第3章 転生領主の新たなる日常




     1


 俺の執務室に、妻とメイドなどいないはずだった――。


     ◇◇◇


 かつて、俺がまだ自分が転生者だと思い出していなかった頃の話をしよう。

 午前は領主館の執務室にて、領主の仕事として、政務官より上げられた書類に目を通す。税収、農作物の出来不出来、盗賊、街の治安問題、魔物の出没状況、討伐隊の手配……etc.書類に不備がなければ署名し認可してゆく。

 そうして上げられてくる書類を見て常々思ったものだ。

 俺がこの《アルドラ領》に封じられてから八年。ここも随分と豊かに、そして平和になった。元々は痩せ衰えた不毛の土地であって、以前の領主たちからは捨て置かれていたのだが、俺の発明した新たな農地法によって今や喰うに困る者もない豊穣の土地となった(まあ、農地改革というか肥料だろうか? 肥料にしたモノはいっぱいいた)それに、領主直々に領民をねぎらうことが、想像以上の良い効果をもたらした。確かに、うちの領地では喰わせるべき人口も少なくはあったが、それでも、俺の手腕は褒め称えられても良いものだろう。

 加えて、俺は魔力で動く防衛装置を考案していた。

 それが十二分に稼働している報告を見て、俺はいつも満足して頷いたものだ。防衛装置により、村々は効果的に外敵から身を守って、盗賊、魔物が出たところで返り討ちにし、報奨金で潤いまでしていた。

 そうして書類を見ていけば、そろそろモアレ村の装置に魔力の充填が必要であることを知る。

 平民の中にも魔力を扱える人間はいるが、貴族とは比べようもない。俺はいつも、視察もかねて手ずから魔力を補充に行っていた。だからスケジュールを確認し、モアレ村へと向かう予定を立てるのだ。執事に命じ、馬車、護衛の準備、先方への連絡等をさせる。

 と、このように執務をしていたワケだが、これはこの世界の貴族としては随分と〝異端〟なことであったらしい。

 通常の貴族のスタンスとしては、下々の者は(殺さない範囲で)ただただ税を搾り取る対象であって、俺のするような心配り、職務を行う者は皆無なのだ。そして真っ当な貴族の主な務めは、自領の防衛、或いは侵略戦争による領地拡大、何よりも貴族社会に於ける政治的駆け引き。平民に関するものは政務官が行い、気にすることは税収、それが下がれば政務官をクビにし、ただただより容赦なく税を取り立てられる政務官を新たに起用する。

 すべてがすべてそうかと言えば、いくら貴族でも却って自分自身の首を絞めるだけとなるから、牽強付会には言い切れないが、大貴族になればなるほど、領民を人間ではなく、財産を生む労働力程度にしか思わない傾向は強まるのは事実である。遺憾には思うが、この田舎の土地の領主にとっては、それは対岸の火事、雲の上の出来事であって、なんとも出来ず、そもそもどうしようとも思えない。

 何せ俺の望みは、この領地を平和裏に治め、平穏に暮らすことであり、一番には、愛する我が妻と甘い生活を送れること。それだけであったから。

 しかし、残念ながら当時の彼女との生活は冷え切っていた。

 子を孕まず、嫁ぎ先から戻され、そして、俺がこの領地を治めるようになったと同時に結婚した妻シャーロット。俺とて彼女を孕ませる方法を探してはいたものの、結婚してからこのかた八年、進展はなく、俺たちの間の越えられない溝は年月と共にその深さを増していた。このまま彼女の沈痛が晴れることはなく、いつか彼女の生家であるテラス家、或いは別の都合の良い家から養子をもらい、俺たちは自身の子を残すことなく消えていく……。

 ふと窓から外を見れば、雲があれどもそれなりに晴れた空。あれがこれまでの俺の生活であり、これからの生活でもあるのだろう。俺はため息を一つつき、再び書類へと取り掛かる。

 それがかつての俺、デズモンド・ダムウィードの普段の職務であり、仕事場であったのだ。


     ◇◇◇


 ――筈だったんだけどなぁ……。

 いつもは独りだけの俺の執務室サンクチュアリ、用がなければメイドもバトラーも呼びはしない。それなのに今日というこの日は――、

 チラリ、

 と視線を向ければ、彼女の方もチラチラと俺を見ていたようで、ふふ、と柔らかく微笑んでくれた。

 まるで柔らかな花畑。ウェーブがかったプラチナブロンドヘアーに、大きな大きなエメラルドの瞳。一つ年上の二十九歳とは思えないほどに童顔で、白磁のような白頬には花びらのような朱が差している。

 我が最愛の妻で俺の性愛術と称した性テクニックでメロメロになってくれた女性、シャーロットだ。俺の性テクニックなんて、ほぼ経験値ゼロの童貞に近いものだったのに、この世界の女性が性的攻撃に弱いのか、或いはシャーロット自身が淫乱だったのか……。

 しかし、そんなことはどうでも良くなるくらいに彼女は可愛らしく愛おしい。ここが仕事場であろうとも、そうやって微笑まれれば俺だって、微笑み返さざるを得ないのである。

 前世の俺であればつり合わないことはなはだしかっただろうが、〝異端〟の黒髪黒目ではあるけれど、今の俺は自分で自分を殴りたくなってしまうような甘いイケメン貴族マスク。

 つり合っている、筈だ!

 そして普段とは違ってこの部屋にいる人物がもう一人――、

 黒のロングスカートに白いエプロンのクラッシックなメイド服姿。後ろ頭でアップにまとめられた赤髪にはホワイトブリム装備で、背筋をシャンと伸ばした見事な姿勢。シャーロットが命じる前に紅茶のお代わりを注ぐ優雅な立ち居振る舞いは、由緒正しい貴族令嬢の従者として申し分なく洗練されていて隙がない。その道を極めた者の振る舞いは型があろうがなかろうが美しいものだと聞いてはいたが、彼女のものはまさしく〝それ〟。

 テラス伯爵家よりただ一人、シャーロット専属の従者としてついて来た彼女の名前はキャスリン、――今年で二十六になるらしい。この三人の中で彼女が一番年下ではあるのだが、彼女こそ一番年上のように、俺には思えてしまう。

 領主の執務室にメイドが控えていることはおかしいことではないハズだけど……、

 ――オイ、そこの二十九歳児シャーロットよ。さも当然とばかりに柔らかいソファーに優雅にゆったりと腰を下ろし、ポリポリと(音はなく)クッキーをお食べになり紅茶も優雅にたしなまれているがな? ここは領主さまの執務室で俺は仕事中だってこと、ちゃあんとわかってるんだろうな? 俺は今すぐに書類仕事なんてほっぽりだして君の椅子という職業に永久就職してしまいたい気持ちにさいなまれているのだがぁ?(なんならベッドでも毛布でも構わない)。

 まったく……。しかし、まあぶっちゃけ、ちょうど良い感じで気は和むのだけれども。そう、あれだ。ハムスターを眺める気分だ。しかし滑車を回すハムスターとは違って、先日からのベッド運動は別にしてシャーロットが体を動かしているところは見たことがない。あの見事にむっちりとして均整のとれた躰は、それでどうやって維持されて……?

 と思えば、俺はすぐさま気がついた。その大きな胸の袋。余分な栄養分は、ハムスターの頬袋よろしく胸の脂肪袋に溜め込まれているに違いない。ちなみにキャスリンは、とメイドに目をやりかけ、ソッと目を逸らす。

 ――そうだよな、体形は人それぞれだし、おっぱいにせんはないもんな(悟った目)。

 良し、シャーロットよ、ジャンジャン喰えばいい。おじさんはニヤニヤしながら君の蓄えを今夜もまた堪能させてもらうとするからな。

 と、仕事中にも関わらず注意力散漫で頬が緩みそうになってしまってはいたのだが、まさかこんなことになるとは、と、しみじみともしてしまうのであった。

 この二人がそろって俺の執務室にいるなどと、離婚の申し立てのときくらいしかないだろうとは思っていた。もしもそんなことをされたら俺は生きる気力を失ってはしまうだろうが、こうなったのは今朝、食堂で朝食を済ませ、さてそれでは仕事をしようかと思った矢先に、

 ――デズモンドさまのお傍にいてはいけませんの? お邪魔は致しませんわ。

 と、シャーロットが目を潤ませておねだりしたからだ。

『パパの仕事場について行っちゃ駄目ぇー? 邪魔しないからぁー。わたくしパパと離れたくありませんのー。やーあー。いっしょにいましゅのぉー!』

 そんな幻影が重なってしまうまでの、二十九歳児のおねだり甘え翠眼エメラルドで見詰められれば、

『仕方がない妻だな、いいだろう』

 ってならないやつは、よっぽど人間の出来た聖人君子か、或いは血も涙もない鬼畜しかいないと思うのだ、ウン。そしてその二十九歳児の専属メイドも、

『旦那さま、せんえつながら私からもお願いいたします。

 旦那さまのお仕事は政務官殿が報告された書類の確認であると伺っております。旦那さまは事業の企画立案には眼を見張るものがございますが、実際の進行、運営については政務官殿が旦那さまの発注を受けて進めていくご様子。逆に旦那さまが政務官殿より受け取られて提案した改善案はことごとく棄却され、企画立案以上には事業にはたずさわっておられないと聞き及んでおります。書類にサインする以上のお仕事といえば、これからの予定を立てることが主。それも政務官殿は書類の色を分けて作られ、そのスケジュールが組まれているかどうかも政務官殿が確認なされます。

 こう見えましても奧さまも貴族のご令嬢、共に同じ部屋にいるだけで話しかけたり邪魔をしたりは致しません。旦那さまの仕事内容からすれば、ご迷惑はおかけしないと思われます。

 本来の貴族の仕事である、貴族同士の書簡のやり取りは、旦那さまはほぼしておられないご様子。もしもそのような多大なご神経を使われる仕事が入っておられるのであれば、奧さまも流石に引き下がられましょう。

 奧さまもこの提案をなされたのは、旦那さまの仕事内容を知っていたからでございます。

 旦那さま、奧さまが旦那さまと共にいたいという願望、叶えてあげてはいただけないでしょうか。メイドの身でありながら差し出がましい進言、失礼しました』

 ……………………。

 ――こ、このメイドぉ……いんぎんで優雅な所作で頭を下げれば全部許されると思うなよ!?

 馬鹿丁寧に真面目に言ってるけど、要するに『旦那様のお仕事らしいお仕事は、有能な政務官殿の仕事を承認するくらいなのですから、奥様の願いを叶えて下さい』と言ったも同然だ。そういうのを慇懃無礼っつぅんだからな? しかもさり気にシャーロットをディスってたような……シャーロットは気にしてないみたいだけど……。

 そして性質の悪いことに、彼女の言っていたことはすべて本当であった。

 ――俺だって、俺だって頑張ってるんだ……でも、政務官殿あのひとが優秀すぎて……。

 若くしてアルドラ領の政務官に就任した女性政務官は、どうしてこんな田舎に、と思わざるを得ないほどに優秀で、よくよく聞けば、元はその優秀さで〈王都〉でバリバリ働いていたというのだが、有能過ぎて、女のクセにでしゃばるなという、クソみたいで禿げた防衛装置が働いたらしいのだ。嫌だよな、旧態依然アンシャンレジーム、見栄ばっかりの無能な上司。

 そして彼女はここに飛ばされ、しかし彼女にとっては自分の能力を十全に発揮できるということで、もはや王都に戻るつもりもなく、領主が口出し、手出し出来ないほどの完璧な仕事をやってのけているというわけだった。

 そして俺の領主としての仕事は、内容を確認してオッケーサインを出すことだけにされていたのである。

 ん? 俺? 俺が彼女を疎ましく思わないのかって?

 ――なんで?

 自分より優秀なら、彼女に仕事をしてもらった方が確実じゃあないか。まあ、こっちの方がいいんじゃない? と言ったら、比べ物にならないほどに良い代案を出してくれるのには、色んな意味で閉口せざるを得ないのだけれども。

 それから、貴族の社交だけど、俺は別に出世に興味ないから書簡のやり取りは積極的にしてないだけで、決して友達がいないワケじゃあないんだからな。ちゃんと……と、ときどきお手紙のやり取りをする貴族だっているんだもん……。

 だからキャスリンの言う通り、ぶっちゃけ神経を使いまくるような仕事は俺に来ないのであって、シャーロットとキャスリンがこの部屋にいようとも、仕事の上ではなんらの支障もないということは、覆しようのない事実なのではあった。

 ――自分で言っていて悲しくなってしまうけれど。

 ってかこのメイド、差し出がましいどころかメイドの身で旦那さまの仕事の内情をなんでそこまで把握してんだよ。君がただのメイドではないことは知っていたけれども。ほとんど話したことはなかった筈なのに。

 しかし、それも考えてみれば至極当然のことではあった。

 テラス伯爵家から一人、シャーロットについてやって来た専属メイドのキャスリン。ただのメイドであった方が驚きだ。俺の『チキン感覚センス』も、このメイドからは強者の匂いを抜け目なく嗅ぎ取ってはいたし、そういう報告も執事長であるランドルフから受けていた。

 だって、今はこうしてシャーロットの後ろに影の如く控えてはいるのだが、視界に収まってはいても、キチンと意識を集中させなければそこにいるのかどうかすら、見落としてしまいそうになるほどなのだ……。

 まさかスキル「気配遮断」を持つメイドだとは。メイドの必須スキルは主人の気持ちを読んで最高のお世話をする「気配察知」のハズだろう。これでは暗殺者アサシンじゃないか。

 ――ぶるる。

 まあ、確かに? 奧さまの気持ちは読みに読んでいるけれど? もうちょっと旦那さまの気持ちも読み、奧さまにオフィス悪戯セクハラをするために二人っきりにしてくれるとかしていただきたいものである。まったくまったく。シャーロットをお膝に乗せて悪戯しながらであれば、仕事も三倍速くなるに違いない。

 そもそもこのメイド、この屋敷に勤めてはいても、その主はシャーロットなので、決して俺の味方じゃあないのである。主のためにその旦那である俺に諜報活動をしてもおかしくはない。

 ――まったく、こんな小娘に良いように諜報活動されて、『灰色の猟犬』の名が泣くぞ? ランドルフ執事長よ。

 と言いたいところではあるのだが、彼のことだから知られても構わない情報を知られる分には泳がせているという方が正しいのだろう。俺に報告、連絡、相談は一切なかったけど……。確かに、お爺ちゃんは勝手に動いていてくれた方が十全に能力を発揮できるだろうし、彼の本当の主は俺の親父だ。彼は俺の護衛兼執事長とは言いながら、監視役でもあるのである。

 俺の周りには敵もいなければ味方もいねぇ……。

 ――いいもん!

 シャーロットが俺の味方になってくれたから! 俺はシャーロットの赤ちゃんになって甘え倒すのだ! しかし、その、俺の母になる筈だった女性まで、キャスリンの肩を持つのだ。

『申し訳ありませんわ、デズモンドさま。キャスリンに悪気はないのです。それにキャスリンも、本当に言って良い事と悪い事、相手、場所はわきまえておりますのよ』

 シャーロットママ……、それ、俺の傷口に容赦なく刃を突きたててぐりぐりしてるからね?

 しかし、その通りだ。このメイド、しれっと、悪びれも悪気もない涼やかなかおのままで、慇懃で無礼であっても、皮肉と嫌味に抵触しない絶妙なルートを抜けて行きやがった。なんて見事なハンドルさばき。峠の急カーブも絶妙なドリフトで抜けて行ってくれるに違いないのである。シャーロットを堕としたらもれなく専属メイドとの接点も増えたのだが、俺、この娘と上手くやって行く自信はないぞ?

 ――下手をすると危ない性癖にも目覚めてしまいそうだし……。

 そして、その最愛のシャーロットは、

『ですが、キャスリンがデズモンドさまにそうした言葉を使うとは、キャスリンもデズモンドさまに気を許しはじめているということで、わたくしも嬉しいですわ』

 などと、本当に嬉しそうに、柔らかく微笑んでいた。その顔には俺も気が緩みそうにはなってしまう。しかし、

 ――それ、いいのか?

 旦那さまとメイドの距離が近づいて、旦那さまが思わずメイドに手を出したりしてしまう心配とか、しないのか――、と、そこまで思って。

 ああ、そうか、と俺は気がついてしまった。

 きっとキャスリンは平民出なのだ。魔法が使えると聞いてはいるし、幼いころからの従者ということでシャーロットは彼女を気の置けない相手としているけれども、身分的な部分はあくまでそうした扱いらしい。

 シャーロットも、やはり由緒正しい貴族令嬢ではあるのである。

 ――だからこそ、俺もこの八年間、あんなことをやれてきてしまったのだし……。

 しかし、それでも同じ屋敷にいるメイドたちに手を出したりはしていないのだ。流石に顔を合わせる相手をもしも孕ませてしまえば、シャーロットに対して気まずいどころじゃあないからな。

 と、俺が勝手に納得していれば、

『ですがデズモンドさま』シャーロットは急に真面目な顔をしだしていた。

 そのような顔をされれば俺とて緊張してしまう。甘えてふにゃけた様子がピリリと引き締められれば、彼女は気高く、そして気位の高い貴族の令嬢と化してしまうのだ。前世庶民の記憶を思い出した分、いつも以上に気圧されそうになってしまう。

『キャスリンのことですから、まずないとは思いますが、もしもデズモンドさまのご気分を害されるようであれば、罰はわたくしにお与えください』

 ――ほう!

 大丈夫だよな、俺、思わず鼻の穴膨らんでなかったりしないよな?

『旦那さま、いやらしい顔をされておいでです』

『ぐッ……』

 メイドめぇ……、そっちがそうくるならいいもん、お前のご主人さまに折檻いたずらしてやるのだから。――いや? まさかまさかとは思うのだが、彼女、俺にパスをくれた……?

 今朝のことだって、あれも一種のパスには違いないだろう。

 しれっと無表情に近いかおだけど……、

『……いいぞ。静かにしてくれていれば、私と共にいて構わない』

『ありがとうございますわ、デズモンドさま』

 満面の笑みの嫁には、俺も良いことをしたと思えてしまうのである。そして心の中ではいやらしい笑みも……。後で、――わかっているね?

 ――と、いうワケで、彼女たちは俺の仕事場、執務室に陣取っているわけだ。ちなみに俺の執務室にはソファーはなく、厚手の絨毯の上に俺の書斎机が置かれ、左右には書類の詰まった棚、というシンプルな内装の部屋に、キャスリンが一人で奧さまのためにソファーと小さな机を運び込んだのだ。一人で!(大事なことだから二回言った。やはり彼女は魔法の使い手だ)

 そうして、二人して訪れていたのであった。


     2


 時間は戻って今朝の出来事からも、デキるメイドの所業をお伝えしたい。俺が仕事を始める前に起こった出来事を順に詳しく思い起こしてみようではないか。


『ひぃやぁあああああ~~~~ッ』

 と、まるで破壊音波のような奥さまの羞恥ボイスが、朗らかでも淫らな朝の寝室を、ミシミシと震わせたのと同時に、俺は咄嗟に、キャスリンから剥き出しの妻の躰を隠そうと、グッと腰を押し込んでキツく抱きしめ、そしていっしょにシーツをかぶっていた。

 いくら俺たちの最初の情事を、彼女がクローゼットの中ですべて見ていたとしても、俺は妻を守るべきなのだ。愛しの奧さまは『はぁあん(はぁと)』と悩ましい声を上げられ、奥までミチミチと挿入された旦那さまのゆうこんをぎゅきゅっと襞肉で締めつけて、恍惚とした表情をされていたけれど。しかもくねくねと淫らに腰を動かしだし、シーツで隠されているとはいえ、キシキシと蟲の声のようにベッドがけば、ナニをされているかはキャスリンには丸わかりだ。

 ――俺が隠した意味はないよなー。

 だが、そんなあられもない俺たちに、キャスリンは冷静に顔色一つ変えずに、

『私は先に行っていますので、お二人とも、再びそれ以上に烈しく交わることがないよう、食堂へいらしてくださいませ』

 慇懃に、優雅に頭を下げると、そのまま扉を閉めて退出してしまった。

 そこで何か気が付いたように、俺の下の奧さまは『あうあう……』と言っていたのだが、メイドへの一種の露出プレイによって羞恥しているのだとしか思わなかった俺は、びゅっと奥さまの奥深くへと射精させていただいたのであった。

 ――で、奥さまが本当に狼狽えた理由とは、

『デズモンドさま、その……キャスリンを行かせてしまわれると、……わたくしは、服を……』

 貴族の令嬢たる彼女は、普段の着衣、脱衣はメイドに頼んでおり、自分ではどう服を脱いだり着たりすれば良いかわからないということだった。

 まさかあのメイド、俺にシャーロットの服を着させるためにしれっと俺たちを置いて食堂に行ったってことか……。

 なんてデキるメイドなのだろうか!

 その、自分で服を着られない二十九歳児は、せめてショーツは自分で穿くとのことだったので、

『どうして脱ぐのよりも穿く方が恥ずかしいのでしょう?』

 と頬を赤らめる奧さまの着衣をガン見させていただいて、その後はブラからはじまり、ブラウスのボタンを留め、スカートを穿かせるのまですべてこの手でヤらせていただきました。まったく旦那冥利に尽きるが、そんな簡単な服ですらこのご令嬢は着られなかったのだ。

 本物マジモンの貴族令嬢、恐るべし……。

 その豊満なおっぱいをいつもどうキャスリンがブラに収めているのかを、自分で服も着られない貴族令嬢から逐一訊き出しつつ、ワザと揉み揉みしながら収めて整えてあげるのは旦那としてこれ以上ない役得であったと言えた。

 ちなみに、ブラウスのボタンを留めながら、

『朝は私がボタンを嵌め、夜も私がこのボタンを外すのだな』

 と、親爺っぽいつぶやきをつい漏らしてしまったが、

『~~~~~~ッ! …………はい……』

 プシューッ、

 と、二十九歳児は顔から湯気が立ちそうなまでに赤らんでしまい、そのボタンを、すぐにまた外しそうになる衝動はなんとかおさえつけた。

『デズモンドさまに服を着せていただくなど、お手数をかけさせて申し訳ありませんでした。じ、自分でも出来るように覚えますので……』

『私としては、覚えてもらわない方が良いのだが』

『あ、あああ……』

 ――ウン、可愛い可愛い。

 ぷるぷると震える華奢な肩を抱き、軽く、ぷるんとした唇へと唇を重ねておいた。

 トロンとして赤らんだかおで見詰められれば、また押し倒したい衝動に駆られそうになったが、なんとか舌を絡めるくらいで自重した。

 そして俺たちは仲良く手をつないで食堂を訪れたのであった。


     ◇◇◇


 なんて、余計なことを思い出すこともありつつ、俺は午前の執務を終えた。

「ふぅ」と息を吐きつつ羽ペンを置いて、俺はキリッとした顔を作る。そしてシャーロットをぐに見て。

「それではシャーロット、スカートを捲って私にショーツを見せるのだ」

「ふぇえッ!?

 と、顔を赤くして驚く愛しの我が二十九歳児は、可愛さ平常運転だ。

「ど、どうしてですの……?」

 俺の発言にシャーロットはチラリとキャスリンを見たが、キャスリンは涼やかな美貌で動じてはいなかった。少なくとも表面上は。

 ――良かったー、内心はどうかわからないけれども、もしも睨みつけられたりしたら罰を与えられなくなるところだった。だって俺、チキンだもの。

 俺は平静を装い、そして精いっぱい重々しさを装って、

「それは今朝シャーロットが言っていたではないか。キャスリンが粗相をすればシャーロットが罰を受けると。その時、キャスリンはメイドの身分でありながら、私の顔をいやらしい顔だと言っていた」

 まあ、自覚はあったのだけれども。

 その下手人はしれっとしていて、メイドの代わりに罰を申しつけられた奧さまは、

「ふぇ……? まさか、これがお仕置き……?」と、眼を大きく見開いてあわあわしている。やっぱり可愛らしい。しかしシャーロット、君、ちょっとどころじゃなくって期待しているよな?

 そんな態度を取られたら、止められなくなっちゃうなー。

 俺は精いっぱい重々しく……(以下略)、

「そうだ、罰だ。先ほどの失言……、そうだな、スカートをたくし上げたままで五秒、立ち尽くしているのだ」

「そ、それが罰ですの……!?

 シャーロットはすでに顔を赤らめ、スカートに手をかけていた。

 流石は我が愛しの淫乱妻、ノリノリだ。

 ――が、

「しかし、旦那さまがいやらしいお顔をしていらっしゃったのは事実です。事実を申し上げることが罰へと繋がるのでしょうか。いえ、私は今もまたいやらしいなどという言葉を使ってしまいました。まさか、これにも罰を与えると言われるのでしょうか?」

「「――――ッ」」俺たち夫婦は同時に息を呑んだ。

 メイドから奧さまに、折檻いたずら追加おかわり入りましたー!

 お前、キャスリン、やっぱりイイ仕事をするじゃないか……ッ。

 当然奧さまからもそんな雰囲気。俺は平然を装って重々しく頷いてやるのである。「そうだな、それではあと五秒、追加しよう。恥ずかしくとも、そして、たとえ私が見ていなかろうが、スカートをたくし上げ続けるのだ。これは、罰なのだから」

「み、見られていなくてもですの……っ」

「そうだ」――ぐふふ、流石はシャーロット、わかっているみたいだな。

 ッと見られることは恥ずかしいが、相手にされないのにスカートを捲り続けるのも、またそれはそれで恥ずかしい。見られる羞恥と見てもらえない羞恥。これを思いつけたのもメイドのファインプレーあってこそだ。

 だがしかし、このメイド、自らもゴールを狙うストライカーでもあったのだ。

「旦那さま、直接お訊ねすること、お許しください」

「いいぞ」――って言うケド、君、今更だな? まあ許すけど……ご褒美だ。それにこのメイド、シャーロットが言うにはわきまえてはいるらしいし、シャーロットの信頼もあついのだ。

 そして何よりも奧さまの快楽に対するキラーパス! だから俺はついでに、

「時と場合はわきまえて欲しいが、君ならば、場合によっては許可なく発言することも許そう」と、彼女がより能力を発揮してくれる許可を与えた。

「ありがたく存じます」慇懃に頭を下げる所作は洗練されていて惚れ惚れとしてしまう。顔を上げ、キリッとしたブラウンの瞳で見詰めてきた。だが彼女の発言とは――、

「下着を見せる程度のことを、これほどまでに奧さまが恥じらうとは、意外な思いでした……。確かに、普通は下着を見せろなどと要求することもされることもありませんが、これは旦那さまの性愛術とやらの成果なのでしょうか?」

「ああ、そうだ。性的羞恥心を掻き立てることにより、肉体の昂奮、発情を促して女性を孕みやすくする。シャーロットはまだ開発途中だが、すでにここまでは反応してくれるようになっているのだ」

 俺は重々しく、馬鹿真面目に、自分の妻を開発してこうしましたと、彼女を幼いころから知っている腹心のメイドに告げた。自分でも何言ってんだ、って感じだけど。

「デ、デズモンドさまぁ……」

 と、俺に開発された奧さまはエメラルドの瞳を羞恥に揺らしていた。そんな貌で頬を赤らめられれば、この滾る愉悦のままに彼女を抱きしめ舌を絡ませ、押し倒して事に至ってしまいたい。だがしかし、ここにはメイドがいるしやはり仕事をしなくてはならないのである。――嗚呼、遺憾である。

 だがメイドは、さらに驚きの暴挙に出た。

「そうなのですね。それでしたら、私はデズモンドさまに下着を見せることで、性愛術の何たるかを、その一端であろうともかい見れるということでしょうか?」

「――――え?」

 見れば、シャーロット同様にキャスリンもメイド服のスカートに手をかけていた。

 マ!? これマ!?

「旦那さまがはじめて奧さまに性愛術を為されたとき、私がクローゼットのなかにいたことはすでにご存知ですね。覗き見する形になってしまい、たいへん申し訳ありませんでした」

 慇懃に、優雅に頭を下げてくれるデキたメイド。

「いや、キャスリンならば構わない」

 俺は、内心の昂奮と動揺を悟られないようにするのでいっぱいだ。

「旦那さまの器の広さに感服する次第です」

 ――うむ、苦しゅうない。

 だけどそれ、器と書いて変態って読んだりしないよな? それは俺の被害妄想かな?

 と、キャスリンは涼やかな美貌を上げ、細めのブラウンの瞳で俺を真っ直ぐに見詰めてきた。しかし、ぶっちゃけ直視は出来ないよ? 内容が内容だし。それでも、その顔、たたずまいは美しかった。

 まあシャーロットに限らず、この世界は結構美男美女揃いだ。もしも俺が前世の顔のままであれば……、……ウッ、頭ガ痛イ、これ以上は考えない方が良さそうだ。

「あの後、性愛術なるものが本当に、奧さまのように、あれほどまでに乱れるもの、感じるものであったのか、奧さまに少々試していただきました」

 ウン、そう聞いていた。それ、メッチャ見たかった。

 チラリとシャーロットの方へと視線を向ければ、

 カァア、

 と、顔を真っ赤にさせていた。だからそんな可愛らしい反応をされると、俺は煽られて、またしても我慢が出来なくなってくる。

「しかし――」とメイドは微かな憂いを示して、「分かりませんでした。そこで、もしも旦那さまに下着を見せることが性愛術に繋がるのであれば、私も試してみたく思うのですが、私も旦那さまに下着を見せることを、ご了承いただけないでしょうか」

「――――。よろしい、許可しよう」むしろこちらからお願いしたいくらいである。

「ありがたく存じます」

 と、キャスリンはやはり慇懃にして優雅に、丁寧にお辞儀をしてくれた。

 …………マジで!?

 いやいやいやいや、だってさ、普通メイドさんにパンツを見せてもらうって言えばだぞ? 嫌がるメイドさんに対してご主人さまとして逆らえない容赦のない命令をして、羞恥心に涙ぐむ、或いは嫌悪感を露わにして睨みつけられながら見せてもらうってのが、黄金パティーンではなかろうか?

 それが、

『シャーロットちゃんと同じように、自分も下着を見せて感じるか試してみたい』

 と、なんと、まるで性を覚えたての女子中学生のように、俺によって性の悦びを教えられたばかりの二十九歳児の奧さまと共に、この二十六歳児のメイドは横にならうと言うではないか。

 こうしていたいけな少女たちは、悪いおじさんからイケナイことを教えられ、道を踏み外し、性の対象として搾取されていってしまうものなのか。この世の闇を見た!

 って、冗談は置いておいて(冗談にはなっていない気もするが)、メイドへの罰を肩代わりして俺にパンツを見せてくれる最愛の妻と、せっかく肩代わりしてくれたのに、「それってどんな感じなの?」と主人に倣って自主的にパンツを晒してくれるという鑑のようなメイド。

 俺の方こそ、中学生の若かりし頃に戻ったかのような、新鮮なドキドキを抱いてしまうものである。

 俺は執務机でワザとらしく両手を組んで肘をつく、所謂「司令官の構え」を取って黒い眼を炯々と光らせ、頬を羞恥に染める妻と、何を考えているのかわからない無表情に近い顔のメイドが、二人揃ってそのスカートを捲り上げ、旦那さまに今穿いている下着を曝してくれるのを、今か今かと待ち構える次第なのであった。


     3


「そ、それでは、デズモンドさま、どうか、わたくしに罰をお与えください……」

 そろそろと、シャーロットが、赤らんだ貌で掴んだスカートをたくし上げていく。

 清楚な白いスカートからは、二十九歳の脚とは思えない、瑞々しくすべやかな白いおみ足が姿を現して――しかし、それだけ若々しくは見えても、適度な肉のついた女の脚からは、スカートが引き上げられていくたびに大人の色気が匂い立ってくるかのよう。

 ――嗚呼、縋りついて頬ずりをしてしまいたい。ペロペロ舐め回して、しゃぶりまくりたい……。

 邪な劣情を滾らせて、嫁がスカートを引き上げるのを食い入るように見詰めていれば、

「確かに、そのような、獣のような眼で見詰められれば、何かしら感じるものがあるのかも知れません。旦那さま、こちらも、ご覧になってください」

 嫁の幼いころからの専属従者が、メイド服のスカートを引き上げはじめていた。彼女も奧さまに倣って、ゆっくりとだ。一流メイドの鍛え抜かれた「気配察知」は、俺の求めている焦らしの美学を、如才なく感知したらしい。

 俺に開発され性欲を教えられた奧さまとは違い、下着を見せることに羞恥を覚えないキャスリンは一気に捲り上げてしまってもおかしくはなかった。だと言うのにこれは……、

 ――これが、プロの技……。

 と、次の瞬間俺は目を見開いた。

 奧さまに倣って、そろそろと引き上げられていくメイド服のスカートの下、キャスリンのおみ足は白のソックスで覆われていたではないか!

 ドクン!

 と、俺のチキンハートはひときわ高い鼓動を鳴らした。

 ――くっ、くぅうううッ!

 なんだ、何故なのだッ!?

 どうして、生足よりもクるものがあるのかッ!

 いやいやいやいや、シャーロットの生足よりもキャスリンのソックスの方が善いと言っているワケではないのである。シャーロットの生足は、罰だのなんだの、プレイも侘び寂びもなく、情緒もへったくれもなく今にも襲い掛かってしまいたくなるような剥き出しの悩ましいお肉なのだ! 魅力的でないワケがない。それでも、これは……いや、

 ――そう、そうなのか。

 俺は、目から鱗が落ちる気分であった。

 これが、侘びであり、寂びであるものか……。

 ジャパニーズ、奥ゆかしさ……。

 そのホワイトソックスは、それをこれでもかと体現していたのであった。

 裸とは、一種の、有無を言わさない暴力なのだと云う。

 確かにその通りだ。シャーロットのような、或いはキャスリン、いいや、そうでなくてもいい、まだまだ生で女の裸を見たことのないような無垢な男性たちにとって、極上の美女が素っ裸で現れれば、飛びつくよりも怖気づくことの方が多いであろう。だからこそ、たとえ雄々しい槍を掲げようとも、一度も城門を突破したことのない新兵に甘んじ続けているのであろうし。

 それでなくとも女が脱げば戦争は終わると言われているくらいだ。

 薬も過ぎれば毒と成る。或いは良薬口に苦し(あれ? 話が違う?)。

 それをオブラートで包むようにして、しかして繊細なチェリーボーイズを怖がらせず、そして惹きつけるには、これは一種の戦闘服には違いないのである。しなやかな脚を包み込んだ清楚なホワイトソックス。それがゆっくりとメイド服の下から現れてくれば? その下はいったいどうなっているのか。そして、その白く神々しい地平は何処まで続いているのか、我が集中力はすべてその足に注がれて――。

 ――ガーターベルトだとぅぉッ!?

 ジャパニーズ奥ゆかしさに感涙していれば、その上には攻城兵器の如き西洋式暗器が配備されていたではないか。もちろん、今朝俺が手ずから着替えさせた奧さまには装備されてはいないが、それでも奧さまの剥き出しの太腿は、手が震えそうになるほどの悩ましさをたたえていた。それに対してメイドのガーターベルトは、さながら奥さまの無手勝流にあらがいうる武器、暗器術。やはりこのメイドは暗殺者アサシンだ。

 そして最後までたくし上げられた二人のスカートの下には、

 どちらも純白のおパンツさまが――。

 二十九歳児と二十六歳の女子中学生。純白の下着が俺の仕事場に曝された。

 ――くっ……、なんて破壊力なのだ……。

 俺の邪な視線は圧倒的白き閃光で焼き尽くされてしまったのではないかと思った。

 シャーロットのパンツは今朝穿くところからしてガン見させていただいていたというのに、頰は羞恥に染まり、エメラルドの瞳はうるうると潤んでいる。それに見詰められながらスカートをたくし上げられれば、急搏きゅうはくしてしまう動悸を抑えようがない。そしてその隣では、清楚でクラシックなタイプのメイド服の美女もスカートをたくし上げてくれているのである。

 ホワイトソックス×かけるガーターベルト×かける純白ショーツイコール殺傷力ッ! もっと扇情的な下着を穿いていたと思っていたのに、あえての王道オーソドックス。しかも奧さまとペアなところに、その裏まで想いを馳せさせられてしまうだろう。

 そしてこのメイド、羞恥を抱いているらしい奧さまとは違って、普段通りのほぼ無表情のまま。これでは、俺が奧さまにその羞恥心を植え付けたのだという満足感まで抱けてしまうではないか!

 堂々とホワイトソックス、ガーターベルト、白パンツを曝してくれているメイドの横では、我が最愛の妻がプルプルと手を震わせながら、白パンツだけのすべやかなおみ足を曝してくれている……。

 ……なんたる僥倖、なんたる望外の至福……。