それからジャックさんが一口食べて、ポールさんもまた1つ口にして……私たち3人は焼きポーツの肉巻きをじっと見つめた。

「これは美味いな。中身の焼きポーツにもう少し味をつけて、タレの味を薄くした方がもっと美味くなる気がする」

 ジャックさんのその提案に、ポールさんは即座にメモを取った。確かにその改良はありかもしれない。中身の焼きポーツに……チーズみたいなものを混ぜたら美味しい気がする。

「ジャックさん、この前飲んだミルクってあったけど、あれって飲むだけなの? 他に何か使い道があったりする?」

「他の使い道は……ああ、1つあるぞ。ミルクはミーコが膜の中に作り出して、膜を破らなければしばらくは保存できるって話しただろ? あの膜を破らずに20日ぐらい放置すると、中身が固まるんだ。それを食べることもある」

「それ! どういう味なの?」

 もしかしたらチーズがあるのかもと思って前のめりで問いかけると、ジャックさんは困ったように首の後ろをかいた。

「うーん、説明が難しいなぁ。ポール、あれってどんな味だ?」

「そうだねぇ……甘くてつるっとした食感で、でもちょっと酸味もある感じ?」

 ……ん? なんかチーズとは違うのかもしれない。まず甘いのならチーズじゃないよね。それにつるっとした食感っていうのもよく分からない。さらに酸味もあるって……。

 私が想像できずに首をかしげていると、ポールさんが味見としてもらえるかもと言って休憩室を出ていった。そして少し待っていると、戻ってきたポールさんの手には、小さなお皿に載った白くて小さい何かがあった。

「少しだけど、味見としてもらってきたよ。レーナちゃん、これがミルクが固まったやつなんだ。一口食べてみて。うちでも売ってるものだから」

「分かりました」

 近くで見てみると、見た目は豆腐みたいな感じだった。そっとフォークを刺すと凄く柔らかい質感だと分かる。それから匂いもいでゆっくりと口に入れると……食べても結局は首を傾げることになった。これは、日本にはなかったものだ。固形のヨーグルトというか、杏仁豆腐というか……その辺を足して二で割ったような何か。

「これはなんていう名前なんですか?」

「クルネだよ」

「俺はあんまり得意じゃねぇんだよな。美味いか?」

「うーん、美味しい、気がしなくもない」

「ははっ、正直だな」

 私の感想に2人は苦笑いだ。これは好き嫌いが分かれるよね。大人の味ってやつなのかな。

「このまま食べる人もいるけど、基本的にはジャムをかけるんだ」

「ああ、確かに! それは美味しくなりそうです」

 これはジャムが合う味だ。このままだと日本で醬油しょうゆをかけないで豆腐を食べている時のような、微妙な感じがあるんだと思う。何か物足りない感じっていうのかな。

「今度、ジャムをかけたクルネも食べてみよう。それで、なんでこの話になったんだっけ?」

「えっと……レーナが突然ミルクの使い道を聞いてきたんじゃなかったか?」

 そういえばそうだった。なんにも考えずに聞いちゃったけど、焼きポーツの肉巻きの話をしてるところに突然すぎたね。

「あの、そう、この前ジャックさんと食堂で食べたご飯がミルクのソースだったでしょ? だから焼きポーツの肉巻きにも合うんじゃないかなって、思って」

 なんとか理由をひねり出して、せただろうかと緊張しつつ2人の顔をうかがうと、2人は感心したように頷いてくれていた。

「面白い発想だな」

「確かにありかもしれない。ラスートを少し増やしてミルクを入れて焼きポーツを作ったら、コクが出るかも」

 ……変に思われなくてよかった。

 それにしてもミルクからチーズができないとなると、この世界にはチーズに似たものはないのかな。とろとろのチーズがかかったドリアとか好きだったんだけど。

「今度ミルク入りも作ってくるから、また味見をしてくれる?」

「もちろんです。楽しみにしてますね」

 そうしてポールさんとジャックさんとの話を終えた私は、自分で持ってきたお母さん特製の焼きポーツもしっかりと食べて、お昼の休憩を終えた。


*****


 レーナたち家族が所属している地域の1つ隣の調理場で、大勢の奥様方が集まり、夕食作りを始めながら噂話に興じていた。話題はもちろん……レーナについてだ。

 レーナはあの歳で市場のお店に雇われたとあってかなり注目を浴びていたが、ここ最近はさらに街中へ毎日通って仕事をしているということで、スラム街に衝撃が走った。

「ちょっとサビーヌ、どういうことなのか説明しなさいよ」

「そうよそうよ。なんで10歳のスラムの子供が、市民権を得て街中で働けるのよ」

 サビーヌは隣の地域の知り合いに強引に連れてこられたようで、困惑の表情で口を開いた。

「私もよく知らないのよ。確か計算の才能があったからって話だったけど」

「計算って……銅貨5枚と銅貨3枚のものを買ったら、合計は銅貨7枚になるとかっていう、お金を足すやつよね?」

「そうだけど違うわ。銅貨7枚じゃなくて8枚よ」

「あら、間違えたかしら」

 計算が苦手な女性の言葉にサビーヌは「はぁ……」と深く息を吐き出し、レーナの母であるルビナから聞いた話を聞かせることにした。

「例えばだけど、銅貨5枚のものを1つに銅貨8枚のものを3つ、さらに小銅貨9枚のものを5つ。これを全て足したらいくらになるか、すぐに計算できる?」

「……そんなの無理に決まってるじゃない。この場にお金があればできるけど」

「普通はそうよね。でもレーナは頭の中で考えてすぐに答えが出せるんですって。もっと難しくても個数が多くても、地面にいくつか数字を書くだけですぐに答えを出せるのよ。その計算の才能が目に留まって雇われたらしいわ」

 サビーヌのその言葉を聞いて、話に聞き耳を立てていた女性たち、さらには子供たちまでもがあり得ないと困惑の表情を浮かべた。

「レーナって10歳よね? うちの娘は計算なんてできないわよ」

「なんでそんなことができるのかしら」

「あれじゃない、確かレーナって……」

 1人の女性が意味深にそう告げると、何を言いたいのか理解した様子の他の女性たちが頷いて賛同を示した。

「もしかしたら、いい血筋なのかも」

「ちょっと、そのことは話しちゃダメって決まりじゃない!」

「でもここにレーナはいないし……」

「ダメよっ、子供たちがいるでしょ!」

 サビーヌがたしなめると、やっと周囲の様子が目に入ったのか、女性は慌てて口をつぐんだ。

「ごめんなさい。話に夢中になっちゃって」

「気をつけてよね」

「分かったわ。……ねぇサビーヌ、レーナはたくさんお金をもらってるのかしら。街中で仕事をしてるんでしょ?」

「さあ。私は知らないけど……子供がそんなにもらえないんじゃないかしら。ルビナは今まで通り畑で野菜を作って、アクセルも毎日森に行ってるもの。食事も焼きポーツしか食べてないし、布団はボロボロのままだわ」

 街中で雇われて裕福な生活ができている話を期待していた女性たちは、がっかりしたように身を乗り出していた体を引いた。

「なんだ、そうなの」

「レーナはまだ子供だもの。子供にそんなお金を払わないでしょ」

「確かにそうよね……なんだ、余裕があるならちょっと野菜を分けてもらおうと思ったのに」

「あんまり期待しない方がいいわよ」

 サビーヌは噓は言っていないが、おおに大したことがないと皆に伝えるように話をした。サビーヌは友達思いのとてもいい女性なのだ。レーナのことも実の娘のように思っている。

「つまらないわねぇ~」

「でもスラム街に生まれても、街中で雇ってもらえるのが分かっただけ嬉しいじゃない」

「それはそうだけど……才能があってこそでしょう?」

「それは仕方ないわよ。これから子供たちに、計算を重点的に教えたらいいんじゃない?」

「確かにそうね。うちの子はまだ小さいから、今からやったら街中で雇われるかしら」

「可能性はあるわよ」

 女性たちが自らの子供の将来に夢を見ていると、その会話に割って入る声があった。

「お母さん、そろそろ夜ご飯になるよー?」

 エミリーだ。サビーヌは自分を呼びにきたエミリーに視線を向けると、やっと帰れると頰をゆるめて女性たちに挨拶をした。

「じゃあ、エミリーが呼んでるから帰るわね」

「分かったわ。今日はありがとね」

「いいのよ。また何かあったら呼んでちょうだい」

 にこやかな笑みを浮かべて女性たちと別れてから、エミリーと共に自分たちの調理場に向かったサビーヌは、さっきの調理場から十分な距離をとったところで大きなため息をついた。

「大変だったわ……」

「レーナのことを聞かれたの?」

「ええ、レーナはこのあたりで凄く有名になったわね」

「だって街中で働いてるんだもんね。レーナは本当に凄いよね!」

 エミリーが満面の笑みを浮かべて発した素直な称賛がまぶしくて、サビーヌはエミリーの頭を優しくでた。

「あなたはいい子に育ったわね。お友達は大事にしなさい」

「うん! ……あのさ、レーナはこれからも、スラムにいるのかな」

「どうでしょうね。ルビナと話してる感じだと、そのうち街中に行っちゃうかもしれないわ」

「……それは、寂しいな」

「そうねぇ~。でもそれならそうレーナに言えばいいわ。レーナは街中に行ったからって、もうエミリーとは縁を切るって言うような薄情な子じゃないでしょ?」

 サビーヌのその言葉を聞いて、エミリーの顔に光が戻った。

「うん! レーナはすっごく優しいもん!」

「じゃあ、これからも会おうねって言えばいいのよ。もしかしたら、街中のレーナの家に招待してもらえるかもしれないわよ」

「え、私が街中に入れるってこと!?

「分からないけど、可能性はあるわよ」

 エミリーは街中に入れるかもしれない事実がよほど嬉しかったのか、さっきまでの暗い表情は完全に消え去って、満面の笑みを浮かべた。

「ふふっ、これからレーナがどうなるのか楽しみだね。レーナは私の自慢の友達だよ!」

 そこまで話をしたところでサビーヌたちの家がある地域に到着し、2人は調理場に向かった。そこにはレーナとルビナがすでにいて、4人は楽しく談笑しながら夕食の準備を進めた。