「おお、ここの市場は人が多いですね」

「本当だな。あまり来たことがなかったが、賑わっているようだ。これなら飼い主を知っている者もいるかもしれない」

「お店の人にでも聞いてみましょうか。もしかしたら飼い主も、この市場でこの子を探していたかもしれませんし」

 まずは市場の入り口にあった道具屋に向かうと、店主のお兄さんは笑顔で対応してくれた。

「いらっしゃい!」

「あの、ちょっと聞きたいことがあって、ミューを探してる人を知りませんか?」

 そう聞きながら腕の中のチビを見せると、お兄さんはすぐに事情を察してくれる。

「迷子か?」

「はい。近くの路地で見つけて」

「そうか……俺に心当たりはないなぁ。知り合いにミューを飼ってる人もいないし」

 収穫なしみたいだ。まあ、そんなにすぐ解決するわけないよね。

「そうですか。ありがとうございます」

「いや、役に立てなくて悪いな。他の店の人なら知ってるかもしれないし、もう少し中で聞いてみるといい」

「はい、そうしてみます」

 お兄さんに手を振って市場の中に入ると、ダスティンさんが周囲を見回して口を開いた。

「これは1日がかりかもしれないな……」

「ですね……これって今日中に飼い主が見つからなかったら、どうするんですか?」

「その場合は兵士に引き渡すこともできるが、兵士は他の仕事で忙しい。迷子のミューは野生に放って終わりだろうな」

 野生に放ってって、街の外に出すってこと? そんなことを聞かされたら、兵士になんて引き渡せない。

「……役所とかは」

「役所でミューを預かってくれることはないだろうが、私たちが預かった上で、ミューの飼い主を探すチラシなどを掲示してもらうことはできるかもしれないな」

「じゃあ、最悪はそっちにしましょう」

 ダスティンさんが預かってくれるならありがたいけど、それが無理でもうちでなんとか預かれる。確かあの部屋は動物を飼ってもいいって、前に管理人さんが言ってたはずだ。

 でも早く飼い主を見つけてあげるのが一番だよね。

「分かった。では聞き込みを続けるぞ」

 それから私たちはしばらく市場を回って、飼い主を知らないか聞き込みを続けたけど、なんの成果もあげられなかった。

 そこかしこのお店からいい匂いがしてくるし、ちょっとお腹が空いてきたな……そんなことを考えていると、ダスティンさんがそれに気づいたかのように1つの屋台を示す。

「あそこで聞き込みついでに昼食としよう」

 その屋台はラスート包みを売ってる屋台で、私は迷うことなく頷いた。

「そうしましょう。……あっ、この子もお腹が空いたでしょうか」

「そうだな。ミューには果物でも買おう」

「分かりました。喜びそうですね」

 私たちはまずラスート包みを注文して、私がその場で出来上がりを待つ間に、ダスティンさんが近くのお店でベルリを買ってきてくれた。

 外側は水色で中の果肉は真っ白という色合いながら、味はイチゴにかなり近い果物だ。日本で食べた記憶があるイチゴよりも酸味が強いけど、それでも凄く美味しい。ベルリならこのまま食べられるし、体の小さなチビにはいくつか食べたらちょうどいい量かな。

「向こうにベンチがあったから、そこで食べるぞ」

「分かりました」

 ベンチに座って膝の上にチビを置くと、ずっと抱っこされていたチビも少し疲れたのか、「くぅ~」と可愛い声をあげて伸びをした。

 そんなチビにベルリを1つ差し出すと、クンクンと匂いを嗅いでからパクッと頰張る。

「ミュー!」

 気に入ったみたいだ。本当に可愛いなぁ。

「レーナもラスート包みを食べないと冷えるぞ」

「あっ、そうでした。食べます」

 チビの可愛さに自分の食事を忘れていた私は、慌ててラスート包みにかぶりついた。まだ温かさが残っていて、お肉は焼き加減が抜群でふっくらと柔らかく、最高に美味しい。

「ここのラスート包み、美味しいですね。お肉の柔らかさとソースの味が絶品です」

「ああ、また買いに来るのもありだな」

 ダスティンさんはそう答えつつ、ベルリを1つ手に取ってチビに差し出した。チビがそれを口にすると、ダスティンさんの口元が僅かに緩む。

「そういえば、ミュー用のご飯とかって売ってるんですか?」

 日本にあったドッグフードを思い浮かべながら尋ねると、ダスティンさんは首を傾げた。

「ミュー用というのは、ミューのために作られたということか?」

「はい。飼われてるミューは何を食べてるのかなって」

「そういう専用の食事があるという話は聞いたことがないな……ミューは雑食でなんでも食べるからな。ただ貴族に飼われているミューには、専属の料理人がついていたりするらしい」

 専属の料理人! さすが貴族、そんなところまで平民とは違うんだね。

「じゃあ、私たちが食べてるものと同じものを食べるんですね」

「そうだろう」

 そんな話をしながら食事は終わり、チビも満足した様子で私の上着の中に丸まったので、私たちはまた飼い主探しを再開しようとベンチから立ち上がった。

 そして次はどこに聞き込みをしようかと、辺りを見回すと──

 遠くから誰かに呼びかけられるような声が聞こえた。

「今誰かが……」

「そこのベンチにいる人!」

 今度ははっきりと声が聞こえ、私は後ろを振り返った。するとそこには、私と同い年ぐらいの男の子がいる。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 男の子はずっと走っていたのか息も絶え絶えで、顔には汗が滲んでいた。

「大丈夫?」

「そ、そのミュー! チビじゃないか!?

 少しだけ息を整えた男の子は、ガバッと顔を上げるとチビの名前を呼んだ。もしかして、この子が飼い主?

「この子はさっき路地に1人でいたの。あなたが飼ってるミュー?」

「たぶんそうだ。いや、絶対そうだと思う! チビ、おいで」

 男の子がチビを呼ぶと、チビは今までにないほど尻尾を激しく振って、私の腕の中から男の子の下へ行こうと体を動かした。私がそれに従うと、チビは男の子の腕の中に収まる。抱き上げられたチビは、男の子の頰をペロペロと舐めていた。

「ははっ、チビ、くすぐったいよ」

 その光景にほっこりしながらダスティンさんを見上げると、ダスティンさんはゆっくりと頷いてくれた。この男の子が飼い主で間違いないってことだよね。

「チビを助けてくれて本当にありがとな! 俺はルイって言うんだ。あんたの名前は……」

 ルイと名乗った男の子が初めてチビではなく私にしっかりと視線を向けると、なぜか瞳を見開いて固まった。その様子を不思議に思いながらも、私も名前を名乗る。

「私はレーナ。こっちはダスティンさんだよ」

 名乗ってもルイが固まったままなので、目の前で手を振ってみた。

「大丈夫……?」

 すると次の瞬間、ガシッと手首を取られる。そして顔をずいっと近づけられると──

「めっちゃ可愛いな!」

 無邪気な笑顔でそう言われた。私はあまりにも突然のことに、照れることもできず、ただ固まることしかできない。

「えっと……」

 初対面の異性を可愛いって褒めるのは普通だっけ? いや、普通じゃないよね? あれ、挨拶の延長? ぐるぐると混乱して頭の中で思考を巡らせていると、またルイが口を開いた。

「レーナ、俺の彼女にならないか!」

 ──え?

 ダメだ、もう頭が働かない。もしかして私、告白された? でもあまりにも突然すぎて、嬉しいとか恥ずかしいとかは全くなく、ただただ困惑が勝つ。

「……初対面だよね?」

「おう、そうだな」

「それで彼女……?」

「一目惚れしたんだ! それにチビを見つけてくれたいいやつだしな」

 おぉ……それだけで告白。今の子供ってこんな感じなの? それともルイが特別? とりあえず、全くついていけないんだけど!

「えっと……」

 とにかく断ろうと思って口を開きかけたその時、ルイを追いかけるような形で男性が私たちの下に駆けてきた。

「おいっ、ルイ! 突然1人で走り出すなって何度言ったら……あれ、レーナ? なんでルイと一緒にいるんだ?」

「ジャックさん?」

 ルイを追ってきたのは、ジャックさんだった。もしかして、2人って知り合いなの?

 私はますます混乱して、とりあえずダスティンさんの横に下がった。そしてダスティンさんを見上げ、色々とお任せすることにする。

 もう私は無理です。ダスティンさん、ジャックさんに説明してください。

 そんな気持ちを込めて見つめると、ダスティンさんは嫌そうな表情で私を見下ろしたけど、小さくため息をつくと一歩前に出てくれた。ダスティンさん、ありがとうございます!

「店の外で会うのは初めてだな」

 ダスティンさんのその言葉に、ジャックさんはハッとお店に出てる時のように姿勢を正した。

「ダスティン様、こんなところで会うとは偶然ですね」

「そうかしこまらなくていい。今の私は商会の客ではないし、君も休日なのだろう?」

「……ありがとうございます。それにしても、なぜルイと一緒に?」

「そのチビが理由だ。私たちが保護をして、飼い主を探していた」

 その言葉で大体の流れを察したのか、ジャックさんは納得の表情で頷いた。

「チビを保護してくれたんですね。ありがとうございます。ほらルイ、礼は言ったか?」

「もちろんだ!」

「ジャックさん、ルイはジャックさんの……知り合い?」

 少しだけ混乱が収まった私が問いかけると、ジャックさんはルイの頭を少し雑に撫でながら言った。

「ルイは兄貴の子なんだ。今日は休みで実家に帰ったら兄貴とルイがいて、兄貴んちで飼ってるチビを見失ったって言うから、一緒に探してた」

「じゃあおいっ子なんだ。……あれ、でもジャックさんの休みって今日じゃなかったよね?」

「ああ、休みを交換したんだ。あいつがどうしても彼女と休みを合わせたいって言うからな」

 苦笑を浮かべたジャックさんの言うあいつとは、私と休みが被ってる商会員のことだろう。休みの日はいつも彼女とのデートに忙しいって、よくのろを話している。

「レーナって、ジャックおじさんと同じところで働いてんのか?」

 私とジャックさんが話をしていると、ルイがそう言って首を傾げた。

「ああ、そうだぞ。レーナはこの歳にして優秀なんだ」

「そうなのか。すげぇな!」

 ルイはキラキラとした瞳で私のことを見つめてくる。その素直な眼差しは子供らしくていいけど……さっきこの子、私に告白してきたんだよね。あれは幻聴だったのかなと思い始めたところで、チビをジャックさんに渡したルイが、私の手を取った。

「それならいつでも連絡取れるよな!」

 そして嬉しそうな笑顔でそう告げる。そう純粋な瞳で言われると、否定しづらい。

「なんだ、もう友達になったのか?」

「ジャックおじさん違うぜ。レーナは俺の彼女になる予定だ!」

 ルイの宣言に、ジャックさんは瞳をぐわっと見開いて叫んだ。

「はぁ!? そ、それどういうことだよ!」

「どういうことって、そのまんまだぜ」

 ジャックさんは理解不能だという表情で、私に視線を向けてきた。いや、私に説明を求められても、凄く困るんだけど……。

「えっと……ルイは私に一目惚れ? したらしくて、彼女になって欲しいと言われた? みたい、です」

 自分のことだけどつい疑問系で説明すると、ジャックさんは大きくため息をついた。

「なんかレーナ、ごめんな。こいつ妙にチャラチャラしてるから」

「俺はチャラチャラなんてしてないぞ! 可愛い女の子がいたら、彼女になって欲しいと思うのは普通だろ?」

「それが普通じゃねぇんだよ。はぁ……誰に似てこうなったんだか」

 ジャックさんはルイの頭を握り拳でぐりぐりすると、疲れた様子でため息をついた。そして理由に思い至ったのか、遠い目で呟く。

「……兄貴だな」

 ジャックさんのお兄さんは、女性をすぐに口説くタイプなんだね……ジャックさんは恋愛に興味ないって感じだから、兄弟間の違いが不思議だ。

「とにかく、チビも見つけたことだし帰るぞ。皆もチビのことを心配してるんだから」

「え~」

 話を無理やり変えるようにジャックさんがそう告げると、ルイは不満気に唇を尖らせながらも、チビを家に帰らせてあげたいとは思っているのか悩む様子を見せた。

「それはそうだけど……」

 視線を俯かせてすぐには頷かず、少ししてからガバッと明るい表情で顔を上げた。

「分かった! じゃあレーナ、チビを家に送り届けてからここに戻ってくるから、そのあとで遊ぼうぜ。一度ぐらい遊ばないと相性も分かんないもんな!」

 晴れやかな笑顔でそう言ったルイに、私はどう返事をすればいいのか分からない。私は前世も合わせたら長く生きてるけど、恋愛スキルは全然ないんだよ……!

「ルイ、レーナたちにも予定があるんだから、突然誘ったら迷惑だろ?」

「あっ、そうか。何か予定があるのか?」

「う、うん。ダスティンさんと、色々と買い物に来てたから」

「それは俺たちがチビを家に届けてる間に終わらないのか?」

 ルイにそう聞かれて私がダスティンさんを見上げると、ダスティンさんは簡潔に言った。

「終わるだろう」

 ダスティンさん、そこはどのぐらいかかるのか判断が難しいとか言って、とりあえず私に考える時間を確保してください……!

 内心でそう叫んだけど、もうダスティンさんの言葉はルイに届いている。

「そうか! じゃあまたここに集まって、一緒に遊ぼうぜ!」

「……わ、分かった。でもあの、ジャックさんとダスティンさんも一緒にね。皆で夜ご飯を食べに行くのはどう?」

 ここまで言われて断るのは可哀想だし、かと言って押せ押せのルイと2人きりは大変そうだと思って、2人を巻き込むことにした。

「う~ん、まあいいか。分かった、じゃあ夜ご飯な!」

 ルイは笑顔で頷くと、今度はジャックさんに早く帰ろうとかしている。

「分かったから待てって。じゃあレーナ、また夜な。ダスティンさんも巻き込んですみません」

「……いや、問題ない」

 僅かな間が気になるけど、一応ダスティンさんがそう答えたところで、ルイとジャックさんは雑踏に消えていった。

 とりあえず返事をするのは先延ばしになったけど、夜までにどうやって断るのか考えておかないと。ルイがどうとかじゃなくて、さすがに私は同年代の子供を恋愛対象には見られない。

「ダスティンさん、なんかすみません。夜に予定はありませんでしたか?」

 2人が完全に見えなくなったところでそう聞くと、ダスティンさんは「ふぅ」と息を吐き出してから答えてくれた。

「大丈夫だ。それよりも、元気な子供だったな」

「本当ですね……一目惚れだなんて驚きました」

「まあ確かに、レーナの容姿は整っているからな」

「分かります。無駄に整ってるんですよね……」

 思わず客観的にそう述べてしまい、ダスティンさんが黙ったことで、ここは謙遜するべきだったかと思い至った。

「あ、あの、昔からよく整ってると言われてたのでつい」

 苦し紛れの言い訳をしながらダスティンさんを見上げると、私のことをじっと見つめる瞳と視線が絡まった。

「あの子供と接したことで改めて実感したが、レーナは本当に子供らしくないな。レーナぐらいの年頃であれば、ああして容姿を褒められたら嬉しさが滲み出るものではないか?」

「……そう、なんですかね」

 私に子供らしさを求めないでください……もう成人してる瀬名風花の人格が強いんです!

「ス、スラム育ちだからかもしれませんね。スラムでは子供も必死に働かなければ生きていけませんから……」

 不自然に思われた時の伝家の宝刀、スラム育ちを繰り出すと、ダスティンさんはなんとか納得してくれたようだった。

「それもそうか」

 はぁ……よかった。やっぱり子供と絡むと私の不自然さが浮き彫りになりやすいから、できれば絡みたくないんだよね。

 前世を思い出す前からの友達である、エミリーやフィル、ハイノは別として。

「それで、レーナはあの子供と付き合うのか?」

「え!? ない、ないです」

 付き合う可能性があると思われてることが衝撃で、思わず大きな声を出してしまった。

「そうなのか? しかし素直でいい子そうではあったと思うぞ。うるさかったが」

「……確かにそうかもしれませんね。でも私は、今は恋愛に興味がないんです」

「そうか」

 ダスティンさんは一言そう告げると、納得してくれたのか市場の出口に向かって歩き出した。

「では早く予定を済ませてしまおう」

「は、はい!」


 急いで買い物を済ませて工房に戻り、持ち帰ってきたものを全て片付けたところで、もう夕方と言ってもいい時間だった。

「そろそろ市場に戻る頃だな」

「そうですね。市場に行く前に、お母さんとお父さんのところに寄ってもいいですか? 夜ご飯は外で食べることを伝えたくて」

「もちろん構わない。では行こう」

 それから2人のところに寄り道をして、日が沈み始めた頃に約束の市場へと戻った。するとベンチにはすでに、ジャックさんとルイが座って待っている。

「あっ、レーナ!」

 ルイは私たちに気づくと、嬉しそうに立ち上がって手を振ってくれた。それに私が振り返すと、ニカッと爽やかな笑みを見せる。ルイ、全く悪い子じゃないんだよね……あの嬉しそうな笑顔を見てると、断ることへの罪悪感が湧いてくる。

「ルイ、ジャックさん、待った?」

「いや、俺らもさっき来たところだ! じゃあさっそく行こうぜ」

「どこに行くんだ?」

 ダスティンさんがそう聞くと、ジャックさんがある方向を指差して言った。

「向こうに俺たち家族がよく行く店があって、そこでいいですか?」

「自分で肉を焼くんだぜ!」

 自分で焼くってことは、焼肉屋みたいな感じなのかな。それはかなり興味あるかも……レーナになってから食堂はいくつか行ったけど、焼肉は経験がない。

「ほう、それはいいな。では案内を頼む」

 そうして私たちは4人でお店に向かった。お店は市場から結構近い場所にあり、路地裏にあるこぢんまりとしたお店だ。

「いらっしゃい!」

 中に入るとかっぷくのいい女性が迎えてくれて、すぐにテーブル席へと通される。メニューは壁に掛かっている木札で、そこから好きなものを選ぶらしい。

 肉の部位と味付け、それから野菜や果物も焼けるそうだ。甘い果物を焼いたのって……美味しいのかな。焼こうと思ったことがないから味のイメージができない。でもジャムみたいな感じだと思えば、デザートとしては美味しいよね。

「何を頼む? 俺のおすすめはハルーツのヒレのタレだな」

 ハルーツのヒレというのは牛肉のようなお肉なので、牛肉のタレってことだ。やっぱり焼肉には牛肉、それもタレが美味しいよね。

「私もそれがいいな」

「分かった。ダスティンさんはどうします?」

「そうだな……私はハルーツの胸肉が好きだ。味付けはソルがいいな。それから珍しい肉も1つぐらい……リートをタレでいこう」

 胸肉は鶏肉に似てるので、ダスティンさんは鶏肉の塩味が好みみたいだ。確かにさっぱりしてて美味しいよね。そしてリートは猪みたいな動物。スラムではたまに食べてたけど、こういうところでちゃんと処理されたものはもっと美味しいのかな。

「おおっ、リートいいですね。ルイはどうする?」

「俺はハルーツのもも肉だな。もちろんタレだ!」

「お前はいつもそれだな」

 ハルーツのもも肉は豚肉に似てる部位。子供って豚肉が好きなこと多いよね……これって私の周りだけなのかな。

「じゃあその4種類で、あとは適当に野菜も頼むか」

「ジャックさん、あとラスタもね」

 焼肉には絶対に必要だよね、白米! 私は焼肉のタレだけで白米1杯いけるほど、白米好きだったのだ。焼肉にはラスタなしは考えられない。

「分かった。他の皆はラスタは食べるか?」

「俺は食べるぞ」

「私も食べよう」

「じゃあラスタは3つだな。俺はラスートの薄焼きを頼むか」

 そうして注文を決めたところで、ジャックさんが店員さんを呼んだ。そして注文してからすぐに、次々と肉が運ばれてくる。

 それを焼いてくれるのは、ジャックさんだ。ルイも張り切って肉を網に載せてくれている。

「レーナのは俺が焼いてあげるな!」

「ありがとう。ルイはお肉が好きなの?」

「おうっ、特にこの店のは美味いんだ」

 結構火力が強めなのか、薄切りなのか分からないけど、肉はすぐに焼き上がって私のラスタの上に載せられた。

「ありがとう。じゃあいただくね」

 焼きたて熱々のお肉を口に運ぶと……その美味しさに、思わず瞳を見開いてしまった。少し濃いめのタレがガツンと感じられて、そのすぐあとに肉の旨みが溢れ出す。肉は嚙みごたえはあるけど決して固くはなくて、最高に美味しい。ラスタも口の中に入れると──幸せだ。

「ほう、美味いな」

 隣に座るダスティンさんからそんな声が聞こえ、私は同意するように頷いた。

「すっごく美味しいですね!」

「やはり路地裏の店にはたまに大当たりがあるな。レーナのヒレも1つもらっていいか?」

「もちろんです。あっ、ダスティンさんの胸肉も1つもらいますね」

 お互いに頼んだものを交換してまたお肉を口に運ぶと、部位が違うお肉はまた別の美味しさがあった。

「こっちも美味しいです!」

「そうだな。これは全ての肉を制覇してみたくなる」

 そうして私とダスティンさんが楽しんでいると、もう何度も食べているからか感動が薄そうなジャックさんが、驚いた様子で口を開いた。

「2人は本当に仲がいいんですね……」

「仲がいい……まあ、そうかもしれないな。何せレーナは休日のほとんどを私の工房で過ごしている」

 なんかそう言われると私って、ダスティンさんの工房に行きすぎかな。でも魔道具研究はそれほどに面白いんだよね……あとダスティンさんのお昼ご飯が美味しい。これも理由の1つだったりする。

「そんなに……」

「そういえば、2人はどういう関係なんだ?」

 今更ながらルイに問いかけられ、私は答えようとして少し迷った。

「商会員とお客さん……というよりも、友達?」

 いや、この歳の差で友達は違うかな。それなら知り合い? でも休日に入りびたってる家の相手を知り合いって言うのも違う気がする。

「レーナは助手じゃないか?」

「あっ、それしっくりきますね」

 ダスティンさんが助け舟を出してくれた。確かに私は魔道具研究の助手的な立ち位置かもしれない。一応アドバイスもできてるみたいだし。

「助手って、ダスティンさんは何かやってるのか?」

「ああ、私は魔道具師だ」

「え、すげぇ!」

 魔道具師という言葉に、ルイは一気に瞳を輝かせた。やっぱり魔道具師って珍しい職業なんだね。

「レーナは魔道具師の手伝いをしてて、ジャックおじさんと同じ商会で働いてんのか……え、もしかしてレーナって凄いやつ?」

 ルイがそんな言葉を口にすると、ジャックさんが呆れた表情で突っ込んだ。

「今更分かったのか。レーナは天才だぞ」

 ジャックさんに素直に褒められると恥ずかしくて、頰が赤くなってしまう。この評価を裏切らないように、これからも頑張らないとね。

「そうなのか……じゃあレーナを彼女にするなら、俺ももっと頑張らないとだな」

 真剣な表情でそう呟いたルイに、私は断るならこのタイミングしかないと思って口を開いた。

「あの、ルイ」

 呼びかけると、ルイは私の瞳をまっすぐ見つめてくれる。

「なんだ?」

「その……私はルイの彼女には、なれないかな。今は恋愛に興味がないし、ルイとは会ったばかりだし……」

 そう伝えると、とにかく前向きなルイは全く気にしてない様子で笑みを浮かべた。

「それなら一緒に遊ぶうちに好きになってくれればいいぞ!」

「いや、そういうことじゃなくてね……私がルイのことを好きになる可能性は限りなく低いというか」

 10年ぐらい経ってルイが大人になれば可能性はあるけど、やっぱり子供に恋愛感情は湧かないよね……そしてこの年頃の一目惚れとか言ってる男の子が、10年も待ってくれるはずがない。

「なんでだ? 俺はレーナの好みじゃないのか?」

「うーん、まあ、そうかも」

「レーナの好みってどんなやつなんだ?」

 うっ……そんなに突っ込んで聞いてくる? でも答えないのも不誠実だよね。

「……年上、とか」

 小さな声でそう伝えると、ルイはあんまりショックも受けてないように、「そうか~」とあいづちを打つ。しかし私はめちゃくちゃ恥ずかしい。だってこの場には年上が2人もいるのだ。

 いや、別に2人が好みって言ってるわけじゃないんだけど。

「じゃあ、ジャックおじさんが好きなのか?」

「い、いや、そういうことじゃないの! ジャックさんは推しだから」

「なんだ、推しって」

「えっと……恋愛感情じゃない好き、みたいな。かっこいい~って見てるだけで満足みたいな」

「あぁ、確かにジャックおじさんって顔だけはいいもんな」

 そう言ったルイを、ジャックさんは肉を咀嚼しながら軽く叩いた。

「顔だけじゃなくて優しさだってあるだろ」

「そうかぁ~? まあいいや、じゃあ、そっちのダスティンさんは?」

「え、ダスティンさん? ダスティンさんは……」

 私はそこで言葉に詰まった。ダスティンさんのことを好きとか嫌いとか、そういう感情で見たことがなかったのだ。ジャックさんはとにかく見た目が好き! って感じだったけど……。

「ダスティンさんは──嫌いじゃないよ」

 初対面だと怖さもある見た目だけど、実は凄くいい人だもんね。魔道具研究は楽しいし、研究に熱中してるダスティンさんといるのは面白いし、色々と教えてもらえるから勉強になるし、料理は美味しいし。

 そんなことを内心で考えていると、ルイに突っ込まれた。

「嫌いじゃないって微妙な言い方だな。好きってことか?」

「いや、それはちょっと違うというか……あっ、嫌いってわけじゃないよ?」

 でも好きって言い切るのは、ちょっと大人として抵抗がある。じゃあジャックさんはいいのかって言われると、そこは推しだからとしか説明できないんだけど。

「よく分からないぞ?」

「……と、とにかく、そういうことを根掘り葉掘り聞くと嫌われるよ!」

 話を終わりにしようと無理やりそう切ると、ルイは不満げな表情を浮かべながらも、とりあえず頷いてくれた。

「分かったよ。とにかく、レーナはこの2人というよりも年上が好きなんだな」

「そうそう、そうなの。だからルイとは……」

「でも具体的に好きな人がいるわけじゃないんなら、俺にも可能性ありそうだな!」

 私はその言葉を聞いて、ガクッと体を傾かせてしまった。結局ルイは諦めないんだ……ちょっと尊敬の念が湧いてくる。さすが子供なのか、ルイが凄いのか。

 普通はここまで断られたら、それ以上に押すのって難しいよね。

「でもまあ、レーナは今すぐ彼女になってくれなさそうだし、他の女の子に声かけようかな」

 今度は体を傾けるどころか椅子から落ちそうになった。ダスティンさんが私の腕を摑んで、椅子の上に引き上げてくれる。

「ありがとうございます……」

 諦めてくれたんならよかったけど、さすがに移り気すぎるよ!

「お前なぁ。そのうち女の子に刺されるぞ?」

「え、なんで?」

 ジャックさんは疲れた表情で、不思議そうなルイの顔を見つめた。そして小さな声で呟く。

「……兄貴と義姉さんに任せるか」

 ルイの天性の? 女性を口説く性格を嗜めることは諦めたらしく、ジャックさんはひたすら肉を焼くことに注力し始めた。

 そこで私もとりあえずの問題解決ということで、食事を楽しむことにする。

「ジャックさん、このお肉もらっていい?」

「ああ、いいぞ」

「ダスティンさんも1つお肉ください」

「構わない。好きなだけ食べるといい」

「ありがとうございます」

 それからは焼き肉の美味しさと楽しさを堪能しつつ、なんだかんだ明るくて素直なルイとも打ち解けて色々な話をして、夜の時間は過ぎていった。

 私がこの世界で瀬名風花の記憶を取り戻して最初に掲げた目標は、幸せな結婚をすることだった。私の相手は誰になるのだろうか。まだまだ先のことだけど、ルイのせいでつい考えてしまう。

 一緒にいると穏やかな気持ちになれるような、そんな人が相手だったらいいな……そんなことを漠然と思った。