外伝 迷子のミューと突然の告白
ある日の休日。いつものようにダスティンさんの工房を訪れると、珍しくダスティンさんが外出着に身を包んでいた。
「あれ、今日はどうしたのですか?」
何か予定があったのだろうかと問いかけると、ダスティンさんは1枚の紙を私に差し出す。
「今日は魔道具研究に使う諸々の素材が不足しているため、ここに書かれたものを買いに行く予定なのだ。レーナが来るかと思って待っていたが、一緒に行くか?」
その問いかけに、私は「行きます!」とすぐに答えた。
紙に書かれていたのは金属類や木材、布類など多様な素材で、買い物に行くのはとても楽しそうだったのだ。こういうものがどこに売ってるのか、今まで知る機会はなかった。
「分かった。ではそのまま出かけるのでいいか?」
「はい、大丈夫です」
そうして私は工房に少しだけ寄って、すぐにダスティンさんと買い物に出かけた。
「まずはどこから向かうのですか?」
いつもとは違う方向に歩いていくダスティンさんに続きながら、周囲を見回しつつ問いかける。こっちにはあんまり来たことがないから新鮮だ。
「最初は
「おおっ、鍛冶屋なんて初めて行きます。剣とかも作っているのでしょうか?」
期待しつつ質問をすると、ダスティンさんに胡乱げな瞳を向けられた。
「そんなものを、平民街の鍛冶屋が作るわけがないだろう? 顧客がいないのだからな」
「……確かにそうですね」
言われてみればそうだよね。ここはファンタジー世界だけど、誰でも武器を持って生活してるような国じゃない。武器を持ってるのは、兵士や騎士だけだ。
「剣など武具を作っているのは、騎士団や貴族御用達の鍛冶屋だけだろう。武器の製造には許可も必要だからな。平民街の鍛冶屋では、せいぜいナイフ程度だ」
ちょっと夢がないけど、これが普通だよね。力のない私としては、ありがたく思わないと。誰でも武器を持てる世界だったら、怖くて1人で外を歩くのも大変だったはずだ。
「鍛冶屋で直接買うナイフは、切れ味がよかったりするのでしょうか」
うちで使ってる調理用ナイフの切れ味が悪いことを思い出して問いかけると、ダスティンさんは少しだけ考えてからゆっくりと頷いた。
「いいものを買える可能性は高いはずだ。欲しいのなら頼んでもいいぞ」
「本当ですか? では1つ頼みたいです」
「分かった」
そんな話をしていると、だんだんと街の様子が変わってきた。さっきまでは基本的に住宅街という感じだったけど、この辺には工房がたくさんあるらしい。
「あそこだ」
ダスティンさんが指差した先には、結構年季の入った工房が建っていた。しかし古いながらも大きな建物で、隣には小さなお店も併設している。中からはトンカンと何かを作っているような音が絶え間なく聞こえてきて、少し心が浮き立った。
「お店ではなく工房に入るのですか?」
「ああ、いつも特注で頼んでいるからな」
そう言ったダスティンさんが工房に続く扉を開くと、ぶわっと熱気が頰を撫でた。さらに聞こえていた様々な音が、一気に大きくなる。圧倒されるね……。
「失礼する」
ダスティンさんに続いて中に入ると、入ってすぐの場所には、一応カウンターのようなものがあった。こっちに来るお客さんも結構いるってことなのかな。
「おっ、ダスティンさんじゃねぇか! また特注か!」
カウンターの近くで作業をしていた男性が、ダスティンさんに気づいて人好きのする笑みで立ち上がった。かなりガタイが良く、40代ぐらいに見える男性だ。筋肉が盛り上がり汗でテカっている様子は、ジャックさんやダスティンさんとは違ったかっこよさがある。
「ああ、いつもと同じものを頼みたい」
「分かったぜ。ちょっと待っててな」
男性は作業を中断するとカウンターに来て、1枚の紙を取り出した。紙を使うってことは、仕事に必要なだけの文字の読み書きはできるんだね。
「ここにいつものように注文を書いてくれ」
「分かった。今回はいつもより少し多めに頼みたいのだがいいか?」
「もちろんだ」
そうして2人が話しているのを後ろで聞いていると、男性の視線が私に移る。
「嬢ちゃんは初めてだな。ダスティンさんの連れか?」
「はい。レーナです」
「随分と可愛い子だなぁ。嬢ちゃんは何か頼むのか?」
「あっ、できればナイフを1つ頼みたくて……うちで使ってる料理用ナイフが、買ったばかりなのに切れ味が悪くて」
そう伝えると、男性は申し訳なさそうに眉を下げた。
「それは粗悪品を摑まされたんだな。たまにいるんだよなぁ。質の悪いやつを売って儲けようとする同業者が。よしっ、嬢ちゃんには俺が最高に使いやすいナイフを作ってやるよ」
「ありがとうございます」
ニカッと人好きのする笑みでそう言ってくれた男性に、私も笑顔で感謝を伝えた。この人、凄くいい人だね……ダスティンさんが贔屓にするのも分かる。
「レーナ、私と一緒に注文しておくのでいいか?」
「はい。ダスティンさんがよければ」
「私は構わない。ではここに書いておく」
そうして私たちは全ての注文を終えて、男性に見送られながら工房をあとにした。料金は概算を前払いで、足りない分を商品が届いた時に払うそうだ。
工房を出たところで、ダスティンさんは次の行き先を告げた。
「次は材木屋に向かう」
「分かりました。ここから近いんですか?」
「ああ、そこの角を曲がって……」
そう言ってダスティンさんが歩き出してすぐ、私の耳に何かの鳴き声が届いた。
「……ミ、ミュー……」
弱々しい鳴き声は、近くから聞こえているようだ。
「ダスティンさん!」
私はすぐにダスティンさんを呼んで、ミューに駆け寄る。するとミューは人慣れしているようで、私に体を寄せてきた。
「どうしたんだ?」
「ミューが路地に蹲ってて……首輪をしてます」
「どこかの家で飼っているミューだな。家から出て帰れなくなったんだろう」
ミューはいつからここにいるのか分からないけど、僅かに震えていて、あまり元気もないようだった。その様子に私は自分の上着を脱いで、それで包むようにしてミューを抱き上げる。
ミューはなんの抵抗もなく、私の腕の中に収まってくれた。小さなミューはとても可愛い。
「ダスティンさん、この子の飼い主を見つけてあげませんか?」
懇願するようにダスティンさんの顔を見上げると、悩むことなくすぐに頷いてくれた。
「そうだな。そこまで遠くへ来ているとは考えにくいから、この辺りで飼い主を探そう」
その言葉を聞いて、私は安心して頰が緩む。
「ダスティンさん、ありがとうございます」
「放っておくことはできないからな」
やっぱりダスティンさんって、優しい人だよね。
「首輪に情報は書かれていないか?」
そう聞かれて首輪をしっかり見てみると、そこには小さなタグがついていた。そしてこの子の名前なのだろう、文字が彫られている。
「チビって名前らしいです」
「……安直だな」
「ふふっ、でもこの子は小さいので、ぴったりだと思います。──チビ?」
「ミュー!」
名前を呼んでみると、さっきまでよりも力強く鳴いてくれた。やっぱりこれが名前で合ってるみたいだ。
「飼い主を間違えないよう、飼い主だという者がいたら、名前を聞くことにしよう」
「そうですね。すぐに名前を答えられたら、その人にチビを返しましょう」
そう決めた私たちは、人が多くいるところに行こうと、まずは近くにある市場を目指した。
抱き上げているチビが本当に可愛くて、頰が緩み切ってしまう。瀬名風花として生きていた日本では、実家で小型犬を飼ってたんだよね……あの子を思い出してしまう。
やっぱりペットって可愛い。私も余裕ができたらミューを飼いたいな。
「レーナはミューが好きなのか?」
「はい。とっても可愛いですから」
「……確かにな」
そう答えたダスティンさんの声音が思った以上に柔らかく、思わずダスティンさんの顔を見上げた。するとダスティンさんの表情は、今まで見たことがないほどに優しく緩んでいる。
そのことに驚いて私が瞳を見開くと、ダスティンさんは僅かに頰を赤らめた。
「ダスティンさんも、ミューが好きなんですね」
「……嫌いではない」
「ふふっ、そうなんですね。ダスティンさんもこの子を抱っこしますか?」
「いや、そこで落ち着いているようだから、そのままがいいだろう」
ダスティンさんはそう答えると、チビの体を優しく撫でた。チビはダスティンさんも自分に害がない人と分かっているのか、素直に撫でられている。
そうして歩いていると、市場に到着した。