「それじゃあ、シスター行ってきますね」
「気をつけていってらっしゃい」
孤児院が併設されている教会から出て行く。シスターと他の子たちに別れを告げて、私は冒険者ギルドへと向かった。働き始めて数か月が経ったけど、仕事は順調そのものだ。仕事にも慣れて心に余裕ができ始めたくらい。
働き始めたきっかけは冒険者という職業を知ったから。冒険者として登録して、クエストをやればお金が貰える。それを知った時から私は冒険者になりたかった。冒険者っていうから、てっきり外へ行って魔物退治をするものだと思ったけど、町の中にも仕事があるって知れて本当に良かった。それだったら私にも働けそうだから。
私はシスターにお願いして冒険者に登録してもらった。もちろん、働くのは孤児院のため。少しでもみんなのためになったらいいなって思って、働きにでることを決めた。働いてもらったお金は孤児院のみんなに使ってもらっている。でも、それだと私のためにならないからって、そのお金で好きな物を買ってきなさいってシスターに言われているの。
急に欲しい物って言われても思い浮かばなかったから、外で食事を取ることを許してもらったわ。これだと孤児院で食事を取らなくてもいいから、残ったものをみんなで分けれるからいいわよね。そう言ったらシスターに微妙な顔をされたわ、いいことをしたと思ったのに何か違ったのかしら。
そんなふうに孤児院を出て働いている。今日もいつも通りに冒険者ギルドに行き、受付でゴミ回収のクエストを受けた。それから待ち合わせの場所である壁際に寄って担当者を待つ。また今日もいつも通りのクエストが始まる、そう思っていた。
だけど、今日はちょっと違う。ボーッとしながら待っていると、知らない子が近づいてきた。チラッと横目で見てみると、その子の格好に目がいく。肌は綺麗になっていたけど服の劣化は目に見えて分かった。裾はほつれていて、擦り切れているように見えた。よく見ると小さな穴も開いていた。その恰好を見て、この子が難民だとすぐに分かる。
時々、クエストで難民の子と一緒になることもある。みんな同じような格好をしているから分かりやすい。でも一部では普通の人と変わらない服装をしていた人もいるんだけど、同じ難民でも違うところはあるのね。
この子、すごくオドオドしているわ。もしかしたら初めてなのかしら。なんだかほっとけないわね。
「あんた、初めて?」
気づいたら声をかけていた。その子は「えっ?」と驚いた顔をしてこちらを見てくる。急に話しかけちゃったから驚かせたかな? もうちょっと優しく声をかければ良かったわ。ちょっと控えめにしていたその子は自分の紹介を始めた。名前はリルか、可愛い名前ね。
話を聞くと、どうやら今日が初めてのクエストらしい。どうりで初めてみる子だなって思ったわ。
「ふーん、今日からなんだ。私はカルー、十二才よ。ところで、あんた難民?」
「……はい」
気になっていたことを聞くと怯えながらも答えてくれた。いやだ、そんなに怖かったのかしら? なんだか悪いことをしちゃったわね。でも、こういう子って何故かほっとけないのよね。孤児院の子はみんな元気いっぱいだから、こういう子が珍しいっていうのもあるけどね。
それから自分のことを話したり、リルのことを聞いたりした。少しずつ話していくと警戒が薄れていったのか、その子は変に緊張しなくなった。良かった、慣れてくれたのかしらね。そのままリルと会話を楽しんでいると、ゴミ回収の担当者が現れた。
「ゴミ回収の担当だ、待たせたな。お、今日は初見の子がいるな」
「あっ、今日から冒険者になりましたリルです。よろしくお願いします」
担当者がリルに気づくと、リルはお辞儀をして自己紹介をした。そうだ、初めてだから色々と説明しないといけないんだわ。
「ねぇ、班長。この子への説明は私に任せてくれない」
「ん、いいのか? 色々と教えてやってくれ。じゃ、移動するぞー」
ここは先輩の私が教えるのがいいわよね。班長は色々と忙しいし私が代わりにやっても大丈夫。
「リル、とりあえず移動するわよ」
「はい、お願いします」
「ふふ、任せなさい」
リルってば素直でいい子じゃない、孤児院のやんちゃなあの子たちとは全然違うわ。落ち着いて話もできるし、会話だってできるし、なんだか楽しくなってきちゃったわね。はっ、いけない、楽しいのは良いけどしっかりと説明をしないといけないわ。私は歩きながらリルにゴミ回収について説明を始めた。
説明している最中、リルは真剣に話を聞いてくれた。時々復唱もして私の言ったことを覚えようとしてくれたみたい。そんなリルの姿勢がとても好ましくて、ついつい自慢気に話してしまった。可笑しいって思われてないわよね。なんだかリルにちょっと笑われたような気がしたんだけど、気のせいかしらね。
二人で話しながら進んでいくと倉庫に辿り着いた。班長が倉庫を開けると台車があり、それぞれが台車を押して外へと運んでいく。私もリルに説明をして一緒に台車を取った。さて、お仕事の時間ね。
「じゃ、第四区画まで行くわよ」
リルを連れて第四区画まで台車を押して行く。十分くらい歩いていくと第四区画まで到着した。他の人は慣れたように細い路地に入って行くので、私はリルにゴミの回収の仕方について丁寧に話した。リルはのみ込みが早いからか、話した内容を覚えて分からない内容を質問してくる。それが慣れているように見えるのは何故だろう? 難民の生活でもそういうことがあるのかな?
まぁ、今はそれは重要なことじゃないし後回しね。大事なのはリルがちゃんと理解してくれていることだから。仕事内容についてはしっかりと伝えたんだけど、不安そうにしていた。まぁ、初めての仕事だっていうんだから普通はそうよね。何か声をかけたほうがいいかしら? そう思っていると、リルの表情がしっかりとしてくる。どうやら余計な心配だったみたい。
「じゃ、後でね」
「はい、後で」
そう言って別れた後、もう一度振り返ってみる。すると、リルが笑顔を作っていた。ふふっ、面白いことしてるわね。笑顔を作って何をするのかしら、気になるわね。そう思いつつ、台車を押して路地に入って行く。
路地に入ると鐘を鳴らしながらゆっくりと進んでいく。すると家から人が出てきて、ゴミを箱の中に入れていった。鐘を鳴らして前へ進んで、人が来たら立ち止まってゴミを入れてもらう。その繰り返しを続けていく。そうやって路地の一番奥まで進むと、今度は引き返していく。この路地でゴミが一杯になったから捨てに行かなくちゃね。そうして路地を出ると今度はゴミ捨て場にリルを連れて行くためにその場で待つ。
どれくらい待っただろうか? 路地からリルが現れた。そのリルを呼ぶと嬉しそうな顔をしてこっちに近づいてくる。少し話すとゴミ捨て場に移動を開始した。早く終わらせると自由時間が多くなるから、少しでも早く終わらせないと。私たちはゴミ捨て場まで移動していく。
◇
んー、今日の仕事も終わった。移動の多い仕事だから足が疲れちゃうのが大変なのよね。リルは大丈夫かしら?
リルを見てみるとなんでもないような顔をしていた。それどころか初めての報酬を受け取ってとても嬉しそうにしている。あんだけ嬉しそうなら疲れなんて飛んでいっちゃうわ。でも、お腹は空いているわよね。あんなに動き回ったんだもの、お腹が空かないわけないわ。
そうだ、リルを遅めの昼食に誘うなんてどうかしら。あの様子を見てみると町に入ったのも初めてらしいし、お店の料理も食べたことないんじゃないかしら。誘ってあげたら喜ぶかもね。私は寂しく一人で食べることもなくなるし、お互いにとっていい提案じゃないかしら。でも、お金の使い道があるかもしれないから聞いた方がいいわね。
「ねーねー、リルー」
「はい、なんでしょう」
「そのお金ってどうするの? 家族に渡したりするの?」
するとリルの表情が曇った。
「私、家族に見放されちゃったんです。だからこのお金は自分のために稼いだものです」
なんだか聞いちゃいけないことを聞いてしまった気がするわ。すぐに謝ったけど、リルは気にしてない様子だった。何でもなくてよかったわ。それにしても難民にも私みたいな子もいるのは驚いちゃった。そっかリルも私と同じなんだな、そう思うと何かの力になってあげたくなった。リルが困ったことがあったら今度は何かの力になってあげよう。
今は昼ごはんね。リルを昼ごはんに誘うととても嬉しそうにしてくれた。まるで待ってましたと言わんばかりの勢いで、ちょっと驚いちゃった。ふふ、そんなに喜んでくれて誘ったかいがあったわ。リルを連れて行きつけのお店に移動をする。
お店についてからのリルは目を輝かせて席についた。よっぽどお腹が減っていたのかしら、食事が出てくるまでそわそわしっぱなしだったわ。働いている時の大人しさはどこへいっちゃったのかしら、ずっとそわそわしていたのが可愛かった。
そうして食事が出てくると目を輝かせて食事を一口食べる。叫びだすんじゃないかって思ったんだけど、そうはならなかった。口を閉じて体をジタバタさせて美味しそうに頬張っていた。
「リル、どう?」
「とっても美味しいよ! こんなの食べたの初めて!」
パッと笑顔を見せてくれた。本当に嬉しそうにいうものだから、私も自然と笑顔になる。リルはすぐに食事と向き合い、とても美味しそうに食事を口に運んだ。難民ってこういう食事もまともに取れないのかしらね。そう思うと、ちょっとだけ胸が痛む。体も細いしあんまり食べられていないことが分かる。これで親からも見放されているんだから、リルの苦労は計り知れない。
なんだか放っておけないわ。少しでも力になってあげたい、その思いが強くなる。私には守ってくれるシスターたちがいるけど、リルにはいないってことだよね。だったら、少しでも誰かが守ってあげないといけない。私の力なんて全然ないかもしれないけど、一緒に働いているうちは傍にいてあげたいな。うん、決めた。これからリルを見守ってあげることにするわ。
◇
リルが冒険者になってから、私はリルを見守ることにした。冒険者になったっていってもリルはまだ子供なんだから、誰かの付き添いがあったほうがいいと思ったの。と、言っても毎日ゴミの回収クエストがあるわけじゃないから、毎日一緒にいるのは難しかった。ゴミの回収クエストがない日はそれぞれ違う仕事を請け負ったり、リルが仕事を休んだり、私が仕事を休んだりしている。二人の時間が多かったのはゴミの回収クエストの時くらいだ。
困ったことがあったら力になるわ、と意気込んでいたけどあんまりそういうことはなかった。リルってば要領がいいのね、初めは手間取るけど経験した後はそんなことはなくなったわ。だから多少の質問はあっても、こっちから手を掛けてあげることはほとんどなかった。
驚いたのはお金をしっかりと数えられること。文字とかは読めないけど、お金をしっかりと数えられるなんてすごいわ。私でも計算を間違えることがあるから、計算を一度も間違えないリルが羨ましくなっちゃう。孤児院の勉強もそこそこしかやってなかったから、ある程度しかできない私とは大違いだわ。リルってば不思議な子ね、難民なのにお金を数えられて仕事の時は要領がよくて。
この分だと文字を覚えるのも早いかもしれない、そう思っていた。
「カルー、聞いてください。私、文字と記号を覚えることができました」
ある日の休憩時間にリルが嬉しそうに報告をしてきた。
「えっ、文字と記号って……それ本当?」
「はい! 時間はかかってしまいましたけど、文章を書いて読めるくらいになりました」
文章を書けたり読めたりできるの⁉ それって私よりすごいじゃない!
「私でも辛うじて文字の読み書きくらいだけなのに、一体どうやったの?」
「えへへ、それはですね」
リルは嬉しそうに勉強方法を教えてくれた。仕事が終わったら紙に書いた文字を読みながら覚えたり、土に書きながら文字を覚えたりしていたと。勉強期間を聞いてみたら三か月だっていうんだから驚いちゃったわ。三か月で文字も記号も分かるようになるのかしら? 私には到底無理な話だわって思っちゃった。
「でも、文字と記号を覚えてどうするの?」
「実は考えていることがあるんです」
「へー、どんなこと?」
「新しい仕事を紹介してもらうんです」
その話を聞いて私は初め理解できなかった。不思議そうな顔をしていると、リルは順を追って説明してくれる。
「多分なんですけど、他の仕事につくためには必要な能力があると思うんですよね」
「それが文字の読み書きってこと?」
「はい。今とは全く違う仕事がしたいのであれば、今まで使っていなかった能力が必要ってことになりますよね。それで、今やっている仕事に必要がない能力って文字の読み書きなんですよね」
「今は必要ないけど、他には必要あるってことね」
リルがいうには、今までと違った仕事をしたいのであれば、今まで必要なかった能力を身に付けることだと言った。それが読み書きだっていう考えになったのは良く分からないけど、リルは自信満々に言っていたからそうなのだろう。私も違う仕事をしたかったけど、何をどうすればいいのか分からない状態だった。だったら、その能力を身に付けたリルが新しい仕事を見つければリルが言ってたことは当たりっていうことよね。
「新しい仕事、見つかるといいわね」
「はい、その時はカルーにも報告しますね」
「お願いするわ」
努力していた姿は分からないけど、一生懸命に頑張ったんでしょ。だったら見つからない訳ないじゃないの、リルはきっと新しい仕事を見つけてくるわ。ふふっ、先に新しい仕事を見つけるのはどちらが早いかしらね。私も新しい仕事を受けるために、ギルドの人に相談してみようかしら。
その数日後、リルは本当に新しい仕事を見つけてきた。
「実はパン屋の売り子として明日から約半年間、働くことになりました」
ちょっと申し訳なさそうに言ってきたけど、大いに喜びなさいよね! そりゃ、新しい仕事につくんだから仕事は別々になっちゃって寂しいかもしれないけど、それでも嬉しい話なんだから。その後、どうやって新しい仕事を見つけてきたのか聞いてみた。その話はリルがどれだけ頑張って来たのか分かるもので、その頑張りがあったからこそ仕事が見つかったんだって感じちゃった。
私も頑張ったらリルみたいに新しい仕事を貰えるのかな。相談してみるとリルは私が勉強して文字や計算を身に付けることに賛成してくれた。それに冒険者のランクを上げるのもいいのね。リルってばいつの間にかそんなに詳しくなったのかしら。本当に頼もしくなっちゃって、なんだかちょっと悔しいわ。でも、悔しがってもいられないわ。リルに追いつくために私も頑張らないといけないわ。
ありがとう、リル。リルに出会ったからこそ、私も前に進めそうだよ。リルが頑張ったように私も頑張れそうだよ、自分の未来は自分で掴んでみるわ。