ヴィラーズ帝国に来て約二週間。

 想像以上に長くなった滞在期間で少し朝の日課も変わった。

 朝の剣道場。

「うおおおおお──っ!

 ユリウスさんが全力で俺に向けて剣を振る。

 毎朝一緒に汗を流すようになり、いつの間にか俺はユリウスさんの先生役になっていたのだった。

 初めて手合わせしたときから比べると、ユリウスさんの腕前は目に見えて上達したと思う。

「上半身の方は大分良い動きになってきましたが、次の課題は足ですね」

 キンッ! キンッ! キンッ!

 冷静に意識するべき部分を指摘し、ユリウスさんの攻勢を迎え撃つ。

 俺はタイミングを見計らってわざと一瞬のすきを作り、攻撃を誘った。

 ユリウスさんはここぞとばかりに隙をついてきたのだが──

「うおっ!」

 ツルッとユリウスさんの足元が滑り、転倒しそうになる。

 全力で踏ん張ることで体勢を立て直したユリウスさんだが、目の前には俺が持つ剣の先。

 俺は、ユリウスさんが腕を伸ばした瞬間に無理な姿勢になるよう誘導していたのだ。

「いやあ、参ったよ。毎度のことだが事前に言ってくれていても引っかかるもんだな……」

「今日はちょっと意地悪でしたけど、俺がずるい手を使い始めるくらいにはユリウスさんは上達していますよ。すごい成長速度です」

 お世辞抜きの本心だ。

「今日もありがとう。じゃあ、そろそろ分かれて自主練だな」

「そうですね。お疲れ様でした」

 起床後、身体をほぐした後にユリウスさんと試合形式の指導。

 その後に分かれて自主練。

 この二週間はずっとこのパターンになっている。

 俺は頭を下げ、剣道場を出る。

 すぐそばの庭に出て、自主練を始めた。


          


 素振りをしながら久しぶりにステータスを確認すると、変化があることに気がついた。


 名前 :まつさきゆう Lv.5

 クラス:賢者

 スキル:『システム操作Lv.1』『神の加護Lv.1』『気候操作Lv.3』

  『大陸共通語Lv.3』『結界魔法Lv.3』『錬金術Lv.2』

  『アイテム合成Lv.1』『アイテム性質変換Lv.1』『魔眼Lv.1』

  『魔のエネルギーLv.1』『竜のシナジーLv.1』

 HP :117795/117795

 MP :236987/236987

 SP :118


 [次へ ▽▽] [TOP]


 攻撃力:SS

 防御力:S

 攻撃速度:S

 移動速度:SS

 魔法攻撃力:SS

 魔法抵抗力:SS

 精神力:S

 生命力:SS

 魔力:SSS

 [△△ 前へ] [TOP] [次へ ▽▽]


 以前まではなかった次のページがいつの間にか追加されている。

 『次へ』をタップ。次ページを開く。

 熟練度という見慣れない項目が表示された。


 ★熟練度

  索敵:+7

  クリティカル:+5

  魔力効率:+5

 [△△ 前へ] [TOP]


 なんだこれ?

 スキルであれば獲得したときに奇妙な声が聞こえてくるのだが、『熟練度』にはそのようなものはなかった。

 少なくとも王国にいる間にこの項目はなかったはずだ。

 帝国に来てからやったことといえば……様々あるが、関係ありそうなこととしては、毎朝のユリウスさんへの指導くらいのもの。

 確かにユリウスさんに指導する中で自分の中で未熟な部分に気がつけたし、未熟な部分を埋めるために自主練やイメージトレーニングに励んだりもした。

 その結果として得られた新たなスキル? なのだろうか。

 ──わからない。

 結局は比較・観察してどのようにすれば熟練度が変化するのか、法則を見つけるまで確かなことはわかりようがない。

 とはいえ、以前に比べて強くなったことだけは事実なのだろう。

「今すぐ試すなら、『索敵』くらいか」

 『クリティカル』や『魔力効率』を確かめるには場所が悪いので、周囲に意識を集中することで『索敵』の効果を確かめる。

 確かに、前までと比べてよりはっきりと魔力の流れが見える気がする。

 どう例えるのが適切なのかわからないが、テレビのアナログ放送と地デジ放送くらいには違うように感じられた。

 『熟練度』というものは普通のスキルのように能動的に使うものではなく、常に発動し続けるようだ。SMO(ソード&マジックファンタジー・オンライン)にはなかったが、他のネトゲでは採用されているシステムによく似ているように感じる。

「ん?」

 以前よりはっきりした像が見えるようになったため、誰かが上から俺の方をのぞいているような姿が見えた。

 俺を見ていた人影に目を向ける。

 だが、一瞬でパッと隠れてしまう。

 残念ながら顔は確認できなかった。

「……」

 実は、ここ数日ふとしたときに誰かに見られているような感覚があった。

 この人影がその正体なのかもしれない。

 とはいえ、厳重な警備が敷かれている帝城の中に怪しい人物が紛れ込めるはずもない。

 お客さんである俺が何をしているのか気になってメイドさんが見ていたとかそんなところだろう。

 まあ、放っておけばいいか……と自主練に戻ろうとしたその時だった。

 俺を見ていたであろう人影の手だけがぴょこっと見えた。

 小さく、柔らかな白い女性の手。

 その手は、俺を手招きしているように見える。

「こっちに来いってことか……?」

 俺はそうとらえ、こちらを招く手の元へ行ってみることにした。


          


 城の階段を上り、記憶を頼りに目標の場所に向かう。

 上の階のどこかの部屋の窓から手を出していたはずだ。

「確か、この辺だったよな」

 おそらくここだろうという部屋の前に来た。

 ただ単に立っていても仕方がない。

 ノックをしようと右手を上げたその時だった。

 ガチャ。

 勝手に扉が内に開き、隙間からわずかに部屋の中が見える。

 とはいっても、部屋の中は真っ暗。

 中がどうなっているのかはまったくわからなかった。

 この時間なら部屋の中に光が差し込むはずだが、そうならないということは、遮光カーテンで閉め切っているのだろう。

「え……?」

 さっき庭から見えたのと同じ白く細い手が部屋と扉の隙間からにゅっと飛び出し、俺の手をつかむ。

 俺は、引き込まれるように暗い部屋の中に吸い込まれた。

 ガチャン。カチッ。

 俺が部屋の中に入ると、扉が閉まり、鍵がかけられたような音がした。

 自動で閉まったわけではなく、俺を引き込んだ何者かが閉じたようだ。

 正体不明の人物に監禁されたという状況だが、不安はない。

 ステータスを確認するまでもなく、自然と伝わってくる魔力の大きさを比べれば白い手の女よりも俺の方が強いことは明らかだったからだ。

 そして何より、相手からは俺をどうにかしようという意図は感じられない。

 一瞬の間があり、女の声が聞こえてきた。

「ふふ……来てしまったのね。我が城の深淵……いえ、禁忌の間へ!」

 なんだこいつ……。

 というのが第一印象だった。

 声質的にはかなり若い。

 アレリアやミーシャとそう変わらないくらいの年齢に感じられた。

「……」

 俺は無言で扉の近くにある室内灯のスイッチを押す。

 パッと明かりがつき、部屋の全貌と俺を引き込んだ女の姿が明らかになる。

「ひゃっ!」

 透き通るようなツインテールの青い髪。大きな青い瞳。身長はやや低めできゃしゃなわりに目を引く大きな胸。黒を基調としたゴスロリファッション。

 顔からはアレリア、ミーシャよりもほんの少し大人な印象を受けるが、全体的な印象としては想像する年齢よりも幼く見えた。

 いきなり明かりをつけられるとは思っていなかったのか、少女は少し動揺した様子で俺を見ている。

「それで、何の用だ? アリス」

 名前を呼ぶと、ビクッとするアリス。

「ど、どうして我が!?

「一家で会ったことがないのはアリスだけだったからな」

 絶対の確信があったわけではないが、一目見たときにピンときた。

 アレリア、ミーシャ、リリスさん、ユリウスさん。四人も家族を見れば、アリスも家族であることは容易に想像できる。

 確か、帝国に来て初日にアレリアとミーシャがもう一人の姉の話をしていたのを聞いた覚えがある。

 思い切って名前を出してみたが、この反応を見ると当たりだったようだ。

「ふ、ふーん。やるじゃない」

「それで、用件は?」

 再度尋ねると、アリスは少し困ったような顔をした。

われなんじを招いた理由は……気まぐれよ。そう、気まぐれ!」

「気まぐれ?」

「魔族を二度も倒して、この国に来てからもすぐ危機を救って……。それに、お父様も、アレリアも、ミーシャもあなたにぞっこんみたいじゃない。そんなの気にならないわけがないわ!」

「つまりうわさを聞いて一度会ってみたいと思ったってわけか」

「そう! それ!」

 ビシッと指を差すアリス。

 これのどこが気まぐれなのかよくわからないが、本人的にはそうらしい。

「この部屋に連れてきた理由はわかったが……どうして今なんだ?」

 そう尋ねると、首をかしげるアリス。

 俺の質問の意図がみ取れていないようなので、補足しておく。

「帝国に来てもう二週間だぞ? その間にいくらでも会う機会はあったと思うんだ。同じ建物の中で過ごしてるんだしな」

 わざわざ朝の修行時間を狙って俺をピンポイントで誘い出さなくても、リビングルームに来るだけで済んだことだ。

 アレリアとミーシャの話では姉妹仲があまり良くないという風な話も聞いていたので、その辺が関係しているのかもしれないが……。

 仮に嫌な質問だったとしても、言いたくないことは言わないだろう。

 なら、俺が質問を遠慮する必要もない。

「アリスは……あっ、じゃなくて我は、この部屋から出られないの」

 薄々わかっていたが、この面倒くさい中二っぽい言動はキャラづくりっぽいな。

 いちいち指摘するのも野暮なのでスルーしておく。

「時が来るまでこの部屋に幽閉される運命にあると天啓があったわ」

 そういえば、アリス以外のみんなは集まって食事をとっていたが、アリスだけは食事の時間にメイドさんが部屋まで料理を運んでいたのを見た気がする。

 しかし、この部屋から出られない……か。

「じゃあトイレはどうしてるんだ?」

 部屋の中に廊下を経由せずに行けるトイレは見当たらない。

「え、それは……我はうんちしない」

「へえ。風呂にも入らないのか?」

「お風呂は入るわよ! みんなが上がった後にこっそりね!」

 出れんじゃん……という言葉が出そうになる。

 アリスの話を整理すると、部屋から出られない。

 だが出ようと思えば部屋から出られる。

 この矛盾が示す答えは……。

「つまり、引きこもりってやつか」

 アリスの状況を一言で説明してやると、ギクッとした反応。

 当たり前だが、自覚はあったのだろう。

 引け目を感じる感情は理解できる。

 自分自身を納得させるために変なキャラを演じているのかもしれない。

 目を引く白い肌は紫外線を受けていないゆえのものだと考えると、しっくりくる。

「人間界の言葉で表現するなら、そう……かも」

 しゅん、となるアリス。

 俺は、少し落ち込んでしまったアリスの肩をポンとたたいた。

「まあなんだ、引きこもりってのも悪いもんじゃないと俺は思うぞ。勘違いさせちゃったかもしれないけど、俺は引きこもりをおとしめるつもりはない」

「え?」

 俺も晩年は引きこもってネトゲざんまいだったし、学生時代もどちらかといえば一人で過ごす時間が多かった。

 偉そうにどうこう言える立場ではないし、むしろ外に出るのが絶対的に正しいという価値観に疑問を感じていた側の人間なのだ。

「外に出る必要がない環境で外に出てないだけのことだろ? 色々な生き方があっていいものだと思うぞ」

 そう、俺は多様性を大事にしているのである。

 決して、アリスと自分を重ねて自己弁護しているわけではない。

「ふ、ふーん。あなたって、優しいのね」

 なぜか、上目遣いで俺の目を見つめてくるアリス。

「それはそうと、いつも部屋の中で何してるんだ?」

 現代日本で引きこもれるのは、楽しい娯楽があるからという事情もあった。

 ゲーム、漫画、ラノベ、アニメ、映画……その他色々な一人でも楽しめるコンテンツがあるからこそ、外に出るよりも楽しく部屋の中で過ごせるのだ。

 寝ている時間以外は何かをしているはずで、どのように過ごしているのかが気になった。

「ご主人様、机の上に絵があるよー。アリスが描いたのかな~?」

「絵?」

 俺の陰に隠れていたスイがいつの間にか移動し、アリスの机の上を眺めている。

 アリスの部屋の中は生活に必要なベッドなどの最低限のもの以外には、人体模型や人形、魔物を模したフィギュアなど変わったものが多い。

 よく見れば、わずかに開いた引き出しの隙間から画材が見える。

 絵を描いて過ごしていたのだとすれば、納得がいくものばかりだった。

「あっ、見ちゃダメ!」

 絵を見られるのが恥ずかしいのか、全力で止めようとするアリス。

 しかしすでに俺は机の上に置かれた紙を手に取っていた。

 紙には確かにスイの言うとおり絵が描かれている。

 しかし、これはただの絵ではない。

 俺がよく知るものだった。

「これは……漫画か」

 机の上に置いてあるインクと数種類のペンを使って描かれたであろうモノクロの原稿。

 右から左、上から下にコマを読み進める形のみのある形式だった。

 一枚の原稿を見ただけではどんな話なのかわからないが、そこに描かれていたのは黒髪黒タイツの美少女に男の子が踏まれているシーン。

 ここだけを取り上げれば非常に暴力的な作品に思えるが、踏まれている男の子は喜んでいるようだ。不思議な世界観である。

 素人の俺が見ても特に人体の細かな作画が上手うまく、引き込まれる絵に仕上がっている。

 一言でこの絵を表現するなら、めちゃくちゃエロい。

「く、詳しいのね……」

「まあな」

 異世界には来たばかりだが、ここはこの形式の漫画が普通には存在していない世界だというのはわかる。

 おそらく、ずっと一人で閉じこもり、現代のように手軽に情報交換ができる環境がなかったために独自の形式が生まれたのだろう。

 それがたまたま俺にとって馴染みのある形になっただけだと考えるとに落ちる。

「これって他のページとも話がつながってるんだよな? よかったら他の原稿も見せてもらえないか?」

「は、恥ずかしい……」

 年頃の女の子らしくモジモジと恥ずかしがるアリスだが、少しうれしそうにも見える。

 押せばいけるかもしれない。

「ちょっとだけだからさ。頼むよ」

「で、でも……」

「一ページだけでも……ダメか?」

「そ、そこまで言うなら……本当にちょっとだけだからね!」

 そう言うと、引き出しの中から大量の紙の束を持ってくるアリス。

 完成原稿だけでこの量……。

 自分で没にしたものを含めるとどのくらいになるのだろう。

 さっきの一枚を見ただけでも、膨大な時間を費やしたのが伝わってきた。

 時間がいくらあっても足りなかっただろう。

 娯楽とは消費するだけじゃなく生産するパターンもあるということか。

 これに関しては少し俺の視野が狭くなっていたようだ。

「ありがとう」

 アリスから原稿を受け取り、初めから読み進める。

 ストーリーとしては、変なひねりのない王道を突き詰めたもの。

 最弱の主人公がある日を境に世界最強の力を手に入れ、魔物も魔族も一方的にじゅうりんしていく無双系。

 主人公の少年は複数の美少女に好意を寄せられ、地位のある人物にも認められ、とうの勢いで成り上がっていく──

 なんとなく親近感を覚える設定だが……まあ気のせいだろう。

 こういった作品はシンプルに好みだ。思わず見入ってしまう。

 一時間ほどが過ぎた頃だろうか。

「ど、どう……?」

 そわそわしながらアリスが感想を求めてきた。

 作者としては、目の前で自分の原稿が読まれるのは落ち着かないのだろう。

「めちゃくちゃ面白いよ」

「ほ、ほんと!?

「うん、本当」

 率直に感想を述べると、アリスは嬉しそうにほほんだ。

「特に戦闘シーンの描き込みとかすごいよ。動いてるみたいに見える」

「そ、それすごく頑張ったところ……わかるんだ!」

 一枚絵は写真よりもれいだし、戦闘シーンは勢いのある線が描き込まれていて迫力がある。

 前世では結構な量の漫画を読んできたと思うが、これはその中でも上位に入る出来だと思った。

 そういえば帝国の商業地区で立ち寄った書店にも漫画はなかった。

 異世界では漫画という文化は一般的ではないだろう。

 これを参考作品なしで描き上げたのだと思うと、底知れぬ才能に恐ろしさを感じる。

「続き……まだ完成してないけど、下描きの前の原稿……見る?」

「下描きの前の原稿?」

「うん。これ」

 アリスは新たな紙束を持ってきた。

 紙束を一枚ずつ見ると、コマ割り済みのラフ絵が描かれていた。

 キャラや背景、セリフがどうにかわかる程度の描き込みなので、確かに下描きとは違うことが一目でわかる。

「これは……ネームか」

「ねーむ?」

「いや、何でもない。こっちの話だ」

 ネームというのは、漫画のラフのようなもので、コマ割りやセリフなどの配置を大まかに表したもの。

 ネームの出来が漫画の面白さの大半を決めるといっても過言ではない。

 基本的に漫画の制作工程はプロットと呼ばれるストーリーラインを作り、プロットをもとにネームを作成する。それから下描き、ペン入れ、仕上げの順で進めてようやく完成という感じだ。

 『漫画の制作工程としてはまだ基礎となる部分だけど読んでみる?』というのがアリスの提案だった。

「ぜひ読ませてくれ」

 俺はありがたく提案を受け入れ、ネームを読み始めた。


          


「んん……」

 一通り読み終えた俺は、固まった筋肉をほぐすため、腕を伸ばした。

 あれからまた一時間ほどが経過したらしい。

 部屋の中にある時計を見ると、時刻は十時を示していた。

 自主練の途中で抜け出してきてしまったので、アリスの部屋に行くことは誰にも伝えていない。

 そろそろ戻らないとアレリアたちが心配してしまうかもしれない。

「ありがとう。めちゃくちゃ良かったよ」

 椅子に座った状態のアリスにネームを返却する。

 アリスは俺が読んでいる間に原稿を進めていたらしく、指に少しインクがついていた。

 部屋を出ようとする俺の意思がなんとなく伝わったのだろうか、アリスが後ろから俺の服を軽く引っ張ってきた。

「ユーキ、もう行っちゃうの?」

 どことなく寂しそうな顔のアリス。

「どこにいるかわからなくて心配されてるかもしれないしな」

 俺にとってもアリスと一緒にいる時間は居心地が良かったので、アリスが名残惜しいと思う気持ちもわからなくはない。

「でも同じ建物の中だぞ?」

 行き来には五分もかからない。

 しかし、アリスはぶんぶんと首を横に振った。

「部屋が違うと別の世界」

 引きこもりにとってはそういうものなのか?

「でも、ずっとここにいるわけにもいかないしな。また時間作って来るよ」

「……約束」

「うん、約束」

 アリスの部屋にまた来ることを取り決め、部屋を出たのだった。


          


 階段を降り、リビングルームへ。

 リビングルームにはアレリア、アイナ、ミーシャ、ユリウスさん、リリスさんと、全員がせいぞろいしていた。

「あっ、ユーキ! どこに行ってたのですか!?

 突然俺が姿を消していたことでやはり心配させていたらしく、アレリア、アイナ、ミーシャの三人が駆け寄ってきた。

「ごめん。ちょっと上の階にいただけなんだ」

「ユーキ君が上の階に?」

 ミーシャとアレリアが顔を見合わせた。

 ミーシャとアレリアの二人はこの城の中をよく知っている。

 俺が長時間過ごす場所としては不自然だったためか、腑に落ちない様子。

「あの、ユーキ。失礼を承知で聞きますけど……メイドさんと浮気とかしてないですよね?」

「その線が一番濃厚だよね」

「私たちには目もくれず黙ってそんなことしてたの?」

 なぜか三人から一斉に詰め寄られてしまった。

 確かにこの城のメイドさんは美人ばかり。

 普通の冒険者なら目を奪われてしまうかもしれない。

 だが、俺には彼女たちよりもさらに魅力的な三人がいる。

 当然、浮気などするはずがない。

 というか、断じて浮気はしていないとはいえ、重婚を許すのに浮気はダメなのはどうしてなんだ?

 何が違うのかさっぱりだ。

 内心ではそんなことを思いながらも、全力で誤解を解こうと試みる。

「ま、待て誤解だ! 話せばわかる!」

「そうですか。ではゆっくり事情を聞きましょう」

 必死の弁解むなしく、まったく信用されていないようだった。

 とはいえ、実際何も変なことはしていない。

 正直に話せばわかってもらえるだろう。

「実は、アリスの部屋にいたんだ」

 アリスの名前を出すと、アレリアとミーシャは驚いていた。

「アリスって、アリス姉さんのことですか……?」

「あのアリス姉さんが誰かを部屋に入れるなんてありえな……いや、ユーキ君ならなくはないか」

 勝手に驚き、勝手に納得されてしまう。

 話が早いのはいいことだが、この俺への謎の信頼はなんなんだ?

「二人も部屋に入ったことないのか?」

「う~ん、あるにはあるんですけど……」

「その時ちょっと、気まずくなっちゃって……ね」

 アレリアとミーシャは同時に顔を見合わせる。

 何か訳ありのようだ。これが不仲の原因なのかもしれない。

「何かあったのか?」

 俺が尋ねると、渋々といった様子でアレリアが話し始めた。

「ユーキはアリスが部屋で何をしているか知っているんですよね?」

「俺が知ってるのは漫画を描いてるってことくらいだけど」

「そうです。その漫画というものなんですけど、昔読ませてもらったんです」

 まだ全ての話を聞き終えてはいないが、先の展開が見えてしまった気がする……。

「アリス姉さんには正直な感想を聞かせてほしいと言われたので、主人公が現実離れしすぎてリアリティがないって答えたんです。良いところは褒めたりもしたんですけど……それからねちゃって……」

 アレリアとミーシャに悪気がなかったことはわかるが、悪気がないだけにこたえるという部分もあっただろう。

「なるほど。まあ、そのなんだ。どうすればよかったんだろうな」

 創作物を面白いと思うかどうかは感性によるところが大きい。

 同じ作品でも人によって評価が分かれるのはよくあることなのだ。

 実際、俺は二人とは逆で、現実離れした舞台設定やキャラクター造形、ストーリー展開に魅力を感じていた。

 傷つけまいとうそをついて褒めるのも違うだろうし、俺も当事者だったらどうすればいいのかわからない。

「す、拗ねてないもん……」

「ん……?」

 アリスの声が背後から聞こえた気がした。

 後ろを振り向く。

 柱で身を隠し、顔だけにゅっと出したアリスの姿が見えた。

 部屋から出られないと言っていたが、どういうわけか俺のあとをついてきていたらしい。

「ア、アリス姉さんが部屋の外に……!?

「何年ぶりでしょうか……!」

 目を丸くしている二人をよそに、トコトコとアリスが近づいてくる。

「アレリアもミーシャもリアリティないって言ったけど、ちゃんといた」

 と言いながらなぜか俺を指差すアリス。

 なんのことを言っているんだ?

 と思っていると、なぜか二人ともうなずいていた。

「魔物も魔族も簡単に倒して、女の子にも偉い人にもモテモテな主人公。ここにいる!」

 ここまで言われて、アリスが描いていた漫画の主人公を思い出した。

 現実離れしたキャラクター造形のように感じていたが、言われてみれば俺にも当てはまる部分は多いかもしれない。

 しかし、こう言われて俺はどういう反応をすればいいんだ……?

 とりあえず苦笑いでもしておこうか……。

「アリス姉さん、ごめんなさい」

「まさか実在するなんてね……私も、ごめんね」

 俺がボケっとしている間に、会話が進行していく。

「べつに、アリス怒ってない。だけど……いいよ。っていうかアリスも本当にこんな人いると思わなかったし……」

 後半はボソボソと小声だったので上手く聞き取れなかったが、仲直りできたようでよかった。

「ユーキを部屋に入れたのは、会えば何か作品の参考になるかもって思ったから。だから、変な勘違いしないで」

 なるほど、そういうことだったのか。

 いくら噂を聞いて気になっていたといっても、何年も引きこもっている人にとって他人と話すだけで苦痛だろう。

 それを乗り越えて行動に移すとなると、それなりの理由が必要になる。

 まったく、何が『俺を部屋に連れてきたのは気まぐれ』だよ。

 やれやれと嘆息する。

「ユーキのおかげで作品の解像度が上がった。ありがと」

「役に立ったならよかったよ」

「じゃあ、またね」

 そんなやりとりをした後、アリスはそそくさと部屋に戻ってしまった。

 この数年、家族ともろくに話していなかったアリスにとっては大きな一歩。

 かなりアリスなりに頑張ったことは伝わってきた。

「まさか、アリスがちゃんと部屋を出てこられるようになるとはな……」

 一連の流れを後ろで見ていたユリウスさんが驚嘆の声を漏らす。

「ユーキ君のおかげで国が救われたばかりか、まさかアリスの状態も良くなるとは……」

 そう言いながら、ユリウスさんは俺の手をギュッと握ってきた。

 少し涙ぐんでいるようにも見える。

「ありがとう……本当に、ありがとう……」

 この様子を見ると、俺の想像以上にユリウスさんなりに父親として色々とアリスのことについて考えていたのだろう。

「ど、どういたしまして……」


          


 あれから時間がって、夕食後。

 俺とアレリアの部屋には、いつもどおりアイナとミーシャも集まっていた。

「あああああ~~~っ! また負けました……」

 暇つぶしでやっていたババ抜きで負けたアレリアが落ち込んでいる。

 ちなみにこのトランプは帝都で調達した白色の薄いプラスチック板のような素材をもとに五十二種類とジョーカーを手描きしたもの。

「もう一回やりましょう!」

 連敗中のアレリアはまったカードを集めてシャッフルし始める。

 逆に全てのゲームで連勝した俺はというと、いったんここでお開きにしていいかなと思っていた。

「いや、悪いが俺はこの辺で……」

「なっ……勝ち逃げするつもりですか!?

 よほど悔しいのか、なかなかの声量だった。

「まあな。たまにはいいだろ?」

「たまには……っていうかユーキが勝つのはいつもだけどね」

 アイナのフォローになっていないフォローが飛んできた。

 ババ抜きは運ゲーのはずだが、なぜか俺には誰がジョーカーを持っているか、目当てのカードを持ってそうかがなんとなくわかってしまうため、これまで負けなしだったのだ。

「ユーキ君どこか行くの?」

 立ち上がり、扉に向かっていた俺にミーシャが声をかけてきた。

「ああ。ちょっとアリスのところにな」

 また部屋に行くと約束していたので、時間ができた今のタイミングで行こうと思ったのだ。

「ええ~! じゃあ私もいきます」

「じゃあせっかくだし私もついていくわ」

「みんな行くなら私も?」

 アレリアだけでなくアイナとミーシャの二人も一緒に行きたいとのこと。

 俺としてはまったく構わないのだが、急に四人で押しかけてアリスが平気か心配になる。

 とはいえ、アリスに聞かずに俺が断ったりというのも変な話だ。

 もしかすると気まずくなってしまっているアレリア、ミーシャとの仲に進展があるということにもなるかもしれない。

 一応表面上は仲直りしたとはいえ、まだ根っこの部分ではわかり合えていないだろうしな。

「じゃ、今回はみんなで行くか」

 俺たちは階段を上り、アリスの部屋があるフロアへ。

 アリスの部屋の扉をノックする。

 コンコンコン。

「合言葉を聞こう」

 扉の向こうからアリスの声が聞こえてきた。

 また始まったよ……謎の中二設定。

「俺だ。開けてくれ」

「ユ、ユーキ!?

 バタバタバタ……と騒がしい音がして、部屋の鍵が開いた。

 ガチャリと扉が開き、中に入ろうとしたその時。

 見知らぬ……いや、見知った男の姿が俺の目の前に飛び込んできた。

「よく来たな」

「え、俺……?」

 何を言っているのか意味がわからないかもしれないが、俺の目の前には俺がいるのだ。

 いや、俺は俺なのでこいつは俺じゃないはずなのだが……?

 要するに、俺そっくりの何かがいるのである。

「ユ、ユーキが二人!?

「え、どういうこと……?」

「双子とかじゃないよね……?」

 俺に双子の兄弟はいないし、実は俺が知らないだけでいたとしても転生してアリスの部屋にいるなんてことはありえない。

 まさか、会えば死ぬと言われているドッペルゲンガー的なアレなのか……?

 背筋がゾワっとしたその時。

「あ、ごめん」

 俺そっくりの何かの肩からひょっこりと顔を出したアリス。

「げっ」

 俺の後ろにいたアレリアたちを見るや、渋い顔になった。

 と、そんなことは今はどうでもいい。

「何だこれは?」

 『魔眼』で確認したところ、本物の俺と比べるとかなりステータスは低い。

 アリスと同等程度……ということでアレリアやアイナと戦えば間違いなく瞬殺されてしまう。

 声や見た目はそっくりでも中身はまったくの別物である。

「あー、それ……アリスの召喚獣」

「召喚獣?」

 俺が聞き返すと、後ろからミーシャの声がした。

「アリス姉さんは召喚士なんだよ。でも、こんなのできたっけ?」

 『召喚士』という名前はギルドで聞いたことがあるな。

 確か、異世界から召喚獣を呼び出して自由に使役できる職業。

「えっとね……」

 言いながら、俺たちに一枚の紙を見せてくるアリス。

 紙には、俺そっくりの精緻なイラストが描かれていた。

「絵に描いたキャラをこうすると……」

 アリスが紙を握ると、イラストが描かれた紙は白い光となって霧散。

「こうなる」

 アリスの隣に幾何学模様の魔法陣が展開。

 魔法陣の中からは白い光があふれ出し、俺とそっくりの召喚獣が呼び出されたのだった。

「三人目のユーキが出てきました!? すごい……すごすぎます!」

 目をキラキラさせるアレリア。

 アイナとミーシャも宝物でも見るかのようなこうこつとした表情を浮かべていた。

 確かにすごいスキルだが、俺とそっくりの召喚獣なんて作らなくても……とツッコミを入れたくなる。

「うおっ!」

 俺を押し退けてアレリアたち三人がアリスの元へ駆け寄る。

「アリス姉さん! もっと……もっとユーキをたくさん出すことはできないのですか!?

「そうよ! もっと! 出し渋らないで!」

「うん、何人いてもいいよ!」

 え、ええ…………?

 俺はこの様子をぼうぜんと見つめるしかなかった。

「ストックはまだある。任せて」

 アリスはつぶやき、部屋からさらに二枚のイラストを持ってきた。

 さっきと同じ要領で召喚魔法を使うことで──

「ぐへへ……ユーキがいっぱいです……」

「ふふふふふふふふふ……」

「これはなかなか……いいねえ……」

 合計四人の俺とそっくりの召喚獣が生まれてしまった。

「ユーキ、部屋に戻っていいですよ」

「うん、それがいいわ」

「今日は一人でゆっくりしてほしいな」

「え?」

 俺がアリスに会いに来たのに、俺だけ戻ったら意味がわからなくないか?

 ということを主張する隙もないまま扉を閉められてしまった。

「……」

 まあ、姉妹水入らずの時間も大切か(アイナもいるけど)。


          


 アリスの部屋。

 アレリア、アイナ、ミーシャがそれぞれユーキに抱きつきスリスリしている格好になっている。

 そんな様子を微妙な目でアリスは見つめていた。

 数分して、アレリアがガバッとアリスの方を向く。

「アリス姉さんはすごかったのですね!」

「すごい……?」

 アレリアとミーシャがアリスの能力を知ったのは今だったが、アリスにとっては以前から当たり前にできたことだった。

 そのため、いまいち普通の感覚が理解できなかった。

「これまではずっと部屋に引きこもって漫画というよくわからないものを描いていると思っていたのです」

「……」

「でも、アリスはいつもこんなに素晴らしいスキルを磨いていたのだと知って私は今感動しているのです」

「う、うん……」

 普段の努力の成果を褒められたのは嬉しいが、明後日あさっての方向すぎてなんとも返事がしづらいアリス。

 ユーキを量産するためにスキルを磨いていたわけではないのだが、結果的には磨いたスキルのおかげで実現したのも事実。

 一人の召喚に使うのは、数時間ほどで描いた一枚のイラストでしかない。

 だが、この一枚にはこれまでの人生で費やしてきた膨大な時間と苦労が詰め込まれている。

 アレリアの褒め言葉に、それは違うとも言えなかった。

「アリス姉さんはこれができるようになるためにずっと頑張ってたんだね。本当にごめんね……わかってないの、私の方だったよ」

「え、うん……まあ、そう」

 ミーシャの言葉も明後日の方向だったが、完全に間違っているとも言えないため否定しづらい。

 それに、アリスにとっても作品を否定されたのは何年も前のことで、正直なところもう気にしていなかった。

 なぜ不仲だったのかも忘れるくらいどうでもいいことになっていたのだ。

 アリスも、ずっと昔のような関係──気軽に話せて、部屋を行き来できるような普通の姉妹──に戻れることを望んでいた。

 だから、ツッコミたい言葉の全てを飲み込み、自然とアレリアとミーシャの二人にかける言葉が溢れてきた。

「私も、わかってないとか……言い方が悪かった……と思う」

「アリス姉さん!」

 アレリアがアリスに抱きつき、続いてミーシャも加わる。

 そんな三人の様子を、アイナと四人のユーキは暖かく見守ったのだった。


          


 それからの一週間。

 俺は商業エリアに遊びに行ったり、アリスの漫画を読んだりなどして帝都での生活を満喫した。

 ちなみに、俺だけ追い出されたあの日を境になぜかアレリア、アイナ、ミーシャの三人とアリスの仲はかなり深まっていた。

 いったい何があったのやら……。

 アリスはいまだに城の外には出られないが、一度部屋の外に出たことをきっかけに少しずつ活動範囲を広げている。

 今はリビングルームで遅めの朝食を囲んでいるのだが、そこには当たり前のようにアリスの姿もあった。

 俺の隣で無言でサンドイッチを口いっぱいにほおるアリス。

 小動物みたいでなかなかわいらしい。

 ユリウスさん、リリスさんも以前よりニコニコしているように見える。

 前世から通して考えても、今が一番幸せかもな。

 いつの間にか、俺はこの生活をずっと続けたいと思うようになっていた。

 でも、そういうわけにもいかない。

 俺にはレグルスと一緒に王国の統治をしなければならないという役目があるし、勇者関連の懸念解消は急務の課題。

「そろそろ王国に戻ろうと思っています」

 俺がそう口にすると、この場にいる全員の注目が集まった。

「そうか……もうそういう時期か」

 ユリウスさんは寂しそうに漏らした。

 俺は席を立ち、ユリウスさんとリリスさんの前へ。

「本当に、お世話になりました」

「とんでもない。またいつでも来てくれ」

 俺の肩に手をポンと乗せるユリウスさん。

にぎやかで良い時間だったわ。またユーキ君たちが来てくれたらアリスも喜ぶと思うわ」

 チラッとアリスを見るリリスさん。

 アリスは何を思っているのかわからないが、ここにいる誰よりも寂しそうに見えた。

「アレリアは当然として……ミーシャもユーキ君についていくんだな?」

「うん」

 ニコニコ顔でミーシャが答えると、俺の肩に手を伸ばすユリウスさん。

「くれぐれも大事にしてくれよ……」

「も、もちろんです……」

 これはおいそれともさせられないな……と乾いた笑いが出てくる。

「じゃあ、王国に戻る準備をしますね!」

 早速荷造りをしようと意気揚々なアレリア。

「そういえば、冒険者って何を持っていけばいいの?」

「持っていきたいもの全部持っていって大丈夫よ」

 アイナが答えると、ミーシャの顔には疑問符が浮かんでいた。

「全部って……荷物が多いと邪魔になるよね?」

 ミーシャの言うとおり、一般的に冒険者が持ち歩く荷物は大きめのバックパック一つに収まる程度。

 これ以上の荷物だと移動の際にかなりの重荷になる。

 しかし、アイナは静かに首を振った。

「ユーキの不思議な魔法で無限に持ち運べるから気にしなくていいの。あれすごく便利」

「へえ~! ユーキ君ってそんなこともできたんだ!」

 キラキラとせんぼうまなしを向けてくるミーシャ。

「ま、まあな」

 アイテムスロットの容量が無限かどうかは不明だが、気にする必要がないのは確かだ。

 しかしこれをいいことにアレリアとアイナが余計な荷物を捨てずに保管するのでごちゃごちゃになってしまっている。

 ここにミーシャの荷物も入るとなると、行方不明にならないように注意しないとな……。

 俺はアイテムスロットを開き、『タグ編集』ウィンドウ起動。

 記憶を頼りに整理整頓したのだった。


          


 翌日。

 全ての荷物をまとめた俺たちは帝城の屋上に来ていた。

 アースが巨大化し、俺たちが乗り込むのを待っている。

 行きはスイが頑張ってくれたため、帰りはアースの担当という取り決めになったらしい。

 本来なら門の前まで行き出国手続きをしなければならないが、特例でこのまま飛び立っていいとのこと。

 ユリウスさん、リリスさん、それとアリスが見送りに来てくれている。

「元気でね。二人ともたまには手紙頂戴ね」

「うん、心配しないで」

「お母様、おおですよ。王都からここまで三時間ちょっとですし」

「あら、そうなの」

 アレリアとミーシャが母リリスと別れの挨拶をしている。

 しんみりとした空気の中、天然なのかアレリアは行き来にそれほど時間がかからないことを指摘。

 確かに空の移動なら三時間で移動できる距離。

 とはいえ、気分というものをもう少し大事にしてもよさそうだが……。

 まあ、これも含めてアレリアだから仕方ない。

「じゃあ、そろそろ行きま──」

 言いながら、アースに乗り込もうとしたときだった。

「ん?」

 服を引っ張られる感覚があり、振り向く。

 俺の服を引っ張っていたのは、アリスだった。

 今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。

「行かないで……」

 どうやら、アリスにとっても別れが寂しいと思ってもらえていたようだ。

 その気持ちは嬉しいし、俺だってアリスと別れることの寂しさはある。

 だが──

 俺は身体をアリスの方へ向け、目を合わせる。

「短い間だったけど、俺も楽しかったよ。だけど、ごめん。戻らなくちゃいけないんだ」

 優しい口調で説明すると、アリスは俺の服の袖から手を離してくれた。

 納得してくれたのだろう。

「アレリアも言ってたけど、行き来にそんなに時間はかからない。また来るよ」

 そう言い、アリスに背を向けようとしたその時。

「じゃあ……アリスもついていく」

「え?」

 思わず、気の抜けた声で聞き返してしまう。

 今……なんて言った?

「だから……アリスも一緒に王国に行くっ!」

 俺の胸にガバッと抱きついてくるアリス。

 ?????

 俺の頭は疑問符で埋め尽くされていた。

 別れが名残惜しくて、ここにいてほしい──まではわかる。

 なぜ一緒についていくという発想になるのだろうか?

「え、ちょっとアリス姉さん……?」

「えっと……?」

「ユーキ、どうするの?」

 アレリア、ミーシャ、アイナは三人ともが目を丸くしていた。

 俺と同様に困惑しているのだろう。

「えっとだな……俺からはついてくるなとは言うつもりはない。勝手についてくる分には俺がとやかく言うことじゃないしな」

 アレリアと出会った当初にも似たような会話をしたような気がする。

 しかし、アレリアとアリスでは状況がまるっきり違う。

「でも、ユリウスさんとリリスさんが許すかってことになるんじゃないか?」

 アレリアは家出した先で俺と出会い、なんとなくの流れで一緒に過ごすことになった。

 アリスの場合は、ユリウスさんとリリスさんが目の前にいる。

 俺が良い、悪いを判断してどうにかなるという話ではない。

「そっか……。パパ、ママ、いい?」

 アリスを預かる人間が、アレリアとミーシャを任された俺だとしてもさすがに急すぎてダメだろう、たしなめるだろうと思ったのだが──

「ふむ、それは名案だな!」

 へ?

「そうね、ユーキ君がいいなら。まさかこんな形で社会復帰するなんてね」

 は?

 ユリウスさんとリリスさんはニコニコ顔でアリスの願いを支持したのだった。

 いや……そういえば、この人たちはそうだったな。

 アレリアはともかく、ミーシャとは出会って間もない。

 それにもかかわらず結婚を許してるんだもんな。……今更だったか。

「アリス姉さん、よかったね」

「明日からも一緒にいられるんですね!」

 アリスの肩をポンと叩くミーシャ。抱きつくアレリア。

 漫画の一件で数年も冷え切っていたようには思えないなかむつまじげな姉妹の姿がそこにはあった。

 もともとはこんな感じだったのかもしれない。

「あの……ユリウスさん、リリスさん。いいんですか? 本当に」

「ん?」

「アレリアはともかく、急にミーシャとアリスも出てしまうと寂しくないかなって」

 ミーシャはもちろんのことだが、ずっと部屋の中に閉じこもっているアリスだって同じ屋根の下にいるのといないのとでは違うだろう。

「そりゃ……そうだな。だが、いずれはこういう日が来ると覚悟はしていたさ」

「そういうもんですか」

「うむ。それにだ、娘がいなくなるのは寂しいが……リリスとの時間が増えると考えると、それも悪くない。な?」

 リリスさんの肩に手を伸ばすユリウスさん。

「ふふ、そうね♡」

 嬉しそうにユリウスさんの腕に身を任せるリリスさん。

 前にも感じていたことだが、結婚生活二十年くらいのはずだが、まるで新婚カップルである。

 こんな感じなら、俺が思っているより娘が巣立っていくことの寂しさはないのかもしれない。

「じゃあ、改めて出発します」

 今度はアリスも連れて、アースの背中に乗り込む。

「う、重い……」

「アース……悪いな」

 ミーシャとアリスが増えたことで、行きより百キロ近く重くなっているはずだ。アースがボソッとそう言ってしまうのも理解できる。

 スイと分散して乗り込むのが効率が良いと思うのだが──

「約束は約束~」

 スイは眠そうな顔を俺の肩に乗せ、アースを応援するのみだった。