4章 新生活と街中への招待


 街中への引っ越しを終えた次の日。私はもちろん仕事があるので、皆を置いて家を出た。皆だけで出掛けたりするのは、まだちょっと心配なんだけど……今まで街中の常識や気をつけるべきことを色々と話してきたので、大丈夫だろうと信じている。

「おはようございます」

 裏口からお店に入ると、いつもより時間が早いのでほとんどの商会員がまだ休憩室にいた。

「レーナちゃん、今日は早いのね。それに服が変わったかしら。可愛いわ」

「ギャスパー様に引っ越しが完了したことを報告しようと思いまして、早めに来ました。服は街中に住めるようになったので、これからは綺麗な服を着て出勤できます」

「そういえば、昨日が引っ越しって言ってたわね。問題なく済んだの?」

「はい。必要なものは全て買えて、なんとかやっていけそうです」

 私のその言葉に、休憩室にいた皆がよかったなと優しい言葉をかけてくれる。本当にロペス商会で働いてる人たちって人柄がいいよね……さすがギャスパー様、人を見る目がある。

「何か問題があったら言うんだぞ」

「僕も力になるよ」

 ジャックさんとポールさんが、そう声をかけてくれた。

「ありがとうございます。……そうだジャックさん、1つ聞きたいことがあったんだけど、ジャックさんの兄弟に魔法使いとして働いてる人がいるって言ってたよね?」

 ふと思い出した質問を投げかけると、ジャックさんは脈絡がない質問に首を傾げながらも、頷いてくれた。

「ああ、5つ上の兄だな」

「そのお兄さんって、どのぐらい魔法が上手いの? それから魔法使いって簡単になれるのかな。お父さんは精霊魔法が得意だから、魔法使いも仕事の選択肢の1つかなと思ってて」

 まだお父さんにこの話はしてないけど、ずっと考えてたのだ。お父さんとお母さんは歳的に仕事を見つけるのが大変だろうから、魔法使いって選択肢が増えるだけでもいいことだよね。

「そうなのか。魔法使いは資格があるんだ。資格がなくても魔法使いとして商売をすることは禁止されてないが、資格が品質保証になってるから、ないと稼げない」

「資格なんてあったんだ……それってすぐ手に入れられるもの?」

「確か役所で申請して、試験に合格すれば証がもらえるんだ。どういう試験だったかな……」

 顎に手を当てて考え込んだジャックさんに、ポールさんが助け舟を出す。

「小さな部屋で魔法を実際に使ってみせて、その発動速度や呪文の上手さ、魔力の減少度合いで合格か不合格か決まるんだよ」

「そうだ、そんな試験だったな」

 魔法の上手さだけで決まるってことだね。筆記試験とかがないのはありがたいけど、お父さんには難しそうかな……呪文の知識はスラムで言い伝えられてたものだけだし、魔法が上手いとは言ってもスラム基準だ。街中でどこまで通用するのかは分からない。

「小銀貨5枚で受験できたはずよ。一度受けてみるのもいいんじゃないかしら」

 私が眉間に皺を寄せて考え込んでいたら、ニナさんがそう声をかけてくれた。

 小銀貨5枚か……今の私たちにとっては大きなお金だ。受かるならいいけど、落ちる可能性が高い試験に払うのは躊躇ってしまう。これは皆に相談かな。

「分かりました。教えてくださってありがとうございます」

 そうして話が終わりかけたところで、ジャックさんが思いつきを語るように口を開いた。

「レーナ、別に魔法使いにこだわらなくても、火種や水を売るのもありじゃないか? あっ、お父さんはどの女神様から加護を得てるんだ?」

「火の女神様からだけど……」

 火種や水を売るのと魔法使いって、違いがあるの?

「それなら火種を売るのはありだと思うぞ。火種や水なら現物を買うから誰も店主の資格なんて気にしないし、資格を持ってない人が店をやってることがほとんどなんだ」

「え、そうなんだ」

 まさかそんな違いがあるなんて。確かにそこに売ってる火種を買うのに、店主の資格なんて関係ないよね。目の前の火種がちゃんと使えそうなら問題ないのだから。

「教えてくれてありがとう。お父さんに話してみるよ」

「おう、早く仕事が決まるといいな」

 それから私は更衣室で制服に着替えて、ギャスパー様がいる商会長室に向かった。商会長室の入り口ドアをノックすると、中から入室を許可する声が聞こえてくる。

「失礼いたします」

「レーナ、おはよう。昨日の引っ越しは問題なかったかな」

「はい。お陰様でとてもいい部屋に引っ越すことができました。コームさんを紹介してくださり、ありがとうございました」

 ギャスパー様が腰掛けている執務机の前で礼をすると、ギャスパー様は笑顔で答えてくれた。

「役に立てたならよかったよ。従業員の生活の質は大切だからね」

 こういう言葉をすぐに言えるギャスパー様だからこそ、ロペス商会の雰囲気はいいんだろうね……。しみじみとそんなことを考えてしまう。

「それで、今日はどうしたのかな?」

 そう聞かれたところで、私は改まって答えた。

「本日は、引っ越しができた報告をと思って参りました。それから相談があるのですが、私の勤務時間を延ばしていただけないでしょうか? 街中に引っ越しましたので、皆さんと同じ時間で働けます」

 その言葉にギャスパー様は一つ頷くと、机の引き出しから1枚の紙を取り出す。

「実はレーナがそう言うんじゃないかと思って、契約書を作っておいたんだ。4の刻6時から9の刻までの勤務でどうかな? 途中で半刻のお昼休憩は今まで通りだね」

 事前に作っておいてくれたなんて……ギャスパー様が優秀で素敵な上司すぎる。

「ありがとうございます。その時間で大丈夫です。お給料はどうなるでしょうか?」

「1週で銀貨8枚だね。どうかな?」

「それでお願いします」

 銀貨8枚に増えたら生活が楽になるかな。働く時間が増えるのは少し大変だろうけど、そのぶん通勤時間がかなり短くなるから、疲労度は変わらないだろう。

「分かった。では明日からは新しい時間でお願いね」

「かしこまりました。これからもよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」

 契約書に署名をしてギャスパー様が確認してくれて、正式に勤務時間と給料が変更になった。私はその事実に頰を緩めながら、もう一つの相談をするために口を開く。

「ギャスパー様、もう一つお話があるのですが……家族がギャスパー様に挨拶をしたいと言っています。こちらに連れてきてもご迷惑ではないでしょうか?」

「私にかい? 別に構わないよ。私がここにいない時間さえ避けてもらえればいつでも」

「ありがとうございます。では……次の私の休みはどうでしょうか?」

 ギャスパー様は予定表を開いて9日後を確認し、その日は1日中商会にいるから何時でも大丈夫だと頷いてくれた。

「では次の休みに家族を連れてきます」

「待っているよ。……そうだレーナ、もう家のことは大丈夫なのかい? もしまだ落ち着いていないなら、今日は午後を休みにしてもいいけれど」

 ギャスパー様……本当にいい上司すぎない? 私は今度ギャスパー様に何か手土産でも買おうと決意しながら、「ありがとうございます」と頭を下げた。

「皆の仕事を早急に決めたいため、時間をいただけるのはとても助かります。お言葉に甘えて午後休を取らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「分かった。そう記録しておくよ」

 そうしてお休みをもらった私は商会長室をあとにして、午後は休むからと午前の仕事にいつも以上に精を出した。そして割り振られた仕事はしっかりと終えて、商会をあとにする。

 この時間に帰るのは初めてで、ちょっと不思議な感じだと考えながら自宅に帰ると、部屋の中には家族皆が揃っていた。しかし全員が疲れたような表情で、テーブルに突っ伏している。

「皆、大丈夫?」

 恐る恐る声をかけると、皆はやっと私が帰ってきたことに気づいたのか顔を上げた。そして救世主が現れたとでも言うように、瞳を潤ませて私を見つめる。

「えっと……何かあったの?」

「レーナ、父さんたちに街中はまだ早いみたいだ」

「レーナが仕事に行って、私たちも仕事を探そうって家を出たのよ。それで昨日行った役所に向かったら道に迷っちゃって……さっきやっと帰ってきたところなの」

「街中は道がたくさんあって高い建物ばっかりで、自分の居場所が分からなくなるな」

 確かにスラムとは全然違うから、道にも迷うか。私は最初から割と迷わずに動き回れたからそれが普通かと思ってたけど、よく考えたら地図を見せてもらったんだった。

 皆にも地図を見せるのがいいのかな……でも地図の読み方を教えるところから始めないとだし、それならよく行く場所への行き方をとりあえず覚えてもらって、あとは自分で少しずつその道の周りから知ってるエリアを広げてもらう方がいいのかも。

「皆ごめん。とりあえず今日は私が一緒に動くよ。仕事は午後休をもらってきたから」

「そういえば、今日は帰ってくるのが早いわね」

「うん。ギャスパー様が皆の仕事探しに時間を使っていいよって。そうだ、皆が挨拶に行くのは9日後の私が休みの日になったよ」

「じゃあ、それまでにもっと頑張って敬語を覚えないとだな」

 お父さんが疲れた声音で呟いたのを聞いて、私は皆に負担が大きいかなと少し心配になる。

「敬語は今まで頑張ってたから、このまま継続するぐらいでいいよ。ギャスパー様も皆がスラムから引っ越したばかりのことは知ってるし」

 全部を完璧には無理だから、妥協する部分を選ぶのが大切だ。とりあえず一番妥協できないのは仕事選びだから、皆にはそこを頑張ってもらいたい。

「それはありがたいな」

「うん。無理しすぎないようにね。それで今日は役所に辿り着けたの?」

「着けてないわ」

「そっか。……とりあえず、お昼ご飯を食べてから皆の仕事のことは考えよう。実は帰り道に食材をいくつか買ってきたの。野菜とお肉とラスタ、それからハルーツの卵の卵液をカップ1杯。それにいくつかの調味料ね」

 この世界の卵は両手で抱えるほどの大きさだから、もちろん丸々1つでも買えるけど、割って溶いて卵液としても売っているのだ。

 丸々1つを買うよりは割高だけど、卵1個分で卵焼きが何十人前もできるので、それを保存するために魔法使いに冷却魔法を頼むなら、卵液を買った方が安かったりする。

「見たことがないものがたくさんあるわね」

「そうでしょ? だから私が作るところを後ろから見ててくれる?」

「分かったわ」

 私は皆の楽しそうな瞳を見て、気合を入れてキッチンに向かった。今日作ろうと思っているのは親子丼もどきだ。この世界には意外と日本の味に近い調味料があったりするから、美味しいものができると思う。

 調理を始める前にお父さんに火魔法を使ってもらって火をおこして、それから調理開始だ。

「使う野菜はオニーとキャロ。オニーは初めて見るかもしれないけど、生だとかなり辛くて火を通すと甘くなる野菜なの。これを一口大に適当に切って……お肉も同じぐらいの大きさに切るよ。このお肉はハルーツの胸肉ね。街中で食べられてるお肉は基本的にハルーツで、部位ごとに味が違うの」

 軽く説明しながら調理を進めていく。この世界ではずっと料理をしてきたし。瀬名風花の時も一人暮らしで簡単な料理はこなしてたから、手際よく親子丼作りは進む。

「次はフライパンに水を入れて……このぐらいかな。ここにリンドっていう香辛料と、ソイ、シュガを適当に加えるの。それでこの水が煮立つまで待たないといけないから、その間にラスタの準備ね」

 私は袋に入ったラスタをボウルに取り出して軽く洗い、綺麗になったら鍋に移し替えた。昨日夕食と一緒に水を買ったけど、もうなくなりそうだね……水は毎晩買ってくるとか、購入周期を決めた方がいいかも。

「ラスタはくとラスートになるものだよ。挽いてラスートにしなくても美味しく食べられるの。さっきみたいに洗って鍋に入れて、ラスタが完全に水に沈むよりも少し多めに水を入れたら、あとはふたをして火にかけるだけだよ」

 ラスタを火にかけたところでフライパンの方が煮立ったので、そちらに肉と野菜を入れてしばらく煮込む。そして火が通ったところで溶き卵を回し入れて、卵が半熟になったところでフライパンを火から下げた。

「これで完成だよ。あとはこれをラスタに載せて食べるんだけど……ラスタはもう少しかな。お母さん、お皿を準備してくれる? お父さんはスプーン、お兄ちゃんは飲み水ね」

「分かったわ」

 それから皆に手伝ってもらって、親子丼もどきは無事に完成した。想像していた以上の出来栄えで、自分でも驚きだ。

「凄く美味しそうだわ……レーナがこんなに複雑な料理を作れたなんて、いつ覚えたの?」

「ダスティンさんの工房で、一緒にお昼を作ったりしたんだ。でもこれは私のオリジナルレシピなの。美味しいか分からないけど、食べてみて」

 皆がスプーンを手にしたのを見て、私も恐る恐る親子丼もどきを口に運ぶと……口に入れた瞬間、その美味しさに感動した。

「なにこれ、凄く美味しい……」

 思わず自分でそう呟くと、皆も同意するように大きく頷いてくれる。とろとろの卵にしっかりと味のついたタレ、柔らかく煮込まれた肉も絶品だ。

「レーナ、マジで天才じゃないか!? 美味すぎる!」

「本当ね。こんなに美味しいなんて、驚いたわ。やっぱり調味料と食材の豊富さは違うわね」

「さすがは俺の娘だ!」

 お母さんは今まで料理をしてきた人目線で冷静だけど、お兄ちゃんは美味しさに、お父さんは自分の娘への誇らしさにテンションが急上昇している。

「ありがとう。美味しくできてよかったよ」

 これからは食材も豊富に手に入るし、日本にあった料理をたくさん再現してみようかな。


 大満足の昼食を終えた私たちは、食器などを片付けてからまたテーブルに集まった。ここからは仕事を考える時間だ。

「皆の仕事の話なんだけど、私から一つ提案があるの。お父さんは精霊魔法が得意でしょ?」

「そうだな。スラムの皆よりは得意だった。……もしかして、精霊魔法が仕事になるのか?」

「うん。商会の人たちに聞いたら魔法使いは正式な資格が必要だから難しいけど、火種を売る人なら資格なしでもできるんだって。どうする?」

 一応疑問形で問いかけたけど、お父さんの表情を見ていたら答えは聞かなくても分かった。

「俺にできるならやりたいな!」

「分かった。じゃあお父さんは、火種を売る屋台を始める方向で仕事を考えようか」

 お父さんの表情は明るくて瞳はキラキラと輝いている。嬉しそうでよかった。

「屋台なんて簡単に始められるの?」

「うん。屋台を開く許可証は役所で簡単にもらえるんだって。月ごとにお金はかかるけど、そこまで高くないよ。お店自体はお金が貯まったらしっかりとしたものを作ればいいから、最初は地面に布を敷くぐらいでいいと思う」

 市場を回っていると、しっかりとした建物がない屋台は意外とあるのだ。あれだと雨の日に商売ができないっていう欠点はあるけど、そこはお金が貯まるまでは仕方がない。

 雨の日はかなり強く降ることが多くて、そもそも出かける人も少ないだろうし。

「確かにできそうね」

「決まりだな。父さんはこれから火種を売りまくるぞ!」

「お父さん、頑張って。火種の相場や売り方は聞いてきたから、あとで必要なものを揃えよう。じゃあお父さんはそれでいいとして、お母さんとお兄ちゃんはどうする?」

 私のその問いかけに、まず口を開いたのはお母さんだ。

「これは難しいかもしれないけど、私も屋台をできないかしら。スラムでも市場のお店をやってる人たちに憧れてたのよね。アクセルがやるなら、その隣で食べ物を売るとか……」

 火種の屋台の隣で食べ物の屋台か……確かに、そういう屋台って意外とあるかも。火種売りは火に困らないから、火を使う料理を隣でやってたりするのだ。

 それが実現したら、お父さんとお母さんが一緒に働けるのはかなりのメリットだよね。やっぱり慣れない街中での生活だから、助け合える環境はお互いに心強いだろう。

「いい案だと思うけど、何を売るのかが大切かな。ありがちなものだと人気店になるのは難しいから、何か珍しいけど美味しいものを……」

 私はそこで、最適な料理を思い出した。ポールさんが作ってた焼きポーツの肉巻き!

 あれなら中身の焼きポーツは今までお母さんがずっと作ってきたものだし、タレの作り方さえ教えてもらえれば、すぐにでも作れるだろう。

 そのことをお母さんに伝えると、お母さんは申し訳なさそうにしながらも乗り気な様子だ。

「そのポールさんが許してくれるなら、売ってみたいわ」

「分かった。じゃあポールさんに聞いてみるね。お母さんの仕事はその結果で決めよう」

「そうね。レーナ、ありがとう」

 これであとはお兄ちゃんだけだ。私は2人が屋台を始めるという話を嬉しそうに聞いていたお兄ちゃんに視線を向けた。

「次は俺だな」

「うん。何かやりたいことはある?」

「ああ、俺は食堂で働きたい!」

 おおっ、食堂か。確かにお兄ちゃんは食べることが大好きだもんね。

「料理を運ぶ人と作る人、どっちがいい?」

「できれば作る方がいいな。美味しいものがいっぱいあることが分かったから、自分で作れるようになりたいんだ」

「それいいね。じゃあ食堂の厨房ちゅうぼうの求人を探そうか。確か役所にいくつかあった気がする」

 その言葉に、お兄ちゃんは一気に表情を明るくした。できればまかないが出るところがいいかな。

「雇ってもらえるように頑張るぜ!」

「ラルスなら大丈夫よ。頑張り屋だもの」

「そうだな。優しいし誰とでも仲良くなれるもんな」

「へへっ、ありがと」

「じゃあ、これから役所に行こうか。お兄ちゃんの求人探しと、屋台の許可証をもらいに」

 その言葉に皆が頷いて椅子から立ち上がり、役所に向かって家をあとにした。


 役所のドアを開けて中に入ると、昨日と同じ女性が受付にいる。

「こんにちは」

「昨日もいらっしゃいましたよね。何か不足がありましたでしょうか?」

「いえ、市民権には問題ないです。今日は屋台許可証が欲しいのと、求人を見にきました」

「そうでしたか。かしこまりました。屋台許可証はこちらの申請書を提出していただき、月に銀貨1枚をお支払いいただければ発行できます。求人はあちらに貼ってありますので、応募されたいものがありましたら、求人番号を私にお伝えください」

「分かりました。丁寧にありがとうございます」

 それから申請書を女性に代筆してもらい、お金を払って屋台許可証を手に入れてから、皆で求人が貼られた掲示板に向かった。

「食堂の厨房で働ける仕事は……これとこれ、それからこれかな。ただ1つ目と2つ目は料理人の募集だから、野菜や肉の種類をほとんど知らないお兄ちゃんが採用されるのは難しいかも。3つ目は下働きだから、これの方が可能性はあるかな。厨房の掃除、皿洗い、野菜や肉の下拵したごしらえが主な仕事で、能力に応じて料理人への昇格もあるかもって。しかもお昼ご飯付き」

 お兄ちゃんは3つ目かな……下働きとして働きながら、食材の種類や使い方を覚えていけるはずだ。さらに賄いつきってところが最高だよね。

「昼飯つき!!

「ふふっ、絶対そこに反応すると思った。3つ目の食堂に応募してみる?」

「そうしたい。求人番号は……25で合ってるか?」

「うん、正解。じゃあ受付に戻ろうか」

 受付の女性にお兄ちゃんが求人へ応募したい旨を伝えると、食堂の場所までの簡易な地図を渡してもらえて、さっそく明日の4の刻6時に食堂へ向かうことになった。その時間なら食堂がまだ忙しくないので、面接はその時間指定なんだそうだ。

「レーナ……面接の練習付き合ってくれ!」

 受付から少し離れたところで、お兄ちゃんが必死な表情でそう言った。

「もちろんいいよ。今日は帰ったら特訓だね。食材も最低限は覚えておいた方がいいかな」

「そうだな。さっきレーナが料理に使ってたやつは覚えたから、それ以外を教えてくれ」

「了解」

 さっきの一度で覚えたなんて、本当にお兄ちゃんの食べることに関する記憶力は凄い。これなら採用さえしてもらえれば、職場で認められるかな。

 それから私たちは市場を通って、お兄ちゃんに食材について教えながら自宅に戻った。そして家族4人でお兄ちゃんの面接練習に精を出し、その日も慌ただしく時間が過ぎていった。


 次の日のお昼休み。私はポールさんとジャックさんと休憩時間が被っていたので、2人と一緒に食事をしながら、焼きポーツの肉巻きについて相談することにした。

「ポールさん、少しお話があるのですが」

 そう切り出すと、ポールさんは不思議そうな表情を浮かべながらも、すぐに私へと視線を向けて聞く態勢をとってくれる。

「もちろんいいよ。何かな?」

「焼きポーツの肉巻きのことなのですが、これをお母さんが屋台で売るメニューにしたいんです。ただ焼きポーツをアレンジしたのはポールさんですから、許可を取らなければとお話を」

 そう伝えると、ポールさんが返答する前にジャックさんが口を開いた。

「レーナの母親は屋台をやるのか?」

「うん。昨日ジャックさんが、火種を売るなら資格はいらないって教えてくれたでしょ? それでお父さんは火種を売る屋台を始めることになったんだけど、お母さんがその屋台で食べ物を売る仕事をしたいって話になったの」

 その説明にジャックさんが納得する様子で頷くと、ポールさんも美味しそうにラスート包みを頰張りながら頷いてくれた。

「そうなんだ。僕としては全く問題ないよ。そもそも焼きポーツはレーナちゃんから教えてもらったし、味付けはよくあるものだからね」

「本当ですか! ありがとうございます」

「僕も気軽に買えたら嬉しいから頑張って。一応僕が作ってるレシピはあとで教えるよ」

「助かります。お母さんにも伝えておきますね」

 これでお母さんの屋台に関しても準備が進められる。問題なく全員が仕事を始められそうでよかったな……あとはお兄ちゃんが採用されるかと、2人の屋台が上手くいって稼げるかだ。

「焼きポーツの肉巻きなら、俺も屋台に買いに行くぞ。頑張れよ」

 ジャックさんからも応援され、私は屋台を始めることを楽しみに思いながら、美味しいお昼ご飯を堪能した。そして午後の仕事にも精を出した。


◆◇◆◇◆


 今日は10日に一度の休日で、ギャスパー様に家族皆で挨拶に向かう日だ。朝から家の中で慌ただしく身嗜みを整えて、緊張している様子の皆と商会に向かった。

「レ、レーナ、父さんの格好は変じゃないか?」

「うん、大丈夫だよ。お母さんもお兄ちゃんも。そんなに緊張しなくていいよ」

 私の言葉にぎこちなく頷いた皆は、何度も深呼吸して緊張を落ち着かせている。

「お、覚えた挨拶を全て忘れそうだわ」

「もし忘れても私がカバーするから。それに昨日は完璧だったし、お母さんならできるよ」

 終始そんな調子で路地を進んだ私たちは、しばらく歩いて商会の裏口に到着した。軽くノックをしてドアを開くと、中には商会員が1人だけいる。

「おはようございます」

「あれ、今日は休みじゃなかったっけ?」

「家族とギャスパー様に挨拶に来ました。約束はしていますが、急なお客さんは来てませんか?」

「そうだったんだ。ギャスパー様が対応しなければならないような事態は、起きてないよ」

「それならよかったです」

 軽く挨拶をして家族皆を中に案内すると、皆は休憩室にあるもの全てが珍しいようで、キョロキョロと部屋の中を見回した。

「色んなものがあるのね」

「ここは休憩室だから、商会員の私物も置かれてたりするんだよ。商会長室は廊下を出て2階だから、さっそく行こうか。店舗に声が響かないように静かにね」

 そうして皆で商会長室に向かって、私が代表してドアをノックし声をかけた。

「ギャスパー様、レーナです。家族を連れてきました」

「入っていいよ」

「ありがとうございます」

 中に入るとギャスパー様がソファーに腰掛けていて、ちょうど家族4人が座れるように椅子が増やされていた。事前に準備してくれてたなんて、本当に細かい配慮が優しいな。

「は、初めまして、レーナの父の、アクセルです」

「母の、ルビナです」

「あ、兄の、ラルスです」

 皆のぎこちない挨拶を聞いたギャスパー様は、にっこりと優しげな笑みを浮かべてソファーを勧めてくれた。私たちが席に着くと、そのすぐあとにニナさんがハク茶を持ってきてくれる。

「こちら、ぜひお飲みください」

「あ、ありがとう、ございます」

 皆は人生初のおしゃれなカップに入ったお茶だ。どうやって飲むのが正解なのか分からず戸惑っているようだったので、私が先に手を伸ばして手本を見せた。

 ミルクを少し入れてシュガはスプーンの半分程度。それをよくかき混ぜて口に運ぶ。

 ──うん、美味しい。最近は少しだけ甘さを足したこの飲み方に、結構ハマっている。

 全員がお茶を一口飲んだら、さっそく本題だ。私がお父さんに合図をすると、お父さんは強敵と戦う前のような表情で背筋を伸ばした。

「レーナを雇ってくださり、本当にありがとうございました。おかげで私たちも街中に住むことができるようになりました」

「レーナは毎日とても楽しそうで、ギャスパー様のおかげです。感謝しています」

「ギャスパー様、ありがとうございます」

 3人は昨日から練習していた言葉を言い終えると、ホッとしたように体の力を抜いた。それを見てギャスパー様はゆっくりと口を開く。

「こちらこそレーナには本当に助かっています。レーナが来てくれて、この商会にはとてもいい影響がありました。もし街中での生活で何か困り事などがありましたら、私にできることでしたら助力いたしますので仰ってください」

 ギャスパー様って本当にいい人だ……これからもっとロペス商会のために頑張ろう。

「ありがとうございます。その時は頼らせていただきます」

 それから少しギャスパー様と話をして、私たちは商会をあとにした。

 皆は裏口から外に出ると、大きく息を吐き出す。

「やっぱり疲れた?」

「ええ、かなりね。でも凄くいい人だったわね」

「あの人の下で働いてるなら安心だな」

「レーナはいいところで雇ってもらえたんだな」

「そうなんだよ。本当に幸運だったんだ」

 私の言葉に皆が頷いて、家がある方向に向かってとりあえず足を進めたけど、これからの予定は何も決まっていない。今はお昼より早い時間で、午後は暇だよね……。

「そういえば、お兄ちゃんの成人のお祝いってやってなくない?」

 私がふと思いついたことを口にすると、お母さんとお父さんが驚きを露わにし、そのうち顔色を悪くしていった。スラムでは誕生日を正式に認識しないけど、誕生月で祝うのだ。お兄ちゃんは今年の土の月で成人の15歳だけど、今はすでに土の月になって数週が経っている。

「わ、忘れてたわ! 引っ越しでバタバタとしてて……」

「ラ、ラルス、ごめんな」

「そういえば、俺って成人したのか。俺も忘れてたな」

 お兄ちゃんが発した気の抜けたような言葉に、お父さんとお母さんはガクッと体を傾かせた。

「それならいいけど……ちゃんとお祝いをしましょう」

「そうだな。市場でラルスの好きなものを買って帰るか」

「え、いいのか!?

「もちろんよ。お母さんとお父さんで少しだけお金を稼げているから、そのお金を使いましょうか。ラルスのお祝いもレーナに頼るなんて、親として情けないもの」

「そうだな。ラルス、なんでも好きなものを買っていいぞ」

 お母さんとお父さんのその言葉に、お兄ちゃんは心からの笑みを浮かべた。

「母さん、父さん、ありがとな。レーナもいつもありがとう。よしっ、今日は食べるぞ!」

「そうだね。せっかくのお祝いだから、いつもはあんまり食べないものがいいんじゃない?」

「確かにそうだな……そういえば、気になってた屋台飯があるんだ」

「おおっ、いいね。じゃあまずはそこに行こうか」

 それから私たちは皆で楽しく市場に向かい、いつもは高くて手を出せない食材や屋台飯、さらには少しの果物を買って家に帰った。

 そしてにぎやかで楽しいお祝いをして、夜が更けていった。


◆◇◆◇◆


 お兄ちゃんの成人のお祝いをした土の月は忙しくも穏やかに過ぎ去り、月が変わって水の月になった。お父さんとお母さんの屋台は大盛況とはいかないけど、普通に暮らしていけるほどには利益をあげられていて、うちは私の助けがなくても回るようになった。

 お兄ちゃんは正式に食堂に雇われて、最近はかなり食材の扱いもこなれてきたみたいだ。スープの作り方を一つだけ教えてもらうことができたらしく、毎朝作ってくれるので最近の朝ご飯は豪華になった。

 私は今まで通りロペス商会で毎日働いて、休みの日はダスティンさんのところを訪れ、たまに日本食を再現してみたりと、楽しく過ごしている。

 ダスティンさんの魔道具開発も順調……だと思う。とりあえず染色の魔道具は、商品にできるレベルにはなったらしい。洗浄の魔道具はまだ要改良だけど、もう爆発することはない。

「レーナ、早く迎えに行くぞ!」

「ちょっと待ってー」

 今日は私とお兄ちゃんの休みが重なる日で、とても楽しみで重要な予定がある。お兄ちゃんは朝早くから色々と準備をして、家の中にはいい香りが漂っていた。

「皆を待たせたら可哀かわいそうだろ?」

「分かってるって。お兄ちゃん、今日の服にはどっちの髪飾りが合うと思う?」

「うーん、右の方がいいんじゃないか?」

「分かった。じゃあ、これだけ着けたら行けるよ」

 私のその言葉を聞いたお兄ちゃんは、椅子の上に置いていた鞄を肩にかける。

「ちゃんと市民権のカードは持った?」

「もちろんだ。皆が街に入る分のお金も、皆に渡す上着も持ってる」

「じゃあ忘れ物はないね。よしっ、行こうか」

「おうっ」

 私とお兄ちゃんは意気揚々と家を出た。向かう場所は街の外門だ。そう、今日はスラム街の皆を街中に招待しているのだ。

 今日来るのはエミリーとハイノ、フィルの3人。ロペス商会のスラム街支店を通してやり取りをして、皆には朝ご飯を食べたらゆっくり外門に来て欲しいと伝えてある。

「なんだかんだ、ひと月は会えてないから楽しみだよね」

「めちゃくちゃ楽しみだ! ハイノはそろそろ結婚相手が決まってもいい頃だろ? もしめでたい話があるなら祝いをあげないとな」

「そうだね」

「エミリーとフィルはまだだな。2人はデカくなってるかなぁ」

「ふふっ、ひと月じゃそこまで大きくならないでしょ」

 楽しく話をしながら歩いているとすぐに外門に着き、私たちは久しぶりに街の外に出た。

「あっ、レーナ……?」

「エミリー!! 久しぶり~!」

 外門の近くで居心地が悪そうに3人で固まっていたエミリーたちを見つけ、私は嬉しくて駆け寄った。そのままエミリーに抱きついてから顔を覗き込むと、エミリーはへにゃっと安心したような笑みを浮かべてくれる。

「よかった、レーナだ。変わってないね。凄く綺麗な格好だったから、最初は違う人だったらどうしようって思ったの」

「ふふっ、今日の服はエミリーたちに会うからって一番可愛いやつにしたの。家に私の他の服もあるから、エミリーもオシャレしようね!」

「いいの!?

「もちろん!」

 私とエミリーが楽しく盛り上がっていると、お兄ちゃんもハイノとフィルと再会を喜び合ったようで、3人で一緒に私とエミリーに声をかけてきた。

「レーナ、久しぶりだな」

「……か、可愛くなったな」

「ハイノ、フィル、久しぶり! ……って、フィル大きくなってない!?

「へへっ、成長期だからな」

 前はフィルと同じぐらいの身長だったのに、私の方が確実に目線が低くなっている。

 うぅ……悔しい。私も早く大きくなりたい。

「レーナも少しは大きくなったぞ」

 フィルの頭上を恨めしい気持ちで見つめていたら、ハイノがポンッと私の頭に手を置いて笑いかけてくれた。私はハイノの気遣いが嬉しくて、感動しながらハイノを見上げる。

「ハイノ、ありがとう」

「ははっ、レーナは変わらないな。格好は綺麗になったのに」

「格好なんて皆も服を着替えればすぐに整うからね。あ、そうだ。街の中でスラムの服は目立つから、皆の上着を持ってきたの。これを着てくれる?」

 上着を手渡すと、皆は恐る恐る受け取って体の前に広げた。

「こんなに綺麗な服を着てもいいの……?」

「もちろん。これは家に着くまでのやつだから、家に着いたらもっと可愛いのを着られるよ」

 私のその言葉に胸がいっぱいになったのか、エミリーは瞳を潤ませて服を見つめてから、そっと上着に袖を通す。

「こんなに綺麗な布、初めて触ったよ」

「布ってかなり触り心地が違うよね。ハイノとフィルも着られた?」

「これでいいのか?」

「うん、完璧完璧。フィルは前のボタンを留めてね」

 皆が上着を着てとりあえず見た目が誤魔化せるようになったら、さっそく街中に招待だ。私は門番さんに3人分の入街税を支払って、緊張している様子の皆の背中を押した。

 街中に入ると……皆は目の前に広がった光景に、感嘆の声をあげた。瞳は輝いていて、全身から興奮が伝わってくる。

「街中って、こんなに凄いんだね……!」

「な、なんかよく分からないけど、デカい建物がたくさんあるな」

「それに……皆が綺麗な服を着てるぞ」

「最初は驚くよな。俺もめちゃくちゃ驚いた」

 お兄ちゃんのその言葉に皆は何度も頷いて、しかし視線は街の風景から逸らさない。それから皆が満足するまでしばらく待っていると、まず大きく息を吐き出したのはハイノだった。

「はぁ……本当に凄いんだな。こんなに近いのにこんなに違うとか、びっくりだ」

「本当だね。遠くの別の国って言われても納得できるかも」

「俺さ、街中ってスラムの家が新品で新しくなるぐらいだと思ってたんだ。それなのに……スラムの家なんて全くないな」

「驚くよね。でもこれからもっと驚くことはたくさんあるよ?」

 皆の顔を覗き込んでそう告げると、皆は期待と不安が入り混じったような表情を浮かべた。

「とりあえず、家に行こうぜ。家でなら落ち着いて話せるしな」

 それから皆を連れて自宅に戻ると、皆は家の中の様子に衝撃を受けていた。

「街中の家って、こんなに広くて綺麗なのか……」

「うん。ここは家族4人で住むには狭い方らしいよ。あっ、椅子に座ってね」

 椅子に座った皆に出すのはハク茶だ。もちろんミルクとシュガも準備してある。ちなみに椅子は4つしかないので、私は1つだけ買ったクッション付きの小さなスツールだ。

「なんだか不思議な香りだね。色がついた水?」

「これはハク茶って言うんだ。えっと……水に味をつけた飲み物かな。この白い液体がミルクって言って、こっちの粉がシュガ。この2つを好みで入れて飲んでみて。まずはミルクを少し入れるのがおすすめかな」

 分かりやすいように私が手本で飲んでみせると、エミリーがミルクを手に取った。そして真剣な表情で、私と同じ量だけミルクを入れようと奮闘する。

「これぐらい?」

「うん。入れすぎなければ適当で大丈夫だよ。量は好みに左右されるかな」

 エミリーが一口飲んだところで、ハイノとフィルもハク茶を口に運んだ。

「これ、美味いな。水に味がついてるって不思議だ」

「スラムではそのままの水しかないからね」

「街中には美味いものが本当にたくさんあるぞ。そうだ、今日は俺が料理を作ったんだ」

「ラルスが?」

 ハイノはお兄ちゃんのことをよく知ってるからか、驚きに瞳を見開いてから、少し心配そうな表情を浮かべた。

「心配するな。俺は食堂の厨房で働いてるんだからな」

「そうなのか?」

「おうっ、すげぇ楽しいぞ」

 その言葉に3人は少し肩の力を抜き、台所に向かったお兄ちゃんを期待の眼差しで見つめた。

「私も運ぶの手伝うよ」

 皆に振る舞う料理はお兄ちゃんお手製のスープとラスートの薄焼き、さらには薄焼きで巻く具材である野菜や肉、ソースだ。テーブルに次々と知らない料理が並んでいく様子を見て、皆は興味深げに料理を覗き込んでいる。

「見たことあるやつが全然ないな」

「この薄いやつはなんだ?」

「それはラスートの薄焼きだよ」

「ラスートって、ポーツに少しだけ混ぜるあの粉?」

「そう。あの粉を水に溶いて焼くとこうなるの。これで好きな具材を巻いて食べるんだよ」

 私の説明を聞いた皆はフォークを手に取り、躊躇いながらも肉や野菜をラスートの薄焼きに載せていく。そしてお兄ちゃんがやって見せたのと同じように具材を巻くと、それぞれのラスート包みが完成した。

「食べようか」

「うん。──っ、な、なにこれ! すっごく美味しい!」

 ラスート包みにかぶりついたエミリーは、瞳を見開いて可愛い笑みを浮かべた。

「美味しいよね。お肉が柔らかくていいと思わない?」

「うん! それに野菜も甘みがある気がするよ」

「なんだこれ……! 美味すぎないか!?

「このソース? これがあまりにも美味しすぎる」

 皆は大絶賛だ。お兄ちゃんはそんな皆の感想を聞いて嬉しそうに笑っている。

「スープも食べてみてくれ」

「スープっていうのは飲み物じゃないのか?」

「いや、食べ物だな。水に色んな具材を入れて煮込んで味付けするんだ」

「茹で汁に味付けするってこと?」

 エミリーが不思議そうに首を傾げながらそう聞いた。

 そういう発想になるんだね……確かにスラムでは、食材が煮込まれているならそれは茹でている場合だけだ。調味料がほとんどなくて、スープというものは存在しない。

 でも茹で汁に味付けをするって何かが違う気がするけど……具体的な差を説明できないかも。

「そのイメージでも問題はないかな。でも茹で汁よりもっと水が少ないよ。それに肉が入ったりもするし、一度茹でてからスープに入れる野菜もあるかな」

「じゃあ、ちょっと違うんだね。とりあえず食べてみるね」

 スープを食べた3人の反応は凄かった。美味しい食事になる水というのがかなりの衝撃だったようで、瞳を見開きながら手を止めずにスープを口に運んでいる。

「本当に美味いな、これ」

「ラルスってこんなに美味い料理が作れたんだな」

「へへっ、店で教えてもらったからな。皆も教えてもらったらすぐできるぜ」

 それからも美味しい食事を皆で堪能して、全員のお腹が満たされたところで食事は終了だ。

「次は着替えて街中を見学に行くのでいい? 市場とかを案内しようと思ってたんだけど」

 満腹でまったりとしていた皆にそう問いかけると、皆はすぐに頷いてくれた。

「もちろん! 着替えって可愛い服を着れるんだよね?」

「そうだよ。今からさっそく選ぶ?」

「うん!」

「じゃあエミリーはこっちに来て」

「ハイノとフィルは俺とこっちな」

 そうして私たちは寝室が女子グループ、リビングが男子グループに分かれて、それぞれ着替えをすることになった。フィルの服は今日のために買った1着しかないけど、ハイノはお兄ちゃんの服から、エミリーは私の服から好きなものを選べる。

 エミリーと一緒に寝室に入った私は、まず寝室の収納スペースに続く扉を開けた。そしてその中からお気に入りの服を次々と取り出していく。最近はお金にも余裕ができたので、気に入った服があるとついつい買ってしまって、服はたくさんあるのだ。

「こんなにあるんだ!」

「可愛い服を見つけると、つい買いたくなっちゃって。エミリーにはこの辺の服が似合うかな」

 ピンク色のふわふわな髪に大きな瞳を持つエミリーは、レースが使われた可愛い系の服装が似合うだろう。ウエストの部分がレースで絞られているこのワンピースか、袖にレースがついてるこっちのやつか……いや、このボタンタイプの少し大人っぽいやつもいいかも。

「全部すっごく可愛いね……!」

「エミリーはどれがいい?」

「うーん、私はこれが好き!」

 エミリーが指差したのは、花柄のワンピースだった。ウエストの部分を大きなリボンで縛るタイプのやつだ。スカートの長さは膝丈ぐらいで、裾や袖にレースがついている。

「確かに似合うかも。着てみようか」

 今日のために買っておいた新品の下着類も手渡して、エミリーの着替えを手伝うと……着替え終わったエミリーは、女の私でも思わず見惚れるほどに可愛かった。

 エミリーって薄汚れてても可愛いから綺麗にしたら化けると思ってたけど、予想以上だ。エミリーが日本に生まれてたら、確実に大人気アイドルになってたよ。そう思うぐらい可愛い。

「どうかな? 似合ってる?」

「……すっごく似合ってる!」

 少しだけ照れた様子で私の顔を覗き込んだエミリーに、私は何度も首を縦に振った。

「本当? よかった」

「エミリー、髪の毛も綺麗に整えよう。髪飾りも貸してあげる」

 エミリーは昨日の夜に髪を洗ってきたようで、艶はないけど髪は汚れていない。私はそんなエミリーの髪に丁寧に整髪料をつけて櫛で梳かし、大きめのリボンでツインテールにする。

「よしっ、完成だよ。鏡はそこね」

 寝室にある姿見を示すと、エミリーは自分の姿を見て、ポカンと口を開けたまま固まった。

「……これ、私?」

「もちろん。エミリーって元がいいから、着飾るとすっごく可愛くなるね」

 エミリーは街中で仕事を探そうと思ったら簡単な気がする。礼儀作法と敬語は学ばないとだけど、服飾店の店員として雇ってもらえるはずだ。もしかしたら礼儀作法と敬語は教える前提で、覚えてなくても雇ってもらえるかもしれない。容姿は生まれ持った才能だからね。

「……レーナ、すっごく嬉しい! ありがと!」

 私はエミリーの満面の笑みを見て満足し、自分も自然と笑顔になった。スラムと格差のある街中の生活を見せるのはどうなんだろうって思ってたけど、喜んでもらえてよかった。

「じゃあ、街中を見に行こうか」

「うん!」

 それから私たちはお兄ちゃん、ハイノ、フィルにもエミリーの可愛さをおし、5人で一緒に家を出た。向かう先はお母さんとお父さんが働いている市場だ。