースから下りてきたアレリアとアイナを見ても俺と同じように感じているようだった。

 スイとアースはいつの間にか小さくなり、俺のそばでふわふわと浮いている。

 あと、どうでもいいことだが……この三人は俺が王都では有名だということには気づいていないようだ。

 王都以外の住民や冒険者には顔バレしていないので、名前を出すまではわからないのだろう。

 久しぶりに『大公爵』ではなく『一人の冒険者』として扱われた気がして懐かしい気持ちになる。

 それはそれとして──

「……どうして身分不相応の依頼なんか受けたんだ?」

 俺が尋ねると、三人はビクッと肩を揺らした。

「俺たちがここに来たのは偶然じゃないんだ。不正なギルド証を使って依頼を受けた冒険者がいると聞いて追いかけてきた」

 百パーセントの確信があったわけではないが、ステータスを見る限りはCランク相当の冒険者。

 『身分不相応』というワードにも露骨な反応を見せたので、カマをかけてみたというわけだ。

「ああ……バレていたのか。手間をかけてすまなかった」

「アイン……」

「……」

 何か言い訳をするかと思いきや、三人はあっさりと事実を認めた。

「あんたらが進んで不正に走るタイプとは思えないんだ。よかったら事情を聞かせてくれないか?」

 人は見た目によらないと言うが、俺の直感は意外と当たる。何か事情があったのではないか、そんな風に思わされたことからの言葉だった。

 三人は顔を見合わせ、ハルクとルーリエがうなずく。

「わかった。助けてもらった立場だしな。全て話すよ……」

 アインはそう言い、事情を話し始めた。

 金のために不正に手を染めたこと。金が必要だったのはパーティでただ一人の回復術師であるアイリスの治療費のためということ。これ以外に方法がなかったということ。

「まあ、だとしても世話になってるギルドを騙していい理由にはならねえけどな……。結果、あのザマだ」

 話を聞く限り、彼らにとってはやむをえない事情があったらしい。

 俺たちも固定のパーティで依頼をこなしているので、気持ちはよくわかる。

 俺だって立場さえ違えば同じことをしていたかもしれない。

「そんな事情があったのですね……」

 アレリアがつぶやく。

 アイナ、ミーシャ、アイナの三人を見ても手段はどうあれ、この決断には共感できるといった感じの反応。

 とはいえ、結果と感情は切り分けて考えなければならない。

「そのとおり。不正をしていい理由にはならないな。……同情はするが」

「ちょ、ちょっとユーキ!?

「何言ってんのよ!」

 アレリアが驚き、アイナが肩を小突いてきた。

「冒険者がランク分けされているのは、本質的には冒険者がなるべく安全に依頼をこなせるようにという配慮でもある。お前らはその配慮を踏みにじったわけだ。結果として今回みたいなことになった。到底ようできることではないし、二度とするなとしか言えない。依頼は失敗というよりも、取り消し処分が相当だ。当然報酬は銅貨一枚すら出ない。治療費は諦めろ」

 俺はまだ言葉を続ける。

「その代わり、これを持っていけ」

 俺はアイテムスロットから『光り輝く生命力ポーションLv.5』を取り出し、パーティリーダーのアインに手渡す。

 俺が錬金術で作った特別製のポーションである。

「これは……ポーションか?」

「普通ならそこまでの大きな怪我だとポーションでの治癒は不可能。だが、これならなんとかなる。回復術師に頼むよりも確実だろう」

 そう説明しても、三人は納得できない様子。

「疑っているわけではないが──」

「こんなものでどうにもならないと思うなら、試しに飲んでみればいい。在庫はまだあるからな」

 俺は追加で三本のポーションを取り出し、それぞれ手渡す。

 三人が受け取ったポーションを飲み干すと、すぐに変化が現れた。

「な、なんだこれは……信じられない!?

「あれだけの怪我が一瞬で跡形もなく……」

「嘘でしょ……!?

 三人が驚くのも無理はない。

 普通のポーションにこれほどの効果はない。俺が作ったこのポーションが特別なだけなのだから。

「アース、この三人を仲間がいるところまで連れていってやってくれ」

 話を聞く限り、一刻を争うらしい。それなら早いほうがいいだろう。地上の移動では手遅れになってしまうかもしれない。

「え、オレが送るの?」

「何か問題があるか? 俺たちは先にスイに王都まで送ってもらおうと思ってたんだが」

「んー、じゃあしょうがないんだナ~」

 何か言いたげだったアースだが、事情を話すと損得勘定でもしたのか、あっさり引き受けてくれたのだった。

「何から何まで……ありがとう」

 これはアインのセリフだが、三人はそれぞれしつこいほどに感謝の意を言葉にしていた。

「それにしても、あんた一体何者なんだ? さっきのとんでもない攻撃力といい、特殊なポーションといい……これだけのことができる冒険者だ。名の知れた人じゃないのか?」

 そういえば、まだ名乗ってなかったな。

まつさきゆうだ」

「ユーキ……って、大公爵の!?

「な、なるほど……」

に落ちました……!」

 驚く三人だが、事態は一刻を争う。無駄な時間なんてないはずだ。

「俺が何者かなんてどうでもいいことだろ? 早く行ってやれ」

「あ、ああ……」

 飛び立つアースを見送ってから、俺たちもスイに乗り込む。

 俺たち五人を乗せたスイはさすがに重そうだったが、問題なく飛翔ひしょう

 王都への帰路についた。


          


「ユーキ、ポーションをあげるのナイスでした!」

「私もあれがベストだったと思うわ」

「お金をあげたり、特別に依頼を達成したことにするとかだと変だもんね」

「さすがはユーキ」

 アレリア、アイナ、ミーシャ、アリスは俺の判断を支持してくれていた。

 あくまでも悪いことをしたという結果はとがめ、その上で同情できることには手を差し伸べる。これが俺の考え方だ。

 だが、ポーションを渡したのはそれだけが理由ではない。

「あのポーション以外ではどうにもならないと思ったんだ」

「どういうことですか?」

 キョトンとしたアレリア。

 意味がわかっていなさそうなのは他の三人も同様だった。

「話を聞く限りだが、アイリスという子の怪我はかなり深刻だろう。高位の回復術師の治癒だとしても、どうにもならない可能性が高い」

 あの三人も回復は難しいことを知りながらも、いちの望みにかけていたのだろう。回復術師がパーティにいたのなら、回復術師がどの程度のことならできるかわかっているはずだ。

「アレリアは回復の勇者──シーリって覚えてるよな?」

「ああ……はい。もちろんです」

 一瞬で笑顔が崩れるアレリア。

 アレリア自身がキツい言葉をかけられたことで、勇者の中でも一番良く思っていないだろうから仕方ない。

 アレリアの前でできるだけシーリの話はしたくなかったが、この後の説明のために必要なので名前を出した。

「普通の回復術師を超越した存在の回復の勇者でも、スイに襲われたファブリスたちの回復が間に合わなかったんだ。瀕死の状態でポーション漬けになった人間をどうにかできたとは思えない」

 そう説明すると、ミーシャが反応した。

「そうだね。一応私も回復魔法は使えるけど……難しいと思う」

 実際に回復魔法が使える冒険者としての補足はありがたい。

 日本でも医療の現場では最善が尽くされるが、最善を尽くされたからといって必ず助かるわけではない。

 回復術師は神様ではないのだ。意識不明の中、衰弱していく生命力を維持する以上の速度で回復させるのは容易ではないのだ。

 それでも大切な仲間のためにできることを全部やりたいという心意気自体は素晴らしい。

「ユーキはそこまで考えていたのですね……!」

 どうにか無事にポーションを飲ませ、回復が間に合いますように──と祈りながらスイに揺られ、王都に帰還したのだった。


          


 王都に戻ってきた俺たちは、冒険者ギルドの扉を開いた。

 今回の依頼主であるハルカに報告し、報酬をもらわなければならない。

 時刻は昼過ぎ。

 閑散としたギルド建物内でハルカがほうきをかけていた。

「ユーキさん! あれ……?」

 すぐに入ってきた俺たちの姿に気づくハルカ。

 しかし、ハルカの顔は曇ってしまった。

 そういえば、ギルドを出る前にハルカには『必ず生きて三人を帰らせる』なんて言っていたな……。

 オーク討伐の依頼を引き受けた三人の姿がないので、何かあったのかと不安を感じさせてしまったのだろう。

「順を追って説明するよ」

 三人はハルカが懸念していたとおり、身分を偽っていたこと。俺たちの助けがなければ危なかったこと。仲間のもとへ直接向かったこと。

 全ての説明を聞き終えた受付嬢のハルカはあんの表情を浮かべていた。

「よ、よかったです……。ユーキさんたちにお願いして本当によかったです。ありがとうございました!」

 もしアインたちに何かあれば、ハルカは自責の念に苦しんだかもしれない。冒険者としては、ギルドの職員には万全な状態で働いてほしいので、俺としても未然に最悪の事態を防げてよかったと思う。

「それで、報酬なんだが」

「そうでしたね……。私にできることならなんでも……」

「今、なんでもって言ったな?」

 俺は、ハルカの顔を見つめてニヤリと笑みを浮かべる。

「は、はい……言いました!」

 ごくりとつばを飲むハルカ。

 俺は、依頼を受ける前から報酬を二パターン考えていた。

 アインたちが正規の冒険者だった場合と、不正な冒険者だった場合。

 今回は後者である。

「ギルド証の不正業者に関する情報を手に入れた。ギルドから摘発依頼を俺たちに出してくれ」

 実は、アースが三人を乗せて飛び立つ前。

 俺はアインたちから不正なギルド証を売っていた業者たちの情報を聞き出していた。どこにやつらがいるのか、情報を握っている。

「え? そんなことでいいんですか……?」

 受付嬢のハルカは拍子抜けした様子で脱力していた。

 俺がどんなことを言うと思ったんだろうな?

「ああ。それなりに大きい仕事だし、冒険者にとっては成功すれば名誉になる案件だからな」

 この手の犯罪は、購入者である末端を締め上げても効果は薄い。売人たちである根本を捕まえるのが手っ取り早いのだ。

 この依頼を出すよう求めたのはハルカを納得させる方便のためというのが理由として大きいが、一応裏からこの国を支える立場の人間としてやっておきたいという気持ちもある。

「そ、そうですか……わかりました! 正式な依頼書を発行した後、専任でユーキさんたちにお願いしますね!」

「ああ、それで頼む」

 こうして俺たちは十数分の待機の後、正式にギルドから依頼を受注。

 現場に向かった。


          


 俺たちがやってきたのは、ギルドから五分ほどの場所に位置する古びた宿。

 この宿にギルド証の偽造販売をする輩の拠点があり、客として訪れれば売ってくれるとのこと。

 たまに拠点を移すとのことだが、今はここを根城にしているらしい。

 それにしても、これほど近い場所でやるとはな。

 不正ギルド証を売っている組織の連中はかなり肝が据わっているようだ。警察署の前で堂々と犯罪行為をするようなもの。

 ……いや、そう考えると意外と理にかなっているのかもしれないな。

 まさかこんなところで堂々と犯罪行為をしているとは思われにくい。

「念のために強化魔法かけとくね」

「助かる」

 全員にミーシャの強化魔法がかかる。

「作戦を改めておさらいしておこう。……まずはミーシャとアリスでギルド証の購入者を装って訪れてくれ。中に入ったら事実確認を頼む。確認が取れたら俺たちも突入する」

 万が一情報が間違っていたときのために念には念を入れておく。

 ミーシャとアリスにこの役をお願いしたのは、相手を油断させるため。

 俺とアレリア、アイナは王都ではすっかり顔が知られてしまっているので、警戒される可能性が高い。

 仲間だとまだ世間的に知られていない二人の方が適役だった。

 二人が頷いたことを確認して、業者が借りている部屋へ。

 一階の角部屋。

 ミーシャがコンコンと扉を叩く。

 しばらくすると中から物音がしたかと思えば、ピタッと止まった。

「どうも、お久しぶりです」

 ミーシャが事前に聞いていた合言葉を言うと、カチャと鍵が開く。

 キィと音を立てて扉が開いた。

「入れ」

 男の声がして、ミーシャとアリスの二人は部屋の中へ入っていく。

 二人が部屋の中に入ると、扉はすぐに閉まってしまった。

 そして、カチャという鍵が閉まる音が廊下に響いた。

 通路の死角に隠れていた俺たちはすぐに突入できるよう、通信結晶に耳を澄ませる。

『ここに来たらギルド証が手に入るって聞いたんだけど』

 ミーシャの声。

『いかにも。金は持ってきてるな? カード一枚で銀貨一枚だ』

 野太い男の声の返事があった。周りからは少し話し声も聞こえる。中には他に三人ほどいるようだ。

 チャリンという音が聞こえた。ミーシャが銀貨を見せたのだろう。

『お前ら、二枚用意だ。えーそれで、名前は何にする?』

 ギルド証に刻む文字情報を聞かれているのだろう。この辺でもう容疑は確定したといっていい。

 俺は、ポケットから鍵を取り出した。この鍵は事前に宿の管理人から借りてきたマスターキーである。これがあれば、自由に鍵が開けられる。

「入るぞ」

 アレリアとアイナに伝え、扉を開けた。

 部屋の中には、俺の想像どおり合計で四人。

 中にいる業者たちはまさか突然扉が開くとは思っていなかったのだろう──

「だ、誰だ!?

 かなり混乱しているようだった。

「ここで変な商売してるって話を聞いたもんでな」

 ミーシャとアリスの応対をしていた男は、俺の顔を見た瞬間に顔をゆがめた。

「お、お前は大公爵……なんてこった……ガサ入れか!」

 こりゃ色々と自己紹介の手間がはぶけて大助かりだな。

「おいおい、ビビるこたぁねえだろ。色々うわさには尾ひれがつくもんだ。よく見てみろ、ただのガキだぜ」

 部屋の後方にあるソファーに腰をかけたインテリヤクザ風の男がそのように皆をしっした。

 こいつがこの組織のリーダーか。

「確かに……」

「ヘナっちいし、大して強くなさそうだよなァ」

「アニキの言うとおりビビることねえな」

 急に余裕を見せる三人。

 俺の実力が本当は大したことないのであれば、わざわざ危険を犯してこんなところに来ないわけだが、頭が悪いのか?

 いや、犯罪に手を染めるくらいの輩なのだ。割に合わないことをしてしまうという意味では頭の出来が良くないのだろう。

「やっちまえ!」

「「「うっす」」」

 リーダーの指示で、三人が一斉に俺たちに襲いかかる。

 部屋の中だというのに、大きな剣を横なぎに振る二人。

 扉ごと吹き飛ばす威力の火球を後方から放つ一人。

 やれやれ、められたものだな。

 俺は、結界魔法を展開。

 二本の剣と火球が同時に衝突するが──

 キンッキンッキンッ!?

「なっ、攻撃が届かねえ!」

「意味わかんねえぞ!」

「話がちげーじゃねーか!」

 しょせんは冒険者になり損なった程度のチンピラ。恐るるに値しない。

 俺が結界魔法を解除したタイミングでアレリア、アイナ、ミーシャの三人が動き出した。

「はい、確保しました!」

「こっちも捕まえたわ」

「観念しなさい」

 奥にいるリーダーの男以外の全員の確保が完了した。

 三人は結束バンドで三人の手足を縛っていく。

 この結束バンド、帰国してから暇だったので作ってみたものだ。

 以前使っていた手錠と効果は同じで、身体を拘束するとともに魔力を制限できる。だが、こっちの方がかさらないし軽いので使いやすい。

「なんだと……この一瞬で……くそ、俺だけでも!」

 一人だけ逃げようと窓に飛び込むリーダーの男。

 だが、考えが甘いな。

 ドンッ!

 窓を破ろうとして、見えない壁に跳ね返されてしまう。

「がはっ……」

 強烈な痛みだったのだろう。

 一瞬にして気を失ってしまったのだった。

 俺たちがこの程度のことも想定していないと思われてしまったのだろうか?

 俺は、逃げられないよう、部屋に入った直後に全体を結界魔法で囲むことで隔離しておいた。

 そうじゃなくてもガサ入れなら外にも人を配置するだろう、普通は。

 なんとも間抜けなやつらである……。


          


「じゃ、オレは帰るんだナ~」

「ありがとう。こんなに早く着くとは……」

 アースはユーキに指示されたとおりアインたちを送り届けると、すぐに王都を目指して飛び立った。

 アインたちが降りたのは、王都から二十キロほど離れたレール村の近く。

 オズワルド王国領地内とはいえ騒動になる可能性がある。そのため村の中まで入ることはできなかった。

 三人が夜通しで移動した距離だったが、アースは十分ほどで到着。これほどの速度での移動は常識では考えられなかった。

「急ぐぞ」

「ああ」

「うん」

 最大限の手助けはしてもらえた。

 あとは、ユーキから受け取ったポーションを飲ませるだけ。あれほどの効き目があるポーションならアイリスの怪我もどうにかなるだろう。

 そんな期待を胸にアイリスが寝かされている治療所へ。

「アイリス!」

 勢いよく部屋の扉を開け、中に入るアイン。

 ハルクとルーリエも後に続いた。

 部屋の中では白衣の回復術師と看護師が神妙な面持ちでアイリスを見守っていた。アイリスの身体には管が繋がれ、強制的に赤色のポーションが流し込まれている。

 かなりやつれており、もともと小柄なアイリスがさらに小さくなったように感じられるほどだった。

「最善は尽くしました。しかし残念ですが……時間の問題でしょう。彼女はここまでよく頑張りました」

 そう言い、部屋を出ていこうとする回復術師と看護師。

「ちょっと待ってくれ」

 ハルクが回復術師の肩を掴んだ。

「はい?」

「俺たちはまだ諦めていない。このポーションを点滴してくれ。急ぎで頼む」

「すみませんが、余所よそから持ってこられたポーションを使うわけには……」

 治療院では、施設が準備した薬品以外の使用は推奨されていない。何かトラブルが起こった際に原因の切り分けが困難になるからだ。

「そんなこと言ってる場合かよ!? 何もしなくても同じだろ!?

「そうですよ!」

 必死に説得を試みる三人だったが、もう何をしても無駄だろうという諦めの雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。

「ハルク、ルーリエもういい。俺たちで勝手にやるぞ」

 しびれを切らしたアインが力強く言った。

「だな。時間がねえ」

「今針が刺さってるところと同じところでいいのかな?」

 早々に説得を諦め、方針を切り替えた三人。

「これ、前のポーションは残っててもいいのか……?」

「ダメだろ」

「とにかく捨てておきましょう!」

 だが、さすがにぶっつけ本番では戸惑ってしまう。

 治療院の回復術師がそんな三人を見かねて割って入った。

「我々がやりますよ。……今回だけですからね」

 回復術師と看護師はアインからポーションを受け取り、手際良く点滴の中身を入れ替えた。

 その効果は、目を疑うものだった。

 ほんの数滴が体内に入っただけでアイリスの傷がふさがり、みるみるうちに顔色が良くなっていった。

「せ、先生……!」

「あ、ありえない……生命力ポーションにこれほどの効き目があるなど聞いたことがない! 奇跡だ……っ!

 回復術師と看護師が動揺する中。

「んん……」

 ほんの数秒前まで瀕死状態だったアイリスが目を覚ました。

 アインたち三人はアイリスの元へ駆け寄る。

「アイリス!」

「よかった……よかった!」

「一時はもうダメかと思いました!」

 一方で、事情が飲み込めないアイリスはキョトンとしていた。

「みんなどうしたの? あっ、そういえば怪我……あれ?」

 魔物から受けたはずの傷が消えていることに気づくアイリス。

「夢……?」

「違う。ある冒険者がポーションを分けてくれたんだ」

「ポーション……?」

 一気に多くの情報がなだれ込み、アイリスは混乱していた。

 そんな中、三人がいない間アイリスの治療に当たっていた白衣の回復術師が尋ねた。

「いったいこのポーションはどこで入手したものなんですか?」

「大公爵のユーキ様から譲っていただいたものだ。信じられないような話かもしれないが……」

 信じられないような話──というのは、ポーションの効き目に対してではなく、たまたま遭遇できたことに対してだ。今やユーキの名前を王国領地内で知らない者はいない。

「なるほど……人間離れした実績の数々を上げてきたユーキ様のポーションなら納得です……」

 ユーキが特殊なポーションを作れるという話は聞いたことがないが、まったく疑う気にはなれなかった。

「今度、王都に行って改めてお礼をしないとな」

「だな」

「ギルドに謝りにも行かないとですしね……」

「ああ……それもあったな」

「今から胃がキュッとしてくるよ……」

 アインたち三人はユーキに感謝するとともに、今後は一切の不正をせずに冒険者を続けていこうと誓うのだった。