今日も冒険者ギルドを開ける時間がやってきた。身だしなみと服装を確認、笑顔も確認、よし準備万端。
「扉、開けまーす」
他の職員が冒険者ギルドの扉に近づくと鍵を開けて扉を開く。開いても朝早いため冒険者の姿はまだ見えない、けどこの後すぐに沢山の人がやってくる。
しばらく隣の職員と話していると、その集団がやってきた。それは町の外からやってきた難民の集団だ。この難民は町から離れた森に住んでいて、毎日そこから働くためにやってくる。
その難民たちは領主さまの指示によって保護されている人たちで、いずれ町に住む者として丁重に扱ってほしいとお願いされた人たちだ。だから、難民だとしても卑下する者はここにはいない。
一冒険者として扱い、少しでも働きやすい環境をつくって、難民脱却の力になってあげよう。ギルド員みんなそんなふうに考えていた。それはもちろん私も一緒で難民脱却のお手伝いができればいい、そんなことを考えて冒険者ギルドで働いていた。
今日の私は新規の冒険者登録担当だから、カウンターの前に人が中々並ばない。隣で次々と難民に仕事を与えている同僚を見ると、忙しそうでいいなっとちょっと羨ましかった。
手持ち無沙汰な時間が過ぎた時、こちらを指さす女性がいた。どうやら小さな子に何やら教えているようで、小さな子も真剣に聞いているみたいだ。
新規の受付に用があるのかな? しばらく様子を窺っていると、少しオドオドしながらその子が歩いてやって来た。
その子は他の難民に比べて粗末な衣服をまとっているが、肌は綺麗に整えられていた。きっとここにくることを意識して綺麗にしてくれたんだろう、働くにはいい心掛けね。
見た感じ今日が初めてって感じね。怖がらせないように優しく対応してあげよう、こんなところでやっぱり無理ですって言われたら悲しいものね。
その女の子が私の目の前までやってきた。ちょっと及び腰だけど、警戒されないように笑顔を浮かべてしっかりとした口調で話す。
「冒険者ギルドへようこそ。こちらは新規の冒険者登録の場所ですがお間違いないですか」
「はい。冒険者登録に来ました。よろしくお願いします」
「はい、お任せください。どうぞ、イスにお掛けください」
驚いた、ちゃんと丁寧な言葉を使って話せる子だったんだ。まだ小さな子だから口調も砕けた感じかなって思っていたんだけど、そうじゃなかったみたい。
ちゃんとお辞儀もして礼儀正しいし、難民にしては……ううん、普通の人に比べてもかなり礼儀がなっているわ。こんな子が難民だなんて、世知辛いわね。
私が説明している時も行儀よくイスに座って真剣に聞いてくれている。普通ならこの年代の子供はここまできちんと話を聞くことはないのに、この子は相槌を打ちながら聞いているわ。
しかも、話の内容をしっかりと理解している顔付きをしている。結構難しいことを言っているのに、一度も不思議そうな顔をしなかったわ。こんな子が難民だなんて信じられない、ちょっとショックね。
「では、次に冒険者登録をします。登録手数料の一万ルタをお出しください」
「はい」
ダメダメ感情に流されちゃ。しっかりとお仕事しなきゃ。
登録料を求めると、その子は袋から硬貨を取り出して数えて私の前に差し出した。私はそれを受け取ると金額を確認した。きっちり一万ルタになっている。
この子、お金もしっかり数えられるの? 驚いて顔を見てみると、その子が不安そうな顔をした。
「すいません、硬貨が一杯で」
そんなこと気にしてないわ、あなたのことを気にしているのよ。なんて言えるわけないけどね。なんとか取り繕ってその場を収める。
「ちゃんと計算できるのはすごいことですよ」
「ありがとうございます」
正直な気持ちを伝えると、その子は安心したように少しだけ笑ってくれた。うん、お金をしっかり数えられるのはすごいことだから、もっと誇ってもいいのにな。
それから鑑定の水晶を出して、その子の情報を抜き出した。水晶にとても驚いていて、おっかなびっくりに手を水晶に当てていた。年相応の可愛いところもあるのね。
水晶の中に文字が浮かびだすと、その子はその文字をまじまじと見始めた。まさか文字まで分かるの? と、驚いているとその子の表情が曇ったものになった。
「文字と記号は読めますか?」
「あの、読めないんです」
お金は数えられるのに、文字と記号が分からないのか。なんだか不思議な子だな、てっきり分かるかもしれないと思ってしまった。でも、これが普通よね、この年の難民がスラスラ文字が読めるようになっていたら驚きだもの。
その子、リルちゃんの代わりにステータスを代読する。すると記号の意味も説明せずに理解しちゃったみたいで、驚いちゃった。もしかしてさっきのランク説明の時に記号の意味を理解したのかな、だったらこの子はすごい子だわ。
しかも、色々と質問してきたから驚いちゃった。魔法のこととか文字のこととか真剣に尋ねてくるから、疑問が出ないようにしっかりと答えた。たった一言説明しただけなのにリルちゃんは理解したようで、そこでもまた驚いちゃったわ。
この子、素質は十分なのね。だったら心配するよりはしっかりと説明して分かってもらう形をとったほうがいいのかもしれない。仕事の話もきっちりと説明してあげよう。
次に重要な仕事の話を始めた。クエストが書かれた用紙は読めないから私が代読して一つ一つ伝える。すると、リルちゃんは聞き逃さないようにとても真剣な顔をして話を聞いてくれた。こういうのって話しがいがあるわね。
仕事の話をしていても疑問に思ったことはしっかりと質問してくる。しっかりと薬草の話を聞いて、受注のクエストとどちらが報酬が高くなるか計算をしているのかな。そこまで考えて仕事を選んでくれるなんて紹介しがいがあるわ。
しばらく考える素振りを見せたリルちゃんは真剣な顔で話してくれる。
「ゴミ回収でお願いします」
しっかり考えて一番報酬の多いクエストを選んでくれた。薬草採取という報酬が不確定なものよりも、しっかりと報酬が貰えるクエストにしたのね、ちゃんと考えてて偉いぞ。
顔付きは真剣で今から働くぞ、という気合を感じられる。今から気張っていたら疲れちゃうんじゃないかな、ちょっと心配だ。クエストの集合場所を教えると、次に冒険者証を手渡す。
「では、こちらが冒険者証になりますので大切にお持ちください」
リルちゃんは両手で冒険者証を受け取って、まじまじと見つめた。文字を見ているみたいだけど、なんて書いてあるか分からないからか不思議そうな顔で眺めている。早く文字が読めるようになるといいね。
リルちゃんは冒険者証をズボンのポケットにしまうと、こちらに一礼をしてから集合場所に行った。まだちょっとオドオドしていて、しっかりとお仕事ができるかこっちが不安になっちゃうな。目でリルちゃんを追うと、早速同じクエストを受ける子に話しかけられていた。
あぁ、すごく驚いているわ。大丈夫かしら、でもちゃんと受け答えしているみたいだし平気なのかしらね。会話も続いているみたいだし、案外順応しているのかもしれないわ。ただ、見ているとハラハラしちゃうのよね。小さな子だから余計に心配しちゃうわ。
まだ冒険者になりたてだし、温かく見守っていきますか。
◇
あれからリルちゃんは冒険者ギルドに通ってきた。朝は難民たちと一緒になって冒険者ギルドに来て、仕事を請け負って冒険者ギルドを出て行く。
初めはオドオドした感じだったけど、しばらく通っているとそういう雰囲気がなくなってきた。ここに慣れてくれたのなら嬉しいことだ。次第にちょっとした笑顔なら見受けられるようになったから、その笑顔にひそかに癒されている。
というか、話しているだけでも癒されちゃうんだよね。雰囲気というか口調というか、対応していると余計な力が抜けるような感じになる。こういうのってなんて言えばいいのか分からないけど、リルちゃんの対応していると癒されるのよね。
礼儀正しくしているからかしら、それとも小さな子なのに丁寧な口調で話しかけてくれるからかしら、そうそうしっかりとお辞儀をして感謝してくれるところも可愛くて癒されるのよね。本当になんて言ったらいいのか分からないけど、頑張れーって応援したくなるのよね。
そんなリルちゃんにお友達ができたみたい。孤児院の子で名前はカルーちゃんっていうの。カルーちゃんは世話焼きで本当にいい子で、リルちゃんの面倒を積極的に見てあげているとっても優しい子。今では二人でくっついて色んな話をしたり仕事をしたりして楽しんでくれているわ。
リルちゃんもそんなお友達の子ができて嬉しいのか、カルーちゃんとお話ししている時はとっても笑顔が素敵なの。遠くで見守ることしかできないけど、ちらっと見た時の笑顔が素敵で思わず笑っちゃったわ。お陰で対応していた冒険者の人には不思議そうにされてしまったけど、仕方ないわよね不可抗力よ。
初めはどうなることかと思ったけど、少しずつ冒険者ギルドに馴染んでくれて本当に良かったわ。難民としての負い目とか感じているみたいだったけど、今ではそんなこともないみたい。そういうのは気にしなくてもいいよーって念を送りつつ誠実に対応していたお陰かな、そうだったらいいな。
そして今日もリルちゃんたちがやってきた。今日は珍しく時間があったからか、一緒に列に並んでくれた。
「ゴミ回収のクエストありますか?」
カルーちゃんが言った。えーっと、いつものゴミの回収ね……あ、今日はないわね。
「すいません、今日のゴミ回収のクエストはなくなりました」
いつもは残っているのに、今日は他のクエストが少なかった影響かしら。カルーちゃんとリルちゃんは困った顔をしてどうしようかと悩んでいる。何か丁度いいクエストはないかしら……あっ、そうだわ!
「あ、そうしたらいつものギルド内の掃除をクエストとして出しましょう」
子供向けに残しておいたクエストがあるのを思い出したわ。私は一度席を立って後ろの机に座っている上司のところに行く。
「あの、子供たち用のクエストでギルド内の掃除ってありましたよね。それって今日実施しても大丈夫でしょうか?」
「ギルド内の掃除ね、確認するから待ってて」
そういって上司は引き出しの中から書類を出して中をペラペラめくって確認を始めた。
「うん、しばらくやってないみたいだし、いいんじゃないか?」
「ありがとうございます。クエスト発注しておきますね」
「こっちも書類に記入しておくよ」
よし、掃除のクエストが取れたわ。これでリルちゃんたちがクエスト選びに困らなくて済むわね。急いで席に戻り、掃除のクエストができることを伝える。
「上司の了解が取れました。どうでしょう、カルー様とリル様で冒険者たちが使う場所の掃除を行うのは。お一人四千ルタ、お出ししますよ」
「それでお願いします。リルもそれでいいよね」
「はい、いいです」
良かった話を受けてくれたわ。嬉しそうにしてくれると、上司に相談したかいがあったわね。
「それでは、冒険者たちが少なくなった後に掃除の開始をお願いします。詳しいことはカルー様が知っておられますので、お二人で仕事のことを話しておいてくださいね」
カルーちゃんはこの仕事を何度も受けてくれたし大丈夫よね。様子を窺うとカルーちゃんは「任せなさい」と言っているように自信満々に胸を張っていた。うふふ、頼りになるわねよろしくお願いします。
二人は待合席の場所に行き、私は次の冒険者の対応を始めた。
しばらく冒険者のクエストについてやり取りを行っていくと、だんだん冒険者の数が減ってきた。私の前に並んでいた列も今対応している人で最後になってしまう。あっというまに対応を終わらせると、列に並ぶ人がいなくなってしまった。
ということは、冒険者がいなくなったからそろそろ掃除のクエストが始まるわね。待合席のほうを見てみると、二人はまだお話をしていた。この光景も珍しいわね、子供が待合席に座っているのは変な感じだわ。いつもは大人の冒険者が飲み食いする場所なのに、今だけは違ったものに見えるわね。
微笑ましく眺めていると、カルーちゃんが動き出して、次にリルちゃんも動き出した。どうやら掃除を始めるらしい。そういえば、リルちゃんが働く姿を見るのは初めてになるわね、一体どんな姿で掃除してくれるのかしら。書類を整理しながら見てみましょ。
書類を整理していると、リルちゃんが道具を持ってホールにやってきた。それから冒険者ギルドを出て、しばらくすると重そうなバケツを持って戻ってくる。まずは何をするのかとチラ見しているとイスをテーブルに上げ始めた。
……そうか、掃除の邪魔にならないようにしているのね。ほら、イスを上げ終わるとホウキで掃き始めたわ。リルちゃん、ちゃんと頭を使いながら仕事をしているのね。どんなふうに仕事をするのか分からなかったけど、普段の仕事でも頭を使いながらやっていそうだわ。
私もリルちゃんを見習って効率よく仕事をしましょう。クエストの書類をまとめたり、冒険者が受けたクエストのリストをまとめたりした。集中してやっていると自分の仕事もあらかた片付いてしまう。そこで、またチラッとリルちゃんを見た。
今度は拭き掃除を始めていたわ。真剣な顔をして床を懸命に磨いていき、隅々まで綺麗にしてくれていた。ホールの隅からテーブルの下まで、普段汚れないところも普段汚れるところも同じ力加減で拭いているみたい。
リルちゃんって綺麗好きなのかしらね、拭いているところが本当に綺麗になっていくから驚いちゃった。拭き終わったところとこれからのところを見比べればその差は歴然だ。カルーちゃんでもそこまで綺麗にできなかったのに、リルちゃんって仕事熱心なのね。
ホールが綺麗になっていく光景はとても気持ちが良いもので、他の職員もその光景を微笑ましく見ていた。
「リルちゃん、あんなに綺麗にしてくれて。助かるわね」
「そうですね。初めて働く姿見ましたけど、頑張っている姿が微笑ましくて」
「ふふ、そうね。頑張っている姿を見るとこっちも負けてられないっていう気にさせてくれるわ」
「ですよねー。まぁ、お陰であらかたの仕事は終わってしまったんですけど」
リルちゃんは気づいているだろうか? ギルド職員の沢山の目が向けられているということを。みんながみんな微笑ましそうに眺めてから自分の仕事に戻っていく。まるで仕事の息抜きにリルちゃんの頑張る姿を見ているみたいだ。
そんなふうに仕事の息抜きにリルちゃんを見ていたら、こっちの仕事もあっちの仕事も終わってしまった。綺麗になったホールを見ると清々しい気持ちになるわね。良くここまで綺麗にできたものだわ、流石だねリルちゃん。
一仕事終えたリルちゃんを覗き見してみると、とても満足そうな顔をしてホールを見渡していた。うんうん、とっても綺麗になったよ。本人も心なしか嬉しそうに笑っていて、それが可愛いって思っちゃった。いい笑顔、ごちそうさま。
はぁー、今日はいい日だな。こんなに癒されるなんて思ってもみなかったわ。お疲れ様、リルちゃん。