俺、まつさきゆうが中世ヨーロッパ風の異世界に転生してから約二ヶ月。

 冒険者になったり、魔族の襲撃から王都を守ったり、クーデターを回避したりと、色々なことがあった。

 『勇者』としての強さを期待して呼び出された俺だったが、ステータス欄に書かれていたクラス名は『賢者』。俺を呼び出した勇者と国王には落胆され、何もわからないままに王の間を追い出された。

 最初こそこの先どうしようと困っていたものだが、ヴィラーズ帝国の第三皇女アレリアと出会ったことがきっかけで冒険者になった。そして冒険者としての活動をする中でこの世界のことを少しずつ知ることができ、だんだんと『賢者』が実は強いということがわかってきた。

 充実した日々を送っていたある日、王城に忍び込んだ魔族に対処するため、城の中に入った俺はついでに国王と勇者たちの不正を暴いた。これがきっかけで前国王セルベールは処刑されることとなり、勇者たちはそれぞれ別の国に追放されることになった。こうして、新生オズワルド王国が誕生したのだ。

 その後、エルフの里の王女アイナとも行動を共にするようになった。

 魔族の襲撃から王都を守ったことが評価され、オズワルド王国内の貴族で最高位にあたる『大公爵』と呼ばれるようになったのが先月のこと。

 謎の古代遺跡を調査したことで見つけた魔法書の最後の一冊を求めてヴィラーズ帝国を訪れた俺たちは、魔法書自体は苦労なく手に入れることに成功するが、追放した盾の勇者カタンによるトラブルに巻き込まれてしまう。

 カタンは、勇者としての地位を奪った俺に恨みの感情を持っていた。感情が暴走したカタンは帝国の革命を狙う集団と手を組み、俺の殺害に加え、魔法兵器による王都の破壊を企んでいた。

 ギリギリのところまで追い詰められた俺たちだったが、俺が従えている二体の竜──スイとアースの力も借りつつ、どうにか危機を脱する。

 こうして目の前の危機は去った今だが、アレリア、アイナ、ミーシャの三人に同時に求婚を迫られ、人生最大の危機にひんしている──



 どうすりゃいいんだよ──っ!?

 俺は、個室トイレの中で頭を抱えていた。

 声に出して叫びたい気分だが、あいにくここは城のトイレ。

 石造りの建物とはいえ、さすがに叫べば誰かが駆けつけてくる。

 二日前、予想だにしないタイミングでアレリア、アイナ、ミーシャの三人におもいを告げられた。

 はたから見ればぜいたくな悩みにしか見えないだろうが、当事者からすれば深刻な問題だ。

「ご主人様がんば」

「人間も大変だナ~」

 スイとアースが小さな手で背中をポンポンしてくれた。

 正確には前足なのだが、機能的には人間の手とそう変わらない。

「……はぁ、戻るか」

 トイレを出た俺は、リビングルームへ。

 リビングではアレリア、アイナ、ミーシャ、ユリウスさん、リリスさんが集まってティータイムを楽しんでいた。始まってすぐに抜けてきたので、俺の分の紅茶はそのまま残っている。

「ユーキ君大丈夫?」

 手前に座っていたミーシャが俺の姿に気づき、心配そうな目を向けてきた。

「もう大丈夫だ。ちょっと頭が痛くなっただけだからな」

 そう言いながら、席に座る。

「ええ~!? ユーキ、頭は大丈夫なのですか!?

「ユーキの頭が心配……」

 アレリアとアイナにもあたふたさせてしまった。

 しかしこうも頭と連呼されると、中身は大丈夫だと強調しておきたくなるな……。

「それでさっきの話の続きなんですけど」

「ん……」

 アレリアの声に反応して、ビクッとしてしまう。

「ユーキは一人としか結婚できないって本当なのですか?」

 そう、さっきはこんな話をしていた。

「ああ、俺が育った国ではそうだった」

 地球でも、世界を見渡せば必ずしもそうではなかったが、欧米の価値観に影響された現代日本では一夫一妻が当たり前だった。

「う~ん、そうなのですね」

「珍しい国もあるのね……初耳だわ」

「それって平民だけじゃなくて、貴族もなんだよね?」

 どうやら、三人にとってはかなりのカルチャーショックらしかった。

 突き詰めて考えれば、十分な経済力がありながら妻を一人に限定する理由もそれはそれでよくわからない。

 アレリアたちの気持ちはわからないではない。

「ふむ……となると、誰と結婚するか決めなくちゃならないということか」

 ユリウスさんは難しい顔をしていた。

 聞くところによれば、全員と結婚すればいいではないかと考えていたらしい。

「あの、ユリウスさんは奥さんってリリスさん一人なんですよね?」

「うむ、いかにも」

「こっちの世界では、その方が珍しいんですか?」

「珍しいかもしれんな。まあ、俺がこれまでの人生で愛したのがリリスしかいなかったからだが……」

 そう言い、チラッとリリスさんを見つめるユリウスさん。

 ユリウスさんのアピールに応える形で熱いまなしを返すリリスさん。

「まあ、一人にこだわる信念とかそういうのではないな」

「そんなもんですか」

 この世界では、これが当たり前のものとして受け入れられている。

 だとすれば、受け入れるべきは俺の方なのかもしれない。

 ……と、簡単に割り切れればいいのだが、踏ん切りがつかないというのが正直なところだ。

「じゃあ、誰か一人を選ぶなら、ユーキは誰を選ぶのですか?」

 アレリアが俺に尋ねると、アイナとミーシャの二人も興味津々な様子で俺に注目する。

「いや、それはだな……」

 今一番されて困る質問である。

 その答えが出せていないから、頭が痛くなるまで悩んでいるわけで……。

 答えに詰まっていると、通信結晶がブルブルと振動した。

「すまん、レグルスから連絡みたいだ」

 レグルスナイス! と心の中で褒めたたえ、俺は逃げるようにリビングルームを脱出。

 廊下に出て、雑音が入らない場所で通話を開始した。


          


 帝国のクーデターの件が落ち着いてから、俺は改良した通信結晶を新生オズワルド王国の国王レグルスに送っていた。

 王国の王都と帝国の帝都とは距離は千キロほど離れている。

 従来の通信結晶では、この長距離を障害物を突破しながらの通信はできない。

 だが、俺はとある工夫をすることでそれを可能にしていた。

 通信結晶は互いの結晶が出す魔力の波が衝突した際の反応を利用して通信を可能にするもの。

 障害物が少ない空へ中継機を打ち上げて惑星の軌道上に浮かべることで、大幅に通信可能距離を伸ばすことができた。

 理論上は無数の中継機によるネットワーク網を構築できさえすれば、世界中のどこにいても通信が可能になる。

「聞こえるか?」

「ああ、問題ない」

 通信結晶を使ってレグルスと通話するのは初めて。

 実際に声が聞こえるまで上手うまくいっているか不安がぬぐえなかったが、上手く機能しているようでなによりだ。

 当初の予定よりも滞在期間が長くなったものの、今日の定例会議はリモートでどうにかなりそうだ。

 事前にレグルスにはここ数日の経緯は伝えてある。

 通信結晶と一緒に送った手紙の中に、ヴィラーズ帝国内で起こったカタンの騒動に関しても記していたのだ。

「まさかユーキ殿が行ったタイミングでこんなことになるとはな……」

 ヴィラーズ帝国はこれまで平和そのものだった。

 カタンの存在の有無にかかわらずクーデター計画自体はあったようだが、俺がたまたま訪れたタイミングで表に出てきたのは不運としか言いようがない。

 とはいえ、ある意味オズワルド王国の立場としては攻撃を未然に防げたという面で幸運だったともいえるのだが。

「まあ、そういうこともあるさ。それより、他の勇者に関しては何か動きはないか?」

「こちらでも調査は始めているんだが、今のところは特に何も……って感じだな」

 俺からは何も指示していないのだが、レグルスは先回りして動いてくれていたらしい。有事の際でもしっかりと国王という立場が板についてきたようだ。

「何事もなければいいんだが……引き続き調査を続けてくれ」

「ああ、わかった」

 帝国側ではカタンの取り調べが連日行われているが、結局のところ、俺への恨みだけでここまで暴走したと聞いている。

 心を入れ替え、反省している可能性もあるが、カタン以外の勇者たちも何か良からぬことを考えている可能性は十分に考えられる。

 今まで以上に警戒する必要があるだろう。

 現状ではわかっている情報があまりにも少ない。

 いったん、カタンの件に関してはここで終え、今後の王国運営に関しての会議に移り、三十分ほどで通信を完了した。

「ユーキ、今通話していたのはもしかしてレグルスさんですか?」

 通話が終わったタイミングで、興味深そうにアレリアが顔をのぞき込んできた。

「ああ、定例会議だ」

「レグルスさんは王都にいるんですよね?」

「その件について話すとちょっと長くなるんだが……」

 リビングルームに戻り、椅子に座りながら改良した通信結晶について話す。

 情報共有しておいたほうが今後便利なこともあるだろうと想像できるので、丁寧に説明した。

「さすがはユーキです!」

「よくわからないけど、すごいと思うわ」

「そ、そんなことできるんだ……。ユーキ君って本当に多才すぎだよ!」

 アレリアはいつもどおりの反応といった感じだが、まだ出会って間もないミーシャはかなり驚いていた。

 アイナは通信結晶自体に詳しくないためか、よくわかっていない様子。

 これで結婚関連の話は一旦流れたかと油断した矢先──

「では、定例会議も終わったところで、ユーキが誰を選ぶのかゆっくり聞きましょうか!」

 と、アレリア。

 どうやら三人とも忘れていなかったようで、地獄の時間が再開したのだった……。